ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
午前中、ツグミはネットで高校の授業を受け、午後になると訓練室で自主トレに励んでいた。
これからの戦いでは普段あまり使わないトリガーを使うことになるだろうからと、まずは身体慣らしにスコーピオンを使ってやしゃまるレインボーを10体ほど倒す。
スコーピオンは軽量で変形が可能な
ツグミが普段使っている弧月と比べて耐久力に問題があるものの、様々な状況に応じて「脚ブレード」や「モールクロー」といった技を使える。
彼女は前回の戦いで派手に弧月使いであるとアピールしているから、彼女のことを良く知らない敵は彼女がスコーピオンを使ってくるとは想像できないため、虚を突くのに非常に有益なのだ。
ツグミは両手で弧月を握って斬りつけ、続いて左足のつま先の部分からスコーピオンの
相手がやしゃまるレインボーなのでザックリとはいかないが、かろうじて裂け目を入れることはできた。
この合わせ技はまだ実戦で使ったことがない彼女だが、B級下位なら十分対応できるということでメニューに加えることにした。
そしてツグミにはもうひとつやってみたいことがあった。
見た目こそ派手だがあえて使う必然性のない技で、成功すればウケるが失敗すればバッシングものである。
それでもやろうというのだから、100%成功するまで練習するしかない。
こちらは3日目にしてほぼ完成となったので、これもメニューに加えておいた。
「う~ん…ランク戦対策ならやしゃまるシリーズよりも対人戦闘よね。と言っても相手がいない。ちょっと本部まで行って誰かと
ツグミはトリガーホルダーを上着のポケットに入れると、クロスバイクに跨って本部基地へと疾走したのだった。
◆
「よう、ツグミ。こんなとこで何してんだ?」
本部基地のラウンジをうろついていると、太刀川に声をかけられた。
「あ、太刀川さん、こんにちは。ちょっと
「ああ。じゃ、俺と殺らねえか? この前のリベンジさせろよ」
この前というのは大規模侵攻での論功行賞の表彰式で行われた模擬戦のことで、ツグミは太刀川に2戦2勝と大金星をあげている。
それが太刀川にとっては無念であり、チャンスがあれば彼女を叩きのめしたいと考えていたのだ。
「う~ん、それはいいんですけど、今日はRound2用の訓練なので、太刀川さんみたいな手練と殺り合ってもあまり意味ないんです」
ツグミが探していたのはB級中位~下位レベルの相手なので、太刀川では感覚が掴めないのだ。
「ちぇっ、まあそれは仕方ねえよな…。なら俺の隊室へ来いよ。唯我のヤツなら役に立つだろ」
「唯我か…。まあ、彼ならちょうどいいけど、わたしの顔を見たらビビって逃げ出しちゃうんじゃないかしら」
「それもそうか…」
過去にツグミと唯我の間にはひと悶着あって、彼女は
その後いろいろあり、唯我は彼女のことを恐れている。
そして彼女が太刀川隊の隊室へ来るということを前もって知らせておくと、高級菓子が用意されるようになった。
もちろん唯我本人は隊室にはおらず、彼女が帰るまで戻っては来ないのだ。
ツグミと太刀川が会話をしていると、東が通りかかった。
「東さ~ん!」
ツグミは太刀川を放っておいて東のところへ走って行く。
「おう、ツグミか」
「こんにちは、東さん」
「今日は
「
「ほう…。それで太刀川とやるつもりだったのか?」
「いいえ。
「ならウチの小荒井か笹森なんていいんじゃないか? あいつらにも良い勉強になりそうだ」
東隊の
どちらもポイントが7000を少し超えたくらいだから、東の支援なしの
それにいずれは当たる
これは面白そうだと、ツグミはすぐさま了承した。
「ぜひお願いします! でも彼らがOKしてくれるならいいんですけど。間違っても隊長命令とかで無理強いしないでくださいね」
隊室で東を待っていた小荒井と奥寺は突然の
そしてさっそく対戦ブースへと行き、それぞれ十本勝負をすることにした。
このふたりは連携すると実力以上の力を出せるのだが、
今のツグミにとってはちょうど良い相手で、対小荒井が8-2、対奥寺が9-1という結果となった。
このふたりが東を含めた
それがわかったことが彼女にとって最大の収穫であったと言えよう。
小荒井と奥寺もツグミを相手にし、何かを掴めたような様子であった。
◆◆◆
夕食後、修はまた作戦室で悩んでいた。
次の相手は荒船隊と諏訪隊で、それぞれが特定の戦術というものを持っている。
それを踏まえて対抗策を考えるのだが、その性格ゆえにすべての過去ログを見て、情報過多で頭を悩ませてしまうのだ。
そんな修の姿を見て、ツグミは居ても立ってもいられなくなり、つい口出しをしてしまった。
「オサムくん、敵の情報を精査するのは重要だけど、それで頭がいっぱいになってしまっては前に進むどころか同じ場所でグルグル回り続けちゃうわよ」
「でもあらゆる可能性を考慮して、それに対応する戦術を…」
「そうね。どんな状況になっても対応できるようにっていう考えはわかるけど、そんなことしていたら何日もかかるわよ。次は明後日の夜でしょ? 毎晩遅くまで作戦を練ってたら寝不足になって、当日に実力を発揮できなくなる。香澄さんが心配するから、今夜はそろそろ帰りなさい」
「そうなんですけど…」
「じゃあ、このまま家に帰るっていうなら、いいことを教えてあげる」
「いいこと…ですか?」
「そう。B級ランク戦の過去ログは2シーズン分、つまり昨年の6月から8月と10月から12月の分しか見られない。だからその中にない重要な情報を教えてあげるってこと」
「…わかりました。今夜は帰ります」
「うん。素直でけっこう」
修は作業を中止して帰宅準備を始めた。
「じゃあ、わたしが途中まで送っていってあげるわ」
「え? そんなことしなくても大丈夫ですよ。夜道には慣れてますから」
遠慮する修にツグミが言う。
「ううん、わたしはこれから防衛任務なの。見回りのコースがオサムくんの帰宅ルートと途中まで一緒なだけよ。それともわたしと一緒じゃ嫌?」
「そんなことありません! ぜひお願いします」
ツグミは戦闘体に換装すると、修と一緒に玉狛支部を出た。
◆
「先輩、次の試合の作戦はどうですか? 今度は四つ巴戦なんですよね?」
修が歩きながらツグミの様子を訊いてきた。
「四つ巴戦と言っても、敵
「さすが元A級ですね…。やっぱり実力があると余裕が出てくるというか、下位グループの試合なんて前回同様に一瞬で片付けちゃうんでしょうか?」
「いやいや、いくらなんでもそれは無理。海老名隊と早川隊は3人、常盤隊は4人もいるのよ。10人を一瞬で片付けられる方法があるなら教えてほしいくらい。こっちはたったひとりで戦うわけだから、オサムくんたち以上に戦術が重要になってくる。でもあなたみたいにあらゆる可能性を想定して作戦を練っていたらそれこそ何日かかるかわからないわ。だからいつもと同じように戦うだけなのよ」
「はあ…」
ツグミの言うことの半分くらいしかわかっていない修。
彼女の「いつもと同じ」がまだ良くわかっていないからだ。
「『静かに横たわって、のんびりして、待っていること、辛抱すること。だが、それこそ、考えるということではないか』って言葉知ってる? これは哲学者ニーチェの言葉なんだけど、ようするに何もしない時間は決して無駄な時間ではなく、考えるための必要な時間だってこと。わたしはこの言葉が好きなのよね…。何もしていないというのは不安になりがちだけど、そういう時間を持つことは大切なことだと思うの。今のオサムくんに必要なことじゃないかな?」
「……」
「あ、それからさっき言った
「マスタークラスの弧月使い…?」
「そう。調べればわかるけど、彼は8ヶ月前まではバリバリの
ツグミはそう言うとジャンプして電柱のてっぺんに着地する。
そしてさらに大きくジャンプして闇の中へと消えていったのだった。