ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ランバネインの待つグラウンドまで一番にやって来たのは緑川だった。
出水、米屋、緑川の3人の中で機動力はトップだし、グラスホッパーを使えば最短距離で走って来るのは可能だ。
「おお、待ちかねたぞ。まずは俺の足を奪った小さい戦士か」
ランバネインの「小さい」という言葉にカチンときた緑川。
「小さい言うな! オレには緑川駿って名前があるんだ!」
「それはすまなかった。ではミドリカワ、いざ勝負と参ろうか。それとも仲間の到着を待つか?」
「ううん、すぐに始めようよ。今回オレたちは連携なしで好き勝手やろうって作戦だから」
「そうなのか? ならば遠慮なく始めよう!」
そう言ってランバネインは間合いを取るために背後に大きくジャンプした。
前回の戦闘で緑川がグラスホッパーを駆使して敵の周りを飛び回りながらスコーピオンで攻撃するという
(こいつの機動性の高さは要注意だ。あの
だから先に撃たれてしまっては回避か防御に徹するしかなくなり、反撃はほぼ不可能となる。
そうなると先手必勝ということで緑川は間合いに入らなければならず、後方に逃げたランバネインを追う…と見せかけてグラスホッパーを起動した。
その
それに気付かずに左足で踏んでしまったランバネインは前へ押し出されるように飛ばされてしまった。
「おわっ!」
バランスを崩したランバネインは体勢を戻そうと右足で着地しようとする。
しかしその足元にもグラスホッパーがあって、それを思い切り踏んでしまったものだから、さらに上空へと跳ね飛ばされた。
普段ならこれくらいで動揺するランバネインではないのだが、足元が安定していないと射撃の照準が定まらないのと踏ん張りが効かないために反撃ができないのだ。
その隙に敵が接近してしまうと逆に狙撃トリガーは当てにくくなると同時に、緑川のようなトリッキーな動きをする相手には手も足も出なくなる。
だから急いで地面に足を着けようとするのだが、その度に緑川がピンポイントで
それが実に計算し尽くされたもので、
使用者が自ら
これは遊真がB級ランク戦で弓場隊の帯島に対して使った技の応用で、使用者自身が動かずに敵を動かすことになるので通常よりも
学校での成績は
仲の良い出水や米屋に協力してもらって実戦で使えるようになるまで練習したのだった。
メインとサブの両方にグラスホッパーを入れているから一度に出せる枚数も十分で、触れた瞬間に
ランバネインが「グラスホッパーは物質化したものしか反射せず、トリオンの弾丸が当たると相殺される」ことに気付いてしまえばネタバレでおしまいとなるのだが、それを知っているのはB級ランク戦・最終戦で玉狛第2の試合を観覧席で見物していた人間だけ。
蔵内の解説を聞いていればタネはバレバレなのだが、そうでなければ知っている人間はボーダーの中にもあまりいないのだから、
おまけにトリオン消費のないシステムに変更にしてあるからトリオン切れもなく、ランバネインを
そんなことをしているうちに続いて米屋が到着した。
「緑川、例のヤツ使ってみたのか?」
「よねやん先輩といずみん先輩に協力してもらってようやく形になったかなって思ったもんでやってみた。案外使えるかもしれないなよ、これ。遊真先輩は『弱い駒が強い駒の動きを止めるだけで戦果としては充分なんだ』って言っててさ、こうやって時間稼ぎをする役目ってのも重要かな、って。市民救出作戦の遠征に参加するつもりだけど、上層部の考えとしてはできるだけ戦闘は避けて話し合いで解放してもらおうってことみたい。オレはそれでもいいけど、戦闘になった時のことも考えておかないといけない」
「だから新戦法…って実際に攻撃してるわけじゃねぇけど、こうして時間稼ぎには効果アリってか」
緑川は米屋と会話をしながらもグラスホッパーを次々に展開しており、ランバネインは体勢を整えるどころか身体が大きいものだからほんの少し触れただけですぐに強制的に弾かれ、すぐに別の
仕組みさえわかれば弾トリガーの塊のような彼であるからすぐに逃れることができるのだが、やはり気付いていないようであった。
「それでいつまでこんなことしてんだ?」
「いちおういずみん先輩が着くまではこうしていようかな、と。別に連携するわけじゃないから先に倒してもいいんだけど、こんなふうになるって見せてあげようと思ったから」
「じゃ、おれも待ってようかな」
「よねやん先輩も何か隠し玉を使うの?」
「まあな。この模擬戦はトリオン無限ルールだから、ちょっとやってみたいと思ってるもんがあるんだ」
「何、それ? ねえ、教えてよ」
「それはお楽しみってヤツさ」
その頃、ランバネインはグラスホッパーの
(クソっ、この
本気で戦わなければいけない理由がないものだから、ランバネインも暢気にそんなことを考えていられる。
(以前の俺ならこんなふうにおちょくられていたら頭に血が上って冷静でいられなかっただろうが、今はなんだか楽しいと思える。…そうだ、今の俺は祖国の命運だとか兄者の命令なんてものとは無関係で、自分が自由に
ランバネインにとって敵国のトリガー使いとの戦いはアフトクラトルの存続と兄であるハイレインの命令によって行われてきた。
だから自分と対等かそれ以上強い相手と戦うことよりも弱い相手を蹂躙するような戦いばかりであったから「楽しい」と思えることはほとんどなかった。
戦争などというものは楽しいとか楽しくないとかではなく、いかに効率良く敵を倒して「勝つ」かが重要である。
それが当然で手強い相手と戦って勝つという楽しみも満足感もない
再戦を期待しており、ボーダーのアフトクラトル遠征で相まみえることとなったがその時も楽しむことが目的ではなく、ボーダーはC級隊員と遠征メンバー全員の生還でアフトクラトル側はボーダー隊員の捕獲と
そして三度目の正直ともいうべき今回の模擬戦は初めて命令や損得勘定など余計な事情はなく、楽しく戦ってかまわないというものである。
どちらにとっても戦うことを望んでいて、頭脳と技を駆使して相手を倒す満足感を得るための「ゲーム」であるから失うものはないしやりたいことを自由にやることができる。
そのためにツグミはトリオン無限ルールに設定したのだった。
そしてすでにランバネインと緑川は楽しんでいるようである。
そうこうしているうちに出水も到着し、これでやっと全員が揃ったことになる。
「待たせたな、米屋、緑川。で、誰もまだ攻撃してないのか?」
「いずみん先輩を待ってたんだよ。この
緑川の言うようにランバネインが地面に足を触れさせないように宙に放り上げてそのまま
しかしいつまでもこの状態では勝負がつかず、
そろそろ別の方法で戦わなければ
「そろそろ本気でやらなきゃだけど、次、誰が
「順番でいえばおれだけど、おれは最後でいいや。どうぞ、お先に」
米屋はそう言って出水に順番を譲るというジェスチャーをする。
「じゃ、遠慮なく」
選手交代とばかりに出水がランバネインと対峙すると緑川はグラスホッパーを解除した。
するとドスンという鈍い音がしてランバネインが地面に尻餅をつく。
「痛ってぇな…」
そう言って腰を摩りながら立ち上がるランバネイン。
トリオン体なのだから痛みを感じるはずはないのだが、そんなポーズでもしないと恥ずかしくなる無様な姿なのだから仕方がない。
しかし悔しいとか憎いという気持ちは湧かず、むしろ面白い経験をさせてもらったと上機嫌だ。
「ミドリカワ、なかなか手強い技を見せてくれた。手も足も出ねぇってのはこのことを言うんだな。だが、せっかくの檻を解除してしまえばこっちが有利だぞ。数は不利だが、射程持ちはそこの弾トリガー使いだけだって知ってるんだぞ」
すると米屋がバカにしたような顔で言い返した。
「たしかにおれと緑川は
「俺を飛ばないようにするだと? だったらさっきのミドリカワの技で檻を作っておけばいいだろ?」
「いやあ、そんなことしなくても動きを止めることはできる。ほら、おれって槍使い…と思うじゃん?」
米屋はニヤリと笑ってそう言うと数歩前に歩み出た。
手には槍型弧月を持っておらず、両手が空いた状態である。
そしてランバネインは何をするのかと注意深く米屋の顔を見ていたが、ふたりの距離が約10メートルに近付いたところでランバネインが顔を顰めた。
「貴様っ、何しやがった!?」
「おれってトリオン能力が低いから普段は槍型弧月オンリーで戦ってんだよね。だけど今日はトリオン無限ルールで好きなように戦っていいって言われてるから少し変わったことをやってみようかと思ったんだ。他のヤツのパクリって言われたらそのとおりなんだけど、これでもコソ練して今日は初お披露目なんだぜ」
両足を肩幅に開いて踏ん張った状態でランバネインは動けずにいた。
それもそのはずで、米屋の
「これはスコーピオンを地面に
「ならばこの状態で貴様らを倒すだけだ!」
ランバネインがそう叫んで射撃体勢になった瞬間、米屋は自らの足を蹴り上げてスコーピオンを引き抜いた。
するとランバネインの両足はざっくりと斬れてしまい、前へと転倒してしまう。
「あー、悪ぃ。あんたが動かなくてもおれが動けばそうなっちまうんだよな…。マジですっかり忘れてた。だから申し訳ないんでおれはもう何もしない。この後にサシで勝負できる機会があったら正面から正々堂々と戦うから勘弁してくれ」
「そうか、それなら仕方がない。ところで貴様の名を教えろ」
「おれ? おれは米屋陽介。A級7位三輪隊の
「ヨネヤ、か…。俺に二度までもダメージを与えた男の名として覚えておいてやろう」
ランバネインはそう言ってほくそ笑んだ。
米屋はこの技を使う予定はなかった。
単に旋空を抜いてメインとサブの両方にスコーピオンを入れておき、久しぶりにスコーピオンを使った戦いをするつもりでいたのだが、出水や緑川が新技の練習をしているのを見て「マンティス
緑川と同じで実戦で使えるレベルになったのか試してみたくなったのだ。
「さぁて、おれの番だな。…でもけっこうダメージ入ってるからハンデがないとフェアじゃないかな?」
そう言って出水が前に歩み出るとランバネインが首を大きく横に振った。
「そんな情けは無用だ。戦場では相手に情けをかけるものではなかろう? これは模擬戦であり貴様らは自分の新技を試したくてやっているようだが、俺は本気で貴様らを倒したいと思っている。それは雪辱戦という意味ではなく、強い者と本気で戦いたいという戦士の本能だ」
それを聞いた米屋と緑川は申し訳ないという顔で謝罪する。
「すんません。これは歓迎の意味を込めた模擬戦だって聞いてて、
「オレは新技使いたいだけで、あっと言わせたいって…。ごめんなさい」
「いや、謝ることはない。あれはあれで面白いものを経験させてもらった。それにこれが戦争だったならアリだしな。…ともかくこの模擬戦が俺を歓迎するものだって言うなら最後まで楽しませてくれ。そもそも俺は両足を失くしたくらいで倒されるようなトリガー使いじゃないぜ。舐めんなよ」
ランバネインはそう言うと体勢を整えた。
「俺を倒したいと思うなら両足だけでなく両腕も奪わなければ不可能だと思い知らせてやろう。3人まとめてかかって来い!」
背部に形成したブースターを起動すると出水たちのはるか上空へと飛び上がり、
「おらおら、逃げねーと全身穴だらけになるぞ!」
飛行中の射撃の場合、飛行速度を上げると狙いが定めにくくなるが、上空でホバリングしているだけなら問題はないし、散弾であれば尚更だ。
それに地上に降りないでいつまでも飛行していれば足は不要。
さらにブースターは背中側にあるために地上から出水が
しかし散弾の雨の中シールドなしでは即死であるから合成弾は使えず、通常の
そしてトリオン無限ルールだからランバネインはブースターを破壊されない限り延々と射撃ができることとなり、ランバネインが飛び上がった段階で勝負は決まったようなものであった。
◆
それからしばらくしてランバネインは上機嫌でランク戦ブースに戻って来た。
「お疲れさまでした。ボーダー隊員…それも精鋭たちと戦ってご満足いただけましたか?」
ツグミが声をかけると、ランバネインは豪快に笑いながら答えた。
「ああ、楽しかったぞ! ボーダーの
「わたしも同じ気持ちです。
「なかなかいいぞ。俺の
「それだけではありませんが、このシステムがなければ訓練にも限度がありますからね。わたしも訓練で使用することはありますが、トリオン器官を鍛えるためには実際にトリオンを消費しないといけませんから、昔はトリオンをガンガン使いながら擬似トリオン兵を何十匹何百匹も倒す訓練をしていました。おかげでボーダー隊員の中ではトリオンはトップクラスです」
「昔というと…いくつの時からトリガー使いをやってるんだ?」
「ボーダー入隊は9歳で、実戦に参加できる正隊員になったのは11歳の時です」
「ならば兄者と対等に戦えるのも不思議はないな。…ああ、
ランバネインが残念そうな顔になって言うものだから、ツグミはこの時ぞとばかりに答えた。
「またいらっしゃればいいんです。同盟国となったあかつきにはいつでも来て
「ああ、わかった」
「それから城戸司令があなたとゆっくり話をしたいと言っていて、これからか明日の午前中のどちらか2時間ほどですけどお時間を割いていただきたいんですけど」
「それはかまわない。これからすぐにでもいいぞ」
「でしたら城戸司令にこれからすぐに執務室へ行くと連絡します。でもそうなると模擬戦の続きできませんよ」
「それは次の楽しみにとっておくさ。なにしろ明日は兄者たちへの土産を探さなければならん。今日行ったショッピングモールとは違う場所に案内してくれると言っていただろ?」
「はい。では
ツグミは携帯電話で城戸に連絡をし、すぐに彼の執務室へと向かった。