ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
仕切り直したところで会見が始まった。
部屋の中央にある応接セットの上座にハイレイン、テーブルを挟んで下座にツグミがそれぞれ腰掛け、ランバネインはハイレインの脇に控え、ヴィザはドアの横に立っている。
「単刀直入に申し上げます。ボーダーがキオンとエウクラートンの2国を含めた3国で同盟を結ぶことになっていることはご承知のことと思います。この三国同盟は始まりに過ぎず、ボーダーとしては積極的に勧誘することはありませんが、そのうちに
ツグミはあえてアフトクラトルの加盟を望んでいるとは言わずにいた。
ハイレインはボーダーとキオンがこれ以上強い結び付きでアフトクラトルと敵対することがないようにと考えているだけで、別に同盟に加わりたいわけではない。
彼の目指すものは他国との共存共栄ではなくアフトクラトルが
彼は単なる戦闘狂ではない。
むしろ強者と戦いたいという気持ちならランバネインやヴィザの方がはるかに上回る。
しかしハイレインの場合は戦争がしたいのではなく世界を支配するための手段と考えているだけで、本質は安楽椅子に腰掛けて穏やかな暮らしをしたいと願うような男である。
そして圧倒的な軍事力を示すことで他国の戦意を喪失させて戦闘状態になる前に相手を跪かせるというキオンのやり方を一定レベルで認めてはいるものの、それだけでは足りずに相手国を徹底的に叩きのめして従属させなければいつ反乱が起きるかわからないと不安を抱いている「臆病者」なのだ。
自分に敵対する可能性のあるものを完全に排除し、対話による平定ではなく軍事力行使による「力でねじ伏せる」という道を選んだ。
それこそ
彼の描く理想の未来はアフトクラトル ── つまりハイレインの意思による統一された秩序ある世界であり、それが平和的な手段により誰もが納得できるものとして構築されるのであれば
しかし
積極的に
ハイレインにとって「Yes」と「No」のどちらであろうとも都合が悪いものとなる。
「Yes」であればライバルのキオンとも同盟関係を結ぶことになり、軍事力による
「No」であれば宣戦布告したものと受け取られ、アフトクラトルの軍備が整う前にボーダーとキオンによって包囲網を張られてしまうことになる。
今の彼にとって最善の策は「時間稼ぎ」で、
そしてどのようにして時間稼ぎをするかが問題となっている。
(ここで『ぜひとも同盟に加わってもらいたい』とボーダー側が頭を下げて我が国を勧誘するのであれば俺も即答せずに焦らすことができるのだが、この娘の言い方だと俺が答えを渋ればすぐに諦めてしまい上司へ『アフトクラトルは同盟に加わる意思なし』と報告してしまうだろう。そして我が国抜きでキオンにとって都合の良い体制を整えてしまうことになると手が付けられなくなる。今さらボーダーとキオンを仲違いさせることもできぬし、だからといってキオンの連中と手を結ぶようなこともできぬ。ここまで状況が悪化する前に手を打つことができれば良かったのだが…)
ハイレインは悔やむが、続くツグミの発言に耳を疑った。
「同盟参加という重要な案件を即答するなど無茶なことだと理解しております。ですからお答えは急ぎません。今すぐにお答えをいただくつもりはございませんのでごゆっくりお考え下さい」
「どういう意味だ?」
「いくら陛下がアフトクラトルの最高権力者だからといって独裁者ではないのですから他の信頼できる家臣の方や有識者に相談して意見を求め、その上で
「あ、ああ…それはそのとおりだな」
「そこでキオンのスカルキ総統とエウクラートンのリベラート皇太子をお招きして
「何だと?」
「アフトクラトルとキオンの両国は長い間ずっと敵対関係にあったのですから、すぐに仲直りするなんてできるはずがありません。それはキオン側も同じことです。ですがスカルキ総統はボーダーがアフトクラトルを拒まないというのであれば異論はないとおっしゃっています。あの方は頭の固い議員たちを説得し、キオン国民の総意としてボーダーとの同盟締結を決めました。わたしはこれまでに数回キオンを訪問してスカルキ総統と個人的にも交流を深めてまいりました。信頼関係とは一朝一夕に成り立つものではありませんが、お互いに利害が一致して自分が得することと同じだけ相手にも得を
「それは?」
「わたしは他人と交渉をする時に自分と相手の双方が得をする関係を重視してきました。自分が得をするためなら相手に損をさせても仕方がないと考えている人が多い中で、自分だけでなく相手にも得になる取引をすれば相手も満足してくれるはずですから。ですがそれは当事者同士が得をするということで、どこかの誰かが何かを失っているという事実があり、当事者ではない人間であれば損をしてもかまわないという理論となります。世の中は誰かの犠牲の上に成り立っています。
「……」
「わたしはハイレイン陛下が望まない同盟を強要することは絶対にしません。またアフトクラトルの同盟加入に際し貴国に損をさせるような条件を提示することもありません。もちろん『相互尊重・相互不可侵・相互内政不干渉』の大原則は変えることはできませんが、アフトクラトルとキオンが戦わない道が
「……」
「わたしが陛下に申し上げたいことはこれでおしまいです。ですが陛下の方から知りたいことがあれば
この会見の主導権はツグミが完全に握っていた。
初めに「同盟に加わってください」などとツグミがお願いする立場となれば、ハイレインに都合の良い流れになっていただろう。
しかしツグミは「来るものは拒まず、去るものは追わず」というアフトクラトルの同盟参加に執着していない態度を示したものだから、ハイレインはどう返事をするものか迷ってしまったのだ。
そしてその答えを迷っている間にツグミは即答を求めず時間をかけて考えてくれという譲歩の態度を見せたものだから、ますます彼女のペースに乗せられてしまう。
続いてライバル国であるキオンが積極的ではないにしろ和解の手を差し伸べているのに、その手を振り払うとなればそれも宣戦布告と受け取られかねない。
トドメとしてツグミが同盟参加をアフトクラトルに勧めているのはボーダーにとっての得というだけでなくアフトクラトルにも得になる話なのだと説明し、さらにそれが
せめて詳しい話を聞いてから家臣と相談して答えを出すので時間をくれと言えば良いものを、返答に迷っているうちに同盟参加に関する答えは後でかまわないから、キオンとエウクラートンの元首と元首代行とボーダー最高司令官が顔を合わせる場に顔を出してほしいという流れになってしまっていた。
ここまで言われてなおツグミの申し出を断るのであればテスタやリベラートに「アフトクラトルの国王は臆病風に吹かれて国外に出ることすらできない」とか「侵攻で大恥をかかされた
すべてをハイレインのタイミングで自由に判断することができるように思わせておいて、実はツグミに誘導されてしまったというわけだ。
ハイレインは悔しいというよりもひどく惨めな気分になってきた。
アフトクラトル国王という立場が彼を最高の強者に押し上げているというのに、目の前にいる
そしてその戦いでツグミの攻撃に対して反撃することもできずに負けたのだからこの体たらくを恥じるしかない。
ランバネインからボーダーが同盟参加を打診してきたことは知らされていたのだし、それに対する答えを用意する時間は充分にあったのだが、ハイレインには「
もっとも対策を考えていたとしても先手を打たなければこの勝負はツグミの勝ちとなったのは明らかである。
おまけに最後の「陛下の方から知りたいことがあればわたしに与えられた権限の範囲内でお答えいたします」という点が正論ではあるものの上から目線であり、それに対して腹立たしいと感じながらも怒る気力さえ削がれてしまうほど精神的にダメージを与えられていた。
ハイレインは非常に頭が良く、慎重な性格ながら大胆な行動にも出ることができる「現場においてリーダーとして活躍する人材」であれば彼と肩を並べることのできる人間はそういないだろう。
しかし国王となった今ではその能力も発揮できる場がない。
それどころか自分の手足となる「駒」 ── 王家直属の兵士の
現ベルティストン当主のランバネインは領地経営に忙しいと言ってハイレインのそばにはいないので、ハイレインは王城の奥でただ玉座を温めているだけとなってしまった。
もし三国同盟の件がなければ彼も時間をかけて軍備を増強し、どの国から制圧していくのかなどゆっくりと考えることができただろう。
ところがアフトクラトルの命運を左右する重大事が目の前にあり、できる限り早く答えを出さなければますます不利になるという状況に置かれたせいで本領を発揮するどころか手も足も出ないのだから自らを不甲斐ないと思ってしまうのも無理はない。
ツグミの目的はハイレインに精神的なダメージを与えることではなく、納得した上で同盟に加わってもらうことである。
だからこの不抜けた彼の姿を見て満足するどころか腹立たしくなってきた。
(何なの、この体たらく? 想像していたのとだいぶ違うじゃないの。これくらいのことで折れるような弱い人間じゃなかったはず。…ううん、これまで四大領主のひとつのベルティストン家の嫡男として厳しく育てられ、同時に大勢の家臣に傅かれてきたから集団のリーダーとしての資質は充分に備わってきた。でも完璧であることを望まれているから失敗が許されず、そのせいで下調べを万全にした上でいくつもの代案も立てておく。家臣はベルティストン家に忠実な者ばかりだから命を懸けてでもハイレインを守るし、この男の立てた作戦を遂行する。これなら自分が万能だって気にもなるわよね。もちろん本人は死に物狂いで努力しただろうし、才能は本物だと思う。だけどこの男は絶対に負けないチェスをしているようなもの。自分が勝つためには必要とあれば平気で駒を捨てる。ただ盤上のゲームならかまわないけど、現実世界ではその駒は人間なのよ。これまでにどれだけの数の駒…じゃなくて家臣を捨ててきたのかしら? この男の最大の欠点は人を人として見ていないこと。わたしが知る限りでもエネドラとヒュースとミラを自分の野心のために捨て駒とした。利用するだけ利用して、都合が悪くなったら平気で捨てることを繰り返してきたからいざという時に使える駒がなくなって頭を抱えちゃったのね。強く見えていたのは周りに支える人間がいたからで、国王となった今は王家直属の家臣だけ。それも前王から仕えていた人たちばかりだから、前王を排除したハイレインのことを快く思っていないはず。たぶん王城内でも孤立しているんだろうな。さっきの兵士みたいに真面目に仕事をしているフリをしているだけで、心の中は軽蔑しているなんてこともありそう。残った駒のランバネインは助け舟を出さないし、ヴィザもランバネインが動かなければ何もできない。これじゃあ裸で放り出されたようなものだから不安…と言うよりも何もかもが怖いのかもしれない)
さらに思った。
(この男は自分が孤独だってことに気付いてしまったんだ。今までは遠征に連れて行けるほどの部下がいたけど、その部下を自分の都合で次々と切り捨て、唯一の肉親である弟の言葉にすら耳を傾けなくなったからふたりの心の距離は離れてしまった。自分のことを信じてついてきてくれる人間がいることを当然だと考えていて、自分の所有物のように考えていたからこんな結果になってしまった。これまで全部自分のおかげで成功したのだと思い込んでいたのだろうけど、この男の立てた作戦をきっちり遂行する部下がいたからこその成功であり、彼らがいたからその計画だって立てられた。でも三門市侵攻の
ハイレインは自分が勝てる自信のある戦闘フィールドを作って、その中で戦っている分には常に勝つことができたのだが、他人の作ったフィールドではそういうわけにはいかない。
万が一の場合を考えていくつもの代案を考えておくのも咄嗟の時にアドリブ対応ができないからで、ツグミの用意したフィールドでは彼女の定めたルールに従って戦わなければならないものだから、彼女のキャラクターを
このままツグミの圧倒的勝利のまま終わりにすることは可能だが、それでは本人が納得して帰国することはできない。
彼女が望むのは
仮にハイレインが玉座から引き摺り下ろされたとしても次にアフトクラトルの王となる人間が同様に「強者が弱者を支配する」という考え方を持つのであれば
むしろハイレインの考え方を改めさせて味方にしてしまった方がはるかに楽に目的を果たすことができるとなれば、彼女もこの状況を良しとするはずがないのだ。
(軍事大国の王といっても所詮は裸の王様で、交渉相手にこんな情けない姿を見せてしまうような弱い人間。だけどそれだけまだ人間らしい部分が残っているってこと。完璧な王の姿を見せられたらこっちも対応に困ったかもしれないけど、これならまだ関係改善の希望はある。今度はアフトの国王ではない、ハイレインという男にとって希望の見える道を示してあげないと取り返しがつかないことになっちゃう)
ツグミはこれまで