ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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44話

 

 

前回同様に応接室に入ると、そこには唐沢と須坂がいた。

 

「やあ、ツグミくん。今回の試合も見事だったよ」

 

須坂は相変わらず笑顔でツグミを労う。

 

「ありがとうございます、須坂会長。わたしのランク戦の度に来ていただくのは非常に心苦しいのですが、喜んでいただいているようで幸いです」

 

「今日はまたすごい技を使っていたね。盾をサーフボードに見立てて乗るとは面白い」

 

「はい。上手く乗れるようにずいぶんと練習しました」

 

「うん、若い時は体力も時間もたっぷりある。さらに励むといい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ツグミが須坂に礼を言うと、唐沢が本題を切り出した。

 

「先日の話の続きだが、城戸さんのOKが出たよ」

 

「本当ですか!? さすがは唐沢部長、仕事が早いです」

 

「まあ、おれにかかれば容易いものさ。ぜひ4月の新年度には間に合わせたいからな。これは須坂会長の要望でもあるから」

 

ツグミが須坂を見ると、彼は温厚な笑みを浮かべて言う。

 

「きみは今高校1年、いずれは大学に進学するのだろ? ならばボーダーの活動だけでなく、学業にも身を入れなければならない。きみは進学校である六頴館高校の通信課程で学んでいるそうじゃないか。六頴館の通信課程は成績が常にトップクラスを維持していないとダメだと聞いている。だとすれば学業とボーダーを両立させるのは大変だ。防衛任務のローテーション表を見せてもらったが、きみは他の隊員よりもかなり多い。それも深夜の時間帯にかけての割合が高いようだが、そこまで無理をすることはない。高校の授業料や将来の進学資金のために無理をして身体を壊してしまっては本末転倒だ。そういうきみのような隊員のために儂は奨学金制度を導入させたいのだよ」

 

「そのお気持ちはとても嬉しいです。でも無理をしているわけではありませんからご安心を。防衛任務の際にはトリオン体で活動していますから生身の身体に疲労は残りません。先ほど須坂会長は『若い時は体力も時間もたっぷりある』とおっしゃっていましたが、やりたいことがたくさんあるので時間は有効に活用したいんです」

 

「きみのやりたいこととは何だね?」

 

須坂に訊かれるが、スポンサーとはいえボーダーの機密事項に関わることなので、ツグミは言葉を濁した。

 

「えっと…まだ漠然としていて言葉にするのが難しいものなので、今はちょっと答えられません。でもいつかお話しできるようになったら真っ先にご報告します」

 

「そうか…。ではそれを楽しみに待っている」

 

須坂がそれ以上追求しなかったので、ツグミは安心した。

 

「では名残惜しいが儂はこれで失礼するよ。本業の方を放り出してきてしまったからな」

 

須坂はそう言いながら席を立つ。

 

「では玄関までお見送りします」

 

ツグミがそう言って立ち上がると、須坂は嬉しそうな顔で微笑んだ。

 

「そうかい…。それは嬉しいな。じゃあ、一緒に行こうか」

 

「はい。…唐沢部長、わたしはこれで失礼いたします」

 

 

唐沢に挨拶すると、ツグミは須坂と一緒に応接室を出た。

そして並んで歩きながら会話を交わす。

 

「こうして歩いているとまるで孫と一緒にいるようだ…」

 

目を細めながら嬉しそうに言う須坂の「孫」という言葉を聞いて、ツグミは一瞬表情を曇らせた。

それを須坂は見逃さず、声のトーンを落として言う。

 

「きみは儂の家族のことを知っているようだね?」

 

「…はい」

 

「そうか…」

 

須坂はジャケットの胸ポケットから手帳を取り出し、挟んである写真をツグミに見せた。

 

「これは…!」

 

満開の桜の樹の下で須坂と一緒に幸せそうな笑みを浮かべる10歳くらいの少女が写っていて、その雰囲気はなんとなくだがツグミに似ている。

それを見て、ツグミは須坂が自分に執着する理由を垣間見た気がした。

 

「儂の孫だ。この子は桜の花が大好きで、毎年この桜の樹の下で写真を撮っていた。これは5年前の写真だ」

 

「……」

 

「きみにはそんな哀しい顔をしてもらいたくはない。むしろいつものように笑顔でいてくれた方が儂は嬉しい」

 

ツグミは須坂に気を使わせまいと、微笑みながら頷いた。

 

「はい、わかりました。…それにしても奨学金の件、話が順調に進んでいるようで良かったです。容易いなどと言っていましたが、この短期間でいくつもの関係部署を走り回った唐沢部長は大変だったと思います。大規模侵攻の後始末だけでも一苦労なのに、近界(ネイバーフッド)遠征で行方不明者を連れ戻すというかつてない大規模な計画を進めるとなれば城戸司令をはじめとした上層部の人たちは大忙し。トリオン体で活動する防衛隊員よりも、生身の身体で働くオジサンたちの方がずっとお疲れのはずです。労わるべきは若い防衛隊員よりこちらの方々ではないでしょうか?」

 

「ハハハ…まあ、そこはみんな大人なのだから自己責任でお願いしたいものだ。子供たちに心配かけるようでは大人失格だよ」

 

「誰も心配してくれなくなったらそれはそれで人としておしまいですけどね。自分のことを心配してくれる人がいると思うだけで、力が湧いてくるような気がしますし、無茶なことはできないという行動のセーブにも繋がります」

 

「しかしきみは大規模侵攻の際にかなり無茶をしたそうじゃないか。一歩間違えれば近界民(ネイバー)に連れ去られていたと唐沢くんから聞かされた時には寿命が縮まる思いだったぞ。まあ、無事で良かったが」

 

「申し訳ございません。あれはわたしの判断ミスによるもので猛省しております」

 

修の怪我のこともあり、ツグミは己の無茶な戦いを心から反省していたのだ。

そんな彼女に須坂が頭を下げた。

 

「しかしきみのおかげで多くの人間の未来が守られたのも事実。その中のひとりが儂だ。改めて礼を言わせてもらおう。ありがとう、ツグミくん」

 

「頭を上げてください!」

 

須坂に頭を下げられ、ツグミは慌ててしまう。

 

「わたしはボーダー隊員として当然のことをしたまでで、人に頭を下げてもらうためにやったことではないんですから」

 

「それでも感謝している者がいるということを覚えていてほしい。そうすればあまり無茶はせずに頑張ろうという気になるんじゃないかな?」

 

「…はい、肝に銘じておきます」

 

そんな会話をしながら来賓用玄関までやって来ると、須坂を迎えに来たリムジンが待っていた。

ツグミは丁重にお見送りをし、今度はボーダー隊員としてでなく「娘」として忍田に会いに本部長室へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミは高校から届いた書類を忍田に見せた。

 

「三者面談、か…。日時は12日の15時。ちょうど一週間後だな」

 

「無理なら別の日に変更してもらうこともできます。最悪来られなくても…」

 

「いや、大丈夫だ。緊急事態にでもならない限り必ず行く。保護者として当然のことだ。それにしても以前に話し合ってから進路に変更はないのか?」

 

通信課程であっても生徒の進路相談や保護者との面談はある。

2年になると文系と理系に分かれ、さらに国公立大学と私立大学のどちらに進むかで選択する教科が違ってくる。

ツグミは理系に進むことは決めていた。

しかしツグミは進学のために必要な入学金や授業料の心配があり、自分の進路に迷いを持っていたのも事実である。

それが須坂との出会いにより大幅に前進した。

経済的な不安がなくなり、さらに具体的に何をしたいのかが見えてきたのだ。

そこで初めて自分の気持ちを忍田に話をすることにした。

 

「はい。今まで漠然としていたものがなんだか見えてきた気がするんです。現在、トリオンというと近界民(ネイバー)と戦う武器のエネルギーとしてしか使用されていませんが、わたしはそんなトリオンを平和的な活動で使いたい。そこでこう考えました。現代医学では治療不能の病気や事故などによる四肢の欠損などで生活に支障のある人が生身からトリオン体へ換装することで健常者と同じ生活ができるのではないか、と。実際、ユーマくんは瀕死の重傷を負った生身の身体の代わりにトリオン体の身体で生活していますし、那須さんは『病弱な人間をトリオン体で元気にできないか?』という研究に参加する形でボーダーに入隊しているそうですから、不可能ということはないと思います」

 

「…ふむ…なるほどな」

 

「もちろんトリオンやそれを使った技術というものが極秘の情報だということは知っていますが、誰でもトリオン器官というものを持っている以上、いずれは他の内蔵と同じように公にしても問題のない部分は公にしても良いのではないでしょうか? トリオン体の技術も近界(ネイバーフッド)遠征で手に入れたものだと言えば、今度は医療方面からの支援も得られるでしょうし。でもわたしはただの一防衛隊員ですから開発室の技術者(エンジニア)のように詳しいことはわかりません。だからこそこんなことを夢想しているのだと笑われるかもしれません。でもわたしはボーダーという組織に関わり、近界(ネイバーフッド)の技術の断片について知り得ることができました。その技術をより多くの人のために役立てたい。ただ具体的にどんな勉強をすれば良いのかわかりませんが、東さんがボーダーと提携している大学の大学院の研究室でトリオンの構造を明らかにする研究をしているそうですから、将来は同じ大学に進学してトリオンの研究に携わりたいと思っています。もちろんボーダーの活動はずっと続けますけど」

 

ツグミの話を黙って聞いていた忍田。

自分の意思を持ち、それを説明できるようになった娘の成長に思わず目が潤んできた。

 

「叔父さん…?」

 

「いや、おまえがしっかりとした将来の夢を語るようになったなと…。大人になったら『叔父さんのお嫁さんになる』と言っていた小さなおまえがここまで立派になったと思うと感極まってしまった」

 

「そんな昔のことを蒸し返さないでください。それはわたしがまだ小さい時の話です。その頃は叔父さんが世界で一番ステキな男性だと思っていたから…」

 

「私が世界で一番ステキな男性? それなら今はどうだ?」

 

忍田が訊くと、ツグミはぽっと頬を染めて答えた。

 

「今でも世界で一番ステキな男性は忍田真史だと思っています。剣の師匠、ボーダーの本部長としても尊敬してますし、戦っている時の姿は凛々しくてとてもカッコイイです。大規模侵攻で(ブラック)トリガーが本部基地に侵入してきた時の映像を沢村さんに見せてもらったんですけど、さすがは『ノーマルトリガー最強の使い手』。旋空弧月の冴えは現役時代と比べてもまったく衰えていません。わたしもあんなふうになりたいって思っていますけど、やはりその域に達するのはよほど努力しないとダメですね」

 

これ以上ないというほど褒められて、忍田の目から涙がこぼれた。

 

「ああ…もう、涙腺が緩いのも全然変わらないんだから。こんな姿を誰かに見られたら本部長としての威厳が損なわれちゃいます」

 

そう言ってツグミは自分のハンカチで忍田の涙を拭ってやった。

 

「12日はランク戦がお休みの日ですから、午前中に防衛任務を入れてあります。それが終わったらわたしは直接学校へ向かうので、叔父さんとは現地集合です。時間厳守でお願いしますね」

 

「ああ、わかっている。…ところでこれからどうするんだ? どうせこのまま本部にいて三雲くんたちの試合を見ていくんだろ?」

 

「もちろんです。オサムくんのデビュー戦になりますから、今度の試合が正式な玉狛第2のお披露目といったところですもの」

 

「なら、一緒に飯でもどうだ?」

 

ここでツグミは父娘モードから上司と部下モードにガラリと移行する。

 

「う~ん…それは難しいですね。本部長と一緒に食事だなんて目立ちすぎます。ボーダー内では父娘ではなく本部長と一隊員という関係なんですから、邪推されるような恐れのある行動は控えるべきです」

 

「なら…仕方がないな」

 

「ところで本部長は夜の部を観戦されるんですか?」

 

「いや、その時間には幹部会議が入っているからちょっと無理だ。…ここだけの話だが、迅の未来視(サイドエフェクト)によると近いうちにまた近界民(ネイバー)による侵攻がある」

 

「ええっ!? アフトクラトルの侵攻からまだひと月も経っていないというのに…」

 

「迅の言うことだから間違いはないと思う。アフトクラトルによる大侵攻ほどの規模ではないらしいが、ひとまず対策を練らねばならない。…念押ししておくがこのことは絶対に口外無用だぞ」

 

「はい。…まあ、ジンさんの行動がいつにも増して怪しかったですから、何かあるとは思っていました。こんなに頻繁に近界民(ネイバー)が攻めて来るなんて、近界(ネイバーフッド)では何が起きているんでしょうか?」

 

「そこまではわからないが、我々は近界(ネイバーフッド)遠征計画と三門市の防衛力強化の双方を同時に進めねばならない。幸い大規模侵攻以降、辞めた隊員以上の数の入隊希望者と、スポンサーに名乗りを上げる企業や団体が現れた。さらに他県へスカウトに行っている草壁隊と片桐隊もまもなく帰って来る。これでボーダーの活動は以前より大幅にアップすることだろう」

 

「遠征計画を邪魔させないためにも近界民(ネイバー)への事前対策が重要になってくるということですね。アフトクラトルに対してもジンさんのおかげで準備が進められ、民間人への被害が最小限に抑えられたわけですから。わたしにできるのはいざという時のため戦力アップに励むことだけです。これまで以上に頑張ります」

 

「ああ、期待している」

 

「では、わたしはこれで失礼します。もし時間があれば玉狛第2の試合の録画を見てあげてください。オサムくんが寝る間も惜しんで考えに考え抜いた面白い試合が見られるはずですから」

 

そう言い残してツグミは本部長室を後にした。

 

 

 

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