ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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385話

 

 

ツグミが隊室で頭を悩ませていた頃、城戸は忍田を執務室へ呼び出していた。

 

「忙しいのに済まないな。実はツグミのことで少し話がしたい」

 

ツグミの名を出されたものだから、忍田は一瞬だが緊張してしまった。

それを城戸は見逃さず、穏やかな声で続ける。

 

「別にあの子に何かトラブルがあったのではない。昨夜の記者会見では舞台には上がらないものの見事に成功へと導いてくれた。そこであの子の目から見た記者会見の感想を聞き、慰労のために昼食をご馳走した。そこであの子の話を聞いているうちに織羽と美琴の事件の真実を話してもいいのではないかと思ったのだ」

 

すると忍田は目を見開いて城戸に詰め寄った。

 

「そんなことをすればこれまでの苦労が水の泡ではないですか! 目の前で近界民(ネイバー)に両親を惨殺されて自ら記憶を封印してしまったんですよ。我々はそれを利用して偽の記憶を植え付け、ずっと嘘をつき続けてきたというのに、今さら…」

 

「だがいずれは話さなければいけないとも考えていたのだろ? 私も同じだ。あの子に真実を告げることがどんなに残酷なことか良くわかっていたからずっと後回しにしてきた。しかし永遠に隠し通せるものではないこともわかっていたからどのタイミングで話そうかと悩んでいたのだが、それが今だと私は判断したのだ」

 

「どうしてですか? 今あの子はキオンやエウクラートンとの交渉に走り回っていて、近界民(ネイバー)を友人だと考えているからこそあれだけ熱心になれるんです。それなのに今あの子に真実を話してしまったらすべてぶち壊しになってしまいます。いえ、近界民(ネイバー)との関係なんてものはどうでもいい。それよりもあの子の心が壊れてしまったらどうするんですか?」

 

「たしかにあの子の両親を殺したのはキオンの人間だ。ゼノン隊の3人は後任としてミリアムの(ブラック)トリガーを探しに来たくらいだから事件のことを知っているはず。あの連中のことだから本心ではあの子に謝罪したいと考えているだろうが、そんなことをすればどうなるかを想像して何も言えずにいるに違いない。…しかし私は今のあの子なら真実を知ったとしても大丈夫だと判断した。手を下した本人ならともかく同じ国の人間だからといって拒絶するようなことはありえない。それにあの子は勘の良い娘だから、もしかしたら気付いていて我々に気を遣って知らぬフリをしているのかもしれないぞ。だとすればいつまでもそんなことをさせるのは酷というもの。以前に九住市の小笠原雪弥氏と会食をした時に彼がツグミにうっかり事故を事件と言ってしまったことであの子の様子が少し変だったという話を唐沢くんから聞いたことがあっただろ? 特に変化は見られなかったが、もしかしたらあの子のことだから過去の新聞記事を探し、あれが強盗事件として載っていることに気付いたとしたら…。きっと想像するだろう。ボーダー隊員の織羽が生身の強盗に襲われて死ぬはずがない。トリオン体に換装すればナイフや拳銃では傷ひとつ付かないのだからな。そしてトリオン体の人間を殺すことができるとすれば、それは武器(トリガー)を持った近界民(ネイバー)である、と。その近界民(ネイバー)がミリアムの(ブラック)トリガーを奪おうとして襲撃してきたキオンの人間だという答えもあの子ならいくつかの状況証拠から導き出すことはできる。それなのにあの子はゼノン隊の3人と変わらずに接していた。だから今真実を話したとしてもあの子は変わらないだろう。そうは思わないか?」

 

「……」

 

「あの子はどんな逆境にも負けない根性と一度自分の懐に受け入れたものは絶対に守ろうとする勇気がある。幼い頃のあの子ならともかく今のあの子なら大丈夫だ。しかしあの子の父親はきみだからこうして相談をして、最終的にはきみに決めてもらおうと思っている。どうだろうか?」

 

忍田もツグミに対していつまでも嘘をついているのは気が引けるが、その嘘は彼女を守るためには他に手段はないと考えた上でのことだった。

城戸の言うように幼い子供であれば耐えられない事実であるが、近界民(ネイバー)たちを友とし、近界(ネイバーフッド)を飛び回っているツグミなら最悪の事態にはならないだろう。

しかし耐えられるとしてもまったく傷つかないとは限らない。

それほど真実は残酷なものであり、真実を知ることが彼女にとって「正解」かどうかは誰もわからないのだ。

父親としては大事な娘にほんのわずかでも一生残るような傷を負わせたくないと考えてしまうのも無理はない。

彼女のために自分ひとりが苦しむのならそれでかまわないと思ってしまうものだが、彼女のことを娘と考えて大事にしている城戸が告白しようと言えば迷いが出る。

城戸が真実を告げようというのは嘘をついている罪の意識から逃れたいというのではなく、ツグミのために必要であると考えたからだということは忍田にも十分理解できるのだが、万が一のことを考えるとその一歩が踏み出せないでいた。

それでも城戸がようやく決心をしたのだからと自分に言い聞かせ、忍田も覚悟を決めたのだった。

 

「私もあの子に真実を隠して嘘をついたままでいるのは心苦しい。しかし罪を懺悔して楽になれるのは自分自身だけで、あの子には一生消えない心の傷を負わせることになる。そんなことをするくらいなら私が墓場までこの秘密を抱えていけばいいだけだと考えていました。パンドラの匣は一度開けてしまえば取り返しのつかないことになってしまう。…しかしその中に希望が残ったという逸話ですから、私もそれに賭けてみようかという気になりました。あの子は強くなりました。もう私たちがすべての敵となるものから守ってやらなければいけないという幼くて弱い娘ではないのですが、それを意識すると私が必要とされなくなるのではないかと不安になって目を背けていたんです。あの子はとっくに親離れしていて、私がいつまでも子離れできずにいただけなんだと気付かされました」

 

「賭け、か…。しかし分の悪い賭けではない。きっとあの子に関わる…あの子が守ろうとしている人間すべてが勝つことのできる賭けになるはずだ」

 

「そうですね。それでいつにします?」

 

「早い方がいいだろう。しかしあの事件は直接ではないがキオンの3人にも深く関わりのあることだ、アフトへ行っているふたりが戻って来たらにしよう」

 

「アフトの『神選び』の結果も彼らの口から直接聞きたいですからね」

 

「では彼らの帰還の報告があったら、我々が弓手町の寮へ行こう」

 

城戸はツグミにすぐ連絡をしてゼノンとテオが帰還したらすぐに報告をするよう命じ、その際に直接話をしたいから忍田と一緒に夜に寮へ行くと告げた。

 

 

◆◆◆

 

 

19日の午後にゼノンとテオは三門市へと帰還した。

そのことを城戸に伝えると、城戸は午後6時に訪問すると言って電話を切った。

そして林藤も同席することを希望し、3人が到着するとまずアフトクラトルでは新しい「王」がハイレインに決まったことをゼノンが報告した。

この情報については今後のボーダーの活動にも大きく影響するものであるから城戸たち上層部のメンバーが直接報告を聞きたいという理由は納得できるのだが、だからといってわざわざ自ら赴く必要はなく本部基地にゼノンとテオを呼び出せば済むことである。

ツグミは何となくわかっていた。

一度は自ら図書館へ行って当時の新聞記事を調べて推測し、自分から城戸に説明を求めようとしていたことだがあえて平穏な日常を壊す必要はないと考えてやめた。

真実を知ろうとしてその願いが叶ったとしても、その結果が周りのみんなに迷惑をかけたり哀しませたりするようなことになれば取り返しがつかないことになる。

自分のエゴを我慢すれば丸く収まると考え、事件のことに興味を持ったことを忘れようとして記憶の奥底にある「匣」に封印してしまったのだった。

それが城戸によって今まさに開かれようとしていた。

 

 

城戸と忍田と林藤を招いての和やかな夕食を終え、いよいよ本題に入ろうとしていた。

ミーティングルームには関係者が集まり、人数分のアイスコーヒーを入れたグラスをツグミが配り終えて座ると城戸が口を開く。

 

「今から話すことはここにいる8人にとって決して楽しいものではない。そして非常にデリケートな問題を含んでいる。よってここでの話は他言無用に願いたい」

 

ゼノンは城戸の言葉を聞いて自分の恐れていたことがとうとう現実になろうとしていることに気が付いた。

彼もまた城戸や忍田のようにあの事件の真実をツグミに内緒にしていたことでずっと苦しんでいたのだが、同様に悩み苦しんでいたふたりが告白をすると決心したのであればそれに賛同し、そして懺悔をしてすべてを彼女に委ねることと決め、リヌスとテオもゼノンの様子で自分たちがここにいる理由を知り、少し哀しい顔をしたが黙って城戸の話を聞くことにした。

 

「どうやらキオンの諸君も私がこれから何を告白しようとしているのかを理解してくれているようだな。そして何も言わないということは賛同してくれたのだと解釈させてもらおう」

 

城戸がそう言うとキオンの3人は黙って頷いた。

 

「迅、おまえには直接関係のないことだが、将来ツグミの伴侶となるのなら一緒に聞いていてもらいたい」

 

「わかっています」

 

そして最後に城戸はツグミの顔を見て言った。

 

「その顔だとおまえにはこれから私が話すことがどのようなものか見当が付いているようだな?」

 

「はい」

 

「それでもここにいるということはその覚悟があるということだな?」

 

「もちろんです。両親の死が交通事故ではないことは知っています。隠しておきたい真実があって、それをわたしに教えたくないから嘘をついているのだと理解していますので、永遠に知ることはないと覚悟していました。でも城戸()()が話してくれるのなら、それがどんなものであっても聞きます。それがわたしにとって必要なことだという意味なのでしょうから」

 

「よかろう。では本題に入る」

 

城戸は自分の知る範囲で織羽と美琴の事件について丁寧に説明をした。

実際の襲撃の様子は当事者すべてが死亡しており、その直後に駆けつけた者で存命なのが城戸、忍田、林藤の3人である。

したがってこの3人が見た光景と残された証拠品から察するしかなかったのだが、彼らの推測はほぼ真実であった。

その真実はツグミだけでなくキオンの3人にとっても非常に酷いもので織羽と美琴は紛れもなく被害者であるが、加害者側のキオンの諜報員にとっても国家の命令に従って任務遂行をした結果が「失敗」で、それだけでなく自ら責任を取るような形となり異国で誰にも看取られずに死んだのだから不幸というもの。

それを話す城戸の様子は辛そうであったが、ツグミは最後まで気丈に耐えていた。

ゼノンは以前に林藤から聞かされていたし、その又聞きとなるがリヌスとテオも事情は知っていたので心の整理はできており、城戸の話に対してひと言も口を挟むことはなかった。

 

「…以上が事件のあらましで、今となっては確認する手段がないので真実かどうかはわからない。永遠の謎ではあるが、まったくの憶測というものではない。しかしツグミに対して我々が嘘をついていたことだけは紛れもない事実だ。長い間おまえを騙すようなことをしてすまなかったな。許してくれ」

 

城戸は深く頭を下げ、ツグミに詫びの言葉を告げた。

それに続いて忍田と林藤も同様に頭を下げる。

たしかに10年近くも嘘をついてきた3人だが、それが悪意あってのものではないことがツグミも重々承知しているから許すも何もないのだ。

 

「頭を上げてください。謝罪というのは相手に対して不快感や損害などを与えた時にするもので、みなさんはわたしのために真実を隠していただけ。それによってわたしは損害を受けたことはありませんし、不快に思ったこともありません。むしろ大事にしてもらえたことに感謝しているくらいです。みなさんにとってこれを懺悔のつもりでいるのだとしても、罪を犯したのではないんですから頭を下げることもないんです」

 

ツグミに諭されて城戸たちは頭を上げたが、続いてゼノンとリヌスとテオが頭を下げた。

 

「ツグミ、申し訳ない。俺はだいぶ前にリンドウ支部長から話を聞かされていて、俺の先輩がきみの両親を殺したということを知っていた。それなのにきみに嫌われたくないからという理由でずっと黙っていた。それは紛れもなく自己保身で、その罪をこのような形で明らかになったことでやっと謝罪するという卑怯な男なのだ、俺は。そしてリヌスとテオには話し、こいつらにも同じ罪を負わせた。悪いのは俺ひとりであって、こいつらは悪くない。だから責めないでやってくれ」

 

ゼノンがそう言うと、ツグミはあからさまに怒った顔をして言い返した。

 

「わたしがあなたたちを責めるですって!? 責めはしませんけど怒ります!」

 

「怒る? まあ、それだけのことをしたのだから ──」

 

「勘違いしないでください! わたしが怒っているのは事件のことを知っていて何も言わなかったことではなく、そのことでわたしがみなさんを責めると考えたことに腹を立てているからです。誰にだって他人に隠し事のひとつやふたつはあります。たしかに重大な話でしたけど、事件の加害者がみなさんの先輩だったからってわたしがみなさんのことを嫌うって考えること自体に怒っているですよ」

 

「それは…」

 

「ゼノン隊長は自己保身だなんて言いますけど、それよりも城戸さんたちと同じでわたしが真実を知って哀しむ姿が見たくなかったのではありませんか? わたしがワガママを言っても許してくれるし協力もしてくれるくらいだから、わたしはたくさんの優しい人たちから大事にされているって自惚れてもいいですよね?」

 

そう言って微笑むツグミ。

 

「両親が無残な最期を遂げたことはとても哀しいし辛いです。でもそれはもう10年近く昔のことで、無関係な人たちに八つ当たりしたところで何も得るものはありません。それにもしあの時にミリアムの(ブラック)トリガーが奪われてキオンの戦争に使われていたら、どこかの国で大きな被害やたくさんの犠牲者が出ていたかもしれません。そう考えればわたしの両親は命を懸けてその見ず知らずの人たちを守ったことになります。近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の架け橋になりたいと考えていた父とその意思に賛同して協力していた母。わたしはこのふたりを誇りに思います」

 

「……」

 

「城戸さん、真史叔父さん、林藤さん、ゼノン隊長、リヌスさん、テオくん…わたしに対して詫びたいという気持ちがあるということは、ずっと心の中にその秘密を抱え込んでいて苦しんでいたということ。だからどうかもう自分を責めないでください。わたしは謝罪など不要ですけど、みなさんの気持ちが楽になるのなら懺悔でも土下座でも好きなだけして結構です。でもそれは今日限り。10年前の悲劇はもう取り返しのつかないことですけど、10年先の未来にわたしが自分自身の願いを叶えることはできるはずです。もしわたしの夢に賛同してくださるのなら、どうか明日からもこれまでと変わらずにそばにいてわたしのことを見守り、導いてくださいますようお願い申し上げます」

 

「……」

 

城戸やゼノンたちは黙って大きく頷いただけであったが、ツグミにはそれで十分であった。

彼女が両親の死の真相を知ってショックを受けていないわけではなく、疑惑に関して自分なりに調べた結果とほぼ同じであったことでむしろ素直に受け止められたといえよう。

織羽と美琴が死んだという事実は事件当時に城戸たちが幼いツグミに強引な手段で認めさせることができたが、今回は改めて真実として本人の意思で認めることになった。

そしてこの場にいる誰ひとりとして悪意があって真実を隠していたのではないことを理解して、ツグミは自責の念で苦しむ彼らを許すのではなく救うことになったわけである。

そんなツグミや城戸たちの様子を見ていた迅は部外者であるが故に冷静でいた。

 

(ツグミの過去は過去として受け止め、それで未来を見つめて前へ進もうとしている。誰ひとりとして幸せにはなれなかった惨劇であって、できることなら誰も二度と触れたくはないことだったのだが、これが新たな不幸を生むのではなく過去の悲劇に囚われっぱなしになっているツグミたちにとって魂の解放となる最善の道で、城戸さんの()()は成功となったわけだ。俺にはこのみんなの姿が確定した未来として視えていたから安心して事の成り行きを見守ることができた。これからもこうしてみんなが幸せになる未来だけが視えるといいんだがな…)

 

 

こうして長い間ずっと胸の中でモヤモヤしていたものをすべて吐き出した男たちは清々しい表情になった。

城戸と忍田と林藤の3人にとってツグミに嘘をついているという良心の呵責が消えただけでなく、ずっと後悔の念しかなかったあの事件に最良の形で幕引きをすることができたのだし、彼女に負い目を感じていたゼノンとリヌスとテオもこれからは対等な()()として付き合っていけることだろう。

ツグミが言うように過去の悲劇はもう取り返しのつかないことであっても、未来であれば本人たちの努力によってどうにでもできる。

自分の幸せが他人の犠牲の上にあるのでは真の幸せとは言えないと考えるツグミにとって「みんなが幸せになれる」ことは重要だ。

何も知らずにぬくぬくと生きていた間に城戸たちが苦しんでいたとなれば、自分の方こそ罪深いのだと感じてしまう。

だから彼女自身もこれで救われたことになるのだ。

これで皆が過去に引き摺られることなく前へと進むことができるようになり、それこそが彼女の「みんなで一緒に幸せになる」というささやかな願いなのであった。

 

 

 

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