ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ポジション別合同訓練はすべてが録画されていて、忍田と東のふたりはC級隊員たちの訓練の様子をチェックしていた。
ふたりとも忙しい立場の人間であるから現場で見学することはできず、録画したものを深夜になって見るのが精一杯である。
それでも後進の育成に関しては重要だと考えているため、プライベートな時間を削ってでもかまわないという覚悟のようだ。
各ポジションがそれぞれ2回の合同訓練を終えた時点でふたりはVTRを見ながら語り合った。
「忍田さん、想像していた以上に活気があって、訓練内容も頭を使ったものになっていますね」
「ああ、特に
「蔵内の企画した訓練ではお互いに気心の知れた仲間同士で戦うことで連携が取りやすくなることを体感し、日常での仲間との付き合いも大事だと気付かせたみたいです。その影響なのか水上の企画した訓練の後半では個人戦だったものが
「正隊員になるためには同じC級隊員の仲間を倒して
「だからツグミは正隊員と訓練生でも
忍田が言っているのは修のことで、隊務規定違反行為には目を瞑りクビにするどころかB級に昇格させ、昇格してからもA級隊員の先輩たちが手厚く指導することで修本人は自分自身で段階を踏んでやらなければいけなかったことをしなかったために苦労している。
合同訓練のVTRを見ていてもそれはハッキリとわかるもので、正隊員といっても訓練生の上位のグループとほぼ同じレベルだ。
つまり修と同じだけの実力でありながら
その訓練生は
修と日の目を見ることがなく燻ってしまっている訓練生の双方を見ているツグミにとっては
A級やB級の実力者から手とり足とり指導してもらうのではなく、C級隊員と同じ土俵に立って戦うことで訓練生時代にやっておくべきだった
玉狛第2を解散したのは良いきっかけとなり、これから修は玉狛支部の所属でありながらも本部所属の隊員たちと行動する時間が増えていくだろう。
防衛任務も本部の
現にC級の
後は本人のやる気だけだ。
「そういえば明日の19日は今月の入隊日でしたね」
「ああ。今回はアフト遠征の成功の効果で受験者・合格者共にこれまでにない数になったな。まあ、だからといって優秀な新人が多いとは限らないのだが、遠征に参加して家族や友人を探したいという志願者が多かったのは事実。できることなら全員の希望を叶えてやりたいものだが、現実にはそれは不可能。ならばせめて能力のある者を取り零しなく掬い上げてやらないといけない。東、
「了解です。…それにしてもC級の数がだいぶ増えたのはいいんですが、一定期間を経て2000ポイント未満であった場合は即除隊とし、
「それについてはしばらく様子見だ。とりあえず明日入隊する新人はまだポジションさえ正式決定していないど素人で、1週間ほどポジション別の合同訓練を見学させて自分の使う
「忍田さんは霧科を頼りにし過ぎですよ。たしかにポジション別合同訓練とC級隊員の正隊員への昇格条件については彼女の提案ですけど、アフト遠征の訓練だけでなく実際に遠征を決行した際にも彼女に危険な潜入調査だとか働かせ過ぎです。もちろんあなたがやらせているのではなく本人が積極的に行動しているんでしょうけど、少しは休ませてやるべきですよ。今だって特別任務とかで三門市を留守にしているということですけど、
「おまえに言われるまでもない。ただ第一次
忍田は悔しげな顔でそう言った。
東にも忍田の気持ちがわからないでもない。
いくらツグミにしかできないといっても重すぎる荷物を彼女ひとりに背負わせているような罪悪感があり、それが自分を師と仰ぐ愛弟子ともなれば何も手伝ってやることのできない不甲斐なさも感じてしまう。
「だったらせめて無事に帰って来たら全力で労ってやりましょう。そして俺たちは俺たちで彼女が残していった『課題』をきちんと済ませておいて叱られないようにしなければいけませんね」
「ああ。あの子は私たちを信じてすべてを任せて
「入隊式の挨拶は忍田さんの役目ですからね。本部長が目の下にクマを作った酷い顔じゃ新入隊員たちもがっかりですよ。ひと通り全部見たわけですからこれで今日はこれくらいにしておきましょう」
「そうだな。遅くまで付き合わせて悪かったな、東」
「気にしないでください。じゃ、俺はお先に失礼します。おやすみなさい」
そう言って東は会議室を出て行った。
忍田はモニターの電源をリモコンでオフにすると椅子の背もたれに大きく身を預けた。
(ツグミのやつ、今頃何をしているんだ…?)
文字どおり自分の手の届かない遠い場所へ旅立ってしまった
◆◆◆
忍田がツグミのことを考えていた頃、彼女は遠征艇の自室で寛いでいた。
だから艇の中も7月18日の金曜日の22時46分で、就寝時間の23時まで毎日の習慣となっている読書をしていた。
時間がたっぷりあるので読みたい本を山ほど積んできており、帰還するまでに30冊は読破しようという計画である。
彼女が読んでいるのは「国際連合憲章」の条文で、学校でその存在は習うものの詳しい説明はないためにどんな内容なのかを知る人間は少ない。
もっとも仕事の関係で知っていなければいけない職業の人間以外は人生の中で一度も触れることのないもので知らない人間の方が多いのは当然だが、彼女は自分のやりたいことをやるために必要な知識だとして勉強しているのだ。
他にもいくつか調べているものがあり、そのどれもが今すぐに必要となるものではないがいざという時にすぐに使えないと不便だと考え、時間に余裕があるエウクラートンへの往復でやれるだけのことをやっておこうというのである。
そのせいで無関係な
その被害を食い止めるためにツグミは新たなエネルギー資源として太陽光発電等の自然エネルギーの利用を
そこで彼女は
アフトクラトルではなくキオンを選んだ理由は簡単である。
両国とも軍事大国で他国を軍事力で支配していることに違いはないのだが、キオンが国民の食料問題の解決のために多くの国々を従えようとしているのに対し、アフトクラトルは四大領主と呼ばれる有力な貴族が国内の覇権争いのために無関係な国に戦争を仕掛けて私兵を増やそうとしている面が彼女には許せない。
キオンはトリオン能力者やトリガー使いを次の戦争のために連れ去るようなことはせず、従属させた国で生産する食料を接収するだけなので「食料の増産とトリオンに代わるエネルギー」があれば無闇に戦争はしないと彼女は判断したのだ。
もちろんキオンのテスタを全面的に信用しているというわけではなくお互いに利用をしたりされたりしているだけであるが、それでも彼がボーダーに対して牙をむくことさえなければ今の関係は続けられる。
今はゼノン隊を出向させてくれているだけだがそれでも十分で、彼らの力を借りて三門市民救出計画を軌道に乗せることさえできれば問題ない。
ツグミの目的は
ただしキオンが他の国を虐げるのであれば無責任なことも言えないのだが、
そのための勉強をしている流れで「国際連合憲章」についても調べることになったわけで、一国の元首を
(エウクラートンでの滞在予定は約10日。女王陛下の具合にもよるけどそれくらいあれば適切な処置と今後の治療について主治医と相談する時間は取れるはず。その間にキオンまで行って総統閣下と面会する予定だけどキオン滞在は3日が限界。もっとゆっくりできる時間があればいいんだけど、今回はエウクラートン訪問が目的だから仕方がないわね。…あれから3ヶ月も経っていて少しは暖かくなっているだろうけど、春物のコートだけで大丈夫かな?)
23時のアラームが鳴り、本にしおりを挟むと枕元のテーブルに置く。
(三門市でも大勢の市民が安らかな眠りの中にある頃ね。万が一何かあっても今のボーダーなら対応に不安はないし、なによりもジンさんの
目を閉じるやいなやツグミは深い眠りの中に落ちていった。
◆◆◆
ツグミが安らかな眠りの中にいた頃、迅は修、千佳、ヒュースの3人を連れて深夜の市内巡回任務に就いていた。
今回は元玉狛第2の3人をまとめて迅が隊長となる臨時
この辺りは大規模侵攻の際にヴィザとヒュースが修たちの前に現れて遊真やレイジたち玉狛第1が戦った因縁の場所で、あれから半年が経とうとしていた。
それぞれに思うところがあり、あえて誰もそのことは口にせず黙って巡回をしている。
そんな3人の様子を見ながら迅は思い返していた。
(すべての分岐点はゼノンたちがツグミを拉致したあの事件だった。あいつの機転がなければミリアムの
ツグミとゼノン隊の3人がいない「未来」もあった。
だとすればアフトクラトルの情報はエネドラッドによる断片的なものだけで、ヒュースは現地までの道案内はしても着いた途端に離反して敵となって再び現れることになったかもしれない。
なにしろディルクやエリン家の家族がハイレインによって人質にされてしまえばヒュースは自分の命を賭してボーダーと戦うことになったはずで、ボーダーは敵本拠地で三門市侵攻以上の戦力を相手にわずかな戦力で戦わざるをえなかったはずだ。
いくら戦力をアップさせたとしてもツグミしか気付くことのなかった
もちろん殺害されることはないが、優秀なトリガー使いが数十人も捕虜になるという「ミイラ取りがミイラになる」という最悪の事態となったはずだ。
生身の身体が安全な場所に転送されるという一見非常に安全に思える
そこを指摘されなければ誰も気付かずに敵と戦い、誰かひとりでも
実際に
ツグミたち別動隊が遠征艇とは別の場所に転送先を設定していたおかげで事なきを得た。
もし別動隊の活躍がなければボーダーは遠征を成功させてC級隊員を救出するどころか主力となる防衛隊員をも失い弱体化した可能性は高い。
市民からの信頼は不信感へと変わり、今後のボーダーの運営にも暗い影を落とすことになっただろうし、それよりもスポンサーの多くが手を引いてしまい、資金のない組織は解体するしかなくなる。
いわゆる「最悪のシナリオ」というもので、ツグミが拉致された時に冷静に行動し、敵であるゼノンたちを上手く誘導して自分の
さらにその「駒」を最大限に利用するために危険を承知でキオン本国へと乗り込み、元首であるテスタとの会談へ持ち込んでそれも成功させている。
並の胆力の人間では自分をさらおうとした敵の手を借りて敵の本拠地へ赴き、敵の親玉と話をしようなどと考えすらしないだろう。
しかし彼女には自分の思いどおりに事を進めることができるよういくつもの「武器」を用意していたが、それはすべて綿密な調査とその結果から推測される事実を根拠としていた。
テスタに気に入られたのもゼノンたちから聞いていた情報を元にしたものだ。
ゼノンたちは国の機密情報に関しては一切口外しなかったものの、テスタの人柄や行動原理などは会話の端々に上っていた。
キオンでは寒冷地ゆえに作物の生産が少なく、食料を得るために戦争をして従属国を増やしてそこから食料を徴収していること。
テスタは国民の生活向上について熱心で、自身の権力を誇示してふんぞり返るような人間ではないこと。
そして新しいものや珍しいものが大好きで、特に「食」に並々ならぬ興味を持っていることなどを聞いていたから、それに相応しい「武器」を用意して準備万端の状態で敵地へと乗り込んだのだった。
彼女の作戦は大成功となり、キオンが
それは
それでもこうして巡回任務は欠かせないが、一度に出動させる
現在のボーダーが順調に運営できているのはたったひとつの分岐点で
そこで
この事実を知る者はごくわずかな人間だけで、市民だけでなくボーダー関係者でも大多数の人間はそのことを知らない。
知らないからこれが当たり前のように訪れた未来の結果だと思い込んでいて、それに至るまで凄まじい
(ツグミの行動はボーダーという組織を守ることになったが、そこに集う人間にも大きな影響を与えている。あいつがいなければヒュースがこうして和やかな雰囲気でメガネくんや千佳ちゃんと一緒に巡回任務などしていなかったはずだ。エリン家の家族というこいつの守るべきものがそばにいて安心していられるからで、それもツグミがディルクを説得して連れて来たおかげだ。領民のことを第一に考えて亡命はしたくないと言っていた男にアフトを離れる決心をさせたのはあいつが心底相手のことを考えて説得したからで、
思わずニヤついてしまう迅。
こうしてこの日の巡回任務も「異常なし」と日誌に記録された。