ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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393話

 

 

麟児と青葉が戻って来たことで千佳にはボーダーにいる理由がなくなってしまった。

雨取夫妻は麟児のことをまだ受け入れられないようで、彼に面会を求める連絡はまったくない。

千佳の話では彼のことをなかなか家族として認められないようで、このままでは雨取麟児に戻ることはできずエクトスのリンジとして生きるしかないかもしれない。

しかし千佳はまだ兄だと慕っており、両親には内緒で会いに来ている。

青葉とは頻繁に会って千佳が彼女に勉強を教えていて、3学期から復学して一緒に卒業できるよう努力しているという。

来年は高校生になるのだからボーダー隊員を辞めるよう両親から言われているし、青葉にも一緒の高校に行こうと誘われていた。

もう11月であるから志望校を決めて受験勉強に専念しなければならない時期で、同級生はすでに受験レースの先を走っている状態だ。

こうして三門市民の暮らしを普通に楽しんでいる千佳にはもう近界(ネイバーフッド)遠征に参加する理由はないのだが、だからといって自分に期待をしている人間がいる以上はそう簡単にボーダーを辞めるということはできない。

だから両親を説得してボーダーを続けたいと考えている。

なにしろこれから市民救出計画が本格的に動くというのに、遠征艇の「機関員」としての役目を放り出してしまうという無責任なことができるはずがない。

 

修は近界(ネイバーフッド)へ行きたいものの、ボーダーにいる理由がなくなってしまった。

そもそも麟児に代わって千佳を守るために入隊したボーダーではあるが、その麟児が帰還しており、アフトクラトルに連れ去られたレプリカも無事に戻って来た。

近界(ネイバーフッド)へ行って遊真の延命や身体を元に戻す方法を探したいという気持ちはあるが、近界(ネイバーフッド)を旅してきた遊真自身がその手がかりを掴めずにいるのだから、ボーダーの市民救出のための遠征に参加できたとしても時間や行動範囲が限られるのでかなり難しいはずだ。

修と千佳が麟児の元へしばしばやって来たのは遊真の身体のことも含めて自分たちの今後のことを相談するためであった。

ツグミが最も恐れているのは千佳を守る理由がなくなり、今はただ遊真を助けたいという願いしかない修が遊真と共に密航することである。

現状では一般人が近界(ネイバーフッド)へ行く手段はなく、ボーダー隊員であっても正規のルートで遠征に参加するしかないから、修にはなかなかハードルが高い。

「自分がそうするべきだと思ってるから」と考えた修は規定(ルール)違反でも平気でやってしまう事例がいくつもあり、密航なんてことをすれば三門市に帰って来た時点でボーダーに確保され、ボーダーに関する記憶 ── 遊真との出会いや仲間たちと命懸けで戦った大規模侵攻のことなどすべて忘れてしまうことになる。

仮に遊真の身体が元に戻ったとしても修は遊真のことは覚えていないし、遊真も同様に記憶を失くすから修たちとの楽しかった思い出はすべて消えてしまう。

それが彼らにとって良いはずがなく、最善の道を進むなら時間がかかったとしてもボーダー隊員を続けて正規の手段で行うしかない。

したがってツグミの手腕でそう導くしかないということで、さっそく彼女は行動を開始した。

 

 

◆◆◆

 

 

夕食の後、ツグミは麟児に話を持ちかけた。

 

「麟児さん、ボーダー隊員になりませんか?」

 

ボーダーに協力した方が立場は良くなると言われていたが、想定外の提案に麟児は面食らってしまう。

 

「これはまた突然だな…。俺はボーダーに協力する気はあるからそっちが欲しいという情報はすべて提供している。その上で隊員になれと言うのか?」

 

「はい。これはあなたにとってもボーダーにとってもwin-winな関係であり、さらにオサムくんやチカちゃんにとっても悪くはない話なんです。ひとまず話だけでも聞いてください」

 

そう言ってツグミは説明を始めた。

 

「オサムくんがボーダーに入ったのはチカちゃんを守るためです。あなたが近界(ネイバーフッド)へ発つ前に彼にチカちゃんのことを頼んでいたからで、入隊試験に落ちるほどトリオン能力が低い彼ですからずいぶん苦労していました。チカちゃんはあなたとアオバちゃんを自分の力で探したいという気持ちから入隊し、トリオン能力の高さから今ではボーダーになくてはならない存在になっています。でもチカちゃんの願いは叶いましたから、彼女がボーダーにいる理由はなくなってしまいました。あなたも知っているようにご両親がボーダーを辞めるように彼女に言っているようですから、いくら彼女が続けたいと思っても未成年の彼女では保護者の許可がないとボーダーを続けることはできません」

 

「たしかに千佳はそのことで俺に相談をしたが、俺自身が行動することはできないから()()()()()を説得するのは無理だと言っておいた」

 

「ええ、あなたが彼女のご両親を説得するのは無理です。それにこれは本人がやらなければいけないことですから。以前にも遠征参加の承諾書にサインをもらうために彼女は自分の口で説明をして納得してもらいました。だから今回も自分がボーダー隊員を続けたいのであれば説得して認めてもらうしかありません」

 

「それが俺の入隊とどう関係があるんだ?」

 

「今の彼女にはどうしてもボーダー隊員を続けなければならないという()()理由がありません。ですからご両親の説得ができなければそこで諦めてしまうでしょう。自分がボーダーを辞めたらみんなに迷惑がかかるという気持ちだけでは説得できません。狙撃手(スナイパー)なのにみんなに嫌われたくないという理由で人を撃てなかった彼女ですから今ボーダーを辞めたらみんなにどう思われるかと恐れ、それでボーダーに残るしかないと思うのではダメなんです。そんな理由では力不足で、『自分がそうすべきだと思ったから』と続ける強い意思をご両親に示さなければいけません。そこであなたに入隊してもらい、オサムくんとユーマくんとチカちゃんとで部隊(チーム)を再結成してもらいたいんです。そうすることでチカちゃんにボーダーに残る強い理由ができるわけです。そして同時にオサムくんの暴走の可能性を限りなくゼロに抑えることができるでしょう」

 

「修の暴走?」

 

「はい。彼はあなたも知っているように正義感の塊で、自分がそうすべきだと思ったことからは絶対に逃げない根性を持っています。でもそのせいでいくつか問題を起こしてしまいました。入隊試験で不合格となった彼は上層部に直談判しようとして警戒区域内に不法侵入したり、緊急時だとはいえ本部基地内でしか使用できない訓練生用のトリガーを学校で使用したりと後先考えずに無茶なことをしてしまうんです。現在は部隊(チーム)を解散して各々が自分のやるべきことをやろうとしていて、彼はトリオン能力の低さをカバーするために技術を磨いています。でもユーマくんは単独で遠征に参加することは可能ですし、チカちゃんはそのトリオン量の多さで遠征艇の燃料タンクとして参加を望まれています。だからふたりが遠征に参加してオサムくんだけが居残りということになるでしょう。それは彼にとってストレスの原因ともなり、いつ朽ち果てるかわからないユーマくんの身体を元に戻す方法を探したいと思えば鳩原さんのように近界(ネイバーフッド)へ密航するしか方法はありません。そんなことをさせないためにもあなたがそばにいてストッパーになってもらいたい。彼が相談できるのはあなたしかいません。今の彼に必要なのは友人だけでなく信頼できる相談相手なのですから」

 

修の性格を良く知っている麟児はツグミの言っていることがあながち的外れではないと思った。

修が自分のことを弱い人間であると理解していながら何事からも逃げてはいけないと考え、無謀を承知で突っ走る傾向があることは麟児も昔から知っていたし、真面目で面倒見が良いという点から麟児は彼に千佳のことを任せたのだ。

だから自分だけが遠征に参加できないとなると諦めきれずに何をするかわからないし、ボーダーを辞めさせられるようなことになればさらに無茶なことをしかねない。

 

「もしあなたがボーダーに入隊して玉狛第2に加わるとしたら、二宮隊の例もありますから自分がバカなことをすればチームメイトにも迷惑をかけてしまうと考えておとなしくするでしょう。それに絶大な信頼を寄せるあなたが導いてあげれば彼の成長にもつながるはずです」

 

麟児にもツグミの考えは理解できたが、なぜ会って間もない近界民(ネイバー)の自分に頼るのかはわからずにいた。

 

「なんだかきみは俺のことをものすごく信用してくれているみたいだけど、どうしてだ?」

 

ツグミはさも当然という顔で答えた。

 

「だってわたしがあなたのことを信用しなければ、あなたはわたしのことを信用してくれないでしょ? それにあなたは第一次侵攻の時に雨取家の家族に被害が及ばないように計らってくれた。あなたは他人には関心がなく冷酷なことが平気でできるのでしょうけど、一度でも自分が大切に思ったものは絶対に守ろうとする人だと思うんです。だからあなたには守るべきものを与えれば必ず守ってくれるとわたしは信じている…ということです」

 

「なるほど…。この寮に住んでいる近界民(ネイバー)たちがきみに絶大な信頼を抱いているのはそういうことだったのか。きみの言っていることはもっともだが、世の中そんな正論が通るものじゃないぞ」

 

「それくらいわかっています。でも端から相手のことを疑ってかかってお互いに腹の探り合いをするよりは健康的じゃありませんか?」

 

「健康的? 面白い表現だな」

 

「でもなんとなくそう思えませんか? それにわたしがそうやって仲間を増やしてきたのは事実なので、今さら方針転換はできないんです。とにかくあなたがボーダーに入ってくれるという意思があるならわたしは全力で上層部を説得します。あなたが入隊すればメリットがあると説明すれば渋々であったとしても許可してくれるはず。なにしろ前例がありますから勝ち目は十分にあります」

 

諜報員をやっている以上はトリガー使いであることは間違いないし、単独で行動していたとなれば相当な腕の持ち主だろうとツグミは判断した。

実際に麟児は優秀な諜報員であり、かつトリガー使いであることに間違いはなかった。

だからすぐに正隊員になって修たちのチームメイトとして一緒に戦うことは可能だ。

麟児がチームメイトになると決まれば千佳は必死になって両親を説得するだろうし、修は彼を頼って無茶なことはしなくなるはず。

そしてボーダーは新たな近界民(ネイバー)の協力者を得て、おまけに彼の監視もできるとなればローリスク・ハイリターンでボーダーにとって都合が良いことばかりだ。

そして彼が千佳の兄ならば近界民(ネイバー)だと誰も疑うことはない。

事情を知っているのは上層部メンバーとごく一部の関係者のみだから、城戸司令も条件次第で入隊を認めるだろう。

 

近界民(ネイバー)を敵だといって戦っているボーダーが近界民(ネイバー)を仲間にする…か。あれほどボーダーに助けてもらうことを拒否していた千佳が隊員としてやっている組織だ、きみのように懐の広い人間が多いのだろうな」

 

「あなたもその仲間になってみればわかりますよ。今すぐに返事をくださいとは言いませんけど、数日のうちには答えをもらいたいです」

 

「わかった。本気で考えてみるよ」

 

この日はこれでおしまいとし、ツグミは手応えを感じながら自室に戻った。

そして麟児は翌日の朝にツグミの期待する答えを用意していて、さっそく彼女は城戸に面会を申し込んだのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

麟児は第一次近界民(ネイバー)侵攻の被害を拡大した張本人であり、重大戦争犯罪人ともいえる彼を特段の処分をせずにボーダーに入隊させるというツグミの提案に上層部メンバーは苦い顔をしていた。

 

(これは想定内のこと。これくらいの交渉ができなかったら近界民(ネイバー)の首脳陣と渡り合えるはずないじゃないの。オサムくんですらヒュースを入隊させることに成功したんだから、わたしだってそれくらいできなきゃね)

 

ツグミは城戸の正面の席に腰掛け、城戸に促されてプレゼンを始めた。

 

「お忙しい中お時間を割いていただき誠にありがとうございます。持ち時間がわずかですので、さっそく議題に入らせていただきます。審議の内容は雨取麟児を名乗る近界民(ネイバー)の扱いについてで、わたしは彼を防衛隊員として入隊させることを提案いたします」

 

これはすでに参加者全員が知っていることで改めて言うことでもないのだが、形式上仕方がないことだ。

そして理由について説明する。

 

「彼の犯した罪は非常に重いものですが、彼に対してどんなに過酷な刑罰を与えたところでボーダーにとって何の利益もありません。そこで彼を入隊させて()()使()()()やろうというのがこの提案の趣旨です」

 

すると唐沢が手を挙げた。

 

「ちょっと質問。罰金刑や科料になった時に支払えないと労役場留置が適用されるが、それと同じことかい?」

 

「いいえ。だって彼の罪は罰金刑や科料で済むようなものではありませんから。単純に彼を働かせるというのではなく、彼の持つ力を利用するのです。彼はエクトスでも軍の極秘資料を閲覧できる立場の人間でしたから、諜報員としての働きはもちろんのことトリガー使いとしても十分な能力は持っているはずです。ですので特別な訓練をせずとも即戦力を得ることができます。今後の市民救出計画によってA級隊員が遠征に参加してしまう以上は三門市防衛のためにA級レベルの隊員がひとりでも多い方がいいでしょう。…ですが本当の目的は別にあります」

 

ツグミはあえて深刻そうな顔になって言う。

 

「実は雨取千佳隊員のことなんです。彼女がボーダーに入隊した動機はボーダー隊員になれば近界(ネイバーフッド)にいるはずの兄と友人を探すことができると考えたからで、そのふたりが生還したのですからボーダー隊員を続ける理由がなくなってしまいました。さらに彼女の両親はボーダー隊員の任務、特に遠征について危険だからという理由で彼女を辞めさせようとしています。このままでは彼女がボーダーを辞めてしまうかもしれません」

 

「それは困るぞ! 彼女がいないと遠征艇のエネルギーをどうすればいいんだ!?」

 

鬼怒田が怒鳴る。

 

「だからこそ雨取麟児を防衛隊員にするんです。千佳隊員は彼が近界民(ネイバー)であって本当の兄ではないことを知った今でも彼を慕っています。ですから彼が入隊を許可されて同じ部隊(チーム)で戦うチームメイトになるとすれば、千佳隊員は何としてでもボーダーを続けようという強い意思を持つでしょう。アフト遠征の際に両親を説得できたのですから、今回も本人がやる気を見せればきっと説得に成功するはずです」

 

「つまり彼女のボーダーに対する執着心、辞めたくないという気持ちを高めるためにあの男を入隊させるのか」

 

「そのとおりです。それに彼が入隊することでボーダーのトリガーを持たせることになり、三門市内のどこにいてもわかりますから特別な監視は不要ですし、彼はある意味亡命者ですからボーダーや三門市民に対して敵となれば自分の身を滅ぼすことになると理解しています。逃亡する気があれば自分の艇をボーダーに発見されるような場所に出現させません。没収されてしまうのは明らかで、仮に近界(ネイバーフッド)へ戻る意思があるのならゼノン隊のように隠密裏に出現して容易に姿を現すようなことはしません。現に彼の艇はボーダーで管理していて、彼が勝手に動かすことはできません。それに千佳隊員は過去に近界民(ネイバー)によって友人がさらわれたことを自分のせいだと思い込んで心を閉ざしていて、そんな彼女の姿を見て自分の罪の重さを知った雨取麟児がその償いのために春川青葉を探して連れ戻したくらいですから、もう二度と千佳隊員を悲しませるようなことはしません。そういった理由で彼を入隊させることでほぼノーリスクで優秀な防衛隊員を確保できるわけです」

 

「なるほどな…。そういう理由ならやむをえん」

 

鬼怒田は納得してくれたようだ。

しかし別の意見が根付から上がった。

 

「たしかに優秀な防衛隊員は多い方がいいに決まっているが、また近界民(ネイバー)を入隊させるというのか? アフトのヒュース隊員もそうだが、あまり近界民(ネイバー)が増えてしまうのはどうも…」

 

「世間体が悪い、ですか? アフト遠征に近界民(ネイバー)の協力者がいたことを公にして以前よりも近界民(ネイバー)に対する市民感情は和らいできましたが、やはり家族や知人に犠牲者がいる市民にとっていくら友好的だといっても難しいですよね。それが第一次侵攻の被害を拡大した張本人なんですから」

 

「そうだ。いくら罪滅ぼしのためであってもさすがに無理がある。バレた時にボーダーは市民から糾弾され、これまで築き上げてきた信頼をすべて失うことになる」

 

「でも彼は雨取麟児という三門市民として何年も暮らしてきました。1年半前に失踪していますが、雨取家の近所の人間は彼のことを雨取家の長男として認識しており、自分たちの家のすぐそばに何年も前から近界民(ネイバー)がいたなんて想像しないでしょう。それに彼は情報収集をするために市民に上手く溶け込んでいましたから、もしボーダーの人間が『雨取麟児は近界民(ネイバー)だ』なんて言ったとしても誰も信じませんよ」

 

「それはそうかもしれないが…」

 

「彼の素性を知る人間が悪意で言い触らさない限り大丈夫だと思います」

 

麟児が近界民(ネイバー)であることを知っているのはボーダー関係者では上層部メンバーとツグミ、迅、修、千佳、遊真、二宮のみ。

その他では雨取夫妻、春川一家、鳩原一家、そして寮で同居する近界民(ネイバー)たちだけである。

この中でボーダーを貶めようとする人間はひとりもおらず、彼の正体が発覚すれば自分の身が危うくなる人物ばかりだからトラブルが発生することはまずありえない。

もっとも100パーセントありえないとも断言できないことなので、万が一の場合の対処についても策があるとツグミは追加説明しておいた。

 

「ついでに言いますと、三雲隊員がボーダーに入隊をした理由は千佳隊員を近界民(ネイバー)から守りたいという気持ちからで、雨取麟児の帰還及び千佳隊員本人が自力で近界民(ネイバー)に対応できるようになった今、三雲隊員がボーダーにいる理由はありません。しかし空閑隊員の身体の事情で近界(ネイバーフッド)へ行きたいという気持ちは変わっていませんから、彼がそう簡単にボーダーを辞めることはないでしょう。ただし現状での彼の実力では遠征参加は不可能。つまり近界(ネイバーフッド)へは行けないということになり、彼のことですからどんな無茶な行動をするかわかりません。鳩原元隊員の二の舞にはしたくありません。そこで雨取麟児をストッパーにするのです。三雲隊員は彼のことを慕っていますから、悩みがあれば相談するでしょうし、バカなことをすれば迷惑がかかるとわかるはずです。そこで雨取麟児の入隊をきっかけに玉狛第2を再結成してもらい、ヒュース隊員の抜けた穴を埋めてもらおうと考えています」

 

これから行う市民救出計画の中で遊真の身体を元に戻す方法があるという噂を耳にすれば、修のことだからボーダーの規定(ルール)よりも「自分がそうするべきと思ったこと」を優先してしまうのはこれまでの経験から皆が知っている。

その暴走を止めることのできる人間がいれば枕を高くして眠れるというものだ。

 

「このように雨取麟児を入隊させることによるメリットとデメリットについてご説明しましたがいかがでしょうか? 手段や経過よりも結果を重視するのであればこの話は悪いものではないはずです。お互いにとっても有益ですし」

 

ツグミは自信ありげに言うと城戸の顔を見た。

かつての城戸であったなら絶対に許すはずのない話であるが、ツグミが少しずつ積み上げてきた実績によって彼の近界民(ネイバー)に対する感情は変化していった。

ツグミは自分の目的達成のために近界民(ネイバー)を利用しているが、その近界民(ネイバー)にとっても有益となるwin-winの関係を結ぶことで味方にしている。

ならば城戸もツグミが努力して得た近界民(ネイバー)たちの信頼を利用して、ボーダーと彼自身の利益に結びつけてもかまわないはずだ。

城戸がツグミを利用したところで彼女に不利益が生じるわけではなく、またツグミ自身も城戸の信頼を得ることで一般隊員ではできないようなことができるようになったのは事実である。

これまで迅が専門にやっていた()()の多くをツグミが引き受けるようになり、迅の肉体的・精神的な負担はかなり減っていて、彼女の望む「迅が未来視(サイドエフェクト)によって見たくもない未来を見て苦しむことのない世界」へと一歩一歩近付いていた。

そのことを知らない城戸ではない。

 

「よかろう。それでは多数決で決定する。賛成の者は挙手願おう」

 

城戸が全員の顔をひと通り見てから言った。

すると全員が手を挙げて賛成の意思を示す。

 

「全員一致で雨取麟児のボーダー入隊を認める」

 

「ちょっと待ってください」

 

賛成だというのにツグミが城戸を制止した。

 

「明後日の9日に入隊試験がありますから、彼を受験させてください。三門市での生活が長いですから一般常識を試す学力試験で不合格にはならないと思います。空閑隊員やヒュース隊員の時は試験なしでの入隊でしたが、今回は他の入隊希望者と同じ扱いをしておいた方が怪しまれずに済みます。そして16日の入隊式に堂々と入隊させ、上手くいけばその日のうちに正隊員になれるでしょう。なにしろトリオンモンスター雨取千佳の兄ですから、トリオン能力に恵まれていても不思議じゃありませんし、彼は銃型トリガーを使用しているとのことですので、ゲーセンで腕を磨いたという設定にしておけば素人には見えない腕前でも何ら問題はありません。堂々と試験を受けて合格した三門市民であれば正体が近界民(ネイバー)だなんて誰も想像しませんよ」

 

「それもそうだな。忍田本部長、手配を頼む」

 

「承知しました」

 

忍田はそう答えてからチラリとツグミの満足そうな顔を見て微笑んだ。

 

「では、10分間の休憩の後に遠征会議を行う。以上だ」

 

 

 

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