ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ショッピングモールをひと周りしたところで昼食の時間となった。
「お昼ご飯は簡単に済ませたいと思うので、フードコートへ行きましょう」
「フードコート? 何を食べさせてくれる店なんだ?」
怪訝そうな顔をするランバネインにツグミが言う。
「簡単に言うと複数の飲食店が並んでいる食堂街のことですが、行けばわかりますよ。きっとあなたなら楽しんでもらえると思います」
エスカレーターで最上階へと向かうとL字型に7つの店舗が並び、120人以上の人間が同時に食事の楽しめるテーブル席、そして景色の良い窓側にはカウンター席が並ぶ広いフードコートに着いた。
「すげえ広い店だな。それで何を食べさせてくれるんだ?」
「お楽しみはこれから。ここには7つの店があり、それぞれ料理のジャンルが違いますから、お好きなものを選んで注文して支払いをし、あとは好きな場所で待っていれば料理ができ上がると教えてくれるので取りに行くだけです。自分で運ぶ手間がかかりますけど、その分価格を安くできます。休日ですと家族連れが多く来ますから価格が抑えられているこのシステムは人気があるんです。さあ、どの料理にするか全部の店を回ってみましょう」
洋食、とんかつ、ラーメン、イタリアン、中華、カレー、ハンバーガーという7種の店が軒を並べており、昼間は料理とソフトドリンクのみだが夕方からはアルコールも提供することになっている。
どの店の料理もランバネインにとっては珍しいもので、どれを選ぶか迷ってしまっていた。
「せっかくですから興味のあるものをひと通り食べてみますか? トリオン体ですので満腹中枢が刺激されませからいくらでも食べられますよ。もっとも生身に戻った時にどうなるかは責任持てませんけど」
ツグミにそう言われると少々体型が気にはなるものの知らない料理を食べたいという好奇心には勝てず、「フライ盛り合わせ」「回鍋肉定食」「照り焼きチキンピザ」「カツカレー」「ダブルチーズバーガーとフライドポテト」の5種を選び、ツグミの「オムライス」と迅の「カツ丼」を注文するとカードで支払いをする。
「それは何だ?」
ランバネインがツグミの持つカードに興味を示した。
「ああ、これはクレジットカードというものです。食事や商品の支払いを現金ではなく…って、口で説明するのはちょっと難しいので、席に着いてから図を書いて説明しますね」
比較的客のいない一角を見付けたツグミたちは4人掛けのテーブルに着く。
するとツグミは自分のバッグから懐紙を取り出して広げると、そこに図を書きながらクレジット決済の説明を始めた。
それを感心しながらランバネインは聞いている。
「…ということです。おわかりになりましたか?」
「ああ。つまりおまえたちは前もって金融機関というところに金を預けていて、店への支払いがその預けた金の中から引き落とされる。そしてそれを仲介する会社があって、使用者と店とその会社がそれぞれ信頼で繋がっているということだろ? 俺たちも店で買い物や食事をする時に現金がないと
「そうですね。そしてわたしたちは自分の財産のほとんどを金融機関に預けていますので、常に携帯したり家で保管するという手間が省けます。家で大金を保管するとなると盗まれる恐れがありますからいつも心配していなければならず、信頼のできる金融機関に預けるということで安心感も得られます。金融機関は預かったお金を使って融資を必要としている人に貸して、その利息分を収益としています」
「なるほど、それは便利だな。
「お金を借りて返せなくなった時にはどうするんですか?」
「そりゃ…人身売買ってことになるな。金額にもよるが毎日トリオンを徴収される程度の奴もいれば、一般兵となって簡易トリオン銃を持たされて戦わされる奴もいる。若い娘なら…って、おまえに言うのは酷な話もある。とにかくおまえが言うように生まれ落ちた身分でそいつの人生が決まってしまうことが当たり前の世界だ。俺が言うのもなんだが、
ランバネインは諦めの表情で言う。
するとツグミがさも当然といった顔で反論した。
「そういった諦めが何百年も続いてきただけですよ。
「そう言われてもな…」
「ですよね…。所詮あなたも庶民から搾取してのうのうと生きる貴族階級の人間ですものね。現在の社会体制を変えようとすると同じ貴族仲間から非難轟々でしょう。だって富の分配なんて彼らは考えず、自分たちさえ豊かな暮らしができればそれで十分なんですもの。既得権益を持つ者は現状維持もしくは自分たちが得をすることしか考えません。ディルクさんはアフトクラトルが一番苦しい状態の時に
「……」
ツグミの言葉にランバネインは絶句した。
(こいつ…俺が国王の弟だと知っていながらアフトの現体制をひっくり返すことになるかもしれない『改革』を打診している。兄者は今の国王を頂点とした階級制度を変えようとするはずがない。身分階級をはっきりとさせることで弱者は強者に従うのが当然だと刷り込み、絶対に逆らうことができないものだと思い込ませることで今の社会制度を維持している。これは俺に兄者を裏切れと言っているようなものじゃないか)
しかしすぐにそうではないと理解した。
(いや、そうではない。もし国王が積極的に
一方、ツグミはランバネインの反応を見て感じていた。
(この人もディルクさんと同じで迷いを感じている。恵まれた環境に生まれ育った貴族たちの多くは自分たちの楽な暮らしが庶民の犠牲の上に成り立っていることすら知らず…ううん、目を逸らして気付かないフリをしている。中には下層階級の人たちのことを虫けらか何かのように考えていて、彼らが苦しもうと死のうと関係ないという人の心を持たない輩もいるくらいだ。だけどディルクさんとこの人は領民たちの中に入って彼らの生活を見て知っている。そして彼らの働きがあるから自分たちが恵まれた生活ができることを承知していて、感謝をする気持ちも持っている。ディルクさんは
そんなことを考えていると呼出ベルが鳴り、続いて別の店のベルも鳴る。
「料理ができたようなので取りに行ってきます。あと少しだけ待っていてください」
ツグミはそう言って席を立った。
そして次々に料理を運び、彼女たちのテーブルは3人しかいないのに山ほどの料理が並ぶ。
「さあ、召し上がれ。これらは
ツグミは両手を合わせていただきますを言い、迅も同じように言ってから食事を始めた。
するとランバネインがツグミに訊いた。
「その『いただきます』とは何だ? 何かのまじないなのか?」
「いいえ。これは食事をする前の作法です。わたしのオムライスには米、卵、鶏肉、玉ねぎ、トマトといった食材が使われていて、それらを育てて収穫した労働者がいます。さらにそういった食材を運ぶために車を運転してくれた人、調理をしてくれた人と大勢の人たちが関わっているからこそわたしはお金を支払うだけで食べることができるんです。その感謝の気持ちを込めて食事の前には『いただきます』、終わったら『ごちそうさまでした』と言うのが習慣となっています。もちろん代価を支払っているのですから当然の権利だと言えばそうなのですが、全部自分ひとりでやることはできないんですから感謝するのは当たり前。だから食事の前と終わりには自然に口からこの言葉が出るんです」
「たしかに俺はここに座っているだけで料理を楽しむことができる。おまえの言うように食材を用意し、調理をしてくれる人間がいるからこそだ。おまけにこのテーブルまで運んでくれたおまえにも同様に感謝すべきだろうな。…いただきます」
ランバネインもツグミのマネをして手を合わせるといただきますを言い、カツカレーから食べ始めた。
そしてどの料理を食べても「美味い!」と感激し、味わいながら遠い目をする。
その様子見たツグミが声をかけた。
「ランバネインさん、今あなたはアフトクラトルにいる親しい方のことを思い出していたのではありませんか?」
「あ? ああ…そうだ。城下に住む飲み仲間のことを思い出した。この美味い料理をあいつらにも食わせてやりたいと思った。もちろん兄者にも…。兄者は食べ物の好き嫌いはないのだが、これまで食べたことのないものに対してあまり興味がないのか、いつも同じようなものばかり食べていた。海の幸は生臭いと聞くが、こうして衣をつけて油で揚げているからなのか生臭いどころかサクサクとして香ばしいし食感もいい。だからこのエビやホタテ、カキといった海の幸を食べさせてみたいと思ったのだ」
「だからそんな優しい顔をしていらしたんですね。誰でも美味しいものを食べると幸せな気持ちになります。その時にこの場にいない誰かの顔が思い浮かんで一緒に食べたらもっと美味しく感じるだろうと思うもの。 家族、友人、仲間、恋人…そういった人たちと同じ食卓を囲むということが人間にとって一番の幸福ではないかとわたしは考えています。逆に言うと一番の不幸は親しい人たちと一緒に食事をするというごく当たり前のことができない環境にあるということ。その最たるものが戦争だと思うんです。最前線で戦う兵士は家族と離れて食事とは言い難い粗末な糧食を不安な気持ちで食べなければならないんですから。残された家族も同じこと。大事な息子や夫がどのような状態でいるのかわからないのですし、いつ帰って来るかわからず不安な毎日を過ごさなければなりません。
「いや、気にするな。これまで意識したことはなかったが、言われてみるとまさにそのとおりだ。おまえと話をしていると考えさせられることばかりだな」
「わたしがいつも何かを考えてばかりいるからでしょう。この世に生まれたからにはより良く生きたいものです。家族や仲間に囲まれた優しい時間の中で幸せに包まれていたい。そのために何ができるのかと考えて、誰かに任せるのではなく自分の力で願いを叶えたいと思ってしまうんです。欲しいものは自分の力で手に入れるというのがわたしの信念なものですから」
そう言ってツグミは照れ笑いをする。
そんな会話をしながら食事を進め、ランバネインがフライドポテトの最後の1本を口に入れると午後1時を過ぎていた。
「そろそろボーダー本部基地へとまいりましょう。そこであなたを待っている人がいます」
「俺を? もしかしてそれがカラサワの言っていた『これまでに感じたことのない刺激的な体験』ってやつか?」
「それはちょっと大げさですけど、きっと楽しんでいただけると思います」
そしてツグミたちはコインパーキングに戻ると車に乗り込み、三門市へと向かったのだった。