ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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438話

 

 

本部基地の食堂で簡単な昼食を済ませたツグミは隊室で遊真が来るのを待っていて、13時25分に彼は到着した。

レプリカに相談したいことが遊真の身体に関することなので、本人がいる状態では話せない。

そこで遊真が本部所属の仲間たちと模擬戦をするというので、そのタイミングを利用してレプリカの知る範囲で(ブラック)トリガーのことを教えてほしいと嘘ではないが真実でもない「理由」を言ってレプリカとふたりきりにしてもらったのだった。

C級ランク戦ブースのあるロビーで米屋たちと13時30分に待ち合わせの約束をしていると言って、遊真はレプリカを残してさっさと行ってしまった。

 

 

〔ツグミ、私に訊きたいことがあるということだが、それはユーマに聞かれたくない話なのか?〕

 

レプリカはツグミの視線の高さでフワフワと浮きながら訊く。

 

「ええ。それにこれはわたしの勘…というか推測でしかないから大騒ぎにはしたくないし、あなたの知識や知恵を借りてわたしの立てた仮説が真実に近いのか、それともまったくの見当違いなのか確認をしたくって。それでわたしの仮説というのが…」

 

ツグミは武器(トリガー)を起動する際に感じるものと、夜の雫(オミクレー)の起動実験の際に抱いた()()()について説明し、(ブラック)トリガーには元になった人間のトリオン能力や(ブラック)トリガーになろうとした強い意思等によってその武器としての能力が決まることや、作られてからの年月や使用回数によって「寿命」があるのではないかと持論を展開した。

 

「…ということなので、もしこの仮説が真実であるとすれば、ユーマくんの命にも関わることだからハッキリさせられるなら、と思ったのよ。だから(ブラック)トリガーに関して何か知っていることがあれば教えてちょうだい。わたしは自分の仮説を否定できる根拠がほしいの」

 

〔私も(ブラック)トリガーに関して多くの情報を持っているわけではない。私のメモリーにある情報はユーゴに造られた時に与えられたものと、ユーゴとユーマと旅をしながら得たものだが、どの国に(ブラック)トリガーが何本あるのかぐらいしかわからない。したがって(ブラック)トリガーに寿命があるという仮説に対して肯定も否定もできない〕

 

「やっぱり…」

 

〔しかし(ブラック)トリガーに寿命があるという話は聞いたことがないが、その性質上寿命があると考えるのは無茶ではない。むしろその方が理に適っている。ツグミが言ったように(ブラック)トリガーは元になった人間の全トリオンと命によって作られた内蔵電池を装備した道具と考えると、外部からのトリオン補給がなければいずれは容量ゼロになって使用不可となるのは当然だ。ノーマルトリガーレベルであれば使用者のトリオン器官で作られたトリオンを使うだけで済むが、(ブラック)トリガーとなれば使用者のトリオン能力を数倍に引き上げなければ起動できず、したがってその引き上げた分は(ブラック)トリガーから抽出されたトリオンということになる。(ブラック)トリガーの適合者が途中で起動できなくなったというケースを私は知らない。その場合トリオン能力が衰えたために起動できなくなったということで新たな適合者を探すのが普通だ。しかし()()()()()()()などと誰も想像しないから、単に適合者なしとして片付けられてしまうだろう。もしかしたら過去にもそういった(ブラック)トリガーがいくつもあったのかもしれないな〕

 

「ええ。それでアフトの王家管理になっていて誰も使えなかった夜の雫(オミクレー)が日の目を見たことで(ブラック)トリガーの解析が一歩前進しそうなのは良かったんだけど、ユーマくんのことを思い出してしまったものだから、レプリカと話がしたくなった…というのが本当の理由なの。彼の…有吾さんの(ブラック)トリガーは戦うための武器(トリガー)であると同時にユーマくんの延命処置を行う医療器具のようなものだから、武器として使えば使うほどその分のトリオンが失われてしまい、彼の寿命が短くなってしまうんじゃないかって。彼の生身の身体は瀕死の状態で、いくら食事をして栄養を摂取しても死にかけている状態を回復できるものじゃない。治療をするにしても成功する可能性が低いならわざわざ危険を承知で行うことも寿命を縮めることになるだけ。だから今できることは武器(トリガー)を使わないこと。そしてできることならボーダーのノーマルトリガーも使用せずにいて、(ブラック)トリガー内にある有吾さんのトリオンをできるだけ減らさないようにすること。根本的な解決にはならないとわかっていても、それしかないから」

 

〔ああ、承知した。しかしユーマに戦うなと言ってもダメだと思うのだが…〕

 

「だから今日みたいな模擬戦ならトリオンを消費しないで済ませることはできるし、防衛任務や遠征では可能な限り戦闘状態にならないようにすれば少しは効果があると思うの。それで一日でも二日でも長く生きてもらわなきゃ。…ところでレプリカのエネルギーというのはどこから得ているの?」

 

〔それは…〕

 

レプリカは口ごもってしまった。

自律型トリオン兵である以上はトリオンによって作製されており、そのエネルギーもトリオンであることは間違いない。

バムスターやモールモッド等の戦闘用トリオン兵は1回限りの使()()()()であるから、破壊されたりトリオン切れになればそれでおしまいとなる。

しかしレプリカは戦闘用というよりは情報収集や敵の解析、オペレーションなどの役目を負うためにトリオンを補充して半永久的に作動させる必要があり、そのエネルギーとなるトリオンは何らかの方法で得るわけだ。

通常は遊真のトリオン体と一体化しているのだが、そうなるとその状態でスリープモードになっていたとしても消耗するトリオンは遊真の身体から得ていると思われる。

それが()()()()であったから、レプリカも自分のエネルギーが有吾の(ブラック)トリガーから供給されていることをうっかり失念していたのだった。

 

「可能ならエネドラッドみたいに外部からトリオン補給ができるシステムにすべきね。ボーダーの技術者(エンジニア)には無理でもキオンの技術者(エンジニア)ならできるかもしれないし、いざとなればもう一度トロポイへ行って改造してもらうという手もある。とにかくユーマくんの生身の身体を元に戻すことができないのであれば、(ブラック)トリガーのトリオンを節約するしかない。具体的に何か急いでできるわけじゃないけど、いちおう記憶(メモリー)の片隅にセーブしておいてね」

 

〔わかっている〕

 

レプリカには表情というものはないが、ツグミには彼が自分と同じく深刻な問題を抱えて苦悩しているように見えた。

 

 

◆◆◆

 

 

城戸との面会が17時に決まったので、それまでの間にツグミはいくつかの雑用を片付けていた。

そしてまだ30分ほどあったため気分転換をしようと屋上へと向かう。

1月の中旬だから吹く風は冷たく、体感温度は氷点下にも感じられるほど寒い。

それでもこの時期の空気は澄んでいて、冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと身体がリフレッシュするから冬は大好きだと彼女は言う。

テスタがそれを聞いたら小躍りしそうな感想で、下手をするとキオンに帰化しないかと勧誘されてしまいそうだ。

 

西の空に大きく傾いた太陽をツグミは見つめていた。

夕日とは一日の終わりを象徴するもので、見ていると物悲しくなると言う人もいるが彼女はそうでもないらしい。

たしかに感傷的になるシチュエーションだが、今日の終わりは明日の始まりに繋がり、自分が前日の自分に恥じない行動をすれば必ず次の日はもっと良い日になるというポジティブ・シンキングな彼女だから夕日を見ると明日への活力が沸くというタイプなのだ。

しかし今日の彼女は少し違っていた。

 

(わたしが何歳まで生きられるのかわからないけど、今日という一日は人生の中ので今日限り。その一日を何もせずに停滞したままで過ごすのはもったいない。ついやるべきこととかやれることがないか考えてしまい、沈んでいく太陽を見ながらやり残したことはないか、満足できるまで頑張ったのかと今日一日をちゃんと生きたかどうか自問自答したくなる。…うん、今日もやれることはやった。納得できる一日を過ごしたと言えるけど、今日はいつもと違ってとても切なく感じる。やっぱり須坂さんやユーマくんの身体のことについて考えることになったからだろうな…。玄界(ミデン)の医療技術がどんなに優れていても、近界(ネイバーフッド)のトリオン技術が発達していても、人の命に関することには限界がある。トリオンで仮初の身体を作っても元の生身の身体を蝕む原因を取り除かない限り根本的な解決にはならない。自分の命の終わりを意識しながら毎日を生きるという恐怖をわたしはわからないけど、親しい人がいつ死んでしまうのかわからない状態でいることはすごく怖い。一日でも長く生きてほしいと心から願っている)

 

ツグミの顔を夕日が照らしているからなのか彼女は目を細めているが、その目から涙がひと筋こぼれ落ちた。

 

(須坂さんの場合はあの人が一所懸命に生きた末の病だから仕方がないと言えるけど、ユーマくんの場合は戦争さえなければあんなことにはならなかった。カルワリアとスピンテールが戦争なんてしていなければ有吾さんも死なずに済んで、もしかしたら今頃は親子で里帰りしていたかもしれない。そうすれば城戸さんや真史叔父さんたち旧友と酒を酌み交わしていたに違いない。ユーマくんとオサムくんの出会いは違うものになっただろうけど、やっぱり親友になっていたはずで、今よりも少しだけどみんなに優しい世界になっていたと思う。…だけど過去は変えられない。ユーマくんは明日の朝日を必ず見られるという確証がない状態で夜を迎えることになる。わたしがいくら心配したところで直接彼のためにできることは何もないけど、わたしの努力が実れば少しは平和維持に繋がるはず。それで一日でも彼が長く生きられたら、その間に解決策が見付かるかもしれないんだもの)

 

その解決策とは遊真の生身の身体を治療する手段を得ることだが、玄界(ミデン)の現在の医療技術では全身ボロボロになっている肉体を短時間で治すのは不可能。

生身に戻ってしまえば数分と耐えられないだろうから、(ブラック)トリガーによる換装を解いた時点で彼の命は潰えるだろう。

須坂の場合は老人であるだけでなく末期の癌患者であるためにトリオン器官の衰えは否めず、癌の進行を抑えていてもトリオン器官が機能しなければそこでトリオン体を維持できなくなり病弱な身体の戻ってしまう。

どちらのケースもトリオン体を維持するだけのトリオンが外部から供給できればいいのだが、対症療法でしかない上にそれが現在の()()である事実は認めなければならないとツグミは理解している。

 

近界(ネイバーフッド)には足りないものがたくさんあるけど、その中でも最も必要なのが保健医療分野の充実だと思う。レクスくんにはこちら側の世界にあるいろいろなものを見せたり教えたけど、自分で考えて近界(ネイバーフッド)に緊急に必要なものが保健医療分野の充実であり、そのためにまず自分が医師になってアフトに帰り、医師として患者の治療を行うことと並行して医療従事者を育成する学校を作りたいと言い出したんだから賢い子だわ…)

 

大人たちの事情によってアフトクラトルを離れることになったレクスには彼が望むものを可能な限り与えようと、ツグミは唐沢に依頼するなどしていろいろな施設の見学をさせていた。

初めは子供の喜びそうな動物園や水族館などで、続いて図書館や博物館・美術館などの知的好奇心をくすぐる施設、さらに鉄道駅、空港、病院、市役所など交通インフラや市民生活の上で必要な施設へも連れて行き、毎日のように社会科見学を行っていたのだった。

レクスはどの施設を見ても大喜びして楽しんでいたように見えたが、真剣に近界(ネイバーフッド)の未来のことを考えていたからこそ、医師になりたいという答えを自ら導き出したわけで、それが9歳の子供だというのだからディルクとマーナは嬉しいと同時に不安になった。

幼い息子を玄界(ミデン)に残して帰国するのだから当然だが、祖国の未来を憂いた上での決定であるから彼の意思を優先することにしたのだ。

医師になるというのならこれから20年近く学校や医療現場で勉強をしなければならず、普通の子供でも困難な道であることをツグミが説明したというのにレクスは彼女が言った言葉を持ち出して彼女を驚かせていた。

ツグミは自分の前に立ち塞がる困難や障害を「壁」ではなく「山」に例えている。

山なら登山道があってそこを登って行けばいずれ山頂に着くし、登山道がなければ時間が掛かったとしても自分で道を作って登ればいい。

そして山頂に立つと、そこから無限に広がっている世界が見える。

山が高ければ高いほど遠くまで見えて、そこでいくつもある未来の可能性の中で自分の理想とするものを見付けられたら、それを目指してひたすら歩き続けるのだと言う。

そんな子供にはわかりにくいことを言うツグミもどうかと思うが、正しく理解しているレクスは「お医者様になることがすごく難しくて大変なことなのはわかっている。でもそれだけ高い山に登るのなら、きっと素晴らしい景色が見えるはずだよ。ボクはそれがどんなものなのか見てみたいし、きっとみんなの役に立つ人間になれると思うんだ」などと言ったのだから驚くのは無理もない。

ツグミの理解者は多いが、彼女の本質をこの年齢で理解できたのならばいずれ彼女の正当な後継者になるだろう。

 

(いつになるかわからないけど、レクスくんのように人の命を大切にしたいと思う近界民(ネイバー)たちがトリオン技術を医療面に活かそうとして、玄界(ミデン)の研究者も近界民(ネイバー)と協力しようという気持ちになってくれたら、きっとふたつの世界は良い方へ大きく舵を切ることになるはず。だからあの子が安心して勉強できる環境を作ってあげよう。三門市に新たな敵が攻めて来ないように、そしてアフトが新たな侵攻をしないようにすることこそがわたしにしかできない()()だもの)

 

いつになく感傷的になっていたツグミだが、16時50分にセットした携帯電話のアラームが鳴ったものだからすぐに仕事モードに頭を切り替えて総司令執務室へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

(ブラック)トリガーに関する考察」という表題のレポートとして提出した報告書を城戸は真剣な表情で最後まで読んだ。

これまで(ブラック)トリガーに「寿命」があるなどと誰も考えたことはなかったが、その製造方法が「トリガー使いが全トリオンと命を注ぎ込んだ」というものであるから、人間と同じように寿命があるとしても不思議ではない。

むしろ(マザー)トリガーと(ブラック)トリガーが似た性質を持っており、(マザー)トリガーが力を弱めてしまった時に「神」という名の生贄を同化させることで勢いを取り戻すという「外部からエネルギーを供給する」事実を鑑みれば、(ブラック)トリガーもいずれは力を失うと推測するのは当然だ。

それにツグミは城戸からボーダー創設時には織羽が持っていた(ブラック)トリガーを(マザー)トリガーの代わりに使用していたことを聞かされていた。

だから夜の雫(オミクレー)が寿命の尽きた状態なのではないかと考えていることを城戸だけに伝えた。

なにしろこのことはボーダー上層部だけが知るトップシークレットで公にはできないことであるから、本来はツグミが知っているはずのないことなのだ。

だから彼女は忍田たちが読む報告書には書かずにいたのだった。

また(ブラック)トリガーが元は人間であるというのは事実であるから、(ブラック)トリガーに元になった人間の意思が残っていて使用者を選ぶということも頷ける。

状況はいろいろなケースがあるとしても(ブラック)トリガーになるという時点でその人物は追い詰められていて、その時の強い意思が(ブラック)トリガーとしての能力にも大きく影響すると考えるのは妥当だし、それはツグミがミリアムと対話をして()()から聞いたのだから間違いはない。

その「(ブラック)トリガーと対話をする」という信じられないようなこともツグミ自身の経験であるから城戸も信用するし、彼女が言うことに全面的な信頼を寄せている忍田や唐沢といった上層部メンバーもいる。

彼女が(ブラック)トリガーには寿命があって夜の雫(オミクレー)は死んでしまったので起動できる者がいないのだというのであれば根付や鬼怒田たちも無視することはできない。

今はまだ緊急に対応しなければならないという問題ではないので報告書は城戸の預かりとなるが、市民救出計画が軌道に乗ればそのうちに対策会議が開かれるだろう。

別に(ブラック)トリガーに寿命があったとしてもボーダーの活動に大きな影響はないのだが、有吾の(ブラック)トリガーによって辛うじて命を繋いでいる遊真に関しては最重要課題であり、指輪型のトリガーホルダーの中に収納されている生身の身体が刻一刻と死に向かっていていつ死んでしまうかわからない状態であったが、(ブラック)トリガーの寿命が尽きることによっても彼の命は潰えてしまうとなると、無闇に武器(トリガー)として使用させてしまうと(ブラック)トリガーの寿命を縮めてしまうことになる。

今のところはすべてツグミの仮説の段階で証明されたものではないが使わないに越したことはないということで、遠征及び市内防衛のどちらにおいても遊真には(ブラック)トリガーを使用させないことで()()()()とすることに城戸は決めたのだった。

 

 

 

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