ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミが作戦室へ戻って来ると、修、遊真、千佳、栞、そして迅がツグミを拍手で迎えた。
そして「おめでとうございます」「よく頑張ったな」といった祝福と労いの言葉をもらい、ツグミは満面の笑みで答えた。
「ありがとうございます。これもみんなが応援してくれたからです。これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします」
6人で会話をしていると作戦室のドアが開き、林藤が顔を出した。
「よう、ツグミ。よくやったな」
「ありがとうございます、
「この後、おまえらどうするんだ?」
「夜の部にユーマくんとチカちゃんが出ますから、みんなで一緒に本部の食堂で食事して、わたしは観客席で観戦…という予定です」
「お、いいな。俺も混ぜてもらおうかな」
「ええ、どうぞ。あ、でも一七〇〇時に食堂に集合ですから、それまで自由行動になります」
「そうか。じゃ、ツグミ、ちょっと付き合え」
「…
◆
ツグミが林藤に連れられて本部基地の廊下を歩いていると、すれ違う隊員が彼女を珍しいものを見るような目でチラ見していく。
「しかしさっきの旋空弧月はインパクトあったぞ。相変わらず人を驚かすのが好きだな、おまえは」
「でもさっきのは初戦。戦術や戦略を考えるまでもない試合で、ウォーミングアップ程度のものですよ。2戦目からが本当の評価になってきます」
「ああ、そうだな。だがまだオサムたちとは戦いたくはないな」
「ええ。でも玉狛第2の対戦相手は吉里隊と間宮隊ですから、完全試合で8点得られます。8点あれば中位グループの真ん中くらいまでアップするでしょう。わたしはまだ下位グループですから、次の試合は大丈夫のはずです」
ツグミは玉狛第2が「完全試合」をすると確信しているのだ。
「オサムくんたちが順調に勝ち進めば4戦目か5戦目くらいに当たるかもしれませんね。…って、それよりもわたしを連れ出した目的を明らかにしてください。大人ってなんか遠回しにして、なかなか核心に至らないからもどかしいんですよ。どうせもうお膳立てはできていて、わたしの様子を探っているというところなんですよね?」
「…じゃ、単刀直入に言う。これから俺たちは応接室にいる唐沢さんとそのお客さんのとこに行く。こう言えばわかるよな?」
「須坂会長ですか…」
面倒くさいという顔になるツグミ。
「そんな顔すんなよ。彼はおまえの試合が今日あると聞いて、わざわざ本部まで来て俺たちと一緒に見ていたんだ。それでおまえの勝ちっぷりに感激し、ひと言感想を言いたいんだとさ」
「はあ…。須坂会長は何が目的なんでしょうか?」
「そりゃおまえのボーダー隊員としての資質を認め、才能あるおまえに興味があるに決まってる。だが…一番の理由はおまえが彼の孫娘の姿と被るからなんだろうな」
「会長の孫娘? …ってことはわたしと同じくらいの
「無事でいればな」
「…!」
「第一次
「……」
ツグミは須坂の自分に対する言動の理由がわかり、これまでの自分の態度を深く反省した。
◆
応接室に入ると、そこには唐沢と須坂がいた。
この部屋にも大型モニターがあってランク戦の様子が見られるようになっており、林藤・唐沢・須坂の3人はここでツグミの戦いを見ていたのだ。
「やあ、ツグミくん。きみの試合を見せてもらったよ。見事な勝ちっぷりだった」
いつものように須坂は大満足といった笑顔でツグミを労う。
「ありがとうございます、須坂会長。お忙しいのにわざわざ本部までいらしていただき申し訳ございません」
「いやいや、
須坂に続いて唐沢が言う。
「須坂会長はこれまでの支援額の10%増額を約束してくれたぞ」
「10%ですって!? それはすごいですね…」
須坂の会社は元々大口のスポンサーだから、10%の増額といえばかなりの金額となる。
「ああ。それに新規にスポンサーに名乗りを上げる企業も増えているが、これもきみが営業に協力してくれているおかげかな?」
「いえ、わたしの力ではありません。三雲隊員が
ツグミの言葉に須坂が感心したという顔で言った。
「若いのに謙虚な態度だな、きみは。まあ、そういうところも儂は気に入ったのだがね。…それはそうと、唐沢くん、さっきの話だが…彼女にも意見を聞いてみたい」
「どうぞ」
唐沢がそう言うと、須坂が吐き出すように言った。
「ツグミくん、儂はもうそう長くは生きられない。実は癌を患っていてね、長くて3年、早ければ半年だと医師に言われている」
「…!」
須坂の言葉にツグミは胸が締めつけられた。
(大会社を一代で築き上げ、資産数十億の素封家。地元の名士として様々な分野に大きな影響を与える存在。普通の人間から見れば羨ましい人物だけど、息子夫婦と孫娘を
須坂の話は続いていた。
「そんなことで、儂は若い人たちのために何か役に立ちたいと思って考えたのだよ。幸い儂には自由にできる金が僅かばかりある。それをボーダーに預けて、隊員たちの福利厚生に使ってもらおうと思っておる」
「福利厚生ですか? 具体的にはどのようなものを目指していらっしゃるのでしょうか?」
「それはおれが説明しよう」
唐沢が説明を始めた。
「須坂会長の個人資産約6億を元本とし、株式その他で運用してその配当や利息を使わせてもらう。主に高校生・大学生隊員の奨学金で、一定の成績に達していれば授業料相当額の全額もしくは一部を支給。さらに経済的に困窮している隊員に関しても条件に応じて援助をする。そうすれば彼らにも時間的余裕ができ、日常の訓練に励めるというものだ」
「つまり隊員たちの経済的な憂いをなくし、ボーダーの活動に専念できるようにすることで、隊員全体のレベルアップが見込まれるということですね」
「ああ、そうだ。以前きみは『どこの世界でもお金に余裕があればいらぬ苦労はしなくて済む』と言っていただろ?」
「ええ。そうしていただけると助かる隊員が大勢います。
須坂に向かって頭を深く下げるツグミ。
しかしすぐに頭を上げて唐沢に訊いた。
「とても良いお話ですが城戸司令はどのような判断を下すでしょうか?」
「そこは大丈夫さ。おれの交渉術はS級だからな」
唐沢の言い方に、ツグミはくすりと笑った。
「それではわたしは防衛隊員としてこれまで以上に奮起して日々の鍛錬に勤しむだけってことですね。よろしくお願いします、唐沢部長」
ここで大人の話は終わり、須坂によるツグミへの質問攻めになった。
彼女が普段どういう生活をしているのかとか、先の大規模侵攻での話など、須坂はなんでも彼女のことを知りたがった。
その姿は孫娘と会話する老人ようで、微笑ましくもあり、残り少ない日々を精一杯楽しもうとしている姿は哀れにも見えたのだった。