ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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429話

 

 

仕切り直したところで会見が始まった。

部屋の中央にある応接セットの上座にハイレイン、テーブルを挟んで下座にツグミがそれぞれ腰掛け、ランバネインはハイレインの脇に控え、ヴィザはドアの横に立っている。

 

「単刀直入に申し上げます。ボーダーがキオンとエウクラートンの2国を含めた3国で同盟を結ぶことになっていることはご承知のことと思います。この三国同盟は始まりに過ぎず、ボーダーとしては積極的に勧誘することはありませんが、そのうちに近界(ネイバーフッド)の他の国々も噂を聞きつけて自国に利益があるとわかれば加盟を申し出てくるでしょう。大原則は『相互尊重・相互不可侵・相互内政不干渉』の3本の柱で、約定を守るのであればどのような国であってもボーダーは拒むことはありません」

 

ツグミはあえてアフトクラトルの加盟を望んでいるとは言わずにいた。

ハイレインはボーダーとキオンがこれ以上強い結び付きでアフトクラトルと敵対することがないようにと考えているだけで、別に同盟に加わりたいわけではない。

彼の目指すものは他国との共存共栄ではなくアフトクラトルが近界(ネイバーフッド)を支配することで、ひとりの人間の意思による世界秩序の維持を叶えようと考えているのだ。

彼は単なる戦闘狂ではない。

むしろ強者と戦いたいという気持ちならランバネインやヴィザの方がはるかに上回る。

しかしハイレインの場合は戦争がしたいのではなく世界を支配するための手段と考えているだけで、本質は安楽椅子に腰掛けて穏やかな暮らしをしたいと願うような男である。

そして圧倒的な軍事力を示すことで他国の戦意を喪失させて戦闘状態になる前に相手を跪かせるというキオンのやり方を一定レベルで認めてはいるものの、それだけでは足りずに相手国を徹底的に叩きのめして従属させなければいつ反乱が起きるかわからないと不安を抱いている「臆病者」なのだ。

自分に敵対する可能性のあるものを完全に排除し、対話による平定ではなく軍事力行使による「力でねじ伏せる」という道を選んだ。

それこそ近界民(ネイバー)たちが真理だと思い込んでいる「強者が弱者を支配する」で、強者とは武力を持つ者と同義と考えるハイレインはアフトクラトルという軍事大国の最高権力者の座を手に入れたのだった。

彼の描く理想の未来はアフトクラトル ── つまりハイレインの意思による統一された秩序ある世界であり、それが平和的な手段により誰もが納得できるものとして構築されるのであれば玄界(ミデン)の人間が口を出す資格などない。

しかし近界(ネイバーフッド)における戦争が玄界(ミデン)を脅かすことになるのだから()()()()のために手も口も出すことは当然の権利だとツグミは考えている。

積極的に近界(ネイバーフッド)に進出して加盟国を増やすつもりはないが、ボーダーの定めた原則を守るのであればどのような国であっても拒絶しないという言い方をして、ハイレインに判断を委ねるというレールの上に乗せたのだ。

 

ハイレインにとって「Yes」と「No」のどちらであろうとも都合が悪いものとなる。

「Yes」であればライバルのキオンとも同盟関係を結ぶことになり、軍事力による近界(ネイバーフッド)の統一はできなくなる。

「No」であれば宣戦布告したものと受け取られ、アフトクラトルの軍備が整う前にボーダーとキオンによって包囲網を張られてしまうことになる。

今の彼にとって最善の策は「時間稼ぎ」で、(マザー)トリガーの力が復活したことでトリオンを大量に抽出することが可能となったのだからトリオン兵の増産をし、同時に所有者不在の(ブラック)トリガーの適合者を探すことだ。

そしてどのようにして時間稼ぎをするかが問題となっている。

 

(ここで『ぜひとも同盟に加わってもらいたい』とボーダー側が頭を下げて我が国を勧誘するのであれば俺も即答せずに焦らすことができるのだが、この娘の言い方だと俺が答えを渋ればすぐに諦めてしまい上司へ『アフトクラトルは同盟に加わる意思なし』と報告してしまうだろう。そして我が国抜きでキオンにとって都合の良い体制を整えてしまうことになると手が付けられなくなる。今さらボーダーとキオンを仲違いさせることもできぬし、だからといってキオンの連中と手を結ぶようなこともできぬ。ここまで状況が悪化する前に手を打つことができれば良かったのだが…)

 

ハイレインは悔やむが、続くツグミの発言に耳を疑った。

 

「同盟参加という重要な案件を即答するなど無茶なことだと理解しております。ですからお答えは急ぎません。今すぐにお答えをいただくつもりはございませんのでごゆっくりお考え下さい」

 

「どういう意味だ?」

 

「いくら陛下がアフトクラトルの最高権力者だからといって独裁者ではないのですから他の信頼できる家臣の方や有識者に相談して意見を求め、その上で()()()()()()()()()()()()()最良と思える選択をしていただきたいと思います」

 

「あ、ああ…それはそのとおりだな」

 

「そこでキオンのスカルキ総統とエウクラートンのリベラート皇太子をお招きして玄界(ミデン)で同盟調印を行う場に陛下をご招待したいと思います」

 

「何だと?」

 

「アフトクラトルとキオンの両国は長い間ずっと敵対関係にあったのですから、すぐに仲直りするなんてできるはずがありません。それはキオン側も同じことです。ですがスカルキ総統はボーダーがアフトクラトルを拒まないというのであれば異論はないとおっしゃっています。あの方は頭の固い議員たちを説得し、キオン国民の総意としてボーダーとの同盟締結を決めました。わたしはこれまでに数回キオンを訪問してスカルキ総統と個人的にも交流を深めてまいりました。信頼関係とは一朝一夕に成り立つものではありませんが、お互いに利害が一致して自分が得することと同じだけ相手にも得を()()()()という気持ちになればそう難しいものではないのだと知りました。そして多くの人たちと接するうちにもうひとつわかったことがあります」

 

「それは?」

 

「わたしは他人と交渉をする時に自分と相手の双方が得をする関係を重視してきました。自分が得をするためなら相手に損をさせても仕方がないと考えている人が多い中で、自分だけでなく相手にも得になる取引をすれば相手も満足してくれるはずですから。ですがそれは当事者同士が得をするということで、どこかの誰かが何かを失っているという事実があり、当事者ではない人間であれば損をしてもかまわないという理論となります。世の中は誰かの犠牲の上に成り立っています。近界(ネイバーフッド)の国々が元はタダの人間であった『神』の犠牲があって成立しているくらいですから、すべての人が満足できる世界の実現は不可能です。でもだからといって努力もせずに『仕方がない』と諦めてしまうのはわたしの性に合いません。誰かの犠牲をゼロにできずとも限りなくゼロに近付ける努力をし、その上でどうすることもできないことは世界の(ことわり)として諦めます。逆に言えば世界の(ことわり)に逆らえないとわかるまでは徹底的に抗うつもりだということです」

 

「……」

 

「わたしはハイレイン陛下が望まない同盟を強要することは絶対にしません。またアフトクラトルの同盟加入に際し貴国に損をさせるような条件を提示することもありません。もちろん『相互尊重・相互不可侵・相互内政不干渉』の大原則は変えることはできませんが、アフトクラトルとキオンが戦わない道が()()()()()()()()()()()()()()不利益になるとは思えません。どうか何が陛下ご自身を含めたアフトクラトル国民にとっての最大に利益になるのかを考えてみてください。そしてボーダーとキオンとエウクラートンが同盟を結ぶ歴史的な場に立ち会い、自らの最も願うことが何なのかを考えて()としての判断を導いてください。その結果がボーダー(わたしたち)の望むものでなくともそれは仕方がありません。ですがキオンとエウクラートンという志を同じくする『友人』がいますから今後も路線を変更せずに真っ直ぐに進んでいくつもりでおります」

 

「……」

 

「わたしが陛下に申し上げたいことはこれでおしまいです。ですが陛下の方から知りたいことがあれば()()()()()()()()()()()()()()()()お答えいたします。いかがでしょうか?」

 

この会見の主導権はツグミが完全に握っていた。

初めに「同盟に加わってください」などとツグミがお願いする立場となれば、ハイレインに都合の良い流れになっていただろう。

しかしツグミは「来るものは拒まず、去るものは追わず」というアフトクラトルの同盟参加に執着していない態度を示したものだから、ハイレインはどう返事をするものか迷ってしまったのだ。

そしてその答えを迷っている間にツグミは即答を求めず時間をかけて考えてくれという譲歩の態度を見せたものだから、ますます彼女のペースに乗せられてしまう。

続いてライバル国であるキオンが積極的ではないにしろ和解の手を差し伸べているのに、その手を振り払うとなればそれも宣戦布告と受け取られかねない。

トドメとしてツグミが同盟参加をアフトクラトルに勧めているのはボーダーにとっての得というだけでなくアフトクラトルにも得になる話なのだと説明し、さらにそれが近界(ネイバーフッド)とっての利益になるのだと言われてしまったのだから、それを拒否すればアフトクラトルの国王は自国民だけでなくすべての近界民(ネイバー)を敵に回す存在となる。

せめて詳しい話を聞いてから家臣と相談して答えを出すので時間をくれと言えば良いものを、返答に迷っているうちに同盟参加に関する答えは後でかまわないから、キオンとエウクラートンの元首と元首代行とボーダー最高司令官が顔を合わせる場に顔を出してほしいという流れになってしまっていた。

ここまで言われてなおツグミの申し出を断るのであればテスタやリベラートに「アフトクラトルの国王は臆病風に吹かれて国外に出ることすらできない」とか「侵攻で大恥をかかされた玄界(ミデン)に対して()()逆恨みをしている器の小さい男」と揶揄されるかもしれないと不安になり、選択肢はどんどん狭められてとうとう「同盟参加はまだ決められないが玄界(ミデン)へ赴いて事の成り行きを見守る」の一択になってしまった。

すべてをハイレインのタイミングで自由に判断することができるように思わせておいて、実はツグミに誘導されてしまったというわけだ。

 

ハイレインは悔しいというよりもひどく惨めな気分になってきた。

アフトクラトル国王という立場が彼を最高の強者に押し上げているというのに、目の前にいる武器(トリガー)も持たない生身の少女が「対話」という手段で戦いを挑んできた。

そしてその戦いでツグミの攻撃に対して反撃することもできずに負けたのだからこの体たらくを恥じるしかない。

ランバネインからボーダーが同盟参加を打診してきたことは知らされていたのだし、それに対する答えを用意する時間は充分にあったのだが、ハイレインには「玄界(ミデン)の小娘ごときに策など講じる必要はない」と高を括っていたことが敗因となった。

もっとも対策を考えていたとしても先手を打たなければこの勝負はツグミの勝ちとなったのは明らかである。

おまけに最後の「陛下の方から知りたいことがあればわたしに与えられた権限の範囲内でお答えいたします」という点が正論ではあるものの上から目線であり、それに対して腹立たしいと感じながらも怒る気力さえ削がれてしまうほど精神的にダメージを与えられていた。

 

ハイレインは非常に頭が良く、慎重な性格ながら大胆な行動にも出ることができる「現場においてリーダーとして活躍する人材」であれば彼と肩を並べることのできる人間はそういないだろう。

しかし国王となった今ではその能力も発揮できる場がない。

それどころか自分の手足となる「駒」 ── 王家直属の兵士の()()が足らず、むしろベルティストン家の当主であった頃の方が優秀な家臣がいて思うがままに行動できたくらいだ。

現ベルティストン当主のランバネインは領地経営に忙しいと言ってハイレインのそばにはいないので、ハイレインは王城の奥でただ玉座を温めているだけとなってしまった。

もし三国同盟の件がなければ彼も時間をかけて軍備を増強し、どの国から制圧していくのかなどゆっくりと考えることができただろう。

ところがアフトクラトルの命運を左右する重大事が目の前にあり、できる限り早く答えを出さなければますます不利になるという状況に置かれたせいで本領を発揮するどころか手も足も出ないのだから自らを不甲斐ないと思ってしまうのも無理はない。

 

ツグミの目的はハイレインに精神的なダメージを与えることではなく、納得した上で同盟に加わってもらうことである。

だからこの不抜けた彼の姿を見て満足するどころか腹立たしくなってきた。

 

(何なの、この体たらく? 想像していたのとだいぶ違うじゃないの。これくらいのことで折れるような弱い人間じゃなかったはず。…ううん、これまで四大領主のひとつのベルティストン家の嫡男として厳しく育てられ、同時に大勢の家臣に傅かれてきたから集団のリーダーとしての資質は充分に備わってきた。でも完璧であることを望まれているから失敗が許されず、そのせいで下調べを万全にした上でいくつもの代案も立てておく。家臣はベルティストン家に忠実な者ばかりだから命を懸けてでもハイレインを守るし、この男の立てた作戦を遂行する。これなら自分が万能だって気にもなるわよね。もちろん本人は死に物狂いで努力しただろうし、才能は本物だと思う。だけどこの男は絶対に負けないチェスをしているようなもの。自分が勝つためには必要とあれば平気で駒を捨てる。ただ盤上のゲームならかまわないけど、現実世界ではその駒は人間なのよ。これまでにどれだけの数の駒…じゃなくて家臣を捨ててきたのかしら? この男の最大の欠点は人を人として見ていないこと。わたしが知る限りでもエネドラとヒュースとミラを自分の野心のために捨て駒とした。利用するだけ利用して、都合が悪くなったら平気で捨てることを繰り返してきたからいざという時に使える駒がなくなって頭を抱えちゃったのね。強く見えていたのは周りに支える人間がいたからで、国王となった今は王家直属の家臣だけ。それも前王から仕えていた人たちばかりだから、前王を排除したハイレインのことを快く思っていないはず。たぶん王城内でも孤立しているんだろうな。さっきの兵士みたいに真面目に仕事をしているフリをしているだけで、心の中は軽蔑しているなんてこともありそう。残った駒のランバネインは助け舟を出さないし、ヴィザもランバネインが動かなければ何もできない。これじゃあ裸で放り出されたようなものだから不安…と言うよりも何もかもが怖いのかもしれない)

 

さらに思った。

 

(この男は自分が孤独だってことに気付いてしまったんだ。今までは遠征に連れて行けるほどの部下がいたけど、その部下を自分の都合で次々と切り捨て、唯一の肉親である弟の言葉にすら耳を傾けなくなったからふたりの心の距離は離れてしまった。自分のことを信じてついてきてくれる人間がいることを当然だと考えていて、自分の所有物のように考えていたからこんな結果になってしまった。これまで全部自分のおかげで成功したのだと思い込んでいたのだろうけど、この男の立てた作戦をきっちり遂行する部下がいたからこその成功であり、彼らがいたからその計画だって立てられた。でも三門市侵攻の()()()に邪魔になったエネドラを始末し、帰国すれば邪魔になるヒュースを置き去りにした。この2点であの男にとっての優秀な()()はふたつ減ったのだけど、自分の野望に都合の悪い人間を処分できてラッキーと思っていたに違いない。自業自得だけどなんて可哀想な人なのかしら…)

 

ハイレインは自分が勝てる自信のある戦闘フィールドを作って、その中で戦っている分には常に勝つことができたのだが、他人の作ったフィールドではそういうわけにはいかない。

万が一の場合を考えていくつもの代案を考えておくのも咄嗟の時にアドリブ対応ができないからで、ツグミの用意したフィールドでは彼女の定めたルールに従って戦わなければならないものだから、彼女のキャラクターを()()()()()()()()()()ハイレインには対抗する手段など元々なかったのだ。

 

このままツグミの圧倒的勝利のまま終わりにすることは可能だが、それでは本人が納得して帰国することはできない。

彼女が望むのは近界(ネイバーフッド)の平和的な手段による秩序の維持であり、ハイレインひとりを排除すれば解決する問題ではないことを良く理解しているからだ。

仮にハイレインが玉座から引き摺り下ろされたとしても次にアフトクラトルの王となる人間が同様に「強者が弱者を支配する」という考え方を持つのであれば()()()()()は叶わない。

むしろハイレインの考え方を改めさせて味方にしてしまった方がはるかに楽に目的を果たすことができるとなれば、彼女もこの状況を良しとするはずがないのだ。

 

(軍事大国の王といっても所詮は裸の王様で、交渉相手にこんな情けない姿を見せてしまうような弱い人間。だけどそれだけまだ人間らしい部分が残っているってこと。完璧な王の姿を見せられたらこっちも対応に困ったかもしれないけど、これならまだ関係改善の希望はある。今度はアフトの国王ではない、ハイレインという男にとって希望の見える道を示してあげないと取り返しがつかないことになっちゃう)

 

ツグミはこれまで近界(ネイバーフッド)における軍事大国の冷徹な最高権力者を相手に戦いを挑んでいたが、ここからは人間対人間として相手に寄り添う()()()()やり方で円満な解決を目指すことにした。

 

 

 

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