ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
入隊希望者が増えたことで4月の新年度から毎月第2土曜日に入隊試験、第3土曜日に入隊式を行うことになっている。
試験当日に合格者の発表があり、合格者は1週間後の入隊式までにポジションと使用する
そこで合格者は正隊員が
この時点で自分に合っているかどうかはまだわからないが、その後の正隊員と一緒のポジション別合同訓練で
7月は19日に入隊式が行われた。
今回の新入隊員はアフトクラトル遠征成功の効果で受験者・合格者共にこれまでにない数であった。
遠征に参加して家族や友人を探したいという志願者が多く、ボーダーの活動がこれまで以上に市民の受け入れられている証拠で、自分の手で探したいという千佳と同じ気持ちでいる人間が多いとも言える。
もちろん親しい人間を
それは第一次
アフトクラトル遠征の成功によって
しかし防衛隊員として不適格であれば厳しい判断を下すことも必要だ。
忍田は新入隊員に入隊を歓迎する祝辞を述べたが、最後に努力を怠り防衛隊員としての資質がないと判断されたら遠慮なく辞めさせるという厳しいことも言い放った。
その迫力に新入隊員たちは震え上がったが、それが
忍田の挨拶の後はいつものように嵐山隊メンバーを中心としたオリエンテーションで、新入隊員たちはポジション別に分かれて実際に
この訓練で適性があるかどうかはおおよそわかるというもので、それを見定めるために非番や本部待機の正隊員が見物にやって来ている。
市内の小・中・高校はこの日から夏休みとなり、見物客の中にはC級隊員の姿も見えるのはそのためだろう。
自分の後輩となる新人たちの値踏みをしようというところか。
なにしろ毎月新人が入隊してくるのだからC級隊員の数が増えてライバルも増えるということになり、一日でも早く正隊員になりたい訓練生にとっては敵情視察でもあるのだ。
しかし今回の新人はやる気満々ではあるが逆にその気持ちが空回りしてしまったようで、これといった成果を見せる者はいなかった。
そのせいか本人たちは納得できないとばかりに、解散すると憂さ晴らしをしようとして使用方法を教えてもらったばかりの
そして自分たちよりも数ヶ月だけ先輩のC級隊員を捕まえてさっそく
その様子を見ていた忍田は彼らが頼もしく思え、後は正隊員たちに任せることにした。
◆◆◆
夜間の巡回任務を終えた修は玉狛支部で3時間ほど仮眠を取った後に本部基地へと向かった。
ポジション別合同訓練はないが、本部へ行って
もちろん岡宮に会って謝罪と一緒に訓練をする旨を伝えるためでもあり、まるで新入隊員のように緊張しながらランク戦ロビーへ行くがいつもと様子が違うことに気付いた。
(今日はなんか人が多いな…。土曜日は合同訓練がないからみんな
玉狛支部にいる時間が多くて本部との交流が少ないから今日が入隊日だということを修は知らない。
彼はそんな暢気なことを考えながら岡宮の姿を探した。
(こうC級が多いとなかなか見付からないかも? それにブースに入っていたらわからないし…。でもここで待っていればいつか会えるだろ)
修はソファに腰を下ろすと人の流れを見つめた。
(訓練生は正隊員になるために、正隊員はさらに上を目指してみんな努力をしている。それが当たり前のことなのに、ぼくは玉狛第2がB級ランク戦で勝つことしか考えていなかったから何も気付かなかった。いくらぼくが頑張って走っていても他の人はずっと先にいて走り続けているんだから追い付けるはずがない。ここにいるC級たちは1年前のぼくよりも先を走っている。このままぼくが停滞してしまったらすぐに追い付かれてしまうに違いない。ならばぼくも全力で走ろう。そして空閑が帰って来た時に恥ずかしくない姿で出迎えてやらないといけないな。
千佳のことは麟児から託されたと考えて自分が守らなければいけないと自らボーダーに入隊し、遊真が
その姿から遊真は修を「面倒見の鬼」と称したほどだが、その遊真は
しかし修自身が先輩たちからいろいろ手助けをしてもらわなければならず、面倒をみる方ではなくみてもらう方の立場であったのだ。
それを反省して自分自身の力で成長しようと決心するに至ったのは自分だけが取り残されてしまったと強く感じたからで、そのきっかけとなったのはA級昇格試験に落ちて玉狛第2を解散したことである。
当初はその判断が未来にどのような影響を与えるかはわからなかったがどうやら良い方向へ向かって進んでいるようで、これまでツグミが厳しく接してきたことが実を結ぶことになりそうだ。
彼女が三門市に帰って来る頃には「目を離したら何をしでかすかわからない困った弟」ではなくなっていることだろう。
もっとも数十日程度では成長しても微々たるものだが、自分で自分を変えようとすることに意味があるのだ。
「あ、三雲先輩じゃないですか! 今日は訓練日でないのに来てたんですね」
岡宮が修に近寄って来て声をかけた。
「やあ、岡宮くん。この前は悪かったね」
「え?」
「きみがぼくにレイガストの使い方の指導をしてほしいと頼んだのにそれを断ってしまったから」
修が申し訳なさそうに言うと、岡宮は屈託のない笑顔で答えた。
「あれは当然ですよ。先輩には先輩の事情があるというのにボクは図々しく師匠になってくれだなんて言ったものだから…。それで謝るためにわざわざ来てくれたんですか?」
「いや、そうじゃない。あれからぼくも反省して考えてみたんだ。それでひとつ提案なんだけど、ぼくがきみに技術を教えるなんてことはできそうにないけど、レイガストを使う仲間同士で一緒に訓練をしてできることを考えたり新しい技を編み出したりしたい…っていうのはどうかな?」
「もちろんそれでいいです! 一度はレイガストを諦めて弧月かスコーピオンに変えようかと思ったんですけど、それだとなんか逃げるみたいで嫌だったんです。これで先が見えてきたってカンジです。どうぞよろしくお願いします、三雲先輩!」
岡宮は深く頭を下げた。
「こちらこそよろしく、岡宮くん」
「じゃあ、さっそくやりましょう。今日は入隊式があって、やる気満々の新人が大勢いてブースが満室に近いんです。早い者勝ちですよ」
岡宮に促されて修は席を立つ。
(そうか、今日は入隊式だったのか…。ぼくのすぐ後ろにはこんなに多くのC級がいる。うかうかしていられないぞ)
ふたりはブースの空きを見付けると中へ入り、必要な操作をして仮想空間に転送された。
そしてお互いにフィールド中央に近い交差点へと向かって合流する。
「まずはレイガストを使って模擬戦をする。そしてお互いに感想を言って、どこをどうしたいのかをピックアップしてみよう」
「はい!」
◆
修はレイガストだけを使って岡宮と対戦を始めた。
岡宮は入隊してまだ数ヶ月のC級隊員で、修は1年以上経つB級隊員。
普通に考えれば修の方が圧倒的に有利だと思われるが、実際にはレイガストオンリーでの模擬戦や実戦の経験はほぼゼロである。
第三中学のモールモッド事件では勝算のない勝負に挑んで死にかけたくらいで、その後に何度も訓練を繰り返して大規模侵攻では単独でモールモッドを倒すことができるようになった。
しかしそれはスラスターを使ってのことで、オプショントリガーの使えない岡宮相手であるから修もレイガスト本体だけで戦わなければならない。
そうなるといくら実戦経験があるといってもそう簡単に勝てるとは限らず、実際レイガストの
(くっ…押されてる。久しぶりに使ったせいか前よりも重い気がする。…違う、岡宮くんの迫力に気圧されているだけかっ!)
ヒーローだと尊敬している修が自分の模擬戦の相手をしてくれているものだから岡宮はいつも以上に張り切っており、修に認めてもらおうと必死になっているのだ。
技術的には未熟であっても「絶対に勝ちたい」という気迫の後押しもあって、初戦は岡宮の勝利であった。
お互いにこのままでは勝負がつかないと判断したことでそれぞれ後方に大きく下がり、一瞬の静止の後に岡宮は一気に間合いを詰めて斬りかかり、わずかにタイミングを逃した修は
しかしそこで岡宮は諦めず何度も「突き」を繰り返し、修を徐々に追い込んでいく。
修は相手が格下だと舐めてかかったのではなくB級ランク戦に挑む時のように気合をいれてはいたものの、レイガスト単体での戦いは岡宮の方が少々上であっただけである。
それぞれのブースに戻って来た修と岡宮は再び戦闘フィールドへ転送された。
5本勝負で設定してあるため、あと4戦残っている。
修としては先輩であるがゆえに勝たなければならないというプレッシャーがあり、岡宮は修に将来見込みのある後輩だと思ってもらいたいと張り切っていて、お互いに相手の戦い方を見て参考にしようとか注意すべきところを指摘しようとかいう様子は見られない。
それだけふたりとも必死だということだ。
結果、修VS岡宮の5本勝負は2-3で岡宮の勝ちとなったのだった。
修にとっては不本意なものだが、これが
突然
玉狛第2という
したがってレイガストを攻撃用の武器として使うことがなくなり、
実戦において必ずしも複数の隊員で戦うとは限らず、単身で戦わなければならないことがあるのは大規模侵攻で経験済みの修。
しかしその後のB級ランク戦で勝つことしか考えていなかったせいで「たったひとりでも敵を倒さなければいけない時もある」ことを忘れ、敵を倒すために腕を磨く努力を怠ったことがこれで証明されてしまった。
使用するトリガーが同じで経験値は修の方が圧倒的に多いはずなのに入隊して数ヶ月のC級隊員に勝ち越せないなど本人の怠慢でしかない。
とはいえ今の彼はレイガストを盾として使う防御寄りの
「岡宮くん、やっぱりぼくにはきみの師匠は無理だ。だけど一緒に腕を磨くにはいいライバルができたって思ったよ」
ロビーに戻って来た修は岡宮に言う。
「三雲先輩は
「でも今はレイガストだけで4000ポイントを稼がなければならないから必死なんだね?」
「そうです。レイガストだけでも勝てる技術を身に付けたいと思って先輩に声をかけたんです。先輩もC級の時はレイガスト1本だったわけで、それでもB級になれるって証明したんですから」
「……」
修は何も言えなくなってしまった。
レイガストで4000ポイント稼いだのではなく、他人の
正直に言ってしまいたい気持ちもあるが、ここで真実を告げてしまえばせっかくできた練習相手も失い、岡宮が他の隊員に話してしまえば一気にボーダー中に広まってしまい裏工作で昇格したことがバレてしまうだろう。
いくら過程はどうであれB級になった結果を出せばいいと思っても、実際に結果が出せてない以上は周囲の人間を騙していることに変わりはないのだ。
「先輩はどうやって強くなったんですか? もしかして玉狛支部では何か特別な訓練でもやってるんじゃないですか? 玉狛第2の空閑先輩は入隊して間もないのにA級の緑川さん相手に勝ち越したり、村上さんや影浦さんともいい勝負をしています。ヒュースという外国人も入隊日にB級に上がるとか…玉狛支部には強くなれる秘密があるんじゃないかってC級の間では噂されてますよ」
「まあ…玉狛支部は本部と違って特別な訓練設備があることにはあるから…」
すると岡宮は身を乗り出した。
「じゃあ、所属を玉狛支部に変更してもらえばその特別な訓練設備を使い放題で ──」
「別に所属を変更しなくてもぼくと一緒に訓練するということにして林藤支部長に頼んでみるよ。所属を変更してしまうとB級になってから
「あっ、そうか…。じゃあ、頼んでみてください。ボクの家は第三中学の近くなんで本部よりも玉狛支部の方が近くて便利なんです」
「それなら支部長のOKが出たらぼくが本部での合同訓練と防衛任務のない日を選んで教える。その時には玉狛支部へ来てもらえばいいな」
「よろしくお願いします!」
礼儀正しくお辞儀をする岡宮。
その姿を見ていて修はなんとも複雑な気分だ。
(岡宮くんはぼくが玉狛支部で秘密特訓をしてB級に昇格したのだと本気で信じている。たしかに特訓はしたけどそれはB級になってからで、レイガストだけではモールモッドを倒すことはできなかったし。それに林藤支部長がダメと言ったらできないけど、その時には宇佐美先輩に頼んでやしゃまるシリーズのプログラムを借りて本部で…って
この日はここで終了し、修は玉狛支部へ帰るとすぐに訓練室でやしゃまるシリーズを使って
次に岡宮と対戦する時に悔しい思いをしたくないことと、レイガストを装備する以上は
そして夕食後に林藤に事情を話すと快諾してくれて、さっそく修は岡宮に連絡をして次の
◆◆◆
林藤から電話で修がやる気を出して後輩と一緒に訓練をするといった報告をもらった迅は安堵していた。
(メガネくんもやっと自分で考えて自分だけの力で行動する意味がわかってきたようだな。…といってもまだひとりではできないことも多いだろうが、基本に返ってもう一度初めから鍛え直すという一見遠回りに見えるけど確実な方法を見付けたんだ、もう俺たちがハラハラしながら見守る必要はないだろ)
ボーダー隊員を続けるだけでなく
それを怠り目先の目標 ── B級ランク戦で上位2位までに入ること ── にばかり熱心だった修はやっとボーダー隊員として戦うために必要なものに気付いた。
ひとりでも戦い抜くことができるだけの力量と、共に戦う心強い戦友。
このふたつは相反するように思えるがそうではない。
『ひとりはみんなのために、みんなはひとつの目標のために(One for all,All for one)』
三門市民を守るというひとつの目的を達成するために集まった人間がボーダーという組織を構成しているのだから、その構成員たる個人が最低限自分の役目をきちんと果たさなければいけない。
修は今の自分がその役目を果たせないと理解したからこそC級隊員と一緒にレイガストを使う訓練をすることにしたのだ。
岡宮に負けたことでレイガストの訓練を疎かにしていたことに気付かされたのは修にとって良い傾向だ。
悔しいという気持ちが彼に努力をさせる原動力になり、同レベルの人間がふたりいれば共に競うことになる。
これまで修は自分よりもはるかに優れた上級者に囲まれて教えを乞うだけだったから、岡宮というほぼ同レベルの後輩がいれば負けまいとして頑張るはずだ。
(さて、こっちの仕事も大詰めだ。ま、後は忍田さんに任せておけば万事OK。明日からまた静かな日がしばらく続く…かな?)
迅は携帯電話を握りしめるとミーティングルームへと戻って行った。