ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
午後の会議はツグミの帰還によって急遽議題が変更され、彼女による
予定では午前の会議の続きで「第一次三門市民救出計画」に関するものであったが、ツグミの持ち帰った情報や
参加者は城戸、忍田、鬼怒田、根付、唐沢、林藤、沢村、迅という最小限のメンバーである。
ボーダーの人間でツグミが
「みなさま、ただ今戻ってまいりました。まだ詳しい資料はお手元にお届けできませんので口頭でご説明させていただきます。のちほど書面にてご報告いたしますが、ひとまず急いでお話した方が良いと思われるものだけお知らせいたします」
そう前置きしてからツグミはキオンにおいてのテスタとの会談内容について説明した。
彼がボーダーとの友好的な外交を望んでいることと、その証としてキオン製の
「そのキオンの
新しい
「わかりました。ではこれをご覧ください」
ツグミは3つの
「まずはこれです。ボーダーで使用しているスコーピオンと似ている変形可能な
すると見た目はキオンの兵士の標準タイプの軍服に変わる。
そして自分の席から離れて周囲に邪魔なものがない場所まで行くと長さが1メートルくらいのトゲのような
それはまるでハリネズミのようで、
「特に際立って役に立つというほどではありませんが、これをチップとしてボーダーのトリガーの枠の中に組み込むことで
直径が20センチくらいの円盤状の物体と、それを操作するための装置で某ゲーム機のコントローラーのように両手で別々に握るようになっているもので構成されている。
「これは簡単に言うとこの円盤状の物体を操縦して上空から戦場の様子を撮影・解析して地上にいる兵士に情報を送る装置です。遠征となればオペレーターの支援が必ず受けられるというものではなく、また敵地の情報も少ないですから三門市防衛戦のような
オペレーターの支援が受けられるのは
だからといって近い場所に艇を停めて敵に発見されたらそこで万事休すとなり、アフトクラトル遠征で敵に発見されないように遠くに停めたことはまだ記憶に新しい。
よって遠征先でのオペレーター支援はないものとして計画を立てるのが安全策で、この
「さらにこちらのゴーグル型の
ツグミはゴーグルを装着して説明を続けた。
「これには自分の意思…脳波によって
ゴーグルを外して換装を解くと、3つの
「どうかこれを役立ててください。それとキオンのスカルキ総統からの伝言です。『
すると鬼怒田はツグミを見上げて言った。
「ハリネズミトリガーはともかく後のふたつはなかなか役に立ちそうだ。ありがたく受け取ろう。ガロプラの時もそうだが、
やれやれという顔だがすぐにでも解析してみたいというオーラが出ているのがツグミにもわかった。
「これで報告は以上ですが、ご質問があればお答えできる範囲でお答えいたします」
ツグミがそう言うとさっそく唐沢の手が上がった。
「その言い方だと答えられないものもあって、それについては我々にも言えないということかな?」
「はい。キオンのテスタ・スカルキ総統と軍最高司令官のサーヴァ・コンプソス氏とは個人的に親しくなりました。ですが彼らのプライベートに関することについてはお教えできませんし、彼らに都合の悪いこともわたしの口からは話せません」
「フッ、そういう意味か。じゃ、問題なさそうな質問をしよう。キオンの現状を見てきたきみの意見を聞かせてほしい。あの国にはトリオンに代わるエネルギーの他に何が必要だと思う?」
「う~ん…。わたしから見たら足りないものばかりですからね。でもまずは食料です。『衣食足りて礼節を知る』という言葉もあります。着るものや食べるものが十分にあって初めて人は礼儀や節度をわきまえるようになる。生活にゆとりがないと精神にも余裕は生まれない。…いえ、それ以前に日々の食料で苦労している
「なるほど。しかしキオンの国民は信頼できる相手なのかい?」
「彼らが他国への侵攻を行ったのは前総統の時代の食料難に陥った時だけで、『神』も他国の人間をさらって生贄にするのではなく、国民の中から選ぶというくらいです。庶民階級の人たちとも交流しましたが、基本的に彼らは温厚で素朴な人たちですから特に警戒する必要はないと思います。自然環境の厳しい国ですから厳格なルールが必要で、身分制度もその中から生まれたのだと思うと仕方がないとも思えてきます。ルールに従ってさえいれば最低限の生活は保証され、守らなかった者には厳罰が下されます。そして国のために役立てば庶民であっても一等市民、貴族に準ずる生活も夢ではないという『アメとムチ』を上手く使った政策を行っています。だから国民は積極的に国へ奉仕し、忠誠を誓うのです。最下級の三等市民は家族に犯罪者や軍の任務に失敗して損害を与えた兵士がいるなどの理由によって落とされるのですが、その問題を起こした人物が罪を償うだけでなく家族が連帯責任を取るという意味のようで、該当者が死ねば元の二等市民に戻ることができるのだそうです。だからこそ秩序が守られているとも言えますね。このような政策をスカルキ総統は貴族や庶民にかかわらず
「そのスカルキ総統とはどんな人物なのかな?」
「若くして国のトップに上り詰めたのですからタダ者ではないですね。何回か会食したり私邸に招待されたことがあります。わたしはああいう人物のことが嫌いではありません。彼は見た目こそ好青年ですが、中身は老獪で油断のならない人物だということを前提として付き合う必要はありますけど」
「そう言うきみも油断のならない人間だとおれは思うけどな。いや、別にきみのことを警戒しているのではなく、胸の奥まで見透かされそうでちょっと怖いというだけだよ」
「唐沢部長にそう言われるのですから、それは褒め言葉だと受け取っておきます。…これで質問のお答えになっていますか?」
「ああ、良くわかったよ。ひとまずおれの質問はこれくらいにしておこうか。ありがとう、ツグミくん」
「どういたしまして」
続いて忍田が手を挙げた。
「アフト遠征でも協力してくれたキオンの諜報員のことだが、彼らは今後もボーダーの協力者として滞在してくれるのか?」
「スカルキ総統はゼノン隊に引き続きボーダーに協力するよう命じましたが、本国に家族のいるテオ隊員には本人の希望で現在の任務から首都詰めの任務に変更してもいいと考えています。そこでテオ隊員が本国に帰還するのであればゼノン隊長とリヌス隊員のふたりだけになりますが、わたしはこのまま3人で滞在してくれると確信しています。なにしろ総統から直々に命じられた任務ですから、ここで功績を残せば家族で一等市民になれる可能性が残っています。テオ隊員はせっかくのチャンスを逃すような人物ではありませんから」
「つまりこのまま情報提供など協力を続けてくれるということだな?」
「はい、そうです。この
「彼らは貴重な人材だ。現状では
「でしょうね。危険な役目ですし、並のトリガー使いでは敵地への潜入など無謀でしかありません」
「そんな危険な役目をおまえは志願した。まったく無茶をするものだ」
「いえ、3人のプロの指導があり、現地では彼らのフォローがありました。それにわたしは並のトリガー使いではありませんからね。それに勝算がなければ無茶と言えますけど、要は度胸と演技力と万が一の時に対応できる能力です。わたしの場合はゼノン隊長が大丈夫だと太鼓判を押してくれましたから不安などありませんでした。あなたの愛弟子なんですからもっと信用してください」
忍田の態度がボーダー隊員の霧科ツグミにではなく娘の忍田ツグミに対するものだと感じたものだから、ツグミはあえて「愛弟子」という言い方をした。
それが彼女の嫌味であることは忍田にもわかったらしく、ムッとした顔でそっぽを向いてしまったのだった。
(後で
ツグミがそんなことを考えていると、林藤の手が挙がった。
「ツグミ、キオン以外の国の状況で何か面白いことはなかったか?」
「そうですね…。やはりアフトの『神選び』のことはどこの国へ行っても噂されていました。軍事大国・アフトクラトルの国王がこれで決まるわけですから、それってアメリカ合衆国の大統領が誰になるかが気になる日本国民のようなものです。直接関係はなくても何らかの影響は出てくるでしょうし、場合によっては悪い状況になるかもしれませんから注目するのは当然です。それがアフトの従属国であればなおさらで、どうやらガロプラは自国の
「だからハイレインが王にならない限りは安泰、ってか?」
「そうとは言い切れません。それにハイレインという男は自分が国王になるためには優秀な配下であっても生贄にしようとする冷徹な男ですし、なによりもプライドが高いですから二度の敗北に甘んじているとは思えません。ディルクさんをこちらで保護しているんですから他にトリオン能力の高い人間を探しているでしょうがそう簡単に見付かるとは考えられず、他の3領主の誰かが国王になる可能性は非常に高いと推測するわけです。しかしだからこそあの男のことですからわたしたちの想像の斜め上を行く手段を講じて国王になるのではないかとわたしは考えます。そうなった時のことを考えておく必要は十分あり、ハード・ソフト両面において強化しておかなければなりません。そちらの方はみなさまにお任せいたします」
ツグミはハイレインと戦ったこともあるし、アフトクラトルの市場でその普段の姿も見ている。
それとディルクとヒュースから聞いた話を総合すると権力を握って全世界を支配したいというような単純な悪ではなく、彼なりの信念があって国を栄えさせたいという願いを叶えるための手段として王になりたいと考えているらしい。
だから優秀なトリガー使いやトリオン能力者を集めるために非道な行いも平気でできるわけなのだが、彼の
しかし領民からは強くて頼もしい領主であるから慕うことになり、彼らにとってハイレインは「善」となる。
もしアフトクラトルの国王となったら今まで以上に他国を侵略して従属国を増やしていくことだろう。
そのうち
ツグミにとっては三門市の平和が第一であることに変わりはないのだが、ハイレインが三門市に攻めて来なければそれで良いというわけにはいかない。
今の彼女にとっては
林藤の質問の後には誰も手を挙げず、そこでツグミの役目は終わった。
この後は本来の遠征計画の会議に戻るのだから彼女はもう帰ってもいいはずなのだが、城戸によって引き止められてしまった。
「ツグミ、このまま会議に参加しなさい。既成観念にとらわれない考え方を持つおまえは我々のような常識に凝り固まった人間にはできない妙案を思いつく。ガロプラの件もおまえだからこそ思いついた策であり、おかげであの国とはもう二度と敵同士にはならずに済みそうだ。我々はこれまで
「はい、わかりました」
ツグミは迅の隣の椅子に腰掛けた。
鬼怒田が責任者の
各部署での現在の状況を全員で共有するための情報交換会のようなもので、ツグミが参加するようなものではなかったのだが、本題はその後に待っていた。
「では本日の会議の本題に入ろう」
城戸はそう言って厳しい顔で続けた。
「『三門市民救出計画』を進める上でどうしても避けられない問題がある。ボーダーに
ここまでの話で城戸がツグミを参加させた理由が誰にも理解できたようで、彼女本人も納得したという顔でいた。
「当然のことながら現在市民に公開している情報は変更できない。その上でいかに違和感なくそれが真実であるかのように思わせなければならないし、少しでも疑いの目を向けられた時にはその火の元を消す手段も考えておかなければならない。それで各自 ──」
「待ってください、城戸司令」
城戸を制止したのは唐沢だ。
「こういうことを考えるのが得意な人材がここにいるわけですから、
唐沢が「彼女」と言った瞬間に全員の視線がツグミに向けられた。
「我々には市民を欺ける
そう言われたら断るわけにはいかない。
それに唐沢たちが協力してくれるのなら多少の無茶なことであっても平気でできるというもの。
ここで引き受けておけば今後の行動もやりやすくなるという打算的な考えもあって、ツグミは
「はい。これまで大勢の市民を欺いてきたわけですから、その
城戸はこうなることを承知していたようで、ツグミにすべてを任せることにした。
「よかろう。好きにやりなさい。しかしこれはできるだけ早い方がいい。おまえもいろいろ忙しいだろうがこの件を優先的にやってもらいたい」
「了解しました」
「では、おまえと迅はここまででいい。お疲れさんだった」
ここから先は幹部のみの会議で、迅やツグミですら足を踏み入れてはいけない
別に秘密会議の内容を知りたいとは思わないし、さっさと帰りたいのだから異論はない。
「わかりました。わたしはこれで失礼させていただきます」
ツグミは笑顔でそう言うとさっと席を立つ。
「じゃ、俺も」
迅もそう言ってから立ち上がり、ツグミと一緒に会議室を出て行った。
そして廊下に出て背後でドアが閉まると言う。
「ツグミ、これからちょっとデートをしよう」
「ええっ!? 今からですか?」
「そう。夕飯までには寮に戻るから2-3時間だけだが、行きたいところがあるんだ」
「ジンさんのお誘いなら断る理由なんてありませんし、むしろふたりだけになれるのなら大歓迎ですよ。でも合同訓練に参加する予定ではなかったんですか?」
「ああ、アレはサボる。それよりも重要なことだからこっちが優先だ」
「それならいいです」
「じゃ、行くか」
「はい!」
ふたりは地下駐車場まで直結の幹部・来賓客専用エレベーターに乗り、迅の運転する車で本部基地を出た。