ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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408話

 

 

「RESORT HOTEL NANAO」は七尾市の郊外にある高級ホテルで、その別館は明治期に建てられた素封家の別荘を移築したものだ。

本館には七尾温泉の源泉を引く温泉大浴場を有し、別館は規模こそ小さいが源泉かけ流しの風流な露天風呂があってこのホテルの売りとなっている。

ここなら本館の客と接点を持つことはありえないため、無理を言ってお願いをしたのだった。

ホテルのスタッフは最低限の数に抑え、唐沢の友人たちの会合ということになっている。

もっともボーダーの名は出していなとはいえ、城戸や忍田だけでなくツグミと迅もテレビに出演している()()()だからバレバレだろうが。

 

近界民(ネイバー)といっても外国人であることに変わりはないから、ランバネインには玄関で靴を脱いで畳敷きの部屋に案内されるという日本人には当たり前の習慣や光景が珍しいようで周囲をキョロキョロと見回している。

見方によっては周囲を警戒している怪しい人にも見えなくはないが、彼から放たれる緊張感ゼロのオーラを感じられたらそれが異文化に興味津々なだけだとわかるはずだ。

そんなランバネインを客間に案内し、城戸たちは他の部屋で待機をすることになる。

会食の時間まで2時間以上あるので温泉に入る余裕もあり、城戸たちもこの時間を利用して本館の大浴場へと行くらしい。

 

「ランバネインさん、食事の前に入浴はいかがですか? ここには玄界(ミデン)、特にこの国の人間が非常に好む『温泉』というものがあります」

 

「オンセン?」

 

「地熱によって温められた地下水が地上に湧いて出ていて、それを広い湯船に溜めて入るんです。とても気持ちがいいですよ」

 

「入浴か…。それも悪くない」

 

「それとこの別館の中では換装を解いて生身の身体で行動してかまいません」

 

「そうか、じゃあ戻るか」

 

そう言って換装を解くランバネイン。

彼はツグミたちの対応に満足していて、ここがかつてアフトクラトルが侵略しようとしていた玄界(ミデン)であることなどすっかり忘れているかのようで、警戒心も薄れて暢気なものだ。

ボーダーの目的は彼を殺すことではないし、アフトクラトルを再び敵として戦うことではない。

いかに玄界(ミデン)の文化が素晴らしいものであり、それを近界民(ネイバー)であっても享受できるのだということを教えたいのだ。

だから歓迎することになり、ツグミは精一杯「おもてなし」をしているのである。

これはランバネインの顔色をうかがって下手に出ているのではなく、彼の懐に飛び込んでボーダー側に引き寄せようという「作戦」で、ここまではツグミの策も順調に進んでいた。

 

「それではご案内します」

 

そう言ってツグミはランバネインの体格に合わせた4XLの浴衣と着替えの下着、リネン類を抱えると浴場へと向かった。

別館の風呂は檜の湯船の内湯と庭園に面した高野槙の露天風呂のふたつがある。

どちらの湯船も同時に大人が5人くらいまで入ることのできる広いもので、露天風呂を見たランバネインは驚嘆の声を上げた。

 

「こりゃすごい! アフトじゃ風呂っていえばひとりが入ればいっぱいになる小さな器のような浴槽に沸かした湯を入れて身体を洗うだけなんだが、こんな広い湯船に溢れるほど湯が入っているぞ!」

 

「たしかに贅沢なものですよね。近界(ネイバーフッド)の国々の土地がどのような仕組みになっているのかは知りませんから存在するかどうかわかりませんが、玄界(ミデン)の温泉は雨水が地面に染み込んで、地熱で温められていますので土の中にある成分を含んだお湯になっていて身体に良いとされています。身体が温まるだけでなく切り傷の治りが早くなるとか、胃腸の調子が悪い時に飲泉すると効果があるとか。わたしは個人的にどの温泉でも疲労回復と気分転換に一番効くと思っています」

 

玄界(ミデン)じゃ病気や怪我を治す湯が地面から湧いて出てくるのか!? 信じられねえなぁ…」

 

「まあ、ものは試し。入ってみてください。入浴の仕方と道具の使い方、そして浴衣の着方を説明しますから」

 

ツグミは脱衣所でカランやシャワーの使い方、身体を洗ってから湯船に入ることなどの説明をした。

 

「ではわたしは向かいにある湯上り処で待っています。どうぞごゆっくりお楽しみください」

 

そう言って脱衣所を出るツグミ。

湯上り処のソファに深く腰掛けると今日一日を振り返った。

 

(ここまでは順調に進んでいる。それにセクハラもされなかったからジンさんたちも安心するわね。今のうちにメールで知らせておこう)

 

携帯電話で「すべて順調。近界民(ネイバー)の男性はどの国でも紳士的な態度の人ばかり。だから安心して」と報告した。

するとすぐに返信があり、「油断するなよ。いざとなったらトリガー使って逃げろ」と書かれている。

それを見たツグミは苦笑するしかない。

 

(油断するな…か。大丈夫。これは武器(トリガー)を使わない平和的な戦いだもの、その最中に油断なんかしたら命取りにもなりかねない。常に気を張ってどんな状況にも対応できるよう準備しているわよ。…ってメールの返事が来たってことはジンさんはお風呂に入ってないってことね。まあ、城戸司令や忍田本部長と()()()()()()は遠慮したいって気持ちはわかる。2時間もあるんだから交代で入るのね、きっと)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが想像したように迅たちは交代で入浴することにしていた。

なにしろこのホテルは複数の源泉を持ち、それぞれ泉質が違って肩こりや神経痛、糖尿病や痛風などに効くそうだから、ボーダーの激務でお疲れの上層部メンバーにとってはいい休息となる。

唐沢がこのホテルを選んだ理由のひとつに「ボーダー幹部に休息を」という彼の気遣いがあった。

1月の大規模侵攻からずっと慌ただしい毎日が続き、ようやくひと段落したと思えば市民救出計画で進展があってまたもや忙しい日々に戻ってしまった。

そんなお疲れのオジサンたちへの慰安の意味もあることはさすがのツグミも気付いていない。

その頃、唐沢は本館大浴場の広い露天風呂に浸かりながら空を見上げて思った。

 

(企業戦士…というには語弊があるが、城戸司令たちにも休息は必要だ。もちろんおれにもたまにはこうした役得があってもいいだろ。ああ…温泉なんて何年ぶりかなぁ…)

 

唐沢はかつて某黒服の組織に所属しており、若い頃に霧科文蔵の世話になった人間のひとりである。

彼もこの世界の人間である以上はご多分に漏れず、警察のご厄介になったこともしばしば。

文蔵は彼の人柄を気に入って何かある度に面倒を見てやったのだった。

城戸が彼をボーダーにスカウトしたのも文蔵の人脈リストの中から最適だと判断したからで、その人選は間違ってはいなかった。

唐沢も文蔵にゆかりのある組織であることと、隊員の中に文蔵の孫娘がいることで興味を持ち、二つ返事で引き受けたのだった。

おかげで()()よりもはるかに忙しくなり、のんびり温泉に浸かるなどという時間もなかなか持てずにいたものだから、この機会を私的に利用したのは人として無理もないことである。

 

(これまで大勢の人間の接待をしてきたが、相手がかつて敵であった近界民(ネイバー)となるとおれでも初めての経験だ。こんな()()()経験をさせてくれるツグミくんはやっぱり面白いコだな。さすがは文蔵氏の孫娘。血のつながりはなくともおれたちのいた世界では血よりも濃いものはいくらでもある。文蔵氏が近界民(ネイバー)のオリバを養子に迎えたとなると、彼の背景(background)によほど興味を示すものがあったのだろう。そんな人物の娘ともなれば、彼女の頭の中にはおれたち凡人には想像もできない世界が広がっているんだろうな…)

 

その見たこともない世界を見てみたいと思う好奇心が唐沢の気持ちを掻き立てる。

 

(彼女の希望は友好的な相互交流だが、()()()()()()(ゲート)を完全封鎖するという手段も選択肢のひとつとして残している。おれは近界民(ネイバー)と仲良くしたいともしたくないとも思わない。おれは自分が面白いと思ったことができればいいだけだ。だから学生の頃にアンダーグラウンドな世界に足を突っ込んだのだし、それを後悔はしていない。むしろ世界の行く末を左右する組織に所属することになり、その前線で戦っているんだからこれほど面白いものはないさ。どんな未来になったとしてもおれはこの生き方を続けるに違いない。彼女はおれたちをどこへ導いて行こうというんだろうか?)

 

玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)というふたつの世界は良く似ている点が多いものの、その成立からして根本的な部分が大きく違っている。

トリオンがなくても問題のない世界(ミデン)とトリオンがなければ維持できない世界(ネイバーフッド)

今の時点で(ゲート)を完全封鎖することが可能だとすれば、近界(ネイバーフッド)の国々はトリオン依存の(ことわり)から逃れることができず、アフトクラトルのような武力で他国を侵略していく行為はなくならない。

そしてこれまでのように一強とまではいかなくても軍事力を持つ少数の国によって持たざる大多数の国は虐げられることになる「強者こそ正義」という強者の理論が平気でまかり通り続けることになるだろう。

しかも女性の数が少ないために人口増加はなかなか見込めず、「奪う、奪われる」という悪循環を繰り返すしかない。

もしここでその原因や対策手段を知ることができれば改善の余地はあるし、なによりもトリオンに依存しない世界になれば戦争自体の数が減る。

近界(ネイバーフッド)の戦争が減れば玄界(ミデン)の人間が被害を受けることもなくなると考えてツグミは行動しているのだ。

 

(彼女は旧ボーダーの創設理念に従っているようだが、ちゃんと現実にも目を向けている。友好の架け橋なんて聞こえはいいが、それを実現させるよりも維持することの方がはるかに難しいことも理解している。彼女はその点も考えていて、ある程度まで交流を進めても互いに納得した上で(ゲート)を完全閉鎖することが現実的だと言っていた。近界民(ネイバー)たちがこちら側の世界へやって来る理由がなくなれば(ゲート)を塞ぐ必要もなくなりそうなものだが、ボーダーで独占しているトリオン技術を民間で共有する必要に迫られる日がやって来る。それを平和的利用のみに限定してボーダーで上手く誘導できればいいが、そのことを快く思わない連中が暗躍するに決まっている。これまでもボーダーにスパイを潜入させようとか隊員を拉致した事件もあったくらいだ、軍事産業に関わる人間なら密航でも何でもして近界(ネイバーフッド)へ行き、トリオンやトリガーの知識や技術を盗んで来ようとするだろう。近界民(ネイバー)との交流が盛んになれば、こちらへ来た近界民(ネイバー)を探し出して交渉し、近界(ネイバーフッド)へ渡ることはそう難しくない。しかし(ゲート)が開かないのであればどうしようもないというもの。彼女は近界(ネイバーフッド)の戦争を恐れている。トリオン体で戦えば原則兵士は死ぬことはなくなるし、トリオン兵を大量に作って投入すれば人間が関与せずに済んでしまうために戦いがエスカレートしてしまう。そんなことになれば戦争をやりたい国の指導者は国民からトリオンを搾取し、近界(ネイバーフッド)の国々と同じようなことになる。いや、通常兵器では効果がないとわかっているから、トリオン兵やトリオン体の兵士を用意できない国は核兵器を持ち出すことにもなりかねない。そうなれば地球上から人類が絶滅するという最悪の終焉を迎えるだろう。そんな結末だけは見たくないぞ)

 

そこで唐沢はハッと気が付いた。

 

(これはマズイ。せっかく仕事のことはしばし忘れてのんびりしようと思ったのに、また仕事のことを考えてしまっていた。これじゃ鬼怒田さん並のワーカホリックで重症だぞ。この後また仕事なんだからせめて今くらいは ──)

 

すると背後から近付く者の気配がし、振り向くとそこには局部をタオルで隠しながら立っている忍田がいた。

 

「唐沢さん、ご一緒してよろしいですか?」

 

「あ、ああ…どうぞ」

 

忍田は湯船に波を立てないように静かに足を入れ、唐沢の隣に身体を沈めた。

 

「いいお湯ですね。唐沢さんは顔が広いからこういういい場所を知っていらっしゃる」

 

「まあ、人脈はおれの武器ですからね。気に入ってもらえてよかったですよ。これで少しは骨休めになりますか?」

 

「はい。しかしふと気付いたんですが、第一次侵攻後に新体制のボーダーが発足してから5年になりますが、その間ずっと忙しくてこのようにのんびり温泉に浸かるなんてことは一度もありませんでした。振り返ってみると家族サービスもできず、ツグミには不憫な思いをさせてしまったと反省しています。もっと父親らしいことをしてやるべきでした」

 

忍田が申し訳なさそうな顔で言うものだから、唐沢は苦笑しながら答えた。

 

「忍田さんらしいですね。ですがツグミくんはそんなこと思っていませんよ。彼女はあなたのことが大好きで、あなたと一緒にいることができるというだけで幸せなんですから」

 

すると忍田は唐沢に訴えるように言う。

 

「それならなぜ最近のあの子は私に何も相談してくれないんでしょうか!?」

 

「え?」

 

「あの子がボーダーのために奮戦してくれているのはわかります。しかしそのせいなのかどうかわかりませんがあの子は私のことを父親ではなくボーダーの本部長としてしか見てくれなくなった気がするんです」

 

「それってつまり父娘の会話がなくなってしまい、ボーダー絡みのことでしか話をしなくなったということですか?」

 

「そういうことになります。それにそれだけでなく城戸さんや唐沢さんとは仕事であっても頻繁に相談をしているようなのに、私にはあの子が私を頼ってくれなくなったようにしか思えないんです」

 

そう言って肩を落とす忍田を慰めるように唐沢は言った。

 

「それはあなたの思い違いですよ。まず城戸さんは彼女の直属の上司でありボーダーの最高責任者ですから、彼女が話をする回数が増えたのは当然のことです。そしておれは城戸さんから彼女の相談に乗ってやるよう指示されていますからね。今の彼女は本来の防衛隊員の仕事よりも近界民(ネイバー)との交渉の仕事がメインになっています。一方、あなたは本部所属の防衛隊員をまとめる現場の指揮官ですし、市民救出計画における責任者として仕事が山のようになっているじゃありませんか。だから彼女は気を遣ってあなたに専門外の仕事の相談はしないようにしているんだと思います」

 

「本当にそうなんだろうか…? なんとなくだが最近のあの子は私に何か隠し事をしているような気がしてならないんです」

 

「あの年頃の女の子なら親に隠し事するなんて普通のことですよ。これまでだってすべてを教えてくれたわけではないんでしょ?」

 

「それはそうなんだが…」

 

「それにあなたは根本的なところで大きな勘違いをしています」

 

「勘違い…?」

 

「そうです。あなたはさっき彼女がボーダーのために奮戦してくれていると言いましたが、そんなことを彼女に言えば否定されますよ。彼女はきっと『わたしは自分のために戦っている』と答えるはずです。おれもそういう彼女の考え方は好きですよ」

 

「……」

 

「おれと彼女が上手くやっていけるのはお互いに考え方が同じだからです。交渉というものは自分だけが得をするものであったら相手が納得しませんからまとまりません。また交渉の際には相手の事情を知り、場合によっては人情に訴えるということもしますが、基本はビジネスライクに進めることが重要です。おれと彼女の間には親子や家族といった親愛の情も、男女の恋愛感情も介在しませんから単純に『仕事仲間』として協力できるんです。これはおれの想像ですが、彼女があなたに話さないのはあなたのことをボーダー本部長として相談したくても父親・忍田真史として心配したり反対するからではありませんか?」

 

「それは…」

 

「彼女は公私をハッキリと分けるタイプで、そこがきちんとできる城戸さんやおれには話しやすいのかもしれません。城戸さんも彼女のことを娘のように思っていますが、ボーダー関連のこととなれば私情を挟まずに冷静な判断ができますから」

 

「……」

 

ツグミが忍田に隠し事をしているのは事実であった。

その理由は唐沢が言うように忍田が私情を優先させるためで、「今やるべきことをやる」ためには忍田が私情を挟むことによって反対されないように内緒にしておくしかないとツグミが考えているせいだ。

その中で最も重要なものは彼女がエウクラートン皇太子リベラートの孫であり、次期女王候補となっているという事実である。

城戸にはアフトクラトル遠征の前に事情を説明しており、遠征が終わったら忍田にも話すつもりでいたのだがずっと後回しにされていた。

この女王後継問題についてはツグミも自分なりに解決策を考えて行動しているのだから話してもよかろうと思うのだが、市民救出計画が進行している今、忍田に余計な心配をさせたくはないと考えて黙っている。

告白するタイミングとしては三国同盟締結の件でテスタとリベラートと城戸の三者会談が行われる前でなければいけないのだが、そこのところはツグミ本人も考えていた。

 

「おれは結婚していませんし子供もいませんから親の気持ちにはわからない部分もあります。だからあなたが娘を大事に思う気持ちもわかるようでわからないんでしょう。ただひとつ言えることはツグミくんが自分の娘であったなら、おれは城戸さんのようになりたいということです。あの人は彼女のことを信頼していて、彼女の判断に任せることができるという確信があるんでしょう。彼女も城戸さんなら私情を挟むことはなく、また頭から反対しないので相談しやすいんじゃないでしょうかねえ。以前に彼女が近界(ネイバーフッド)へ行きたいと言った時にあなたは保護者として承諾したくないとゴネたそうじゃないですか。そんな話を耳にしていますよ」

 

「……」

 

「今日の予定だと忍田さんはここに泊まっていくことになってますよね? この機会にツグミくんとゆっくり父娘の会話をしてみたらいかがですか? 自分の気持ちを正直に話し、何も教えてもらえないから不安なんだと言って弱みを見せてもいいと思います。強い父親アピールをしたいでしょうが、あなただって弱い人間のひとりなんです。ボーダー本部長とツグミくんの父親というふたつの役目を同時に果たさなければならないのは大変でしょうけど、城戸さんは両立させています。…あの人は父親の立場でツグミくんのことを見る時、とても優しい顔をしていますね。司令の時とは別人かと思うほどです。()()()()()()()あの人にとってツグミくんだけでなく迅くんたち旧ボーダーのメンバー、そして新体制になってから入隊した隊員たちもすべて大事な子供。だからこそ彼らを失いたくはないと考えて近界民(ネイバー)に対して極めて厳しい態度の政策を進めてきましたが、その子供たちが()()の庇護がなくても自分自身のチカラで未来を切り開いていくことができるとわかったんでしょう。最近のあの人からは常に張り詰めていた空気がなくなりましたからね」

 

「それは私も感じています。城戸さんを変えたのは間違いなくツグミですね。…私があの子に対して不満を抱いていたのは城戸さんやあなたに対してやきもちを焼いていたのかもしれません。血のつながりのある私よりも他人のあなたたちのことを信頼しているようで嫉妬してしまったなんてあの子に知られたら叱られそうです」

 

忍田がすべてを吹っ切れたというような清々しい顔で言った。

 

「今夜はふたりで父娘の会話をしてみようと思います。そして気持ちの整理をすることで、明日からは本部長としてあの子に協力することができるようになるでしょう。唐沢さん、的確なアドバイス、ありがとうございました」

 

「おれは大したことしていませんよ。それに彼女と話をしてどうなるかはあなた次第です。おれはそのきっかけとなる場所と時間を用意しただけです。頑張ってください。…じゃあ、おれはこれで上がります。ごゆっくり」

 

唐沢はそう言って湯船を出ると、大浴場へと続く通路へと向かって歩いて行った。

広い湯船をひとり占めした忍田は頭に載せていたタオルで顔の汗を拭くと大きく背伸びをした。

 

(またツグミに叱られそうだが、これでわだかまりが解消できればいい。…って、さっき唐沢さんは場所と時間を用意したと言っていたな。もしかしてわざわざ私たちのために…? またひとつ大きな借りを作ってしまったかもな)

 

返すあてのない借りだが、唐沢なら「そんなことならいくらでもやりますよ、仕事ですから」と笑い飛ばすことだろう。

忍田と唐沢の間にそんな会話があったことなど露知らず、ツグミは会食の成功のことだけを考えていたのだった。

 

 

 

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