ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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395話

 

 

「レジデンス弓手町」に案内されたセリウスは主人(ディルク)たちの顔を見るなり感極まって咽び泣いてしまった。

なにしろエリン家の家族は半年以上も三門市に滞在しており、セリウスは主のいない屋敷を守り続けていた間ずっと心配をしていたのだから仕方がない。

それにディルクたちにとってセリウスは単なる使用人ではなく家族の一員のように接していたから、嬉しくてたまらないという気持ちはツグミにも良くわかる。

 

(わたしだって半年以上もジンさんや真史叔父さんに会えなかったらすごく寂しいし、会えた時には思いっきり泣いちゃうだろうな。大丈夫だってわかっていても不安は拭えない。それにディルクさんもアフトの領民や家臣たちのことが心配だろうから、できるだけ早く帰国できるようにしてあげないといけない。もう生贄にされる心配はなくなったけど、ヒュースを置き去りにして死んだことにしたという事実がある以上ハイレインとは以前の主従関係は続けられない。ディルクさんにとってヒュースは家族の一員で、そんな彼を蔑ろにしたわけだからハイレインのことを信用できなくなっている。ディルクさんたちが帰国する時にはヒュースも一緒だから、その時のハイレインがどんな顔をするのか見てみたいものだわ)

 

エリン家の家族がアフトクラトルへ帰国するには彼らの身の安全が保証されなければ安心して送り出すことはできない。

だからハイレインがアフトクラトルの新王となったことを知って帰国を遅らせていた。

しかしハイレインの側からディルクたちを解放するよう申し出ているのはディルクを戦力として必要だと考えているからであり、帰国しても危害を加えられるようなことはまずないだろう。

ただ帰国を遅らせていた理由はもうひとつあった。

アフトクラトルでは9歳になるとすべての子供はトリオン計測をされて、トリオン能力の高い子供は幼年学校へ入学してトリガー使いになるための勉強と訓練を強制される。

8月半ばにレクスが満9歳となり、帰国すればトリオン能力の高い彼はトリガー使いになるしかないのだ。

エリン家の次期当主となるのであれば避けては通れない道で、レクスは()()()()()()()()()()()()()()トリガー使いにはなりたくないと言い、ディルクとマーナは本人の意思を尊重したいと考えている。

 

(レクスくんは賢い子だからもっと勉強すればアフトのために必ず役に立つ人材になる。だけどトリガー使いになることが定められている今のアフトに返せば本人にとって不幸でしかない。ハイレインが王になったことでますますアフトは軍事国家として武力による他国の制圧を推し進めるに決まっている。絶対的な力で統率するという手段で近界(ネイバーフッド)の国々を統一しようという考え方はわかる。玄界(ミデン)の歴史の中にもそうしようとした人間はいるもの。だけど成功した試しはない。だって恐怖で人を従えようとしたって限界がある。それに気が付いたキオンはテスタ・スカルキという人間を代表にして戦争を極力避け対話による外交で近界(ネイバーフッド)の国々を統一するという考えに至り、ボーダーとは対立をするのではなく協調する道を選んだ。おかげでアフト遠征にも成功し、キオンの後ろ盾があることで他国からの侵攻も防いでいると思われる。ボーダーもそうだけど積極的に戦闘を行うのではなく他国からの侵略に備える専守防衛のための軍備は必要。トリガー使いだっていないと困る存在だけど、それを強制するのは無茶苦茶よ)

 

一緒に暮らしているうちにツグミはレクスのことを実の弟のように思えてきて、勉強を教えたり行きたいという場所には積極的に連れて行った。

おかげで年齢相応の感受性豊かな快活な子供になり、アフトクラトルで暮らしていた頃と比べて驚く程健康な身体を持つに至った。

レクスには他人が自分に向ける感情を読み取るサイドエフェクトがあり、幼い子供には酷な能力であったために家族は彼を外部の人間と遮断して育てていたのだった。

それが今では敵国とも呼べるキオンの人間とでも上手く付き合っていくことができるようになっている。

それは国同士が敵であろうとも個人のレベルでは無関係で、特に子供には大人から植え付けられた歪んだルールなどないものと同じであって、自分へ好意を向ける人間には好意で返したいという自然な感情で行動をするという証拠である。

そしてツグミのように広い視野を持つようになり、その上でアフトクラトルのような武力で他者を制圧して従わせるというやり方は間違っていると答えを出したことにディルクとマーナは驚くと同時に満足をした。

故にふたりはひとつの回答を出していたのだった。

 

 

アフトクラトル側はディルク、マーナ、レクス、ヒュース、セリウス。

そしてボーダー側はツグミ、迅、唐沢の8人で「対策会議」が開かれた。

基本は「ランバネインには三門市に来てもらう」と「エリン家の家族の帰国」で、それをどのタイミングでどのように行うかの議論である。

 

「少なくともランバネインの謝罪がなければ話を進めるわけにはいかない。しかしそれをどのように扱うかが重要だ。本来ならこちら側の世界の通例のように奴らに対して賠償を求めるものだが、遺族や被害者に対する金銭の支払いを要求することはできない。アフト側に価値あるものとなればトリオンとトリガーの技術くらいしかないからな。国家機密ともいうべきトリガーの情報を譲るはずもなく、仮に情報を与えると言い出したなら本気で和平を望んでいるのだと考えていいだろう。ボーダーとキオンの関係が強固なものとなる前に味方にしてしまおうと考えているならなおさらだ」

 

唐沢の言葉に皆が頷くが、ツグミは意見した。

 

「ですがキオンにはアフト遠征での恩義もありますし、なによりもスカルキ総統がボーダーに対して積極的な交流を望んでいるのですから、アフトのために関係を壊すことは絶対にできません。それにキオンとアフトを天秤にかけてどちらと仲良くする方が良いかなんて判断できるものではありません。だからといって双方とバランス良く付き合っていくのは非常に難しい。どちらかを選ばなくてはいけないならわたしは迷うことなくキオンを選びます」

 

ツグミがゼノンたちと仲が良く、キオンとの関係を大事にしているのはディルクたちも知っている。

だから一度は敵として戦ったアフトクラトルのことをあまり快く思っていないのは仕方がないと理解しているが、長い間友人として接していた彼女が自分の祖国のことを良く思わないことを少し哀しいと感じた。

しかし続くツグミの言葉にディルクは自分の浅はかさを反省したのだった。

 

「しかしそれは最終手段であって、キオンとアフトという敵対するふたつの国とバランス良く付き合うのは難しいですが不可能ではありません。なにしろ個人レベルでは同じ家で一緒に暮らしているくらいですから、双方の国民が仲良くできないはずがないんです。どの国でも指導者が賢いか愚かでその国の行く末は決まります。愚かな指導者だと国民は振り回され、犠牲になるのは名も無き市井の人々です。ハイレインが王となった今、ますますアフトは武力によって他国を虐げていくことでしょう。ですがボーダーが仲に入って上手くコントロールすることができれば近界(ネイバーフッド)の戦争をゼロにはできなくともかなり減らすことはできると思うんです。そもそもキオンのスカルキ総統とアフトのハイレインは考え方ややり方こそ大きな違いはありますが、目指しているものは同じで近界(ネイバーフッド)の統一です。ひとりの意思ですべての人間が同じ行動をすれば争いがなくなるというもの。ただやり方が一方は平和的に、そしてもう一方が武力で…という違いのみで、わたしは後者を認めませんからキオンを支持するんです。もしハイレインが考え方を改めてくれるようになれば、ボーダーがアフトを敵視する必要はなくなります。まあ、それが一番難しいんですけどね」

 

ツグミはキオンを優遇しながらもディルクたちの祖国を蔑ろにする気は毛頭ない。

アフトクラトルとも付き合っていくのは難しいが不可能ではなく、それが困難な道であっても初めから諦めずに何かをしようと考えているのだ。

 

「キオンとアフトは両方とも国家元首が非常に強い権力を持っています。選挙というシステムはありませんがいちおう国民の代表である議員が様々な政策を論じて決める民主主義的な部分があるのですが、最終的には元首の判断に委ねられます。エウクラートンでも同じシステムで、わたしは議会の様子を見学させてもらいましたが、そこで議論されて出された結果も場合によっては女王によって却下されてしまいます。こういう点では絶対王政のようなもので、個人の意思が大衆の意思よりも優先されてしまうのですが、だからこそその点を上手く使うんです」

 

話を聞いていたメンバーはツグミの意図がわかったのだが、キオンはともかくアフトクラトルのハイレインをどう()()するか見当が付かない。

 

「みなさんはハイレインが一筋縄ではいかない人間であることを理解しており、わたしがどうやってあの男の考え方を変えようとしているのかわからないという顔ですね? わたしだってあの男をすぐにどうこうできるなんて思ってはいません。でもその周りにいる人間から攻略すればなんとかなると考えています。幸いなことにランバネインが単身こちら側の世界へやって来るというんですから、それを利用しない手はありません」

 

「なぜランバネインがひとりで来ると考えるんだ?」

 

唐沢が訊く。

 

「まずハイレイン本人は絶対に来ません。来るなら自分自身で謝罪するでしょう。代理を遣わせるということは、本人は国を離れることができないからに決まっています。それに謝罪のために玄界(ミデン)に来るなんてことをしたら、その留守中に有力貴族たちが何らかの行動を起こすでしょうから絶対に城を離れることはできません。これはさっきのセリウスさんの話でそう判断しました。では他にめぼしいトリガー使いが来るでしょうか? 否。ただでさえ戦力が減っているんですし、()()ランバネインに対して中途半端な護衛は不要です。それにトリガー使いが何人も来たらボーダー側も警戒するようになり、和解のために来たとは思えなくなります。それに彼の性格なら護衛など付けず自分ひとりだけで乗り込んでくるはずです」

 

「ふむ…」

 

「そこで彼にアフトのやり方とは違う統治の仕方があると教えることでハイレインのやり方が正しいものではないとわからせるつもりです。…それよりもランバネインはなぜ自分が謝罪をしなければならないのかと不満を持っているはずで、そこをちょっと突っついてやればハイレインに対して反旗を翻すことになるかもしれません。まだそこのところは具体的にどうするか決めてはいませんが、ハイレインがいくらアフトの国王になったからといってもあの男ひとりだけでは何もできません。あの男の欠点は自分のために平気で他人を犠牲にすることです。自分の忠臣ですら平気…とまではいえなくても命を奪い、都合の悪い人間だからと敵地に置き去りにし、さらに自分の婚約者を生贄にして今の王という地位を手にしています。ディルクさんも三門市に避難しなかったら大変なことになっていたでしょう。ハイレインには心から信じられる人間がいません。あの男の周りにいる人間も自らの命を捧げる覚悟のある人はいないと思われます。だから服を1枚ずつ脱がせるように味方となる人間を去らせ、自分が切り捨てた人間たちがどれほど大切な存在だったか思い知らせてやりますよ」

 

そう言ってツグミは意味深な笑みを浮かべた。

そして次にエリン家の家族の帰国についての話し合いをする。

 

「ディルクさんたちはボーダーの協力者ではなくエネドラの復讐のために巻き添えを食ったということになっています。ですから堂々とお帰りいただけるのですが問題はふたつあります。ひとつはヒュースの存在。ハイレインはヒュースを死んだと報告していましたが、ここにこうして生きているわけですから一緒に帰国すれば確執が生じるのは火を見るよりも明らかです。ディルクさんは真実を知ってしまい、ヒュースだってハイレインに対してこれまでのように従うことはできないでしょう。戦力として大いに貢献できるであろうふたりの帰国は大歓迎でしょうが、あの男にとって諸刃の剣のようなものになります。いつ謀反とか仕返しをされるかわかりませんからね。そしてもうひとつはレクスくんが帰国すれば現状だと無理やりトリガー使いにさせられてしまうこと。もし拒否すればエリン家が逆賊だというレッテルを貼られてしまうかもしれません。ハイレインとは大切な臣下ですら自分の損得で利用するだけして不要になれば切り捨てるような人間ですから」

 

ツグミはディルクとマーナの顔を順に見て言った。

 

「そこでわたしは提案します。もうしばらくレクスくんだけ玄界(ミデン)に残ってはどうか、と。幼い子供を親と離れ離れにするのは心苦しいですけど、もし本人が玄界(ミデン)でもっと勉強したいというのならわたしたちは全力でサポートします」

 

ハイレインが国王となったことで新しい「神」と融合した(マザー)トリガーから大量のトリオンを抽出してこれまで以上に軍事力を高めることは間違いない。

まだ両親と一緒に過ごしたいはずの9歳の少年をひとり玄界(ミデン)に残すというのは酷なことであるが、今の段階ではトリオン能力の高いレクスは問答無用で幼年学校に放り込まれて意に沿わないトリガー使いへの道を歩まされるだろう。

別にトリガー使いになるのが嫌だというのではなく、他国を侵略する尖兵として戦わされるのが嫌なのだ。

国を守るための騎士となるのであれば誉れ高いことで、精進してエリン家の次期当主として相応しい人間になりたいと思うものの、積極的に他国を攻めて人々の幸せを奪うことをしたくないというのがレクスの気持ちであった。

 

ディルクとマーナはレクスの顔を見る。

アフトクラトルを離れて半年以上経つが、レクスは彼らが信じられないと言うほど逞しく成長した。

身長や体重といった身体的なものは栄養バランスの良い食事や適度な運動などによって、学力の面ではツグミが時間を割いていろいろ教えたり興味のある場所へ連れて行くなどしてアフトクラトルでは得られない多くの知識を身につけている。

アフトクラトルにいた頃は屋敷からほとんど出ることはなく限られた大人たちとの接触しかなかったのだが、三門市に来てからは外出機会が多くなって他人とのコミュニケーションが欠かせないものとなった。

サイドエフェクトのせいでまだ他人と触れ合う際には緊張するようだが、一度打ち解けてしまえば生来の明るさと賢さで周囲の人間は彼に好意的に接してくれるようになるから怖がらずに自分からすすんでいろいろな人たちに声をかけるようにもなっていた。

したがってレクスは同世代の子供と比べても劣るところはなく、むしろ複雑な事情を抱えている分だけ大人の気持ちもわかる聡明な少年に育っている。

そんな息子をハイレインに利用されたくはないと思うなら、このままツグミに預けて三門市で暮らす方が安全であり幸せだと考えるのは無理もないことだ。

しかし家族が離れ離れになるのは辛いし幼い息子のことを考えると気が気ではない。

そしてそんな両親の気持ちを痛いほどわかっているレクスだが、彼らが自分に判断を委ねていることもわかっている。

 

「ボクは玄界(ミデン)で暮らしていてアフトでは得られないいろいろな経験をさせてもらった。その中でどこの世界や国でも争いはなくならないことを知った。近界(ネイバーフッド)ほどじゃないけど玄界(ミデン)でも戦争はある。争う理由も自分の国が得をするためなら他の国の人を犠牲にしてもかまわないという自分勝手なもので、そこは同じだ。だけど近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の一番の違いは玄界(ミデン)の戦争はトリオン体じゃないから大勢の人が死ぬこと。近界(ネイバーフッド)の戦争はトリオン体で戦うからあまり死なないし、敵を生きたまま捕虜にして次の戦争で自分の国のために使おうとする。これじゃいつまで経っても戦争なんて終わらないよ。人が死なないから平気で戦争ができるんだ。玄界(ミデン)では人が死ぬからいつまでも戦い続けることはできなくなるし、やっぱり人の命は大切だから戦争になる前に話し合いで解決しようとする。戦争をしないで済む方法を選ぶというところが玄界(ミデン)の人たちは偉いなって思うんだ」

 

レクスの少年らしい正直な感想は戦争の当事者となっている大人たちにシビアな言葉をぶつけた。

彼が三門市へやって来た当初、玄界(ミデン)は平和で幸せな世界だという感想を持ったものだから、ツグミはそれを否定するために彼に玄界(ミデン)の社会情勢を教えた。

そこで玄界(ミデン)とはひとつの惑星の上に200近い数の国があり、70億を超える人間が様々な環境で暮らしていること。

それぞれが民族や宗教など価値観が違うことで争いになることが多く、単に自国の利益のために戦う戦争よりも根が深くて解決方法がなかなか見付からないこと。

だからこそ日頃から本格的な戦争にならないうちに話し合いの場を設けていて、一見戦争のない平和な世界に見えるのだと理解させた。

玄界(ミデン)の世界史は9歳の少年には難しいものだが、本人が意欲的に学ぼうとしているので教えるツグミも張り切ってしまい、並行して地理や政治・経済なども教え、それらを踏まえた上でレクスは大人たちに子供の目から見た意見を言ったのだ。

そしてそれが的を射たものだから、彼の話を引き続き聞くことになる。

 

「ボクはお父さまやお母さまといつも一緒にいたい。ヒュースやセリウスも家族だから一緒に暮らしたいけど、幼年学校に入学したらなかなか会えなくなる。だったら玄界(ミデン)にいても同じことだよ。トリガーの使い方ならツグミにお願いすれば教えてくれるって言ってくれた。幼年学校では戦争をするための勉強しかしないけど、ここに残ればボクが知りたいことを何でも教えてくれる。だから寂しいのを少しだけ我慢してここで頑張りたいと思う」

 

レクスはディルクひとりを帰国させるのではハイレインを警戒させるだけだということも察しており、両親がふたりとも帰国する必要があるとわかっていた。

それくらい周囲の人間の気配に敏感で、自分が何をするのが最善なのか考えることができるほど賢い子供になってしまったのだった。

そうなると大人たちもダメだとは言えず、本人の意思を尊重するという形で認めざるをえない。

ディルクは逞しくなったひとり息子の頭に手を置いて言った。

 

「わかった。おまえの好きなようにするといい。今までだっておまえのためにとツグミやジン、それにカラサワさんがいろいろ手配をしてくれた。だから安心しておまえのことを預けてアフトに帰ることができる。そしておまえが帰って来たいと思える環境を整えて待っているからな」

 

「はい!」

 

続いてマーナが言う。

 

「あなたはもうひとりで何でもできるものね。わたしたちのことは心配しないで自分が納得できるまでここで勉強させてもらうといいわ」

 

「はい、必ず将来アフトのために役立つ人間になります」

 

レクスはそう元気に返事をするが、両手の拳をギュッと握って両親と離れ離れになる寂しさを堪えていたのだった。

 

 

 

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