ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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357話

 

 

ポジション別合同訓練はすべてが録画されていて、忍田と東のふたりはC級隊員たちの訓練の様子をチェックしていた。

ふたりとも忙しい立場の人間であるから現場で見学することはできず、録画したものを深夜になって見るのが精一杯である。

それでも後進の育成に関しては重要だと考えているため、プライベートな時間を削ってでもかまわないという覚悟のようだ。

各ポジションがそれぞれ2回の合同訓練を終えた時点でふたりはVTRを見ながら語り合った。

 

「忍田さん、想像していた以上に活気があって、訓練内容も頭を使ったものになっていますね」

 

「ああ、特に射手(シューター)が面白いな。休憩を挟んで2回の訓練でそれぞれ同じような内容の戦闘をやっているが、条件を少し変えることで意味を持たせている」

 

「蔵内の企画した訓練ではお互いに気心の知れた仲間同士で戦うことで連携が取りやすくなることを体感し、日常での仲間との付き合いも大事だと気付かせたみたいです。その影響なのか水上の企画した訓練の後半では個人戦だったものが部隊(チーム)での戦闘となり敵を効率的に撃破していますね。C級の中にリーダーがいて彼を中心にチームワークを活かした戦闘をしたことで銃手(ガンナー)を圧倒していました」

 

「正隊員になるためには同じC級隊員の仲間を倒して個人(ソロ)ポイントを稼がなければならない。ライバル関係にあるわけだが同時に共に苦労し切磋琢磨したかけがえのない戦友ともなる。…現在のシステムでは4000ポイントを稼いでやっと正隊員になれるという相対的もので、それは訓練生の全体のレベルがアップすればいくら正隊員になれるだけの実力があってもお互いに潰し合いになってしまってしまう」

 

「だからツグミは正隊員と訓練生でも個人(ソロ)ランク戦ができるようにと提案したんだ。しかし訓練生側が望んでも正隊員がその挑戦を受けなければ個人(ソロ)ランク戦が成立しない。そのためにも正隊員と訓練生の距離を縮め、正隊員は後輩の成長のために協力してやろうという気持ちにさせることが必要だ。この合同訓練にはその意味も含まれている。あの子は特別扱いされる隊員がいる一方で、いくら努力してもそれが誰の目にも止まらないために認めてもらえない隊員の救済をしたいと言っていた。実際、上層部の都合で正隊員の条件に満たない訓練生を昇格させたケースがあり、そのせいで本人が苦労している姿を見てきたからだろう」

 

忍田が言っているのは修のことで、隊務規定違反行為には目を瞑りクビにするどころかB級に昇格させ、昇格してからもA級隊員の先輩たちが手厚く指導することで修本人は自分自身で段階を踏んでやらなければいけなかったことをしなかったために苦労している。

合同訓練のVTRを見ていてもそれはハッキリとわかるもので、正隊員といっても訓練生の上位のグループとほぼ同じレベルだ。

つまり修と同じだけの実力でありながら個人(ソロ)ポイントが4000に満たないだけで正隊員になれないということ。

その訓練生は個人(ソロ)ランク戦をせずに怠けているのではなく、同レベルの訓練生同士で潰し合いをしているからなかなかポイントが貯まらないのである。

修と日の目を見ることがなく燻ってしまっている訓練生の双方を見ているツグミにとっては()()()()救わなければならず、一度に解決する手段としてこのポジション別合同訓練を提案したのだった。

A級やB級の実力者から手とり足とり指導してもらうのではなく、C級隊員と同じ土俵に立って戦うことで訓練生時代にやっておくべきだった()()()()を今からでも回収するのが修にとって今やるべきことであり、逃げてはいけないことでもあるのだ。

玉狛第2を解散したのは良いきっかけとなり、これから修は玉狛支部の所属でありながらも本部所属の隊員たちと行動する時間が増えていくだろう。

防衛任務も本部の無所属(フリー)隊員と組んだりどこかの部隊(チーム)に加わるという形で行うわけで、これまで関わりのなかった隊員と知り合うチャンスでもある。

現にC級の攻撃手(アタッカー)・岡宮との接点もできた。

後は本人のやる気だけだ。

 

「そういえば明日の19日は今月の入隊日でしたね」

 

「ああ。今回はアフト遠征の成功の効果で受験者・合格者共にこれまでにない数になったな。まあ、だからといって優秀な新人が多いとは限らないのだが、遠征に参加して家族や友人を探したいという志願者が多かったのは事実。できることなら全員の希望を叶えてやりたいものだが、現実にはそれは不可能。ならばせめて能力のある者を取り零しなく掬い上げてやらないといけない。東、狙撃手(スナイパー)の新人たちのことは任せたぞ」

 

「了解です。…それにしてもC級の数がだいぶ増えたのはいいんですが、一定期間を経て2000ポイント未満であった場合は即除隊とし、()()()()()()隊員及び才能のない隊員を排除することで人数を調整することにしたんでしたよね? その一定期間というのはまだ決まっていないようですけど…」

 

「それについてはしばらく様子見だ。とりあえず明日入隊する新人はまだポジションさえ正式決定していないど素人で、1週間ほどポジション別の合同訓練を見学させて自分の使う武器(トリガー)を決めさせることから始めねばならん。自分にとってベストな武器(トリガー)を見付けることができなければ何も始まらない。そもそもこの訓練方法はが正しいかどうかはまだわからないのだから、8月末までのお試し期間のようなものだ。期間が終わる頃にはツグミも帰って来るだろうからこの結果を見てもらって決めよう」

 

「忍田さんは霧科を頼りにし過ぎですよ。たしかにポジション別合同訓練とC級隊員の正隊員への昇格条件については彼女の提案ですけど、アフト遠征の訓練だけでなく実際に遠征を決行した際にも彼女に危険な潜入調査だとか働かせ過ぎです。もちろんあなたがやらせているのではなく本人が積極的に行動しているんでしょうけど、少しは休ませてやるべきですよ。今だって特別任務とかで三門市を留守にしているということですけど、近界(ネイバーフッド)のどこかの国に行っているんじゃありませか?」

 

「おまえに言われるまでもない。ただ第一次近界民(ネイバー)侵攻で行方不明になっている市民の救出を最優先で行っている今、近界(ネイバーフッド)の情報をできるだけ多く手に入れたいし、友好的な国に協力を求めて安全且つ確実に遠征を行いたいと考えていて、そのためには自由に近界(ネイバーフッド)を行き来できるあの子の存在は重要なのだ。以前の城戸さんなら絶対に許可をしなかっただろうことをあの子は認めさせるだけの信頼と力を身に付けた。まあ、おまえにも話せない事情がいろいろあって説明不足になるが、とにかくあいつが極秘で動いていることで近界(ネイバーフッド)の未来は大きく変わる可能性がある。ボーダーに協力してくれる近界民(ネイバー)がいて、こちらが手を貸してやることで後々役立ってくると思われる人物もいる。それらはすべてあの子が積極的に行動をし、その判断が正しかったからだ。敵として現れたキオンの諜報員を味方にできたのは、あの子が彼らを捕虜でなく客人として迎え入れたからで、もし彼らを捕虜として扱っていたらアフト遠征が成功していたかどうかはわからん。それくらい重要な任務を自らすすんでやってくれている。申し訳ないと思うが、今はあの子に頼るしかないんだ」

 

忍田は悔しげな顔でそう言った。

東にも忍田の気持ちがわからないでもない。

いくらツグミにしかできないといっても重すぎる荷物を彼女ひとりに背負わせているような罪悪感があり、それが自分を師と仰ぐ愛弟子ともなれば何も手伝ってやることのできない不甲斐なさも感じてしまう。

 

「だったらせめて無事に帰って来たら全力で労ってやりましょう。そして俺たちは俺たちで彼女が残していった『課題』をきちんと済ませておいて叱られないようにしなければいけませんね」

 

「ああ。あの子は私たちを信じてすべてを任せて近界(ネイバーフッド)へ行った。中途半端なことでは愛想を尽かされてしまう。だからこうして深夜まで仕事をしているんだ。明日は明日で大事な仕事があるというのにな」

 

「入隊式の挨拶は忍田さんの役目ですからね。本部長が目の下にクマを作った酷い顔じゃ新入隊員たちもがっかりですよ。ひと通り全部見たわけですからこれで今日はこれくらいにしておきましょう」

 

「そうだな。遅くまで付き合わせて悪かったな、東」

 

「気にしないでください。じゃ、俺はお先に失礼します。おやすみなさい」

 

そう言って東は会議室を出て行った。

忍田はモニターの電源をリモコンでオフにすると椅子の背もたれに大きく身を預けた。

 

(ツグミのやつ、今頃何をしているんだ…?)

 

文字どおり自分の手の届かない遠い場所へ旅立ってしまった(ツグミ)への想いが高まり、閉じた両目から涙が溢れ出てきてしまったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

忍田がツグミのことを考えていた頃、彼女は遠征艇の自室で寛いでいた。

近界(ネイバーフッド)を旅する場合、宇宙を航行しているのと同じようなものなので時間は三門市と同じ時刻に設定している。

だから艇の中も7月18日の金曜日の22時46分で、就寝時間の23時まで毎日の習慣となっている読書をしていた。

時間がたっぷりあるので読みたい本を山ほど積んできており、帰還するまでに30冊は読破しようという計画である。

彼女が読んでいるのは「国際連合憲章」の条文で、学校でその存在は習うものの詳しい説明はないためにどんな内容なのかを知る人間は少ない。

もっとも仕事の関係で知っていなければいけない職業の人間以外は人生の中で一度も触れることのないもので知らない人間の方が多いのは当然だが、彼女は自分のやりたいことをやるために必要な知識だとして勉強しているのだ。

他にもいくつか調べているものがあり、そのどれもが今すぐに必要となるものではないがいざという時にすぐに使えないと不便だと考え、時間に余裕があるエウクラートンへの往復でやれるだけのことをやっておこうというのである。

 

近界(ネイバーフッド)の国々では欠乏している資源や食料を奪い合う「戦争」が日常化している。

そのせいで無関係な玄界(ミデン)へもやって来て自国の戦争に利用するために三門市民をさらうという理不尽な行為に及ぶわけで、近界(ネイバーフッド)の戦争を止めなければ民間人への被害もなくならないというのが現実である。

その被害を食い止めるためにツグミは新たなエネルギー資源として太陽光発電等の自然エネルギーの利用を近界(ネイバーフッド)に広めようと考えた。

そこで彼女は近界(ネイバーフッド)の国々に影響力を持つキオンの元首に直接会うことで彼女の行動に興味を持たせ、テスタはどの国よりも早く玄界(ミデン)の優れた技術を導入することで()()()()()()によって近界(ネイバーフッド)の国々を平定しようと画策している。

アフトクラトルではなくキオンを選んだ理由は簡単である。

両国とも軍事大国で他国を軍事力で支配していることに違いはないのだが、キオンが国民の食料問題の解決のために多くの国々を従えようとしているのに対し、アフトクラトルは四大領主と呼ばれる有力な貴族が国内の覇権争いのために無関係な国に戦争を仕掛けて私兵を増やそうとしている面が彼女には許せない。

キオンはトリオン能力者やトリガー使いを次の戦争のために連れ去るようなことはせず、従属させた国で生産する食料を接収するだけなので「食料の増産とトリオンに代わるエネルギー」があれば無闇に戦争はしないと彼女は判断したのだ。

もちろんキオンのテスタを全面的に信用しているというわけではなくお互いに利用をしたりされたりしているだけであるが、それでも彼がボーダーに対して牙をむくことさえなければ今の関係は続けられる。

今はゼノン隊を出向させてくれているだけだがそれでも十分で、彼らの力を借りて三門市民救出計画を軌道に乗せることさえできれば問題ない。

ツグミの目的は近界(ネイバーフッド)での戦争をなくすことで悪意ある近界民(ネイバー)玄界(ミデン)へやって来て武力を行使することをなくすというものであるから、結果的にキオンが近界(ネイバーフッド)の支配者になったとしてもかまわない。

ただしキオンが他の国を虐げるのであれば無責任なことも言えないのだが、ひとりの賢い人間(テスタ・スカルキ)が統一する世界を見てみたいという好奇心が彼女を動かしている部分もあり、玄界(ミデン)の文化に憧れるテスタを上手く()()()と考えているのだ。

そのための勉強をしている流れで「国際連合憲章」についても調べることになったわけで、一国の元首を()()ためには必要な準備なのである。

 

(エウクラートンでの滞在予定は約10日。女王陛下の具合にもよるけどそれくらいあれば適切な処置と今後の治療について主治医と相談する時間は取れるはず。その間にキオンまで行って総統閣下と面会する予定だけどキオン滞在は3日が限界。もっとゆっくりできる時間があればいいんだけど、今回はエウクラートン訪問が目的だから仕方がないわね。…あれから3ヶ月も経っていて少しは暖かくなっているだろうけど、春物のコートだけで大丈夫かな?)

 

23時のアラームが鳴り、本にしおりを挟むと枕元のテーブルに置く。

 

(三門市でも大勢の市民が安らかな眠りの中にある頃ね。万が一何かあっても今のボーダーなら対応に不安はないし、なによりもジンさんの未来視(サイドエフェクト)でわたしが無事に帰還すると断言してくれているんだもの、わたしの帰る場所はちゃんと守ってくれるはず。ジンさん、真史叔父さん、おやすみなさい)

 

目を閉じるやいなやツグミは深い眠りの中に落ちていった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが安らかな眠りの中にいた頃、迅は修、千佳、ヒュースの3人を連れて深夜の市内巡回任務に就いていた。

部隊(チーム)を解散して無所属(フリー)になった3人だが、市内巡回は義務であるためにそれぞれ本部所属の部隊(チーム)に加わったり無所属(フリー)の隊員同士で組んで臨時の部隊(チーム)を作って防衛任務を行う。

今回は元玉狛第2の3人をまとめて迅が隊長となる臨時部隊(チーム)となり、彼らは本部基地から南西側の放棄地区を巡回していた。

この辺りは大規模侵攻の際にヴィザとヒュースが修たちの前に現れて遊真やレイジたち玉狛第1が戦った因縁の場所で、あれから半年が経とうとしていた。

それぞれに思うところがあり、あえて誰もそのことは口にせず黙って巡回をしている。

そんな3人の様子を見ながら迅は思い返していた。

 

(すべての分岐点はゼノンたちがツグミを拉致したあの事件だった。あいつの機転がなければミリアムの(ブラック)トリガーは奪われていて、その適合者のあいつもキオンへと連れ去られていただろう。その存在を城戸さんしか知らなかった(ブラック)トリガーが奪われたとしても騒ぎにはならないだろうが隊員のひとりがさらわれたとなれば事件にならないわけがない。ボーダー内で箝口令を敷いたところでいずれは公になって上層部はマスコミに叩かれることになったはずだ。そしてボーダーは優秀なブレインを失い、その後のアフト遠征が成功したかどうかわからない。なにしろツグミとゼノン隊の働きが遠征の成功に大きな貢献をしていて、短期決戦で済んだだけでなく隊員に犠牲が出なかった。もしあいつがいなかったらこれほど見事に成功したかわからない。いや、まだ遠征自体行われていない可能性もある)

 

ツグミとゼノン隊の3人がいない「未来」もあった。

だとすればアフトクラトルの情報はエネドラッドによる断片的なものだけで、ヒュースは現地までの道案内はしても着いた途端に離反して敵となって再び現れることになったかもしれない。

なにしろディルクやエリン家の家族がハイレインによって人質にされてしまえばヒュースは自分の命を賭してボーダーと戦うことになったはずで、ボーダーは敵本拠地で三門市侵攻以上の戦力を相手にわずかな戦力で戦わざるをえなかったはずだ。

いくら戦力をアップさせたとしてもツグミしか気付くことのなかった緊急脱出(ベイルアウト)の弱点 ── 緊急脱出(ベイルアウト)先が遠征艇である ── によって遠征部隊は壊滅してしまったことだろう。

もちろん殺害されることはないが、優秀なトリガー使いが数十人も捕虜になるという「ミイラ取りがミイラになる」という最悪の事態となったはずだ。

生身の身体が安全な場所に転送されるという一見非常に安全に思える緊急脱出(ベイルアウト)だが、システムが起動されると転送先への軌道が現れてしまい、その先に遠征艇があるとひと目でバレてしまう。

そこを指摘されなければ誰も気付かずに敵と戦い、誰かひとりでも緊急脱出(ベイルアウト)してしまえば遠征艇の場所が特定されてそこを集中的に攻撃されて「帰る場所」を失っていたはずだ。

実際に緊急脱出(ベイルアウト)してしまった隊員がいて、ハイレインはその軌道を見てランバネインに遠征艇の場所を確認させようとしている。

ツグミたち別動隊が遠征艇とは別の場所に転送先を設定していたおかげで事なきを得た。

もし別動隊の活躍がなければボーダーは遠征を成功させてC級隊員を救出するどころか主力となる防衛隊員をも失い弱体化した可能性は高い。

市民からの信頼は不信感へと変わり、今後のボーダーの運営にも暗い影を落とすことになっただろうし、それよりもスポンサーの多くが手を引いてしまい、資金のない組織は解体するしかなくなる。

いわゆる「最悪のシナリオ」というもので、ツグミが拉致された時に冷静に行動し、敵であるゼノンたちを上手く誘導して自分の()()()()()に引き込み、迅や城戸のことを絶対的に信頼していたからこそ彼女は生還しただけでなくキオンの諜報員という「駒」を手に入れたのだった。

さらにその「駒」を最大限に利用するために危険を承知でキオン本国へと乗り込み、元首であるテスタとの会談へ持ち込んでそれも成功させている。

並の胆力の人間では自分をさらおうとした敵の手を借りて敵の本拠地へ赴き、敵の親玉と話をしようなどと考えすらしないだろう。

しかし彼女には自分の思いどおりに事を進めることができるよういくつもの「武器」を用意していたが、それはすべて綿密な調査とその結果から推測される事実を根拠としていた。

テスタに気に入られたのもゼノンたちから聞いていた情報を元にしたものだ。

ゼノンたちは国の機密情報に関しては一切口外しなかったものの、テスタの人柄や行動原理などは会話の端々に上っていた。

キオンでは寒冷地ゆえに作物の生産が少なく、食料を得るために戦争をして従属国を増やしてそこから食料を徴収していること。

テスタは国民の生活向上について熱心で、自身の権力を誇示してふんぞり返るような人間ではないこと。

そして新しいものや珍しいものが大好きで、特に「食」に並々ならぬ興味を持っていることなどを聞いていたから、それに相応しい「武器」を用意して準備万端の状態で敵地へと乗り込んだのだった。

彼女の作戦は大成功となり、キオンが玄界(ミデン)と手を組んだという少々オーバーな噂は近界(ネイバーフッド)中に広まりつつあり、以前のようなトリオン兵による市民の拉致は現在ゼロとなっている。

それは(ゲート)誘導システムによって(ゲート)を本部基地の近くに限定することで迅速な対応ができるようになったこともあるが、それよりも大規模侵攻以来(ゲート)が開くことが激減したからである。

玄界(ミデン)に手を出せばキオンを敵に回すことになると勝手に思い違いをした国が来なくなったという事情があり、ボーダーがアフトクラトル遠征を成功させてから1ヶ月以上経つが(ゲート)の発生は一度もない。

それでもこうして巡回任務は欠かせないが、一度に出動させる部隊(チーム)の数を減らしてその分本部基地等で待機する部隊(チーム)を増やしたことで、待機時に仮眠や訓練など個人で自由に使える時間が増えたことは彼らの役に立っている。

現在のボーダーが順調に運営できているのはたったひとつの分岐点で()()()道へ進むことができたからなのである。

そこで()()()道へ進んでしまっていたら、今頃ボーダー自体が存在していない可能性もあり、最悪の道へと進まずに済んだのは拉致事件の当事者であるツグミが自分自身を守るために全力を投じて()()()からなのだ。

この事実を知る者はごくわずかな人間だけで、市民だけでなくボーダー関係者でも大多数の人間はそのことを知らない。

知らないからこれが当たり前のように訪れた未来の結果だと思い込んでいて、それに至るまで凄まじい()()をしているひとりの少女の存在など想像もできないだろう。

 

(ツグミの行動はボーダーという組織を守ることになったが、そこに集う人間にも大きな影響を与えている。あいつがいなければヒュースがこうして和やかな雰囲気でメガネくんや千佳ちゃんと一緒に巡回任務などしていなかったはずだ。エリン家の家族というこいつの守るべきものがそばにいて安心していられるからで、それもツグミがディルクを説得して連れて来たおかげだ。領民のことを第一に考えて亡命はしたくないと言っていた男にアフトを離れる決心をさせたのはあいつが心底相手のことを考えて説得したからで、ヒュース( 仲間 )大切なもの( 家族 )は自分にとっても守るべきものと考える彼女の()()()と正直な気持ちがディルクの心を動かしたのは間違いない。そうでなければ強い男の信念を一時的にでも曲げることなどできるはずがないんだ。ヒュースを味方にできたことでディルクがツグミを『ヒュースが信用している人間』として認め、ディルクを安全な場所で匿うことができたことで改めてヒュースはツグミのことを信頼するようになった。ヒュースも自分ひとりの力ではエリン家の家族を守りきることができないと早々に理解したおかげだ。ツグミだけでなくあいつの周囲の人間は正しい選択を続けている。当人にとってその時はそれが正しいのか間違っているのかわからない不確かな選択だったが、こうしてあの時点で言う『未来』となった今、後悔をしないで済んでいる。それはあいつが後悔をしないために日々を大切に生きているからで、その姿を見ていると自分もそうありたいと思えてくるからなんだよな…)

 

思わずニヤついてしまう迅。

 

こうしてこの日の巡回任務も「異常なし」と日誌に記録された。

 

 

 

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