ボーダーの起源が若者たちの剣術のサークルで、偶然に手に入れたものがトリガーであり、トリガーの解析・複製に関係した人物が故人であって残されたメンバーは話を聞かされていないという「大嘘」を城戸は平然と述べた。
ここまでは第一次近界民侵攻以前の話であるから旧ボーダー関係者しか知らないもので、今となっては確認の手段がないものだから多くの人間は彼の説明を信じるしかない。
たとえ異論を唱えたとしても証拠を出せないのであれば戯言として一蹴されておしまいだ。
だからマスコミは城戸の説明を最後まで聞いて、その中で矛盾が生じる内容であればそこを突っ込むつもりでいるらしく、後半の第一次近界民侵攻から新体制に移行した時期の説明を今か今かと待っている。
そして90秒のCMの後、再びテレビモニターには城戸の姿が映し出された。
(ここまでで十分に神経をすり減らしているはずなのにそんな様子を全然見せていない。さすがはボーダーをここまで引っ張ってきた城戸司令だわ)
ツグミは城戸の胆力に感心していた。
(事実をそのまま話すだけでも緊張するというのに慣れない茶番劇を演じているんだからすごく疲れるはず。なのにまだ堂々としていて自分は後ろめたいことをしていないという態度を続けている。普通の人なら自分が嘘をついているという罪悪感からその態度にいつもと違う様子が出てしまうもの。でも城戸司令はわたしの書いたシナリオが真実だと信じているみたいに見事に演じてくれている。改めてすごい人だって尊敬しちゃう…)
城戸はおもむろに口を開いた。
[5年前の6月、三門市は突然現れた近界民によって街を蹂躙されました。これは人類初の異世界からの侵略者による蛮行で、数千ものトリオン兵が送り込まれて東三門地区はたった2日で壊滅してしまいました。当時、我々はいつかこのような侵略が行われるのではないかと想定し訓練を続けてきました。しかし我々が戦闘を開始したのは最初のトリオン兵が現れてから24時間以上経ってからでした。その点についてまずご説明します。当初は自衛隊の戦闘機や戦車等が出撃して戦闘を開始しましたが、最新鋭の兵器ですらトリオン兵にはほとんど効果がありませんでした。敵を押し返すどころか徐々に被害地域を拡大し、それに伴って犠牲者が増えていくのを我々はしばらく見守るしかなかったのです。我々の持つトリガーならトリオン兵に対して効果があることはすでにわかっていたのですが、トリガーを使用することでトリオン兵を倒すことができるのであってもそこに民間人がいれば戦うことができません。それに大規模な自衛隊の迎撃の中に飛び出して行って戦うことは本来の力を発揮できず、自衛隊が自分たちの所持する兵器では役に立たないと理解し、市民の避難誘導に専念することを決定するまで待機するしかなかったのです。もちろん被害が広がったのは自衛隊のせいではありません。誰だって経験のない異世界からの侵略者の攻撃で、最新鋭の兵器に効果がないなどと知るはずがないのですから。それに当時のボーダーは公にできない武器を所持するわずか10人ほどの私兵のグループでしたから、しっかりとした根拠となるものがないのに『いつか異世界からの侵略者がやって来てこの街が蹂躙される』などと言えば頭のおかしい連中が武器を持っている危険思想の集団とされ、トリガーは没収されて入手した経緯を説明させられた上にグループを解体されてしまったことでしょう]
第一次近界民侵攻の被害の拡大がボーダーの出動の遅れによって生じたことであると正式に認め、城戸が最高責任者として謝罪すると同時に当時は他に道がなかったのだという弁明もすることになった。
[今ここにボーダーという組織が存在しているのは、当時トリガーの存在をギリギリまで隠していたからなのです。それによって犠牲者が大勢出てしまったのは事実ですのでここでお詫び申し上げます。しかしあの犠牲があったからこそボーダーの持つトリガーこそがトリオン兵に対して効果のある唯一の武器であることを証明でき、そして国がトリガーを没収することなく民間組織であるボーダーの価値を認めてくれたおかげで存続することが許されたのです。三門市というごく一部の地域のみに現れる近界民に対抗する組織を民間人による自警団のレベルにしておくことで、他の地域に住む国民に不安を与えずに済むという判断によるものでした。もし政府の主導で行うとしたら、それこそ全国民が次は自分の住む地域で同様の襲撃はあるのではないかと心配してパニックが起きたことでしょう。そして実際には近界民の襲撃どころかトリオン兵の出没事件は三門市以外では1件も起きておらず、三門市以外の国民は平穏な日々を過ごしています。これもボーダーの三門市防衛の全権を委任してくれたからこそ全国規模の騒ぎにせずに済んだわけで、政府の判断は正しかったと言えましょう]
第一次近界民侵攻での被害の増大をまず自分たちの出動の遅れとして謝罪し、続いてそれが仕方のなかったことだと弁明をし、さらにそうなったのも政府にも一部責任があるとして、最後には結果として正しい判断であったということで済ませてしまった。
初めから自分たちが悪くないと言えば市民には良い印象を与えないが、当時の城戸たちにとって最善の行動をした結果が死者約1200人と行方不明者約400人になったというのであれば仕方がないと思えてくるものだ。
それにもし城戸たちがいなかったら三門市だけでなく周辺市町村にも被害が及んでいたと推測されるのだから、たった10人程度の若者たちが必死になって戦った結果であれば受け入れざるをえない。
そして最後に政府がボーダーの存在を認めてくれたことを正しい判断として評価しているのだから、この番組を見ていた政府関係者や自衛隊の面々も仮に拳を振り上げたとしてもそれをそのまま下ろすしかないのだ。
[第一次近界民侵攻後の我々ボーダーの活動についてはみなさまもご存知のことだと思います。しかし第一次近界民侵攻後わずか半年で現在のような組織になったことについて疑惑の念を抱いている方もいらっしゃるでしょう。得体の知れない武器を持った若者の私兵集団が異世界からの侵略者を倒しただけでも怪しいのに、短期間で巨大な本部基地を建てて隊員や職員をどんどん募集して組織を拡大したのですから、その資金源はどこにあったのか等の疑問があったはずです。それにつきましては我々の活動に影響のない範囲でお答えしたいと思いますので、のちほどマスコミのみなさまから質問をしていただきます。…そしてボーダーがみなさまに認知されて5年が経ちました。その間に我々は第一次近界民侵攻のような敵の襲撃があっても対応できるようにと若者たちを集めて戦闘訓練や新しいトリガーの開発をしてきました。本年1月のアフトクラトルによる大侵攻では職員に犠牲が出てしまい、訓練生32人が敵にさらわれてしまうことになりましたが、幸いにも民間人の犠牲者は出さずに済みました。それも戦闘員ではない訓練生が自分の身を顧みず市民の安全を最優先した結果で、最高責任者の私は彼らには…いえ、最前線で戦った防衛隊員にも言葉に言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。そして我々が近界民と戦うに際して理解と声援を送ってくださる市民のみなさまにも同様に感謝しております]
そう言って城戸は立ち上がっ深くて頭を下げた。
そして再び着席するともうひとつの市民の知りたがっている点の説明を始める。
[ボーダーが初めて人型近界民の存在を確認したのは本年の5月で、その時に出会ったメノエイデスのウェルスさんが我々の協力者となってくれたわけですが、それよりもはるか昔に我々は人型近界民と関わっていたのではないかと考えるようになりました。今にして思えばOが近界民であったとするといくつかの点で腑に落ちるのです。21年前に保護した時、我々は彼が異世界から来た人間だとは想像もできませんから、こちら側の世界のどこかの国の組織から秘密裏に開発された武器を持って逃亡したのだと考えていました。しかし彼が近界の国から何らかの理由でこちら側の世界へやって来たという可能性が生まれました。今ではそれを確認する手段はありませんが、我々が初めて出会った人型近界民がOだったのかもしれません。…いいえ、我々がいつの時点で人型近界民と遭遇したのかなど些細なことです。Oは我々と同じ人間であり、共に喜び、悲しみ、何ひとつ我々と変わることはなかったのですから。みなさまにお願いがあります。近界民イコール敵であるという考えは捨ててください。第一次近界民侵攻でご家族やご友人を亡くされた方には納得がいかないかもしれませんが、アフトクラトルのように敵として現れる者だけではなく、Oやウェルスさんのように我々と手を取り合ってより良き未来を目指そうとする者もいるのですから]
そして非常に真剣な目つきで付け加えた。
[なお、Oの身元を調べる際に彼の指紋やDNAなどを採取してその結果を元に捜索をしたのですが、彼のDNA型は我々日本人と比べて99.999999999パーセント一致するという結果が出ています。さらにウェルスさんにも協力してもらい同様に調べましたが彼の場合も同じ結果となりました。それが示すものは我々と近界民は生まれ育った環境が違うだけで同一の祖先を持つ人類である可能性が非常に高いということ。まだたったふたりのデータしかありませんが無視することもできない事実です]
こちら側の世界の人間と人型近界民が99.999999999パーセントという非常に高精度の確率で同一の祖先を持つ人類であることが確認されたという城戸の証言に視聴者たちは驚愕していた。
ほんの少し前まで近界民と言えばトリオン兵であったわけで、人型近界民が自分たちと同じ人類であったとなれば無理もないことだ。
しかし同じルーツを持つ人類なら仲良くしようという声が上がればボーダーの活動で近界民が協力してくれていることを隠さずに済む。
いずれキオンやエウクラートン等の存在を明らかにしていくのだから、市民の近界民に対する感情を軟化しておくことは必要である。
(城戸司令の言葉を素直に受け取ると、近界民というのは文字どおり隣人であって自分に友好的な態度であれば受け入れても良いという風潮になればボーダーがどんどん近界へ行って仲間を増やそうとすることに市民は反対しなくなるだろう。これまでだったら敵である近界民と手を組むなんて言語道断だという人もいて、それに同調する人が大勢いたと思う。だけど遺伝子レベルでほぼ同じ人類だってわかったら印象は変わるものね。…でもDNAを調べていたなんて初耳。おまけに99.999999999パーセントというレベルでわたしたちと近界民が同じだっていうんだから、前にリヌスさんと話したこともあながち妄想ではなかったのかもしれない)
以前にツグミはリヌスに自分の仮説を話したことがあった。
近界の国家群が母トリガーによって形作られているのならその母トリガーとなった人間がいるはずで、何も存在しない近界と呼ばれる世界へ何者かによって母トリガーが持ち込まれ、そこで国土が生まれて人間が移住したのではないかというのだ。
そしてそこで増えていった人間が新しい土地を作るために誰かが新たな母トリガーになり別の国を作ってそこに移住するということを繰り返した結果が現在の近界の世界なのではないかと考えている。
玄界には古代に現代の文明をはるかに超える優れた文明を持っていた人間がおり、ある日突然消えてしまったという伝承がいくつもある。
アトランティスやムーといった超古代文明の伝説はあくまでも伝説であるが、もし彼らがトリオンの存在を知っていたとすれば沈んでしまった祖国を捨てて近界に新天地を求めて旅立ったのではないかという妄想もリアルになってくるというものだ。
そうなると近界というトリオンが欠かせない環境に生きるのだから玄界の人間とは考え方や生きる手段が異なるのは当然である。
しかし姿形が似通っていたり、衣食住の文化も類似点が多いことは否めない。
そして人間の根源である遺伝子で共通するとなれば単なる絵空事だと言って済ませることもできなくなるだろう。
もし近界民がツグミの仮説のように玄界から近界へ渡ったアトランティスやムーの末裔となれば隣人どころか血を分けたきょうだいのようなものなのだ。
これまで近界民に対して強硬な姿勢であった城戸だが友好的な近界民が協力者となってくれたり、ボーダー創設に大きく関係したオリバが実は近界民ではないだろうかと考えるようになった…という流れであれば、城戸のこれまでの「近界民は殲滅すべし」という思想に変化が起きて玉狛支部のような融和策へ転向したとしてもおかしくない。
特段の理由もなく方針を変えるのであれば「真実」を知らずにいるボーダー隊員は混乱するだろうが、こうした理由があれば最高司令官の心変わりにも納得がいくというものだ。
それにあれから5年も経ち、心の整理ができた遺族も多いために近界民への強い憎しみも薄れてきている。
もちろん家族や友人を失った者の悲しみや苦しみは永遠に消えることはないものの、当事者ならともかく近界民であるというだけで怒りをぶつけることが筋違いであると自分に言い聞かせることができるほどに荒海のようだった心も静まりつつあるのだ。
(第一次近界民侵攻直後であれば近界民と仲良くしようだなんて言えば気が狂っていると思われて糾弾されただろうけど、5年も経てば遺族たちも冷静になって過去の辛い出来事にいつまでも心を縛られていては前に進めないと踏ん切りをつける。個人差はあるけど、あの三輪さんですらお姉さんを殺された恨みですべての近界民を憎んで殲滅しようとしていたというのに、今ではその近界民と共に戦うようにもなった。まだ心の中では葛藤があるんだろうけど、5年という月日と周囲の仲間たちが彼を変えたのは間違いない。彼を含めた遺族たちも当初は憎しみの感情を原動力にして辛いことに耐えてきた。でも負の感情を持ち続けているのは本人も苦しいからいつまでも続かない。すべての人に近界民を受け入れて仲良くしようと言うのは無茶だし不可能だってわかってる。でも近界民を憎まなくてもいいのだと教えてあげることは必要。城戸司令が誰よりも近界民のことを憎んでいたことをボーダー関係者はもちろんのこと市民も大勢知っている。そんな彼の心変わりを誰も裏切りだなんて思わない。むしろ20年以上も前から誰にも認められずに草の根の活動を続けてきて、ほんのわずかなメンバーと武器だけでトリオン兵の大群に向かっていった旧ボーダーの責任者の苦悩を知った市民は辛かったのは自分たちだけではないのだとこの記者会見で少しでもわかってくれたはず。善良な市民を騙していることにはなるけど、今の城戸司令の近界民との協調路線に転換して行方不明者の捜索・救出に全力を尽くそうという覚悟に嘘偽りはないもの)
ツグミの想像しているように視聴者の多くは第一次近界民侵攻とは無関係な近界民まで憎むのはお門違いであり、かつて日本がアメリカ合衆国と戦争をしたからといってすべての外国人を敵だと憎むことと同じく理不尽なものだと考えるようになっていた。
そして個人的に仲良くしようとまでは思わなくても、ボーダーが近界民と協力して行方不明市民を救出する作戦を決行することは大歓迎となるから、今後のボーダーの活動はかなりやりやすくなるだろう。
三門市民のほとんどが多かれ少なかれ第一次近界民侵攻によって人生を変えられている。
家族や友人を殺されたり拉致された人、家や財産や仕事を失った人、まったく被害を受けていなくとも三門市は危険だからといって引越しをしたことで友人と引き離された子供も大勢いる。
しかしだからといって近界民を悪役にして憎んだところで「今日よりも良い明日」はやって来ない。
そもそも明日というものはただ黙っていても必ず誰にも平等にやって来るものだが、それを良いものにしようとする努力をしなければ延々と続く今日を繰り返すだけ。
ツグミは昨日よりも今日、今日よりも明日を良い日にしようと努力しているから過去の辛い出来事を忘れることはできなくても前へと進むことができる。
城戸はそれができずにいて、過去の辛い記憶を無理やり上書きして消してしまおうとして苦しみ、その苦しみから逃れるために近界民を憎んでボーダーを拡大してきたのだった。
そのせいでかつての盟友との約束を果たすことができずにいて苦しんでいたが、ツグミが自分のできなかった「夢」を叶えようとしているのだと知り、肩の荷を下ろせそうだと安堵しているにちがいない。
だからこそ近界民の方から差し伸べてきた手を振り払わずに握り返し、お互いにとってwin-winな関係であろうと城戸個人としてだけでなくボーダーの最高責任者としても納得して決定を下したのだ。
この記者会見をツグミと一緒に見ていた迅が嬉しそうな顔で言った。
「ツグミ、城戸さんの魂は救われるよ。俺の未来視がそう言ってる」
「ええ。わたしにも城戸司令…じゃなくて城戸さんに昔のような笑顔が戻った姿が視えますから」
顔を見合わせて微笑むと、ふたりは再びテレビモニターへと視線を戻した。