ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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364話

 

 

エウクラートンの国会議員たちへのプレゼンもほぼ成功したという手応えがあったツグミはキオンへ行く準備を進めていた。

今回の近界(ネイバーフッド)への渡航は女王の往診と女王継承問題について解決するためなので、キオンへ行くのはテスタへのご機嫌伺いの面が大きい。

エウクラートンまで来ていながら自分の国へは来なかったということがテスタにバレると機嫌を損ねる原因にもなりかねないので、お土産を持って数日間かけて訪問することにしたのだった。

行程はキオンまでの往復込で7日を予定していて、その間エウクラートンには白峰だけが残って女王の看病をすることになっている。

遠征艇のトリオンも満タンになって明日にでも出発できるということになり、ツグミはリベラートにその旨を告げた。

するとテスタへの親書を彼女に持たせ、彼女がエウクラートンへ戻って来るまでに女王の後継問題について()()()()()()()()を出しておくと言って送り出したのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

雪原の大国と呼ばれるキオンでも1年のうち4分の1の約100日は雪のない季節がある。

春になると都市を中心として雪が消えていくのだが、人のいない原野や山間部などはなかなか雪が溶けないエリアであるから、雪が全部溶けきらないうちに冬がやって来て雪が積もるという万年雪の状態になるのだ。

これも都市部を中心にトリオンを注ぐためで、利用価値の低い土地には無駄なトリオンを使わないということらしい。

その万年雪のエリアが国土の半分以上あるから「雪原の大国」を呼ばれるのだった。

ツグミたちが訪問する首都・マーグヌス周辺はいち早く雪がなくなり、短いながら夏らしい季節を迎えていた。

 

(ゲート)を抜けるとすぐにキオンとエウクラートン両国の国旗を掲揚して軍用のドッグに入港する。

これはキオンの艇であることと、エウクラートンからの使者であることを示すものだ。

そうするとすぐに総統府へ連絡が行き、テスタに報告されることになっている。

ツグミとリヌスは軍の馬車 ── 雪がなく馬橇が使えないため ── でマーグヌスへと送り届けてもらい、総統府の正面玄関に到着するとテスタ自ら出迎えてくれるという流れであった。

 

 

「よく来てくれたね、ツグミ。ずっと待っていたんだよ」

 

テスタはツグミに駆け寄って人目も憚らずハグをする。

その光景は数日前にエウクラートンに到着した彼女を出迎えたリベラートの姿とまったく同じもので、リヌスはふたりに気付かれないように苦々しいとばかりに唇を噛んだ。

ツグミが手の届かない相手だということは認識していて心の整理もできているのだが、自分の目の前で無作法に彼女に抱きついてくる男を見て気分が悪くなるのは当然といえよう。

おまけにツグミが嫌がっているのならともかく彼女自身が立場上関係を悪化させないためにとある程度までは許しているものだから、リヌスが止めに入るこができずにいる。

 

ツグミはテスタをさりげなく引き離すと一歩退いてお辞儀をした。

 

「お久しぶりでございます、総統閣下。面会の申し込みもせずにいきなり訪問した無礼をお許し下さい」

 

「他人行儀な言い方だなあ。私はきみのことを年下の愛らしい友人だと思っているのだが、きみにとっての私はキオンの総統でしかないのか?」

 

「公私の区別は必要だと思います。エウクラートンからの公式の使者に対してキオンの総統として毅然たる態度で迎えるべきです。これが玄界(ミデン)からはるばるやって来た友人となればまた違う態度で接するのですが、今のわたしはリベラート皇太子の親書を預かる使者なのです」

 

ツグミにそう言われてテスタも国家元首としての顔になって答えた。

 

「きみの言うとおりだ。まずは公務を済ませてしまおう。その後は友人としていろいろ話を聞かせてもらいたい」

 

「承知いたしました。ところで玄界(ミデン)から持って来た閣下へのお土産があるのですが、艇に積んだままになっております。そちらの軍の方を2-3人お借りして閣下のご自宅へ運んでいただきたいのです。お願いできますでしょうか?」

 

「ああ、もちろんだとも。リヌス大尉、こちらへ」

 

テスタは自分の手帳に何かを書くとページを破ってリヌスに手渡した。

 

「これを持って行きたまえ」

 

「了解いたしました」

 

リヌスは紙片を受け取るとすぐに行動を開始した。

待機させていた馬車に乗ると、馬車は軍用ドックへと引き返して行く。

 

「今のは何なんですか?」

 

気になったツグミがテスタに訊いた。

するとテスタは手帳らしきものを彼女に見せて説明をする。

 

「これは簡易的なものだが命令書だ。正式なものを出すまでもないという内容であったり、私個人の頼みごとであった場合はこれを使用する」

 

それはA5サイズの黒革の手帳で、スカルキ家の紋章が薄く印刷されている無地の用紙が束ねられていた。

紋章が印刷されているということで、この指示がテスタのものだとひと目でわかる仕様だ。

だからリヌスがあの命令書を持って行けばテスタの指示によるものだということで、すぐに手配をしてくれるということだろう。

 

「それは便利ですね。総統閣下の意思がすぐに反映されるのは良いシステムだと思います。もちろん使い方を間違えるととんでもないことになるでしょうけど、聡明な総統閣下のことですからそんな心配は無用ですね」

 

「まあな。さあ、私たちは先に()()()話を済ませてしまおう。リベラート殿下が私に親書を託すというのだからエウクラートンで何か大きな動きがあったということだろう。女王陛下の体調が優れないという話は耳にしているが、そのことに関係しているのだろうか…?」

 

「いろいろ推測しても意味はありません。早く親書をお読みください」

 

「それはそうだな。では、行こうか」

 

ツグミはテスタに連れられて彼の執務室へと向かった。

 

 

 

 

リベラートの親書を読んだテスタはツグミの正体を知った。

驚きはしたものの、それよりも納得する部分の方が大きくてなぜか()()してしまったようだ。

 

「きみの堂々とした態度はやはり王家の血筋によるものだったのだな。只者ではないと感じてはいたが、まさかオーラクル家の娘だったとは…。おまけに()()オリバがリベラート殿下の隠し子であったとはなかなかに面白い。これまで女王の後継者がいないということでどうなるかと心配していたがこれでひと安心だな」

 

「その件に関しては他言無用に願います。当時の関係者で存命中なのはリベラート殿下だけで、殿下も息子がいたことは知らなかったのですから。それに他国の人間にわたしが次期女王候補であると知られると、わたしは今までのように自由に行動できなくなってしまいます」

 

エウクラートンが近界(ネイバーフッド)の中でも有数の農業国であり、いくつもの国がエウクラートンを属国にしたいと考えているのは事実。

しかしキオンの属国に手を出すわけにはいかないということで今は何事もなく済んでいるが、次期女王候補を拘束してしまえばエウクラートンの(マザー)トリガーを押さえたも同様であるから、キオンから解放するという大義名分でエウクラートンに侵攻する恐れが出てくるのだ。

ツグミが自由に近界(ネイバーフッド)を往来できるのはミリアムの(ブラック)トリガー所有者で下手に手出ししては危険だということを周知させたからであるが、エウクラートンの次期女王候補とミリアムの(ブラック)トリガーの両方を手にするチャンスとなれば少々の無茶もするだろう。

彼女の存在が近界(ネイバーフッド)における戦争の「火種」となってしまっては元も子もない。

だから信用できる人物にしか教えないということになり、同時にリベラートがテスタのことを信用しているという証拠ともなるのだ。

リベラートはキオンとの友好関係を一層強固なものにするチャンスだと考えていて、テスタのお気に入りであるツグミを利用しようと考えた。

いずれは知られてしまうことならばエウクラートン側に都合の良いタイミングで明かしてしまおうということで、テスタが真実を知った以上は諜報員にオーラクル家の内情を調べさせようとはしないはずとリベラートは考えたのだ。

テスタもリベラートが信用できる人物だという確信があるので偽の情報を知らせてきたとは考えていないが、これがすべてではないということも察している。

 

「わかっているよ。ところで女王陛下の具合についてだが、きみが玄界(ミデン)の医師を連れて来て治療を始めたそうだな」

 

「はい。女王陛下のご病気は生死に関わるものではなく、食生活の改善と投薬によって回復するものですからご心配にはおよびません」

 

「そうなるときみが女王になるのはまだ先のことなのかい? それともそう遠くない未来には新しい女王をお披露目することになるのかな?」

 

「それはまだ決まっておりません。ですが女王になると立場上自由に動けなくなりますので、もう少し自分のやるべきことをやってしまってからでないと困ります」

 

「それもそうだな。きみは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を結ぶ重要な存在だ。エウクラートンにきみが必要なのと同じくらい我が国もきみを必要としている」

 

「それは重々承知しております。…ではこれでエウクラートンの使者としての役目はおしまいにし、続いてボーダー総司令官・城戸からの親書をお渡しいたします。でもその前にボーダー隊員としてお礼を申し上げます。ゼノン隊の3人を派遣してくださったおかげで無事にアフトクラトル遠征を終えることができました。さらわれた32人の後輩たちも全員無事でいて、大役を果たしたという充実感で満たされています。そして今後の遠征派遣のための参考になることも多かったですので記憶が新しいうちに手引書を作成したいと思っております」

 

テスタはツグミから渡された城戸の親書に目を通した。

そしてその内容には触れず、ツグミに質問をする。

 

「きみたちはいつまでここにいられるのだ?」

 

「遅くとも明後日の夜には発ちたいと考えています。エウクラートンでの用事もまだ済んでいませんし、玄界(ミデン)に帰れば急いでやらなければならないことが山積みですから」

 

「ではそれまでにきみに渡す土産を用意しておかなければならないな」

 

「お土産…ですか?」

 

「ああ。…さて、今夜はきみの歓迎会を開こう。そうだ、サーヴァを呼んでやろうか。きみがキオンにいると知れば大喜びだぞ、きっと」

 

「それは嬉しいです。でも夕方まで時間がたっぷりとありますので、それまで街の中を散策する許可をいただけませんでしょうか?」

 

「街を散策だと?」

 

「テオ少尉のご実家へ行ってお手紙とお土産を渡したいんです。彼の近況を報告すればご家族のみなさんはきっと安心するでしょうから」

 

「なるほどな。いいだろう、リヌス大尉に同行を命じよう」

 

「ありがとうございます」

 

ひとまず夕方までの自由時間を得たツグミ。

荷物の搬出作業を終えたリヌスがテスタの執務室まで来たところでツグミはリヌスと一緒に滞在する部屋へと案内され、荷物を置くとすぐに街へと出かけた。

 

 

◆◆◆

 

 

テオの家族はツグミとリヌスを大歓迎してくれて、テオが玄界(ミデン)での暮らしを()()()()()()と知ると両親は涙を流して喜んでくれた。

そしてテオが選んだ土産にも感激し、特に菓子などの嗜好品が手に入らないものだから玉子があれば作ることのできる「クッキーミックス」や「ホットケーキミックス」を喜んだ。

ツグミが作り方を母親に教え、さっそくホットケーキと蒸しパンを作り、それにインスタントコーヒーやティーバックの紅茶で「アフタヌーンティー」を楽しむことになった。

その場にテオがいないのは残念ではあるが、その代わりに玄界(ミデン)で撮影した彼の写真をまとめたアルバムを見ながら話をして、そう遠くない未来には家族全員でテーブルを囲むことができるようになるとツグミは()()してからテオの家族と別れたのだった。

 

 

テスタとの約束の時間までまだ2時間ほどあるということで、リヌスはツグミをとある場所に案内した。

そこはキオンの人間にとって特に「忌むべき場所」 ── 墓地であった。

マーグヌスの西には強制収容所のある山岳地帯や墓地があると教えられていたのだが、その墓地の一角へとリヌスはツグミを連れて行ったのだった。

キオンの墓石も名前や生没年が刻まれている玄界(ミデン)でも普通に見られるタイプで、それが整然と並んでいる様子は壮観だ。

墓地全体の面積は首都・マーグヌスの面積とほぼ同じくらいありそうな広大なもので、その敷地の一番北の端にある目的地の墓石は石の素材が少し違っているとツグミにはひと目でわかった。

 

「この辺りの墓はすべてエウクラートンから連れて来られた兵士やその家族が眠っているのです」

 

リヌスは静かに話し出した。

 

「私のように幼い頃にトリオン能力に目を付けられてキオンへ連行された者のうち兵士としてその役目を果たした者、つまり殉職した者とその家族はキオンの国民と同様に扱われてここで眠ることができます。しかしすべての人間がここで眠っているわけではありません。その意味はお分かりになりますね?」

 

「はい…」

 

「エウクラートンの人間は常に最前線に投入されますから殉職することは多いです。ですがそれ以上に敵国の捕虜となってしまい、二度と家族に会うこと叶わずに異国の地で無念の死を迎える方が多いのです。それは非常に不名誉なことで、その遺族は三等市民に格下げされて死んでも個別の墓すら与えられないのですよ。ここからさらに北に数キロ行った先にそういった人たちを()()する場所があります。遺体は野生動物に食われ、骨は風化してその存在は消えてしまう。酷いものでしょ?」

 

「……」

 

「キオンも役に立つ人間なら厚遇し、一等市民になることも夢ではありません。ですから必死になって訓練をして最前線で戦うのです。そうして一等市民になれば豊かな暮らしができるようになる。若いテオが家族のために頑張って働いたのはそのためです。キオンという国はあなたの国の言葉で言えば『アメとムチ』を上手く使い分けているのです。キオンの人間ですら一等市民になるのは相当苦労しますから、私のようなエウクラートンの人間が人並みに暮らせるようになるには諜報員になって玄界(ミデン)の罪もない少女をさらうという理不尽な軍の命令にも従わなければなりません」

 

「……」

 

「もし私たちの標的(ターゲット)が普通の少女であったなら今頃任務に成功してゼノン隊長とテオと私は一等市民になって満足していたことでしょう。そして他人の犠牲の上にのうのうと一等市民としての生活を送っていたに違いありません。今になって思うのは標的(ターゲット)があなたで良かったということ。ひとりの少女を犠牲にして平気でいられるような下劣な人間になってしまわずに済んだのですから」

 

ツグミとリヌスたちとの出会いは最悪なものであった。

しかし彼女の機転によってキオンの考えたシナリオは完全に潰され、彼女の描いたシナリオに塗り替えられてしまった。

本来ならリヌスたちは強制収容所へと送り込まれ、そこで死ぬまで働かされたりトリオンを抽出する()()とされる。

そして死ねば原野に放置されて、その人物が生きてきた証さえ残らないのだ。

それがツグミのシナリオではゼノン隊は処分を受けず、玄界(ミデン)との友好的な関係を結ぶための重要な役目を与えられたのだった。

 

「エウクラートンの人間の墓石はキオンのものと少し違うですがおわかりになりますか? これはエウクラートンで産出される岩石を加工したものです。死んだら故郷の土となりたいという彼らの遺志を尊重したくとも叶わず、せめてもと墓石を故郷の石としたのです。…もしキオンとエウクラートンの関係が良好なものとなれば民間人でも両国を行き来できるようになるかもしれませんし、なにより強制的に連れて来られることもなくなるでしょうから、こういった墓はもうこれ以上増えることはなくなる…と私は信じたい。あなたに希望を託してもいいですか?」

 

独立を保っているとはいえエウクラートンはキオンに従属()()()()()()()国であり、様々な不都合が生じている現実をツグミはその目で見ている。

そこで日々を精一杯生きている人間たちと触れ合い、自分とは無関係な世界の無関係な国同士のことだと言って放っておくことができなくなっていた。

 

ツグミが戦うのは自分のため。

自分が家族や友人たちと平穏で幸せな日々をずっと過ごしたいというただそれだけのささやかな願いを叶えるために。

しかし自分と手の届く範囲の人間の幸せを保つためにそれ以外の人間が不幸になっても良いとは考えていない。

誰かの犠牲の上に成り立つのであれば100%幸せだとは言えないからだ。

だからツグミはまず自分の身を守るために近界民(ネイバー)と戦う力を欲してボーダーに入隊した。

次に忍田という家族と迅という最愛の人間と共にいるために強くなろうと決心する。

自分が傷ついたりさらわれるようなことになれば哀しむ人がいるとわかったからだ。

強くなるために訓練の手を抜くことなく全力で稽古したし、それだけでは人間として不十分だからということで学業も疎かにするようなことはなかった。

だから周囲の人間も彼女を認め、彼女もまた彼らを仲間として受け入れたことで()()()()()()が増えてしまう。

守るべきものが増えると同時に敵の数も増え、それに対応できるようにとより一層訓練に励んで、いつの間にか完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)という肩書きまで手に入れた。

近界(ネイバーフッド)における戦争がなくすことで三門市民の安寧が保たれると考えたことにより、彼女は近界民(ネイバー)を殲滅するなどという「不可能な道」よりも近界民(ネイバー)を味方にするという「困難だけど可能な道」を選び、武器(トリガー)を使わない戦いに自ら身を投じることにした。

もちろんアフトクラトルのハイレインのように問答無用で攻めて来る「敵」に対しては徹底的に「知恵と武力」によって戦うが、キオンのように彼女の言葉に耳を貸すのであれば話し合いで解決するという平和的な()()()もアリである。

だからリヌスたちを友人とし、こうしてはるばるキオン本国までやって来て元首であるテスタとも親交を深めることになったのだ。

少なくとも現状維持であればボーダーはキオンと戦争状態になることはない。

エウクラートンに関しても父親の故郷だという関係性しかないのだから放っておくこともできたが友人(リヌス)の故郷であり、さらに国の未来が自分の意思によって変わるということを知れば見放せない。

ここで無視を決め込んでエウクラートンが滅びてしまったら後味が悪いどころではないし、食料庫を失ったキオンが武力を使って他の国に侵攻することになるだろう。

そうなるとキオンという()()()軍事大国を目覚めさせてしまっために近界(ネイバーフッド)の国々は新たな戦いの渦に巻き込まれてしまい、トリオンを求めて玄界(ミデン)に侵攻してくるようになる可能性は高い。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン) ── ふたつの世界が繋がってしまっている以上は近界(ネイバーフッド)で起きることに無関係ではいられないと、ツグミは自分のなすべきことを可能な範囲で行っているのである。

そしてリヌスが自分に希望を託しているのであればそれに全力で応えたい。

 

「リヌスさん、わたしにどこまでできるのかはわかりませんが、何もしなければ世界は変わりません。良くなるようにと頑張ってはいますが、その結果が良くなるのか悪くなるのかもまだわかりません。もしわたしの存在が近界(ネイバーフッド)にとって害悪となるなら、誰でもなく()()()()止めてもらいたい。その約束をしてもらえるなら、あなたの願いを叶えるために全力を尽くしましょう」

 

これはツグミの覚悟であり、全能の神ではない彼女に自分の行動が何処へ向かうかなど本人にわかろうはずがない。

だから万が一の時には彼女の行動を止める存在が必要である。

それは迅や忍田ではなく、リヌスであってほしいと彼女は考えていた。

彼女はリヌスの自分への好意に気付いていて、恋愛感情でもなく、家族愛でもない、それにも勝るとも劣らない「信頼と友愛」で応えたいと決めたからだ。

リヌスへ愛情で報いることができないお詫びをこんな形でしか補うことができないものだから、彼にしかできない「役目」を与えたのだった。

 

「わかりました。あなたがそう願うのなら、私はその役目を引き受けます。だけど私にはその役目を果たすことはないと信じていますよ。あなたの存在が近界(ネイバーフッド)にとって害悪になるはずがありません。少なくとも私やゼノン隊長とテオはあなたに救われたのであり、エウクラートンを救おうとしている姿を私はあなたの一番近くで見ているのですから」

 

「ありがとうございます、リヌスさん。…ところでどうしてわたしをここに連れて来てくれたんですか?」

 

ツグミがそんなことを訊くと、リヌスは微妙な表情を浮かべて答えた。

 

「ここには私と同じようにエウクラートンから連れて来られて故郷に帰ることが叶わなかった同胞たちが大勢眠っています。あなたがエウクラートンの未来を憂いて奔走してくれていることを彼らに知ってもらいたかったんです。だから安心して眠ってくれ、と」

 

「そうだったんですか…。責任重大ですね。まさかキオンで眠るエウクラートンの人たちのためにも頑張らないといけないなんて」

 

「いえ、別にあなたに心理的な圧力をかけているのではありませんよ!」

 

「わかっています。冗談ですから」

 

そう言って無邪気に笑うツグミの表情をリヌスは複雑な気分で見つめた。

 

(彼女がミリアムの(ブラック)トリガーの存在やオーラクル家の血筋であることを知らなければ今頃はこんな場所にはいなかった。たぶん玄界(ミデン)でボーダーの仲間や家族に囲まれていたというのに、こんな遠くまで来てしまったのはゼノン隊の人間、私たちが原因なんだ。だから私には彼女の人生を大きく変えてしまった責任がある。どうすればいいのかわからずにいたが、こうして彼女の口から何をすべきか教えてもらうことができた。私は彼女が私のことを必要としなくなるまでずっと付き添っていよう。そばにいることを許されたのだから)

 

今は亡き同胞たちの前でリヌスは誓った。

 

(私はこの身をツグミという少女のために捧げることにしました。彼女がエウクラートンのために働いてくれるのであれば、私は命を懸けてでも彼女のことを守る覚悟です。ですがもし彼女がエウクラートンに仇なす存在となったならば、私が自らこの手で彼女を止めます。二度と彼女が過ちを繰り返さないように…)

 

そして西の山の端に沈む太陽を背にしてツグミとリヌスはマーグヌスへと戻って行った。

 

 

 

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