ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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401話

 

 

ヒエムスへの調査隊の報告会は午後1時に開始となった。

参加者は城戸たち上層部メンバーとツグミ、迅、さらに麟児が急遽招集されて席に着いている。

麟児は報告を聞くというよりは報告の補足とボーダーの計画内容について意見をしてもらうために呼び出したと言っていいだろう。

調査隊の隊長にゼノンを任命し、麟児の意見を求めるといった近界民(ネイバー)の力を借りることなどかつての城戸ではあり得なかったことだ。

仲間を失った怒りや哀しみ、近界民(ネイバー)に対する憎悪が顔に刻まれ、近界民(ネイバー)絡みのこととなると冷酷な判断を即決できるほど仇であるという意識が強かった城戸。

ボーダーの総司令という立場の彼が新体制を立ち上げた時点で「三門市民の平和と安全を脅かす近界民(ネイバー)を徹底的に排除しなければならない」という考え方になるのは当然のことである。

しかし「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作りたい」という亡き盟友との約束を大切にしていて、いつか叶えたいと胸の奥にある「箱」に願いを秘めていた。

その鍵を開けたのがツグミで、近界民(ネイバー)に対して強硬な敵視政策をしていた城戸の変化の原因はツグミの行動であるのは間違いない。

 

 

「諸君、緊急の招集に応じてくれて感謝する。早速だが調査隊メンバーから報告をしてもらおう」

 

城戸がそう言うと室内の照明が消え、ロの字型の卓の中央に近界(ネイバーフッド)の軌道配置図が浮かび上がった。

続いて隊長であるゼノンが立ち上がって報告を始める。

 

「軌道配置図の中で赤く点滅している国がヒエムスです。国の詳細についてはお手元にある資料をご覧ください」

 

ゼノンはヒエムスに到着してからのことを説明した。

この国はエクトス以外の国との国交が非常に少ないため、ゼノンたちキオンの諜報員ですら情報がほとんどない。

必要なものはエクトスとの交易によって手に入れるという手段があるからほぼ鎖国状態なのだそうだ。

そして農業国で交易に農産物を使うくらい多く生産できることから近隣のレプトに狙われ長い間戦争状態にあったが約2年前に終結。

戦勝国となったことでレプトのトリガー使いの多くを手に入れることができた。

その中に鳩原智史がいたのである。

調査隊の艇は首都郊外の森の中に停泊し、首都から一番近いメコス ── 涼花たちが住んでいた町へと赴いて、そこで彼女を発見。

彼女とカルーロのサポートを得て首都に潜入して軍の中央司令部と政庁周辺等の調査をした。

しかし涼花以外の()()()拉致被害者の居場所については不明。

女性たちの()()()は全国に散っているらしく、その場所がわかる資料は政庁内で管理しているだろうとのことであった。

 

「したがってその資料を手に入れるか、もしくはひとつひとつの都市や町を探し歩くという非効率的な方法の二択になるでしょう。なにしろ拉致した玄界(ミデン)の人間はすべてバラバラにされてしまっていて、400人いれば400ヶ所に散らばっていると言えます。これは途方もない数で、ヒエムスだけでも65ヶ所に分かれて住んでいることになるのです」

 

ゼノンがそう言うと、城戸が質問をした。

 

「なぜひとりひとりバラバラになっていると言えるのだ?」

 

「これは玄界(ミデン)の人間だからというのではなく、近界民(ネイバー)であっても捕虜など他国から連れて来た人間に対しては同様の扱いをします。トリガー使いなら尚更です。なぜなら同じ国の人間であれば事情も同じ。仲間がいれば共に協力して脱走を試みることがあるため絶対に接触できないように離れ離れにするんです。キオンでも手間はかかりますが捕虜はバラバラにして()()していて、恭順の意を示す者は厚遇し、そうでないものは完全に孤独な状態に置いて心が折れるようにするんです。そうすればどんな屈強な人間でも大人しくなります」

 

「なるほどな…」

 

ゼノンの説明どおり捕虜や拉致した人間を分散させるのは理に適っている。

単独では何もできずとも人数が集まれば知恵を出し合って作戦を練ることもできるようになり、脱走が成功する可能性がそれだけ高まるというものだ。

それに異国において頼るものがおらず自分ひとりだけだと非常に心細い。

心が弱った人間は懐柔するのは簡単で扱いやすくなる。

これまで生還した智史と青葉のふたりも自分以外の拉致された三門市民には一度も会っていないと証言していて、ゼノンの話と合致している。

手間や金をかけて手に入れた人間をそう簡単に逃がすわけにはいかないという近界民(ネイバー)たちのせいで救出するボーダー側は非常に手間がかかることになるのだが、居場所が判明しても問題はある。

当然のことだが拉致被害者本人は三門市に帰りたいだろうが、涼花のように結婚をして家族がいるとその家族まで亡命を希望して三門市へやって来ることになると考えられる。

もちろん住み慣れたヒエムスの方がいいと言う近界民(ネイバー)もいるだろうが、家族が引き裂かれるとなれば話は別だ。

それにエクトスに都合の良い取引をしているせいでヒエムス国内の食料は十分とは言えないから、玄界(ミデン)の方が生活が楽になると考えて亡命希望者は拉致被害者の数よりも増えるに違いない。

さらに問題となるのはトリガー使いとして売られた男性たちで、彼らは常に軍の監視下にあるから民間人のように勝手に行動できないためにこっそり連れ帰るのは不可能だ。

どこの国でもトリガー使いは貴重な存在で、そう簡単には手放すはずがない。

トリガー使い(彼ら)の価値以上のものを提供すれば交換で返してくれるかもしれないが、今のところヒエムスとは国交がなく仲介してくれる人物もいないから非常に難しいだろう。

これはヒエムスに限らず近界(ネイバーフッド)のどこの国でも同様であるから、このケースを上手く片付けることができなければ他の国にいる拉致被害者を救出するのは無理だ。

しかし逆に言うと成功すればそれがマニュアルとなり、他の国でも()()()()は有効となるはずなので、ここは慎重に事を進めなければならない。

アフトクラトル遠征の場合はさらわれたC級隊員の救出に武力投入したのはアフトクラトル側が先に攻めてきた敵国であるからで、今後さらわれた三門市民の救出で赴く先はこれまで一度も敵対行為のなかった国であり、無用な争いを避けたいのだから穏便に交渉で済ませたい。

もしボーダー側が先に武器(トリガー)を取り出してしまえばそこで玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の敵になってしまう。

こちらは拉致被害者を取り返したいだけで戦争がしたいわけではないが、相手は金で買った()()をそう簡単に返してくれるはずがないのだから、何かしらの代価を支払わなければ交渉することも叶わない。

そこで「玄界(ミデン)はキオンと手を組んでいる」「アフトクラトルと戦ってさらわれた仲間を取り戻した」「複数の(ブラック)トリガーを持っていて、戦争となれば投入する覚悟がある」といった「噂」が近界(ネイバーフッド)の各地に広まっていることを利用するのことが最も効果的であると考えられる。

これまでツグミたちが近界(ネイバーフッド)へ行くたびに様々な国で「下手に玄界(ミデン)と敵対すればボーダーという組織が黙ってはいない。アフトクラトルの新王ハイレインは国宝級の(ブラック)トリガーまで投入して侵攻してもわずか数時間で撤退。さらに本拠地に潜入され、さらったトリガー使いの子供たちを全員奪い返された」と紛れもない事実を触れ回ってきた。

アフトクラトルによって酷い目に遭わされてきた国が多いものだからボーダーの活躍は絶賛され、いくらか誇張された話としてさらに広まっていくため「玄界(ミデン)はかつてのトリガー後進国ではなく、軍事大国相手に堂々と渡り合える国になった」と評価されている。

この()()()はボーダーにとって非常に有効で、戦わずして市民を救出する作戦を決行するのに異論を唱える者はいない。

 

しかし異論はなくとも不安はある。

ボーダーがキオンと手を組んで圧力を掛けるとなると、逆にアフトクラトルに助けを求めて本格的な戦闘になってしまう可能性は否めない。

そうではなくともボーダーがエクトスによって拉致された市民を救出するために遠征を行うという情報をアフトクラトル側に知られると、その前にアフトクラトル側がボーダーの妨害をすることも考えられるのだ。

そして近界(ネイバーフッド)の国々は「アフトクラトルの勢力下に入る」か「キオンと玄界(ミデン)のグループに入る」か「どちらにも入らない」の3つに分かれるだろう。

単独で維持できる大国ならどちらにも与せずにいられるだろうが、近界(ネイバーフッド)の大半を占める小国ではアフトクラトルかキオンの傘下に入らなければ難しい。

特にハイレインがアフトクラトル一国による支配を目論んでいるのだから、少しでもアフトクラトルと戦おうという意思があればボーダーの提案に耳を傾けるだろうが、初めから諦めてアフトクラトルに従属するような小国では無理だ。

キオンも軍事大国ではある、キオンが味方になるといってもアフトクラトルはそれ以上の軍事力を有しており、キオンは対象国を滅ぼすようなことはしないがアフトクラトルは()()()()()()()対象国の(マザー)トリガーを奪い、国を滅ぼしてしまうことすらあった。

それくらいアフトクラトルの軍事力は近界(ネイバーフッド)の国々で驚異であり、恐怖の対象ともなっているのだとゼノンは近界(ネイバーフッド)の事情を説明した。

 

「キオンも過去はアフトのように武力によっていくつもの国に攻め込んで従属させてきました。しかしこんなことを続けていればいずれ近界(ネイバーフッド)すべてを敵に回してしまうと考えたスカルキ総統は前総統のやり方に反対し、当時軍の7割以上を占めていた『穏健派』の支持によって新しい総統に就任しました。その過程について詳しいことは離せませんが、ここにいるみなさんなら察していただけると信じています」

 

ツグミはテスタが総統に就任した経緯について本人から聞かされていた。

前総統は当時65歳で心臓の持病があったらしい。

そんな彼がひとりで執務室にいた時に発作を起こしたのだが、()()()秘書官が別室で来客の対応をしていて発見が遅れ、さらに()()()()ことに侍医が政庁の外にある軍総司令部へ赴いており、連絡を受けて戻って来た時には手の施しようがなかったということだった。

しかし秘書官が対応していた客と侍医を政庁から引っ張り出した人物、そして当日の軍の通信員のすべてが「穏健派」でテスタを支持する人物であった。これが()()であれば前総統の死因は単なる持病の悪化による病死なのだが、本当に運が悪かっただけなのかどうかは闇の中だ。

経緯はどうであれこの結果テスタが総統となり、現在の体制が始まったのだった。

キオンが強大な軍事力を維持し続けていることに変化はないが、それを行使しないことでアフトクラトルとは大きな違いが生じている。

これはツグミがミリアムの(ブラック)トリガーの適合者であり、且つ常に所持していることを近界(ネイバーフッド)で触れ回っているが絶対に使用しないことと同じだ。

強大な力を誇示することで相手に対して暗に圧力をかけて無駄な争いにならないようにするというやり方は玄界(ミデン)ではよくあることだが、近界(ネイバーフッド)では非常に珍しい。

近界(ネイバーフッド)の慣習にとらわれない革新的な考え方で、そういった点でツグミはテスタのことを高く評価しているのだ。

前総統の死にテスタが関わっていたとしてもそれは文字どおり「一殺多生」で、彼のおかげで多くの善良な国民が戦争に駆り出されることはなくなった。

「一殺多生」とはひとりを殺すことで多く生かすとする真宗大谷派の仏教用語であるが、大義のためには犠牲を厭わないという思想でもあり、戦前の右翼団体がこの思想によって要人暗殺というテロ行為に及んでいる。

ただしこれは団体の主催者が自分に都合の良い解釈をして利用しただけで、本来の仏教の教えとは大きく異なっている。

ところでテスタの考えは近界民(ネイバー)の指導者としては非常に稀有なものだ。

トリオンという人間の生み出すエネルギーに頼りきっている文明だから人間が大切に扱われるはずなのに、彼らの知恵や技術は武器(トリガー)やトリオン兵の開発・作成に費やされてしまっていて、人間の生活に密接な医療や産業は蔑ろにされている。

医療レベルが圧倒的に低く、玄界(ミデン)では適切な処置をすれば助かる病気や怪我であっても近界(ネイバーフッド)では助からない方が多い。

だからツグミに言わせれば「戦争なんかやっているよりも他に優先すべきことがあるだろっ!」ということになり、近界民(ネイバー)たちの愚かな行為に終止符を打ちたいと考えてしまうのだ。

近界(ネイバーフッド)では「トリオンがもっと欲しい → 人間の数を増やしたい → どこかの国からさらって来よう → 戦争 → トリガー使いが少ないからトリオン兵を作ろう → それにはトリオンが大量に必要」という負のスパイラルに陥ってしまっている。

この近界民(ネイバー)たちにとって当たり前の考え方に疑問を持ち、近界(ネイバーフッド)におけるトリオン依存の体質を変えたいと考えたのがテスタで、彼にはその意思を行動に移すことのできる力を持っていた。

「トリオンがもっと欲しい → 人間の数を増やしたい」までは同じでもどこかの国からさらうという考えを捨て、さらに戦争を止める手段として圧倒的な武力を誇示することによって相手の戦意を挫くというやり方もこれまでの近界(ネイバーフッド)ではありえないことである。

織羽と有吾という革新的な考え方を持つ人間が20年前に玄界(ミデン)へとやって来て「世界を変革する引き金」となる組織を立ち上げ、近界民(ネイバー)の織羽が玄界(ミデン)の女性と結婚してツグミが生まれた。

そのツグミがボーダー隊員として成長していく上で近界民(ネイバー)との融和の道へ進んで行き、その中でテスタという人間に出会った。

キオンという大国の指導者で戦争という手段を用いずに近界(ネイバーフッド)を統一しようと考える人物とお互いの「利益」が一致したのだった。

だからテスタの()()などツグミは気にせず、テスタも彼女がそういう人間だと理解しているから隠しておいても支障のない自分の総統就任の経緯を話した。

ここで他人から前総統の最期について妙な入れ知恵をされるよりも本人が話してしまった方が良いと判断したのだ。

もっとも自分の指示で()()()などとは言わなかったが。

ボーダーの上層部のメンバーも薄々は勘付いており、そのことについては黙認することで一致している。

城戸たちだって過去には()()()()やってきていて、他人のことをどうこう言う資格などないからだ。

 

ひとまずヒエムスへ行って政府に拉致被害者の返還を求めるという案が挙がった。

もちろん相手側も素直に返してくれるはずはなく、その条件について話し合うことを前提として派遣メンバーを選ぶのだが、こうした交渉事であればおのずと決まってくる。

ボーダー総司令の代理として唐沢が交渉するのは誰が見ても適任で、彼以外には見当たらない。

またこれまでのツグミの実績を考えれば近界民(ネイバー)を相手にするなら彼女を欠かせないのだが、唐沢とツグミはキオン・エウクラートンとの同盟締結の仕事を最優先で行っているのでヒエムスへ赴くのは無理である。

同盟締結も市民救出作戦と同じくらい重要な命題であり、仮にこのふたりがヒエムスへ行くことになれば同盟締結に関わる仕事は最低でも3週間は遅延する。

キオンは玄界(ミデン)の周りを約400日の周期で回っている国で、エウクラートンはキオンの周囲を回っているから、キオンが玄界(ミデン)に最接近するこの時期がお互いに交流するのに便利であって、ぜひともこの機会に3国を固い絆で結びたいと考えているのだ。

キオン・エウクラートンとはツグミが窓口にならなければ話が進められないということはないのだが、テスタが彼女個人を非常に気に入っていることと、エウクラートンの次期女王候補者であるからスムーズに話を進めるには必要な存在であるから外したくないのだ。

 

そこで城戸が出した結論は「市民救出計画は滞りなく進めるが、まずは拉致被害者及びその家族の亡命希望近界民(ネイバー)の受け入れ態勢を整えることを優先する」というもので、三門市との交渉は唐沢が行うことに決まった。

受け入れ態勢が整っていない状況で拉致被害者とその家族の亡命希望近界民(ネイバー)がやって来れば混乱が起きるのは必至。

救出作戦を行うボーダーよりも、帰還した拉致被害者とその家族の亡命希望近界民(ネイバー)を受け入れなければならない行政の方が大仕事になるというもの。

したがって三国同盟の件はツグミが進めてどうしても唐沢の手が必要な時だけ手伝ってもらい、唐沢には市民救出計画の中でも三門市との交渉をメインに行ってもらうことに落ち着いた。

こうしてヒエムス政府との交渉を先送りにすることで、まずは三国同盟の件を済ませてしまおうというのである。

もちろんこのことがマスコミや民間人に知られるとマズイので、関係者には箝口令が敷かれることとなった。

 

 

 

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