ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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355話

 

 

修が岡宮に対して快い返事ができなかった理由の「師匠として不十分」や「後輩に指導できるほど立派な人間じゃない」という言葉に嘘はなかった。

罪悪感の根底にあるのは()()()手続きを踏まずに正隊員になった「負い目」だ。

狙撃手(スナイパー)以外のC級隊員は個人(ソロ)ポイントを4000点に増やさなければ正隊員になれない。

だから訓練生の期間に合同訓練だけでなく個人(ソロ)ランク戦で点を稼ぐと同時に自分の腕を磨いて仲間との絆を深め、その時の関係が将来正隊員になってから部隊(チーム)を組む時などに活きてくることになる。

訓練に意欲的で物怖じせずに声をかけてくる岡宮のバイタリティ溢れる姿を見て、自分はC級隊員だった時に何もせずにいて無駄な時間を過ごしていたものだから比べてしまうと恥ずかしいし劣等感を持つのは無理もない。

正々堂々と入隊して正隊員を目指し努力している岡宮と、入隊試験に落ちたというのに迅という影響力のある人間に()()()ただけでなく正隊員として相応しい実力もなくB級に昇格()()()()()()()修。

過去に何もしなかった自分を反省して積極的に本部所属の隊員たちと交流しようとしていた矢先に自分を劣等感の沼に叩き落とそうとする後輩 ── 岡宮が現れた。

だから邪険にして断ったのだが、()()()()()()()()状況で逃げてしまったことに罪悪感をも抱いてしまうのだった。

 

(ポジション別の合同訓練でC級の育成を図るということになったけど、定められた期間内に一定のポイントが得られないと強制的に辞めさせられることになるからみんな必死なんだ。1年前のぼくだったらすぐクビにされただろうな…。今のぼくがあるのは全部迅さんや玉狛支部の先輩たちのおかげだ。それに空閑と千佳がいたから玉狛で部隊(チーム)を組むことができた。ここまで一所懸命頑張ってきたつもりだけど、それは全部当たり前のことで何ひとつ特別なことをしたわけじゃない。むしろ周りの人がいてくれたからぼくは今ここにいられるんだ。…もしぼくが入隊を()()()()時に正しい判断ができていたらこんなことにはならなかった。他の試験に合格した人たちよりは一歩も二歩も後ろにいると思えば追いつこうとして訓練に精を出したと思う。トリオンの少ないぼくでも正しい指導を受けたおかげでそれなりに戦えるようになったんだから、師匠を探して学び、積極的に個人(ソロ)戦をやっていれば自分の力でB級になれたかもしれない。そうすればこんな胸糞悪い思いをしなくて済んだはずだ)

 

本部基地から玉狛支部への道すがら、修は鬱々とした気持ちで歩いていた。

自分は周囲の厚意に甘えてばかりいたというのに後輩が頼ってきたら断るという態度に自分で自分に嫌気がさしてしまい、修は肩から掛けていたショルダーバッグを両手で掴むと地面に叩きつけようとして高く持ち上げた。

 

「くっ…!」

 

両手を挙げたままで固まってしまい、ため息のような深呼吸をすると腕を下ろして再びショルダーバッグを肩に掛けて歩き出した。

後先考えない行動によって周囲にどんな影響を与えるのか想像してから行動するようにツグミから言われていたものだから、ギリギリのところでその言葉を思い出して自分の愚かな行為を踏みとどまったのだった。

バッグの中には教科書だけでなく携帯電話や財布、空になった弁当箱などが入っていて、力いっぱい地面に投げつけていたなら中身は無事では済まなかっただろう。

壊れた携帯電話や弁当箱を香澄に見せて事情を説明する自分を想像できたことで持ち堪えたのだ。

 

(感情のままに行動して今までどれだけみんなに迷惑をかけたことだろう。第三中学のモールモッド事件だっていくら一刻を争う状況だったといってもやり方は他にあった。ぼくにはモールモッドなんて倒せないとわかっていたんだから、嵐山隊が現着するまでの時間稼ぎをするだけでも効果はあった。生徒を避難させる間ぼくが逆方向に移動して囮となれば直接戦闘をせずにみんなを守れただろう。そうすれば敵にC級のトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)機能がないことを知られずに済んだ。大規模侵攻後の記者会見の時だってぼくが極秘事項だった近界(ネイバーフッド)遠征のことをマスコミの前で喋ってしまったから遠征計画を前倒ししなければならなくなった。これらはぼくが浅はかだから起こした失敗だ。ぼくがもっと考えて行動すれば別の未来があったはずなんだ)

 

修は反省するが彼の起こした事件によって()()()()()()()()()()というアフトクラトルによる侵攻の「トリガー」が引かれたことは間違いないが、これによって生じた結果を単純に判断できない部分がある。

もしC級隊員と緊急脱出(ベイルアウト)の関係が敵に知られなかったとしたら、ハイレインたちはボーダー隊員の拉致を諦めて標的(ターゲット)を市民に変更していたかもしれない。

そうなれば民間人や市街地に被害が及んでいただろうから、ボーダーは()()()()()()人的被害を最小限に抑えることができたとも言える。

近界(ネイバーフッド)遠征が公になってしまったことでさらわれたC級隊員たちの救出が早まったこともまた()()()()()()()による結果ということになるのだ。

ただしこれはその可能性もあるという意味であり、修の軽はずみな行為が結果的に良い結果を導くことになっただけで、彼の後先考えずに行動することを肯定するものではない。

誰も最善の未来を目指して行動していてもその時点で結果がどうなるのかなどわからないが、しかしだからといって何も考えずに行動するのではなく明らかに起きるであろう現象 ── 想定内の結果については頭に入れておかなければならない。

修がC級のトリガーを使ったことでC級隊員たちがさらわれることになると想像できなかったことは仕方がないとしても、これまでずっと箝口令の敷かれていた近界(ネイバーフッド)遠征のことをその場の勢いで公表してしまったのは修の浅慮による失態だ。

感情やその場の勢いのままに行動して何度も失敗している修は別に馬鹿だというのではない。

ただ行動に移す前に考えるという段階を踏まないでいるからいけないのである。

B級ランク戦では隊長として戦況を読んで指揮をする能力があることを証明したくらいなのだから、普段の生活の中でも次の行動がさらにその先にどのような影響を与えるのかを考えて行動すればもうこんな愚かな失敗はせずに済むはずだ。

 

そして今の彼にとって必要なものはこうした悩みや苦しみを相談できる友人である。

遊真がいないことで相談相手は誰もおらず、自分ひとりで抱え込んでイライラしてしまっている。

ここで玉狛支部の先輩たちに話をすれば相談に乗ってくれるだろうが、それではまたこれまでと同じことを繰り返すだけとなり、周囲の厚意に甘えてその場しのぎの解決策しか見付けられないのだ。

その点において友人という存在は仲間とは違った特別なものである。

友人とは個人的な話題をかわすことができる心を開ける親しい間柄で、一緒に遊んだり何かを一緒に楽しんだりする関係にある親族以外の身近な人物のことである。

それに対して仲間とは何らかの同じ目的を持って協力し合う構成員としての関係で、修にとって迅やレイジたち玉狛の先輩や訓練に付き合ってくれた太刀川隊や嵐山隊のメンバーはこの「仲間」になる。

友人の方がより身近な存在であり且つ「対等」な人間であるから泣き言を言ったりプライベートな相談をしても恥ずかしいとか面倒事に巻き込んで申し訳ないということにはならない。

むしろ友人であるからこそ何でも相談してほしいと思えるわけで、人は生きていく上で友人が必要なのである。

その友人を作ろうとせずにずっとひとりで停滞していただけの修にとって初めてできた友人が遊真で、相棒であり戦友であり秘密を共有する()()()でもあるのだ。

遊真に出会う前の修は自分に友人がいないことで孤独を感じることはなかったが、一度でも友人と呼べる人間ができてしまったことで遊真のいない「空虚」な部分を感じてしまうようになっていた。

空っぽな心など気付かなければ虚しいと思うことはないが、一度でも満たされてから失ってしまえば意識せざるをえない。

友人が必要だとわかっても自ら行動して友人を作るという方法がわからず、後輩が声をかけてきても自分の中にある「後ろめたさ」が相手を拒絶してしまった。

これではいつまで経っても前進できず、遊真が帰って来るまで再び停滞してしまうのは目に見えている。

 

修は急に何の前触れもなくツグミのことを思い出した。

 

(こんな姿のぼくを霧科先輩が見たらきっと叱りつけるんだろうな…)

 

ツグミの歯に衣着せぬ物言いは傍から見ると非常に厳しいがその内容は本人に対して適切な助言となっており、修は耳に痛いことを言われ続けているがそれがすべて「自分のために苦言を呈してくれている」と理解しているから受け入れ、それを何度も繰り返していたから無意識に彼女のことを思い出したのだろう。

ツグミから見て修は「目を離したら何をしでかすかわからない困った弟」の認識であったから玉狛支部に住んでいた頃からずっと()()()にフォローをし続けていた。

遠征に行きたいという気持ちも良くわかっているから応援はしていたものの、まだその資格がないというのにアフトクラトル遠征に参加すると言い出した彼を止めたいと思いながらもその意思を尊重して危険の少ない後方部隊として参加させた。

修は近界(ネイバーフッド)の現実と自分の無力さを実感したことで「次の遠征も必ず参加する!」という勢いはなくなり、必要な力を身に付けるための努力をしようという気になってくれたことでツグミは安心してボーダーと近界(ネイバーフッド)の国々との交流に専念できるようになったのだった。

修が想像しているようにもしここにツグミがいたならば、きっと彼のことを叱っただろう。

ツグミならこう言うはずだ。

 

「裏口入隊したことや正当な手段を踏まずに正隊員になったことは事実なんだから今さら思い返してウジウジしたところで意味はないわよ。過去は変えられないんだから。スッキリしたいなら自分が卑怯だと思う手段で得た今のB級隊員という立場でできることを精一杯やりなさい。利用できるものは何でも利用して自分を高め、他人から後ろ指をさされることのない人間になればいい。未来ならあなたの意識と努力次第で変えることはできるんだから。周囲の厚意に甘えてばかりだと言うなら、その人たちに世話になった分の恩返しをしなさい。ボーダーの先輩たちに対する恩返しというのは彼らがあなたのために費やした貴重な時間を無駄ではなかったと思わせるだけの防衛隊員になること。ユーマくんやチカちゃんと一緒に遠征に行きたいという気持ちはわかる。だけど今はそれだけの実力がないんだから、とにかく自分を鍛えなきゃダメ。遠征に参加するために相応しい力を持たないくせに参加したいと言うのは単なるワガママで、そのせいで周囲の仲間たちを危険に晒すようなことになるならわたしが全力で阻止するわよ!」

 

そんなツグミの叱咤激励が聞こえたような気がして、修は苦笑してしまった。

 

(霧科先輩なら過去は過去として受け入れ、その上で未来をより良いものにしようと努力を惜しまないだろうな。敵だった近界民(ネイバー)を味方にしてしまったり、誰もまだ行ったことのない国へ行くこともためらいはない。それは先輩に自信があるからだ。これまでに蓄えた経験や知識、そしてトリガー使いとしての実力がその自信を支えている。不測の事態に見舞われても慌てないのはぼくにとって想定外であっても先輩にとっては想定内だということで、未来に起こりうる事象をいくつも想像して対処方法も考えているからだ。そしてぼくは経験も知識もトリガー使いの実力もないし想像力も足りないから何かある度に慌てたり正しい判断ができなくて周囲に迷惑をかけてしまうことにもなる。先輩はぼくに根本的な問題を解決しないで目先のことを一時的に解決する方法しか見付けられないからダメなんだと言っていた。ぼくにとっての根本的な問題とはトリオン能力の欠如で、トリガーの技術よりもトリオン量を増やすための訓練をするようアドバイスをしてくれたのに、ぼくは目先のB級ランク戦に勝つための技術の習得にだけ熱心だった。今になって自分が愚かだったと思い返すことばかり。たしかに過去は変えられないけど未来ならいくらでも変えることができるんだ。卑怯な手段で手に入れたとしてもそれを塗り潰せるくらいの結果を出してみんなから認めてもらえばこんなイライラした気分にはならないはず。…そうだ! B級に昇格した手順が納得できるものでないのなら、結果を出して自分自身に納得させるしかないんだ。イレギュラー(ゲート)事件までパッとしないC級だったぼくが突然B級に昇格したことを周囲に怪しまれなかったのはその後に起きた大規模侵攻で一級戦功を貰えたからだと思う。それだって先輩たちが手伝ってくれたおかげで自分ひとりで得たものじゃないけど結果を認められたからで、大事なのは手順ではなくどれだけの結果を出すかなんだ)

 

そう考えるものの、自分が非常に恵まれた環境にいたからこそ得られた幸運であり、実力はあってもそれが個人(ソロ)ポイントという数値に反映されないだけで正隊員になれないC級隊員が大勢いるのは事実だ。

そんな彼らのことを考えると自分の()()()が嫌になってしまう。

すると再び「神の声」が聞こえた気がした。

 

「だったらジンさんや玉狛第1の先輩たちがあなたにしてくれたことを、今度はあなたがC級の後輩たちにしてあげればいい。才能があっても世に認めてもらえずに埋もれてしまうというのはボーダーに限らずすべてにおいて同じ。例えば小説家や音楽家はいくら作品が優れていても世の中に知られなければ価値を認めてもらえないでしょ? 現在のボーダーのシステムが個人(ソロ)ポイント主義だから4000ポイントにならなければ正隊員として扱ってもらえず、3500ポイントを超えた頃からなかなか上昇しなくなるのが現実。でも彼らに正隊員になるだけの実力がないというのではなく、同じレベルの隊員同士でポイントの奪い合いをしているという不合理なシステムだからで、そのせいで正隊員になれずにいるなんてホントにバカバカしいわよ。…さっきの岡宮という後輩くんに対しては断るんじゃなくて、師弟関係ではなく同じレイガストを使う仲間として一緒に訓練をしようと提案すべきだったんじゃないかしら? 今のあなたは射手(シューター)だけどレイガストを外さずにいるんだから必要としているわけで、自分ひとりでは見付けられなかったものも他人の目から見たら気付けるということもある。今の自分に納得できないのは過去の出来事が大きく影響しているからだけど、それをいつまでも引きずってグズグズしているよりも未来を変えるための行動をしなさい。岡宮くんが声をかけてくれたのはあなたにとって千載一遇のチャンスだったのよ。それを活かさないのは愚の骨頂。やらないで後悔するよりもやって後悔する方がマシ。勇気を出してあなたから彼に声をかけてみなさい。きっとあなたのためになるはずだから」

 

暗雲立ち込めて前が見えなかった修の前に一筋の光が差し込んできた。

行き場のない思いを抱えて苦悩していた自分がくだらないと思えるほど簡単な「解答」が()()()()()ものだから、修の足取りは急に軽くなった。

 

(岡宮くんはぼくのことをヒーローだと思い込んでいるなら、ヒーローであることを否定するのではなくぼくがそのヒーローに相応しい行動をすればいいだけだ。どれだけのことができるかわからないけど、やらないで後悔するよりもやって後悔する方がいい。今度会ったら勇気を出してぼくから声をかけてみよう)

 

 

◆◆◆

 

 

玉狛支部での夕食時、レイジが修に言った。

 

「修、攻撃手(アタッカー)の合同訓練でC級の中学生からレイガストの使い方の指導を頼まれたんだが、おまえのことを紹介しておいた。岡宮ってヤツだが ──」

 

「はい。彼には今日本部基地のロビーで会いました」

 

「それでどうした?」

 

「ぼくには後輩に教えるなんてことは無理です。だから断りました」

 

レイジは修の答えを聞いて残念そうな顔をする。

しかし続く修の言葉に目を見開いた。

 

「でも…考え直しました」

 

「…!?」

 

「ぼくは正規の手順を踏んで正隊員になったわけではありません。去年の12月に空閑がこちら側の世界へ来るまでぼくは本部所属でしたが、その時に個人(ソロ)ランク戦もせずにただ義務である合同訓練に出席していただけで、個人(ソロ)ポイントが4000点貯まらないうちにB級へ昇格したことがズルをしたと言うか…他人には知られたくない卑怯な手段で正隊員になったことが負い目になっていて、正直に訓練を重ねて努力している後輩を見ると平然として正隊員を続けている自分が嫌になってくるんです」

 

「……」

 

「そんな自己嫌悪に陥ってイライラした気分でいたんですが、霧科先輩だったらこんなぼくのことを叱るだろうな、ってふと思ったんです。レイジさんを始めとした玉狛の先輩たちは優しくてぼくのことを叱るようなことはしませんが、霧科先輩は言いづらいことでも遠慮なく言ってくれる。いつもダメなぼくを叱るんですけど、それが単にぼくの悪い部分を指摘するだけでなくどうしたらいいのか導いてくれて、ぼくは何度も先輩の言葉に助けられました。麟児さんや千佳の友人を探したいと気が焦っていたぼくに近界(ネイバーフッド)の現実を教えてくれたのも先輩でした。アフト遠征に参加できたのも自分の力ではなく周囲の人たちの手助けによるもので、おかげで今のぼくには遠征に参加するだけの力がないことを思い知らされてやっと冷静になることができたんです。だから今は少しずつでも力をつけて、遠征に参加できる資格を得たと自分自身で判断した時にはさらわれた三門市民の救出をしながら麟児さんや千佳の友人を探そうと考えられるようになりました」

 

「……」

 

「過去は変えられないけど未来は変えられる。入隊試験に落ちたぼくを迅さんが拾ってくれたこと、空閑の功績のおかげでB級に昇格できたことなど卑怯な手段で手に入れた今の立場であってもその後ろめたい部分を塗り潰せるくらいの結果を出してみんなから認めてもらえばこんな気分にはならないはずだと気付きました。そのためには今までのように消極的な姿勢ではダメで、これからは合同訓練だけでなく個人(ソロ)ランク戦にも積極的に参加しようと決めました。そこでさっきの岡宮くんのことなんですけど、師弟関係ではなく同じレイガストを使う仲間として一緒に訓練をしようと誘ってみようかと思っています。彼がそれで納得してくれたらですけど」

 

そう言って苦笑する修だが、その様子を見ていたレイジは先輩として嬉しいと同時に自分の不甲斐なさを感じていた。

 

(俺と小南と京介は先輩として玉狛第2の3人を育てるためにできることをやってきた。ボーダー隊員としてだけでなく人生の先達としても後輩たちを導いてきたつもりでいたが、大事なところでは傍観を決め込んでいた。雨取の人を撃てないという問題を解決するのは師匠である俺の役目だったというのに雨取の心の中に踏み込むことが怖くて本質を見据えて解決しようとさえしなかった。だけどツグミは乱暴だとも思えるやり方で心の問題を解決してしまった。雨取は遠征艇のためのトリオンタンクとしての役目でしかなかったが、自分の意思で迷うことなく引き金を引けるようになったことでこれからは遠征艇を守る戦闘員としても十分役立ってくれるようになるだろう。…あの時、俺と宇佐美が撃てないことが当然で誰も責めないと()()して問題を解決したことにしてしまったら、鳩原のようにいざという時に引き金を引くことができずに仲間を死なせてしまうことになったかもしれない。今の雨取ならもう心配はいらないと思うが、本来なら俺がメンタル面もサポートしてここまで導いてやらなければいけなかったんだ)

 

千佳は「人を撃てるようになりたい」からこそ悩み苦しんでいたというのにレイジと栞は「人を撃てないことは普通のことだから撃てなくてもかまわない」「撃たないことで誰も責めたりはしない」と肯定しただけだから千佳の問題を解決したとは言えない。

彼女の心の問題に踏み込んで「人を撃てるようになりたい」という願いを叶えたのはツグミであった。

そして修に関しても同じである。

彼は壁に突き当たるとそれを乗り越えようと努力をするが、自分だけではできないので師匠である京介に相談をする。

そうすると京介は本部所属のA級隊員を紹介し、太刀川隊や嵐山隊に丸投げしてしまって自分では直接何かをすることはしなかった。

そして修はその場しのぎの技を覚えてそれで済ませてしまう。

それを繰り返していたせいで根本的な問題には一切触れずにいて解決しないでいたものだから、彼は大事なものを手に入れることができずにここまできてしまったのだった。

その「大事なもの」とは経験を積み重ねてその中で得られるはずの「土台」とそれに伴う「自信」である。

C級隊員だった時期に同じ訓練生たちとランク戦で技量を高めていたら、B級にはなれなかったとしても友人や仲間は得られたはずだ。

他人の戦い方を見るだけでも勉強になるというのだから、B級ランク戦を見物していたら後に自分が参加することになる次のシーズンのB級ランク戦に役に立ったことだろう。

そういった経験のない修には友人も仲間も得られず、他の隊員がどんな戦い方をしているのかも知らない状態で無理矢理に正隊員に()()()()()()()()()

しっかりとした土台がないのにその上に建物を建ててしまったようなものなのだ。

その状態で大規模侵攻を経験し、モールモッドを倒すのがやっとの彼が人型と遭遇して無事でいられたのは()()()()()()()()()()周囲の人間が助けてくれたからで彼自身の実力ではない。

B級ランク戦においても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部隊(チーム)であったから、最終的には2位という驚くべき結果となったわけだが、もし遊真と千佳が普通のB級になったばかりの隊員であったならこうはならなかっただろうし、アフトクラトル遠征に部隊(チーム)として参加したいと言っても一蹴されたに違いないのだ。

運も周囲の厚意も修の「力」ではあるが、彼本人にボーダー隊員としての自信を与えることにはならなかった。

いや、周囲の人間がそうさせなければいけなかったのだ。

C級隊員の時にやるべきことをせずにいて、B級になってから慌てて()()()()()()()()()()手段を覚えようとするから周囲の人間が手厚く指導しなければならないわけで、B級隊員としてやっていける実力を身に付けていたら他人に頼らずに自分自身で壁を乗り越えられたことだろう。

さらに師匠である京介が修から相談されても自分で教えることはせずに別の人間を紹介するだけで、それを繰り返してばかりなものだから修が自分で師匠となる人間を探そうともせず、京介に紹介されたA級隊員を頼るばかり。

木虎だけは修に厳しい忠告をしたものの、他の人間は懇切丁寧に面倒をみてやるだけで誰も自分で解決する道を示すことはなかった。

そんな「一所懸命頑張っている修くんをみんなで応援してあげよう」と周囲が協力したおかげで修は…いや玉狛第2はB級ランク戦で2位という()()()()()成績を残した。

特別待遇のフルコースで「事情を知らない者から見たら立派なB級隊員」となった修だが、現実には悩み事を相談できる友人がひとりもおらず、()()()()()()()()()()()()()()()()誰も修と関わろうとせず、自分に自信がないから誰かに声をかけることもできずにいて、せっかく声をかけてくれた岡宮に対しては劣等感から冷淡な態度を取ってしまったのだった。

それは修だけが悪いのではなく、後輩を()()()()()()スキルを持っていなかったレイジたち先輩にも責任はある。

そしてレイジはやっと気付いたのだった。

 

「俺はこれまで武器(トリガー)の扱いに慣れた実戦経験の豊富なA級隊員に指導してもらえばボーダー隊員として成長するだろうと考えていたが、それ以前に人間として成長する必要があり、そのためには同じくらいのレベルのライバルを見付けて切磋琢磨ことが必要だと考えを改めた」

 

「……」

 

「修、岡宮はおまえと同じように根性があって目的のためなら多少の無茶をする少年だ。俺がこんなことを言うのは図々しいかもしれないが、おまえだからこそ正しく導いてやれるんじゃないかと思っている。頑張ってくれ」

 

「はい!」

 

レイジに認められたような気になり、修はようやく自分の判断に自信が持てたようである。

 

 

 

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