ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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431話

 

 

「スカルキ総統の考え方とわたしのやろうとしていることが一致したことで協力関係が成立し、ボーダーとキオンはアフトクラトルと戦うことが可能となりました。でもわたしたちがやろうとしている戦いとは暴力や憎しみによって敵を増やすことではなく、対話や交渉によって理解者を増やしていき争いを限りなくゼロに近づけていくというものですから、アフトクラトルと武力対立するつもりはありません。もちろんアフトクラトルがわたしたちの敵となって武力による優位性を示したいというのであれば、こちらも全力で応戦するしかありません。この状態になってもまだ話し合いで解決しようとか、非暴力に訴えればまたあなたは綺麗事だと言うのでしょうね。ですが相手が武器(トリガー)を突き付けて理不尽な要求をするのなら、わたしたちも武器(トリガー)を手にするしかありません。自分の身を守ることができなくて、どうして家族や同胞を守ることができるでしょうか? でもこれは最終手段であり、相手に武器(トリガー)を持たせる前に問題を解決したい。だからわたしは今ここにいるんです」

 

「……」

 

「今のわたしは武器(トリガー)を持っていませんし、生身ですから生かすも殺すもあなた次第です。きっとわたしに危害を加えればボーダーやキオンが黙っていないから下手な手出しはできないと考えていることでしょう。でもそれは違います。仮にわたしを人質にしてボーダーを脅迫しようとも効果はありません。またわたしを殺したとしてもボーダーが報復として攻撃してくることもないと断言します」

 

「どうしてだ? さらわれた仲間を取り戻しに敵地に乗り込んで来るくらいだ、おまえほどの人間を見捨てることはないだろうし、殺されて平気でいられるはずがない。馬鹿を言うな」

 

ハイレインがそう考えるのはもっともである。

ボーダーの特使の立場の彼女に危害を加えることはボーダーに対する明らかな敵対行為であり、それに対して報復しないと言われても納得できるはずがないのだ。

 

「いいえ、ボーダーもキオンも()()()()()()()アフトクラトルと戦争をすることはありません」

 

「個人的な恨み?」

 

「はい。わたしは自分のやっていることが非常に危険であり、近界(ネイバーフッド)を旅して無事に玄界(ミデン)に帰ることができる保証などないことを承知していて、家族や友人たちにはきちんと説明をしてから行動をしています。そしてわたしの意思は彼らに充分理解してもらっていますから、わたしの身に何かあったとしても現在の路線を貫いてくれるはずです。せっかくここまで進めたのにわたしがいなくなったからといって止めてしまってはこれまでやってきたことが全部無駄になってしまいます。わたしが何らかの事故や事件に巻き込まれて命を落としたとして、その死を意味のないものにされたくはありません。だからわたしが死んでも後を継いでくれるよう頼んでありますから、わたしは何も恐れずに行動できるんです」

 

「……」

 

「わたしが近界(ネイバーフッド)の平和を望むのは、トリオンを奪い合う戦争がなくなれば近界民(ネイバー)がわざわざ玄界(ミデン)の人間をさらうようなこともなくなるはずで、玄界(ミデン)の人間を守るための組織であるボーダーは界境防衛機関としての役目を縮小することができます。そして『近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作りたい』という創設理念を叶えることも夢ではなくなります。それはわたしの父の夢であり、わたしの夢でもあるんです。親子二代にわたる壮大な夢で、わたしはまだ結婚していないのでまだ子供にこの夢を託すことはできませんが、この意思を継ぐ人がいてくれたら誰でもかまいません。血のつながりがあるとかないとかは関係ありません。できることならわたしがこの手で叶えたいと思っていますが、ダメだったとしても後悔はしないと思います。だってわたしは自分のやり方で全力を出して戦ったと胸を張って言えるんですから」

 

「……」

 

「わたしが途中で退()()したとしても、今のわたしの姿を見てくれている人たちならきっとわたしの意思を継いでくれるという自信があります。いえ、自信がなければこんな途方もないことのために命を懸けるなんてできません。…ハイレイン陛下、あなたにもご自分の考える正義によって近界(ネイバーフッド)を平定しようとしていますが、もしその身に何かあった場合にその意思を継いでくれる人はいますか?」

 

ツグミの問いに、ハイレインはランバネインの顔をチラリと見る。

するとランバネインは小さく首を横に振って言った。

 

「兄者、俺は兄者のことが大好きだし、子供の頃から憧れて尊敬もしていた。唯一の肉親だからすごく大切にしたい。だけど()()兄者のことはあまり好きじゃない。ミラを生贄にしたことは仕方がなかったこととしても、自分に都合が悪い人間がいればすぐに排除し、そんなことばかりしていたから信頼できる人間がいなくなってしまった。王家に仕える家臣たちもどんどん辞めていくし、残った連中も忠誠心は低くていざという時に役に立ちそうもない。王になってからはいつも何かに怯えているようでカッコ悪い。俺は兄者がツグミやボーダーとまた戦うことになっても、今度は兄者に従う気はない」

 

「それは本気で言っているのか?」

 

ハイレインは低い声で訊いた。

 

「もちろん兄者の敵になって戦うこともない。だが俺はベルティストン家の当主として家臣とその家族と領民たちの生活を守る義務はあるが、王と王家のために捨てる命は持っていない。兄者は前王…コヴェリに対して忠誠心など欠片もなかったよな。俺もまたハイレイン・ベルティストンという人間に命を捧げてもかまわないという魅力を感じたら全力で従うが、王となった今の兄者にはそれだけの価値が見い出せない。正直言って今の兄者は情けない。さっきのツグミとのやり取りを見ていてもツグミの方が主導権を握っていたし、兄者はこいつが頭を下げて頼んでくるものだと勝手に思い込んでいて、そうでなかったものだから気持ちがすっかり萎えてしまっていた。ツグミは兄者よりずっと強いぞ。それは兄者のように弱者を見くびったり軽視するようなことはなく、話をする時に相手が誰であっても対等であると考えてぶつかっていくからだ。もっとも目上の人間に対する礼儀は忘れず、そういった点で特に年上の人間に好かれるらしいとディルクは言っていたし、俺もそう思う」

 

「……」

 

「兄者は初めにツグミのことをあからさまに上から目線で見下ろして軽んじていた。相手がボーダーの特使だというのに見た目が少女だからと嘗めてかかっていただろ? いくら国王だといってもこいつは他国の人間で、アフトのやり方を押し付けてはダメな相手なんだから、兄者は相手に対する礼儀という点で失格だ。もし特使がこいつでなかったら会見はそこでおしまいだったぞ。それに兄者は『もっと正直で自分の内面を相手にぶつけ、相手の懐に飛び込んでいく人間かと想像していた』と言っていたが、実際に懐に飛び込まれた感想はどうだ? こいつの特技は相手が懐に飛び込まれたことに気付かないうちに話を進めることで、気付いた時には相手がこいつの手のひらの上で転がされていたってことになる。今の兄者はこいつの話を散々聞かされたから、自分の信念がぐらついてきてるんじゃないか?」

 

「それは…」

 

ランバネインに図星を突かれ、ハイレインは返事に詰まってしまった。

いや、それよりも弟が自分の知らない間に他人の言葉に耳を傾けることや気持ちを思い図ることができるようになっていたことに驚いていた。

これまでずっと当主の指示におとなしく従っているだけの()()()()()()()であったというのに、ハイレインがヒュースを置き去りにしたりミラを生贄にしたりといくつも納得できないことをしたものだから心が離れていってしまっていた。

そしてハイレインがベルティストン家当主の座をランバネインに譲ったことがきっかけとなり、忠実な家臣でいる必要はなくなってしまう。

しかし兄弟であることに変わりはなく、弟として兄のことを心配していたのだが、ランバネインはハイレインに忠告できるのは自分しかいないと気付いたことでツグミのやろうとしていることに全面的に協力することに決めたのだった。

 

「俺と兄者は家族なのだから助け合うのが当然だ。特にふたりきりの家族だから、最後まで兄者の味方でいられるのは俺だけしかいない。だけど家族だからこそ兄者が間違えていると思ったらそれを正してやらなければいけないとも思う。それで兄者に嫌われるようなことになっても、俺は自分が言うべきことだと思ったら言う。だから今ここで言うよ。…兄者、俺はボーダーやキオンを敵に回すべきじゃないと思う。同調しろとは言わないが、俺はツグミたちの言ってることが正しいと思えるから、できることなら兄者にはもう一度考え直してもらいたい。こいつも急いで答えを出さなくていいと言っていたし、キオンのスカルキ総統と会って話をすることは兄者にとって得ることはあっても失うものなどないのだから、ぜひ会ってみるべきだと思うぜ」

 

ハイレインは目を瞑ってランバネインの言葉のひとつひとつを噛み締めるように聞いていた。

 

ランバネイン(こいつ)玄界(ミデン)から帰って来た時、俺はボーダーの連中に洗脳されたのだと思い込んでいた。何かにつけて玄界(ミデン)は素晴らしいと語ろうとするこいつに俺は苛立ち、良かれと思って話す言葉にも俺は耳を傾けようとすらしなかった。だが今では苛立つどころか素直に聞こうとする自分がいる。…不思議なものだ。強者が弱者を支配し、ただひとりの意思で統一された世界こそが正しく美しいものだという考えは変わらぬが、他人の考え方や生き様を知ることも面白いという気がしてきた。なにしろツグミの話には考えさせられるものが多い。それに問われて自らを振り返るとやっていることが本当に正しいのだと断言できず、またこいつの一風変わった考え方は興味深い。また殺されるかもしれないという状況に自ら飛び込んで、一国の王たる俺に臆せずに()()()()()を披露するのだから気が狂れたのかとも思えるがそうではない。自分が死ぬことよりも志半ばで潰えることの方が怖いようで、仲間に自分の意思を託して心残りがないようにと全力で生きている。まだ17歳だということだが、これまでの人生で何がこの娘をそうさせたのか…。他人にこれほど興味を持ったのは初めてだ)

 

常に強者であったハイレインにとって玄界(ミデン)侵攻は人生初の黒星となり、他人には知られまいとしていたがボーダーに対する憎悪は並々ならぬものとなっていた。

幼い頃からアフトクラトルの四大領主として恥じない立派な領主となるべく厳しい教育としつけをされてきた彼はふたつのコンプレックスを抱いていた。

ひとつは強者側にいる自分には価値はあるが、弱者側に落ちてしまったら無価値なものとなってしまうという強迫観念によって弱者を悪だと思い込んでしまったこと。

もうひとつは同じ家に生まれた兄弟でありながら次男であるというだけで比較的自由に育てられたランバネインに対する羨望や嫉妬の感情。

有力貴族の嫡男という誰もが羨ましいと思う立場でありながらも子供であった本人にはそれが自分を縛る枷でしかなく、それを持たない弟は最も身近にいる子供で、彼が街の中で同世代の子供たちと遊ぶために屋敷を抜け出す様子を羨ましいと思いながらも同時に憎々しげに見ていたことがハイレインの人格形成に大きく影響していた。

 

ランバネインは続けた。

 

「兄者は立派な当主となるために厳しく育てられてきたよな。屋敷から一歩も外に出してもらえず、家族や使用人以外の人間に会うこともなかった。それなのに俺は街へ出て領民たちの中に入って自由に遊んでいたと思っていただろ? アレな、父上が俺の勝手を許してくれたんじゃなくて、俺に領民たちの生活を実際に自分の目で見ることで学ばせようとしていたんだと思う」

 

「何だと…?」

 

「兄者が当主になることは決まっている。そうなると俺は兄者を補佐してベルティストン家を盛り立てるという役目を果たさなければならない。だから俺は領民たちが普段どんな生活をしているのかを見て、奴らに何が必要なのか、どうすればみんなが楽しく暮らせるかを自分の頭で考えた。そして当主となった兄者が俺に相談を持ちかけてきた時に適切な答えを出せるようにって俺なりに頑張ってきたつもりなんだ。俺の願いは当主である兄者の補佐をして、それで仲のいい連中と楽しく暮らすこと。それなのに兄者が王になるのだと言って、これまで一緒に戦ってきた仲間を次々に処分していく姿を見て哀しかったよ。エネドラはもうダメだとわかっていたが、だからって殺すこともなかっただろ? ヒュースもエリン家に忠実なだけで、ディルクを生贄にしようと考えなければ今でも俺たちの仲間だった。それにミラは兄者のことが本気で好きだったんだぞ。兄者はあいつが当主夫人になりたいだけだと思ってたみたいだが、俺はあいつの口から本心を聞かされていた。兄者があいつを騙し、食事に薬を盛ったことも全部知っていた。それでも逃げなかったのは兄者のためならかまわないからって…。いじらしいとは思わねえか?」

 

「知らなかった…。ミラがすべてを知った上で俺のために…」

 

真実を知ったハイレインは肩を落とした。

 

「俺としては兄者が当主でミラが令夫人、俺やヴィザ翁が兄者の補佐役としてそばにいられたらそれで充分だったんだが、兄者はどうしても王になりたいと言うから俺個人の願いは捨てて兄者のやることに従うことにしたんだ。それが兄者の願いだし、兄者に従うことが俺の義務だと信じていたからな」

 

「……」

 

「真面目で頭は良くて俺や家臣に対して気配りができる兄者に俺は憧れていた。だが父上が亡くなって当主になると積極的に兵を率いて他国を侵略していった。常勝の兄者は勢力範囲を広げていき、同時に敵となる人間を増やしていく。それは若造の自分がベルティストン家を没落させたなど言われたくなかったからなんだと思っている。だから俺は兄者の臣下として多少納得いかないことであっても従ってきたし、兄者のためになることなら何でもやる覚悟でいた。でもそれが間違いだったことに最近になって気付かされた。俺のすべきことは兄者に従うことだけでなく、兄者が過ちを犯しそうになっているならそれを止め、誤った道を進もうとしているのなら引き止めることだったんだ。…だから父上は俺に兄者とは違う世界を教えたのだと今になってそう思うようになった。だって俺が兄者に意見せずに黙って従っているだけでいいなら、俺が領民たちの暮らしぶりを視察して、あいつらの苦労や喜びなんてもの知る必要はなかったんだからな」

 

ランバネインがいつになく饒舌で、内に秘めていた自分の気持ちを吐き出すものだから、ハイレインは驚いてしまった。

 

「おまえがそんなことを考えていたなんてまったく気付かなかった。…いや、気付こうとしなかった俺が悪いのだが、その心境の変化に何があったんだ?」

 

するとランバネインはツグミの頭をポンと軽く叩いて言った。

 

「こいつが教えてくれたんだ。兄弟といっても俺と兄者は別人だ。同じものを見ても感じることは違うし、兄者が気付かないことに俺が気付くこともある。兄者の考えていることが俺には理解できないことは多いが、俺は理解できないままに兄者の指示だからという理由で従ってきて、それは間違っているのだとこいつが指摘した。なぜその時に理解できないままにしたのか、そして遠慮なんかせずにもっと会話をすべきだと助言された。兄者と俺は主と臣下である前に兄弟、家族なのだからその絆は大切にしなければいけないんだとさ。血のつながりなんて厄介なもののせいで自分の人生を縛られてしまうこともあるが、その血のつながりが何よりも尊いんだそうだ。まだ17歳だってのに俺たちよりも人生経験積んでるヴィザ翁みたいなことを言うんだぜ、こいつ。な、面白いだろ、兄者?」

 

ランバネインがそう言うと、ヴィザが声を上げて大笑いする。

 

「ほっほっほっ…なるほど、彼女との会話が盛り上がったのはそういうことでしたか。孫のような年齢のお嬢さんと私に共通点などないと思っていましたがねえ。経験に裏打ちされた自信と、自分で自分の限界を決めず挑み続けること、そしてその姿に見ている者は魅了されてしまうのかもしれませんね。…若者が自らの正義を掲げて戦う姿は美しい。私もかつてはそうであり、迷いながらもひとつの道を邁進してきました。振り返ってみるとその時には気付かなかったことが今になって気付くことが多く、老いた私が今できることは若者に同じ過ちを繰り返させないようにすることだけですな」

 

そう言ってからヴィザはハイレインの顔を見て言った。

 

「陛下、これまではあなたがベルティストン家当主という立場でしたから家臣の私はただ命令に従うだけでした。また国王となったことでこうして直接話をすることができる身分ではないので、もう一生会話を交わすことなどないと思っていました。ですが今だけはあなたが国王ではないひとりの人間としてここにいるとのことですから言わせていただきましょう。…私はあなた方兄弟が生まれる前からベルティストン家に仕えております。結婚もせずずっと独り身であったために家族というものを持つことはなく、あなた方のお父上、先々代は私のことを家族の一員のように接してくれましたので、おふたりのことが我が息子のように愛おしく、ずっとそばでお仕えしようと決めておりました。…そういえばおふたりのことで先々代から相談されたことがありました」

 

「それは…? ヴィザ翁、教えてください」

 

ハイレインが身を乗り出して訊くと、ヴィザは遠い昔を懐かしむような目で答えた。

 

「慣例ですとハイレイン様とランバネイン様のおふたりを区別せずに同じ教育としつけをすることになっておりました。嫡男であるハイレイン様が次期当主であることは確定していますが、万が一のことがあった場合はランバネイン様に家督を継いでもらわなければならないからです。そんな不吉なことを考えたくはありませんが、そういう現実がいくらでもあるのですから心配するのは無理もありません。他の家でも家系が途絶えてしまわないように男児すべてに同等の教育を施し、嫡男が成人したところで残りの弟たちは他家へ養子に出したり、分家を作ってそこの当主にすることはおふたりもご存知ですね。しかしベルティストン家では違いました。それは先々代が独特な考え方をする人だったからです」

 

ヴィザはそう言ってツグミの顔を見て訊いた。

 

「あなたには先々代がなぜ兄弟をそれぞれ違う育て方をしたのかおわかりになりますか?」

 

「そうですね…兄弟といってもそれぞれ個性を持っていて、その個性に合わせた育て方をした方が伸びると考えたのだと思います。そして単純に嫡男だから帝王学で次男は家臣になるのだから当主となったお兄さんを支えるための教育をする…という理由ではありませんね」

 

「どういう意味ですかな?」

 

「ふたりの息子を比較した時、嫡男は慎重で堅実な考えができる上に人を率いる才能と魅力を持っていて、次男は人と交わることが得意で他人を思いやる気持ちを持つ優しい性格だったことで、それぞれの才能を伸ばす育て方をしようと考えたのではないでしょうか。もしおふたりの人間性が逆だったとしたら、次男であってもランバネインさんに帝王学を学ばせ、ハイレイン陛下に補佐役をさせる教育をしたと思います。生まれた順番と役割が一致していたから誰も疑問に思わずに済み、それぞれ本人に合った成長を促すことができたのだと想像します」

 

「しかし万が一の事態が起きた時、それではベルティストン家は帝王学を学ばなかったランバネイン様が継がれることになります。それでは他の貴族たちから軽視されるでしょうし、領地経営に苦労することになり家が傾くことにもなりかねない。危険な()()だったのではありませんか?」

 

「その時はその時です。わたしが玄界(ミデン)の人間だからそう考えるのかもしれませんが、正しい領主像というものについて()()はないと思うんです。もちろん領民が安心して暮らせるように保護する役目を放棄してしまったら領主失格となるでしょうが、こうでなければいけないという人間像があるとは考えられません。まあ立場上必要不可欠な要素はあるでしょうが、最も必要なのは領民たちからの信頼です。他の貴族たちから軽視されたところでそれが本人の魅力を引き下げるものではなく、領地経営だって本人に才能がなくても家臣に有能な官吏がいれば大丈夫。ハイレイン陛下が当主を続けていたのなら威厳のある強い領主として領民が尊敬し安心して暮らしていたでしょう。そして今はランバネインさんが当主となりましたが、領民の気持ちが良くわかる親しみのある領主となってくれるはずです。領主としての価値は領民たちが評価するもの。他所の人間が何と言おうとも勝手に言わせておけばいいんです。そして領民たちを子とすれば領主とは父。領民たちが自分の父親と同様に慕い尊敬できる人物であればそれで充分ではありませんか?」

 

ヴィザはツグミの答えを聞いて衝撃を受けていた。

そして自分を重用してくれた先々代当主とのやり取りが色鮮やかに蘇ってきたために胸がいっぱいになってしまった。

 

(ああ、あなたの子供たちですら気付かなかったというのに、玄界(ミデン)から来た少女だけが会ったこともないあなたの深いお考えを理解していたようです。領主とは領民にとって良き父親であればいいとおっしゃったあなたの言葉を久しぶりに思い出しました。…私はあなたの臨終の際、ご兄弟を父親代わりに見守ることをお約束しましたが、そのお役目を充分に果たすことはできませんでした。そして私がベルティストン家に仕える臣である以上、今後もハイレイン陛下には何もして差し上げることはできませんが、ランバネイン様にこのようなご友人ができたのですから安心しても良いでしょう)

 

ランバネインからツグミの味方をするように頼まれていたヴィザ。

それが王城までエスコートしているうちに彼女の一風変わったキャラクターに惹かれ、ハイレインを相手にして負けないどころか圧倒的な優位性を見せていることから彼女に昔話をするという形でこの兄弟のことをどのように()()しているのかを知ろうとしたのだった。

そしてふたりの性格や人柄を正しく認識した上で話し合いに応じただけでなく、面識のない彼らの父親と同じ考え方を持っていることに驚いて感無量になってしまう。

これはツグミが前もって情報を入手して策を講じていたものではなく、彼女が本心からそう思っているからそれを正直に話しただけであってそこに何の計算も下心もない。

だからこそヴィザはランバネインの指示ではなく自分の意思で彼女のことを応援したいと思うようになってしまったのだった。

 

 

 

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