ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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409話

 

 

午後6時からランバネインを交えての会食が始まった。

定員の関係からボーダー上層部の城戸、忍田、鬼怒田、根付、林藤、唐沢、そしてディルクとマーナを呼び寄せ、主賓であるランバネインの合計9人が参加する。

ツグミ、迅、ゼノン、リヌス、ヒュースはホテル側のスタッフに別館から出て行ってもらったために厨房で調理した料理の配膳等の作業を行うことになっている。

ここはかつて娯楽室だった広さが約50平方メートルのフローリングの部屋で、通常はビリヤード台やカードゲームを楽しむための卓などが置かれているのだが、今回はダイニングルームとして使用している。

本来なら12畳の畳敷きの広間での食事になるのだが今回は事情があって特別仕様なのだ。

長方形の会場の上座にはコの字型にテーブルが置かれいて、ガスコンロの上に大鍋が載せられているものがふたつ、鉄板がひとつセッティングされている。

鍋の一方はすでに調理済のものが保温状態になっていて、もうひとつの鍋には昆布ダシが入っていて加熱されている。

鉄板にはまだ何も載せられていないがいつでも調理できるように準備はできているらしい。

そこにリヌスとヒュースが待機している。

 

司会進行はツグミの役目であり、9人のゲストに向かって挨拶をした。

 

「みなさま、お待たせいたしました。本日の会食の趣旨は近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)、相互の理解を深めるための親睦会となっております。よって席次は特に決めておりませんので、お好きな場所でご歓談くださいませ。なお、料理につきましては主賓であるランバネインさんの好みに合わせてお肉料理を中心に様々な食材と調理法を取り入れたものとしました。料理はビュッフェ方式になっておりますので、お好きなものをお好きなだけ取ってお召し上がりください。では乾杯用のお酒をお配りします」

 

すると迅とゼノンがスパークリングワインの栓を抜き、9つのグラスに注ぐとゲストに配る。

その後にツグミたちスタッフ5人は同様のグラスにノンアルコールのシードルを注いだものを手にした。

 

「ここで城戸司令から乾杯のご挨拶をいただきたいと思います」

 

城戸がツグミからマイクを受け取って挨拶をする。

 

「ご指名を賜りました、城戸でございます。このように近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の人間が一堂に会することは非常に珍しいことで、ぜひこの機会にお互いの親睦を深めていただければと存じます。では乾杯に移りたいと思います。それでは、みなさまご唱和ください。乾杯」

 

「乾杯」

 

グラスを掲げて乾杯する習慣は近界民(ネイバー)も同じで、皆で揃って乾杯するとそれぞれ自分の食べたい料理のある場所へと取りに行った。

 

このホテルでは宿泊客の夕食は高級懐石料理もしくはフレンチのコース料理のどちらかを選んでそれぞれのレストランへ行って食べることになっているのだが、別館の客だけは別館専用の厨房で調理された料理が提供される。

だから客の好みに応じてどんなリクエストにも応じられる専属料理人がいて、その腕前は超一流だ。

この会食のメニューはツグミと唐沢で考えたもので、メニューの一覧を見た料理人は目を丸くしたがさすがはプロで、リクエストに100パーセント応えてくれたのだった。

テーブルには人数分の小分けされた料理の皿が並べられていて、刺身や天麩羅など好きなものを選べるようになっているのだが、メインの料理は「肉」である。

近界(ネイバーフッド)では肉料理というと野山で狩った鹿や熊などのいわゆるジビエと呼ばれる獣の肉を使用することが多い。

それは家畜を育てるためには大量の牧草や穀物が必要となるため、畜産は非常にコストのかかる産業となっていて、乳製品や卵など生活に欠かせないものはともかく食肉用の家畜を育てる余裕はない。

それでも一部の貴族など金持ち用には高級食材としての牛や豚などを飼育しているが、つい数ヶ月前まで(マザー)トリガーの衰えによって食肉どころか穀物の生産すらできずにいたアフトクラトルでは貴族ですら()()()肉は食べられなかったはずである。

今では新しい「神」によって(マザー)トリガーが力を取り戻して国全体が元に戻りつつあるが、たった数ヶ月ではまだ食肉となる家畜は供給できずにいた。

そんなアフトクラトルの人間であるランバネインに「玄界(ミデン)は庶民でも普通に肉が食べられるくらい豊かな国」だと教えたら興味を引くに決まっている。

それをきっかけにして彼が玄界(ミデン)のことを知ろうという態度を示せば、ツグミの策は半分以上成功したようなものである。

もっともランバネインの好物が肉料理であることから肉料理メインにしたのだが、彼女が想像していた以上に彼の()()()()は良かった。

 

近界(ネイバーフッド)の日常生活は玄界(ミデン)の中世ヨーロッパのそれに似ていて、食事に関しては特に顕著である。

主食はパンやオートミールで、上流階級の貴族や裕福な家庭では上等の小麦を使ったパンを食べることはできるが、庶民階級では品質の悪い小麦に大麦を混ぜた粉や大麦のみによって作られた黒っぽいパンしか食べられない。

大麦を粥状にしたオートミールを主食にする人も多くいて、そんな主食を補うものとして肉を食べるのだが、ここでも身分の差は大きい。

貴族や裕福な家庭では牛、羊、鹿、鶏肉などのローストやシチュー、鶏の丸焼きなどがよく食べられていたが、庶民階級以下の民草にとって肉はご馳走である。

それも塩漬けや燻製など長期保存ができるように加工されたものが多く、たまに森に狩りへ行って熊や鹿などの野生動物を手に入れた時くらいしか新鮮な肉を食べることはできない。

魚介類となると海のない国が多いためにリーベリーのような海洋国家なら頻繁に食用とされるものの、他の国では塩漬けや燻製、干物にされたニシン、タラ、サーモンなどを輸入することが多い。

また河川や湖沼で獲ったコイ、マス、パーチなどの淡水魚を食用としており、養殖を行って他国へ輸出している国もあるそうだ。

したがって生の魚介類をふんだんに使用した料理が並ぶなど近界民(ネイバー)たちにとっては驚愕すべき光景となる。

 

ランバネインは鉄板で地元のブランド牛を焼いているツグミのところへと真っ先にやって来た。

 

「焼き加減はいかがしますか?」

 

「焼き加減って、中までしっかりと火を通さなければ腹を壊すだろ? 少しくらい腐っていてもしっかり焼いてあれば大丈夫だ」

 

近界(ネイバーフッド)では食用肉の保存がきちんと管理されていない場合が多いらしく、レアだと食中毒の原因となることが多いのでミディアムからウェルダンで食べるのが普通だとツグミはリベラートから聞かされていた。

そして食中毒が細菌やウィルスによって引き起こされることを知らないため、何かあった場合は毒を盛られたか食材が腐っていたのだと考える。

この腐る、つまり腐敗も細菌類の作用によってタンパク質が分解して人体に有害な物質が発生することをいうのだが、この微生物の存在を知らないから原因もわかっていない。

ガロプラでガトリオンたちが起こした蜂起も料理にウェルシュ菌を混入したことで成功させたものだが、そんな細菌の存在を知らない近界民(ネイバー)たちは人為的なものだと気付くこともなかったくらいだ。

近界民(ネイバー)の世界ではトリオンを使った文明、特に武器や兵器の技術は非常に進んでいるものの、人間が日常で使うものに関する技術は玄界(ミデン)と比べて数百年遅れているものもある。

玄界(ミデン)では子供でも知っているような自然科学や医学的知識であっても知らない近界民(ネイバー)は多い。

 

「たしかに十分に火を通せば安心ですけど、玄界(ミデン)の食材はそれほど神経質にならなくても大丈夫ですよ。この牛肉なんて血の滴るようなレアでも食べられるよう加工されています。わたしはミディアムレアくらいの焼き加減が好きですけど、やっぱりしっかり焼いておきますか?」

 

「いや、おまえの言うことを信用しておまえのお勧めの焼き具合で頼もう」

 

「はい、承知しました」

 

ツグミは慣れた手つきで肉を焼き始めた。

ランバネインの来訪が決まると彼女はこのホテルの調理人から肉料理に関するレクチャーを受け、前日は料理の仕込みや下ごしらえを手伝っている。

だから板場で言う「焼方」を任されたのだ。

もちろんプロの手並みとまではいかないが、客に出しても大丈夫とお墨付きはもらっている。

さすがに刺身などを担当する「刺し場」や揚げ物を担当する「揚げ場」はそこまで手が回らないのでプロに頼んだのだった。

 

「ほう…なかなか手際がいいな。ベルティストン家の料理人よりも腕が良さそうだ」

 

「お世辞は好きじゃありません。でもこれを食べて美味しいと思ったら、その時に褒めてください。わたしの腕じゃなくて、この食材の素晴らしさを。…さあ、どうぞ」

 

ツグミはミディアムレアに焼き上がった「A3ランクの黒毛和牛サーロインステーキ」を一口サイズに切り分けた皿をランバネインに手渡した。

 

「まずは塩だけで食べてみてください。これはフランスという国の『ゲランドの塩』といって、和牛ステーキには良く合う塩なんです」

 

皿の端に盛った塩を少し付けてから口に肉を入れたランバネインは驚きのあまり目を大きく見開いて固まってしまう。

そして数秒後、口をもぐもぐさせて肉を飲み込むとツグミに向かって信じられないという顔で訊いた。

 

「これは本当に牛の肉なのか!?」

 

「はい。あなたが信じられないのはきっとこれまで食べたことのある牛肉は赤身の部分が多くて脂肪分が少ない肉なんでしょうね。玄界(ミデン)にも同様の肉を好む人が大勢いますが、この国では霜降りといって『サシ』と呼ばれる筋肉の間に入った脂肪が細かいほど上質で好まれるんです。お口に合いませんでしたか?」

 

「いや、あまりの美味さに驚いただけだ。俺がこれまで食べた肉とはまったく違うもので、これはこれで気に入った」

 

「それでしたらまだたくさんありますのでお召し上がりください。今度はこのソースをかけて食べてみてください」

 

そう言ってツグミが取り出したのは市販の業務用ステーキソースで、醤油ベースのタレに刻みタマネギを炒めたものを加えた1000ミリリットルで600円というスーパーマーケットで普通に販売されているものだ。

ツグミに促されてソースをかけてから肉を口に入れるランバネイン。

今度も想定外だという反応が見られた。

 

「これも美味いぞ。このソースだがおまえが作ったのか?」

 

「いいえ。これは玄界(ミデン)で一般に流通している商品です」

 

「ほう…。玄界(ミデン)にはなかなか興味深いものがある」

 

「ステーキをお気に召したようですが、他にもいろいろな肉料理を揃えておりますので、そちらもご賞味ください」

 

ツグミは自分のいる場所の右手にある大鍋を指して言う。

 

「あの鍋にはきりたんぽ鍋、その横にある少し小さい鉄鍋にはしゃぶしゃぶ用のダシが入っています」

 

「きりたんぽ? しゃぶしゃぶ?」

 

ランバネインには聞いたことのないメニューなので疑問符付きである。

 

「どちらもこの国の料理で、庶民でも普通に食しています。まずはきりたんぽをお試しください。…ヒュース、お願いします」

 

ツグミは鍋の番をしているヒュースに声をかけると、面倒くさそうな顔で彼は一人前を用意した。

 

「どうぞ」

 

ぶっきらぼうに椀をランバネインに手渡すヒュース。

やはり大規模侵攻の際の仕打ちについてまだ根に持っているようである。

 

椀の中には比内地鶏、長ネギ、里芋、舞茸、ごぼう、セリ、そしてきりたんぽが湯気に包まれている。

ランバネインはまず汁をひと口飲んでみると、これまで経験したことのない味と香りが口いっぱいに広がった。

 

「美味い!」

 

続いて鶏肉を食べて満足気な笑みを浮かべる。

 

「こんな美味い鶏肉を食べたのは初めてだ。柔らかくて、それでいて歯応えもある」

 

近界(ネイバーフッド)では卵を産まなくなった廃鶏をつぶして食べることが多いそうですが、玄界(ミデン)では食肉用に育てています。特にこのきりたんぽ鍋は比内地鶏という特定の鶏肉を使用しています。この国の秋田という地方の郷土料理ですが、一般に普及していて比内地鶏が手に入らない時には普通の鶏肉で代用します」

 

「つまり若鶏を使っているのか…。道理で美味いわけだ。それになんとも贅沢だな」

 

玄界(ミデン)ではそれが普通なので贅沢だと思ったことはありません。…そしてしゃぶしゃぶですが、これは実際にわたしがやってみますね」

 

ツグミはリヌスが番をしている鍋の前にランバネインを連れて行くと、テーブルの上に並べられている豚の薄切り肉を菜箸で挟み、それを煮立っている鍋にくぐらせた。

続いてポン酢の入っている椀に入れ、鍋の中の白菜や水菜も入れて一緒に食べて見せる。

 

「豚肉はきちんと火を通さないと食中毒の原因になりますが、これはご覧のように薄切りですのでさっと湯通しするだけで大丈夫です。これはご自分でやってみてください。箸を使うのは難しいようですからトングを使うといいですよ」

 

ランバネインはトングで豚肉を挟むとツグミがやったように鍋に入れ、数回揺らして火を通すと自分の椀に入れる。

そして野菜も入れて食べた。

 

「うん、この酸味のあるソースがさっぱりしていていいな。脂の多い肉でもこうして脂を落として食べると胸焼けしないで済みそうだ。これなら何杯でもいけるぞ」

 

「こちらも好みに合ったようですね。まだたくさんありますので、席に着いてごゆっくりとお楽しみください。料理についてわからないことがありましたらわたしに何でも訊いてください。わかる範囲でご説明します」

 

「ああ。じゃあ、さっきの肉をもう2-3人前焼いてくれ」

 

「はい、承知しました」

 

ツグミは鉄板のある場所に戻り、ランバネインはきりたんぽ鍋をおかわりしてテーブルの席に着く。

そこにディルクとマーナがやって来て3人で話を始めた。

 

「ランバネイン様、ベルティストン家当主へのご就任、おめでとうございます。遅くなりましたがお祝い申し上げます」

 

ディルクが祝いの言葉をかけるとランバネインは機嫌がますます良くなる。

 

「ああ、兄者の面倒事を引き受けた代価だがな」

 

「それでもベルティストン家の当主であることに変わりはありません。今後はあなたへの忠誠を誓います」

 

「頼むぞ、ディルク・エリン」

 

すると今度はマーナが日本酒をランバネインに勧める。

 

「ランバネイン様、きりたんぽ鍋にはこちらのお酒が良く合うそうです。どうぞ」

 

ランバネインにぐい呑を持たせ、マーナがそこに日本酒を注いだ。

そして珍しいものを見るようにぐい呑の中を覗く。

 

「ずいぶんと透き通った酒だな。まるで水のようだ。しかし良い香りがする。これは何でできているのか知っているか?」

 

「米でございます。この国では主食とする米を使って酒を造る習慣があるようです。それだけ米がたくさん収穫できるということで、食文化に関しては玄界(ミデン)の国々の中でもかなり秀でているそうです」

 

「ほう…」

 

マーナの説明を聞くと、ランバネインはひと口含んで味と香りを楽しむように舌で転がしながら飲んだ。

 

「これは…! なんともキリッとしていて清々しい。たしかにこの味なら鍋にも合いそうだ」

 

「しゃぶしゃぶにも良く合いますよ。わたしたちも普段からこのお酒を飲んだりこういった料理を食べております」

 

「それはずいぶん恵まれた生活をしているようだが、玄界(ミデン)の連中に拉致されたことを恨んではいないのか?」

 

ランバネインが声を潜めて訊くと、ディルクが首を横に振って同様に小声で答えた。

 

「そんなことは一切ございません。ボーダーの人たちは連れ去られたトリガー使いの子供たちを救出すべく情報収集をしたのですが、ヒュースがまったく口を割ろうとはしなかったためにエネドラの角をラッドに移植し、彼から情報を得たのだそうです。その見返りにエネドラはハイレイン陛下への嫌がらせとして私と家族を拉致するようボーダーに指示したということで、ボーダーの人たちはエリン家に対し何の恨みもありませんから、むしろ申し訳ないということで生活の面倒はすべてみてくれましたし、こちらの希望もできるかぎり叶えてくれました。おかげで非常に快適な生活を送ることができました」

 

「じゃあ、不便はしていなかったんだな? それを聞いて安心したぜ。正直言って俺は兄者の考えややっていることに反対だった。だが当主の命令は絶対だから従ってきたが、そのおかげで散々な目に遭ってきた。兄者も王になるために多くの犠牲を払ってきたことは承知していて、それについては後悔していることもあるらしい。それでも目的…近界(ネイバーフッド)統一のためならやむをえないと自分に言い聞かせている。そんな兄者の姿を見ているとなんとも言えず胸が苦しくなってな、それでそばにいると俺も辛いからベルティストンの当主にしてくれと言って領地へと戻ったんだ」

 

「そうだったんですか…。私もランバネイン様が自ら好んで当主になりたいと言い出すはずもなくおかしいと思ったんです。私もハイレイン陛下の近界(ネイバーフッド)を統一したいという気持ちは理解できますが、玄界(ミデン)に来てからこちらの世界のことを学び、武力による支配で統一することは不可能だと確信しました。そしてキオンのスカルキ総統が武力を使わずに近界(ネイバーフッド)の国々を味方にする手段を手に入れたと聞き及び、このままではアフトとキオンの正面衝突は避けられないのではないかと不安になりました」

 

「ボーダーは兄者の考え方よりもスカルキ総統のやり方に賛同して味方につけたようだからな。キオンとボーダーが組んで敵となれば不利なんてもんじゃないぞ」

 

「そのとおりです。ただしアフト側が戦いを望まない限り戦争にはならないでしょう。それはアフトの軍事力に敵わないと考えているのではありません。玄界(ミデン)には我々をはるかに上回る文明を持っており、その中に恐ろしい兵器も含まれています。その兵器について詳しいことはわかりませんが、何万という数の人類を一瞬にして消すことができるほどの強力なもので、あまりにも恐ろしいものなのでどの国も使わないでいるというくらいです。その兵器には何千何万ものトリオン兵や何十本もの(ブラック)トリガーであっても太刀打ちできないとツグミは言っていました」

 

「……」

 

ランバネインの顔が青くなった。

彼は強い者と戦うことが大好きだが、その相手を殺したいのではない。

単純に自分の力と相手の力をぶつけ合って、相手を上回りたいというだけである。

だから戦争に参加するのも支配範囲を広げたいというハイレインと違い、敵となる強いトリガー使いと戦いたいからで、人が死ぬようなことはけっして望んではいない。

玄界(ミデン)はトリオンやトリガーの技術が近界(ネイバーフッド)よりも劣っていると考えていたが、トリガーを使わずに大勢の人間を殺すような戦いをやっていると知って驚愕し、恐れ慄いたのだった。

トリオン体で戦う近界(ネイバーフッド)の戦いでは原則死者は出ないが、出ないからこそ激しい戦いもできる。

それなのに玄界(ミデン)では大量殺戮のできる兵器を投入して戦い、大勢の人間が死ぬことが当たり前の戦争をやっていると聞けば驚くのは無理もない。

 

「アフトは玄界(ミデン)を敵に回してしまいましたが、ボーダーが和解に応じてくれたことは幸いでした。ここでボーダーの不興を買えば取り返しのつかないことになるでしょう。それに今ならまだキオンよりも良い条件で同盟を結ぶことも可能です。…ただしハイレイン陛下が考え方を改めない限り難しいでしょうけど」

 

「兄者を説得できないとアフトが滅びる可能性もあるということか…。俺もトリガーで勝負できない戦争はゴメンだ」

 

玄界(ミデン)は我々とは違う方向に文明が発達しています。ボーダーは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)双方の優れた部分を取り入れていて、わずか十数年で我々に引けを取らないトリガー技術を身に付けました。ならば我々も玄界(ミデン)の技術を取り入れることができたなら、他国に負けない国となるでしょう。キオンのスカルキ総統はそれにいち早く気が付き、ボーダーと積極的に交流することを目指しているのです。今アフトにできるのはキオンよりも先にボーダーとの同盟関係を結ぶこと。…しかしボーダーは数十日後にキオンとエウクラートンの三国で同盟を結ぶ流れで進めています。これを邪魔することは不可能でしょうが、そこにアフトを加えて4ヶ国での同盟にすることは不可能ではありません。一考の余地は十分にあります」

 

「なるほどな。兄者さえ考え方を変えればいいということか。しかしキオンのスカルキ総統はどう考えているんだろうか?」

 

「それなら問題はないようです。ツグミの話ですとキオンはアフトが足並みを揃えると約束するのであればもはや敵ではないと考えているらしいですから。以前にツグミがキオンへ行った際、彼女はスカルキ総統に大層気に入られたようです。ゼノン隊の3人もスカルキ総統の玄界(ミデン)贔屓には驚いていましたから」

 

「なんとなくわかる気がする。ツグミの言動には惹かれるものがある。もっともそれと同じくらい玄界(ミデン)には興味深いものがある。明日は俺が喜びそうなことを計画していると言っていた。それが何かはまだ教えてくれないが、今から楽しみでたまらない」

 

「私たちもこちらへ来てから彼女にはいろいろな経験をさせてもらいました。捕虜ではなく客人なのだから玄界(ミデン)での生活を楽しんでほしいと彼女は言ってくれて。息子のレクスなど彼女に懐いてしまい、アフトに帰りたくないなどと言い出す始末。たしかにあの子にはもう少しここでいろいろなことを学ばせたいと思うようになりました。それくらい玄界(ミデン)には学ぶべきことが多いということです」

 

ディルクの話を聞いていたランバネインは玄界(ミデン)のことをもっと知りたいと思えるようになっていた。

そして特段の根拠はないものの知りたいと思えばツグミが何でも教えてくれるという確信があり、ハイレインの命令ではなく自分自身の意思でボーダーとの良好な関係を築きたいと思うのだった。

 

 

 

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