ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

444 / 721
425話

 

 

「あなたがおっしゃるようにわたしの行動の原動力は『自分と自分の手の届く範囲にいる家族や友人が穏やかで幸せな日々を送ることができるようになるため』で、それは誰にでもあるささやかな願いです。それほど苦労せずとも叶えられるように思えますが、一番難しいとも言えるのではないでしょうか? 身近な例でいえばテオ少尉はあの若さで尉官となりましたが、そのために何年も諜報員として祖国を離れて様々な国で危険を伴う任務を遂行してきました。それは家族に楽な生活を送らせてあげたいという彼の優しさによるもので、命懸けの任務を行って結果を出したからこそ彼とその家族は今の暮らしが維持できています。もし彼が任務に失敗したらどうなっていたでしょうか? それに良い結果が得られましたが、彼はゼノン隊の一員ですからスカルキ総統からボーダーに協力するよう命じられていてずっと玄界(ミデン)で暮らしていますので、家族と一緒にいたいという一番の願いは叶えられていません。これで同盟締結が無事に済めばボーダーとの関係も少し変わりますから、ゼノン隊を首都勤務に戻してもらえるようお願いしようと考えています。それでやっと彼の願いは叶えられるのです。彼が自分の願いを叶えることすらこんなに大変なことなのですから、もっと過酷な環境にある人々がごく当たり前のほんの小さな幸せを掴むのはどれだけ難しいことでしょうか?」

 

「……」

 

「わたしは『自分のため』というエゴによって行動していますが、大好きな家族や友人が辛い目に遭っている様子を見ていて幸せだと感じられるほどの独善者ではありません。だからわたしがボーダーに入ったのは自分の身を守るためと同時に家族同然の隊員たちの役に立ちたいと考えたからです。ひとりでも戦力が増えれば彼らは楽になるだろうし、自分が守られる立場のままでいたら彼らの負担がその分大きくなる。子供ながらにそう考えて近界民(ネイバー)と戦う組織の一員に加わりました。もっとも7歳の子供にはまだ()はありませんから、役に立とうとしても限界がありました。実戦に参加できるようになったのは11歳の時で、やっと自分も()を手に入れたと実感したのですが、その時にもうひとつ感じたのは虚しさでした。1200人以上の民間人が殺され、400人以上が近界民(ネイバー)によって拉致されてしまったという事実を突き付けられて、このまま近界民(ネイバー)に蹂躙され続けるのであればボーダー隊員である自分の存在価値が疑われます。自分としては全力を出しているのに手が届かないという状態は仕方がないとしても、その結果多くの民間人が被害者となってしまう。その被害者となる民間人はわたし個人にとって面識はなく名前も顔も知らない赤の他人ですから、彼らがどうなろうとわたしは哀しくもないし辛くもない。それがボーダー隊員としてのわたしは彼らを守るために存在するのであり、彼らと無関係ではいられません。わたしはボーダーに入隊したことで多くの義務を抱え、自分の手の届く範囲の人間さえ幸せになれたらそれでいいなどと言っていられなくなってしまいました」

 

「……」

 

ツグミはずっと胸に抱えていたものを吐き出すかのようにサーヴァに話す。

それをじっと聞いているサーヴァの顔は孫を心配する祖父のようで、前日に己のプライドをかけて戦った歴戦の勇士の面影はない。

 

「大勢の人々の人生を守るということは生半可な覚悟ではできません。わたしは自分と家族と友人のために入隊しましたが、それは子供の軽率な考えでした。玄界(ミデン)の童話作家に宮沢賢治という人がいて、その人は自分の著書で『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない』と言っています。わたしがその言葉に触れたのは10歳の時で、その時は意味がわかりませんでした。だって世界のいたるところで戦争が起きていて、その国の人々が戦火に追われている様子をわたしは自宅のテレビで見ているのです。遠く離れた国の自分と同じくらいの歳の子供が親を殺され、家を破壊されて難民キャンプで満足な食事もできない様子を暖かい部屋の中で家族と美味しいものを食べながら見ている自分。宮沢賢治の言葉が真実なら自分の今の幸福が偽りのものだということになります。それに苦しんでいる人が大勢いるのに自分が幸せな暮らしをしているのがいけないことをしているみたいに感じてしまい、彼の言葉は嘘なのだと決めつけていました。それが成長していく過程でいろいろな経験を積み、自分が世界という『鎖』を構成するひとつの()であると考えるようになったのです。わたし自身の()が強くて幸せであってもどこかの()が弱くて不幸であったらその鎖はすぐに壊れてしまいます。顔も名前も知らなくても、どこかの誰かとわたしは繋がっているのです」

 

「……」

 

「わたしの国の言葉に『ご縁』というものがあります。縁という言葉に『ご』という敬語を付けて呼ぶのですが、これには『あらゆるものはすべて繋がって存在している』という考え方が根底にあり、様々な事象が関係していて成り立っているということを表しています。玄界(ミデン)で生まれ育ったわたしとキオンの軍総司令官のあなたとは接点などありませんでした。ですがゼノン隊の方と出会い、その流れであなたとも出会うことになりました。もしゼノン隊長たちが玄界(ミデン)へ来なかったら。彼らが当初の任務に成功していたら。わたしがミリアムの(ブラック)トリガーの適合者でなかったら。わたしがキオンへ行こうと決心しなかったら…。わたしたちの出会いは違ったものになり、場合によってはこの出会い自体が存在していなかったかもしれません。近界(ネイバーフッド)とか玄界(ミデン)といった住む世界が違った人間であっても何らかの繋がりがあって無関係ではないという結論に達し、わたしは無理をしない程度に頑張っているのです。人はそれぞれ個人のレベルで幸せになりたいと願って努力をしています。戦争なんて誰も望んではいません。戦争をしたいのはごく一部の好戦的な権力者で、今のキオンの内政が安定しているのはスカルキ総統が聡明な方であり、彼を支持しているキオン国民もまた同様に知性が高いからだとわたしは考えています。近界(ネイバーフッド)のトリオン依存の体制を変える手段があるのですから、あとはすべての国の指導者が彼のように『問題があれば戦争ではなく対話によって解決する』という考え方を持ってくれさえすれば愚かな戦争は減っていき、いずれは限りなくゼロに近付くと思います」

 

「その言い方だと戦争はゼロにはならないということかね?」

 

それまでずっと黙ってツグミの話を聞いてくれたサーヴァが訊いた。

 

「はい。人間はそれぞれ違う個体ですから考え方も違います。考え方が違えば争いにもなりますし、それが国単位となれば戦争という大掛かりなものに発展してしまいます。争いの要因となるものはいたるところに転がっていて、それをゼロにできない以上は争いをなくすことは不可能です。個人の争いが戦争に発展したという事例もありますから、戦争は絶対になくなりません。ただしゼロに近付けるにしても指導者だけでなく個人が努力をしなければ不可能。そして個人の努力もその人の立場や能力、性格などによって人それぞれで不確定要素ばかりですから、誰かがやってくれるだろうなどと期待をせず、自分ができることを可能な限りやることしか道はないのです。そしてやれるだけのことをしても結果が出なかったとしても、何もしなかったからと後悔することにだけはなりません。誰かに期待をして自分は何もせずにいて、それで自分の思いどおりにならないと不平不満を言う人がいます。わたしはそういった卑怯な人間にだけはなりたくありません。わたしは他人に対して堂々と胸を張って歩くことのできる人間になりたいのです」

 

背筋を正して真っ直ぐに前を見つめながら言うツグミの姿に心を動かされ、サーヴァは武器(トリガー)を使う戦いしかしてこなかった自分を省みた。

 

(儂は祖国のためにトリガー使いとなり、その人生のほとんどを戦いに費やしてきた。それを後悔はしていないが、ツグミの戦いを見ていると武器(トリガー)を使わない戦いこそが貴いものだという気がしてきた。武器(トリガー)を使う戦いは使用者に適性があって武器(トリガー)の能力が高く、また戦力が多ければよほどのことがない限り勝つことができる。しかし彼女のような武器(トリガー)を使わない戦いは誰にでもできることではない。彼女のように志を持つことはあっても立ち上がるところまでには至らず諦めてしまう。そして武器(トリガー)を使うのであれば強者と弱者は明らかになるが、使わない戦いではそうもいかない。勝敗もどちらがどれだけ多くの味方を得るかどうかで決まり、そのための武器は本人の人間性と主張となる。その点で彼女はこの戦いにおいて強者たりうる資質を持ち合わせているといえよう。儂がこんなことを考えるようになるくらいなのだからな)

 

サーヴァもまた強者が弱者を支配するのが当然で、大量のトリオン兵を造り、大勢のトリガー使いを育てて侵略戦争に勝つことが祖国と国民のためになると教えられてきた世代の人間である。

そして彼も後進に対して同様の考え方を植え付け、多くの兵士が侵略戦争に駆り出された。

トリオン体で戦うだけでなく、敵兵は生きたまま捕虜として利用するから()()()()死者は出ることはないから「人を殺す」という罪の意識はなく、戦争とは生きていく上での当たり前の行為という考え方さえあるくらいだ。

なにしろ「トリオン至上主義」の文明だからトリオンをたくさん持っている国が「強者」で持たざる国は「弱者」と明らかに目に見える形で表すことができるため「軍備を整える → 戦争を仕掛けて制圧する → 負けた国を従属国として程度の差はあるが実質支配下に置く → 従属国の兵士を使って更なる侵略戦争を行う」というスパイラルに陥る。

キオンやアフトクラトルはそのシステムで成功した数少ない国で、軍事大国として他国の平和をその強大な軍事力で脅かしてきた。

近界(ネイバーフッド)()()()()国の国力は(マザー)トリガーの()()に由来する。

正確に言えば「神」と呼ばれる(マザー)トリガーと融合してトリオンを生み出す人間の()()のトリオン能力に正比例し、「神」の寿命が近付くとできるだけトリオン能力の高い人間を()()にしようとあちこちを探し回るのはアフトクラトルだけではない。

多くの国は()()()()()()()()の能力者で済ますのだが、アフトクラトルのように近界(ネイバーフッド)の国々だけでなく玄界(ミデン)にまで捜索の手を広げるのは「神となる人間のトリオン能力=国力」となるからだ。

そうしてひとりの人間が「神」となって、その命が絶えるまで何百年もその国を支えるエネルギーの源となるのだが、それは()()の場合である。

(マザー)トリガーから抽出するトリオンをすべて国土の維持に回せば何百年も国を支えることができるとしても、アフトクラトルのように大量のトリオンを軍備に使用してしまえば「神」の寿命は短くなるし、国民の生活に使用する分のトリオンは極端に減らされることになるのだ。

 

かつてキオンは非常にトリオン能力の高い人物が「神」となり、その力で広大な国土を造り上げて近界(ネイバーフッド)史上最大の面積を持つ国となった。

その頃は緑豊かな大地が広がる国であったのだが、その後の「神」ではその国土を維持できるほどのトリオンを持っていなかったために当時の指導者は3つの選択肢の中からひとつを選ばなければならなくなる。

ひとつ目は国土の面積と気候を維持することを優先して「神」の寿命には目を瞑る。

この場合は国民の生活に影響はないが、「神」の寿命は数十年と極端に減ってしまうと推測された。

ふたつ目は国土の面積を減らすことで(マザー)トリガーの負担を減らす。

この場合は面積が減った分人口も減らさなければならない。

3つ目は国土の面積はそのままにして、(マザー)トリガーの負担を減らす。

そして選んだのが3つ目の案であった。

しかし太陽に回すトリオンの量が減ってしまったために力が弱まってしまい、同時に地熱が弱まるために冬の期間が長くなってしまった。

1年の4分の3が冬で大地が雪に覆われるようになったために「雪原の大国」という二つ名が付いたのだった。

この話をテスタから聞かされた時、ツグミはこの選択をした指導者の判断を正しいと思った。

ひとつ目の案では「神」の交代が数十年に1回起きることになり、その度に生贄となる人間を犠牲にしなければならない。

ふたつ目の案では人口そのものを減らさなければならず、誰が()()()()()()になるのかを考えると労働力にならない老人やトリオン能力の低い者が切り捨てられるのは目に見えている。

3つ目の案は国民全体で過酷な環境であっても耐えようという道であり、()()()()()()()()()最も人道的であったと思えるからだ。

この「キオン国民にとって」という点が重要である。

キオンに限らず近界(ネイバーフッド)の国々はどの国も()()()()()暮らしを強いられていた。

だから他国で少しでも自国よりも豊かな暮らしをしている知れば、そこから「奪う」という短絡的な手段を選んでしまうのは無理もない。

キオンは自国の国民を間引きせずに全員を生かすために他国から奪う道を選んだのだった。

トリオンに余裕があった時期に武器(トリガー)開発に力を入れていたからその時の()()を使って他国に侵攻し、従属国や植民国を増やしていった。

従順な国であれば自治は認めて従属させるのみに控え、最後まで徹底抗戦に及んだ国ではその国の人間をすべて奴隷として農作業に従事させてそこからキオン国民のための食料を調達したり、トリオン能力者であればキオンへ連行して兵士にするかトリオン供給源として()()()()にした。

おかげでキオンは凍えた国土ではありながら、他国にはないほど多くの国民を養っていくことができたのだった。

とはいえ全員を同等の扱いができないため、厳しい身分制度を設けた。

当初はキオン国民を一等と二等に分け、他国から連れて来た捕虜を三等市民とすることで二等市民に「自分たちよりも恵まれない身分の人がいるのだからわたしたちは我慢しよう」と思わせることに成功し、それが現在まで続いている。

もっとも現在は犯罪者や軍の任務に失敗した者とその家族も三等市民として扱われているので、二等市民は三等市民の降格されないよう必死になっている。

逆に二等市民であっても何らかの功績があれば一等市民の昇格できる制度なので、テオのように家族に楽な暮らしをさせたいと考えて軍務に励む若者もいる。

その身分制度によってキオンは厳しい環境にありながらも軍事大国としての地位を守り続けてきたのだった。

ツグミは第3の案を選んだ指導者の判断を正しいと思ったが、人としては認めることはできない。

指導者が国民の利益を最優先するのは当然だが、だからといってそのために他国の人間を虐げることを肯定する考えは受け入れられないからだ。

それと同じ考えを持ったのがテスタ・スカルキであった。

彼は二等市民出身の兵士であったが「触れた相手の行動原理を読み取る」というサイドエフェクトを持っており、政敵の考えや自分に対する感情などを読み取り、そうして得た情報を活かして20代で国家元首の地位に上り詰めたのである。

そんな彼は子供の頃から周囲の大人たち醜い心の中を見て育ってきたものだから、「トリオンが欲しいなら他国の人間から奪えばいい」という考え方に反発する大人になった。

しかしそれではトリオン不足は解消することができず、長い冬の間じっと耐えるしかないのではこれ以上の発展は見込めない。

だからといって過去の指導者のように軍事力を使って他国に侵攻するようなことはありえないと考え、過去の悪しきやり方を利用させてもらうことにしたのだった。

武力行使をチラつかせて相手国から有利な条件を引き出すことによって、キオンは戦争をせずとも勢力範囲を拡大していく。

その中でテスタはツグミと出会ったのだった。

そしてこのふたりが近界(ネイバーフッド)の未来を楽しそうに語る姿を見て、サーヴァはトリガー使いではない自分に何かできないかと考えるようになっていた。

 

(かつて儂は祖国のために多くの人間の人生を狂わせてきた。キオンがエウクラートンへ侵攻しなければリヌスは親兄弟と離別することはなかっただろうし、故郷で家族と一緒にのんびり畑を耕していたかもしれない。そんなささやかな幸せを叶えることが一番難しいのだとツグミに諭されたが、たしかにそうだと言える。儂は祖国のためだという理由で名前も顔も知らない人々のごく普通の人生を壊してしまったという事実さえ今まで意識さえしていなかった。儂だけではなく大勢の人間が同じように『力を持つ者は他者の人生をも変えてしまうことがある』という重大な事実に気が付いていない。自国のためなら他国を犠牲にしてもかまわないとか、自国民同士であっても自分のためなら他者に犠牲を強いてもかまわないといった考え方が当然の世界に生きてきて、人生の終わりにこのような良き巡り合いがあったとはな…。儂の残り少ない人生をどのように使うかは儂次第。儂の持つ()は平和のために役立てるかもしれないのだ、儂に何ができるのか考えてみようか)

 

サーヴァは自らの半生を振り返り、トリガー使いではない自分を想像してみた。

そしてすでに体力やトリオン能力は衰えて老齢の域に達している彼だが、魂だけは自分の隣を歩いている少女に負けたくはないと血をたぎらせるのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。