ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「あなたがおっしゃるようにわたしの行動の原動力は『自分と自分の手の届く範囲にいる家族や友人が穏やかで幸せな日々を送ることができるようになるため』で、それは誰にでもあるささやかな願いです。それほど苦労せずとも叶えられるように思えますが、一番難しいとも言えるのではないでしょうか? 身近な例でいえばテオ少尉はあの若さで尉官となりましたが、そのために何年も諜報員として祖国を離れて様々な国で危険を伴う任務を遂行してきました。それは家族に楽な生活を送らせてあげたいという彼の優しさによるもので、命懸けの任務を行って結果を出したからこそ彼とその家族は今の暮らしが維持できています。もし彼が任務に失敗したらどうなっていたでしょうか? それに良い結果が得られましたが、彼はゼノン隊の一員ですからスカルキ総統からボーダーに協力するよう命じられていてずっと
「……」
「わたしは『自分のため』というエゴによって行動していますが、大好きな家族や友人が辛い目に遭っている様子を見ていて幸せだと感じられるほどの独善者ではありません。だからわたしがボーダーに入ったのは自分の身を守るためと同時に家族同然の隊員たちの役に立ちたいと考えたからです。ひとりでも戦力が増えれば彼らは楽になるだろうし、自分が守られる立場のままでいたら彼らの負担がその分大きくなる。子供ながらにそう考えて
「……」
ツグミはずっと胸に抱えていたものを吐き出すかのようにサーヴァに話す。
それをじっと聞いているサーヴァの顔は孫を心配する祖父のようで、前日に己のプライドをかけて戦った歴戦の勇士の面影はない。
「大勢の人々の人生を守るということは生半可な覚悟ではできません。わたしは自分と家族と友人のために入隊しましたが、それは子供の軽率な考えでした。
「……」
「わたしの国の言葉に『ご縁』というものがあります。縁という言葉に『ご』という敬語を付けて呼ぶのですが、これには『あらゆるものはすべて繋がって存在している』という考え方が根底にあり、様々な事象が関係していて成り立っているということを表しています。
「その言い方だと戦争はゼロにはならないということかね?」
それまでずっと黙ってツグミの話を聞いてくれたサーヴァが訊いた。
「はい。人間はそれぞれ違う個体ですから考え方も違います。考え方が違えば争いにもなりますし、それが国単位となれば戦争という大掛かりなものに発展してしまいます。争いの要因となるものはいたるところに転がっていて、それをゼロにできない以上は争いをなくすことは不可能です。個人の争いが戦争に発展したという事例もありますから、戦争は絶対になくなりません。ただしゼロに近付けるにしても指導者だけでなく個人が努力をしなければ不可能。そして個人の努力もその人の立場や能力、性格などによって人それぞれで不確定要素ばかりですから、誰かがやってくれるだろうなどと期待をせず、自分ができることを可能な限りやることしか道はないのです。そしてやれるだけのことをしても結果が出なかったとしても、何もしなかったからと後悔することにだけはなりません。誰かに期待をして自分は何もせずにいて、それで自分の思いどおりにならないと不平不満を言う人がいます。わたしはそういった卑怯な人間にだけはなりたくありません。わたしは他人に対して堂々と胸を張って歩くことのできる人間になりたいのです」
背筋を正して真っ直ぐに前を見つめながら言うツグミの姿に心を動かされ、サーヴァは
(儂は祖国のためにトリガー使いとなり、その人生のほとんどを戦いに費やしてきた。それを後悔はしていないが、ツグミの戦いを見ていると
サーヴァもまた強者が弱者を支配するのが当然で、大量のトリオン兵を造り、大勢のトリガー使いを育てて侵略戦争に勝つことが祖国と国民のためになると教えられてきた世代の人間である。
そして彼も後進に対して同様の考え方を植え付け、多くの兵士が侵略戦争に駆り出された。
トリオン体で戦うだけでなく、敵兵は生きたまま捕虜として利用するから
なにしろ「トリオン至上主義」の文明だからトリオンをたくさん持っている国が「強者」で持たざる国は「弱者」と明らかに目に見える形で表すことができるため「軍備を整える → 戦争を仕掛けて制圧する → 負けた国を従属国として程度の差はあるが実質支配下に置く → 従属国の兵士を使って更なる侵略戦争を行う」というスパイラルに陥る。
キオンやアフトクラトルはそのシステムで成功した数少ない国で、軍事大国として他国の平和をその強大な軍事力で脅かしてきた。
正確に言えば「神」と呼ばれる
多くの国は
そうしてひとりの人間が「神」となって、その命が絶えるまで何百年もその国を支えるエネルギーの源となるのだが、それは
かつてキオンは非常にトリオン能力の高い人物が「神」となり、その力で広大な国土を造り上げて
その頃は緑豊かな大地が広がる国であったのだが、その後の「神」ではその国土を維持できるほどのトリオンを持っていなかったために当時の指導者は3つの選択肢の中からひとつを選ばなければならなくなる。
ひとつ目は国土の面積と気候を維持することを優先して「神」の寿命には目を瞑る。
この場合は国民の生活に影響はないが、「神」の寿命は数十年と極端に減ってしまうと推測された。
ふたつ目は国土の面積を減らすことで
この場合は面積が減った分人口も減らさなければならない。
3つ目は国土の面積はそのままにして、
そして選んだのが3つ目の案であった。
しかし太陽に回すトリオンの量が減ってしまったために力が弱まってしまい、同時に地熱が弱まるために冬の期間が長くなってしまった。
1年の4分の3が冬で大地が雪に覆われるようになったために「雪原の大国」という二つ名が付いたのだった。
この話をテスタから聞かされた時、ツグミはこの選択をした指導者の判断を正しいと思った。
ひとつ目の案では「神」の交代が数十年に1回起きることになり、その度に生贄となる人間を犠牲にしなければならない。
ふたつ目の案では人口そのものを減らさなければならず、誰が
3つ目の案は国民全体で過酷な環境であっても耐えようという道であり、
この「キオン国民にとって」という点が重要である。
キオンに限らず
だから他国で少しでも自国よりも豊かな暮らしをしている知れば、そこから「奪う」という短絡的な手段を選んでしまうのは無理もない。
キオンは自国の国民を間引きせずに全員を生かすために他国から奪う道を選んだのだった。
トリオンに余裕があった時期に
従順な国であれば自治は認めて従属させるのみに控え、最後まで徹底抗戦に及んだ国ではその国の人間をすべて奴隷として農作業に従事させてそこからキオン国民のための食料を調達したり、トリオン能力者であればキオンへ連行して兵士にするかトリオン供給源として
おかげでキオンは凍えた国土ではありながら、他国にはないほど多くの国民を養っていくことができたのだった。
とはいえ全員を同等の扱いができないため、厳しい身分制度を設けた。
当初はキオン国民を一等と二等に分け、他国から連れて来た捕虜を三等市民とすることで二等市民に「自分たちよりも恵まれない身分の人がいるのだからわたしたちは我慢しよう」と思わせることに成功し、それが現在まで続いている。
もっとも現在は犯罪者や軍の任務に失敗した者とその家族も三等市民として扱われているので、二等市民は三等市民の降格されないよう必死になっている。
逆に二等市民であっても何らかの功績があれば一等市民の昇格できる制度なので、テオのように家族に楽な暮らしをさせたいと考えて軍務に励む若者もいる。
その身分制度によってキオンは厳しい環境にありながらも軍事大国としての地位を守り続けてきたのだった。
ツグミは第3の案を選んだ指導者の判断を正しいと思ったが、人としては認めることはできない。
指導者が国民の利益を最優先するのは当然だが、だからといってそのために他国の人間を虐げることを肯定する考えは受け入れられないからだ。
それと同じ考えを持ったのがテスタ・スカルキであった。
彼は二等市民出身の兵士であったが「触れた相手の行動原理を読み取る」というサイドエフェクトを持っており、政敵の考えや自分に対する感情などを読み取り、そうして得た情報を活かして20代で国家元首の地位に上り詰めたのである。
そんな彼は子供の頃から周囲の大人たち醜い心の中を見て育ってきたものだから、「トリオンが欲しいなら他国の人間から奪えばいい」という考え方に反発する大人になった。
しかしそれではトリオン不足は解消することができず、長い冬の間じっと耐えるしかないのではこれ以上の発展は見込めない。
だからといって過去の指導者のように軍事力を使って他国に侵攻するようなことはありえないと考え、過去の悪しきやり方を利用させてもらうことにしたのだった。
武力行使をチラつかせて相手国から有利な条件を引き出すことによって、キオンは戦争をせずとも勢力範囲を拡大していく。
その中でテスタはツグミと出会ったのだった。
そしてこのふたりが
(かつて儂は祖国のために多くの人間の人生を狂わせてきた。キオンがエウクラートンへ侵攻しなければリヌスは親兄弟と離別することはなかっただろうし、故郷で家族と一緒にのんびり畑を耕していたかもしれない。そんなささやかな幸せを叶えることが一番難しいのだとツグミに諭されたが、たしかにそうだと言える。儂は祖国のためだという理由で名前も顔も知らない人々のごく普通の人生を壊してしまったという事実さえ今まで意識さえしていなかった。儂だけではなく大勢の人間が同じように『力を持つ者は他者の人生をも変えてしまうことがある』という重大な事実に気が付いていない。自国のためなら他国を犠牲にしてもかまわないとか、自国民同士であっても自分のためなら他者に犠牲を強いてもかまわないといった考え方が当然の世界に生きてきて、人生の終わりにこのような良き巡り合いがあったとはな…。儂の残り少ない人生をどのように使うかは儂次第。儂の持つ
サーヴァは自らの半生を振り返り、トリガー使いではない自分を想像してみた。
そしてすでに体力やトリオン能力は衰えて老齢の域に達している彼だが、魂だけは自分の隣を歩いている少女に負けたくはないと血をたぎらせるのだった。