ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミと忍田は最後に鳩原の部屋に行って事情聴取を行った。
彼女は重要規律違反容疑者であり、表向きにも隊務規定違反ということで除隊になっているのだから、どんな処分を受けても仕方がない立場である。
これまでの例に倣うのであれば記憶封印措置は必至で、それ以外にも何かしらのペナルティがあってもおかしくはない。
しかし彼女は弟が無事に帰って来たということを知り、第一次
彼女にとってボーダーからどんなペナルティを受けたところで痛くも痒くもないのだ。
三門市を追放されたとしても家族揃って別の街で暮らせばいいのだし、むしろその方が鳩原家の人間にとっては幸せである。
そんなことを考えながらツグミは鳩原に言う。
「しばらく見ないうちにずいぶんとやつれてしまいましたね。
「うん、わかってる。トリガーを盗んで
「ただ記憶封印措置をされてもあなたにとってはその方が良いことかもしれません。弟さんを探すために入隊したというあなたですからもうボーダーにいる理由がなくなり、トリガーとか
「ツグミちゃんにも迷惑をかけたことだろうから、お詫びに全部話すね」
鳩原は麟児が彼女に接触してきた時からのことを話した。
彼女がボーダーの正隊員だと知った麟児は自分が
遠征参加ができなくなってふさぎ込んでいた時だったから、麟児の申し出は彼女に希望を与えるものとなり、自分が隊務規定違反行為を犯すということも「弟のため」という大義名分があれば躊躇することはなかったそうだ。
ツグミを通じて
できれば正隊員用が良かったのだが、タダでさえ管理の厳しいトリガーであるからさすがにそれは無理だということで訓練生用の予備のトリガーを盗むしかなかったのだった。
密航決行の当日、彼女は両親に宛てた手紙を書いたのだが、麟児から置き手紙をすれば家族を巻き込むことになるからやめるように言われ、誰にも知られないように
協力者と呼ぶ某国の諜報員ふたりは麟児が三門市調査の中で見付けたらしく、彼女自身はどこの国の人間か知らされることはなかったが、それぞれが別の国の人間で英語によってコミュニケーションをとっていた。
彼女は英語が得意ではなかったため、会話の内容はまったくわからないと言う。
エクトスに到着するとこの協力者ふたりは現地の軍人に連れて行かれてしまい、その後会うことはなかった。
麟児が彼らをエクトスに
彼女から聞いたボーダーの情報とトリガーを提供したことで麟児は権限が大きくなり、第一次
そして智史と青葉を救出することになり、麟児は祖国を捨てたのだった。
それから麟児と鳩原はヒエムスで青葉を救出し、レプトへ行って智史を探したが発見できなかったために落胆するも捕虜としてヒエムスに連行されていたことを知る。
そこでもう一度ヒエムスへ行って智史を探そうとするが、彼は逃げ出した後だった。
智史の手がかりがなくなったために一度三門市へ行ってボーダーに情報提供をして協力を求めるということになったが、メノエイデスでウェルスに会ったことで智史がひと足先に帰還したと聞かされた。
鳩原がやつれて見えたのは食料事情もあるが、急いで帰りたいがためにトリオン抽出で無理をしたことをツグミはここで初めて知るのだった。
「今夜はここまでにしましょう。その様子だと限界までトリオンを抽出したみたいですので、ゆっくりと身体を休めてください。明日の午後にご家族に来ていただく予定ですが、
「ええ。もうこれ以上ボーダーやあなたに迷惑をかけないようにするわ」
「それがあなたとご家族にとって最善の道なんです。あなたは元々戦いを好む人ではなかったんですから」
ツグミがそう言うと、鳩原は笑みを浮かべて言った。
「でも…あたしも人を撃てるようになったんだ」
「え?」
「エクトスへの途中で立ち寄った国で戦いに巻き込まれ、麟児さんが危ないって時にあたしは自分の意思で敵を撃ったの。ここで撃たなきゃあの人が死ぬ。そうなったらあたしは智史を探しに行くどころか
「そうかもしれませんね。でも自分のやったことに後悔はしていないのでしょ?」
「まあね」
「それならいいじゃないですか。遠回りしたことになりますけど、智史さんが無事に戻って来てくれたんですから」
「ええ」
「じゃあ、これくらいにしておきましょうか。…ああ、朝食は少し遅めの8時でいいですよね? それまでゆっくりと寝ていてください。それとわかってはいると思いますけど、この部屋は外側から鍵がかけられるようになっていて勝手に部屋を出ることはできませんから。おやすみなさい」
ツグミは鳩原におやすみを言うと部屋を出た。
◆◆◆
「忍田本部長、3人から聴取した内容を明日の朝一で城戸司令に報告したいと思いますので、今夜は隊室に泊まろうと思います」
ツグミが忍田に言う。
「まさか徹夜するつもりじゃないだろうな?」
「徹夜はしませんけど、睡眠時間が少し削がれることになります。だからトリオン体に換装して仕事をし、そして仮眠を取るようにするつもりです」
麟児から得られた行方不明の市民の情報は一刻も早く城戸に報告しなければならず、同時に3人分の報告書を書くとなれば3時間や4時間では足りない。
現在の時間は午後10時を過ぎているから、明日の午前の会議に間に合わせるには徹夜は避けられない。
最低6時間の睡眠を心掛けている彼女にとって徹夜はありえないことなのだが、トリオン体に換装することで睡眠時間を減らしても生身の身体に影響はないだろうということでトリオン体になって仕事をすることにしたのだ。
ここでダメだと言っても無駄だとわかっている忍田は渋い顔で答えた。
「いいだろう。その代わり仮眠も最低3時間はとるように。無理は絶対にするなよ」
「了解です。では雨取家と鳩原家と春川家への連絡は本部長からお願いします」
「ああ、わかっている。城戸さんにも経過報告だけはしておこう」
「ありがとうございます。では、これで失礼します」
ツグミは忍田に一礼すると自分の隊室へ向かった。
◆◆◆
午前4時には報告書を仕上げてしまい仮眠をとったツグミは7時半に起床して鳩原たちの朝食を用意する。
そして一旦寮に帰ってシャワーを浴びて着替えをするとすぐに本部基地へと引き返した。
報告書はすでに城戸の机の上に置かれていて、彼女が総司令執務室へと着いた時には目を通し終えていた。
城戸はツグミの口から直接説明をしてもらうために呼んだのだ。
「…ということになります。今のところはここまでの情報しか入手していませんので、エクトスについて詳しいことはもう一度 ──」
「いや、まだいい。雨取麟児の所持していたデータによると約400人の市民はすべて
「わかりました」
「それにしてもおまえの仮説がほぼ正しかったことがこれで証明されたわけだが、まさか本当に雨取麟児が
城戸がまだ信じられないという顔で言う。
ツグミはひと月前に城戸と忍田に「雨取麟児
その時はふたりとも半信半疑であったのだが、こうして本人が自分をエクトスの人間だと証言したのだから間違いはない。
そして第一次
「彼が帰国したのは雨取千佳隊員が他人に心を開くことができず友人ができないのは過去の春川青葉さんの拉致事件が原因だと知り、自分を含めた
「
「ええ。だから相手が
麟児の行動によって三門市の受けた損害は計り知れないものがある。
しかしそれはエクトスという国の指示によって行われたものであり、麟児本人は軍命に従っただけで無罪とはいえないまでも情状酌量の余地はあるとツグミは考えている。
そして彼女は麟児と鳩原の事情聴取を簡単に済ませたのは時間がなかったこともあるが、彼らの持つ情報は今後の彼らの立場を保全するための交渉の取引材料として役に立つとあえて残しておいたのだった。
それに城戸が気付かないはずがなく、彼女の思惑を知りつつもこの一件は続けて彼女に任せることにした。
「よかろう。ひとまず彼らには家族と対面してもらうわけだが、この春川青葉という少女の扱いは先の鳩原智史と同じく家族に口外しないことを条件に帰宅を許可する。雨取麟児と鳩原未来のふたりにはボーダーの重要機密を盗んで密航をした容疑者であるから、しばらくは本部基地内に滞在してもらうことになる。そこは譲れないぞ」
「もちろん承知しています。ですがお願いがあります」
「お願い?」
「雨取麟児には三雲隊員と空閑隊員、鳩原元隊員には二宮隊長の面会の許可をお願いします。特に二宮隊長と鳩原元隊員に関しては今のうちに会わせておかないと二度と会えなくなってしまう可能性がありますから。そして空閑隊員は例のサイドエフェクトで雨取麟児が嘘を言っていないかを確認させる意味もあります」
城戸は少しだけ考えてから答える。
「許可しよう。その代わり家族との対面の後にそれぞれ15分ずつとする」
「ありがとうございます。では彼らにはわたしから連絡をしておきます」
「ああ。…あと20分ほどで会議の時間だ。当然のことだがおまえにも出席してもらうが、ゼノン隊長にも出席してもらいたい。すぐに連絡をしてくれ」
「例の
「よかろう。ボーダーに
「了解しました」
「では、下がってよろしい」
ツグミは退室するとすぐにゼノンに連絡を入れて本部基地に呼び寄せた。
続いて修と二宮にもそれぞれ電話をして「城戸の指示」だという以外詳しい事情は言わずに時間を指定して本部基地に来てもらうように依頼した。
◆◆◆
上層部のメンバーによる臨時緊急会議が始まった。
前夜
そして誰もが会議にゼノンが出席していることが腑に落ちたといった顔をしたのだが、忍田が読み上げる報告書の内容があまりにも重大なことなので沢村はメモをする手が震えていたくらいだ。
「…以上が昨夜行った事情聴取の内容です。そして雨取麟児から提出された資料ですが、それによると第一次侵攻で行方不明になった約400人の市民が
忍田が言うまでもなくエクトスへ調査隊を派遣する意味はなくなったわけで、本来なら彼らが行う危険な任務を麟児が代行してくれたような形になる。
敵の本拠地に乗り込んで市民の行方を調べるのは非常に難易度の高いものとなるが、売却先の国へ行ってトリガー使いとして戦わされていたり別の
それにゼノン隊とレプリカの情報があればどの国から手を付ければ良いのかも判断しやすくなり、予定よりも早く市民救出のための遠征本隊を派遣することもできそうだ。
そして会議の最後に麟児と鳩原の「処分」について検討がされた。
鳩原は記憶封印措置を行ってボーダーに関することをすべて忘れさせて三門市から
この鳩原の処分についてはすでに1年半前に「隊務規定違反により除隊」ということになっており、彼女自身がボーダーにいる理由がなくなったのだから問題はないはずだ。
それに三門市から離れた新天地で家族と一緒に暮らすことができればもう二度と
麟児については今後の彼のボーダーに対する
祖国を裏切って出奔したのが事実ならボーダーに協力して自分の身の保全をするに決まっているので、ボーダー側も利用できるだけ利用しようというお互いに打算的な関係になるだろう。
しかしだからこそ妙な感情が入る隙がなくなるというもの。
少なくともボーダー側が彼のことを利用価値がないと判断するまでは殺すことはないはずで、積極的に協力すれば第一次
すべては彼の態度次第ということだ。
ゼノンとレプリカの意見を取り入れて検討した結果、調査隊をヒエムスへ派遣することに決まった。
ヒエムスには最も多い65人が売られていることと、比較的近い場所にある国だということが決め手となったのだ。
出発日は当初のエクトス行きと同じ10月31日。
目的地が変わっただけであり、任務自体も当初よりはだいぶ楽になっているので特に問題はないだろう。
しかもエクトスよりもはるかに近い場所で、往復に約20日ということだから順調にいけばひと月で目処がついて帰還できるということだ。
そして遊真とレプリカを同行させることになった。
これは情報収集能力とデータの整理に秀でたレプリカと、現地で傭兵として軍に潜入する場合は
こうして臨時緊急会議は終了し、メンバーは解散となった。
調査隊メンバーの太刀川、風間、二宮の3人には忍田から目的地の変更と遊真が参加することになったことがすぐに伝えられた。
当然のことながらなぜ目的地の変更が行われたのかはいずれ説明しなければならないだろうが、もうしばらくは彼らにも内緒である。
◆◆◆
上層部メンバーが会議をしていた同時刻、麟児と鳩原と青葉は白峰による健康診断を受けていた。
やはり青葉は深刻な栄養不足がたたって平均的な身長や体重に達しておらず、その影響のせいか15歳になってもまだ初経を迎えてはいなかったそうだ。
しかしそれが彼女の身を守ったともいえる。
と言うのも
第一次
鳩原も栄養不足によって1年以上も生理が止まっているということで、生まれも育ちも
なお鳩原は麟児の婚約者ということになっていたために行動を共にすることが許されたという話を聞いて、ツグミは麟児の優しさと配慮が
そういう理由でトリガー使いとして働かされている男性よりも救出を優先させなければいけないと白峰は判断してツグミを経由して城戸の上申するのだった。