ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミとマーナが作ったお好み焼きで昼食を済ませ、午後からはツグミと唐沢のふたりでキオンとエウクラートンとの同盟締結についての話し合いをすることになった。
「お忙しい唐沢部長にお願いするのは心苦しいんですけど、他に頼れる人がいませんのでどうかお力をお貸しください」
ツグミの低姿勢な態度に唐沢は相変わらずだなと笑いながら言う。
「城戸司令からきみの依頼には全面的に協力するよう言われているよ。まあ、きみに頼りにされるのは悪い気分じゃない。むしろ嬉しいかな」
「嬉しいんですか?」
「そりゃそうさ。おれの普段の仕事はスポンサーとなってくれる大企業や官公庁のお偉いさんに頭を下げ、何かトラブルがあればボーダーを代表して解決のために走り回る。正直言って楽しいものじゃない」
「…意外ですね。わたしはそういったことが好きで担当していたんだと思っていました」
「得意だが楽しいものじゃない。それにこうした交渉は他の誰にもできないことだからおれが引き受けただけさ。昔の
「そうだったんですか…」
「でもきみからの依頼はおれにとって興味あるものが多くて、やっていて楽しい。おれはまだキオンやエウクラートンがどんな国なのか良く知らないが、住む世界は違っても相手が何を求めていて、どうすればお互いが得をするかなど考えることとやることは同じ。これはゲームのようなものさ。チェスや将棋のような頭を使うゲームで、ただ絶対に負けることが許されないという点では厳しいけど、条件が厳しければ厳しいほど勝利を得た時の快感は大きい。だからこうした外務・営業の仕事はおれに合っているし、今回の件も未知の分野となると難しいだろうがやりがいはあるからぜひともトライしてみたい。そしてきみがおれを頼ってくれたことは嬉しい。おれの仕事ぶりを評価してくれるのは城戸司令たちだけで、一般の職員や防衛隊員たちはおれが何をしているか知らないからね」
「わたしは唐沢部長にはいつもお世話になっていて感謝をしています。そしてその手腕を認めているからこそ、キオンとエウクラートンとの三国同盟について協力を願いたいんです。キオンのスカルキ総統とエウクラートンのリベラート皇太子のふたりとは個人的に親しい関係となりました。ですが彼らは一国の元首と元首代行であり、わたしはボーダーという組織の末端の隊員でしかありません。対等に話をすることすら恐れ多いことで、彼らは国の代表ではなく個人の立場でわたしと会ってくれたに過ぎないのです。それもわたしがオリバの娘だから。本来なら城戸司令が彼らとほぼ同等の立場であり、私はタダの使い走りです。そしてこうした交渉事なら唐沢部長をおいて他にいませんから、城戸司令もあなたを頼るように指示したんです。わたしでは理想ばかり追っていて現実にそぐわない夢物語になってしまいますが、唐沢部長なら
「だけどおれは
「失望だなんて…そんなことはありませんよ。それにわたしはあなたに丸投げして自分は高みの見物を決め込むなんてことはしません。ひとつの目的を達成するために共同作業をするんですから、失敗すればそれはわたしにも責任があることで、あなたひとりに責任を負わせたり勝手に失望なんてしません。それこそ『One for all,all for one』の精神ですよ。そもそもあなたの手に負えないことであれば他の人にもできないことですから仕方がないこと。まあ、始める前からダメだった時のことを考えるのは不毛というものです。当然あらゆる状況を想定して対策を考えることは必要ですけど、まずは第1回の三者会見を成功させることが重要。スカルキ総統とリベラート皇太子というVIPをお招きするわけですから、粗相のないように十分な準備が欠かせません。そこでミスったら次はありませんので、ここは人生経験の豊富で人脈の広い唐沢部長にお願いしたいと考えるのは無理もないというものです。条約の内容を吟味するのはもちろんのこと、三門市に滞在していただくための準備も同時に進めなければなりません。ですから唐沢部長のサポートを全力でさせていただきますので、わたしのことを好きなように使ってください」
ツグミは自分が万能ではないことはしっかりと承知している。
だから自分でできることは自分でやるが、手に負えないことだと判断すればすぐにその道の専門家に頼り、そのためには恥も外聞も捨てて頭を下げることを厭わない。
今回の三国同盟に関しても自分がいなければ進めることはできないという自負はありながらも、自分に足りない部分は積極的に他人を頼ることにし、それで最適な唐沢に依頼したのだった。
そこまで頼りにされるなら引き受けるのが男…いや、大人として当然のことだと唐沢は考えて快諾する。
しかし唐沢らしいところもあって、これ幸いとツグミを頼ることにした。
「きみがそこまで言うならおれも全力でやろう。しかし並行して本来の仕事もあるから、きみにはそっちで手伝ってもらおうかと思う」
「いつもの外務・営業部長
「ああ」
「じゃあ、前回作ってもらった名刺の残りが少ないので、追加の印刷をお願いできますか?」
「もちろんだとも。明後日の午後に行われる県内の政財界の大御所たちの集まるパーティーに出席してもらえたら、おれの仕事もだいぶ楽になる。というよりもぜひきみには出席してもらいたい。きみは有名人だからね。
「明後日というと24日ですね…」
ツグミは即答できなかった。
11月24日は彼女の誕生日で、毎年パーティーはしないが忍田とふたりで残り少ない父娘の時間を過ごしていた。
さらに迅とオフィシャルな恋人関係になった記念の年であるから、ふたりでお祝いをしたいとも考えていたのでどうすべきか考えてしまったのだ。
(優先すべきは唐沢部長の手伝いだけど、家族との時間を蔑ろにしてまでやることじゃない…とは思う。17歳の誕生日は一生に一度だけだし、貴重な時間を割いてくれる真史叔父さんとジンさんにも申し訳ないし…)
そこでツグミは唐沢に訊いた。
「パーティーというのは何時から何時までで、どこで開かれるですか?」
「時間は午後2時から4時までの2時間で立食式。場所は蓮乃部市にある蓮乃部国際ホテルのバンケットルームだ。ちなみに主催は三門市長で参加者は県知事、副知事、県議会議長、三門市周辺の市町村の首長たち。それに県内に本社を置いている企業十数社といくつかの公的団体の代表の合計約30人。ボーダーからはおれと城戸司令が出席することになっている」
それを聞いたツグミは了承した。
「わかりました。出席します。でもその前後には別の用事がありますから、拘束時間は午後1時から5時まで、最大で6時までにしてもらいますけど、それでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ…それはかまわないが、相変わらずきみは忙しいんだな」
「ええ、まあ…やりたいことがいっぱいあるものですから」
誕生日に家族と一緒に過ごしたいなどと言えば唐沢が気を遣うと思って言葉を濁したツグミ。
「そうか。では明後日は正午に迎えに来るから、それまでに支度をしておいてくれ。それと衣装はボーダーの礼服にしてくれるかな。出席者に中にはトリオン体に興味を持っている人がいるから、その人物に引き合わせるのにちょうどいい」
「トリオン体やトリガーのことは極秘機密ですけど大丈夫なんですか?」
「もちろん。城戸司令が承知のことだよ。それに医療分野ではすでに那須くんの例もある。いずれボーダーはトリオンやトリガーといった
「城戸司令の判断なら大丈夫ですね」
「当然。じゃ、明後日の午後は頼むよ」
「はい」
2日後のツグミの予定は大幅に変更となったが、この日の出会いが彼女の未来を少しだけ変えるものになるこの時の本人が知る由もなかった。
◆◆◆
城戸の直筆の親書を携えてセリウスがアフトクラトルへの帰途に就いたのは23日の深夜であった。
三門市の滞在がたった40時間弱という短時間であったのは一刻も早く帰国することでボーダーとアフトクラトルの関係を修復したいというディルクの気持ちを察したためと、自分の娘が人質になっている不安を早く解消したいがためである。
親書の内容はランバネインが三門市を訪問して公式に謝罪をすることと会談を三門市で行うことを条件に会談に応じるというもので、ランバネインの帰国の際にディルクとマーナのふたりを
この親書はハイレインの「本気度」を確かめるものであった。
ここで会談のためにハイレイン自らやって来るか否か、また本人が来るとしても護衛にトリガー使いを連れて来るかどうかなど、彼がボーダーに対してどれだけ警戒しているかがそれでわかる。
しかしまたランバネインを代理に寄越すとか、ハイレイン本人が来訪するにしても大勢の護衛を率いて、さらには
国王自ら単身乗り込んで来るくらいでなければ本気でボーダーと和解して友好関係を結ぼうと考えているとは言えないのだ。
ハイレインの態度によってはボーダー側の対応も変わってくるというもので、まずはハイレインの投げてきたボールを受け取ってそれを普通に投げ返した。
次にハイレインがどのようなボールを投げてくるのかを見極めてから、再びボーダー側がボールを投げ返すわけというわけだ。
三門市での会見にしたのはアフトクラトルの本拠地へ少数で乗り込むことのリスクの高さである。
のこのこと数人で
それに乗ってこないならそこで話はおしまいとなり、そうなったとしてもボーダー側にとってメリットもデメリットもないが、アフトクラトル側にとってはボーダーとキオンが同盟を結ぶのを黙って見ているしかないことになる。
ハイレインはキオンが
だとすればハイレインは絶対にボーダーとの関係をこれ以上悪化させられないのだ。
さらに言えばこの機会をハイレインが自ら壊すようであれば、ボーダーはキオンを味方にしてアフトクラトルとは敵対勢力となり、アフトクラトルによる
それがわからないようであればそこまでの男だということで、ボーダーにキオンの後ろ盾があればハイレインもそう簡単に
もちろんハイレインが
そういったいくつもの
セリウスがハイレインに親書を届けてからランバネインの来訪までどれくらいの日数がかかるのかわからないが、ハイレインとしてはできるだけ早いうちに…いや、キオンよりも先に
キオンとエウクラートンとボーダーの三者会談を行う予定で準備を進めていることをセリウスの耳に入れておいたから、彼の口からハイレインに伝わるはずだ。
そうすればハイレインはゆっくりと考えている時間はなく、ボーダー側の条件で会談をするしか道はないと判断するはずである。
そしてランバネインを懐柔できれば後はそれほど難しいことではない。
なにしろハイレインには信頼できる味方が数える程しかなく、その中で最も信頼できる
彼が三門市への再侵攻を計画したとしても「駒」が足りないだけでなく、ボーダーに加勢するキオンの軍を相手に戦わなければならないとして逃亡する兵士が現れるのは火を見るよりも明らかだ。
それでなお勝つ見込みがあるなら攻めて来るだろうが非常に分の悪い勝負となるわけで、ランバネインが自分の意思で離反するよう仕向ける策を考えるのがツグミの仕事である。
どうやら彼女には名案があるようで、城戸からランバネインの対応について一任されていた。
ランバネインと直接戦ったことはないが、トリガー使いではない
ツグミの「得意技」は他人の立場と気持ちを理解し、相手に寄り添うことによって信頼を得るというもの。
普段はそれを無意識にやってしまうのだが、あえて相手を罠に嵌めるため積極的に行うこともある。
彼女がランバネインに対してどちらで接するかはまだわからないが、どちらであっても彼女の誘導によって
◆◆◆
(これはどう判断すべきなのだろうか…? こちらの謝罪があれば会談に応じると言っているが、これは素直に受け取って良いものなのか?)
ハイレインは城戸の親書を受け取ると複雑な面持ちで首を傾げた。
(セリウスの話では近いうちにキオンとエウクラートンとの三者会談を行うということだが、我が国とキオンを秤にかけて有利な盟約を結ぼうという策か? 再侵攻の可能性を恐れて意向に気を遣っているとも思えるが、このキドという男の真意が掴めん。会談前にディルク・エリンを返すということは、奴を人質にして有利な条件を引き出す手段ではなかったようだな。つまり人質を使わずに交渉を優位に進める手段があるということか?)
ボーダーがアフトクラトル遠征を成功させた最大の功労者がディルクであることをハイレインは知らずにいる。
ヒュースの性格を知っている彼にとってヒュースが祖国を裏切るという選択肢がありえないと信じていて、当初はヒュースにボーダーに協力する意思などまったくなかったのだからハイレインの考えはあながち間違ってはいない。
しかしヒュースには祖国よりもディルクとエリン家の家族の方がはるかに大事であるから、ハイレインによってディルクが生贄にされそうになっている危機を回避するためにボーダーと手を組んだのだ。
ヒュースは自分ひとりでディルクを守りきることができないと判断した時点でツグミの出した条件をのみ、彼自身の知る情報の提供だけでなくディルクとの
彼の手引きがなければボーダーの人間がディルクと接触できるはずがなく、したがってハイレインがアフトクラトルの情報はエネドラからしか得られないと考えるのは無理もないことである。
そうなるとエネドラの復讐心によって「神選び」を妨害するためにエリン家の家族を拉致したという話は真実だと思い込んでしまう。
それが功を奏したことになり、ハイレインはディルクがボーダーに加担したことを想像できずにいた。
だからアフトクラトルに帰国しても命の危険に晒されるようなことはないだろうということで、この機会を利用してディルクとマーナは帰国することにしたのだった。
ただし帰国の際にはヒュースも同伴しており、ハイレインと彼の確執は免れない。
もっともハイレインがディルクに対して危害を加えないのであればヒュースはおとなしくしているだろうし、ハイレインにしてもこれ以上手駒を減らすことは避けたいはずで、エリン家とハイレインの間にトラブルは起きないはずである。
こうしてツグミによる大規模侵攻でのハイレインへの意趣返しは成功するわけで、それは自分のためにやったことだがエリン家の家族やヒュース、そしてボーダーにとってすべてが丸く収まる結果となるのだった。
もしこのことをハイレインが知れば地団駄踏む程度では済まないことになるが、この様子では死ぬまで気が付かないだろう。
(ボーダー側の態度に気になるところはあるが、謝罪の際にランバネインがバカなことをしなければ会談の場に引っ張り出すことができそうだ。…いや、俺の方が引っ張り出されると言うべきか。ボーダー側の出した条件は
ハイレインは自分の向かい側でソファにふんぞり返っている機嫌の悪そうなランバネインの顔を見た。
ランバネインにとってはベルティストン家当主の命令に従って戦っただけだというのに、謝罪という誰もやりたくないことを押し付けられるのだから不機嫌になるのも当然だ。
「何で俺が?」と訴えたがハイレインが聞き入れないものだからふてくされているのである。
そして目が合うと吐き捨てるように言った。
「兄者、俺は自ら望んだわけではないというのにベルティストン家の当主代行にされて、その最初の仕事が
「黙れ、ランバネイン。あれは正しい判断だ。結託して俺を追い落とそうとしたのだぞ、国王として当然のことをしたまでだ」
「それはそうだが、やり方が汚ねぇ。そのせいで奴らを慕っていた領民共は兄者に対して相当な恨みを持ったに決まってる」
「わかっている」
首謀者である領主3人を斬首、さらにそれぞれの家の次期当主は人質としてハイレインの監視下に置かれている。
その次期当主の中にはまだ4歳の幼児がおり、母親と離れ離れにされてしまった事実が世間に広まったことで多くの国民から批判を受けているくらいで、アフトクラトル復活の象徴であるはずの新王は就任わずか数ヶ月でその支持を失いつつあった。
この状態でハイレインが謝罪のために国を離れると知られたら、その隙に一部の国民が決起して国内が混乱することになりかねない。
いや、小さな内乱だけならヴィザや配下のトリガー使いで押さえ込むことはできるだろうが、その内乱をきっかけにして従属国が一斉に放棄を起こせば武力による
だからハイレインが直接謝罪をするために
「兄者の代理として
「褒美?」
「そりゃそうだろ。兄者の代わりに下げたくもない頭を下げるんだぜ。兄者が実質的にベルティストン家の当主としての役目を果たせないってことで俺が代行として面倒な雑務を引き受けているが、権限は俺にはない。全部兄者の判断と指示で動かされているだけだ」
「つまり当主の権限を与えろ…と?」
「ま、簡単に言えばそういうことだ。俺だってベルティストン家の人間だぜ、ちっとはその旨みってもんを楽しみたいじゃねぇか。王家としてのベルティストン家は兄者、臣下としてのベルティストン家は俺とふたつに分けてくれよ。別に俺は兄者の敵になろうってわけじゃなく、俺の果たす役割に見合うだけの恩恵が欲しいってこと。兄者にとって悪い話じゃないと思うんだがな」
ランバネインの言うように彼をベルティストン家の分家の当主とし、彼が領地の管理をすることは道理にかなっていて、ハイレインにとっても赤の他人に任せるよりも安心できるはずなのだ。
(当主代行としてさせるよりも分家の当主という立場を与えれば忠実な臣下として働いてくれるのは間違いない。領地の管理はディルク・エリンにさせるつもりでいたが、ランバネインがやりたいと言うならやらせてもよかろう。分家の当主となったところで俺に反旗を翻すことはないだろうからな)
ハイレインはここに来てもなおランバネインのことを駒のひとつとして考えているようであった。
「よかろう。おまえにはベルティストン家の領地、財産の半分を与えることにする。そして王都は俺、領地はおまえが治めることで上手くやっていこう」
「おお、兄者、わかってくれたか! そうとなれば
ランバネインにはハイレインの腹積もりなどわかるはずもなく、喜び勇んで自室に戻って行ったのだった。