ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
パーティーの後片付けをしてしまうと修と遊真はふたりだけで屋上に出た。
遊真が三門市を発ったのが7月5日で、3ヶ月以上も離れ離れであった親友が再会したのだから積もる話もあるだろうし、レイジたちがいる場所では話せないこともある。
そういった理由で
「オサム、しばらく会わないうちに顔つきが変わったな」
「どういう意味だ、空閑?」
「なんとなくだが前にはなかった自信みたいなものが出てきたカンジ?」
「なんだよ、その言い方。…でも、そうかもしれない。ぼくはC級の時に特定の師匠を持たず、B級ランク戦だって観戦したことはなかった。積極的に強くなろうという意思がなくて、入隊しただけで無為に半年以上も過ごしてきただけだった。だけど空閑がこちら側の世界に来てから大きく変わった。迅さんに誘われて玉狛支部に異動し、
「オサムに足りなかったモノ?」
「ああ。ぼくは訓練生でいる間に学ぶことを学ばず、経験することをせず、共に戦う仲間を作らなかった。それでいて
「ふむふむ…」
「だからアフト遠征にはお情けで連れて行ってもらったけど全然役に立たなかったし、A級昇格試験でも不合格になってしまった。ぼくが玉狛支部で先輩たちにいろいろ面倒をみてもらっただけでなく、本部のA級の人たちにも特別に指導してもらい、すごく恵まれた環境にあったのは間違いない。それなのにこの体たらくはぼく自身に責任があることなんだ。それでぼくのことを無条件に肯定してくれる空閑や千佳、それに玉狛支部の先輩たちではない人と接することで何かがわかるんじゃないかって考えた。空閑が
「ダメな理由?」
「それは友人がいないことだった。誰でもボーダーに入隊したばかりの頃は周りが知らない人ばかりで、
「……」
「それでしばらくして
「ほほう…それで?」
「あの人はいつでも過去は変えられないけど未来ならいくらでも変えることができると言って、過去の出来事をなかったことにはせずに、きちんと心の整理をして前へ向かって進んでいる。自分がB級に昇格した手順が納得できるものでないのなら、結果を出して自分自身に納得させるしかない。大事なのは手順ではなくどれだけの結果を出すかなんだって言いそうだなって想像したら気が楽になった。だからぼくはもう一度訓練生だった時の自分に戻り、同じ訓練生の岡宮くんと一緒にレイガストの訓練をすることにした。師弟関係なんかじゃなく同じ目的を持つ友人としてだ。するとぼくはずっと抱え込んでいた負い目みたいなものが消えていくような気がして、足元の不安もなくなっていった気がしてきた。土台をしっかりと踏み固めて頑丈な家を建てても大丈夫なようにしたからだと思う。それで今までの不安が消えたから、空閑が言うように自信みたいなものが生まれてきたんじゃないかって思うんだ。それに1週間くらい前にトリオンの計測をしたら少しだけだけど数値が上がっていた。これは霧科先輩にトリオン器官を鍛えるためにはトリオンを消費するようにして訓練をした方がいいと言われていたから実践してみたんだ。ぼくの決定的な欠点はトリオン能力の低さだから、こうして少しずつでもトリオン量を増やすことも続けなきゃって思うよ」
修の話をずっと聞いていた遊真は自分のことのように喜んだ。
「よかったな、オサム。この約3ヶ月はオサムにとって必要な時間で、ひとりになったことでひとりではなくなったってことか」
「ああ。それに訓練の成果もあって岡宮くんはB級に昇格したんだ。だからレイガスト以外の
「それは上々。オサムはこれまで格上の人間に教わるばかりだったけど、同レベルの奴と何度も繰り返し戦うことで自分を鍛えるってことを覚えたわけだ。おれも昔は親父から教わるばかりだったけど、そのうちにいろんな国でおれと同じようなトリガー使いを相手に訓練をするようになった。そのおかげで与えられるだけでなく自分から発見して手に入れるということを覚えたんだ。そしてその方が楽しいし上達するってわかった。オサムもそのことが理解できたってことだな」
「ああ」
「じゃあ、次のシーズンには玉狛第2を再結成して、今度こそA級を目指すぞ!」
「いや、実は…」
修は遊真の留守中にA級昇格の
「そっか…市民救出計画が終わらないとB級はいつまでもB級のままなのか。それだと玉狛第2として遠征に参加することはできないってことか?」
「そういうことになるな。だけどぼくは諦めてはいない。遠征の参加資格は
「そして今度こそチカの兄さんと友だちを探す手がかりを見つけような」
「ああ、約束だ」
星空の下、ふたりは固く手を握り合った。
◆◆◆
翌日、城戸から午前10時に本部基地の会議室に来るよう言われていた遊真はそれよりもずっと早く玉狛支部を出てツグミに会いに行った。
城戸たち上層部のメンバーに報告する前にツグミに話しておきたいことがあるからだ。
レプリカの修理ができたのはツグミがトロポイはエクトスに近い場所にあると推測し、遊真が調査に最適の人材であると城戸たちに推薦したからで、その礼を直接言いたいだけでなく相談をしたいことがあったためである。
ツグミには昨日のうちに約束していたため、寮に着くとすぐにミーティングルームに案内された。
「ユーマくん、長旅お疲れさまでした」
「いやいや、何年も相棒と一緒に旅をしてきたおれにはどうってことはない。それに帰りはその相棒がいてくれたからな」
遊真はそう言って指輪からレプリカを登場させた。
〔はじめまして…ではなかったのだな。しかし改めて自己紹介をしよう。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だ。以後よろしく〕
レプリカの記憶装置には三門市で起きたすべての事象が消えてしまっているから、ツグミとは初対面ということになる。
しかし遊真によって修との邂逅から旧弓手町駅での三輪隊との戦い、ボーダー入隊、アフトクラトルによる大規模侵攻…と話は聞いていて知識としては戻ったものの、それは単に音声入力されたデータに過ぎない。
レプリカの能力は自身が体験して得た「経験値」が高ければ高いほどその性能を発揮するため、遊真が関わりのあった人物に直接会わせることでデータを経験値へと変えようというのだ。
「わたしは霧科ツグミ。こちらこそよろしくね、レプリカ」
〔ツグミがボーダーの人間に働きかけてくれたおかげで私の修理の時期が早まったとユーマから聞いた。感謝している〕
「そんなこといいのよ。こっちもユーマくんがエクトスへ行ってくれたことにすごく感謝しているんだもの。それにあなたの
〔なるほど、それがツグミの思考の基本なのだな。理解した〕
こうしたコミュニケーションによって単なるデータが経験値へと変わっていくわけで、失われた部分と大規模侵攻から現在までのデータは入力済みであるから、あとはできるだけ大勢の関係者に会わせることでアップデートしていくだけだ。
前日のパーティーでも玉狛支部のメンバーとは可能な限り会話をして、遊真から与えられた
しかし遊真と関わりの深い人物でありながらツグミはパーティーに参加していなかったので、翌朝一で彼女に会いに来たというわけであった。
「きりしな先輩はなんで昨日玉狛に来なかったんだ? 迅さんは来てくれたのに」
少々不満そうに遊真が訊くものだから、ツグミは正直に答えた。
「だってわたしはもう玉狛支部の所属じゃないもの。それに昨日はちょっと忙しくて、夜は手が離せない用事があったのよ」
「用事って?」
「今日は忍田本部長の誕生日。今夜は実家に帰ってお祝いをしてあげようと思っていたから、昨日から料理を作って準備をしていたってわけ。わたしにとってはこれからいつでも会えるユーマくんとレプリカの帰還お祝いパーティーよりも父親の誕生日祝いの方が優先なの。だって34歳の誕生日の夜をひとりで過ごさせるわけにはいかないでしょ? 誕生日だっていうのにお祝いしてくれるのが娘だけの寂しい人なのよ、忍田本部長のプライベートって」
「そうなのか…」
「それで今度はこっちから質問だけど、城戸司令たちへの報告の前に何かわたしに話しておきたいことがあるからここに来たんでしょ? 普通の相談事だったらオサムくんにするだろうけど、たぶん彼の手には余る内容なんじゃないかな?」
ツグミの推理が的中したらしく、遊真はニヤっと笑って話を始めた。
「きりしな先輩はトロポイがエクトスに近い場所ってことはキドさんやシノダさんたちに内緒にしてただろ。それなのにレプリカが元に戻っているとなればそこんところを追求される。でもいつまでも隠しておくこともできないからレプリカが元気になったってことは報告しなきゃならない。報告するならトロポイって国のことも話さなきゃいけないだろうけど、そうなると困ることになるんだ」
「何が困るの?」
「それには深い事情があって…」
遊真はトロポイでの出来事を話すのだが、それは十数年前の有吾とトロポイの因縁にまで遡るものであった。
「おれが生まれる少し前、親父は
トロポイは
そして軍事目的ではなく、国民の日常生活に役立つ技術を発展させていき、自律型トリオン兵も軍事利用ではなく生活の中で様々な活動の支援を行うことを目的として作られた。
しかしその技術を奪おうとして他国が諜報員を送り込んでくるのは当然の流れで、そもそも戦争を好まない温和なトロポイ国民は潜入した敵国の諜報員を捕らえると記憶を消して偽の記憶を植え付けると解放していたそうだ。
そのおかげでトロポイという国の存在すら不確かな存在となり、自律型トリオン兵のことも人々の記憶から消え去ったのだが、アフトクラトルのヴィザが知っていたのは彼が若い頃にはまだトロポイの名は有名であったからだろう。
ゼノンたちが使用していた国家の配置図でもその存在は記されていたが、その国がトロポイであるとは断定されてはいない。
謎に包まれた正体不明の国だからトロポイである可能性が高いと判断した結果ビンゴであったわけだ。
有吾は約束どおりに息子の遊真にすらレプリカの由来について話はしなかった。
だからこそトロポイの
「でもトロポイのことを内緒にしなきゃいけないのにどうしてわたしに喋っちゃったの? それってマズイんじゃない」
「うん。そのことについてはトロポイの
「つまりわたしが他の人にペラペラ話してしまわないって信用してくれているってことでしょ? だったら全面的に協力しないといけないわね」
「きりしな先輩ならそう言うと思った。それでどうしたらいいのかキドさんたちに会うまでに考えてくれると助かるんだ」
本来なら修に相談したかっただろう。
しかし修では他人を上手く誤魔化すシナリオを考えるのは得意ではないし、城戸たちの前で平然と演技をするのも無理だ。
レプリカには城戸たちのデータはあってもどんな人間なのか不明な点が多いために欺くことは難しい。
そこで城戸たちのことを良く知っていて、嘘であってもそれが真実であるかのように上手く相手を丸め込める技術を持っているツグミが最適だと判断したということである。
「そうね…
「記憶がないのになんでそんなことを知っているんだって突っ込まれたら?」
「もちろんレプリカに説明してもらったことにするのよ。あなた自身はトロポイに関する記憶は一切ないんだけど、レプリカはそのことを覚えていてあなたに説明した。それでOKでしょ。レプリカなら城戸司令たちに追求されても上手くあしらうことができると思うわ。トロポイの人にとって国の情報が他国の人間に漏れなければいいわけで、有吾さんのことと彼の息子であるあなたを信頼しているからこそ信義を尽くしたのだから、わたしは友人たちのために働いてくれたトロポイの人の恩に報いるために絶対に約束は守る。…ねえレプリカ、あなたにお願いがあるんだけど話を聞いてくれる?」
〔ああ、いいとも〕
「今ここで話をしたことはすべて記憶したわね?」
〔もちろん。一言一句すべて正しく記録されている〕
「それなら万が一わたしがトロポイの情報を他人に漏らした場合は、
〔処分というと命を奪う…という意味か?〕
「ええ、それも含めて」
〔それくらいの覚悟があるということなのだな?〕
「もちろん。トロポイの人は有吾さんのことを名誉国民として慕っているくらいだもの、その息子のユーマくんに対して精一杯の気持ちを込めてあなたを修理した。ここであなたやユーマくんのことを無視したってよかったはずなのに誠意を尽くしてくれたんだから、その気持ちに応えるのが義務ってものよ。わたしは嘘をつくことがあるけど、その嘘で誰かを傷つけようってことじゃなくて真実こそが誰かを不幸にしてしまう時だけ。ユーマくんとあなたがこのまま三門市で仲間たちと楽しく暮らしていくためになら城戸司令たちに嘘をつくこともためらいはない」
〔その言葉を信じよう。…実は私を修理した際、機密漏洩の恐れがある場合は対象者のトロポイに関する記憶を消去するシステムが
「ええ。…それでわたしが話したことに嘘がないってことはユーマくんが保証してくれるわよね?」
ツグミがニコニコしながらで遊真に訊くと、彼は大きく頷いた。
「ああ。きりしな先輩の言葉に嘘はない」
「ありがと。レプリカもわたしがどんな人間なのかがこれで少しはわかってもらえたと思う。だから安心してユーマくんのフォローはわたしに任せてね」
〔了解した〕
「じゃあ、本部基地へ行きましょう」