ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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373話

 

 

城戸との面会を終えたツグミが自分の隊室へ行こうとして廊下を歩いていると向かい側から二宮がひとりで歩いて来た。

 

「こんにちは、二宮さん。お久しぶりです」

 

ツグミの方から笑顔で挨拶をすると、二宮はいつものクールな表情を崩さないもののフレンドリーな態度で声をかけてきた。

 

「ああ、久しぶりだな。おまえのことだからまたこっそりと近界(ネイバーフッド)へ行っていた…といったところだろ?」

 

「こっそりとは失礼な。ちゃんと城戸司令からの直々の命令で重大な役目を果たすために行ったんです。他の人には内緒にしておいてください。二宮さんだから教えたんですから」

 

わざと怒ったフリをしてツグミは言う。

 

「それで城戸司令に報告に来たのか?」

 

「はい。…申し訳ないですが二宮さんには報告できるような情報は入手できず、お土産も買ってきてはいません」

 

「そんなものは端から期待していない」

 

「ですよね。でももしお時間があったらふたりだけで少しお話をしたいんですけど、いかがでしょうか?」

 

ツグミの方から話がしたいと言うのだからくだらないバカ話ではないことは二宮にもすぐわかる。

そして()()()()()となれば話の内容はひとつしかない。

 

「いいだろう」

 

「じゃあ、わたしの隊室までおいでください。お菓子はないですがお茶くらいはお出しできます」

 

ツグミは二宮と一緒に隊室へと向かった。

 

 

 

 

「これから話すことは二宮さんだから打ち明けるのであり、誰にも言わないと信じています」

 

ツグミはそう前置きしてから話を始めた。

 

「ボーダーがアフト遠征の前からキオンの諜報員の協力を得ていて、わたしが彼らと行動を共にしていることはすでにご存じですよね。遠征に参加したメンバーなら皆知っていることですから」

 

「ああ」

 

「今回の旅もその諜報員のひとりと一緒にキオンまで行ってきて、その途中でいくつかの国に寄って情報収集()してきました。その中で行方不明の市民に関するものはなかったのですが、気付いたことがあるんです」

 

「気付いたこと?」

 

「これもまだ上層部メンバーしか知らないことですが、ガロプラでは以前に本部基地を襲撃したガトリン隊を中心として本国の(マザー)トリガー奪還に成功をしたそうなんです。そのことを無関係な国の庶民が酒場で噂話として酒を飲みながら話をしていたと一緒に行ったキオンの諜報員が調べて来てくれました。近界(ネイバーフッド)は国がそれぞれ隔絶していて戦争以外に接点がなさそうなんですが、わたしたちが想像している以上に人の交流があり、交易なども盛んに行われているみたいでした。そしてどこかの国で戦争が起きたとか、『神選び』の結果がどうなったなど庶民レベルで話題に上がるほど情報は飛び交っていることがわかったんです」

 

「それで?」

 

「各国の諜報員が敵国だけでなく中立の立場の国にも派遣されていて、そこで得た情報も軍事活動で有益なものは極秘事項として口外しないですが、そうでないくだらない情報は市中に広まっています。たぶん帰国した際に酒場などに集まって仲間内で情報交換をして、それをそばで聞いていた一般人が面白おかしく広めているのだと思います。そこでの話が全部が真実だとは言いませんが、かなりの部分で信じてもいいレベルの情報が飛び交っていると判断しました」

 

「……」

 

「わたしが言いたいのは近界(ネイバーフッド)でも情報というものが重要視されているということで、中には偽情報を流したり大げさに言うことで敵対する国を混乱させたりする情報戦も行われていて、わたしたちが経験しているようなトリオン兵やトリガー使いによる大規模な戦闘だけではない戦争が水面下で繰り広げられているようなんです。その方が無駄なトリオンを使わず、人的被害も出さずに済みますからね。そこでわたしは情報戦略を重要視している近界民(ネイバー)たちの立場になって考えてみました」

 

「……」

 

「今から5年前の第一次近界民(ネイバー)侵攻では突然現れた大量のトリオン兵によって三門市は蹂躙されました。ですがそれは本当に前触れもなく突然だったのでしょうか? どこの国が攻めて来たのかはわかりませんが、玄界(ミデン)を襲撃するに当たって何の情報もなく襲って来たとは思えないんです。だから前もって諜報員を派遣して三門市の情報を集め、その結果でどれくらいの規模の遠征を行うかを決めたはず。それを前提にしていろいろ振り返ってみるとわかることがあるんです」

 

「わかることとは?」

 

「なぜ三門市が標的(ターゲット)になったのかまではわかりませんが、東三門地区の被害が大きかったのは三門市内でもそこに人口が集中しているからで、最初の(ゲート)が開いたのが東三門地区だったのはその情報があったからだとわたしは想像します。そして奴らを追い返すことができたのは奴らの情報の中に旧ボーダーの存在がなかったからで、もしトリガー使いがいると敵が知っていたら人型近界民(ネイバー)、トリガー使いも()()投入していたと思うんです。あの戦いでかろうじて勝利したのは旧ボーダーの存在を極秘にしていたからで、それだけ情報というものが重要なのかはあなたならわかりますよね?」

 

「ああ」

 

「これはわたしの推測でしかありませんが、もしそうだとしたら納得できる部分がいくつかあるものですから()()()()()()お話することにしました。…もし雨取麟児が近界民(ネイバー)の諜報員だったとしたら、と」

 

「雨取麟児が近界民(ネイバー)? さすがにそれは突飛な話だな」

 

二宮はそう言いながらもツグミの話を聞こうとして身を乗り出してきた。

 

「突飛な話だとは承知していますけど、まったく根拠のない話ではありません。…雨取麟児という人間の情報は少ないです。雨取家の長男で、チカちゃんのお兄さん。三門市立第一高等学校を卒業した後に三門市立大学に入学した。これは彼女から聞いた情報ですが、本当にそうだったのかを疑ってみるとわかることがあります」

 

「何がわかったと言うんだ?」

 

「彼が他人を従わせる能力を持っているならいろいろと説明できるんです。まず彼がどこかの国の近界民(ネイバー)の諜報員だったとしましょう。彼には時間をかけて三門市の調査をする必要があり、疑われないようにするために市民になりすまして普通に生活をすることにしました。長期間の滞在にはそれが一番です。そこで目を付けたのがチカちゃんでした。彼女は稀にみるトリオン能力者で、利用できる存在だと考えて彼女の家族の一員になることで彼女の監視もしていた。これなら一石二鳥です。家族がいる人間が異世界のスパイだなんて誰も想像しませんからね」

 

「たしかに他所から来た単身者だと怪しむだろうが、周囲の目から見て幸せそうな普通の家族であれば疑うことはない」

 

「雨取家のことはチカちゃんから話を聞いています。両親はふたりとも三門市出身者で、結婚をしてしばらくは東三門地区にある賃貸マンションで生活をしていたようですが、約5年半前に現在の場所に戸建を購入して引っ越してきました。そしてその半年後に第一次侵攻が起きます。当日は日曜日で、雨取一家は全員で旅行に出かけていたおかげで難を免れたそうです。でもそれが偶然ではなく、三門市が襲撃されることがわかっていたために避難をしていたと考えられなくもありません」

 

「つまりおまえは近界民(ネイバー)の諜報員が身分を隠して雨取麟児になりすましていたと言うんだな?」

 

「まだ証拠はありませんが、可能性は高いと考えています」

 

「しかし周囲からまったく疑われず市民生活に馴染んでいたようだぞ」

 

「それは彼に他人を従わせる能力があれば説明できます。たとえばそれが洗脳という手段であったなら、人の記憶を操ることで偽の家族として雨取家に入り込んでしまえば後は簡単です。人間が生活をしていく上での基本となるものは戸籍ですけど、近界民(ネイバー)だとすれば彼にはそれがありません。学校に入学するためには住民票が必要になりますけど制服を着て学校に入り込み、教師たちを上手く騙すことができれば自分のクラスメイトが近界民(ネイバー)だなんて誰も思いません。そもそも学校に通う必要もありませんから、雨取家の家族に対して毎日通学しているフリをすればそれだけで十分です。だからもしわたしの仮説が正しいなら、高校と大学に彼が入学したことを示す書類はないでしょうね。それと雨取家には彼が幼い頃の写真や幼稚園や小学校時代に描いた絵や習字なども存在しないはず。これに関しては近いうちに雨取家を訪問して調べたいと思っています」

 

以前に千佳は二宮の質問に対して断言した。

「兄にならそういうことができます」と。

密航事件の首謀者が麟児であると妹の千佳が断言したのだから信頼性は高い。

他人を上手く誘導して思いどおりに動かすことができる能力を「洗脳」と仮定すれば、雨取家の家族を洗脳して自分をその一員と認めさせ、そうやって市民のひとりになりすませば情報収集は容易い。

 

「しかしその可能性は高いといっても雨取麟児が近界民(ネイバー)だったとは突拍子もない話だ」

 

「たしかにそのとおりですが、そう仮定することで説明できることがあると言いましたよね。今からその話をします。…わたしは彼と直接会ったことはありませんのでチカちゃんやオサムくんから聞いた話になりますが、彼は家族を大切にする優しい男性だということです。近界(ネイバーフッド)へ密航したのはチカちゃんのためで、近界民(ネイバー)に狙われる妹のために対抗手段を探しに行ったということになっていますが、それならなぜ彼はボーダーに入隊するという手段を選ばなかったのでしょうか? すでにボーダーは一定の効果を証明してみせていましたから、防衛隊員になることで近界民(ネイバー)と戦う手段を得ることができます。もちろん妹だけを守るということはできませんが、自分が戦って市民を守ることが家族を守ることに繋がるはずです。ではなぜ入隊しなかったのかというと、彼にはそれができなったからです」

 

「…!」

 

二宮にはここでツグミの言いたいことがわかった。

戸籍がなければ試験を受けることすらできない。

入隊試験を受験する際には住民票や学生であれば成績証明書など公的な証明書類が必要となるが、麟児にはそれを偽造する手段はないのだ。

それに学校と違って集団の中に紛れ込むことは()()()()不可能で、彼は入隊したくてもできなかった。

 

「そして何らかの理由があって帰国しなければならない事情ができて少々乱暴な手段であってもやるしかなかったのであれば、あのような事件を起こしてしまったことにも納得がいくんです。自分の艇があればそれを使うでしょうけど、それがなければ別の手段を考えます。自分がボーダー隊員になることはできなくても、隊員を仲間に引き入れて必要な情報や物を手に入れることは可能。そうやって接点のあった鳩原さんを操ってトリガーを盗ませたのではないでしょうか?」

 

「……」

 

「今話したことはすべてわたしの妄想と言っていいものです。本来なら確認をとって証拠を提示してから相談すべきことなんですけど、二宮さんには話しておこうと思って。わたしは雨取家の家族と顔見知りですから彼の過去について調べてみます。結果がわかり次第ご連絡しますね」

 

「わかった。俺の方も何かわかったらすぐに知らせる」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、礼には及ばん。俺以外に鳩原のことを心配してくれているのはおまえくらいだからな」

 

「あの密航事件に関してはわたしにも少なからず責任はあります。それに彼女が悪質な近界民(ネイバー)に騙された被害者ということにすれば、彼女が帰還したとしても重い罪には問われずに済みますし、重要な情報を提供できたらお咎めなしにもできるかもしれません。だからやれることをやってみたいだけなんです」

 

ツグミがそう言うと、二宮はフッと微笑んだ。

それは余程心を許した人間にしか見せない表情で、二宮隊のメンバーですらしばらくは見ていない自然な笑みであった。

 

「おまえが近界(ネイバーフッド)で何をしているのかはわからないが、それはおまえにしかできないことだというのはわかる。おまえこそ無理をするなよ」

 

「はい、心得ておきます」

 

「では、もう1杯紅茶をくれ。おまえの淹れる紅茶は昔から美味いからな。…それにしても東さんの元で互いに競っていた頃を思い出すと愉快で今でも笑いを堪えることができないことが多い」

 

「わたしもあの頃のことはしっかりと覚えていますよ。わたしのことを小馬鹿にして喧嘩になり、模擬戦でわたしがあなたを倒したことでやっと認めてもらえたことも今にしてみればいい思い出です」

 

二宮が東にスカウトされて東隊の一員として迎えられた時、高校生だった二宮は中学生のツグミのことを舐めてかかっていた。

そこでツグミは模擬戦で実力を見せ付け、二宮を力で屈服させたのだった。

才能のある人間を好む彼らしく、以降は自分と拮抗する戦闘能力を持つツグミのことを良い意味でのライバルとして認めており、B級ランク戦で戦えなかったことを心の中では残念がっているほどだ。

 

ツグミは紅茶のおかわりを二宮に渡すとそれを美味しそうに飲み干した。

 

「面白い話を聞かせてもらった上に美味しい紅茶をご馳走になった。ありがとう、霧科」

 

「いえ、どういたしまして。わたしのこんな戯言に付き合ってくださるのは二宮さんだけですから。お忙しいとことを引き止めてすみませんでした」

 

ツグミは隊室の外まで出て二宮を見送る。

 

「相変わらず律儀だな、おまえは。玉狛でも同じように玄関まで見送ってくれた」

 

「当然です。尊敬する方に対しては誰であっても同じように接しますから」

 

そこでふたりは別れ、ツグミは本部基地内のコンビニへ行って昼食用のサンドウィッチを購入して再び隊室へ戻った。

そして食事をしながら『第2案』の作成に取り掛かる。

寮に帰ってからでもかまわないのだが、午後から忍田と本部基地内で会う約束になっているため、それまで時間潰しにとちょうど良かったのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ポジション別合同訓練は日・木が攻撃手(アタッカー)、月・金が射手(シューター)銃手(ガンナー)、日・金が狙撃手(スナイパー)で、途中で休憩を挟んで午後2時から6時までの4時間行われている。

しかしこれは8月末までの暫定で、9月になれば学生は新学期が始まり、B級ランク戦もルールを一部変更して再開されることになっているので、ひとまず今月いっぱいでおしまいとなる。

その結果によっては合同訓練の回数と曜日を変更してB級ランク戦と並行して行うとか、B級隊員は希望者のみの参加にするかなど変更をすることになるだろう。

そこで提案者のツグミの意見を参考にしたいということで、忍田は合同訓練の様子を見てもらおうと前日に約束していたのだった。

そしてツグミの隊室で忍田と落ち合うと、その足で射手(シューター)の訓練が行われる訓練場へと向かう。

 

「昨日の今日ですまないな、ツグミ。しかし来月からの訓練内容を検討するには残り時間がないのだ」

 

「気にしないでください。提案したのはわたしなんですから、最後まで責任を取らなければなりません。それにどれくらいの仕上がりなのかずっと気になっていましたからちょうどいいです」

 

「そう言ってくれると助かる。しかしなぜ隊室にいたんだ?」

 

「城戸司令との面会で午前中に本部基地(こっち)に来ていたんです。寮に戻ってまた来るのも面倒なので隊室で仕事をすることにして、ついさっきまでやっていました。仕事というのは昨日の会議で出された『課題』、市民に向けて近界民(ネイバー)の協力者がいることをどのように公表するかのシナリオを考えることです。それでまずボーダーの歴史を()()し、旧ボーダーの発足からアフト遠征までの『正史』として発表するための骨子ともいうべき真実と嘘を上手く混ぜ込んだ年表を作成したのでそれを城戸司令にお見せしました」

 

「昨日出されたものがもうできたのか?」

 

「ええ、まだアバウトなものですけど。わたしが有人機での近界(ネイバーフッド)往還に成功した時に初めて近界民(ネイバー)が人間であると知ったことになっていますので、アフト遠征の直前までボーダーですら『近界民(ネイバー)=トリオン兵』だと考えていたことにしなければなりません。それと矛盾したことを発表してしまったら大変です。それで旧ボーダー時代にどうやって武器(トリガー)を手に入れたのか、また第一次侵攻の半年後には現在の新体制にまで拡大した謎の組織がどのような経緯で生まれたのかなど、一般市民が知りたいと思っていることを訊かれた場合に即座に答えることができるよう模範解答も用意しておく必要があります。間違っても今の段階では霧科織羽が近界民(ネイバー)だったなんて知られてはいけません。織羽()のことは『今になって思えば近界民(ネイバー)だったかもしれない』と言って誤魔化すことにできるでしょうけど、そうなるとわたしが近界民(ネイバー)とのハーフということになっちゃいますから、それはずっと先になってからですね。それに有吾さんのことは表に出さない方がいいでしょう。あの人が何度も近界(ネイバーフッド)へ行き来していたということも絶対に秘密なんですから」

 

普通の人間なら難しい課題を与えられて頭を悩ませているであろうというのに、ツグミはそれをゲームかパズルでもやっているように楽しげな表情で嬉々と語っている。

その様子を見て忍田は彼女の顔と十数年前の織羽の未来を語る顔がそっくりであることに気付いた。

誰もが無理だと初めから諦めるようなことでも「山に登る時はその山が高ければ高いほど登りきった時の喜びは大きく、誰も見たことのない広い世界を見ることができる」と言って挑戦し続ける姿はかつての織羽のものと同じなのだ。

 

(誰よりも平穏な日常を望んでいるのだからボーダーなど辞めてしまい普通の少女として生きていけばいいものの、そんな他力本願な幸福など無用とばかりに背を向けて自力で勝ち取ろうとする。強く生きてほしいと願ったが、ここまで強くならなくても良かったのがな…。しかしこの子が平凡な少女としての道を選んでいたら、今のボーダーはありえない。これ以上この子に負担をかけることなくボーダーの運営を続けなければいけないのだが、こうして今もこの子の力を借りようとしているのだから不甲斐ない大人だな、私は)

 

忍田は反省しながら無言で廊下を歩くのだった。

 

 

 

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