ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
13時ちょうどにツグミが二宮隊の隊室を訪問すると、二宮ひとりだけが彼女を待っていた。
内容が鳩原未来と雨取麟児絡みのものであれば、たとえ犬飼や辻、氷見にでも
「あまり時間がないですので単刀直入にお話をします。前に雨取家へ行って雨取麟児の過去についてチカちゃんにいろいろ尋ね、その上で図書館へ行って卒業アルバムの写真を調べて、そして三門市に彼が存在はしていてもその形跡が一切残っていないことを確認したとお伝えしましたよね」
「ああ」
「でもそれは彼が
「そうか…」
「そしてもうひとつ新しい情報です。こちらは鳩原さんについてですが、本人のことではありません。そしてこれも口外無用の極秘情報ですが、城戸司令の許可をもらっていますからあなたにだけお話します。第一次侵攻で行方不明になった少年が生還したというニュースをご存知だと思いますが、その少年というのが鳩原さんの弟の智史さんなんです」
「何だって!?」
「彼はメノエイデスで発見され、ウェルスさんという人が連れて来てくれたというのはマスコミ発表のとおりです。そのウェルスさんというのがわたしの友人なものですから、わたしのあの一件に関わっていて真実を知っているんですよ。弟さんを探しに
「ああ…。あのバカもこうなることがわかっていたなら…1年半待てば弟が無事に帰って来ると知っていればあんなことはしなかっただろうな」
二宮が悔しそうに言う。
「弟さんには鳩原さんがボーダー隊員で、去年の5月に数人の仲間と一緒に
「わかっている」
「そして奇跡の生還者のニュースが報じられたことで市民のボーダーに対する期待度がますます高まっていますので、市民救出計画の機運も盛り上がるでしょう。現在のところ候補地のひとつを調査するためにユーマくんが派遣されているんですが、その候補地というのがビンゴっぽいんです。智史さんの経験を聞くと連れ去った市民の一部はトリガー使いとして訓練をさせられて、
「それで?」
「仮に雨取麟児がその国の諜報員であったとしましょう。彼の任務は第一次侵攻を有利に運ぶための潜入調査で、本来なら5年前のあの日に役目は終わっていたはずですが4年弱も居残っていました。彼は三門市で雨取家の一員としての暮らしているうちに帰国したくないと思うようになったのではないかとわたしは推測します。だって彼の祖国がどのような国かは知りませんが、
「おまえの想像力は並みの人間をはるかに超えるな。これまでにいくつかの仮説を聞かせてもらったが、そのどれもがありうると感じていた。しかしこうして状況証拠を積み重ねてもっともらしい話を聞くとこれこそが真実なのではないかと考えてしまう。…そうなると鳩原もどこかに売り飛ばされているとも考えられるな」
「はい。でも居場所がまったく掴めない五里霧中の状態だったのですが、この仮説が事実だったとすると彼女の居場所の手がかりとなります。それに市民救出作戦を進めていくことは彼女の居場所を確定することにもなるわけです。これで第一次侵攻での行方不明者の件と彼女の密航事件はリンクすることになり、上手くいけば同時に解決するかもしれません。ボーダーは隊務規定違反を犯した彼女のことを真剣に探そうとはしません。でもこれで彼女を見付ける手段ができたことになります。だからこう言ってはおかしいんですけど、わたしのこの突拍子もない仮説が事実であってほしいと思っています」
二宮はツグミが麟児のことを
しかし話を聞いていると根拠のないものではなく、むしろ小さな状況証拠を集め、それを総合して推理をした結果であって信憑性が高いと思えてきたのだった。
「ひとまず報告できるのはここまでです。雨取麟児という人物が
鳩原の隊務規定違反が麟児に
ツグミの考えるように無事帰国すれば記憶処理されて一般人となるだけで済むはずだ。
いや、そのために彼女が鳩原に有利な状況に導びこうとしていると言っていいだろう。
そして「麟児
千佳にとって麟児が
なにしろ自分の力で麟児と青葉を探したいと言って入隊した千佳だがボーダーの遠征では自由行動ができるものではない。
本人は
手がかりを掴むために遠征に参加するというのではなく、手がかりを掴んだ上で目的地を定めて行くのではなければ探し人など見付かるはずがなく、広い
しかしボーダーによる第一次侵攻で行方不明になった市民救出計画の延長上に麟児と青葉がいるとなれば、彼女が目的 ──自分の力で麟児と青葉を探したい ── は果たせるだろうが、その結果が必ずしも幸せなものになるとは限らないのであった。
◆◆◆
二宮の「俺の解説するB級ランク戦を見ていけ」という
内容はもちろん雨取麟児が
以前に彼の住民票がなかったことは確認したが、念の為に戸籍も調べたのだ。
麟児の子供の頃からの写真が1枚もないとか該当する卒業アルバムにも載っていないといった証拠のみでは話にならないが、何人もの人間が存在を確認している「雨取麟児」という人物に戸籍がないというのであれば城戸も無視はできないはずである。
もちろん
そして彼女の仮説が当たっているとすれば、他の候補地であった2ヶ国を除外してもかまわないということになる。
しかしエクトスが
売り払われた時の記録があるはずなのでそれを辿っていけばある程度までは居場所を特定できるものの、
しかしここでボーダーがキオンと同盟を結んでいるとなれば、状況はボーダー側に有利となる。
ボーダーと対立すればキオンが介入してくると
かつてキオンはその強大な軍事力で他国を制圧してきたという「歴史」があり、現在のテスタ・スカルキ総統の代になって方針を180度変えたものになったために軍事大国でありながら戦争をしないという国となった。
これはツグミの持つミリアムの
それが良い効果を出していて、テスタは武力を温存しながら
一方、アフトクラトルは国内の四大領主が権力争いをしていて、それぞれが自前の戦力で周囲の小国へ侵攻して勢力を伸ばしているのだが、ハイレインが
保持している戦力を誇示するだけで使わないキオンと、持っているものはすべて使って他を圧するアフトクラトル。
どちらも「武」によって
ツグミは
ただしキオンも自国の食料が不足すれば武力によって他国から奪うという手段を講じるのは目に見えていて、だからこそツグミはそういった状況にならずに済む方法を模索しているのだ。
素人の少女がひとりで試行錯誤しているレベルだからこのままでは何十年もかかってしまうだろうが、ボーダーの総司令官が「ボーダーの活動に協力敵な
その時にボーダーが送迎と護衛を担うことで民間人を
トリオンを使った技術は
しかしそれは軍事に関するものは絶対に持ち込まずボーダー組織の中で留めておき、それ以外の災害救助や医療現場などに利用できるものだけを広めていく計画である。
トリオン体で身体を強化すれば地震や大雨などによる土砂崩れ現場での救助作業も安全で捗るし、四肢の欠損はトリオン体で補助することによって五体満足な人と同じように行動できるようになるだろう。
実際、織羽は欠損した左腕をトリオンによる義手で補っていたのだが、ツグミはそのことをまったく知らずにいたくらい精巧なものであったのだから、それが民間人にも広めることができたなら喜ぶ人は大勢いることに違いないのだ。
そして何よりもトリオンを生み出す人間が大勢いて、軍事に使わなければトリオン不足で困るということもない。
だから
ただし、これはツグミという人生経験の少ない未成熟な人間の
そういうことで彼女は唐沢に自分の希望を投げて受け取ってもらい、酸いも甘いも噛み分けた大人に現実で通用するものに直してもらおうと考えているのだった。
城戸や忍田ではなく唐沢だという点がツグミの賢いところである。
損得勘定を重視し、ビジネスライクに物事を運ぶことができる人間こそが組織を維持できるのだと理解しているからだ。
もちろん義理人情も必要だが、そのバランスが取れるからこそ外務・営業部長としてその辣腕を振るうことができるのであり、何よりも「表」と「裏」に幅広い人脈を持つことは重要である。
唐沢はツグミのキャラクターに魅力を感じていると同時に彼女が何をやろうとしているのかに非常に興味があって一緒に仕事をするのが楽しいし、ツグミは単純に唐沢の見事な仕事っぷりが気に入っていた。
だからツグミが唐沢の
傍目から見ればお互いに相手を利用していることになるのだが、ビジネスライクであり且つwin-winであることでふたりが上司と部下の関係を良好なものにしているのだ。
(キオンとエウクラートンとの同盟についてはほぼ確定だから唐沢部長に任せてしまえばいいけど、アフトのことはまだいくつもの不確定要素がある。今のうちに考えておいた方がいいかもしれない。ディルクさんたちが早くアフトに帰れるようにするためには新しい王との
実際にはゼノン隊とディルクの情報提供によるものだったが、キオンの諜報員が地下道の存在など知るはずがなく、ヒュースは絶対に口を割らない、そしてボーダーとディルクに接点がないのだからエネドラから聞いたと考えるのが自然な流れである。
エネドラなら地下道の存在は知っているし、C級隊員たちをどこに住まわせているかなど想像できるのだからエネドラが復讐するためにボーダーに協力したのでボーダーがあれだけ手際良くC級隊員の奪還ができたとしか考えられない。
ミラによって殺害されたエネドラだが、すぐに
(もしハイレインが王になったとしてももうディルクさんの命が狙われることはない。それに彼は100パーセント被害者の立場で、本人もボーダーには厚遇されたと証言してくれるだろうから、全部エネドラが悪いってことにしてしまえばいい。さらに『神選び』が終わってこれからまた他国を侵略しようとするなら
考え始めるといくつもの可能性が生まれ、そのひとつひとつに対してどのように扱うかを考えるから思考が止まらなくなってしまう。
普通の人間だったらそこまで考えないだろうというところまで考えるものだから彼女は斜め上のさらに上をいく「誰も想像のできないこと」を思い付く。
それが同時に複数のことを考えていても混乱は起きないのは彼女のサイドエフェクトのおかげだ。
記憶を正確に管理し、様々な情報を整理整頓できているから可能な芸当であるが、それ以前に想像力が逞しいと言える。
しかしその能力がアフトクラトル遠征成功の一助となっているのは紛れもない事実で、それを誰に誇ることもなくツグミは次のさらにその先を見据えて今日も考えているのだった。