ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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441話

 

 

ツグミが帰国したのが15日で、テスタとリベラートが三門市に到着するのが26日ということで、準備期間はわずか10日間。

その間にツグミを中心とした「同盟締結準備委員会」のメンバーは休日返上で走り回っていた。

賓客の宿泊場所であるホテル側との打ち合わせにはツグミと唐沢が何度も足を運んだことで、滞在期間5日間の食事等ボーダー側のリクエストをホテル側は完璧に応えてくれそうである。

現場での準備は滞りないのだが上層部メンバーの間ではこれまで内密に進めていた三国同盟の件をボーダー関係者に説明しなければならなくなり、どこまでの人間に情報公開するかで揉めていた。

昨年の5月にツグミと迅のふたりが()()()()有人による近界(ネイバーフッド)往還に成功し、その時に()()()近界民(ネイバー)が人間であることを確認したとボーダーは公式発表している。

もちろんボーダー隊員・職員とごく一部の協力者はその前からこの事実を知っているが、関係省庁やスポンサーなどには一般人と同じくここで初めて知らされた。

それから8ヶ月経った現在、ボーダーはどの範囲にまで知らせるかで何度も会議が開かれている。

三国同盟については隊員・職員には知らされることは当然だが、その先どこまで知らせるべきか意見が複数上がっているのだ。

友好的な近界民(ネイバー)もいることを公にしているのだから同盟を結ぶことを知らせてもいいだろうという意見と、時期尚早であるという意見。

そしてボーダー運営に大きく影響することをスポンサーに内緒で進めてきたのだから、バレた時に誰がどのような責任を取るのかなどで頭を悩ませている。

ここまですべてが事後報告であり、事の成り行き等詳細はすべて極秘扱いされているものばかり。

もしボーダーが20年以上も前から近界民(ネイバー)と協力関係にあって、一時期は近界(ネイバーフッド)の国と同盟関係を結んで共に戦っていた事実がバレてしまったら、市民を騙していたことになってこれまで築き上げてきた信頼はすべて失われるだろう。

9月に城戸が記者会見をしてボーダー創設のきっかけや武器(トリガー)をどうやって入手したのかなど説明をしているが、重要なポイントは上手く誤魔化していて今のところ発表されたことを事実だと信じてくれている。

これから先どうなるかはわからないが、ボーダーが三門市民にとって必要な組織であり、市民が納得する「結果」を出すことができていれば万が一のことがあってもなんとかなるはずだ。

だからこそまずは第一次近界民(ネイバー)侵攻でさらわれた市民の救出で、それが数人であったとしても彼らの家族や友人は喜ぶのだし、400人の拉致被害者を全員救出するというボーダーの約束を信じたいと思うようになる。

ここで嘘をついていたことがバレて市民がボーダーを糾弾してしまえば組織がなくなり、さらわれた市民がもう二度と戻って来ないとなれば多少のことは目をつぶるだろう。

彼らにとって拉致被害者が戻って来るのであればボーダーが嘘つきであってもかまわないのだ。

もちろんボーダーに対して悪意ある人間はいるから、彼らは反ボーダーのマスコミ連中と組んでここぞとばかりにボーダーを悪の組織に祭り上げるだろうが、そんなことをすれば希望を失った拉致被害者の家族や友人から非難されるのは間違いない。

仮に第一次近界民(ネイバー)侵攻直後のボーダーという組織が公になった時点で近界民(ネイバー)が人間であったと公表したとしよう。

そうすれば市民に嘘をつくことにはならなかっただろうが、ボーダーは今ほどの大きな組織にはなっていなかったはずである。

街を破壊するバムスターやモールモッドのような()()()()人類の敵だという怪物(モンスター)を撃退する防衛組織だからこそ戦うというハードルが低くて済んだが、自分たちと同じ人間と戦うとなれば誰でも二の足を踏むものだ。

そうなると優秀な人材が集まらず、その後の新体制になったボーダーはアフトクラトルの侵攻に耐えられたかどうかわからない。

結果論でしかないが、近界民(ネイバー)が人間であることを秘密にしていたことは()()であったといえよう。

こうして市民に情報公開できないことがたくさんあって、それを隠しながらではあるがボーダーという組織は拡大してきたという経緯があるから、()()()()()()()()()()()()事柄であれば隠し通すしか道はないのだ。

そして今回の三国同盟締結に関しては隊員・職員のみに伝えることとなった。

来月にはヒエムスへ向けて第1回の市民救出遠征が行われることから、それが成功して第2回目の遠征計画を発表する段階で一般に情報公開するという段取りで進めることになる。

同盟の調印式にはボーダー側から上層部メンバーとA級部隊(チーム)の隊長が出席することとなり、その他の隊員と職員には後日録画した映像を見てもらうことにした。

同盟締結に関してメインで動いているのはツグミだが、あくまでも彼女は裏方の人間であるため、ツグミと迅、ゼノン、リヌス、テオの5人は当日の司会進行やその他雑務を引き受けることになっている。

 

そして26日の朝、三門市北部の山間部に(ゲート)が開いた。

 

 

◆◆◆

 

 

50年ほど前までは三門市北部の山中には三門軟石の採石場があった。

現在では廃坑となっており、採石場と市街地を繋ぐ専用道路は十数年前の地震によって山崩れが起きていて、道路は塞がれてしまっている。

したがって採石場跡地へ行くには登山道から分岐する獣道のような細い道を3時間もかけて歩いていくしかないために、今では誰も立ち入ることはない場所となっていた。

そこに適度な広さと艇を隠すことのできる坑道があるために、ボーダーは近界民(ネイバー)たちの艇の発着場として利用している。

それもゼノンの持つ(ゲート)トリガーのおかげで、彼がいれば民間人に知られることなく近界民(ネイバー)をボーダー本部基地へと招き入れることが可能だ。

しかし今後のことを考えると採石場跡地を()()()()使うのではなくボーダーの所有地として堂々と使用した方がいいだろうとのことで、これも例によって唐沢のツテを利用して地権者と交渉をして相場の7割の金額で購入した。

そして道路を整備し、一部のボーダー関係者のみ通行可となっている。

この採石場の上空に(ゲート)が開き、そこからキオンの国旗を掲揚した艇がゆっくりと地上へと着陸した。

通常、(ゲート)はボーダーの誘導装置によって本部基地に近い警戒区域内で開くようになっているが、近界民(ネイバー)の艇には()()()()この採石場跡地へ誘導されるシステムを組み込んである。

無用なトラブルを避けるために事前にキオン、エウクラートン、アフトクラトル、メノエイデスといった来訪予定の国には予めビーコンを渡して艇に設置してもらっている。

だからキオンの艇が到着したことは本部基地のレーダーですぐにわかるようになっていて、前日夜から本部基地で待機していたツグミとゼノンとテオは直ちに採石場跡地へと向かった。

 

 

キオンの政府専用艇からテスタ、リベラート、サーヴァ、リヌスの順で降りて来た。

公式な訪問ということで4人全員が礼服を着ていて、そのことを承知しているツグミたちも礼服を着て迎えた。

 

「ようこそいらっしゃいました。本部基地では城戸司令たちがお待ちです。どうぞ、こちらへ」

 

ゼノンが開いた(ゲート)をくぐり抜け、ツグミたちはボーダー本部基地の来賓用玄関の前に着くと、そこには城戸、忍田、唐沢、鬼怒田、根付、林藤の6人が勢揃いしていた。

すると城戸と忍田が代表として前に歩み出て挨拶をした。

 

「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私はボーダー最高司令官の城戸正宗と申します。こちらは本部長の忍田真史です」

 

「忍田真史です。みなさまのお越しを心から歓迎いたします」

 

そして城戸がテスタと、忍田がリベラートと握手をする。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)のどちらの世界でも友好的な挨拶をする時には握手をする習慣があるらしく、どちらも自然に手を出して握手をした。

それぞれが自己紹介を済ませると、全員で応接室へと向かう。

これから5日間の行程の打ち合わせをし、その後に本部基地内の施設見学を行うことになっているのだ。

ツグミはホテルに案内して休んでもらおうと考えていたのだが、時間が限られているということもあってテスタとリベラートの希望で着いてすぐに休むまもなく公務に臨むことになった。

テスタは若いからいいのだが、リベラートとサーヴァは近界民(ネイバー)としては高齢であるためにツグミは心配である。

そんな彼女の心の中が顔に表れたのか、隣を歩いていたリヌスが小声で言った。

 

「大丈夫ですよ。艇のトリオンは満タンで出発し、トリオンが切れるほど長い航海ではありませんでしたからトリオン抽出はなしで済みました。それに航海中のみなさんは体力温存のためか客室でおとなしくしていました。だからそれほど疲れてはいないはずです」

 

「それならいいんですが、無理をしないように見張っていないと不安です。午後からの市内視察は簡単に済ませて明るいうちにホテルへ入ってもらう予定です」

 

「たしかに。ですがあなたに迷惑をかけないという3人の意見は共通していますから無茶なことはしませんよ。具体的にどこに行って何を見たいという希望はなく、あなたに案内される場所ならどこでもかまわないという様子ですから、あなたが彼らにとって無理のない行動をすればいいんです」

 

「はい、わかりました。ひとまず今日はこのメンバーだけなので気は楽ですね。予定では明日の午前中にアフトクラトルの艇が着くということですから、今日くらいは気を張らないでのんびりしたいです」

 

ツグミはヤレヤレといった顔で答えた。

 

市内視察にはジャンボタクシーに用いられるワンボックスタイプ10人乗りのレンタカーを使用することになっていて、運転手はレイジに頼み、ツグミ、テスタ、リベラート、サーヴァ、リヌス、ゼノン、迅が乗車する。

このメンバーならトラブルは起きそうにないが、明日到着するアフトクラトルのふたりが加わるとどうなるかわからない。

そこで翌日はキオン・エウクラートングループには唐沢に加わってもらい、アフトクラトルグループにツグミと迅が同伴して迅の運転する車での視察となる計画だ。

そして両グループの顔合わせは明日の夜の食事会となる。

軍事大国の双璧となるキオンとアフトクラトルの元首が顔を合わせるのは近界(ネイバーフッド)史上初めてのことで、その場所が玄界(ミデン)になるとは誰も想像できなかったことだろう。

ここで両者が手を取り合うことができればベストなのだが、お互いに相手の目指すものや考え方などを知るだけでも意味のあるものになるはずで、その結果ボーダーの防衛機関としての仕事が減るのであれば()()()()()()()()それで充分である。

しかしテスタとハイレインの会談が成功するか失敗となるかは五分五分で、失敗した場合は二度とこのような機会は訪れないと思われる。

なにしろキオンとアフトクラトル両国に声を掛けられる国など近界(ネイバーフッド)には存在しないし、ボーダーにもツグミ以外にトップ会談を促すような人間はいないのだから、彼女が失敗したとなればそこで諦めてしまうに決まっているのだ。

もっともツグミは一度の失敗くらいで諦めるような人間ではないから別の手段を考えて再チャレンジをするだろうが、今度はボーダーという組織が彼女の味方ではなくなってしまう可能性がある。

キオンとアフトクラトルが手を取り合ったとしてもそれが近界(ネイバーフッド)の平和につながるとは限らず、ゆえに玄界(ミデン)に平和をもたらすとは言えないからだ。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を完全に隔ててしまう方法を考える方が現実的だと言って、これまでのように彼女の自由にはさせてくれなくなることだろう。

だからツグミはずっと神経を張り詰めている。

後悔をしたくないからと常に起こりうるいくつもの可能性を考え、その可能性ひとつひとつに対策を考えているのだから精神的な負担は相当なものになっているはずで、それに耐えうる強靭な精神力は数々の戦いの中で培われてきたものだ。

ただし周囲に心配をかけたくはないと考えて平然とした態度でいる。

 

 

◆◆◆

 

 

5日間の簡単な流れを確認した後、テスタたちが楽しみにしていたボーダー本部基地内の視察が行われた。

ランバネインの視察の時もそうだったが、近界民(ネイバー)たちにとって「トリオンを消費しないで訓練ができるシステム」は非常に魅力的なものである。

近界(ネイバーフッド)におけるトリガー使いの訓練ではトリオン体が破壊されてしまえば再びトリオン体に換装できるようになるまで何もできなくなるのだが、ボーダーの仮想戦闘システムならばいくらでも訓練を続けることができるので、短期間で戦闘に充分耐えうるトリガー使いが育成できる。

ツグミの説明で話は聞いていたものの実際に見るのは初めてであり、トリガー使いであるサーヴァにとっては見るだけでは済みそうもない勢いだ。

本部基地内の案内人はツグミと忍田のふたりで、対近界民(ネイバー)戦闘用訓練室、狙撃手(スナイパー)用訓練室、C級ランク戦のロビーとブースという順に案内をしてきたのだが、サーヴァは忍田の一挙一動を見たり忍田の醸し出す剣士としてのオーラを感じたようで、彼がツグミの剣の師匠であると断定した。

そしてとうとう我慢できなくなったのかサーヴァは忍田に尋ねた。

 

「シノダ殿、貴公はツグミ殿の剣の師なのではありませんか?」

 

「あ、はい…。しかしなぜそのようなことを?」

 

「実はツグミ殿が…」

 

サーヴァはツグミがキオンで自分と模擬戦をしたことを話した。

その時に彼女の戦いぶりに感服し、玄界(ミデン)へ行ったら彼女の師匠と一戦交えたいと考えていたと伝えると、忍田はチラリとツグミの顔を見て眉をひそめた。

ツグミはその意味がわかっているものだから、決まりが悪そうに苦笑いをする。

報告書にはキオンの議会で上手く演説して賛成意見多数で同盟締結が決まったとだけ書かれていて、サーヴァとの模擬戦の結果が大きく影響したとはひと言も書かれていなかったから忍田としては初耳のこととなる。

ツグミとしては後ろめたい気持ちがあって隠していたのではなく、手段や経過を省いて結果だけを報告書に記入しただけで、バレたとしても特に問題はないと考えていた。

ところが話を聞いた忍田の顔が芳しいものではないので、彼女は言い訳もせずに力なく笑ったのだった。

 

そしてサーヴァは最後に言った。

 

「もしよろしければ儂とひと勝負願えないだろうか? 貴公の実力をとくと拝見したい」

 

「私と…ですか? それはかまいませんが…」

 

「ならばさっそく今から。実はこうなることを期待して本国から若い頃に使っていた(ブレード)トリガーを持って来ているのですよ」

 

サーヴァが嬉しそうな顔でツグミの顔を見た。

実はテスタとサーヴァの武器(トリガー)はツグミが預かっているのだ。

もちろん彼らが玄界(ミデン)の敵となることは120パーセントありえないのだが、形式上ボーダーで預からせてもらうことになっていて、アルミ製の小型アタッシュケースに保管して持ち歩いている。

預ける条件はツグミに管理を一任するというもので、したがってサーヴァの武器(トリガー)は今ツグミが持っているのである。

 

「忍田本部長、いかがなさいますか?」

 

ツグミが忍田にお伺いを立てる。

過去にランバネインの事例があるからダメということはなく、すべては忍田の気持ちひとつだ。

 

「よかろう。ツグミ、コンプソス総司令をブースに案内してくれ」

 

「了解しました」

 

平日の午前中のため観客(ギャラリー)がまったくいないのは幸いである。

なにしろ近界民(ネイバー)と忍田のタイマン勝負であるから、観客(ギャラリー)がいれば大騒ぎになるのは必至だ。

現役を退いたとはいえ常に自分の武器(トリガー)を所持している忍田は「101」のドアを開けて中へ入って行く。

 

「コンプソス総司令、わたしたちは隣のブースに入りましょう」

 

ツグミはそう言ってサーヴァを「102」のブースへと連れて行った。

ブース内にの机と椅子そして緊急脱出(ベイルアウト)用のベッドが置かれていて、壁にディスプレイがある。

さらに机の上にはコンソールパネルが設置してあり、ツグミは手馴れた手つきで操作した。

 

「では、仮想空間における戦闘訓練について説明いたします」

 

ツグミはサーヴァに簡単に説明をしてから預かっていた彼の武器(トリガー)を渡した。

 

光の鎧(インドゥエリス)ではなくてよろしいのですね?」

 

「ああ。きみの師匠と戦うにあたって弾トリガーでは無粋というもの。儂も光の鎧(インドゥエリス)を手にする前は(ブレード)トリガーで敵をなぎ払っていた。ギガースと呼ばれていた若い頃の話だがな」

 

「それは興味深いですね。それで防御手段はありますか?」

 

「いいや、儂の武器(トリガー)には防御用のものはない。もっとも別の攻撃用トリガーがその代用をする」

 

「それは光の鎧(インドゥエリス)のトリオンキューブが攻防どちらにも使える…というのと同じですか?」

 

「それとは少し違うが…。まあ、見ていればそのうちにわかるだろ。使うことになればだがな」

 

ツグミはサーヴァの言い方が少し気になったが、防御手段さえあれば特に不利な点はなさそうだと考えて忍田のブースに通信を入れる。

 

「忍田本部長、こちらの準備はできました。コンプソス総司令は弧月タイプの(ブレード)トリガーオンリーですので、本部長は旋空なしでの勝負でお願いします」

 

[了解した。マップはそちらに任せる]

 

「それなら()()マップを使いましょう。普通の市街地マップよりも雰囲気が出ますから」

 

[いいだろう。こんな時でもなければ滅多に使うことのないマップだからな]

 

「では、1分前からカウントダウンを始めます。60秒前、59、58、57………5、4、3、2、1…転送します!」

 

サーヴァと忍田は同時に仮想空間へと飛ばされた。

 

 

 

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