ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミによる「第1案」では同盟に参加することによるメリットをプレゼンするものであったが、ハイレインの態度を見てすぐに「第2案」に切り替えた。
第2案では同盟に関する話は極力避け、彼女自身の「
それにつられてランバネインが今まで言えなかった兄への想いと葛藤を吐き出した。
さらにヴィザは父親代わりにこの兄弟を見守っていて、彼らには対話が必要だと考えていながらも臣下だという立場が邪魔をしていて何も言えず、ツグミならふたりの間にできてしまった溝を埋めることができるのではないかと試すようなことをした。
そしてその結果は「合格」であった。
場の空気はツグミによって支配されているものの、アフトクラトルの3人にとって不利な状況だというわけではない。
むしろ当初の刺々しい雰囲気はなくなり、ハイレインの表情にも余裕が見える。
その余裕も自分が強者であるから有利だというのではなく、ここには強者も弱者もおらず、同時に全員が強者であって弱者であることに気付いたからだ。
(アフトの国王たる俺が強者であることは間違いない。一方この娘は
ハイレインの信念に揺らぎはないように思えるが、わずかに生じた
(しかし
膨大な量のトリオンを注ぎ込んでトリオン兵を造り、大勢の国民を徴兵して戦わせる
ただし『神』の交代があったばかりであり、ボーダーとの戦いで大部分の戦力を失ってしまったから準備に時間がかかってしまう。
だからこそ時間稼ぎが必要で、キオンとボーダーの強い結び付きとなる同盟締結の邪魔をしたかったのだが、ツグミが頭を下げて勧誘するはずだというハイレインの予想を裏切ったものだから、彼は当初の計画を断念するしかなかった。
しかし代案があったわけでもなく、ボーダーとツグミの人間性を見誤ったことで手も足も出なくなってしまう。
そしてこれで会談はどちらにとっても成果のないままで終わろうかとしていたが、ツグミが収穫のないまま帰還するはずもなく、彼女の得意な手法で戦いは再開した。
戦いといっても一方的にツグミが自分語りをするだけなのだが、これが歳上の男性には非常に効果があるらしく、年齢にそぐわない博識さや大人びた考えを持ち、他人に迎合せず自分なりの思想に自信を持っていることで対象者を少々強引ながらも説得してしまう。
彼女の言い分の多くが「綺麗事」「現実を知らない子供の論理」などと軽くあしらわれてしまうものなのだが、そこに彼女の他にはない独自性が見られる。
綺麗事とは現実を直視せず理想だけを語ることであるから、言われる側の人間としては偽善者ぶる相手を否定したくもなる。
では対話で戦争を
否。
これまで数多くの戦いを経験して大切なものを失ってきたからこそ平和な世界になってほしいと強く願うのだ。
対話という手段を用いようとすることも綺麗事だと罵られるが、彼女に言わせれば対話こそがすべての争い事の解決手段の第一歩である。
例えばテーブルの上に置いてあるひとつの饅頭を兄弟ふたりが食べる場合、通常はもうひとつないか冷蔵庫や戸棚を探したり、半分に分けようと提案したり、またはじゃんけんをして勝った方が食べるなど何らかの解決策を講じようとするはずだ。
いきなりふたりが殴り合いをして勝った方がひとりで丸々食べてしまうなどという物騒な兄弟は非常に稀であり、常にそんなことをしていれば家族として崩壊してしまう。
そして他人同士であれば暴力を振るうと警察沙汰になるということで穏便に話し合いによって済ませようとする。
対話はすべての争い事の解決策として基本となるものであり、最も現実に根付いているといえよう。
それに現実を見つめているから戦争をゼロにしようではなく極力減らそうという考えに至るのであり、彼女が単なる夢想家であったら戦争はゼロにできると頑固なまでに主張するだろう。
さらに「折り合いをつける」ことも必要だと理解していて、だからこそ
多くの人間がトラブルを対話で解決しようとする彼女の言い分を綺麗事だと否定するのは、その手段が非常に難しいために挑戦することをためらってしまうからである。
先の例えのように兄弟でひとつの饅頭をどのように食べるかといった問題は簡単に解決できるものだが、仮に兄が腕力に物を言わせて丸々食べてしまったとすれば弟は兄に対して複雑な感情を抱くことにもなりかねない。
一方が得をしてもう一方が損をする解決手段であればそれは解決したとは言えず、新たな問題を生み出す
安易な解決方法を選びたがる人間は多いが、根本的な解決策を講じなければ意味はないと考える彼女はトコトンまで対話をして妥協点を見付けようとする。
おかげで短絡的な思考の持ち主は彼女の考え方を「現実にそぐわない」として否定するのだ。
また子供は現実を知らないと大人は言うが、大人が平然と受け入れている理不尽な現実を子供は子供の視点で良く見ており、大人がなぜ諦めてしまったのか理解できないから理想を口にするだけで他意はない。
そして成長していく過程で大人がなぜ理不尽な世の中を受け入れているのかという理由を知り、そして当人も諦める方が楽だから自分が嫌いな大人と同じ大人になっていく。
ところがツグミは諦めることをせず、ジタバタと抗っている姿を見た者は彼女を子供だと思うのだが、彼女が並の大人 ── 自分よりもはるかに大人びた考えを持って行動しているものだから認めざるをえないのだ。
ツグミという人物には元々興味を持っていたハイレインだが、自分の想像を超える人物であったことを思い知らされて自分の「駒」にするのは不可能だと理解していた。
なにしろこれまで自分は強者でありそれを疑う根拠になるものは一切ないと信じていた彼に対してツグミは「強者であり同時に弱者でもある」という現実を突き付けたのだから。
おまけにそれがボーダーという自分の顔に二度も泥を塗った組織の人間で、自分よりもずっと年下の少女だとなればショックは大きい。
実弟ランバネインと忠臣ヴィザも彼女に感化されてしまい、とうとう自分の味方は誰もいなくなってしまったとハイレインは感じていた。
ところがランバネインがこれまで言えなかった兄への想いを語り、自分が孤立無援ではないことを知る。
「兄者、俺は兄者に謝らなければならないことがある」
ランバネインはそう言って頭を下げた。
「俺はベルティストン家の当主として領民たちの生命と財産を守る義務を負っている。あいつらが家族や友人と毎日楽しく生きていけるようにするために俺は全力で働かなければならない。そうなると王である兄者のことを支えてやることができなくなる。これまでも四大領主たちは不仲で、国の運営は王と王家の人間ですべてやってきて、俺たちには口を出す権利さえなかった。だから兄者が王になったことで俺は兄者が何をしようとも意見を言うことができないし、兄者がやろうとしていることと領民たちの利害が反することになれば、俺は兄者と対立することになる。兄者を支えるために存在していた俺は兄者のために役立つどころか対立することになるかもしれないんだ。兄者が武力による
「……」
「そしてもうひとつ謝りたいことがある。領民たちの暮らしは兄者の想像以上に苦しくて、『神選び』の直前なんて貧しい奴らは1日に1回何か食えればマシって状況に陥っていた。本来なら当主の兄者に知らせて対応を考えてもらわなければならなかったが、俺は報告をしなかった。兄者が王になるために必死になっている姿を見て、俺は領民よりも兄者を優先したんだ。だがそれは領民の立場から見れば兄者は領主としての役目を放棄したことになるわけで、俺は領民の期待を裏切っただけでなく、俺自身に与えられた役目を果たさずにいて兄者を悪者にしてしまった。今さら謝ったところで許されることじゃない。だからせめて俺は領民たちに詫びるために精一杯当主の役目を果たそうと思っている。そういうことで王となった兄者とは対立する道を選ぶかもしれないと言ってるんだ」
「……」
「ついでに今の兄者は王じゃないってことだから言わせてもらう。…そもそもこの国の四大領主制ってのがおかしかったんだよ。それぞれみんな仲が悪くて、力もほぼ均衡しているから頂点にいる王家の命令に残りの3つの領主は従いたくない。すると王は自分の命令に従わなければトリオンの配分を減らすと言って脅す。王によって
ランバネインはハイレインに対して言いたいことを言い終わると、次にツグミに訊いた。
「ツグミ、おまえなら王とはどうあるべきなのか、何か考えがあるんじゃないか?」
するとツグミは即答する。
「わたしにはアフトクラトルの内政に干渉する資格はありません。それにわたしが何を言ったとしても国王が聞く耳を持たないのでは意味がないのではありませんか?」
同盟参加を打診した時に「相互尊重」「相互不可侵」「相互内政不干渉」を大原則としていると言ったことで、ツグミにはアフトクラトルの内政に干渉することは禁じられている。
だから彼女が現在の政治体制を批判するようなことになれば、自分で自分の首を絞めているようなものになるのだ。
しかしちゃんと
そうなると聡いハイレインはすぐに気付いてツグミに言う。
「たしかに国王が他国の人間に内政干渉されて素直に耳を傾けるものではないな。だが友人同士の会話の中で政治的な内容のものがあり、それを友人の兄が隣で聞いていたとして何ら問題はない。国王の耳に届くかどうかなど関係なく、この国の未来を憂う弟の相談に乗ってくれぬか?」
「そういうことならわたしが感じたことを正直に友人に伝えたいと思います」
そう前置きをしてからツグミは話を始めた。
「アフトクラトルで生まれ育った人間ではわからないことも、第三者の目から見ると違和感を覚えることが多くあります。…まず四大領主がそれぞれ覇権を争っている状態ですが、これはアフトクラトルというひとつの国の中に4つの国が存在しているように感じました。同胞同士で争い、王家が残りの3領主を従属させていて、3領主は王家がどんな無茶な命令をしても
「そう言われると確かにそうだ」
ツグミの言葉にランバネインが頷く。
「もっともそれは『神』の交代が行われる時期であったから、それぞれの領主たちが次期国王を狙って対立が顕著であっただけかもしれませんが、とにかく王という最高権力者が
「ああ。前王のコヴェリはラービットを50体用意し、城の地下に隠していた。たぶん王の座を追われた時にそれを使って新しい王を追い落とそうとしていたんだ。現に兄者が国王に就任して王家の座を失った時、コヴェリは他の領主と手を組んで反乱を起こそうとした。だがそれが上手くいかなかったのは奴が自分のためにトリオンを派手に使ってたことがバレたのが原因のひとつだ。なにしろラービット50体だぜ、それだけで『神』の寿命が1年は短くなったはず。他の領主にしてみれば絶対に許せねぇってことになる。ま、そんな不和のおかげで兄者は簡単に連中の悪巧みを潰すことができたんだけどな」
「そうやって国内の権力争いでくだらないことをやっているせいで、他国はそのとばっちりを受けているようなものなんです。特にトリオン文明とは無縁の
「……」
「そこで王はどうあるべきか…ですが、やっぱりここはトリオンの無駄遣いをしないことが最優先事項でしょうね。何事にもトリオンが関係していて、トリオンがたくさんあれば国が栄えて少なければ貧相な国になる。だからアフトクラトルは『神』を厳選して国力を高めてきたはずです。でもいくらトリオン能力の高い人間を犠牲にしたところでトリオンを無限に抽出することができるというわけではありませんから、適切な運用があってようやく意味のあるものとなります。これまでトリオンで賄ってきたものを別のものに置き換えることができればトリオンの消費を抑えることができるとスカルキ総統は考えて
「ああ。
「そうですね。そしてスカルキ総統は
ここまでツグミとランバネインの会話を聞いていたハイレインは自分の愚かさを恥じていた。
(俺は若くして国の最高権力者になった自分とテスタ・スカルキを同じだと考えていた。
ハイレインはまだ武力による