ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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359話

 

 

迅が林藤と電話で話をしていた頃、ミーティングルームでは忍田が()()()()をガトリンに渡してその使用方法について説明していた。

 

「これはいわゆる生物兵器で、使用方法を誤れば使用した者も苦しい目に遭うシロモノです。さっき話したことを守れば効果は抜群で、症状が自然なものですから人為的なものだとは気付かれないでしょう」

 

忍田の持って来たものは医薬品を保存する10ミリリットル用アンプル6本で、とある「菌」が入った液体で満たされている。

使えばガロプラに駐留しているアフトクラトルの兵士を無力化して(マザー)トリガーと巫女を奪い返すことができるだろうという「生物兵器」で、唐沢の()()を使って極秘に用意された。

こちら側の世界では禁止されているものであっても近界(ネイバーフッド)ではその限りにあらず、保有したこともバレなければ問題はないと考えたツグミの「策略」である。

 

「シノダ本部長、我がガロプラのためにお骨折りくださって感謝申し上げます。これが同胞をアフトの連中から解放する狼煙になればと考えており、それが叶った時にはぜひボーダーとは友好的な付き合いをしていきたいと思っております」

 

ガトリンが忍田に頭を下げると、忍田は大きく首を横に振った。

 

「いや、こちらこそ貴国のトリガーの情報を提供してくださって感謝しています。出会いこそお互いに不幸なものでしたが、こうして両国のために手を取り合うことができたのですからこれも運命だったということでしょう」

 

忍田はガトリンたちが三門市に現れた日に彼らの変装用トリガーとトンネルトリガーを借用し、鬼怒田に預けて解析を依頼してあった。

ガロプラによる本部基地襲撃の際に使用されたこのふたつのトリガーを技術者(エンジニア)たちは非常に興味を持っていたから最優先で仕事をしてくれたらしい。

自国のトリガーを他国の人間に貸し与えて解析までさせるとなると軍事法廷で裁かれるほどの罪となるが、それを覚悟で取引をしたのだからボーダーとしてもこの密約に関しては他言無用とせねばなるまい。

誰にも知られなければなかったことと同じで、少なくともボーダーはガロプラに対して敵意はないからガロプラのトリガーを使って彼らと戦うことはないはずだ。

もっとも彼らがボーダーに牙をむけばその限りではないのだが。

 

玄界(ミデン)では数多くの貴重な経験をさせてもらいました。玄界(ミデン)がなぜトリオンに頼らないでここまで発展したのか。そして近界(ネイバーフッド)でもそれが不可能ではないとわかり、なぜ貴公らが我々やキオン、アフトクラトルの人間にも同様に玄界(ミデン)の文明を広めようとしているのか理解できた気がします」

 

「ならばボーダーが武力を持つ理由もわかっていただけたと思う。我々は市民の命や財産を守るためにトリガーを持つのであり、決して近界(ネイバーフッド)へ進出をしようなどと考えてはいない。よって貴国が三門市民に対して害をなさないのであれば、いずれ友好国として交流ができるようになるかもしれない。私個人としてはぜひそうしたいと考えています」

 

「それは俺も同感です。家族と離れ異国で戦争をすることが多い我々ですが、そのたびに家族がどれだけかけがえのないものか身につまされます。そして帰国すると妻が必ず好物の鹿肉のシチューを作ってくれるんですよ。鹿肉などなかなか手に入らないというのに、必ずどこからか手に入れて俺を喜ばせてくれます。そんな家族のために次も必ず無事帰って来ようと思います。ですが戦争などなく、武器(トリガー)も大切なものを守るためだけに使いたい。いつもそばにいて降りかかる災厄から守ってやりたいと思うのです。レクスを見ていると国にいる同い年の息子のことを思い出します。きっと国境を越えた良い友人になれるのではないかと思うとつい涙が出てしまいました」

 

ガトリンが少々涙ぐみながら言った。

 

「そうですね。大人の都合で起こした戦争など子供たちには関係ない。我々は将来を担う子供たちのために戦っているのですが、その姿は結果的に敵を憎む心を植え付けてしまっているようです。ですがツグミやレクスのように戦うのではなく対話という手段で問題を解決しようと考える子供がいるということは我々の行為が反面教師になっているのかもしれませんね」

 

忍田はツグミがボーダー隊員になったのは自分の姿を見ていて「近界民(ネイバー)=戦わなければならない敵」だと刷り込まれてしまったせいだと考えていた。

彼女が物心ついた時にはすでに周囲の人間はボーダーの関係者ばかりで、両親だけでなく城戸や林藤といったボーダー設立当初からいるメンバーに可愛がられ、彼女の世界のすべてがボーダー中心としたものだったから影響を受けないはずがない。

そして入隊後に多くの仲間を失うという悲劇に見舞われ、一歩間違えれば「近界民(ネイバー)は殲滅すべし」という考えに凝り固まってしまい、今のような柔軟性のある考え方をするようにはならなかっただろう。

しかしツグミは「敵を憎む心は自分と家族や親しい者たちを不幸にする」と考え、ボーダー隊員として近界民(ネイバー)と戦うにしても憎んで戦うのではなく()()()()()()()に邪魔するものは排除するというポリシーであるから、たとえ近界民(ネイバー)であっても害をなさないのであれば同じ人間として接している。

したがって忍田が心配するようなことにはならなかったわけだが、逆に武力を伴わない解決手段を求めるから近隣の町へ出かけるくらいの気軽さで近界(ネイバーフッド)へ行ってしまうという別の悩みを抱えることになったのだが。

 

 

忍田がガトリンたちとそんな会話をしていると迅が戻って来た。

 

「迅、林藤との話は済んだのか?」

 

「ええ。忍田さんが心配するようなことはなかったです。話というのはメガネくんのことで、A級昇格試験に不合格になってからずっと気落ちしていただけでなく合同訓練でちょっとあったもんだから気になっていたんですよ。でもその件については解決したみたいで、もう俺が面倒をみなくてもよさそうで安心しました」

 

「三雲くんが部隊(チーム)を解散させたことは驚いたよ。まあ、それは遊真くんのためでもあったようだが、これからどうなるのか私も心配していた。解決したということだが、どうなったというんだ?」

 

「なんだか初心に返ってレイガストを基本からやり直すみたいで、レイガストを使うC級の後輩と一緒に玉狛の訓練室で秘密特訓をするらしいです。メガネくんには遊真以外にも友人は必要だと常々感じていましたから、これは良いきっかけとなるでしょう」

 

「そうか。それは良かった。じゃあ、これからは()()()()()に専念してもらえるのか?」

 

「それはいいんですけど、だったら本部に異動した方がいいかもしれませんね。玉狛だと命令系統が面倒だし、城戸さんからの呼び出しもちょくちょくあるんで本部所属の方がスムーズに事が進みそうですから。後で林藤支部長(ボス)に話をしてみます。…で、そっちの話はどれくらい進んでいるんですか?」

 

()()()()の使用方法は説明した。我々の想像の斜め上をさらに上回っているツグミらしい策だが、成功した時のことを考えると恐ろしい。凄まじい光景が繰り広げられるかと想像すると敵ながら哀れに思えてくる」

 

「あいつが必死になって考えた最小限の()()で最大限の効果を出そうとした結果がこの策なんですから勘弁してやってくださいよ。ものすごく残酷な作戦で、武器(トリガー)を使って戦った方が死人も怪我人も出ないんですからそっちの方がまだマシだと思えますけど、ガロプラの謀略だと悟らせないためには仕方がありません」

 

「まあな…。しかし我が娘ながらとんでもないことを考えついたものだ。絶対に敵に回したくない人間だ」

 

「俺も同感です。でもあいつが俺たちの敵になることはありえませんから安心していられます。…そうなるともう仕事の話はおしまいってことで、後は彼らの送別会でもやりますか? 冷蔵庫にいろいろ用意してありますし、飲んでも今夜はツグミの部屋に泊まっていけばいいでしょ?」

 

「わかった。ガロプラのみなさんには玄界(ミデン)最後の夜を楽しんでもらおう」

 

 

◆◆◆

 

 

迅はゼノンとテオ、そしてアフトクラトルのエリン・ファミリーをミーティングルームに集めてガトリンたちの送別会を開いた。

本来ならガロプラとアフトクラトルとキオンという絶対に交わることのないであろう3ヶ国の人間を集まるきっかけを作った功労者(ツグミ)がいるべきなのだが、残念ながら彼女は近界(ネイバーフッド)の彼方を旅している。

そのことは残念であるが、彼女の意思は正しく伝わっていて和やかな雰囲気で誰もが楽しそうに飲食をしている。

そしてそれが2時間ほど続いて宴はお開きとなり、片付けをして解散したメンバーはそれぞれ自分の部屋に戻って行った。

忍田はツグミの部屋に布団を敷いてそこで一晩過ごすことになったのだが、その部屋の中を見渡すと彼は不安な気持ちになってしまいなかなか寝付かれない。

 

(ここに引越してから2ヶ月以上経つが、本人がここで暮らした時間はわずかだ。アフト遠征の別働隊として先発し約1ヶ月は留守をしていて、さらにエウクラートンへ発って1週間。ゆっくりと腰を落ち着ける暇さえない。それだけボーダーのために働いてくれているわけで、本部長としては頼もしいが父親としては心配でならない。こんな殺風景な部屋が年頃の女の子の部屋なのか?)

 

ツグミの部屋の隅にはまだダンボール箱に入ったままで開けてもいない荷物がいくつもあった。

その多くは書籍やシーズンオフの衣類だが、高校1年の教科書も含まれている。

六頴館に入学して1年間は無事に修了したが2年になって通信教育ですら負担になったとして退学をしてしまった。

高校を中退してまでボーダーの活動にのめり込む彼女のことを父親としては心配せずにいられない。

もっと普通の少女らしい人生を送ってもらいたいと願いながらもボーダーには彼女の存在が不可欠とばかりに頼ってしまう。

そんな不甲斐ない大人のひとりとして忍田はなんとかしたいと考えるのだが今はその状況ではないと諦めてしまうのだ。

しかし必要最低限のものしか見当たらず、女の子らしいものといえばベッドの枕元にウサギのぬいぐるみがあるくらいで、通信教育で使用していたパソコンも勉強机の上に放置されたままになっている。

彼女に言わせれば学校で与えられる教育よりも大切なものを実地で学んでいるということだが、忍田にとっては()()()()からどんどん遠ざかってしまっているようで悲しくなってしまうのだ。

唯一安心できるものが勉強机の上の写真立てで、中には現在の本部基地の完成パーティーで撮影した集合写真が収められている。

旧ボーダーからのメンバーだけでなく太刀川や風間、東といった新体制の第1期入隊の隊員たちの顔も並んでいて、彼女の過去は過去として心の整理をして新しい仲間たちと一緒にやっていこうという決意が感じられるものだ。

そして二度と悲劇は繰り返すまいと、彼女はボーダー隊員として「対話」という武器を持って近界民(ネイバー)たちに立ち向かっている。

メノエイデスのウェルス、キオンのゼノンとリヌスとテオ、アフトクラトルのディルクとマーナとレクスとヒュース、そしてガロプラのガトリン隊メンバーも加わって近界民(ネイバー)の中にもツグミの味方は続々と増えている。

さらにキオンのテスタやエウクラートンのリベラートといった国の元首や皇族とも深い関わりを持ったことは今後大きな力となるだろう。

 

(織羽義兄さんや城戸さんたちの理想をツグミが叶えようとしているのに、私がその妨げとなってはいけない。親世代にできなかったことを子世代が引き継いで叶えてくれようとしているのだ、黙って見守ってやろう)

 

今のツグミはボーダー隊員であることを優先して忍田真史の娘であることを疎かにしているのは否めない。

しかし忍田(父親)のことを嫌うとか必要としていないのではなく、忍田や迅といった家族と幸せに暮らす未来のために頑張っているのである。

それが理解できない忍田ではないが、娘を溺愛している父親として寂しいのは事実だ。

 

(他人のために身を削るのであれば止めることもできるが、本人が自分のためにやっていることでは止めることはできない。そして父親の私にできるのは娘が帰って来た時の居場所を守ることだけ。いくら近界(ネイバーフッド)を飛び回っていても最終的に戻って来るのはここしかないのだから)

 

家族と仲間の集うボーダーという組織を守ることがツグミへの愛情の証となるのだと自分に言い聞かせて気持ちを落ち着ける忍田であった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌早朝、ガトリンとコスケロとラタリコフはゼノンの(ブラック)トリガーで遠征艇まで送ってもらい、ボーダーでもごく一部の人間以外誰にも知られずに任務を果たして帰国した。

彼らが生物兵器(例のモノ)を上手く使うことができるかどうかは彼らの腕次第であり、万が一失敗したとしても彼らに犠牲者は出ない。

ただしタイミングを逃してしまえば蜂起の気運も失せてしまうから、なんとしてでも成功させなければならないのだ。

どんなに完璧な作戦であっても100%成功するという保証はなく、ほんのわずかであっても失敗する可能性はあり、その失敗した時のために第2第3の策も考えておかなければならない。

その第2第3の策もツグミは考えていて忍田はガトリンたちに説明をしておいたが、近界(ネイバーフッド)の衛生観念や医療レベルなどを考慮すればメインの策だけで成功するだろう。

 

帰国したガトリンはさっそく上官のもとへ赴き、ボーダーから入手した玄界(ミデン)の兵器の説明をして作戦を決行することになった。

現在、アフトクラトルから約70人のトリガー使いが送り込まれていて、(マザー)トリガーのある神殿とその周囲を警備している。

そのトリガー使いを無力化してしまえばガロプラの兵士が(マザー)トリガーと巫女を奪い返すことができ、人質さえいなければガロプラはアフトクラトルに対して解放戦争を起こすこともできるようになるわけだ。

しかし決起するにしてもアフトクラトルが「神選び」で国内が混乱している今しかなく、アフトクラトルのトリガー使い約70人を捕虜にして戦力を削いでいるこのタイミングを外せば()はないと考えなければいけない。

これまでガロプラは宗主国アフトクラトルに逆らったことはない「おとなしい羊」の姿でいるが、実際には「羊の皮を被ったオオカミ」でありその正体がバレてしまえばアフトクラトルもより一層厳しい締めつけに及ぶだろう。

武器(トリガー)はすべて取り上げてしまい自由を奪えばいくらオオカミでも牙を抜かれてしまったも同然で、二度と逆らうことのない従順な植民地の奴隷として扱うことになるかもしれない。

そうならないためにはこの蜂起を全力で成功させなければいけないのだ。

 

作戦はガトリン隊のメンバーを中心として他に3人の兵士とひとりの軍医を加えて10人で行われることになった。

関わる人間はできるだけ少ない方が良いが、重要な役目を果たしてもらうためには部隊外の兵士の協力が不可欠なのだ。

ガトリンは忍田から聞いた使()()()と効果を教え、使用する本人に危険がないよう熟知させてから作戦は決行された。

 

 

まず3人の兵士 ── 彼らは駐留しているアフトクラトル兵たちの食料の調達を任されている ── が()()()()で満たされているアンプルを携えて市場へ赴く。

その日の夕食のメニューは鶏肉のシチューで、人参やジャガイモ、玉ねぎなどの野菜とメインの鶏肉を購入して馬車に積み込む。

そしてアフトクラトル兵の駐屯地へ着く前に鶏肉に注射器を使ってアンプル内の液体を注入。

さらに外側にも液体を塗り、何もなかったかのような顔をしてアフトクラトル側に引き渡すのだ。

見た目には何の異常もない食肉であるが、すでにその肉は「菌」で汚染されている。

駐屯地に搬入された食材はアフトクラトル兵によってチェックされ、問題がないと判断されたものだけを使ってアフトクラトル兵が調理を開始した。

調理にガロプラの人間を関わらせないのは毒を盛られることを警戒しているためで、自分たちの食べるものだから調理も自分たちでするというスタンスのようだ。

そしてできあがった料理は食料を運んできたガロプラ兵に「毒見」をさせる。

万が一食材の中に毒が仕込まれていた時のことを考えてのことで、3人のガロプラ兵がいつものように毒見を行った。

もちろん「毒」など入れていないから問題はない。

 

その日の夜にアフトクラトル兵は何も知らずにシチューを食べたのだが、一度の大量に作るために半分近くは残って翌日の食事にも提供される。

そこがこの作戦の重要なポイントで、翌日の朝になって残りを再加熱してから全員が「2日目のシチュー」を食べることになるのだ。

そしてそれからしばらくは何事もなく時間は過ぎていき、約9時間後に17歳のアフトクラトル兵が発症した。

突然腹に違和感を覚え、腹痛が襲ってきたところでトイレに駆け込んだ。

続いて数人の兵士が同様に腹の痛みを感じてトイレに向かう。

そんな彼らがきっかけとなったかのように食事をした兵士たちは次々に顔を真っ青にして腹を手で押さえてトイレに向かうのだが、先に入った兵士がなかなか出て来ないものだから次の人間が入れないでいる。

中には我慢ができなくなってしまい、敷地の隅でそのまま用を足す者まで現れた。

集団食中毒が発生したのだ。

嘔吐や発熱はないものの軽い腹痛と水様性の下痢が続くという「ウェルシュ菌」による食中毒の典型的な症状で、原因となったのは鶏肉のシチューである。

このウェルシュ菌とは人や動物の腸管、土や水の中など自然界に幅広く生息している細菌で、特に牛・鶏・魚が保菌していることが多い。

カレー・シチューなどの煮込み料理で、温め直しをして食べる場合などに発生しやすい。

ウェルシュ菌は空気が嫌いな細菌のため、粘性の高い煮込み料理を寸胴鍋で作ると鍋底の酸素濃度が低くなるためウェルシュ菌の繁殖しやすい状態になってしまう。

100℃、6時間の加熱にも耐える「芽胞」を形成し、一度芽胞ができてしまうと通常の加熱では死滅せずに食中毒を起こすというもので、「2日目のカレー」でよく起きる食中毒の原因となっている。

この食中毒の原因はガロプラ兵によって鶏肉に()()()()ウェルシュ菌である。

ガトリンに渡された「生物兵器」とはこのウェルシュ菌が入ったアンプルで、アフトクラトル兵が腹痛と下痢で苦しんでいる状態であれば戦えるわけがないので簡単に無力化できるという作戦なのだ。

古代ギリシアではアテナイ軍がヘレボルスという有害な植物をキルハの水源に投入したことで住民は激しい下痢を起こし、アテナイ軍は侵略することができたという史実があり、ツグミはこのアイデアを利用したのである。

わざわざこんなことをしなくても煮込み料理の2日目の温め直しは危険で、小規模ではあるがこのような食中毒はたまに起きている。

しかし人為的に菌を投入することで発生のタイミングを謀ることができ、ガロプラ側はこうなることを見越して準備を整えていた。

ウェルシュ菌による食中毒には特効薬も治療方法もないが、体内に毒素が入ってから半日から1日程度で発症し、基本的には1-2日ですぐに治まるのが特徴で、下痢による脱水を起こさないよう少しずつでも水分を摂取しながら体内の毒素が分解されるのを待つだけしかできない。

よって発症したらしばらくは水分を小まめに取るようにしておとなしく養生するしか道はないのだ。

ここでガロプラ側はアフトクラトル兵を攻めて根絶やしにすることもできるが、ここはあえて「敵に塩を送る」的な人道支援をすることになっている。

腹痛と下痢で苦しんでいるアフトクラトル兵を偶然発見した(ということになっている)ガロプラ兵は直ちに軍医に知らせ、軍医はアフトクラトル兵たちを()()()()()と称して駐屯地から離れたガロプラの軍の敷地へと運ばせた。

そうやって神殿からアフトクラトル兵を遠ざけることで(マザー)トリガーと巫女を奪還し、再びアフトクラトル兵によって侵入されないように厳重に警備体制を固めてしまうのである。

そしてガロプラ側は玄界(ミデン)から運んで来た塩や砂糖を使ってレシピを見ながら「経口補水液」を作り、治療と称してアフトクラトル兵に飲ませる。

厳密には治療方法はないものの下痢による脱水症状を抑えることで身体を楽にしてやるのだから、アフトクラトル側はこの食中毒事件がガロプラによる策略とは想像もしないだろう。

近界(ネイバーフッド)では食中毒は傷んだ食材によって引き起こされると考えていて、それが「細菌」の出す毒素によるものだということは知らない。

なによりも「菌」というものの存在自体を知らずにいて、今回の食中毒もシチューが腐ってしまったのだと勘違いしたくらいだ。

そこで苦しんでいる時にガロプラ兵が親身になって(いるフリをして)看護をし、発症から2日も経たないうちにすべてのアフトクラトル兵は苦しみから解放されたのだった。

 

この2日の間に神殿がガロプラ側に奪い返されていたが、アフトクラトル側には手出しができない状態であり、さらに70人のトリガー使いがいるといってもガロプラ側にはそれは圧倒的に上回る数の兵士がいる。

これまでおとなしく従っていたのは(マザー)トリガーと巫女を押さえられていたからで、人質を取り戻した以上は遠慮なく戦うことができるというもの。

アフトクラトル側も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが原因で人質を奪い返されたと考えており、ガロプラ側に逆恨みをするようなことはなかった。

むしろ苦しんでいる自分たちに対して治療の手伝いをしてくれたと考えて感謝しているくらいだ。

一般に言う生物兵器では炭疽菌やボツリヌス菌など殺傷力の強いものを使うために大勢の犠牲者が出るものだが、これは細菌を使用したにも関わらず誰も死なないし戦闘にもならずに済み、無事に人質を奪還できた。

アフトクラトル兵を騙した作戦であったものの騙された本人たちがまったく気付いていないということで、ガロプラとの関係も悪化せずに済んでいる。

これがツグミの考えた最高にスマートな解決方法なのであった。

 

こうしてガロプラは自国の(マザー)トリガーと巫女を取り戻すことができた。

この勢いでアフトクラトルからの独立を目指そうとするのだが、そう簡単に事が進むものではない。

「神選び」が行われるまでの約40日間にガロプラ国内の軍備を整えておかなければ7年前の悲劇を繰り返すことになってしまう。

ボーダーは蜂起のきっかけを作るために手伝っただけで、ここから先がガトリンたちの戦いなのである。

 

 

 

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