ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ヒエムスへの調査隊の報告会は午後1時に開始となった。
参加者は城戸たち上層部メンバーとツグミ、迅、さらに麟児が急遽招集されて席に着いている。
麟児は報告を聞くというよりは報告の補足とボーダーの計画内容について意見をしてもらうために呼び出したと言っていいだろう。
調査隊の隊長にゼノンを任命し、麟児の意見を求めるといった
仲間を失った怒りや哀しみ、
ボーダーの総司令という立場の彼が新体制を立ち上げた時点で「三門市民の平和と安全を脅かす
しかし「
その鍵を開けたのがツグミで、
「諸君、緊急の招集に応じてくれて感謝する。早速だが調査隊メンバーから報告をしてもらおう」
城戸がそう言うと室内の照明が消え、ロの字型の卓の中央に
続いて隊長であるゼノンが立ち上がって報告を始める。
「軌道配置図の中で赤く点滅している国がヒエムスです。国の詳細についてはお手元にある資料をご覧ください」
ゼノンはヒエムスに到着してからのことを説明した。
この国はエクトス以外の国との国交が非常に少ないため、ゼノンたちキオンの諜報員ですら情報がほとんどない。
必要なものはエクトスとの交易によって手に入れるという手段があるからほぼ鎖国状態なのだそうだ。
そして農業国で交易に農産物を使うくらい多く生産できることから近隣のレプトに狙われ長い間戦争状態にあったが約2年前に終結。
戦勝国となったことでレプトのトリガー使いの多くを手に入れることができた。
その中に鳩原智史がいたのである。
調査隊の艇は首都郊外の森の中に停泊し、首都から一番近いメコス ── 涼花たちが住んでいた町へと赴いて、そこで彼女を発見。
彼女とカルーロのサポートを得て首都に潜入して軍の中央司令部と政庁周辺等の調査をした。
しかし涼花以外の
女性たちの
「したがってその資料を手に入れるか、もしくはひとつひとつの都市や町を探し歩くという非効率的な方法の二択になるでしょう。なにしろ拉致した
ゼノンがそう言うと、城戸が質問をした。
「なぜひとりひとりバラバラになっていると言えるのだ?」
「これは
「なるほどな…」
ゼノンの説明どおり捕虜や拉致した人間を分散させるのは理に適っている。
単独では何もできずとも人数が集まれば知恵を出し合って作戦を練ることもできるようになり、脱走が成功する可能性がそれだけ高まるというものだ。
それに異国において頼るものがおらず自分ひとりだけだと非常に心細い。
心が弱った人間は懐柔するのは簡単で扱いやすくなる。
これまで生還した智史と青葉のふたりも自分以外の拉致された三門市民には一度も会っていないと証言していて、ゼノンの話と合致している。
手間や金をかけて手に入れた人間をそう簡単に逃がすわけにはいかないという
当然のことだが拉致被害者本人は三門市に帰りたいだろうが、涼花のように結婚をして家族がいるとその家族まで亡命を希望して三門市へやって来ることになると考えられる。
もちろん住み慣れたヒエムスの方がいいと言う
それにエクトスに都合の良い取引をしているせいでヒエムス国内の食料は十分とは言えないから、
さらに問題となるのはトリガー使いとして売られた男性たちで、彼らは常に軍の監視下にあるから民間人のように勝手に行動できないためにこっそり連れ帰るのは不可能だ。
どこの国でもトリガー使いは貴重な存在で、そう簡単には手放すはずがない。
これはヒエムスに限らず
しかし逆に言うと成功すればそれがマニュアルとなり、他の国でも
アフトクラトル遠征の場合はさらわれたC級隊員の救出に武力投入したのはアフトクラトル側が先に攻めてきた敵国であるからで、今後さらわれた三門市民の救出で赴く先はこれまで一度も敵対行為のなかった国であり、無用な争いを避けたいのだから穏便に交渉で済ませたい。
もしボーダー側が先に
こちらは拉致被害者を取り返したいだけで戦争がしたいわけではないが、相手は金で買った
そこで「
これまでツグミたちが
アフトクラトルによって酷い目に遭わされてきた国が多いものだからボーダーの活躍は絶賛され、いくらか誇張された話としてさらに広まっていくため「
この
しかし異論はなくとも不安はある。
ボーダーがキオンと手を組んで圧力を掛けるとなると、逆にアフトクラトルに助けを求めて本格的な戦闘になってしまう可能性は否めない。
そうではなくともボーダーがエクトスによって拉致された市民を救出するために遠征を行うという情報をアフトクラトル側に知られると、その前にアフトクラトル側がボーダーの妨害をすることも考えられるのだ。
そして
単独で維持できる大国ならどちらにも与せずにいられるだろうが、
特にハイレインがアフトクラトル一国による支配を目論んでいるのだから、少しでもアフトクラトルと戦おうという意思があればボーダーの提案に耳を傾けるだろうが、初めから諦めてアフトクラトルに従属するような小国では無理だ。
キオンも軍事大国ではある、キオンが味方になるといってもアフトクラトルはそれ以上の軍事力を有しており、キオンは対象国を滅ぼすようなことはしないがアフトクラトルは
それくらいアフトクラトルの軍事力は
「キオンも過去はアフトのように武力によっていくつもの国に攻め込んで従属させてきました。しかしこんなことを続けていればいずれ
ツグミはテスタが総統に就任した経緯について本人から聞かされていた。
前総統は当時65歳で心臓の持病があったらしい。
そんな彼がひとりで執務室にいた時に発作を起こしたのだが、
しかし秘書官が対応していた客と侍医を政庁から引っ張り出した人物、そして当日の軍の通信員のすべてが「穏健派」でテスタを支持する人物であった。これが
経緯はどうであれこの結果テスタが総統となり、現在の体制が始まったのだった。
キオンが強大な軍事力を維持し続けていることに変化はないが、それを行使しないことでアフトクラトルとは大きな違いが生じている。
これはツグミがミリアムの
強大な力を誇示することで相手に対して暗に圧力をかけて無駄な争いにならないようにするというやり方は
前総統の死にテスタが関わっていたとしてもそれは文字どおり「一殺多生」で、彼のおかげで多くの善良な国民が戦争に駆り出されることはなくなった。
「一殺多生」とはひとりを殺すことで多く生かすとする真宗大谷派の仏教用語であるが、大義のためには犠牲を厭わないという思想でもあり、戦前の右翼団体がこの思想によって要人暗殺というテロ行為に及んでいる。
ただしこれは団体の主催者が自分に都合の良い解釈をして利用しただけで、本来の仏教の教えとは大きく異なっている。
ところでテスタの考えは
トリオンという人間の生み出すエネルギーに頼りきっている文明だから人間が大切に扱われるはずなのに、彼らの知恵や技術は
医療レベルが圧倒的に低く、
だからツグミに言わせれば「戦争なんかやっているよりも他に優先すべきことがあるだろっ!」ということになり、
この
「トリオンがもっと欲しい → 人間の数を増やしたい」までは同じでもどこかの国からさらうという考えを捨て、さらに戦争を止める手段として圧倒的な武力を誇示することによって相手の戦意を挫くというやり方もこれまでの
織羽と有吾という革新的な考え方を持つ人間が20年前に
そのツグミがボーダー隊員として成長していく上で
キオンという大国の指導者で戦争という手段を用いずに
だからテスタの
ここで他人から前総統の最期について妙な入れ知恵をされるよりも本人が話してしまった方が良いと判断したのだ。
もっとも自分の指示で
ボーダーの上層部のメンバーも薄々は勘付いており、そのことについては黙認することで一致している。
城戸たちだって過去には
ひとまずヒエムスへ行って政府に拉致被害者の返還を求めるという案が挙がった。
もちろん相手側も素直に返してくれるはずはなく、その条件について話し合うことを前提として派遣メンバーを選ぶのだが、こうした交渉事であればおのずと決まってくる。
ボーダー総司令の代理として唐沢が交渉するのは誰が見ても適任で、彼以外には見当たらない。
またこれまでのツグミの実績を考えれば
同盟締結も市民救出作戦と同じくらい重要な命題であり、仮にこのふたりがヒエムスへ行くことになれば同盟締結に関わる仕事は最低でも3週間は遅延する。
キオンは
キオン・エウクラートンとはツグミが窓口にならなければ話が進められないということはないのだが、テスタが彼女個人を非常に気に入っていることと、エウクラートンの次期女王候補者であるからスムーズに話を進めるには必要な存在であるから外したくないのだ。
そこで城戸が出した結論は「市民救出計画は滞りなく進めるが、まずは拉致被害者及びその家族の亡命希望
受け入れ態勢が整っていない状況で拉致被害者とその家族の亡命希望
救出作戦を行うボーダーよりも、帰還した拉致被害者とその家族の亡命希望
したがって三国同盟の件はツグミが進めてどうしても唐沢の手が必要な時だけ手伝ってもらい、唐沢には市民救出計画の中でも三門市との交渉をメインに行ってもらうことに落ち着いた。
こうしてヒエムス政府との交渉を先送りにすることで、まずは三国同盟の件を済ませてしまおうというのである。
もちろんこのことがマスコミや民間人に知られるとマズイので、関係者には箝口令が敷かれることとなった。