ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
修が岡宮に対して快い返事ができなかった理由の「師匠として不十分」や「後輩に指導できるほど立派な人間じゃない」という言葉に嘘はなかった。
罪悪感の根底にあるのは
だから訓練生の期間に合同訓練だけでなく
訓練に意欲的で物怖じせずに声をかけてくる岡宮のバイタリティ溢れる姿を見て、自分はC級隊員だった時に何もせずにいて無駄な時間を過ごしていたものだから比べてしまうと恥ずかしいし劣等感を持つのは無理もない。
正々堂々と入隊して正隊員を目指し努力している岡宮と、入隊試験に落ちたというのに迅という影響力のある人間に
過去に何もしなかった自分を反省して積極的に本部所属の隊員たちと交流しようとしていた矢先に自分を劣等感の沼に叩き落とそうとする後輩 ── 岡宮が現れた。
だから邪険にして断ったのだが、
(ポジション別の合同訓練でC級の育成を図るということになったけど、定められた期間内に一定のポイントが得られないと強制的に辞めさせられることになるからみんな必死なんだ。1年前のぼくだったらすぐクビにされただろうな…。今のぼくがあるのは全部迅さんや玉狛支部の先輩たちのおかげだ。それに空閑と千佳がいたから玉狛で
本部基地から玉狛支部への道すがら、修は鬱々とした気持ちで歩いていた。
自分は周囲の厚意に甘えてばかりいたというのに後輩が頼ってきたら断るという態度に自分で自分に嫌気がさしてしまい、修は肩から掛けていたショルダーバッグを両手で掴むと地面に叩きつけようとして高く持ち上げた。
「くっ…!」
両手を挙げたままで固まってしまい、ため息のような深呼吸をすると腕を下ろして再びショルダーバッグを肩に掛けて歩き出した。
後先考えない行動によって周囲にどんな影響を与えるのか想像してから行動するようにツグミから言われていたものだから、ギリギリのところでその言葉を思い出して自分の愚かな行為を踏みとどまったのだった。
バッグの中には教科書だけでなく携帯電話や財布、空になった弁当箱などが入っていて、力いっぱい地面に投げつけていたなら中身は無事では済まなかっただろう。
壊れた携帯電話や弁当箱を香澄に見せて事情を説明する自分を想像できたことで持ち堪えたのだ。
(感情のままに行動して今までどれだけみんなに迷惑をかけたことだろう。第三中学のモールモッド事件だっていくら一刻を争う状況だったといってもやり方は他にあった。ぼくにはモールモッドなんて倒せないとわかっていたんだから、嵐山隊が現着するまでの時間稼ぎをするだけでも効果はあった。生徒を避難させる間ぼくが逆方向に移動して囮となれば直接戦闘をせずにみんなを守れただろう。そうすれば敵にC級のトリガーには
修は反省するが彼の起こした事件によって
もしC級隊員と
そうなれば民間人や市街地に被害が及んでいただろうから、ボーダーは
ただしこれはその可能性もあるという意味であり、修の軽はずみな行為が結果的に良い結果を導くことになっただけで、彼の後先考えずに行動することを肯定するものではない。
誰も最善の未来を目指して行動していてもその時点で結果がどうなるのかなどわからないが、しかしだからといって何も考えずに行動するのではなく明らかに起きるであろう現象 ── 想定内の結果については頭に入れておかなければならない。
修がC級のトリガーを使ったことでC級隊員たちがさらわれることになると想像できなかったことは仕方がないとしても、これまでずっと箝口令の敷かれていた
感情やその場の勢いのままに行動して何度も失敗している修は別に馬鹿だというのではない。
ただ行動に移す前に考えるという段階を踏まないでいるからいけないのである。
B級ランク戦では隊長として戦況を読んで指揮をする能力があることを証明したくらいなのだから、普段の生活の中でも次の行動がさらにその先にどのような影響を与えるのかを考えて行動すればもうこんな愚かな失敗はせずに済むはずだ。
そして今の彼にとって必要なものはこうした悩みや苦しみを相談できる友人である。
遊真がいないことで相談相手は誰もおらず、自分ひとりで抱え込んでイライラしてしまっている。
ここで玉狛支部の先輩たちに話をすれば相談に乗ってくれるだろうが、それではまたこれまでと同じことを繰り返すだけとなり、周囲の厚意に甘えてその場しのぎの解決策しか見付けられないのだ。
その点において友人という存在は仲間とは違った特別なものである。
友人とは個人的な話題をかわすことができる心を開ける親しい間柄で、一緒に遊んだり何かを一緒に楽しんだりする関係にある親族以外の身近な人物のことである。
それに対して仲間とは何らかの同じ目的を持って協力し合う構成員としての関係で、修にとって迅やレイジたち玉狛の先輩や訓練に付き合ってくれた太刀川隊や嵐山隊のメンバーはこの「仲間」になる。
友人の方がより身近な存在であり且つ「対等」な人間であるから泣き言を言ったりプライベートな相談をしても恥ずかしいとか面倒事に巻き込んで申し訳ないということにはならない。
むしろ友人であるからこそ何でも相談してほしいと思えるわけで、人は生きていく上で友人が必要なのである。
その友人を作ろうとせずにずっとひとりで停滞していただけの修にとって初めてできた友人が遊真で、相棒であり戦友であり秘密を共有する
遊真に出会う前の修は自分に友人がいないことで孤独を感じることはなかったが、一度でも友人と呼べる人間ができてしまったことで遊真のいない「空虚」な部分を感じてしまうようになっていた。
空っぽな心など気付かなければ虚しいと思うことはないが、一度でも満たされてから失ってしまえば意識せざるをえない。
友人が必要だとわかっても自ら行動して友人を作るという方法がわからず、後輩が声をかけてきても自分の中にある「後ろめたさ」が相手を拒絶してしまった。
これではいつまで経っても前進できず、遊真が帰って来るまで再び停滞してしまうのは目に見えている。
修は急に何の前触れもなくツグミのことを思い出した。
(こんな姿のぼくを霧科先輩が見たらきっと叱りつけるんだろうな…)
ツグミの歯に衣着せぬ物言いは傍から見ると非常に厳しいがその内容は本人に対して適切な助言となっており、修は耳に痛いことを言われ続けているがそれがすべて「自分のために苦言を呈してくれている」と理解しているから受け入れ、それを何度も繰り返していたから無意識に彼女のことを思い出したのだろう。
ツグミから見て修は「目を離したら何をしでかすかわからない困った弟」の認識であったから玉狛支部に住んでいた頃からずっと
遠征に行きたいという気持ちも良くわかっているから応援はしていたものの、まだその資格がないというのにアフトクラトル遠征に参加すると言い出した彼を止めたいと思いながらもその意思を尊重して危険の少ない後方部隊として参加させた。
修は
修が想像しているようにもしここにツグミがいたならば、きっと彼のことを叱っただろう。
ツグミならこう言うはずだ。
「裏口入隊したことや正当な手段を踏まずに正隊員になったことは事実なんだから今さら思い返してウジウジしたところで意味はないわよ。過去は変えられないんだから。スッキリしたいなら自分が卑怯だと思う手段で得た今のB級隊員という立場でできることを精一杯やりなさい。利用できるものは何でも利用して自分を高め、他人から後ろ指をさされることのない人間になればいい。未来ならあなたの意識と努力次第で変えることはできるんだから。周囲の厚意に甘えてばかりだと言うなら、その人たちに世話になった分の恩返しをしなさい。ボーダーの先輩たちに対する恩返しというのは彼らがあなたのために費やした貴重な時間を無駄ではなかったと思わせるだけの防衛隊員になること。ユーマくんやチカちゃんと一緒に遠征に行きたいという気持ちはわかる。だけど今はそれだけの実力がないんだから、とにかく自分を鍛えなきゃダメ。遠征に参加するために相応しい力を持たないくせに参加したいと言うのは単なるワガママで、そのせいで周囲の仲間たちを危険に晒すようなことになるならわたしが全力で阻止するわよ!」
そんなツグミの叱咤激励が聞こえたような気がして、修は苦笑してしまった。
(霧科先輩なら過去は過去として受け入れ、その上で未来をより良いものにしようと努力を惜しまないだろうな。敵だった
そう考えるものの、自分が非常に恵まれた環境にいたからこそ得られた幸運であり、実力はあってもそれが
そんな彼らのことを考えると自分の
すると再び「神の声」が聞こえた気がした。
「だったらジンさんや玉狛第1の先輩たちがあなたにしてくれたことを、今度はあなたがC級の後輩たちにしてあげればいい。才能があっても世に認めてもらえずに埋もれてしまうというのはボーダーに限らずすべてにおいて同じ。例えば小説家や音楽家はいくら作品が優れていても世の中に知られなければ価値を認めてもらえないでしょ? 現在のボーダーのシステムが
暗雲立ち込めて前が見えなかった修の前に一筋の光が差し込んできた。
行き場のない思いを抱えて苦悩していた自分がくだらないと思えるほど簡単な「解答」が
(岡宮くんはぼくのことをヒーローだと思い込んでいるなら、ヒーローであることを否定するのではなくぼくがそのヒーローに相応しい行動をすればいいだけだ。どれだけのことができるかわからないけど、やらないで後悔するよりもやって後悔する方がいい。今度会ったら勇気を出してぼくから声をかけてみよう)
◆◆◆
玉狛支部での夕食時、レイジが修に言った。
「修、
「はい。彼には今日本部基地のロビーで会いました」
「それでどうした?」
「ぼくには後輩に教えるなんてことは無理です。だから断りました」
レイジは修の答えを聞いて残念そうな顔をする。
しかし続く修の言葉に目を見開いた。
「でも…考え直しました」
「…!?」
「ぼくは正規の手順を踏んで正隊員になったわけではありません。去年の12月に空閑がこちら側の世界へ来るまでぼくは本部所属でしたが、その時に
「……」
「そんな自己嫌悪に陥ってイライラした気分でいたんですが、霧科先輩だったらこんなぼくのことを叱るだろうな、ってふと思ったんです。レイジさんを始めとした玉狛の先輩たちは優しくてぼくのことを叱るようなことはしませんが、霧科先輩は言いづらいことでも遠慮なく言ってくれる。いつもダメなぼくを叱るんですけど、それが単にぼくの悪い部分を指摘するだけでなくどうしたらいいのか導いてくれて、ぼくは何度も先輩の言葉に助けられました。麟児さんや千佳の友人を探したいと気が焦っていたぼくに
「……」
「過去は変えられないけど未来は変えられる。入隊試験に落ちたぼくを迅さんが拾ってくれたこと、空閑の功績のおかげでB級に昇格できたことなど卑怯な手段で手に入れた今の立場であってもその後ろめたい部分を塗り潰せるくらいの結果を出してみんなから認めてもらえばこんな気分にはならないはずだと気付きました。そのためには今までのように消極的な姿勢ではダメで、これからは合同訓練だけでなく
そう言って苦笑する修だが、その様子を見ていたレイジは先輩として嬉しいと同時に自分の不甲斐なさを感じていた。
(俺と小南と京介は先輩として玉狛第2の3人を育てるためにできることをやってきた。ボーダー隊員としてだけでなく人生の先達としても後輩たちを導いてきたつもりでいたが、大事なところでは傍観を決め込んでいた。雨取の人を撃てないという問題を解決するのは師匠である俺の役目だったというのに雨取の心の中に踏み込むことが怖くて本質を見据えて解決しようとさえしなかった。だけどツグミは乱暴だとも思えるやり方で心の問題を解決してしまった。雨取は遠征艇のためのトリオンタンクとしての役目でしかなかったが、自分の意思で迷うことなく引き金を引けるようになったことでこれからは遠征艇を守る戦闘員としても十分役立ってくれるようになるだろう。…あの時、俺と宇佐美が撃てないことが当然で誰も責めないと
千佳は「人を撃てるようになりたい」からこそ悩み苦しんでいたというのにレイジと栞は「人を撃てないことは普通のことだから撃てなくてもかまわない」「撃たないことで誰も責めたりはしない」と肯定しただけだから千佳の問題を解決したとは言えない。
彼女の心の問題に踏み込んで「人を撃てるようになりたい」という願いを叶えたのはツグミであった。
そして修に関しても同じである。
彼は壁に突き当たるとそれを乗り越えようと努力をするが、自分だけではできないので師匠である京介に相談をする。
そうすると京介は本部所属のA級隊員を紹介し、太刀川隊や嵐山隊に丸投げしてしまって自分では直接何かをすることはしなかった。
そして修はその場しのぎの技を覚えてそれで済ませてしまう。
それを繰り返していたせいで根本的な問題には一切触れずにいて解決しないでいたものだから、彼は大事なものを手に入れることができずにここまできてしまったのだった。
その「大事なもの」とは経験を積み重ねてその中で得られるはずの「土台」とそれに伴う「自信」である。
C級隊員だった時期に同じ訓練生たちとランク戦で技量を高めていたら、B級にはなれなかったとしても友人や仲間は得られたはずだ。
他人の戦い方を見るだけでも勉強になるというのだから、B級ランク戦を見物していたら後に自分が参加することになる次のシーズンのB級ランク戦に役に立ったことだろう。
そういった経験のない修には友人も仲間も得られず、他の隊員がどんな戦い方をしているのかも知らない状態で無理矢理に正隊員に
しっかりとした土台がないのにその上に建物を建ててしまったようなものなのだ。
その状態で大規模侵攻を経験し、モールモッドを倒すのがやっとの彼が人型と遭遇して無事でいられたのは
B級ランク戦においても
運も周囲の厚意も修の「力」ではあるが、彼本人にボーダー隊員としての自信を与えることにはならなかった。
いや、周囲の人間がそうさせなければいけなかったのだ。
C級隊員の時にやるべきことをせずにいて、B級になってから慌てて
さらに師匠である京介が修から相談されても自分で教えることはせずに別の人間を紹介するだけで、それを繰り返してばかりなものだから修が自分で師匠となる人間を探そうともせず、京介に紹介されたA級隊員を頼るばかり。
木虎だけは修に厳しい忠告をしたものの、他の人間は懇切丁寧に面倒をみてやるだけで誰も自分で解決する道を示すことはなかった。
そんな「一所懸命頑張っている修くんをみんなで応援してあげよう」と周囲が協力したおかげで修は…いや玉狛第2はB級ランク戦で2位という
特別待遇のフルコースで「事情を知らない者から見たら立派なB級隊員」となった修だが、現実には悩み事を相談できる友人がひとりもおらず、
それは修だけが悪いのではなく、後輩を
そしてレイジはやっと気付いたのだった。
「俺はこれまで
「……」
「修、岡宮はおまえと同じように根性があって目的のためなら多少の無茶をする少年だ。俺がこんなことを言うのは図々しいかもしれないが、おまえだからこそ正しく導いてやれるんじゃないかと思っている。頑張ってくれ」
「はい!」
レイジに認められたような気になり、修はようやく自分の判断に自信が持てたようである。