ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
本部基地の食堂で簡単な昼食を済ませたツグミは隊室で遊真が来るのを待っていて、13時25分に彼は到着した。
レプリカに相談したいことが遊真の身体に関することなので、本人がいる状態では話せない。
そこで遊真が本部所属の仲間たちと模擬戦をするというので、そのタイミングを利用してレプリカの知る範囲で
C級ランク戦ブースのあるロビーで米屋たちと13時30分に待ち合わせの約束をしていると言って、遊真はレプリカを残してさっさと行ってしまった。
〔ツグミ、私に訊きたいことがあるということだが、それはユーマに聞かれたくない話なのか?〕
レプリカはツグミの視線の高さでフワフワと浮きながら訊く。
「ええ。それにこれはわたしの勘…というか推測でしかないから大騒ぎにはしたくないし、あなたの知識や知恵を借りてわたしの立てた仮説が真実に近いのか、それともまったくの見当違いなのか確認をしたくって。それでわたしの仮説というのが…」
ツグミは
「…ということなので、もしこの仮説が真実であるとすれば、ユーマくんの命にも関わることだからハッキリさせられるなら、と思ったのよ。だから
〔私も
「やっぱり…」
〔しかし
「ええ。それでアフトの王家管理になっていて誰も使えなかった
〔ああ、承知した。しかしユーマに戦うなと言ってもダメだと思うのだが…〕
「だから今日みたいな模擬戦ならトリオンを消費しないで済ませることはできるし、防衛任務や遠征では可能な限り戦闘状態にならないようにすれば少しは効果があると思うの。それで一日でも二日でも長く生きてもらわなきゃ。…ところでレプリカのエネルギーというのはどこから得ているの?」
〔それは…〕
レプリカは口ごもってしまった。
自律型トリオン兵である以上はトリオンによって作製されており、そのエネルギーもトリオンであることは間違いない。
バムスターやモールモッド等の戦闘用トリオン兵は1回限りの
しかしレプリカは戦闘用というよりは情報収集や敵の解析、オペレーションなどの役目を負うためにトリオンを補充して半永久的に作動させる必要があり、そのエネルギーとなるトリオンは何らかの方法で得るわけだ。
通常は遊真のトリオン体と一体化しているのだが、そうなるとその状態でスリープモードになっていたとしても消耗するトリオンは遊真の身体から得ていると思われる。
それが
「可能ならエネドラッドみたいに外部からトリオン補給ができるシステムにすべきね。ボーダーの
〔わかっている〕
レプリカには表情というものはないが、ツグミには彼が自分と同じく深刻な問題を抱えて苦悩しているように見えた。
◆◆◆
城戸との面会が17時に決まったので、それまでの間にツグミはいくつかの雑用を片付けていた。
そしてまだ30分ほどあったため気分転換をしようと屋上へと向かう。
1月の中旬だから吹く風は冷たく、体感温度は氷点下にも感じられるほど寒い。
それでもこの時期の空気は澄んでいて、冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと身体がリフレッシュするから冬は大好きだと彼女は言う。
テスタがそれを聞いたら小躍りしそうな感想で、下手をするとキオンに帰化しないかと勧誘されてしまいそうだ。
西の空に大きく傾いた太陽をツグミは見つめていた。
夕日とは一日の終わりを象徴するもので、見ていると物悲しくなると言う人もいるが彼女はそうでもないらしい。
たしかに感傷的になるシチュエーションだが、今日の終わりは明日の始まりに繋がり、自分が前日の自分に恥じない行動をすれば必ず次の日はもっと良い日になるというポジティブ・シンキングな彼女だから夕日を見ると明日への活力が沸くというタイプなのだ。
しかし今日の彼女は少し違っていた。
(わたしが何歳まで生きられるのかわからないけど、今日という一日は人生の中ので今日限り。その一日を何もせずに停滞したままで過ごすのはもったいない。ついやるべきこととかやれることがないか考えてしまい、沈んでいく太陽を見ながらやり残したことはないか、満足できるまで頑張ったのかと今日一日をちゃんと生きたかどうか自問自答したくなる。…うん、今日もやれることはやった。納得できる一日を過ごしたと言えるけど、今日はいつもと違ってとても切なく感じる。やっぱり須坂さんやユーマくんの身体のことについて考えることになったからだろうな…。
ツグミの顔を夕日が照らしているからなのか彼女は目を細めているが、その目から涙がひと筋こぼれ落ちた。
(須坂さんの場合はあの人が一所懸命に生きた末の病だから仕方がないと言えるけど、ユーマくんの場合は戦争さえなければあんなことにはならなかった。カルワリアとスピンテールが戦争なんてしていなければ有吾さんも死なずに済んで、もしかしたら今頃は親子で里帰りしていたかもしれない。そうすれば城戸さんや真史叔父さんたち旧友と酒を酌み交わしていたに違いない。ユーマくんとオサムくんの出会いは違うものになっただろうけど、やっぱり親友になっていたはずで、今よりも少しだけどみんなに優しい世界になっていたと思う。…だけど過去は変えられない。ユーマくんは明日の朝日を必ず見られるという確証がない状態で夜を迎えることになる。わたしがいくら心配したところで直接彼のためにできることは何もないけど、わたしの努力が実れば少しは平和維持に繋がるはず。それで一日でも彼が長く生きられたら、その間に解決策が見付かるかもしれないんだもの)
その解決策とは遊真の生身の身体を治療する手段を得ることだが、
生身に戻ってしまえば数分と耐えられないだろうから、
須坂の場合は老人であるだけでなく末期の癌患者であるためにトリオン器官の衰えは否めず、癌の進行を抑えていてもトリオン器官が機能しなければそこでトリオン体を維持できなくなり病弱な身体の戻ってしまう。
どちらのケースもトリオン体を維持するだけのトリオンが外部から供給できればいいのだが、対症療法でしかない上にそれが現在の
(
大人たちの事情によってアフトクラトルを離れることになったレクスには彼が望むものを可能な限り与えようと、ツグミは唐沢に依頼するなどしていろいろな施設の見学をさせていた。
初めは子供の喜びそうな動物園や水族館などで、続いて図書館や博物館・美術館などの知的好奇心をくすぐる施設、さらに鉄道駅、空港、病院、市役所など交通インフラや市民生活の上で必要な施設へも連れて行き、毎日のように社会科見学を行っていたのだった。
レクスはどの施設を見ても大喜びして楽しんでいたように見えたが、真剣に
幼い息子を
医師になるというのならこれから20年近く学校や医療現場で勉強をしなければならず、普通の子供でも困難な道であることをツグミが説明したというのにレクスは彼女が言った言葉を持ち出して彼女を驚かせていた。
ツグミは自分の前に立ち塞がる困難や障害を「壁」ではなく「山」に例えている。
山なら登山道があってそこを登って行けばいずれ山頂に着くし、登山道がなければ時間が掛かったとしても自分で道を作って登ればいい。
そして山頂に立つと、そこから無限に広がっている世界が見える。
山が高ければ高いほど遠くまで見えて、そこでいくつもある未来の可能性の中で自分の理想とするものを見付けられたら、それを目指してひたすら歩き続けるのだと言う。
そんな子供にはわかりにくいことを言うツグミもどうかと思うが、正しく理解しているレクスは「お医者様になることがすごく難しくて大変なことなのはわかっている。でもそれだけ高い山に登るのなら、きっと素晴らしい景色が見えるはずだよ。ボクはそれがどんなものなのか見てみたいし、きっとみんなの役に立つ人間になれると思うんだ」などと言ったのだから驚くのは無理もない。
ツグミの理解者は多いが、彼女の本質をこの年齢で理解できたのならばいずれ彼女の正当な後継者になるだろう。
(いつになるかわからないけど、レクスくんのように人の命を大切にしたいと思う
いつになく感傷的になっていたツグミだが、16時50分にセットした携帯電話のアラームが鳴ったものだからすぐに仕事モードに頭を切り替えて総司令執務室へと向かった。
◆◆◆
「
これまで
むしろ
それにツグミは城戸からボーダー創設時には織羽が持っていた
だから
なにしろこのことはボーダー上層部だけが知るトップシークレットで公にはできないことであるから、本来はツグミが知っているはずのないことなのだ。
だから彼女は忍田たちが読む報告書には書かずにいたのだった。
また
状況はいろいろなケースがあるとしても
その「
彼女が
今はまだ緊急に対応しなければならないという問題ではないので報告書は城戸の預かりとなるが、市民救出計画が軌道に乗ればそのうちに対策会議が開かれるだろう。
別に
今のところはすべてツグミの仮説の段階で証明されたものではないが使わないに越したことはないということで、遠征及び市内防衛のどちらにおいても遊真には