ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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417話

 

 

レジデンス弓手町で行われた送別会ではこの寮に住んでいるメンバーだけでなく、玉狛支部から修、遊真、千佳、そして陽太郎の4人が参加した。

短期間とはいえヒュースは玉狛第2のチームメイトであったのだから、彼が帰国するとなれば別れを惜しむくらいの友情は芽生えている。

アフトクラトル遠征が終わってからのヒュースはボーダー隊員である理由はなくなり、寮に引越ししてエリン家の家族と一緒に暮らすようになっていた。

そうなると自然と玉狛支部メンバーとの交流も減るのだが、彼に懐いている陽太郎が寮へ週に2-3回やって来て遊んでいったりテオやレクス相手に「ミデンのここがすごい」をレクチャーしたりと関わりは途切れることはなかったのだった。

しかしヒュースがアフトクラトルへ帰国するとなればたびたび会いに来るどころかそう簡単に会うのは不可能といえるほど物理的距離は離れてしまい、今後のハイレインの判断次第では交流も可能となるが、場合によっては一生会うことができない可能性もある。

そこで玉狛支部の4人を招いて「お別れ会」を開いたわけだ。

玉狛支部の人間とランバネインは対戦したこともないから特に因縁というものもなく、トラブルが起きる心配もいらないということで、城戸から修たちを招くことを許可されていた。

ヒュースやエリン家の家族の存在はボーダー内でも限られた人間しか知らないことなので、ボーダー隊員との交流も最低限のレベルに抑えなければならず、せっかくランバネインと個人的に親しくなった出水、米屋、緑川は招くことができなかったのだった。

 

料理のメインメニューは寄せ鍋、豚キムチ鍋、石狩鍋の3種。

それをテーブルの上に並べて好きなものを自由に選んで食べるというビュッフェ式で、他にサイドメニューとしてピザや鶏の唐揚げやフライドポテトなどのオードブルにアイスクリームやチーズケーキなどのデザートまである。

料理のジャンルが滅茶苦茶だが、その無秩序さが庶民のパーティーっぽくていいのだとツグミは言っており、実際に近界民(ネイバー)たちは喜んでいた。

もっともお別れ会であるから全体の雰囲気は明るいものとは言い難いのだが、未来に期待が持てる別れであるからお通夜のようなしんみりとした空気ではない。

そして過去の辛い経験からこういった「別れの儀式」が大嫌いだったツグミが主催者として動いているのは彼女のことを良く知っている迅からすると驚きで、様々な経験が彼女をより良き未来へ導いているのだろうと実感していた。

 

 

会場の隅で友人たちの様子をぼんやりと眺めているツグミにリヌスが声をかけてきた。

 

「ツグミ、あなたの想いはみんなに伝わっているようですね」

 

「突然何を言うかと思えば…。でもあなたにそう言ってもらえるとすごく嬉しいです。アフトクラトルが攻めて来てからまだ1年も経っていません。去年の今頃はまだアフトとかキオンなんていう国の名前すら知らずにいて、敵として現れた近界民(ネイバー)とボーダーは命懸けで戦いました。リヌスさんたちとは別の形でわたしたちの前に現れましたね」

 

「ええ。そして想像もしていなかった展開となり、今こうしてあなたと一緒にいることができるのはすべてあなたの意思の力によるもの。私はあなたに出会えて幸せだと心から思っています。もしあの時に(ブラック)トリガー奪取に成功していたら、こんな穏やかで満ち足りた日々を過ごすことなんてありえませんでしたよ。キオンに帰国して功績で一等市民になれたとしても軍人を続けていて、新たな任務があればたとえそれがどんなに理不尽なものであっても従わざるをえず、人を陥れたり奪ったりと明らかに誰かを不幸にすることしかできなかったでしょう。でも近界(ネイバーフッド)から戦争の火種となるものを減らしていく手助けなど、これまで私がしてきたことの償いになる仕事ができて今は毎日がとても有意義なものとなっています。あなたがあの時に私たちの愚かな策略を見事に打ち砕いてくれたから。そして任務に失敗して帰国すれば処分を受ける私たちを必死になって助けようとしてくれたからこそです。ありがとう、ツグミ」

 

「そんな…。わたしは自分が幸せになりたいから行動していて、同時に自分の周りにいる家族や友人が同じように幸せにならなければ満足できない利己主義者(エゴイスト)なだけです。わたしとしては自分の願いを叶えるためにあなたとゼノン隊長とテオくんを巻き添えにしてしまったと思っていますが、みなさんがこの結果に納得してくれているなら安心です。ボーダー内でもあなた方の存在は公然の秘密となっていて、ごく一部を除いた隊員たちと上手くやっていますし、指導をしてくれたおかげで市民救出計画も順調に進んでいるのはあなた方のおかげです。近界民(ネイバー)であっても友好的な交流は可能で、上層部の対近界民(ネイバー)の考え方も大きく変えることができました。ならば感謝するのはわたしの方です。ありがとうございました、リヌスさん」

 

ツグミに礼を言われて顔を赤らめるリヌス。

 

(私はあなたに会えてとても幸せです。一生軍人として生き、死ぬ時は戦場の真っ只中かもしくは近界(ネイバーフッド)の片隅で誰にも気付かれることなく消えていくことになるのだと考えていた私ですが、あなたに軍人以外にも生きる道があるのだと教えてもらい、そのための教育も受けさせてもらいましたね。いつかエウクラートンへ帰り、祖国で農業振興に携わりたいという私の願いを叶えるために。もうしばらくはあなたの夢を叶えるために私はあなたのそばにいます。それが今の私にできることであり、やるべきことなのですから)

 

恋心を忠誠心へと置き換えてツグミの護衛役となっているリヌスはゼノンやテオ以上にツグミへの想いは強い。

彼女が迅のことを特別な男性として愛しており、自分が彼女の横に並ぶことができないとわかると落胆したのだが、彼女から「大切な役目」を与えられてからは自分が迅とは違う意味での「オンリーワン」であることを認識しているからなおさらだ。

そんなリヌスもたまにツグミから「感謝している」とか「あなたのおかげ」などと言われると動揺してしまい、嬉しいと同時にいざという時には彼女との約束 ── 「もしわたしの存在が近界(ネイバーフッド)にとって害悪となるなら、誰でもなく()()()()止めてもらいたい」 ── を果たせるのかが不安になってしまう。

「止めて」とは彼女の命を奪うことも含めての意味であるから、そんなことにならないようにと願うしかない。

 

(いや、願うだけではダメだとツグミなら言うだろう。未来を変えるのは人の強い意思なのだといつも彼女は言っていて、他力本願的なことを言えば軽蔑されてしまう。しかし彼女のように自分で正しいと思えることを見付け、その目標へと向かって一心不乱に邁進することができる人間は少ない。私もそうだが誰もが自分の判断が正しいのか間違っているのかさえわからずに悩んだり立ち止まったりしてばかりいる。そして誰かが正しい答えを与えてくれて、それにただ従っていれば楽だと考えて待っているだけだ。幸いなことにキオンはスカルキ総統という賢明な指導者を得られたが、アフトは武力で世界を支配しようとするハイレインのような王を頂くことになってしまった。どちらの指導者も戦争のない世界を目指してはいるものの考え方やその手段が違っている。ふたりともツグミのように自分の願いを叶えるために行動しているが、彼女とスカルキ総統は自分だけでなく周囲の人間も幸せになってほしいという気持ちが同じであったからすぐに協調路線を歩むことができた。しかしハイレインは力で他者を押さえ付けることで自分の優位性を示し、逆らえないようにして自分の意思を強制するというものだから、今の考え方を改めない限り近界(ネイバーフッド)を二分する大規模な戦争となるだろう。スカルキ総統のことだからその時のことも考えて軍備を進めているに違いない。戦争を否定していながら戦争という手段に及ぶというのは矛盾しているが、ハイレイン自身が弱者は強者に従うものだと考えているのだから他に手はない。…というのは凡人の考えだ。ツグミはそうならないために知恵を絞りあらゆる方面に働きかけて奔走している。最後の最後まで戦争回避という道を諦めてはいない。だから私や彼女のことを良く知る人間は彼女のことを応援したくなるのだろうな…)

 

リヌスがツグミの顔を見ると、彼女の視線は楽しそうに話をしているテオとレクスに向けられていた。

そのそばにはディルクとゼノンがいて酒を酌み交わしていて、テーブルの上の料理を一緒に選んでいるヒュースと修にはなんとなく寂しげな様子が見られる。

 

(それぞれが別の人生を送っていて一生出会うことがなかったかもしれないのに、ツグミというひとりの少女が彼らを結び付けた。そしてこの邂逅が一瞬のもので終わるのか、それとも再び巡り合ってこのように楽しい時間を過ごすことができるようになるかは彼女の行動次第。アフトを含めて4ヶ国での同盟締結となれば大団円となるだろうが、果たしてそんなに上手くいくものだろうか…?)

 

リヌスがそんなことを考えていると、ツグミが思い出し笑いをする。

 

「フフッ…」

 

「ツグミ、どうかしたんですか?」

 

「いえ、ジンさんとヨータロー以外は全員この1年の間に出会った人たちで、すべてが好意的な出会いをしたのではありません。ですからこのような未来を想像できるはずもなく、キオンとエウクラートンそしてアフトまで実際に行ったからこその結果だと思うとなんだか不思議な気持ちになってしまいました。わたしに近界民(ネイバー)の血が半分流れているからなのかなとも思いましたが、たぶん純粋な玄界(ミデン)の人間であっても、逆に近界民(ネイバー)であったとしても同じことをしたでしょうね。血のつながりというものはその個人の肉体を構成していて人間の個性の要素としては大部分を占めているわけですが、考え方や行動原理などは育った環境や経験などによって大きく変わるもの。だから近界民(ネイバー)だからとか玄界(ミデン)の人間だからと出自で判断するのは間違いなんだと感じています」

 

「……」

 

「それに貴族であろうと庶民であろうとこうして同じ場所で同じ料理を分け合って食べている様子を見ていると、それが人間の本質なのだと思えてきました。生まれついての区別なんてものはその方が都合が良いと考えたごく一部の特権階級の人間が既得権益を守るために頑なに守ろうとしているだけ。貴族のディルクさんたちは庶民であるわたしたちやあなた方のことを軽蔑してはいませんし、あなたやわたしは貴族の人たちを妬んだりもしていません。身分や出自など人対人として付き合っていくのであれば意味のないもの…とまでは言いませんが、重要なものでないことは確かです。そしてこんなことを考えるようになったのは近界民(ネイバー)のみなさんと交流をするようになったからです。この1年、辛いことも苦しいこともありましたがその何倍も楽しいことや嬉しいことがあったので満足しています。そしてきっと来年こそは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の新しい交流の元年となるはず。そのためにわたしは今を頑張っているんですから」

 

するとリヌスは優しく微笑みながら頷いた。

 

「大丈夫ですよ。あなたがその気持ちでいる限りはふたつの世界は必ず良い方向へ向かって進むはずです。…ほら、ヒュースとの別れが明日に迫っているというのにヨウタロウは泣かずにいます。それはこれが今生の別れではなく、近いうちに再会できるとわかっているからですよ。軌道の関係で頻繁に会うことは難しいですけど、玄界(ミデン)の宇宙船の技術と近界(ネイバーフッド)のトリオンの技術を融合させることでもっと燃費が良くて高速航行が可能な艇を造ることができるかもしれないとあなたは言っていましたよね。それが完成すれば今よりもずっと簡単に会えるようになるでしょう。そういった希望が見えるのはあなたが頑張っているからですよ。私はあなたとの()()を必ず守ります。だから安心して自身の思い描く未来を目指して歩いてください」

 

「はい。あなたにそう言ってもらえると心強いです。さあ、あなたも料理を楽しんでください。わたしたちも3日後には三門市を離れますから、しばらくの間はレトルトやインスタントな簡易食ばかりになります。それはそれで美味しいですけど、やっぱり手作りの料理の方がはるかに美味しいと感じますからね」

 

「ええ、わかっています。でも食事とは何を食べるかでなく誰と食べるか…の方が重要です。そして私はあなたと一緒なら何を食べても美味しいと思いますから問題ありません。…でもあなたの言うように何か食べてきます。あなたも食事や会話を楽しんでください」

 

そう言い残してリヌスはテーブルのある部屋の中央へと歩いて行った。

そして彼と入れ替わるように料理の皿を持った迅が近付いて来て、皿をツグミに渡すと横に並ぶ。

 

「リヌスとの会話は弾んでいるように見えなかったが、いい雰囲気ではあったな」

 

「もしかしてヤキモチですか?」

 

「ここでYESと答えるべきかNOと答えるべきか…。どっちが正解なんだ?」

 

「どちらでもわたしの答えは同じで『バカ』って返します。ヤキモチを妬くってことはわたしとリヌスさんが親密に見えるということで、それは間違っていないですけど一緒に話していたくらいで嫉妬するなんてくだらないですよ。それじゃあわたしは城戸司令や忍田本部長と仕事の話ができなくなっちゃうじゃありませんか。そしてヤキモチを妬いていないということになればちょっと寂しいです。しばらく会えなくなる恋人が自分以外の男性と話をしているのに気にならないってことでしょ?」

 

「じゃあ、模範解答は?」

 

「それくらい自分で考えてください。少なくとも答えはさっきみたいなYESかNOの二択ではないことは確かですよ。それはそうとジンさんには留守番をしてもらって大事な役目を果たしてもらわなければならないんですから、そちらをお願いしますね」

 

「わかってる。おまえの心残りがないよう俺が留守番をすることになったんだから、その期待を裏切るようなマネはしないさ」

 

「頼もしいですね。だからわたしはジンさんのことが大好きなんです」

 

そう言ってツグミは照れ隠しに皿に載っていたフライドポテトを口に入れた。

 

 

◆◆◆

 

 

そして和やかな雰囲気の中で送別会はお開きとなり、翌日の夕方にランバネインとエリン夫妻とヒュースの4人はアフトクラトルへと帰国した。

別れの際にはレクスと陽太郎が少しだけ泣いたが、9歳と6歳のお子様であれば当然のことである。

ランバネインの艇には大量の食品 ── 例のごとくレトルトやインスタント食品、大量の菓子類と酒 ── を倉庫だけでなく通路や居住スペースなど限界まで詰め込んである。

ディルクたちの艇には彼が三門市で購入したCDプレイヤーと十数枚の音楽CD、そしてプレイヤーを使用するためのポータブルソーラー発電機、玄界(ミデン)の食文化に魅了されたマーナがインスタント食品だけでなく近界(ネイバーフッド)では貴重品となっている香辛料や便利な調理道具、さらには家庭菜園で育てたいといって数種類の野菜の種を購入し、それらが倉庫いっぱいに積まれていた。

2隻の艇が(ゲート)の向こう側へ消えてしまうと、見送ったツグミたちはそれぞれの役目を果たすために次の行動を開始する。

同盟締結の件もあるが、並行して行われている市民救出計画にも近界(ネイバーフッド)の治安の善し悪しは大きく関わることなので無関係ではいられないのだ。

2日後にはキオンとエウクラートン、そしてアフトクラトルへと行くのだからそのための準備に滞りがあってはならない。

 

(気になるのは女王陛下…ううん、エレナ大叔母さまの容態。前回の訪問の際に充分な薬は置いてきてあるし、約束を守ってくれているなら悪化はしていないはずだけど歳が52歳だものね。高齢者ではなくても若いともいえない微妙な年齢。今回は白峰先生には往診は頼めなかったからちょっと不安だけど、せめて元気なわたしの姿を見せて喜んでもらおうっと。それとお土産に美味しいお菓子をたくさん用意しなきゃ。今回はゆっくりできないからわたしが作っている暇はないものね。ああ、忙しい…)

 

忙しいと言いながらも、とても楽しそうなツグミであった。

 

 

 

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