ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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420話

 

 

ツグミたちがエウクラートンに到着した翌日、リベラートによって緊急招集された臨時議会が開かれ、ツグミは内容の説明のために議会へと呼ばれた。

ボーダー側で用意した同盟締結のための条件は玄界(ミデン)の人間であれば一般的で誰にでもわかりそうなものなのだが、近界民(ネイバー)にとっては理解できないものがある。

たとえば「人権」という言葉は詳しいことはわからずとも誰でも聞いたことはあるのだが、近界(ネイバーフッド)にはその言葉そのものが存在しない。

「近代憲法の不可欠の原理」として「生まれながらにして当然に人間としての権利を有する」というごく当たり前な考え方であるが玄界(ミデン)においても近代になってから確立されたもので、封建時代では今の近界(ネイバーフッド)のようにハッキリとした身分制度があって「支配する者とされる者」に分かれていた。

それが長い歴史の中で「人間は人間らしく生きるための権利を生まれながらに持っている」という考え方を持つに至り、現在では人種や性別、宗教、政治上その他の意見、社会的出身などのいかなる事由による差別を受けることはないと国際的に承認されている。

しかし近界(ネイバーフッド)ではそこに至るまでの途上にあり、貴族と市民や農民が平等であるという考え方が理解できるはずもないのだ。

おまけに国会議員となっている人間は選挙で選ばれたのではなく世襲制の領主であるから、支配する側の人間である彼らが人権というものを認めてしまうと自らの存在意義を見失ってしまうことになるというもの。

玄界(ミデン)においても力を持った下層階級の人間たちの革命等によって上層階級の人間が()()()()()()()()()()のであり、納得して受け入れたものではない。

だから議場内ではツグミの説明を聞くと明らかに納得できないという顔の議員たちがざわめき始めた。

 

(これくらいは想定済みよ。近界民(ネイバー)たちの()はわたしたちが辿って来た歴史の数百年前のようなもの。わたしだって突然30世紀から来た未来人から『今はこれが考えの主流なんだから従いなさい』と言われたら戸惑うのと同じ感覚だわ。だからこそこの数百年分の歴史を一気に詰めるための手段を用意してあるのよ)

 

ツグミは数十人の大人たちの非難をするような視線に臆せずに話を続けた。

 

「みなさんが近界民(ネイバー)として生きてきた年月の重みは尊重します。上層階級に生まれ育ったみなさんにとって領民たちと自分が同じ人間であるとは認めたくはない。権力を持つ者は持たざる者より偉いのだから、自分たちが領民を支配するのは当然だという考え方はもっともなものです。その真逆ともいえる体制を導入しなければならないなんてありえないと言いたいのでしょうね。でしたらわたしもその考え方を認め、この国の法に則ったやり方をしましょう」

 

そう言うとツグミはこれ以上ないという笑顔で言い放った。

 

「ではわたしが女王に即位したら、みなさんの支配者として命じることにしましょうか」

 

「……」

 

議場内は一瞬静まり返り、ツグミの言葉の意味を理解した者から順に顔面蒼白になったり、頭を抱えて机に突っ伏したり、言葉を失って固まってしまうなど壇上にいる彼女からみると滑稽な反応をしてしまう。

議員たちが自分の既得権益を守るための根拠としている「身分」と「権力」がツグミによって利用されてしまうというのだから慌てもするだろう。

エウクラートンでは女王を頂点とした封建制を基本としていて、女王の意思が国の意思となるのだ。

封建制とは君主の家来である諸侯たちが君主に与えられた土地を領有してその土地の人民を統治する社会・政治制度であり、諸侯たちは領有統治権の代わりに君主に対して貢納や軍事奉仕などといった臣従が義務付けられている。

その封建制(ルール)を守るのであれば女王の命令に逆らうことは不可能で、ツグミが女王になったら彼女の唱える「人は生まれながらにして平等である」という考え方を受け入れなければならないという矛盾を抱えることになるのだ。

そうなると当然女王も平民も人としては同じということになるが、近界(ネイバーフッド)においては(マザー)トリガーを扱うことのできる人間は特別な存在である。

身分の差はなくなっても女王はこれまでどおりに国民から必要とされる存在であり続けるだろう。

結果的にこの議場にいる議員たちが既得権益を失うことになり、それとは逆に領民たちがいくつかの権利を与えられることになる。

現在の女王の年齢と健康状態を考慮するとツグミが女王に就任するのはそう遠くない未来であることは誰もが承知していて、彼女の心証を害することは身の破滅であると理解できたものだから、議員たちはいつの間にか借りてきた猫のようにおとなしくなってしまったのだった。

彼らはツグミが唯一の女王後継者であることは認識しているが、彼女が積極的に女王になろうとは微塵も思っていないことを知らない。

だからこの「女王に即位うんぬん」の言葉はハッタリであり、それがバレたらこの手段も効果はないのだが、この様子なら大丈夫だろうとツグミは手応えを感じていた。

しかしこのままでは彼女の理想とする世界とは違うものとなってしまうため、議員たちに納得してもらう説明を続けることにした。

 

「ここにいらっしゃる議員のみなさんはこの場にいれば王家の臣下ですが、地元に帰れば領主という権力者になります。ですがそれは領主の嫡男として生まれたから今の地位を()()()()ただけで、みなさんが努力をした結果ではありません。もしわたしが女王になってみなさんの領主としての立場を解任してしまったら、みなさんには何も残りませんよ。現在の立場はみなさんの何代も前のご先祖様がなんらかの功績によって女王から与えられたもので、ご自分の力で手に入れたものではないのですから。単に生まれ落ちた先が領主の家であっただけで、運が良かったからに過ぎません」

 

「……」

 

「みなさんが領内では好き勝手やっていらっしゃる…などとわたしは考えておりません。リベラート殿下の耳に入ってくる情報によるとどの領地でも特段の問題は生じていないようで、この封建制というシステムが上手く作用しているということがわかります。ですからわたしも現状を否定しているのではありません。ですがみなさんが良き領主でいるのは自分の立場を守るためですか? それとも領民たちを自分の家族のように大切に考えているからですか? …まあ、先ほどの反応を見ると前者なのだろうなと思ってしまいます。だって貴族である自分と領民が平等であるなどと認めたくないという感じでしたもの」

 

「……」

 

「これまで何百年も続いてきた価値観を否定して新たなものをすぐに受け入れるなんて無理なことはわかっています。戸惑うのは当然です。ですが頭から否定するのではなくこういった考え方があり、それが玄界(ミデン)では一般的なものとなっていることは知ってもらわなければなりません。なぜならこれから玄界(ミデン)のボーダーという組織と手を結んで近界(ネイバーフッド)の現状を変えていこうとしているのですから。もちろん納得できないから同盟には加わらないという判断を下すのであれば、それがエウクラートンの総意となるわけですよね。…ですがキオンではスカルキ総統という国民によって選ばれた元首が積極的に玄界(ミデン)の文化や技術を受け入れようとしていますので、エウクラートンがその影響をまったく受けないでいることは不可能でしょう。玄界(ミデン)では力を持つようになった被支配階級の人間が革命を起こして社会の構造を大きく変えてしまったという事実があります。さて、領民たちはみなさんのことをどのように見ているでしょうか? 自分たちの生活を保証してくれるから敬っている? 命令に従わないと罰を与えられるから我慢をしている? 前者であれば心配はありませんが、後者でしたら今後が心配です。みなさんを護衛する兵士だって元は農民や商人といった庶民ですからねぇ…」

 

そんな不安を掻き立てる言い方をするツグミ。

もちろんそれだけでは終わらせるはずがない。

 

「みなさんは何を不安に感じているのですか? もし民主制という政治システムを導入したとしても国会議員は選挙、民意で選ばれるシステムですから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()領民たちはみなさんを選ぶはずです。したがって結果は今となんら変わりはありません。女王に任命されるか、領民たちの支持によるかという方法の違いはあっても結果が同じならいいんじゃありませんか? わたしはエウクラートンに玄界(ミデン)のようにしろと強要しているのではありません。この国をどの方向に導いていこうとしているのかはみなさん次第です。…もっとも最終判断が女王に委ねられているというのですから、みなさんが自分の利益だけを考えて行動しているようであればすべてを失って放り出されるかもしれませんね」

 

他人事のように言うが、将来女王となるツグミからそんなことを言われたら「領民から慕われる良き領主」でいなければならないと考えるのは当然だ。

権力によって弱者を支配している領主たちがだ、それ以上の権力者 ── 女王から支配されている事実があり、ある意味中間管理職的な位置関係になる。

領民に対して高圧的な態度で接すればおとなしくさせることはできるだろうが、いずれは領民も我慢ができなくなって()()するかもしれない。

そうなった場合、領主やその家族が命を狙われる恐れがあり、その事実を女王に知られてしまえば領地の管理には不適格だとして領主を解任させられてしまうことも考えられる。

賢い人間なら既得権益を守ろうとして現状維持を望むことですべてを失う可能性があると理解し、領民に対して良き領主となって信頼を得ることで今の立場を維持した方が()であるとわかるだろう。

ツグミは別に民主制を広めたいわけではなく、生まれついた貴族だという立場にあぐらを掻いている領主たちに「そんな考え方でいると自ら身を滅ぼすことになりかねない」とお灸をすえたのである。

もちろん彼女にとって領主たちがどうなろうとも関心はないのだが、愚かな領主のせいで苦労する罪のない領民たちのことを思うとこの機会に説明しておくべきだと判断したのだ。

そして玄界(ミデン)がトリオンとトリガーに関するもの以外の技術であれば近界(ネイバーフッド)の国々を凌駕している理由の「下地となるもの」を知ってもらうことにより近界(ネイバーフッド)の国々の近代化を促そうという計画の一端であった。

「人は生まれながらにして平等である」という考え方が即近代化につながるわけではないが、ごく一部の特権階級の支配する世界では市井に埋もれた才能を見付けることはできず、せっかくの才能も見出されないままで消えていくようであれば進歩は望めない。

近界(ネイバーフッド)のすべての国にその考えを浸透させるのは難しいが、自分の手の届く範囲であればやれることはやろうというツグミの覚悟がこうして示されたことになる。

議員たちに考える時間を与えるために一旦休憩とし、1時間後に議会を再開することになった。

ツグミが次期女王候補なのは揺るぎない事実である。

封建制の象徴ともいうべき存在である彼女を敵に回したら身の破滅となることを理解したものだから、議員たちは積極的に彼女の言葉に耳を傾け議会の後半はスムーズに進んでいった。

 

 

◆◆◆

 

 

議会での手応えを感じながら、ツグミはリベラートと共に政庁内の廊下を歩いていた。

 

「ツグミ、おまえの『わたしが女王に即位したら、みなさんの支配者として命じることにしましょうか』というひと言がだいぶ効いたらしいな。あの時の議員たちの顔は真っ青になっていたぞ。私はおまえの本心を知っているから動揺はしなかったが、彼らは事情を知らない。だからおまえの機嫌を損ねないようおとなしくなっていた」

 

「わたしが女王にならないと言えば困るのは彼らですからね。それに玄界(ミデン)との関係を壊したくはない。なにしろ前回の訪問の際にトリオンを使わずに使用できる便利な道具がたくさんあって、それが手に入れば生活水準が格段に上がること。そして(マザー)トリガーから得られるトリオンの大部分を国土の維持に回すことによって農作物の生産量を増やすことができると知れば玄界(ミデン)との関係を重要視しますよ。ここでわたしがこの国を見限ってサヨナラしてしまったら元も子もなくなる。そんな打算的な考えであることに間違いはありませんが、それをわたしは否定しません。考えることを怠りどうすれば得になるか損になるか判断できない人よりははるかにマシですし、わたし自身がそういう考えで行動することがありますから。でもわたしは自分が得をするために他人に損をさせるつもりはなく、自分と同じくらい得になるように策を練りますからね。そもそも誰かが得をすれば必ず誰かが損をするというものではありません。それに損とか得というものは金銭的なものばかりではなく、精神的に満たされることだってわたしにとっては得と言えます」

 

前回の訪問でトリオン以外のエネルギーの重要性を教えられたことで玄界(ミデン)育ちのツグミの話に耳を傾けないはずはなく、逆に彼女を否定するような態度をすれば自分の立場が危うくなると()()()()()()()だろうと考えた彼女の策略は成功したといえよう。

 

「理由はともかく後半の説明はわたしの言葉にきちんと耳を傾けてくれたようで安心しました。ボーダーが進める同盟においては国の規模や軍事力などに関係なくどの国も対等な立場で対話をすることを基本とし、お互いに必要なものがあれば可能な限り便宜を図ることや、同盟国が非同盟国との戦争に巻き込まれそうになった場合はいち早く駆け付けて()()()()()()()()平和裡に解決することに努めるといったことの必要性や意義について説明をすると、内容を理解しているかどうかはともかくボーダーがやろうとしていることがエウクラートンのために役立つことだということだけはわかってもらえたはずです。あとは彼らがどう判断するかですね。まあ、この同盟はキオンとの関係を好転させるきっかけになりますし、彼らが何と言おうと最終的には女王陛下の判断となります。この後わたしはさっきの議会で説明したことと同じ内容を女王陛下にも聞いていただくつもりでいます。わたしが何のために、そして誰のために行動しているのか理解してもらえるなら、それでエウクラートンの国民は今よりももっと安心して暮らせるようになるでしょう。わたしはこの国の国民のためにできることをしたつもりです。ですからあとは殿下を含めたエウクラートン国民が自ら判断し、積極的に行動して自分たちの手で幸せを掴んでください」

 

「わかった。…オリバはかつてエウクラートンの守護者として命懸けで戦ってくれた。そしてそれだけではなく20年の歳月を経て、こうして新しい守護者となるおまえをこの世に送り出してくれた。そのオリバが私の息子だとはなんと誇らしいことか…。ところが私自身はこの国に対して何もできずにいた。それがずっと心の重荷にもなっていたのだが、おまえが私に会いに来てくれたことで私が果たした役目を教えてもらうことができた。私は祖国の守護者の父であり、祖父であったのだ。それこそが私がこの世に生まれた意味であったのだと知ってとても気持ちが楽になった。だからおまえにはこの国の女王になってもらいたいという気持ちと、そんなしがらみとは無縁の自由な世界に生きてもらいたいという気持ちの板挟みになっている状態だ」

 

「殿下…」

 

「おまえは正しいと思えることを自分で判断し、自らの意思で行動する力を持っている。だから私はおまえに強要はしない。おまえがしたいようにすればいい。なにしろおまえには女王がいなくても問題のない国にする策があるのだから、おまえが成果を出して見せれば国民は納得するだろう。女王陛下もおまえの幸福を願っているのだから、無理強いはせずにおまえの意思に任せるはずだ。そのために時間がかかってもかまわないから女王陛下と話をしてきなさい」

 

「はい、わかりました。では、行ってまいります」

 

ツグミは自分の進む先にたくさんの障害があることを承知していたが、それ以上に期待をしてくれている人や協力してくれる人が大勢いることも知っている。

それはこれまでの彼女の行動の結果によるものであり、彼女が「守りたい、大切にしたい」と思えるものが増えたからだ。

1年前にはその存在すら知らなかった国の近界民(ネイバー)たちと共に旅をし、国家元首相手に交渉までしている未来など迅にさえ視えてはいなかった。

なにしろ彼女の行動にはしっかりとした1本の信念があるものの、彼女を取り巻く環境が大きく変わってしまったことで分岐点が無限に増えてしまい「実現する可能性の高い未来」が深い霧の向こう側に隠れてしまったのだ。

そしてツグミ自身は霧の向こう側に必ずあると信じている「自分の理想の未来」のために迷うことなくしっかりとした足取りで前に進んでいる。

だから周囲の人間は彼女の目指す先に自分たちにとっても幸福になれる未来があるのだと信じて彼女を応援したくなるのだろう。

 

リベラートは孫娘の後ろ姿を見ながら心の中で呟いた。

 

(ミリアム…私はツグミに昔のきみの面影を重ねてしまう。姿だけでなく生き様が似ているからなのだろうな。自分の信念というものをしっかり持っていて、その信念を曲げるようなことは頑として聞き入れない。かと思うと他人の心情や立場をきちんと踏まえた上で譲歩し、いつの間にか反対していた者を自分の懐に取り込んでしまっている。そんなところも良く似ているな。しかしあの子はきみよりもはるかに理性的だ。私ときみは許されない恋をしてしまい、そのせいできみとオリバを不幸にしてしまった。王族の私にはきみを幸せにする力がなかったというのに、その場の感情に流されてしまった。もしツグミがきみと同じ立場であったら違う道を進んだと思うのだ。あの子にはジンという恋人がいるのを知っているだろうが、彼がエウクラートンの皇太子であの子が庶民の娘だったとしたら私たちのような悲劇にはしなかっただろう。あの子なら王家の規則に反することをするのではなく、規則が現状にそぐわないのならそれを正してからと言って衝動的な恋をせずに周りの人間を説得して規則を変え、そして誰からも祝福される結婚を目指しただろうな。だからこそ女王後継問題についても現状にそぐわない規則だから変えるのだと言っていて、そのために奔走している。だからまだ女王になるともならないとも断言はしていないのだ。現状のままであれば彼女は首を縦に振らないが、規則を変えた後ならきっとこの国を救ってくれる。きみもそう思うだろ? だから私はあの子のためにできる限りのことをしてやるつもりだよ)

 

リベラートはミリアムとオリバの分までツグミを幸せにしてやろうと改めて心に決めたのだった。

 

 

 

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