ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
翌朝、朝食を終えたツグミは白峰の診察に合わせて女王と謁見することになった。
リベラートと3人で神殿へ赴き、女王の私室で白峰の診察が行われると準正装の姿で彼女がツグミとリベラートの前に現れた。
それはこれから神官としての仕事をするという意味で、その前にツグミと面会をしようというらしい。
「ツグミ、よく参られた。リベラートの顔を見ると快い返事がもらえなかったようだが、この私にその理由を説明しに来たのか?」
女王は威厳のある声でツグミに問うが、それに対して首を横に振った。
「もちろんそれもありますが、わたしは女王陛下の御機嫌伺いに参上したのです。まだ2回しかお目にかかっていませんが、女王陛下はわたしにとって大叔母という血のつながりのある大切なお方なのですから」
「ほう…。その血のつながりのある大叔母の願いを叶えてはくれぬと申すか?」
「いえ、わたしは条件によっては女王陛下の勤めを引き継いでもかまわないと考えております。それについてお話をしに参ったのです。そのご様子ですと少々の時間ならお話をしても大丈夫そうですね?」
すると女王に付き添っていた白峰が代わりに答えた。
「そうだな…20分くらいならよかろう。もっとも話の内容によっては体調を崩される恐れもあるので私がここで様子を伺わせてもらいたいのだが」
ツグミの素性については他人に知られたくはないことだが女王の体調が最も大事なことであるから仕方がない。
「わかりました。ですがこの場で見知ったことは口外無用にお願いします。非常にデリケートな問題ですし、ボーダーでも城戸司令にしかお話していないことなんです。まだ養父にすら教えていない秘密ですからそれを他人のあなたに知られることは望ましくはありません。それだけの内容だということは覚えておいてください」
「承知した」
ツグミは女王に対して臆することなく自分の出した答えについて説明を始めた。
「簡潔に申しますと答えは『条件付きで承諾する』というものになります。わたしはオーラクル王家の血を引いてはいるものの、この国には何の関わりもない
「その条件とは?」
「女王陛下はこの国に関するすべてにおいて最終決定権を持つ最高責任者で、議会で決定したことであってもあなたのお心ひとつで覆されることもあるとお聞きしています。
「当然じゃ。いくら議会でいろいろ議論したとしても私の意に沿わないものであれば却下する。
「
「…何が言いたい?」
「わたしが女王になるのであれば、わたしにもあなたと同じ権限を持つのは当然。まさか
「……」
「ですからわたしが女王になればわたしがこの国を自由にできるということになり、わたしが望む国に変えてしまうことも可能。それだけの
ツグミの言い分に女王は気に入らないという顔で反論する。
「たしかに女王はこの国の最高権力者ですべてを決裁する資格を有する。しかし私は独裁者ではない。私は常にエウクラートンの国民すべての幸せを願って身を削っているのじゃ。それをそのような言い方をするとは許しがたい。ここを出て行け!」
「ではこのお話はここでおしまいです。用は済みましたからわたしは
そう言って立ち上がろうとするツグミだが、女王は慌てて引き止めた。
「待て、ツグミ。不遜な態度と発言には目を瞑る。続きを話すのじゃ」
「承知いたしました。ではお話を続けます。…女王には最終的な決定権があるというのですから、この国のルールを変えることも不可能ではありません。わたしが女王になったら変えたいことややりたいことがいっぱいあります。もちろんそれはわたし個人の利益や享楽のためではなく、王家の人間を含めてすべてのエウクラートンの国民が幸せに生きられる国をつくるためです」
「具体的に何がしたいと申すのじゃ?」
「まずは婚姻に関するバカバカしいルールを撤廃します。わたしには
「……」
「それに万が一わたしに問題があって子供ができなかったらどうしますか? オーラクル王家はここで血筋が絶えてしまうことになります。その場合は
ツグミの「神官が不要だというルール」という言葉に女王は思わず立ち上がってしまった。
「何を言うのだ!?
「女王陛下、冷静になってください。わたしだってこの国を滅ぼそうだなんてこれっぽっちも考えていません。詳しいお話をしますから黙ってお聞きください」
そう言って女王の気を静めてからツグミは説明をする。
「
「どういうことじゃ?」
「
「おまえの言いたいことはわかる。しかしそれでは戦争が起きた時はどうするのじゃ?
「いいえ、そこが根本的な間違いなのですよ、女王陛下。戦争が起きた時のことを考えるのではなく、戦争が起きないようにすることを考えるべきです。もっとも戦争とはこちらから攻めない限りどこかの国が一方的に攻めて来るわけで、攻め込まれたら防衛しないといけませんからこちらの都合だけでどうなるものではありません。ですが戦争が起きないように努力することもせずにいて、戦争が起きた時のことだけ考えるのは愚かです。ですからわたしが女王になったらまず戦争が起きないように、万が一起きたとしても武力を行使せずとも解決できるよう知恵を絞ることから始めます。
あからさまに女王のことを非難するものだからリベラートはハラハラしてしまう。
女王もはらわたが煮えくり返っているというのに威厳を損なわないようにと冷静さを装っている。
白峰は女王の血圧がこれ以上上がらないようにと祈るばかりで、そんな大人たちの気持ちを知りながらもツグミは続けた。
「キオンのテスタ・スカルキ総統は過去の戦争について深く反省し、エウクラートンに対して二度と戦争を仕掛けないと言っております。現在の食料の強引な徴収に関してもエウクラートン国内での生産量が増加すれば解決する問題で、その解決策に心当たりがあります。そしてかつてのような友好国としての関係を復活させることができればエウクラートンが過剰な武力を持たずとも、万が一の時にはキオンの軍隊が第三国による侵略から守ってくれるという約束を取り付けることもできますから、国防に回す分のトリオンを国土の維持や天候・季節の調整に回すことを考えています。そうすれば現在の耕作面積であっても収穫量は増加し、
「……」
「もちろんこれは非常に難しいことですが不可能ではありません。わたしがオーラクル家の血筋の人間であるとわかる前から考えていたことで、エウクラートンの女王を引き受けるかどうかに関係なく進めたいと思っています。もちろん他に道があればそれと比較して、最終的にどうするのかを決めるつもりです。わたしの計画に賛同してくれる人物は
するとこれまでずっと沈黙を貫いていたリベラートが口を開いた。
「私もツグミの話を聞いた直後はなんて途方もない夢物語を語っているのだろうかと感じました。ですが彼女の夢は我々にとって希望でありこの現状を打破する手段のひとつだとわかったからこそ本気でその夢物語に付き合ってやりたいと思えるようになりました。彼女が私の孫だとわかったのは彼女が女王陛下の病気を心配して見舞いに来てくれたからこそで、もし赤の他人の身体の具合などどうでも良いと考える娘であれば永遠に知ることはなかったでしょう。彼女には彼女の人生があり、それを犠牲にさせる権利は私にも女王陛下にもありません。彼女はこの国の国民ではなく
一晩ゆっくりと考えたリベラートの出した答えは「ツグミの提案を受け入れる」で、午後には臨時議会が開かれてこの話が議題として審議されることになっている。
とはいえ最終的には女王がNOと言えばそれっきりで、ツグミが次期女王の座に就くことはなく、
エウクラートン側の選択肢はツグミの提案をのむか、自力で問題を解決するかのどちらかしかないのだ。
後者であっても新しい
特に女王には誰でもなれるものではなく、トリオン能力が高くなければ
なにしろ操作をするには自身のトリオンをエネルギーとして使用するのだから、トリガー使いが
国内を探せば神官になれるだけの能力者はいるかもしれないが、それではオーラクル家の王家としての義務を果たせなくなったという最も恥ずべき姿を国民に知らしめることになってしまうのだ。
「自分たちの戦争のために無関係な
リベラートの意思を確認した女王は黙って頷いた。
一国の元首として全国民の生命と財産を守る義務がある彼女にとってこの『答え』は彼女ひとりの利益や自己満足で出せるものではない。
それが良くわかっているからまだ何も言えないのだ。
そして白峰が女王に助け舟を出すように言う。
「女王陛下はご病気なのです。あまりお身体に負担をかけるようなことは遠慮してください。今日はこれくらいにしておきましょう」
ドクターストップであれば仕方がない。
伝えたいことはほぼ伝わったのだからこれで撤退しようとツグミは女王に言う。
「今日はこれで失礼いたします。そしてわたしの意思でここへ来ることはもうありません。女王陛下のお呼びがあればすぐに参りますので、何かわたしと話したいとか伝えたいことがあれば従者の方を通じてご連絡くださいませ」
そしてリベラートと白峰と共に神殿を出て行った。
そんなツグミたちを見送る女王の目は少しだけ哀しげであったことに誰も気付くことはなかったのだった。