ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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361話

 

 

翌朝、朝食を終えたツグミは白峰の診察に合わせて女王と謁見することになった。

リベラートと3人で神殿へ赴き、女王の私室で白峰の診察が行われると準正装の姿で彼女がツグミとリベラートの前に現れた。

それはこれから神官としての仕事をするという意味で、その前にツグミと面会をしようというらしい。

 

「ツグミ、よく参られた。リベラートの顔を見ると快い返事がもらえなかったようだが、この私にその理由を説明しに来たのか?」

 

女王は威厳のある声でツグミに問うが、それに対して首を横に振った。

 

「もちろんそれもありますが、わたしは女王陛下の御機嫌伺いに参上したのです。まだ2回しかお目にかかっていませんが、女王陛下はわたしにとって大叔母という血のつながりのある大切なお方なのですから」

 

「ほう…。その血のつながりのある大叔母の願いを叶えてはくれぬと申すか?」

 

「いえ、わたしは条件によっては女王陛下の勤めを引き継いでもかまわないと考えております。それについてお話をしに参ったのです。そのご様子ですと少々の時間ならお話をしても大丈夫そうですね?」

 

すると女王に付き添っていた白峰が代わりに答えた。

 

「そうだな…20分くらいならよかろう。もっとも話の内容によっては体調を崩される恐れもあるので私がここで様子を伺わせてもらいたいのだが」

 

ツグミの素性については他人に知られたくはないことだが女王の体調が最も大事なことであるから仕方がない。

 

「わかりました。ですがこの場で見知ったことは口外無用にお願いします。非常にデリケートな問題ですし、ボーダーでも城戸司令にしかお話していないことなんです。まだ養父にすら教えていない秘密ですからそれを他人のあなたに知られることは望ましくはありません。それだけの内容だということは覚えておいてください」

 

「承知した」

 

ツグミは女王に対して臆することなく自分の出した答えについて説明を始めた。

 

「簡潔に申しますと答えは『条件付きで承諾する』というものになります。わたしはオーラクル王家の血を引いてはいるものの、この国には何の関わりもない玄界(ミデン)の人間です。好き好んでこの国のために身を捧げようとは思いません。ですがこの国の窮状を知ってしまったのですから見て見ぬふりもできません。そうなるといろいろ考えた末に、わたしの提示した条件をのんでくだされば女王の座に就くこともやむをえないと結論を出しました」

 

「その条件とは?」

 

「女王陛下はこの国に関するすべてにおいて最終決定権を持つ最高責任者で、議会で決定したことであってもあなたのお心ひとつで覆されることもあるとお聞きしています。(マザー)トリガーの操作に関しても議会で決まったトリオンの配分をそのまま反映させるのではなく、自分自身の判断で操作してしまうということもあるそうですね?」

 

「当然じゃ。いくら議会でいろいろ議論したとしても私の意に沿わないものであれば却下する。(マザー)トリガーを操作できるのはこの私しかいないのだからな」

 

(マザー)トリガーにか無関係な政庁の人事やその他の事柄もすべて女王陛下の決裁が必要で、すべてはあなたの意思が国の意思となるのですよね?」

 

「…何が言いたい?」

 

「わたしが女王になるのであれば、わたしにもあなたと同じ権限を持つのは当然。まさか玄界(ミデン)の人間だからといって女王としての権限を持つことができないなんてことは言いませんよね?」

 

「……」

 

「ですからわたしが女王になればわたしがこの国を自由にできるということになり、わたしが望む国に変えてしまうことも可能。それだけの()()がなければ引き受けたくはありません。自分自身の人生をすべて犠牲にして、こんな神殿の中に引きこもって誰にも会えない寂しい毎日を送るなんて絶対にお断りです」

 

ツグミの言い分に女王は気に入らないという顔で反論する。

 

「たしかに女王はこの国の最高権力者ですべてを決裁する資格を有する。しかし私は独裁者ではない。私は常にエウクラートンの国民すべての幸せを願って身を削っているのじゃ。それをそのような言い方をするとは許しがたい。ここを出て行け!」

 

「ではこのお話はここでおしまいです。用は済みましたからわたしは玄界(ミデン)へ帰りましょう。わたしにはこの国に命を捧げる義務はないというのに、わざわざここまで足を運んだのですよ。最後まで話を聞かないうちにそうやって一時的な感情で会談を放棄してしまうような愚かなことをして後悔なさらないようにしてくださいませ。そもそもリベラート殿下は昨日これと同じ話を聞いています。それでいてここにわたしを連れて来たということに何らかの意図があるとお考えにはならないのでしょうか? ここまでの話がすべてではなく、この先に未来に続く道の手がかりがあるのですよ。まあ、女王陛下が聞く耳持たずというのであればそれは仕方がありませんね。なにしろこの国で一番偉いのはあなたなのですから。…ではこれで失礼いたします」

 

そう言って立ち上がろうとするツグミだが、女王は慌てて引き止めた。

 

「待て、ツグミ。不遜な態度と発言には目を瞑る。続きを話すのじゃ」

 

「承知いたしました。ではお話を続けます。…女王には最終的な決定権があるというのですから、この国のルールを変えることも不可能ではありません。わたしが女王になったら変えたいことややりたいことがいっぱいあります。もちろんそれはわたし個人の利益や享楽のためではなく、王家の人間を含めてすべてのエウクラートンの国民が幸せに生きられる国をつくるためです」

 

「具体的に何がしたいと申すのじゃ?」

 

「まずは婚姻に関するバカバカしいルールを撤廃します。わたしには玄界(ミデン)に将来を約束した大切な男性がいて将来その男性と結婚するわけですが、わたしが女王になるためにはまず結婚をして後継者となる女児を産まなければいけません。ですがそれが可能な状態になるのはいつになるかわかりません。結婚はしてもすぐに子供ができるとは限りませんし、仮に何年経っても子供ができない場合もあります。もし相手の男性に身体に問題があって子供ができないのだとしてもその人が死なない限り再婚もできませんから、わたしは女王になる意思があっても不可能だということになるわけです。よって離婚と再婚ができるようになればその心配もなくなるでしょう。女王が神に仕える身だからといって就任後は一切の性交渉なしの清らかな身体でいなければならないなんて意味ないでしょ? 未婚の処女でなければ神官になれないというのであればまだ理屈は通りますが、男性と通じて子供までできてしまったならもう清らかな身体もへったくれもありませんよ」

 

「……」

 

「それに万が一わたしに問題があって子供ができなかったらどうしますか? オーラクル王家はここで血筋が絶えてしまうことになります。その場合は(マザー)トリガートリガーの核を取り替えてしまい、他の女性でも神官となれる新しい(マザー)トリガーと『神』を用意しますか? それは非常に困難なことでしょう。王家に神官となれる者がいなくなったので新しい(マザー)トリガーと『神』が必要になりました。だから国民のみなさん、誰かこの役目を負ってくれる方はいませんか、って募るおつもりですか? そんなことをすれば国が乱れて収拾がつかなくなるでしょう。そこでもうひとつわたしがやりたいことがあります。それはこの国に女王、つまり神官が不要だというルールに変えてしまうのです」

 

ツグミの「神官が不要だというルール」という言葉に女王は思わず立ち上がってしまった。

 

「何を言うのだ!? (マザー)トリガーを操作できる者がいなければこの国は滅びてしまうのだぞ!」

 

「女王陛下、冷静になってください。わたしだってこの国を滅ぼそうだなんてこれっぽっちも考えていません。詳しいお話をしますから黙ってお聞きください」

 

そう言って女王の気を静めてからツグミは説明をする。

 

近界(ネイバーフッド)の国々が(マザー)トリガーの存在によって成り立っていること、そして(マザー)トリガーを操作して国土の維持や季節・天候の調整、そして国防等に使用するトリオンの抽出を行っていることは承知しております。ですから(マザー)トリガーの存在がこの世界の『(ことわり)』であることは人間の手によって変えることはできません。ですが『(ことわり)』を変えることはできなくても国を維持し、国民の生活を保証することは可能なのです」

 

「どういうことじゃ?」

 

玄界(ミデン)…ボーダーという組織の本部基地の地下にも(マザー)トリガーは存在します。これはつい最近知ったことですけど、事実であることは間違いありません。ですが(マザー)トリガーを操作できる人間はおりません。無人の状態で(マザー)トリガーはボーダーで使用するトリオンを供給し続けています。わたしがこの目で確認したわけではありませんが、信頼できる人物の証言ですから信用できます。さて、話を元に戻しますが(マザー)トリガーは操作できる人間がいなくてもその機能を果たすことができるのは事実で、それは近界(ネイバーフッド)においても可能であるとわたしは考えています。女王陛下のように操作ができる人間がいることで(マザー)トリガーから供給されるトリオンを国土の維持に何割、季節・天候の調整に何割、そして国防や国民の生活に使用するために何割と、その時の状況に応じてトリオンの割合を調整することができます。しかしこれをその都度変えるのではなく、一定の割合で固定してしまったとしたらどうでしょう? たとえば国土の維持に80%、季節・天候の調整に15%、残りの5%が国民生活でトリオンを必要としている部分に費やす、と固定してしまって未来永劫そのまま変更をしなければ(マザー)トリガーはそれ単体だけで機能を果たすというわけです」

 

「おまえの言いたいことはわかる。しかしそれでは戦争が起きた時はどうするのじゃ? 武器(トリガー)やトリオン兵を作るには大量のトリオンが必要で、その場合は平時と違って国防に多くのトリオンを供給せねばならぬ」

 

「いいえ、そこが根本的な間違いなのですよ、女王陛下。戦争が起きた時のことを考えるのではなく、戦争が起きないようにすることを考えるべきです。もっとも戦争とはこちらから攻めない限りどこかの国が一方的に攻めて来るわけで、攻め込まれたら防衛しないといけませんからこちらの都合だけでどうなるものではありません。ですが戦争が起きないように努力することもせずにいて、戦争が起きた時のことだけ考えるのは愚かです。ですからわたしが女王になったらまず戦争が起きないように、万が一起きたとしても武力を行使せずとも解決できるよう知恵を絞ることから始めます。玄界(ミデン)でも戦争は絶えませんが、戦争にならないようにする努力もしています。ですからわたしの住んでいる三門市では近界民(ネイバー)による襲撃さえなければ平和で市民たちは幸せに毎日を過ごしていられるのです。その努力もせずに戦争になったらトリオンを使って戦えばいいと考えるのは浅はかで、国のトップがそんな短絡的な人間だとしたら国民は不幸でしかありませんね」

 

あからさまに女王のことを非難するものだからリベラートはハラハラしてしまう。

女王もはらわたが煮えくり返っているというのに威厳を損なわないようにと冷静さを装っている。

白峰は女王の血圧がこれ以上上がらないようにと祈るばかりで、そんな大人たちの気持ちを知りながらもツグミは続けた。

 

「キオンのテスタ・スカルキ総統は過去の戦争について深く反省し、エウクラートンに対して二度と戦争を仕掛けないと言っております。現在の食料の強引な徴収に関してもエウクラートン国内での生産量が増加すれば解決する問題で、その解決策に心当たりがあります。そしてかつてのような友好国としての関係を復活させることができればエウクラートンが過剰な武力を持たずとも、万が一の時にはキオンの軍隊が第三国による侵略から守ってくれるという約束を取り付けることもできますから、国防に回す分のトリオンを国土の維持や天候・季節の調整に回すことを考えています。そうすれば現在の耕作面積であっても収穫量は増加し、玄界(ミデン)の技術を導入すれば人手不足を補うことができるでしょう。国内で消費できる食料が増えれば人口も増え、労働人口の増加は国力を高めることになります。玄界(ミデン)ではトリオンを一切使用しない文明が発展し、そこで生まれた技術が近界(ネイバーフッド)の国々で使えるかどうかは現在実証実験を行っていて、『電気』という玄界(ミデン)で一般に使用されるエネルギーを生む技術は成功しています。わたしはトリオンに頼らない技術を広めることで近界(ネイバーフッド)における戦争を減らし、その巻き添えになる玄界(ミデン)の市民を守りたい」

 

「……」

 

「もちろんこれは非常に難しいことですが不可能ではありません。わたしがオーラクル家の血筋の人間であるとわかる前から考えていたことで、エウクラートンの女王を引き受けるかどうかに関係なく進めたいと思っています。もちろん他に道があればそれと比較して、最終的にどうするのかを決めるつもりです。わたしの計画に賛同してくれる人物は玄界(ミデン)だけでなく近界(ネイバーフッド)にもいます。小娘の夢物語に対して本気で向き合ってくれている大人たちもいるわけで、女王陛下もわたしの夢について少し考えてみていただけないでしょうか?」

 

するとこれまでずっと沈黙を貫いていたリベラートが口を開いた。

 

「私もツグミの話を聞いた直後はなんて途方もない夢物語を語っているのだろうかと感じました。ですが彼女の夢は我々にとって希望でありこの現状を打破する手段のひとつだとわかったからこそ本気でその夢物語に付き合ってやりたいと思えるようになりました。彼女が私の孫だとわかったのは彼女が女王陛下の病気を心配して見舞いに来てくれたからこそで、もし赤の他人の身体の具合などどうでも良いと考える娘であれば永遠に知ることはなかったでしょう。彼女には彼女の人生があり、それを犠牲にさせる権利は私にも女王陛下にもありません。彼女はこの国の国民ではなく玄界(ミデン)に家族がいる玄界(ミデン)の人間です。彼女が女王になると決心したのはエウクラートン国民のためではないとしても、近界(ネイバーフッド)の平和のためになるのならそれでもかまわないと私は思います。長い間続いてきた慣習を変えることは不安でしょうが、このままダラダラと続けていても明るい未来は見えてきません。それに玄界(ミデン)で生まれ育った彼女だからこそ近界(ネイバーフッド)を客観的な目で見ることができ、その豊富な知識や変化に対して恐れずに立ち向かっていく勇気があるからこのような改革案が生まれたのだと確信しています。急いで答えを出さなければいけないというものではありませんが、あまりのんびりとしてもいられない。そんな状況なのですから女王陛下も彼女の提案を無碍にはせず考えてみてください。閣議にもかけますが、最終的な決定権はあなたにあるのですから」

 

一晩ゆっくりと考えたリベラートの出した答えは「ツグミの提案を受け入れる」で、午後には臨時議会が開かれてこの話が議題として審議されることになっている。

とはいえ最終的には女王がNOと言えばそれっきりで、ツグミが次期女王の座に就くことはなく、玄界(ミデン)との関係も絶たれてしまうだろう。

エウクラートン側の選択肢はツグミの提案をのむか、自力で問題を解決するかのどちらかしかないのだ。

後者であっても新しい(マザー)トリガーの核を用意したり次の女王となる人物を探すのは非常に難しい。

特に女王には誰でもなれるものではなく、トリオン能力が高くなければ(マザー)トリガーの操作は不可能だ。

なにしろ操作をするには自身のトリオンをエネルギーとして使用するのだから、トリガー使いが武器(トリガー)を使って戦うようなもの。

近界(ネイバーフッド)では何をするにしてもトリオン能力の高い人間が優遇され、逆に低いと冷遇されるのは無理もないことである。

国内を探せば神官になれるだけの能力者はいるかもしれないが、それではオーラクル家の王家としての義務を果たせなくなったという最も恥ずべき姿を国民に知らしめることになってしまうのだ。

 

「自分たちの戦争のために無関係な玄界(ミデン)を巻き込んでしまったことで近界(ネイバーフッド)は変革の時を迎えようとしているのです。その変革の引き金を引くかどうかは我々に…いえ、あなたの判断に委ねられているのだという認識を持ってください。そしてその引き金を他の国の人間に任せてしまえば我が国のような小国は大国にのまれてしまう恐れがある。しかし我が国が引き金を引くことで小国でありながらも大国と肩を並べ、独立を保つだけでなく新しい近界(ネイバーフッド)の秩序の先導者にもなりうるのですよ。そのことをお忘れなく」

 

リベラートの意思を確認した女王は黙って頷いた。

一国の元首として全国民の生命と財産を守る義務がある彼女にとってこの『答え』は彼女ひとりの利益や自己満足で出せるものではない。

それが良くわかっているからまだ何も言えないのだ。

そして白峰が女王に助け舟を出すように言う。

 

「女王陛下はご病気なのです。あまりお身体に負担をかけるようなことは遠慮してください。今日はこれくらいにしておきましょう」

 

ドクターストップであれば仕方がない。

伝えたいことはほぼ伝わったのだからこれで撤退しようとツグミは女王に言う。

 

「今日はこれで失礼いたします。そしてわたしの意思でここへ来ることはもうありません。女王陛下のお呼びがあればすぐに参りますので、何かわたしと話したいとか伝えたいことがあれば従者の方を通じてご連絡くださいませ」

 

そしてリベラートと白峰と共に神殿を出て行った。

そんなツグミたちを見送る女王の目は少しだけ哀しげであったことに誰も気付くことはなかったのだった。

 

 

 

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