ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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404話

 

 

緊急会議が終わると参加者たちはそれぞれの役目を果たすために三々五々と散っていった。

ツグミの作戦要項を聞いて乗り気の者もいれば城戸や忍田の指示だから仕方なく彼女の作戦に従うという者もいる。

しかし全員に共通しているのはこの作戦が成功するか否かで今後の市民救出計画だけでなくボーダーの存在そのものにも大きく関わってくることを認識したということである。

城戸が「謝罪は公式に受け入れる。しかしだからといって和解したことにはならない」と言ったように、あくまでもボーダーは()()アフトクラトルとは同盟を結ぶような関係にはなれない。

ただし敵に回すのは非常に面倒なことになるわけで、ツグミの考え方のように「軍事力による近界(ネイバーフッド)の国々の支配を阻む」ことを目指すのが最も現実的だ。

ランバネインとヴィザを引き離すことでハイレインは忠臣と呼べる人間をすべて失うことになる。

祖国(アフトクラトル)を裏切るように誘導するのは難しいが、ハイレインのやり方は()()()()()とランバネインに理解させれば難易度は下がる。

ランバネインにハイレインのやり方を否定させる考え方を植え付けて味方にすることができればこちらのもの。

()()()()()()()()()()に仕えているヴィザはランバネインの命令に従わざるをえないからだ。

これはボーダーにおける城戸と林藤と迅の関係と同じで、遊真の(ブラック)トリガー強奪未遂事件の際に城戸が無茶なことを命じても林藤の判断によって迅が行動したことがその例である。

ハイレインは国王となったことで直属の家臣が増えたものの、ランバネインをベルティストン家当主にしたことでヴィザへの命令がランバネイン経由となってしまった。

たぶんハイレインはランバネインを当主にした時に深く考えていなかったに違いない。

ランバネインが自分に逆らうことなど絶対にありえないと考えているから、ヴィザまでもが自分の手足にならなくなるとは想定外なのだ。

だからランバネインさえ懐柔してしまえばハイレインの戦力を削ぐことができる。

もっともヴィザは自分が手塩にかけて育てた弟子(ヒュース)を「その存在が自分にとって都合が悪い」という理由でハイレインによって簡単に()()()()()()()のだから不信感とまでは言えずともこれまでのように無条件で服従するとは思えない。

もちろんヴィザ以外にも(ブラック)トリガーはいるはずだが、少なくとも()()星の杖(オルガノン)の使い手を敵に回さずに済めばだいぶ楽になる。

そして最も重要なのはハイレインが実弟から見放されてしまったという事実で、忠臣を簡単に切り捨ててしまう彼のやり方に不安を覚える家臣の離反が加速すると見込んでのことだ。

なにしろ新王(ハイレイン)はアフトクラトル国民からの支持率は低い。

王になりたいがために玄界(ミデン)に攻め込んだもののたいした成果は得られずに追い返され、トリガー使いとして使えそうな子供をさらって来たというのにボーダーの遠征部隊によって全員奪い返されている。

またハイレイン隊が攻め落としたガロプラでは制圧した(マザー)トリガーを奪い返され、現地に駐在していたアフトクラトルのトリガー使いたちはガロプラに亡命までしてしまう始末。

直属の部下を「神」に仕立てあげて王になったが有力貴族の叛逆を恐れてクーデターを企んだ領主たちを始末し、後継となる幼い子供たちを母親から奪うように引き離してしまうという情け容赦のない態度には国民たちも激怒している。

それをおおっぴらにすれば自分の身が危ういからと誰もが黙っているし、家臣団もクーデターを起こすことができるほどのリーダーはおらず、今国内で内乱が起きたらそこをキオンに利用されて最悪の事態になることを理解しているからハイレインの下でおとなしくしている。

こうした状態だからランバネインひとりを切り離しただけでもアフトクラトルは総崩れになる危険性を孕んでいるのだ。

 

ツグミは「物事の善悪は立場だけでなく時代や国によって変わるものである」と考えている。

だから「戦争は間違っている」などと言っても効果はなく、自分の目的達成のためであれば大量虐殺もその人間にとっては「善」である。

そして「人間は損得勘定で動く生きもので、楽して得ができるとなればそちらに流れる」とも考えていて、「同じ結果を得るであればこうすると効率が良くて楽ができる」と言えば大概の人間が耳を貸すようになる。

これは誰もが手間をかけずに大きな結果を求める人間の習性によるもので、楽して金儲けをしたいと考える人間が多いのはそのせいだ。

ハイレインが近界(ネイバーフッド)を武力で支配しようとするのは()()()()戦争をなくすための手段であり、たったひとりの指導者 ── 独裁者の下で統一した行動をすれば争いはなくなると考えているためである。

独裁者というと民衆を虐げ、敵対する者がいれば躊躇なく排除し、恐怖で人々を支配するという冷酷無慈悲なイメージがあるが、単に恐怖による支配では長続きせず、本人に「魅力」がなければすぐにその地位を別の人間に奪い取られる。

ではハイレインに魅力があるかというとそうではない。

彼のことを良く知るディルクやヒュースは「NO」と答えた。

ハイレインには心を許せる人間が誰もいないとふたりは言う。

実弟のランバネインにすら本心を隠していて、家臣は自分の野望達成のための「駒」としか考えておらず、その証拠にエネドラの殺害を筆頭に邪魔な存在をことごとく切り捨て、役立つ人間は利用してきた。

今回のランバネインの来訪も自分が王として国を離れるわけにはいかないという理由の他にボーダーによって暗殺されることを恐れているからである。

ボーダーのことを信用して実弟を派遣するのではなく、信用できないから我が身可愛さに代理人を立てて済まそうというのだ。

ボーダーがランバネインを暗殺したり拘束して取引に利用することも考慮に入れてあり、その場合の計画もすでに彼の頭の中にあるだろうとディルクは推測している。

ならばそんなハイレインの性格を利用して()()にしてしまえばいい。

そうなれば自分ひとりでは何もできないという無力さを知るだろう。

それに丸裸にはできなくてもランバネインにボーダーとキオンがどういった理由で同盟を結ぼうとしているのかを理解させれば、ランバネインが帰国してハイレインに教えるだろうから考えを改めるきっかけになるかもしれないとツグミは考えた。

それでもダメなら武力によって支配しようとするハイレインには武力によって押さえ付けるしかないのだが、それはあくまでも最終手段である。

とにかくランバネインの攻略が今後のボーダーの運営に大きく影響するのだからやれるだけのことをやるしかない。

そのためにツグミは隊長たちを集めて協力を要請し、結果がどうなるのかはまだわからないとはいえある程度の手応えは感じていた。

 

 

 

 

「ツグミ、待ちなさい」

 

廊下を歩いていたツグミの背後から城戸が彼女を呼び止めた。

 

「水戸涼花の家族のことで話がある。彼女は今おまえたちの住む寮を出て元の家で暮らしているそうだな?」

 

「はい。数日かけて掃除をしたり建物の修繕をして人が住めるようになりましたから、彼女にとっては住み慣れた実家の方がメンタル面でも良いと()()()()判断しました」

 

三門市へやって来た近界民(ネイバー)たちの「管理」を一任されているツグミは「ボーダー及び三門市民に迷惑をかけない」ことを唯一絶対のルールとして厳守することを条件に彼らの自由な行動を認めている。

だから寮を出て生活をしている涼花たちのことを咎められる理由はないと、ツグミは少々ムッとした顔で言ったものだから城戸は苦笑した。

 

「別にそのことで文句を言いたいのではない。ただ寮を出たとなると生活費など困っているのではないかと思っただけだ」

 

するとツグミは申し訳なさそうな顔で答えた。

 

「すみません。ちゃんと経過報告をすべきだったのですがそれを怠ったわたしが悪いだけでなく勘違いをしてしまったようですね。実は彼女は実家の金庫に保管してあった現金や預金通帳を回収してそれで生活をしています。できるだけボーダーに頼らないで暮らしていきたいという彼女の意思を尊重してルールの範囲内で自由にしてもらっています。子供が小さいとはいえ6畳とダイニングキッチン8畳の広さでは3人で暮らすには少し手狭ですから近所にある実家に住みたいと思うのは無理もありません。もし困ることがあればいつでも頼るように言ってありますが、3人で上手く生活しているようです。水道や電気といった生活に必要なインフラにも問題はありませんし、あえて言えば周囲に商店がありませんから買い物に行くのにちょっと不便なくらいです。でもそれも自転車を買ってマーナさんと一緒に行くこともあるみたいで心配ありません」

 

「そうか、それならいい。彼女たちの今後の生活について三門市と折衝しているのだが涼花さんは市民だから何ら問題はないものの、やはり近界民(ネイバー)である配偶者と娘のふたりをどういう形で受け入れるかを決めかねている。さすがに近界民(ネイバー)だと公にして生活するにはまだ環境が整っていないからな」

 

「ですよね…。拉致された市民の涼花さんが無事に帰って来たことを喜んでくれるでしょうけど、近界民(ネイバー)と結婚をしていてその家族ごと受け入れろと言うとどうしても抵抗感があります。カルーロさんたちが近界民(ネイバー)であることを隠して生活していてバレた時は涼花さん本人にも悪影響があるでしょうし。今回の件だけならまだ戸籍を偽造するといういつもの手を使うことも可能でしょうけど、今後こうした事案が山ほど発生するのは目に見えていますから根本的な解決をしないといけません」

 

「ああ、そうだ。そういうわけでまだしばらくは現状維持となる。アフトの件と三国同盟の件と同時にいくつもの案件が重なっているからな。おまえには苦労をかけてしまっている。すまないな」

 

城戸が頭を下げるものだからツグミは困惑してしまう。

 

「城戸司令、謝らないでください。これはわたしが自分の判断でやっていることです。それにわたしにしかできないことであればわたしがやるしかありません。だってそれは結果的に自分のためになることで、以前のわたしでしたら絶対に不可能なことでした。でも今は城戸司令を始め大勢の理解者や協力者がいて追い風になっているんです。さっきの会議でわたしの説明を聞いて半数以上が協力してくれる雰囲気でしたし、アフトの件は早く片付けないと手遅れになってしまうかもしれない重大事です。成功すればハイレインの暴走を止めることができるはず。そうすれば近界(ネイバーフッド)における戦争を減らすことができてボーダーとしても今後の行動が楽になります。だったら少しぐらい無理をしても頑張っちゃいますよ。あ、でも無理をしすぎて倒れるような無様なことは二度としません。戦うべき時に戦えないなんて最低ですからね」

 

トリオン器官の酷使でB級ランク戦の途中でリタイヤし、ガロプラの本部基地襲撃の際にも何もできなかった自分を猛省しているツグミ。

その悔しさは彼女の最も嫌う「後悔」で、城戸に言ったように二度と無様な姿を見せないと日常の行動を()()している。

そのことは城戸も承知していて、いずれは彼女の功労に報いたいと考えていた。

 

「いずれにせよおまえの働きがなければ近界民(ネイバー)との融和政策は進まぬ。しばらくは頑張ってもらうことにはなるが、くれぐれも()()自分を大切にするんだぞ」

 

「了解です。城戸()()の期待には応え、城戸()()には心配をかけないよう努めます」

 

そう言って微笑むツグミに対して城戸は苦笑する。

 

「司令としての私も心配はしているのだがね…。まあ、いいか。話はそれだけだ。引き止めて悪かったな」

 

「いえ、お心遣いありがとうございます。できるだけ自分たちだけで工夫をしてやっていきますから、もし不都合がありましたらご相談しますのでその時にはよろしくお願いします」

 

「ああ、わかった」

 

ツグミと城戸はそこで別れ、別々の方向へと立ち去った。

以前であればこのふたりが顔を合わせれば気まずい雰囲気となったが、紆余曲折を経て「上司と部下」であり「父と娘」でもあり、そして「同志」として理解し合えるようになっていた。

これは織羽と有吾が理想とした本来ボーダーが歩むはずだった「道」を外れて進んでしまった城戸にとって軌道修正したことになり、彼が失ってしまったものを取り戻すことにもなるだろう。

かつてツグミがメノエイデスで捕虜になったウェルスを逃がしたことで城戸との間に大きな亀裂が生まれてしまったが、それすらも最善の未来のために必要な布石だったとも思えてくる。

それはともかく織羽だけでなく有吾や最上など鬼籍に入った者たちは城戸の変化を見て安堵しているに違いない。

遠い昔に肩を並べて理想を語り合った頃の朗らかで人付き合いの良い彼に戻りつつあるのだから。

 

 

 

 

ツグミが向かった先は研究室(ラボ)で、顔馴染みの技術者(エンジニア)たちに挨拶をしてから奥の個室で作業をしている寺島に声をかけた。

 

「こんにちは、寺島さん。お願いしたものはどんなカンジですか?」

 

「ああ。例のものならそこに置いてある」

 

寺島はそう言って顎で脇にあるテーブルの上に置かれたトリガーを指した。

それを手に取ったツグミは大喜びで礼を言う。

 

「どうもありがとうございます。さすがに寺島さんの仕事は早いですね」

 

「城戸司令から急ぐように頼まれていたからな。それに前におまえが使ったトリガーのデータをちょっといじっただけだからたいした手間じゃなかったし」

 

「それでも他の仕事を後回しにして先に仕上げてくれたんですから感謝です。後で何か持って来ますね」

 

「おう、楽しみにしてるぞ」

 

研究室(ラボ)を出たツグミは本部基地を後にして寮へと戻って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

1週間後にランバネインが来訪するということは、同時にディルクとマーナがアフトクラトルへ帰国するということでもある。

そういう条件になっているのだし、ディルクも自分の身が安全だと保証されたのだから一刻も早く領民たちの待つ祖国へ帰りたいと思っている。

ただし三門市で半年も暮らしているとその便利さに慣れてしまい、冷蔵庫や電子レンジ、テレビ、温水便座やPCのない生活など耐えられないなどと言い出したくらいで名残惜しいとも思っているようだ。

もちろんトリオンをエネルギーとしてこれらの家電品を近界(ネイバーフッド)様式に変更して使用することは不可能ではないが、ディルク自身がトリオンに頼りきっている近界民(ネイバー)の習慣に疑問を抱いているから諦めざるをえなかった。

しかしCDプレイヤーと十数枚の音楽CD、そしてプレイヤーを使用するためのポータブルソーラー発電機だけはどうしても持ち帰りたいということですでに購入して艇に積み込むだけになっている。

マーナは玄界(ミデン)の食文化に魅了され、インスタント食品だけでなく近界(ネイバーフッド)では貴重品となっている香辛料や便利な調理道具、さらには家庭菜園で育てたいと言って数種類の野菜の種を持ち帰ることにしていた。

そんな帰り支度に忙しい両親の姿を見ているレクスの心の中は複雑だ。

両親だけでなくヒュースも帰国してしまうためにひとりで異国に取り残されてしまうことになるわけで、9歳の子供には心細いはずなのに無理に平気を装っている姿を見てツグミたち周囲の人間は心を痛めている。

近界(ネイバーフッド)で戦争が絶えないものだからトリオン能力の高い子供は強制的にトリガー使いにさせられてしまうため、レクスは両親と別れて玄界(ミデン)に残ることになった。

彼を悲しませているのは近界(ネイバーフッド)の「悪弊」のせいで、それこそがツグミたちの「敵」である。

その敵を倒すために戦っているのであり、現時点でハイレインを敵と考えているのは彼が近界(ネイバーフッド)の悪弊を体現してしまっているからだ。

だからハイレインに軍事力を誇示して他国を従属させるというやり方を改めさせすれば敵どころか仲間になりうる。

仲間にすることはできずとも敵でなくなれば市民救出計画だけでなくボーダーの今後の活動に効果があるのだから、ランバネインの来訪をツグミは全力で()()しようと考えていた。

その彼女の考える歓待方法に疑問を持つ者は多かったが、地道に説明をして協力者を増やしていき、やっと正式に認められて行動を開始したのだった。

あとはどれだけの隊員が「イベント」に参加してくれるかなのだが、仮にゼロであった場合には彼女自身はもちろんのことゼノンたちが協力してくれることになっているので心配はない。

 

自室に戻ったツグミは計画表を開き、準備すべき項目の内「ランバネイン用トリガー」に済の意味の「(チェック)」を入れた。

チェック欄の9割以上が埋まっていて、後は対外的なものの最終確認だけとなっている。

 

(ランバネインの好物は肉と酒ってことだけど、さすがにわたしがお酒を用意することは難しいわよね…。滞在中に一度くらいは手料理でもてなしてあげたいけど、これは…ディルクさんに相談してお酒を決めて、それに合わせた料理を作ろう、っと)

 

ランバネインが三門市に滞在する間は唐沢の古い友人の経営するホテルに宿泊してもらうことになっているのだが、もちろん近界民(ネイバー)だとは知らされていない。

さすがにアフトクラトルの国王の代理の使者に対して弓手町の1DKの部屋というわけにはいかず、城戸の知り合いの外国人ということにして唐沢に頼んで手配をしてもらったのだ。

ツグミが寺島から受け取ったトリガーはヒュースが使用しているものと同じ「角なしのトリオン体」に換装させるためのものである。

これを使えば街の中を散策しても近界民(ネイバー)だとは悟られずに済むだろうから、ランバネインの嗜好を満たすために役立ってくれるはずだ。

 

こうして「ランバネイン攻略作戦」は()()当日に向けて着実に進められていくのだった。

 

 

 

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