ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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376話

 

 

昼休みに忍田はツグミからお手製弁当と前日に話をした「C級隊員を含めたポジション別合同訓練とC級隊員の正隊員への昇格について」といくつかの事項の改善案が記された提案書を渡された。

その提案書の内容はこれまでのものを踏襲している部分と大きく変更すべき部分と理由を含めて詳細に記されていて、その理由が妥当なものであるからほぼ修正することなく城戸の手に渡り、最終的な決済をしてもらうとすぐに全隊員に対して告知された。

 

ポジション別合同訓練についてはB級ランク戦に影響しないことを前提としていて、毎月第2週と4週の月曜から金曜の間のいずれかに行うものとし、これまでのような原則全員参加ではなく希望者のみとした。

そして正当な理由なしに欠席した場合にペナルティとして個人(ソロ)ポイントの没収があったが、今後はそういった懲罰的な意味の個人(ソロ)ポイントの没収は行わないことになる。

それは個人(ソロ)ポイントがその隊員の実力を示す根拠となるものなのに、問題を起こしたから没収という懲罰を与えることで根拠にできなくなっているからだ。

たとえば影浦の場合は攻撃手(アタッカー)ランク4位の村上に勝ち越すほどの実力を持っているが隊務規定違反により、個人(ソロ)ポイントを没収されている。

そのせいで個人(ソロ)ポイントだけを見るとマスターランクにも届かないという実力と個人(ソロ)ポイントの数値が大きく異なるという矛盾が起きてしまった。

たしかに隊務規定違反を犯した場合には懲罰は必要だが、それが個人(ソロ)ポイントの没収という手段にしなければいけない理由にはならない。

そこで懲罰として一定時間の本部基地内の清掃作業等の特別労働に従事することをツグミは提案した。

そもそも懲罰があるからルールを守るという考え方が間違っていて、懲罰があろうとなかろうとルールは守らなければいけないのだし、守らない人間は懲罰の有無など無関係だ。

影浦だって懲罰があるとわかっていながらも何度も隊務規定違反を犯すのだから意味はないのだ。

「アメとムチ」を上手く使い分けるとしても個人(ソロ)ポイントを戦功によって与え、懲罰によって没収するという手段は正しいとは言えない。

それに()()()()()で修をB級にするために遊真の功績を個人(ソロ)ポイントにして修に与えたり、千佳の場合もB級に無理やり昇格させるために修と遊真の個人(ソロ)ポイントを譲るなど本人の実力に伴わない個人(ソロ)ポイントの増加は正当な手段、つまり個人(ソロ)ランク戦で手に入れた隊員に対して失礼だ。

そういった理不尽な規定(ルール)を撤廃する意見だけでなく、戦功以外にもボーダーの利益となる行いに対して金銭以外にも本人のやる気を出させる「褒美」を与えることも進言している。

それは現在A級隊員に限って許可されている武器(トリガー)の改造だ。

使用者のトリオン量や機動力など個人差に対応した改造はあって然るべきで、すべての隊員に対して特注品(オーダー・メイド)は不可能としても既製品(レディ・メイド)では使用者の能力を100パーセント発揮させることは不可能であるから、能力のある隊員にはそういった優遇措置をしてもいいはずである。

近界民(ネイバー)たちや玉狛第1のように使用者の特性に合わせた武器(トリガー)の有効性は証明されているのだから、数が少なく緊急脱出(ベイルアウト)のできない(ブラック)トリガーよりは改造したノーマルトリガーの方が戦術面で効果が大きいはずなのだ。

それに新規の武器(トリガー)開発において技術者(エンジニア)たちだけでなく実際に使用する隊員たちの意見を取り入れることも必要で、そういった目的の公式なミーティングを開くことも意義があると提案書には記されている。

C級隊員の昇格については従来の個人(ソロ)ランク戦では4000点に近くなればなるほどの隊員同士での潰し合いとなってしまい、実力があるのになかなか正隊員になれないという不合理な面があるため、一定のポイントを有する訓練生には昇格試験を行うことで合格すれば正隊員になれることにすべきだと提案している。

試験内容はまだ大雑把ではあるが毎月1回か2回行われ、トリオン兵を短時間で倒すとかハンデを与えた正隊員を相手に模擬戦で勝つことを合格条件とすればC級同士での潰し合いにはならず、()()()()()()()()()()従来の規定(ルール)と比べて昇格しやすくなるはずだ。

そして追加事項として毎月行われていた入隊試験と入隊式については第2・3土曜日に行われていたがB級ランク戦が再開されるので、それぞれ第2・3日曜日へと変更される。

 

この提案書を読んだ城戸と忍田はツグミがいつ眠っているのか疑問に思ってしまった。

しかし彼女は午後11時に就寝し、午前5時に起きるという習慣を守り続けている。

誰にも24時間与えられている1日を効率良く使っていることと、常にものを考えているからこそできる芸当なのだ。

それに近界(ネイバーフッド)を航行している艇の中では特にすることはなく、その間に報告書を作ったり勉強をしたりと時間を有効に使っている。

そして9月になればB級ランク戦が再開され、自分の提案したポジション別合同訓練についても結果次第では変更や廃止がありうるといくつもプランを考えてあり、個人(ソロ)ポイントの件については以前から是正しなければならないと考えており、ちょうどいい機会だということで提案書に書き記したのだった。

彼女の提案が上層部メンバーによる会議で審議されるのはしばらく先になりそうだが、それでも彼女の苦労 ── 本人は苦労などとは思っていない ── が報われることになるのはまず間違いないだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミとリヌスが近界(ネイバーフッド)の旅をしている約40日間、ゼノンとテオ、そしてディルクは迅と唐沢のサポートがあって玄界(ミデン)の生活を()()()()()()様々な勉強をしていた。

近界(ネイバーフッド)に比べるとはるかに進んだ文明を学び、それを祖国に持ち帰るために三門市内だけでなく近隣の市町村にも足を伸ばしている。

太陽光・風力・水力発電施設、機械を導入して少人数でも大規模で効率的な農業を行っている畑、魚の養殖施設など近界(ネイバーフッド)でも導入可能な技術の他にも、様々なインフラ、大型ショッピングセンターなどの庶民生活を豊かなものにする第三次産業といったものまで見学をしていた。

初めの頃はどれを見ても驚くばかりであった彼らだが、最近では驚きながらも祖国に持ち帰って広める際にはどのようにしたらいいのかを考えながら見学するようになっている。

ゼノンとテオはテスタの命令で滞在して勉強しているのだから役立つものであれば帰国してすぐに総統命令で広めることは可能だが、ディルクの場合はそうでもない。

彼は一地方貴族であり、「神選び」で誰が次期国王になるかによって帰国の時期もまだ定かではない状態だ。

しかしアフトクラトルで彼の帰りを待っている領民たちがいる以上は必ず帰国するのだから、今のうちにいろいろ学んでおくことは無駄ではない。

仮にディルクの知識を価値あるものだと判断する賢王がアフトクラトルの元首となれば、彼は国政で重要な役目を負うことになるかもしれないのだ。

ディルクはあらゆる分野に興味を示すが、特に医療関連の技術について熱心に勉強している。

ツグミも感じていたが近界(ネイバーフッド)の国々では病気というものが戦禍以上に人命を奪っているという現実がある。

玄界(ミデン)のドラッグストアで売っているレベルの医薬品ですら近界(ネイバーフッド)ではなかなか手に入らず、医師の数も圧倒的に少なくて診察・治療を受けられるのは一部の上級国民だけなので、庶民階級では適切な治療を受けることができれば死なずに済む病気で死んでしまうことが多いのだ。

近界(ネイバーフッド)ではトリオンという人間由来のエネルギーに頼りきっているというのに、その人間に対しての扱いが軽んじられているという矛盾が生じている。

遺伝子の関係なのかどうかわからないが女性の数が少なく、どの国でも出産可能な年齢の女性は引く手あまたであるが、せっかく出産しても乳幼児の死亡率が高く子供が育たない。

また妊婦に対する医療体制が整っていないから出産時に母子共に命を失うことも多々あるそうだ。

だから人口がなかなか増えず、よって他国から奪うという短絡的な手段を用いる。

しかし人口が増えたとしてもそれを養っていけるほどの食料が生産できないので、常に飢えている下級層の人間が存在してしまうわけだ。

安定した食料の生産を行い、乳幼児の死亡率を下げて人口を増やすことでトリオンを生み出す人間が多くなる。

人間が多ければそれだけトリオンも消費するだろうが、不足する分は電気等の別のエネルギーを使用すればいい。

テスタのように戦争を行うよりも建設的なトリオンの使用方法を考える人間が増えれば国民生活はもっと豊かになるだろう。

そのためには教育は欠かせないもので、上級国民の子女だけでなく庶民階級であっても優秀な子供には教育を与えるシステムは必要だ。

そういった近界(ネイバーフッド)の国々の「改革」はツグミひとりの力では不可能であるが、キオンのテスタを味方にし、ディルクのような領民に慕われる賢い指導者にも大きな影響を与えることで僅かながら可能性が生まれてきている。

アフトクラトルの「神選び」はまもなく行われるが、さすがにその結果は誰にもまだわからない。

 

 

◆◆◆

 

 

「神選び」が20日後に迫っていた。

ハイレインは居城の自室で判断を迫られている。

王となることを諦めてしまえば簡単だが、彼のプライドがそれを絶対に許さない。

ならば「神選び」に参加することは確定で、問題は誰を()()にするかである。

ディルクを玄界(ミデン)から奪い返すことも考えたが成功する可能性が非常に低く、これ以上戦力を減らすことができないということで断念した。

残るは現在自分の周囲にいるトリガー使いの中で最もトリオンの多い人間をひとり選んで「神選び」に参加させる道しかないのだが、そうなると優秀なトリガー使いをひとり減らすことにもなる。

 

(どうしたものか…)

 

ベランダから街を見下ろしながら自問自答する。

 

(王となるためにあらゆる手段を講じてきて、すでに例の計画も進んでいる。ならば悩むことなどなく、そのまま計画どおりに事を進めるだけでいいではないか? 今さら情けが生じて臆病になったのか?)

 

そう問うとすぐにハイレインは首を横に振った。

 

(違う。他に手段はないのだからと決断したではないか! それに準備は順調に進んでいる。たったひとり犠牲にするだけで多くの人間が救われるなら仕方がないこと。せめて()()の願いだけでも叶えてやってそれを償いとすると決めたのはひと月前。もう後戻りはできないのだぞ)

 

ハイレインの目に映る街の様子は惨憺たるものだ。

まもなく現在の「神」の寿命が尽きてしまうために、太陽の力が衰えて気温が下がり、昼間だというのに夕暮れのように薄暗い。

作物がまったく育たず、食糧不足に陥っているがまだ餓死者が出るほどではないにしても領民の多くは飢えている。

これは「神選び」の期日まで大丈夫だと判断した現国王の目測違いで、本当なら一日でも早く新しい「神」を(マザー)トリガーと同化させたいのだ。

そうすれば太陽は復活して雨も風も元通りになり、荒れ果てた国土も徐々に緑を取り戻すだろう。

 

(俺は俺のことを信じて従ってくれている者たちを守らねばならない。いや、この国の同胞たちはもちろんのこと、近界(ネイバーフッド)のすべての人間が何の不自由もなく生きることができるよう導いていかねばならぬ。そのためには武力による平定が必要だ。弱い者は強い者に従うのが道理。ならば俺が絶対的な力を持つことによって誰も俺に逆らうことはなくなる。そのためにも王にならなくてはいけない。俺が王になったら現在の四大領主制も廃止しよう。国が4つに割れているのが問題で、他の国のように王家に権力を集中させて絶対王政を敷くことで国内の争いもなくなるのだ。俺の意思ですべての人間が動けば争いはなくなる。誰も死なずに済む安らかな世界になるはずなのだ)

 

ハイレインにとって王になるのが目的なのではなく手段のひとつに過ぎない。

彼の理想は彼にとっての正義だが、その正義が真理ではないことは明らかである。

自分が王になるためであれば手段は選ばず、玄界(ミデン)の13歳の少女をさらって生贄に捧げることが彼にとって正義であっても、本人や彼女の周囲の人間にとっては悪でしかないのだ。

この男の最大の罪は自分の正義が絶対だと思い込み、他人の正義よりも優先させなければならないと考えているという点で、だからこそ王になることで自分の正義を国民に、そしてすべての近界民(ネイバー)に押し付けようとしている。

自分の考え方を広めることはかまわないが、武力によって従わせてその考え方を強制しようというやり方が正しいと思っているようではすでに王たる資質を持ち合わせていないことになるのだ。

しかしハイレイン本人がそのことに気付いていない今、新たな犠牲者が生まれようとしていた。

 

 

「兄者、また外を見ていたのか?」

 

ハイレインに声をかけたのはランバネインである。

 

「外を見たって気が滅入るようなものしかないだろ」

 

「しかし現実から目を背けてはいられないのだぞ。当主の俺と違っておまえは気楽なものだ」

 

「気楽とは失敬な。俺だっていろいろ考えてはいるさ。だけど結局当主の兄者の意思がすべてで、俺の意見なんて聞く耳持たないくせに」

 

ランバネインがふてくされたように言う。

 

「まだあのことを根に持っているのか?」

 

「当然だ。…もっとも他に候補がいないんだから仕方がないが、何も知らないあいつを騙しているようで気が重い。顔を合わせたくないがそうも言っていられない。さっきも廊下で出会って嫌な気持ちになったよ」

 

「たしかにいい気分ではないが他に手段がないのだから我慢しろ。それにもう中止することもできぬのだ」

 

「あいつ、兄者のことをこれっぽっちも疑っていないようで、10日後の式が待ち遠しいって幸せそうな顔をしてた」

 

「しかしそれはベルティストン家の当主夫人になれるからという意味で、俺のことを愛しているわけではない。もちろん俺も愛情なんて欠片もないさ。すべては利用できる駒にすぎないのだ」

 

「だけど後味が悪いものになるぞ」

 

「わかっている。…しかしおまえと話していて迷いが吹っ切れたよ。さっきまでまだ悩んでいたが、これでもう後戻りはできないと自分に言い聞かせて前に進むことができる」

 

「俺が兄者の役に立ったなら嬉しいが、ひとつ質問していいか?」

 

「何だ?」

 

「もしあいつがいなかったら、俺がその…」

 

ランバネインはそこまで言って口を噤んだ。

 

「いいや、今のは聞かなかったことにしてくれ。俺はこれまでと変わらず兄者のことを信じて付いて行きたいからな」

 

「それが正しい判断だ」

 

「それで例の計画は順調らしいが、『神選び』まであと20日しかないが間に合うのか?」

 

「ああ。今のところ拒絶反応もなく、本人すら自分が被験者だということにも気付いていない。この実験が成功すればトリガー使いたちの強化も可能となるだろう」

 

「使い捨てになるけどな」

 

「私だってこんなことをしたくはない。私が王になってこの世界を平定すればいずれトリガー使いも不要となる。それまでの我慢だ」

 

「ああ。…それじゃ俺は自分の部屋に戻る。兄者もいつまでも窓を開けていて身体を冷やすなよ。あいつの代わりは今からでも用意できるが、兄者の代わりはいないんだからな」

 

「わかっている」

 

ハイレインとランバネイン、このふたりは最後まで()()の名前を口に出さなかった。

それは彼女に対する罪の意識がそうさせていたにちがいない。

彼女を生贄にすると決めた時、「神選び」に()()()()()自信が持てるほどトリオン能力が高くないと判断して人工的にトリオン量を増やす「ドーピング」を行うことにした。

そしてこの計略を悟られないようにするため、ハイレインは彼女との結婚を承諾したのだった。

彼女はすでに城で暮らしていて、毎日の食事に細工がされているなど想像もしていないようだ。

約10日間でトリオン量が1.5倍になっており、さらに最終的な仕上げをすれば総量が以前の2.5倍にまで達する予定である。

それだけあれば「神」として十分に通用するはずで、「神選び」にも勝つことができるだろう。

 

泥の王(ボルボロス)だけでなく窓の影(スピラスキア)の新しい適合者も探さねばならぬな…。だがすべては『神選び』が終わってからだ)

 

ハイレインはそんなことを考えながら窓を閉めた。

 

(万が一ミラが使えなかった場合、俺は唯一の肉親を失うことになる。それだけは絶対に避けねば…)

 

 

 

 

そんなハイレインの企みなど露ほども知らず、ミラは自分の未来を想像して幸福感に浸っていた。

 

(ハイレイン様は『神選び』に自信があるみたい。だからやっと私との結婚にも踏み切ったのね、きっと)

 

自分がアフトクラトルの王妃になることを夢見て今までずっとハイレインに従ってきたミラ。

しかし人生の幸福の頂点に達してすぐに人としての最期を迎えるとは神ならぬ身の彼女は知る由もないのだ。

そして己が「神」として捧げられるとわかった時、彼女は同時に絶望を知ることになる。

 

 

 

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