翌金曜日の放課後、修はやる気満々で本部基地へとやって来た。
この日の射手の訓練内容は水上が発案したもので、狙撃手の合同訓練で行われている「捕捉&掩蔽訓練」に似たもの。
A級からC級まで参加者全員がひとつのフィールドにランダムに転送され、レーダーを使わずに標的を探して倒していくというというところは同じである。
ただし獲得できるポイントの条件や点数など少々ルールの変更を設けた。
標的に弾を当てた場合は+1点で、緊急脱出させることができたら+5点。
この場合複数の人間が同じ標的に弾を当てていた時は最もダメージを与えた隊員に5点が与えられる
自分よりも格上の相手(B級ならA級、C級ならA級とB級)であればさらに追加点があり、例えばC級がB級に当てた場合は+1点で、A級なら+3点のボーナスが付く。
逆に格下(A級ならB級とC級、B級ならC級)に当てられたらマイナスとなり、例えばA級がB級に当てられた場合は-1点で、C級に当てられた場合は-3点となる。
緊急脱出した隊員は-5点だけでなく復帰するまで5分間のインターバルを設ける。
もちろんC級に合わせてシールド等の防御は不可で回避のみとなり、使えるトリガーも通常弾1種のみ。
さらに正隊員にはハンデを設け、機動力をA級は3割減、B級は2割減にしている。
実戦経験のある正隊員と入隊したばかりの訓練生ではハンデがあっても戦闘力の差を縮めるのは難しいかもしれないが、射手は「常に考えながら戦う」ポジションであるから上手く考えて立ち回ることができればC級でもA級を倒す「大金星」も不可能ではない。
最終的に得点の一番多かった隊員が優勝で、C級なら300点、B級は100点の個人ポイントが進呈されるというボーナスもある。
休憩時間を挟んで2回行われ、第1試合はトリオン無限ルールを適用するため誰でも撃ち放題となるが、第2試合では通常どおりトリオンを消費するのでトリオン量の多い隊員ほど有利である。
それぞれの試合で下位5人は訓練室の掃除という罰ゲームもあるから、参加者は必死になるだろう。
訓練を行うにしてもいかに面白くするかを考え、ゲーム性を高めたのは水上らしい発想だ。
この訓練は前回のチームワークを求める内容ではなく純粋に個人の技量が試されるもので、射手であるからトリオン量とトリガーの熟練度が重要なポイントとなる。
(これは厳しいぞ…。いくらシールドなしでもぼくの通常弾じゃ当てるのが精一杯。当てさえすれば1点取れるけど、敵だって回避して当たらないようにするんだから、速度重視で調整してやっとというところだ。第1試合はトリオン無限ルールだからぼくでも他の人と対等に戦えるとしても、第2試合は60分もあると途中でトリオン切れになるかもしれない)
修はそんなことを考えながら戦闘フィールドへ転送されるのを待っていた。
ルールは説明されているが、どんなマップを使用するのかはまだ知らされていないので緊張している者は多いだろう。
そして参加者73人全員が一斉にマップ「城郭都市」へと転送された。
◆
狙撃手の捕捉&掩蔽訓練であれば建物の中で身を潜めて狙撃のチャンスを待つのがセオリーであるが射手の場合は状況が違う。
射手用トリガーは狙撃手のそれに比べて射程が圧倒的に短いから適度に近付かなければ弾は届かず、またレーダーが使用できないため標的を捉えるためには動かざるをえない。
だからといって迂闊に動けば狙われてしまうのだから転送直後の行動が重要となる。
なおマップを「城郭都市」としたのは正隊員でも慣れていないフィールドにするためで、さらに現実にない世界観の街で戦うことによってゲーム感覚が増すからと水上は考えていた。
修が転送されたのは直径約1キロメートルのほぼ円形の街の南西の隅であった。
平屋や二階建ての庶民の住宅が集まっている住宅街で、幅が150センチしかないような細い路地が入り組んでいる場所だから、もしスパイダーが使用できたならワイヤー陣を張るには最適だっただろうと修は考えていた。
しかしこの訓練では通常弾しか使用できないのでそんなことを考えても意味はない。
周囲には他に人の気配がないため、修は適当な民家の中に入って身を隠した。
(さて、この後どう行動すべきか…? 城郭都市のマップだから周囲はジャンプでは乗り越えられない城壁で囲まれている。ぼくがいる場所は南西の隅で、この家の数軒先にもう城壁がある。この壁を背にして行動すれば少なくとも背後からの奇襲はない。街の中だと360度警戒しなければならないけど、壁伝いに動けば警戒するのは180度で済むぞ)
修は周囲の様子を確認しながら外へ出て真っ直ぐに城壁へと向かった。
まだ戦闘が始まっていないらしく、周囲は物音ひとつしない。
どこかで戦闘が始まればその音に反応して人が集まり乱戦となるだろうから、無闇に動かずに誰かが戦闘を始めるのを待っているのだ。
戦術として誰でも考えるのは誰かが一対一で戦っている現場に近付いて、その隙を狙って点を取るという「漁夫の利」のパターン。
目の前の敵に注意が集中しているところを側面や背後から攻撃するというのが安全且つ確実だ。
しかし皆が同じことを考えて行動してしまったらいつまで経っても始まらないので無駄に時間が経過するのみ。
それではこの「ゲーム」を行う意味はない。
だが狙撃手のように身を隠してじっと待つことに慣れていない射手で、おまけにそれが訓練生であれば我慢できなくなって動き出してしまうものだ。
いくら正隊員でもシールドなしで急襲されたらひとたまりもないと考えたひとりのC級隊員が開始5分で耐えられなくなって勇み足で動いてしまったのだった。
街の中心部に向かえば人がいるだろうと判断し、細い路地を注意深く歩きながら進んで行く。
どこに標的がいるかわからない場合、自分から探すか標的に姿を現してもらうかのどちらかである。
この訓練では前者よりも後者の方が賢い方法で、C級隊員同士が戦闘を開始すればその音を頼りにして標的の居場所を確定するだけで済むのでリスクは少ない。
しかし戦闘経験の乏しい訓練生ではそれがわかっていても待つことに慣れていないのでつい動いてしまったのだが、民家の中から外の様子をうかがっていた別のC級隊員がその姿を見付け、そこで戦端が開いたのだった。
そこからの展開は早いもので、音を聞きつけた他の隊員たちがC級同士の戦闘に介入し、さらにそこに別の隊員が…というように戦闘は大きくなっていく。
転送位置はランダムだがほぼ等間隔になるように設定されていて、初期位置はそれぞれが約50メートル間隔だからすぐに現場へ駆け付けることができ、後は坂を転がる石のようなもので誰にも止めることはできない。
城郭都市の南東エリアで始まった戦闘は徐々に拡大していき、遠くに転送されていた隊員も合流していく。
修はその騒ぎを聞きつけて城壁沿いに南東エリアへ向かうが、到着した時には正隊員・訓練生が入り混じって大混戦となっていた。
自分以外はすべて敵であり、とにかく当てさえすれば得点になるために照準が多少甘くても数打ちゃ当たるとバンバン撃ちまくるのだ。
トリオン無限ルールであるからトリオン量が多かろうと少なかろうと撃ち放題ではあるが、勘違いしてはいけないのはトリオン能力が高ければ有利であるのは動かしがたい真実である。
いくら撃ってもトリオンが減らないといっても元のトリオン能力が低ければ1発では致命傷に至らず緊急脱出させられないが、トリオン能力が高ければ当たりさえすればたった1発で緊急脱出させることも可能だ。
さらに通常弾を撃つ場合、威力・弾速・射程等を調整するわけだが、動きが早い標的に当てるだけなら弾速重視にすればいいし、安全策を考えるなら他の隊員の射程の外から当てられるように射程重視に調整するということもできる。
しかし修のようなトリオン能力が低い隊員であれば弾速重視にすると射程や威力を、射程重視なら威力と弾速を犠牲にしなければならなくなるわけで、いくら射手が常に考えながら戦うポジションだといってもトリオンの量が重要であることは紛れもない事実なのだ。
結果、最も得点の多かったのは出水で、B級隊員を中心に狙ってガンガン緊急脱出させたことと敵からのダメージがほとんどなかったことが高得点の理由となった。
二宮はというと格下相手に本気になるのも大人げないということで積極的には戦わず、№1射手に対して一矢報いようという気概のある相手を待ち構えていて、挑戦しようとする人間が少なかったために次点となったのだった。
意外なことに一部のC級隊員が奮戦し、B級隊員よりもハイスコアを出した者もいた。
修はというと参戦するまでに少々時間がかかったために乱戦の外側から様子を見物することができ、棚ぼた的な得点もあったことで全体では27位というB級としては無難とも言える順位となったのだった。
命中させた数は38(内緊急脱出させた数はゼロ)、被弾25、本人の緊急脱出は2回という結果に修本人としては納得できるものであったくらいだ。
第2試合はルールこそすべて同じだが、トリオンを消費することになるので無駄弾を撃つことはできるだけ避けたい。
そうなると慎重に行動し、照準を定めて撃つことになるから第1試合ほどの激しい撃ち合いにはならないのは確実。
第1試合で突出してしまったC級隊員も今度は無闇に動くことはないだろう。
修だけでなく誰もがそんなことを考えながら30分の休憩を済ませて訓練室へと戻って来ると、少々様子が違っていた。
◆
当初の話では第1試合と第2試合はトリオンを消費するかしないかの違いがあるだけで内容は同じものであったはずなのだが、休憩時間の間に事情が変わったのだと水上が説明した。
彼が休憩時間中にラウンジで寛いでいたところ、そこに銃手の北添が現れてお互いの訓練内容について雑談をしたのだが、射手の訓練が気に入った北添が射手と銃手の合同訓練をしようと提案し、急遽決まったというのである。
射手と銃手の違いは銃型トリガーを使うかどうかの違いだけで、どちらも中距離ポジションで戦闘の役割もほぼ同じだから一緒に訓練をしても不都合はない。
本日の銃手の訓練内容はリーダーの北添が決めた「モールモッド殲滅訓練」で、無限に現れるモールモッドをトリオンがなくなるまで撃ち続けるという単純なものであった。
この合同訓練ではポジション別の総責任者の他に持ち回りのリーダーの役目があり、この日は北添であったのだがこのモールモッドをただ倒すだけの訓練は銃手たちに不評であったらしいのだ。
そこで射手の訓練内容の方が面白そうだということで、北添が銃手たちを全員訓練場に連れて来たのだった。
銃手は95人おり、射手と合わせると168人という大人数になるため、それぞれを半分に分けて84人ずつ2つの班に分けて行われることにした。
さらに2回目の射手と1回目の銃手とでは銃手に不利だと思われるので、マップは一般的な「市街地A」で行うことにした。
そして得点に関しては第1試合と同じだが、今回は射手は銃手に、銃手は射手に攻撃を当てたり緊急脱出させることができた時には倍のポイントが入るように変更をする。
射手と銃手の合同訓練はC級隊員にとって特に重要なものとなるだろう。
同じステージで戦うことによって自分が現在のポジションを続けるのか、または転向するのかを決めるきっかけとなるからだ。
C級隊員にとって今一番重要なのは現在のポジションが自分に向いているのか、そして使っている武器が適切なものかを決めること。
他人の戦い方をたくさん見ることと経験をすることが重要なのだ。
実際、この訓練の後に射手から銃手へ、また銃手から射手への転向者が数人出たのだからこの射手と銃手の合同訓練は意味のあるものになったのは間違いない。
そしてこの日の射手合同訓練では水上がすべてを仕切っていたわけだが、後半から銃手の隊員が加わることまでは想像していなかったと思うのが普通である。
しかしすべては彼のシナリオ内のことであった。
ほぼ同じ内容の訓練を2回行うのは前回の訓練日に蔵内がやったことと同じで、両者を比べることで彼が何を言いたかったのかを自分で気付いてもらうために行ったもので、射手の役割とチームワークの重要さを理解してもらうことに成功した。
今回の水上のプランの意図はゲーム性の高い訓練を行い、それを北添に話せば面白そうだと食らいついてくると考えた上でのものだ。
射手と銃手では銃手の方が人気があり、射手を選んだ訓練生が銃手へ転向するケースが多々ある。
事実、銃型トリガーを使った方が射程に20%のボーナスがつくとか訓練を重ねればその分上達するということでわかりやすいという面があるのだが、射手はトリオンキューブの扱いが難しく、慣れないうちなかなか成長したという感覚がないので挫折してしまう人は多い。
射手の優れた点は撃つたびに威力・弾速・射程等を調整できることで、戦況に合わせて自由に弾丸をコントロールできるようになるまでは時間と鍛錬が必要だが、できるようになれば銃手よりも戦術面で優れたトリガー使いになれるのは二宮や出水たちの例を挙げるまでもない。
よって適切な指導を受けて途中で諦めずに精進すればどのポジションでも上達するのだから、途中で投げ出さないようにさせることが正隊員の義務なのだ。
そこで銃手と戦わせてみて有利に戦うことができたら自信が持てるようになると考えた。
トリオン無限ルールではいくらでも乱発できるからと無闇に撃ちまくるという考えなしの戦い方をした訓練生も次はトリオンの残量を考えて慎重に撃つようになる。
現実には正隊員が実戦において単純なトリオン切れで緊急脱出してしまったというケースは一度もないが今後もないとは限らないので、一度自分のトリオンがどれくらい戦闘で使えるのかを試してみる機会にもなるだろう。
何発撃ったらトリオン切れになるのかを知っておけば実戦ではそれを参考にして戦うことができるし、なによりもC級隊員にとっては一対一のランク戦ではない複数の人間が入り乱れて戦うという機会はなかなか得られない。
部隊単位で行動することが多いため「自分以外はすべて敵」のシチュエーションは実戦では滅多にないが、ないからそんな訓練は必要ないと考えるか、逆に訓練だからこそ面白みのあるものにしようと考えるか、それは人それぞれだが水上はそれをやってみようという気になって実行したのである。
第2試合の開始前に水上は射手だけを集めて訓練生に「銃手の最大の弱点は手を失ったら戦えないこと」だと助言をしていた。
当然のことなのだが案外忘れてしまっている隊員は多い。
銃手は銃型トリガーを使うためにその「手」が必要で、トリオン供給機関や伝達脳を破壊できずとも手を失ったらそこで戦えなくなり、シールドも使えないとなれば丸腰で逃げ回るしかない。
その点射手は肩からごっそり腕を丸ごと失っても射撃は可能だ。
参加者には「当てたら+1点」と言ってあるからどこでも当たればいいと考えがちだが、あえて「銃手の最大の弱点は手を失ったら戦えない」と確認させておけば銃手を狙う場合は難しいトリオン供給機関や伝達脳をピンポイントで狙わなくても肩から手のひらまでの広い面積のどこかに当てて手を使い物にならないようにすればいいと考えて戦うようになる。
これは個人戦ではあるものの銃手が加わったために部隊戦としての意味も持つようになった。
そして試合の結果は水上にとって満足できるものとなった。
C級隊員のリーダー的な存在であったひとりの訓練生が仲間に「原則として攻撃を仕掛けるのは銃手のみで、戦闘に自信のない者は必ず複数で行動すること」と指示をして、それを全員が守ったことで仲間同士での戦闘はなくなり、銃手ひとりに射手がふたり以上で攻撃をしたことで得点がしやすくなり、同時に脱落者も減ったのだった。
これは個人戦であるという話であったから銃手たちは正直に自分以外すべて敵だという意識で戦ったが、射手については1回目と同じく正隊員は個人で戦う者は多かったが、訓練生は全員が部隊で戦うという賢い戦術を選んだ。
ひとりの銃手を複数の射手が倒そうとすると誰がトドメを刺すかによってトラブルが起きそうなものだ。
当てるだけでも得点になるが緊急脱出させればさらに追加点があるので誰でもトドメを刺したいと思うもの。
だがトドメを刺す役を交代制にして平等にすることでそれは解決した。
さらに銃手の訓練生たちは自分たちが射手よりも射程の面で有利であるいう自信を持っていたので単独で射手の訓練生を狙おうと行動していて自滅していった。
よってC級隊員に限っては緊急脱出させられた隊員の数は圧倒的に銃手の方が多く、射手は仲間同士での戦闘を避けたために緊急脱出することは1回目に比べてはるかに少なくなった。
そうすることでいかにチームワークが重要であるかを改めて知ることとなる。
優勝すれば個人ポイントが進呈されるという条件で第1試合ではそれを意識して戦っていたが、第2試合ではもうそんなものはどうでもよくなっていて仲間同士で協力して敵を倒すということに夢中になってしまい、その結果射手VS銃手で見れば射手の圧勝であった。
水上は銃手たちを利用して射手の訓練生たちに射手の面白さを教えることに成功したのだった。
彼は第1試合ではトリオン無限ルールで撃ち放題にし、射手の訓練生たちにも勝てるかもしれないという希望を与えて単独での戦闘をするよう誘導した。
しかし実際には訓練生レベルでは正隊員にハンデを与えたところで経験の差を埋めることはできないと教える結果になった。
訓練生たちはさぞガッカリしたことだろう。
第2試合では銃手を交えての戦闘訓練となったのだが、これは水上の織り込み済みのもので、共通の敵を与えて共闘させる流れに変えてチームワークの大切さを教えると同時に部隊の中での射手の役目を理解してもらおうと考えた。
第1試合で悔しい思いを植え付け、第2試合では絶対に負けたくないという気持ちにさせた。
負けないようにするためには単独ではなく複数での戦闘が不可欠だと判断し、個人の戦果よりも射手という部隊の勝利を選んだ結果は彼らを満足させた。
水上は特に説明はしなかったが、射手の正隊員にはこの訓練の意図が伝わっていて、二宮や那須たちは銃手の正隊員が射手の訓練生に手を出せないように上手く足止めし、射手の訓練生VS銃手の訓練生の図式が成り立つようにしてくれた。
そうなると射手同士、銃手同士で連携をして敵を倒そうとするチームプレイも見られるかもしれないという期待があり、射手の訓練生はその期待に応えてくれたわけだ。
最終的な結果は特に出すことはしなかった。
第1試合と第2試合の条件が違うものとなり、単純に両者を比較できないためだ。
しかし訓練室を使用したのだから清掃作業は必要で、第1試合と第2試合のそれぞれ下位5人の合計10人が罰ゲームとして掃除をやらされることになり、解散した後にブツブツ文句を言いながらも作業をしたのだった。