ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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419話

 

 

キオンの軌道は玄界(ミデン)を囲む細長い楕円状になっており、毎年1月の半ば頃に最接近する。

エウクラートンはキオンの周囲を回っているため、キオンに合わせてエウクラートンも近付いているので、3者が一堂に会するにはこのタイミングを逃したくはない。

そこでツグミはクリスマスや年末年始のイベントをすべて犠牲にして近界(ネイバーフッド)を旅していた。

犠牲といっても彼女にとってそんなものは「自分の幸せな未来」のためには些細なことで、「来年こそは家族と親しい友人に囲まれて楽しい時間を満喫する」のだとやる気満々でいる。

傍から見るとそれがやせ我慢にも思えなくないのだが、彼女のことを良く理解しているゼノンたちはここで彼女に慰めの言葉をかければ逆効果になることがわかっているので特に何もせず普段どおりに接していた。

そして第一の目的地であるキオンに到着したのは玄界(ミデン)の暦で12月31日、つまり大晦日であった。

 

 

ツグミとゼノンたちがマーグヌス近郊の軍用のドッグに入港するとすぐに総統府からの使者が来て、例のごとく馬橇で総統府の玄関まで案内された。

そして玄関前ではわざわざテスタが彼女たちを出迎えてくれる。

それは彼女たちが玄界(ミデン)から公式に派遣された外交訪問団で、今のツグミは近界(ネイバーフッド)の国の国家元首代理と同等の扱いを受けていることを意味していた。

ボーダーは国家ではないが近界民(ネイバー)たちにとっては玄界(ミデン)の窓口であり、外交を行うのであればすべてボーダーという組織を一国家と考えて行わなければならないのだから同じようなものなのだ。

 

「ツグミ、久しぶりだね。元気そうで良かったよ」

 

「スカルキ総統もご健勝のようでなによりです。お約束した書面をお持ちいたしました。申し訳ございませんがあまり時間がありませんのですぐに検討をお願いしたく思います」

 

「ああ、承知した。さっそく議会を緊急招集しよう。ところできみたちは何日くらいキオンに滞在できるのだ?」

 

「キオンでの結果が出るまでの間にエウクラートンへ行って女王陛下とリベラート殿下にお会いしてきます。あちらにもこれと同じ内容の記載されたものをお渡しして検討してもらわなければなりません。エウクラートンで用事を済ませてから戻ってまいります」

 

「それは仕方がないな…」

 

「お互いにまずはお仕事をさっさと片付けてしまいましょう。今回の訪問は事務的なものであり、親睦を深めるためのものではありません。ここでキオンとエウクラートン両国がボーダーの考えた条件に納得してくれたなら近いうちにみなさんを玄界(ミデン)をお招きし、正式な同盟調印を行ってそこで盛大にお祝いの宴を開きたいと思っています。場合によってはこれにアフトクラトルが加わって4者による同盟締結となるかもしれませんが、とにかくその時には心置きなく会話や食事を楽しみましょう。エウクラートンでは女王陛下のご容態によって滞在日数は変わりますが、この先の予定も詰まっていますから長くても3日で済ませます」

 

テスタはツグミから玄界(ミデン)の話を聞くのが好きで、彼女の再訪を今か今かと待ち望んでいた。

そしてやっと来たかと思えば城戸からの親書と同盟締結に関する書類を手渡してすぐにエウクラートンへ行くというのだから残念に思うのは無理もない。

しかしツグミが言うようにこの訪問が事務的なものであり、時間に余裕がないことも事実。

それが理解できないようなバカではないし一国の元首であるから、テスタも大人げないことはできない。

 

「そうだな。玄界(ミデン)訪問という願いがまもなく現実となるのだから少しくらいは我慢しよう」

 

「賢明なご判断です。ではわたしはこれで失礼させていただこうかと思います」

 

「もう行ってしまうのか?」

 

いくら急いでいるといっても玄関前で用事を済ませて次へ行こうとするツグミの態度にテスタは面食らってしまう。

 

「無作法だとは思いますが、今回はお許しください。この埋め合わせは別の機会にさせていただきます。それとこれはとても大事なことですが、ここまで来る間にゼノン少佐とテオ少尉には艇のエネルギー用のトリオン抽出でかなり無理をさせてしまいました。ですのでエウクラートンへの随行はリヌス大尉だけで、ふたりには特別休暇をいただけないでしょうか?」

 

「もちろんそれはかまわない。ふたりにはゆっくり休んでもらおう」

 

テスタはそう言うとリヌスに視線を向けた。

 

「リヌス大尉、疲れているだろうがきみにはもう少し彼女のために働いてもらおう。それでエウクラートンでの滞在中に自らの判断で休暇を取ってくれ。きみにとってもこの国よりもエウクラートンの方が気が休まるだろ?」

 

「ご配慮に感謝し、エウクラートンで休暇をいただきます」

 

リヌスは軍人らしくテスタに敬礼をする。

 

ゼノンには家族はいないものの親しい友人はいるし、テオにとってはもう長い間離れ離れになっている家族がいる。

だから彼らには帰省という意味も込めてツグミは同行を依頼していた。

初めてキオンを訪れたのが4月中旬で、2回目の訪問が7月の末。

それに2回目の時はゼノンとテオは玄界(ミデン)で留守番をしていたから、彼らにとっては久しぶりの里帰りとなる。

テオは早く家に帰りたいものだからトリオン抽出作業にも積極的に協力していて、そのおかげで予定よりも1日早くキオンに到着していた。

もちろん身体に負担が多くかかってしまっているから、すぐにでも実家に帰って休ませてあげたいと考えて先にキオンに向かい、エウクラートンを後回しにしたのだった。

 

ツグミとリヌスのふたりのキオン滞在時間は1時間弱と非常に短く、その短い停泊中に三門市から運んで来た土産の3分の2を下ろした。

そのうちの半分はボーダーからの贈り物で、テスタの好みに合わせてツグミがセレクトしたものである。

そして残りの半分はテオが家族のために()()()()()()購入した食料品や衣類などの「生活必需品」で、冬の寒さの厳しいキオンでの生活に必須の使い捨てカイロは箱買いをしていた。

その時にツグミは彼女らしいアドバイスをしており、使い捨てカイロの仕組みを説明した上で使用後の中身は脱臭剤や除湿剤として使うことができることを教えたり、購入の際には「使用後の中身は土壌改善剤として使用可」と明記されたものを選ばせていたのだった。

玄界(ミデン)の技術や物品は近界民(ネイバー)の生活に役立つものは多いが、それを無計画に持ち込んで使用することで大量の廃棄物が発生することは自明の理。

ツグミはそのことも考えてゴミをゴミとして処分せず可能な限り再利用できることを前提として持ち込むよう努めている。

それは彼女らしい配慮で、そういった点も近界民(ネイバー)たちの信頼を得る一助となっているのだ。

そして残りの3分の1を積んだままで艇はツグミとリヌスを載せてエウクラートンへと向かって出発した。

 

 

◆◆◆

 

 

真冬のキオンとは違ってエウクラートンは雪が残っていながらも春の訪れを感じさせる暖かい日差しの中にあった。

どこの国であっても春になると様々な命が芽吹き、人々の心の中も明るく晴れ晴れとしてくるものである。

特にエウクラートンにあっては女王の健康に回復の兆しが見え、国民もそれを喜んでいた。

それも適切な診察と治療のおかげであり、英雄・オリバの娘が玄界(ミデン)から医師を連れて来て治療をしたと全国民が知るところとなり、さらにツグミがリベラートの孫だと発表されたものだから彼女への次期女王就任に期待が寄せられている。

彼女がエウクラートンに玄界(ミデン)の先進技術を伝えて国民の生活を豊かなものにしようと働いていることで女王の後継について意欲的であるように()()()されているのは本人にとって悩みの種となるのだが、ここで「みなさんのご期待に添えなくてすみません」などと言えるものではない。

だからこそ女王がいなくても国を存続させられるようなシステムにしようと「大改革」を進めているのだ。

 

例のごとくツグミたちの乗った艇はニネミアの正門へと近付いて行った。

これで3回目であるから受け入れ側も準備ができていて、(ゲート)が開くとすぐに船籍を確認して玄界(ミデン)の使者であることがわかるとすぐにリベラートへと直接連絡がいくことになっているようだ。

ツグミたちは下船せずにそのまま神殿の脇にある国賓用の駐艇場まで行くと、すでにリベラートが到着していて彼女を出迎えた。

 

「おかえり、ツグミ」

 

リベラートがそう言ってツグミに両腕を伸ばした。

 

「お久しぶりでございます、リベラート殿下。ご健勝でなによりです」

 

ツグミはリベラートがハグしようとして伸ばした右手を握り、挨拶の握手をしてから頭を下げる。

リベラートにとっては自分の孫娘の里帰りのような気分なのだろうが、ツグミはボーダーを代表してやって来た外交訪問団の人間としての立場を貫いているのだ。

 

「ボーダー総司令城戸から親書と同盟締結に関する書類を預かってまいりました」

 

「そうか…。わかった。立ち話というわけにもいかぬだろう。私の執務室へ来なさい」

 

「はい」

 

ツグミはリベラートと共に政庁の正面玄関へと歩いて行く。

その姿を見送ったリヌスはリベラートが呼び寄せた政庁職員の手を借りて大量の荷物を艇から下ろす作業を開始した。

この荷物の大部分はキオンの時と同じようにボーダーからの贈り物なのだが、特に厳重に梱包してある箱には女王のための医療器具や栄養補助食品が入っている。

前回の訪問で処方された薬を正しく服用して体調を回復しているのであれば、治療薬をやめて栄養補助食品に切り替え、さらに自分自身の足で歩くことができるように訓練するためのリハビリ用器具を設置してトレーニングをする。

そのタイミングの見極めはツグミに任されていて、女王に謁見してから荷物を開封することになるだろう。

 

 

 

 

リベラートの執務室に案内されたツグミは彼と向かい合ってソファに腰掛ける。

するとすぐにツグミは仕事の話を始めた。

 

「ボーダーではかつて近界(ネイバーフッド)の3つの国と同盟を結んでおり、その国々からトリオンやトリガーの技術を譲り受けました。その頃のボーダーはまだ近界民(ネイバー)と対等に戦えるだけの力がありませんでしたから、同盟といっても対等な立場ではなく不平等な条件をのまされていたことは否めません。そしてボーダーは近界民(ネイバー)同士の戦争に巻き込まれ、同盟国の救援という理由で遠征を行いました。その時に半数以上の仲間を失い、ボーダーは壊滅的な状態に追い込まれたという不幸な過去がありましたから、それを教訓として同盟に関する条件を吟味しました」

 

ボーダーは近界民(ネイバー)の協力者がいたからこそ今のような組織になることができたわけだが、旧組織の時代は近界民(ネイバー)たちから見ると「玄界(ミデン)はトリオン文明のない未開発国」であったから同盟国といっても格下に扱われてきた。

だからトリガーの技術を教えてもらうにしてもその対価となるものを()()なければならず、同盟国がどこかの国と戦争になればトリガー使いを派遣しなければならないという命懸けの活動をしていた。

それでもトリオン体で戦うから死者は出なかったが、それが油断につながって大きな犠牲を出してしまうことにもなる。

戦争という状況において誰も死なないで済ませることができるはずがない。

それなのに敵が命まで奪うことはないという考えが頭にあるから激しい戦闘であっても手足の1本や2本失ってもかまわないという無茶な戦いをして、命を失う瞬間になってやっと「人は殺せば死ぬもの」という真理を思い出す。

対象の国を制圧するだけなら住民を殺すことはまではしないのが通例であっても例外というものは必ずあり、殲滅戦であれば非戦闘員に対しても攻撃を加えることになる。

かつてボーダーが参加した戦争でも同盟国が滅びたのは、敵にとって従属国や植民地にするだけの価値があるとかないとかではなく、単に国そのものを()()()()()()()()()()という強い意思があった可能性もある。

当時のボーダーは「力」を持っていなかった。

もし不平等な条件を強いられた同盟でなければ不参加を申し出ることができたかもしれないし、敵を叩く「力」があれば玄界(ミデン)に危機が迫っていても回避できただろう。

「力」がないことは悪ではないが、ないことによって正義を貫くことができないのは事実だ。

数々の経験を経てボーダーはアフトクラトルという軍事大国を退却させるだけの「力」を得たことで、今度こそは近界民(ネイバー)と対等な立場で平等な同盟を結ぶことができるはずである。

 

「この書面に記された内容は玄界(ミデン)の国同士で戦争を回避するために結ばれた安全保障条約、経済連携協定、世界人権宣言の条文など様々な公式文書を参考にしています。近界(ネイバーフッド)の国々では一般的ではない内容のものもありますが、玄界(ミデン)においても100年前200年前にはこのような考え方はなく、悲しい歴史を繰り返したくないという人々の願いと希望によって生み出されたものなのです。約定に不満や疑問があるのでしたら3者が一堂に会した際にとことんまで話し合いましょう。全員が納得する内容でなければ意味はありませんからね。だからこそ時間がかかっても大丈夫なようにお互いの国が最接近するこの時期を選んだのです」

 

「私たち近界民(ネイバー)は戦争終結後に捕虜交換などの事務処理はするものの、その後の国家間のあり方について決め事をすることは滅多にない。そんなことをしなくても負けた側は黙って勝った側の国の命令に従わざるをえない事実があるからな。それ明文化してお互いに納得することは望ましいと思う。なぜ今までそうしてこなかったのかと疑問に思うほどだ。それに将来の戦争を回避するための努力を怠っていたために不毛な争いを繰り返してきた。この同盟締結がそれを止めるきっかけとなればいい」

 

「はい、わたしもそう思うからこそ若輩ながら国家元首の方々に訴えかけてきたのです。ただひとつだけ問題点…と言うと語弊がありますがイレギュラーな点が生じました。城戸司令の親書にもありますが、この同盟締結の件を知ったアフトクラトルのハイレイン陛下が自国も加えてもらいたいと申し出てきたのです。まあ、殿下もおわかりでしょうが彼はキオンがこれ以上力を持つと面倒なことになるからという理由でキオンの影響力を拡大させないために参画しようとしているだけです。彼のように武力で他者を制圧するやり方は()()()()()()同盟では絶対に許されないものですから、彼の考え方が変わらないかぎり仲間に入れることはできません。でも逆にアフトをこちらのルールで縛ってしまえば彼は無闇に他国を侵略できなくなります。彼がどんな判断を下すかまだわかりませんが、こちらからは正攻法のボールを投げたわけですから彼がどんなボールで投げ返してくるのかを待つだけです」

 

キオンとエウクラートン、そしてボーダーの3者による同盟締結はアフトクラトル包囲網のために考えられたものである。

アフトクラトルに対抗する手段として最も効果があるのは同等の軍事大国キオンを味方にすることで、ゼノン隊の襲撃をきっかけにしてボーダーはキオンに接触する機会を得た。

これまでの実績と蓄えた軍事力を誇示することで相手から戦意喪失させる効果があることを理解したテスタが国家元首となったからこそ、ツグミの計画が順調に進められたのだ。

仮にテスタがハイレインと同じタイプの人間であればテスタを説得するだけでも数ヶ月から数年かかってしまっただろう。

しかし彼がツグミと同じ考え方をする人間であり、近界(ネイバーフッド)を二分する軍事大国の元首という肩書きがあったからこそここまで順調にきた。

ただしこのタイミングでアフトクラトルが関わろうとしているところまではツグミも想定外であったが、それすらも利用して計画を前倒ししようというのが彼女らしい。

 

「ひとまず殿下には議会を招集してこの書面の内容について検討をしていただきたく思います。もちろんわたしも議会に出席し、疑問等がございましたら議員のみなさまにご説明いたします。頭の固い長老たちの考え方は保守的で変化を望みません。既得権益を失いたくはないと考える人が多いですが、キオンのスカルキ総統のように長い目で見た損得勘定ができるようになると話が早く進むんですけどね。…なんて愚痴を言っても始まりません。とにかく言葉で理解を促すのみです」

 

「頼りにしているぞ、ツグミ。それはそうと女王陛下がお待ちだ。今頃は神殿の私室でおまえが訪ねて来るのを今か今かと首を長くしているだろう」

 

「すると女王陛下のご容態は芳しいということですね?」

 

「ああ、もちろんだ。今朝は『ここ数日は雪解けも進んで暖かい風が春の匂いを運んで来ている』と陛下は楽しげに呟いていた。春になったら自分の足で歩いて神殿の外に出るのだと意気込んでいたからな。今年の春の訪れは殊のほか嬉しいのだろう。それに春の風がおまえを連れて来たのだと思っているかもしれないぞ」

 

「そうですか。それでは失礼して女王陛下にご挨拶してまいります」

 

ツグミはリベラートに一礼してから執務室を出た。

そして3回目ともなると政庁内にも詳しくなり、案内人もなしにスタスタと神殿へと向かって歩いて行く。

途中で顔見知りの職員たちと顔を合わせると笑顔で挨拶し、職員たちの顔にも笑顔が浮かぶ。

春の風が彼女を連れて来たのではなく、彼女が春の風を運んで来たかのように。

 

 

 

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