ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
40話
初戦を圧倒的な実力差を見せつけて勝利した霧科隊と三雲隊。
しかしこの先が本格的な戦いとなり、そう簡単には勝ち進めないものとなる。
B級とはいえ中位グループともなればそれなりの戦術や戦略が必要となり、修は次の対戦相手の諏訪隊と荒船隊の過去ログを片っ端から洗い、頭を悩ませていた。
ツグミは実力的には何の問題もないが、下位グループとはいえひとりで10人を敵にするのだから、いつものように「効率良く」とか「観客を驚かす」ような戦いをしたいなどと暢気に言っていられない。
さらに各隊に特定の戦術といったものがないから、どういう攻め方をするのか想像がつきにくい。
わかっているのは各隊員のポジションと使用するトリガーの種類くらいで、そこから
(海老名隊は
モニターに各隊の隊員情報を表示し、ツグミは頭の中で想像力を働かせた。
(ステージ選択権は常盤隊にあるから…たぶん標準的な『市街地A』を選ぶ可能性が一番高い。戦闘慣れしていないと複雑なマップじゃ作戦を組み立てられないだろうから。ということでとりあえず『市街地A』を想定して作戦を練ろう、と)
戦いに慣れていない
そしてマップが標準的なものであれば、最初の転送位置によって各隊員の動きが変わってきても基本は変わらない。
初心者であればあるほどそういう定石に従うから行動は読みやすい。
逆にツグミのようなベテランは基本を重視しながらも経験による独自の行動をするようになるから行動が読みづらくなるものだ。
そして万が一マップや敵の行動が予想と違うものであった場合でも、臨機応変に戦術を変更できるのが彼女である。
むしろそれを変更せざるを得ない状況になるのを楽しみにしている部分もある。
常に人を驚かせることが好きな彼女だから、自分が驚かされるのも好きなのだ。
◆
そうこうしているうちに時間は経ち、そろそろ11時になろうとしていたところでツグミは自室を出た。
眠る前のホットミルクを作ろうと思ったからだ。
そして薄暗い廊下を歩いていると、修たちの作戦室のドアの隙間から明かりが漏れているのを見つけた。
ツグミは少し気になって、ドアをノックして声をかける。
「誰かいるの?」
返事はない。
ツグミがドアを開けて中へ入ると、一心不乱になって調べ物をしている修がいた。
Round2のための情報収集をしているようだ。
「オサムくん、まだやっていたのね?」
ツグミが声をかけると、やっと彼女の存在に気付いたようで、驚いた顔で修が返事をした。
「霧科先輩…何かご用ですか?」
「何かご用、じゃないわよ。今、何時だと思ってるの?」
修は壁の時計を見てさらに驚く。
「ええっ!? もうこんな時間に…。でも、あともう少しだけ…」
時刻を確認しながらもまだ作業を続けようとする修をツグミが叱る。
「今日はもうおしまいにしなさい。気持ちはわかるけど、睡眠不足では効率が悪くなるだけ。ちゃんと寝て、翌朝すっきりとした頭で考えなさい」
「…わかりました」
ツグミのことを慕っており、尊敬しているから修は逆らうことができない。
やりたいことはたくさんあるが、ここは素直に従うことにした。
「じゃあ、もう遅いから家に連絡してここに泊まっていくといいわ。部屋の支度をしてあげるからデスクを片付けて待ってなさい」
「いえ、先輩にそんなことをさせるわけには…」
「いいから、いいから。その代わりに明日は朝食作るの手伝ってもらうわよ。だから早く寝なさい」
「はい」
こうしてツグミと修の両隊長はランク戦のことをしばし忘れることにした。
◆◆◆
翌朝、スッキリと目覚めた修はツグミと並んで厨房に立っている。
昨夜の約束通りに朝食の準備を手伝っているのだ。
「先輩は毎朝こうしてみんなの食事を作っているんですか?」
修が訊く。
「うん、そうよ。
口ごもるツグミだが、修は彼女が言いたいことはわかるので頷く。
以前、通常の3倍の量の肉が入っている「肉肉肉野菜炒め」が朝食に出て、修は残すまいと全部平らげたせいで胃にもたれて大変だったという経験がある。
慣れれば大丈夫なのだろうが、朝から重たい料理は勘弁してほしいと思っていたのだ。
「ぼくもレイジさんの料理は大好きですけど、朝食なら先輩の料理の方がいいです。それにしても先輩は料理が上手ですよね。母も先輩のこと褒めていました」
「ありがとう。わたしは料理が好きだから、毎朝であっても全然苦にならないのよね。…あ、ご飯のシャリ切りしてもらえるかな?」
「シャリ切り…?」
「シャリ切りというのは炊けたご飯をしゃもじで切るようにすることよ。まずジャーを開けたら布きんで水分を拭いて、蓋の水滴がご飯の上に落ちないようにして」
「はい」
「次は濡らしたしゃもじを垂直に入れて、ご飯を十字にサッと切るの。そしてご飯粒をつぶさないように釜底からまんべんなく空気を入れるようにほぐしてちょうだい。ここで余分な蒸気を飛ばすのが大事なのよ。それが終わったらご飯を内釜からはがすようにして、ご飯全体をできるだけ真ん中に寄せておいて。そうするとご飯が美味しくなるから」
「わかりました」
修はツグミに言われたようにシャリ切りをする。
「それが終わったら、お茶碗とお皿を出しておいてくれる? 今日はユーマくんとチカちゃんも来るから8
「
「ヒュースのことよ」
「ああ、なるほど」
「ただ箸の使い方とかまだ慣れていないから、彼には少し違うメニューの食事になるの。ほら、ナイフとかフォークって武器にもなるから、いちおう念のためにね。
ヒュースは大規模侵攻で捕らえられた後、玉狛支部預かりとなっている。
捕虜になってまもない頃はハンガーストライキのつもりなのか何も食べなかったのだが、さすがに腹が減ると出されたものを渋々食べるようになった。
ツグミは食べやすいようにとスプーンを使う料理 ── オムライスとかリゾットなど ── を作ることが多かったが、最近はヒュースも少しずつ箸を使う練習をするようになり、簡単なものなら箸で食べられるようになっている。
「でもなぜカツ丼を?」
修が疑問に思ってツグミに訊いた。
「ほら、刑事ドラマとかでよくあるじゃないの。取調室で自白をさせるのにカツ丼を奢ったり、『故郷のおふくろさんが悲しんでるぞ』って言うヤツ。アレ、一度やってみたいのよ」
「……」
「やだ…冗談に決まってるでしょ」
「…ですよねー」
楽しそうに言うツグミに、修はそれ以上何も言わなかった。
カツ丼の話は冗談だが、ヒュースに美味しいものを食べさせたいというツグミの気持ちは本気だという気がした。
その話を聞いてなぜか自分の心の中が暖かくなってきたのを感じ、その暖かさを大事にしたいと思って何も言わなかったのだ。
ツグミは味噌汁の鍋の火加減を見ながら鮭の西京漬けを焼いていた。
その隣のコンロではヒュース用のプレーンオムレツを並行して作っているのだが、修はそれを見て感心する。
「同時に3つの作業を進めるなんてすごいですね」
「そう? 人数が多いからこれくらいしないと間に合わなくなっちゃうから。毎日やっていれば誰にだってできるようになるわよ。…さて、鮭が焼けたからお皿に盛るわね。…そうだ、オサムくんはジンさんたちの部屋をノックしてきて。もう起きている時間だから返事があるはずよ。ヨータローは返事をしても二度寝しちゃうから、部屋に入って叩き起してね」
ツグミは楽しそうに盛り付けを始める。
修は彼女に言われたように各隊員の部屋を回り、ひと周りしてきたところで厨房へと戻って来た。
「行ってきました」
「ありがとう、オサムくん。こっちも準備できたわよ。そろそろユーマくんとチカちゃんが来る時間ね。こっちはお任せするわ。わたしはヒュースのところに行って来るから」
そう言ってツグミは料理の載った盆を運んで行った。
ヒュースがいる部屋は元倉庫で薄暗く少し湿っぽい場所なのだが、急遽改造して人が居住できる環境を作ったものだ。
お世辞にも快適とは言えないが、それでも捕虜としての立場の人間が暮らす牢…ではなく部屋としては十分合格点を与えても良いレベルである。
「おはよう、ヒュース。ご飯を持ってきたわよ」
「……」
ベッドに腰掛けているヒュース。
ツグミを一瞥するが、返事はしない。
「相変わらずね…。ここに来て半月になろうというのに、朝の挨拶もできないなんて困った人だわ」
「フン…。貴様ら
「あら、挨拶は人としての基本よ。
そう言って机の上に盆を置くとツグミはヒュースの