ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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440話

 

 

上層部メンバーとツグミたちが近界民(ネイバー)との同盟締結に奔走している頃、一般の防衛隊員たちはそれぞれの役割を果たすために日々訓練に励んでいた。

三門市民救出遠征に参加予定のA級隊員たちは戦闘訓練はもちろんのこと、ゼノンたちから教わった諜報活動に役立つスキルの向上や、ドローン等の玄界(ミデン)独自の技術を利用した作戦遂行の訓練など従来のものとは大きく違った分野にも手を伸ばしている。

近界(ネイバーフッド)ではあらゆるものにトリオンを使うのが基本であるから、逆にトリオンを使用していない道具や武器・兵器には直ちに対応できないという点が有利となるのだ。

トリオンを使わなければ敵のレーダーに発見されることはなく、GPSやドローンを使って上空から敵地の地形や陣営を把握することによってアウェイでの不利をある程度まで覆すことができるし、何よりも隊員たちを危険に晒すこともなくなるというもの。

アフトクラトルやガロプラのトリガー使いと直接戦った経験から、未知の武器(トリガー)を使う敵と戦うことのリスクの高さや、敵地での戦闘における事前の調査が重要であることなど、誰もが身に染みて良く理解している。

もちろん交渉によって拉致被害者を取り戻すことができればそれがベストなのだが、そうならなかった場合には力ずくで奪い返すしかない。

そのためには対象となる拉致被害者がどこにいるのかを正確に把握し、彼らに危害が加えられるようなことがないようにしなければならず、アフトクラトル遠征のように交渉に臨む本隊よりも先に別働隊が潜入して事前調査を行う必要がある。

交渉だけで済めば別働隊の働きは無駄になるように思えるが、交渉のためにその国に現状を知り、何が必要なのかを知らなければならず、それ以外にも近界(ネイバーフッド)の国々の調査で得られた情報はいずれ役に立つことになるはずなのだ。

 

三門市防衛に残るA級隊員とB級隊員は通常の訓練を続けているが、C級隊員の育成にも力を入れている。

昨年の9月から始まったC級隊員全員を対象にした昇格試験は()()()()()()訓練生を排除し、B級に手が届きそうなのに同じレベルの訓練生同士での()()()()でなかなか昇格できなかった優秀な人間をB級へと昇格させた。

その結果、毎月入隊試験を受ける受験生が40人前後で、合格者はだいたい12-3人。

昇格試験で選別することによって、現在ではC級隊員が以前の半数以下の約150人となっている。

400人いたC級隊員が150人となれば()()()250人分の訓練生用トリガーを元のトリオンに還元し、それで150人分の訓練生用トリガーに緊急脱出(ベイルアウト)を装備することが可能となり、非常時に彼らの身を危険に晒すことはなくなった。

さらにこれまではトリガーをひとつしかセットできなかったが、もうひとつセットできるようになったために防御用トリガーやオプショントリガーのセットが可能となる。

従って多くの訓練生はシールドをセットするようになり、攻防合わせて訓練ができるようになったのだが、中には防御を無視した「弧月+旋空」という強者や、村上のように「弧月+レイガスト」で剣と盾を上手く使う者、さらに「レイガスト+スラスター」という本来のレイガストの能力を100%活かすことのできる組み合わせで正隊員を目指す者も現れた。

シールドが使えるか否かで戦術の幅が大きく変わってくるというもので、ヒュースのように1日でB級昇格というわけにはいかないが、1週間もかからずに昇格する優秀な訓練生もいて、今では主力となるB級隊員が約180人と増加している。

そうなるとB級ランク戦への新規参入の部隊(チーム)の数が増えて試合数も増えるために日程の調整は難しくなるものの、隊員数が多ければ通常の防衛任務のローテーションが組みやすくなる。

いろいろと試行錯誤した結果、1シーズンに20日の試合日を設定し、その中で1部隊(チーム)15試合を行って順位が決まるという方法に決まった。

麟児を加えた新生玉狛第2は新規参入ということになり最下位からの再出発となるわけだが、1年間にさまざまな経験を積んだ修を中心にして更なる躍進が見られることだろうと親しい仲間たちは期待していた。

なお、麟児の素性はごく一部の関係者しかおらず口外する者もいないため、千佳の実の兄であると誰もが信じている。

 

隊員たちはそれぞれの立場で自分のなすべきことを行っているため、上層部メンバーとツグミや協力者となっている近界民(ネイバー)が「()()()()()何かをやっている」ということは知っていても特に関心を示すことはなかった。

城戸が以前のような近界民(ネイバー)敵視政策をやめて融和的な態度に変わったことで戸惑う隊員もいたが、第一次近界民(ネイバー)侵攻から5年半も経っているために、「近界民(ネイバー)はすべて敵だ」という考え方に凝り固まっていた()()三輪ですら城戸の()()()()に理解を示すようになっていた。

近界民(ネイバー)を憎む気持ちが消えたわけではなく、それ以上に三門市民の命と財産を守ることを優先している忍田の考えに近くなっただけで、近界民(ネイバー)()()しているだけだと考えれば城戸が近界民(ネイバー)による犠牲者遺族の気持ちを蔑ろにしているのではないと自分に言い聞かせることができる。

事実、キオンの協力者のおかげでアフトクラトル遠征を100%完璧な形で終えることができたのだし、市民救出計画が順調に進んでいるのもボーダーに協力してくれる近界民(ネイバー)が増えたからだと本人も認識している。

姉を殺されたことに関しては張本人であるエクトスの人間のことは絶対に許せないだろうが、あの侵攻に関係のない近界民(ネイバー)に対しては敵意がない限り「無関心」でいることができるまでに気持ちは落ち着いてきていた三輪。

もし麟児がエクトスの諜報員で第一次近界民(ネイバー)侵攻の被害を拡大したのだと知れば彼のことを殺しかねないが、密航事件だけでなく彼の素性を知る関係者が漏らさない限りバレることはないはずである。

仮にバレたとなれば第一次近界民(ネイバー)侵攻の犠牲者遺族や犠牲者を友人に持つボーダー隊員は城戸の「判断」に対して憤慨するだけでなく彼への信頼を失うことになり、いわゆる「城戸派」の大多数がボーダーを辞めることになるかもしれない。

隊員の数が減るだけでなくこれが一般市民の耳に入ることになれば第一次近界民(ネイバー)侵攻の加害者と手を組んだとされ、ボーダーの自作自演であったというデマが流れるのは火を見るよりも明らかだ。

そうなったら最後、市民の信頼によって成り立っているボーダー側には釈明する余地さえ与えられず、城戸が全責任を負うという形でボーダーは消滅するだろう。

現状でボーダーが解散してしまえば近界民(ネイバー)からの襲撃を阻む者はいなくなり、三門市だけでなく近隣の市町村からもトリオン能力者がさらわれることになってしまう可能性は高く、最悪の事態ではアフトクラトルのような強国の支配下に置かれ、玄界(ミデン)がトリオン能力者を育てる飼育場となってしまう恐れもあるのだ。

それだけのハイリスクがありながらも麟児をボーダーに入隊させたのは、ボーダーにいる理由のなくなった千佳をつなぎ止めるためである。

トリオンタンクとしての役目を持つ彼女にボーダーを去られては今後の市民救出計画の大幅な変更を余儀なくされるので、彼女にはどんなことがあってもボーダーにいるという気持ちでいてもらわなければならないのだ。

つまり麟児は千佳に対する人質でもあり、ボーダーを辞めると言い出したら彼を第一次近界民(ネイバー)侵攻の戦犯として裁くと脅せばいいと上層部は考えている。

もっとも千佳も自分のボーダーにおける()()()()を理解しているから、そこまでする必要はないだろう。

それに自分の入隊動機である「兄と友人を探すために近界(ネイバーフッド)へ行きたい」という目的がなくなったからといって辞めることにすれば自分勝手な人間だと陰口を叩かれる…と怯えて辞めるに辞められない。

人を撃てるようにはなったがそれは撃っても誰からも責められないという自信がついたからで、他人の目を気にする性格はまだ治っていないため辞めると言えるはずがないのだ。

他人から嫌われることに怯える気持ちは誰にでもあるが、彼女の場合は過去の経験からそれが極端なものとなっていて、いるかどうかもわからない人間の存在を怖がってしまっている。

なにしろ近界民(ネイバー)の存在が公になっていなかった頃、自分を追い回すトリオン兵のことを両親にさえ信じてもらえなかったという経験がそうさせているのだが、本人の「自分のせいで兄と友人がいなくなった」という加害妄想癖、()()()()の強さがそれに輪をかけていると思われる。

それがボーダー入隊をきっかけに自分を信じてくれる仲間がいることを知って大幅に緩和されたものの、まだ仲間や友人以外の人間の嫌味や誹謗中傷に怯えていた。

心の問題だから一朝一夕に改善するものではないが、彼女が他人の目を気にしている間はボーダーを辞めることはないだろうが、()()として麟児をボーダーで()()しているのだ。

個人の利益を多少奪うことになっても、多くの人間の利益となるのであればかまわない。

特に麟児は大勢の人間を不幸にした近界民(ネイバー)の尖兵だったのだから当然だというのがボーダー上層部メンバーの一致した意見であり、麟児本人もボーダーを裏切るようなことをすれば自分で自分の首を絞めることになると承知した上で「ボーダーの飼い犬」の道を選んだ。

千佳も麟児も周囲の状況がそうさせたのかもしれないが、ボーダー入隊は自分で考えて選んだのだから最後まで責任を果たさなければならない。

そうなると麟児には少なくとも第一次近界民(ネイバー)侵攻の拉致被害者全員の帰国が叶うまでは無給であっても働いてもらい、千佳には遠征艇トリオンタンクとしての任務を果たしてもらうしかない。

そして修はふたりがいる限りはボーダーを辞めることはないし、遊真は生身の身体を取り戻すことに執着していないため限りある命を仲間たちと生きる道を選ぶだろうから、ツグミがボーダーという組織を界境防衛機関としての役目を終わらせるまで「玉狛第2」はこの4人で続けることになるはずだ。

 

 

◆◆◆

 

 

近界(ネイバーフッド)ではキオン、エウクラートン、アフトクラトルとそれぞれの国で玄界(ミデン)へ行く準備を始めていた。

キオンとエウクラートンの両国はボーダーとの同盟締結の条件を提示して100パーセント納得のいくものとなっているから調印式に臨むだけでいい。

テスタとリベラートはボーダーの最高責任者と初の顔合わせとなり、これまで非公式であった協力関係もこれからは正式に行われることになる。

そのための「儀式」であり、それさえ無事に済めばあとはそれぞれ玄界(ミデン)を視察するという()()()()があるため、玄界(ミデン)へ行きたがっていたテスタは今から心躍らせている。

リベラートはツグミが育った国を見たいという希望を出していて、織羽と美琴の墓参りも行う予定だ。

今回の玄界(ミデン)訪問の期間はわずか5日で彼らが満足するような視察という名の観光はできないだろうが、それでも玄界(ミデン)の繁栄を直に見物することで近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)に別の()()()を見付けることができれば充分だといえよう。

トリオン依存の文明から抜け出すことで人間の価値をトリオン能力で決めることがなくなるだけではなく、トリオンを奪い合う戦争は減るだろうし、そうなれば玄界(ミデン)への侵攻もなくなるはずで、ボーダーの存在意味も大きく変わることになる。

そして今回の「史上初の近界民(ネイバー)による正式な外交使節の訪問」によって近界(ネイバーフッド)にも複数の国があり、そのすべてが悪意のある侵略者ではなく友好的な国もあることを証明するものとなるはずだ。

もちろんそれは今すぐに公表するのではなくタイミングを計ってとなるが、まずは第1回目の市民救出計画を成功させてからということになるだろう。

拉致被害者を発見して保護し、わざわざ三門市まで連れて来てくれたメノエイデスのウェルスという()()()近界民(ネイバー)がいたことはすでに公表されているため、市民救出計画の成功にはまた別の国の近界民(ネイバー)が協力してくれたということにすればいい。

こうして少しずつ友好的な近界民(ネイバー)がいることを市民に伝えることによって、市民救出には近界民(ネイバー)の協力が必要であり協力してくれる近界民(ネイバー)もいるのだということにすれば近界民(ネイバー)を憎んでいる遺族感情にも配慮できるというものだ。

テスタやリベラートもボーダーの事情は良く理解しているから今回の訪問では三門市内をサッと見るという程度の視察しかできないことは承知している。

しかし彼らにとっては生まれて初めての海外旅行のようなものだから、遠足前日の子供のようにはやる気持ちを抑えきれない。

 

ただしハイレインに限ってはそうでもない。

自分が玄界(ミデン)の人間に対して与えた被害の大きさを理解しており、命令無視をしたエネドラがボーダーの人間を6人も殺害していて、止めることができたのに止めなかったという点では彼の責任である。

いくらランバネインが謝罪をしたといっても加害国の王であり侵攻の責任者であった自分を歓迎してくれるはずがなく、最悪の場合には捕らえられて公の場で惨めな姿を晒しながら処刑されるかもしれないなど()()()()()心配をしていた。

いくらツグミやランバネインが否定したところで逆の立場なら自分自身がやりかねないことであるから不安になるのだ。

一度はランバネインに説得されて再び玄界(ミデン)へ赴くことに決めたものの、元来が慎重で臆病な部分があるので最悪の場合を考えてしまうのだ。

そんな兄の姿を以前のランバネインなら情けないと思っただろうが、今の彼はそうではない。

ランバネインは玄界(ミデン)訪問をした際にツグミからニーチェの有名な言葉を引用しながら彼女の考えを聞かされていた。

彼女は『反キリスト』という著書の中の言葉「悪とは何か ── 弱さから生ずるすべてのものである」の意味を理解しながらも自分なりの解釈を持っている。

ツグミ曰く「弱いことは悪ではないが、弱い気持ちから生まれる他者に対する不信や疑念、恐れなどマイナス思考こそが悪である」で、ハイレイン本人が弱い気持ちを持っているからといって悪なのではなく、その弱い気持ちから生まれるペシミズム的な発想が彼を悪そのものに変えてしまうのだということだ。

ならば自分のネガティブな面を意識してポジティブシンキングに努めれば人間は変わることができるはずである、と彼女は断言した。

ツグミは慎重に物事を進め、確実に成功するという完璧な策を考えているというのに万が一のことも考えていくつかの代替案を用意している。

その慎重さも裏返せば根が臆病だからで、大胆なことをやろうとしても代替案がないと不安になってしまうため、自分を安心させるために複数の策を考えるのだ。

その話を聞いていたランバネインには思い当たるフシがあった。

ハイレインも同様にひとつの事を成し遂げるためにはメインの計画を立て、同時に複数の予備の計画を立てているために「失敗」はなかった。

他国に侵攻するにしても前もって詳しく調査をし、その情報を元に綿密な計画を立て、それが上手くいかなかった時のことを考えて代替案にすぐ変更できるよう準備までしていたくらいだ。

三門市侵攻では想定外の事 ── ヴィザが負けることや、遠征艇のシステムが乗っ取られて強制的に近界(ネイバーフッド)へと送り返されるなど ── が起きたものの、エネドラの始末やヒュースを置き去りにするといった計画は成功し、さらに32人の()()を捕獲できたという点で()()()()()()()()()()()()()成功したことになっている。

もっともその後に()()は全員奪い返され、「生贄」にしようとしていたディルクが玄界(ミデン)に連れ去られたことで、人生最大の挫折を味わったのだが。

ハイレインは強者を「善」で弱者を「悪」と考えていて、自分は強者でなければいけないと常に自分を戒めていた。

自分を強者だと証明する方法は権力と武力によって大勢の人間を従えることだと考えており、そのために大きな犠牲を払ったがアフトクラトル国王という権力を手に入れた。

あとは近界(ネイバーフッド)を武力統一することで彼は自分の「正義」を示そうというのである。

ボーダーに負けたままの弱者ではいられないとして個人的な復讐にも似た再侵攻を計画していたが、ボーダーがキオンと手を組んだことによって彼の野望とアイデンティティは打ち砕かれようとしていた。

しかしランバネインは兄の間違った価値観を捨てさせるにはちょうどいい機会だと考えている。

すべての人間が強者にも弱者にもなり、弱者は悪ではなくその弱い心から生まれる負の感情こそが悪なのだということを他人との交流の中から教えられることで、元の優しくて家族思いの兄に戻ってくれると信じているのだ。

 

 

こうして近界民(ネイバー)たちは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界の関わりを大きく変える「イベント」のためにそれぞれ祖国を旅立った。

 

 

 

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