ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミが帰国したのが15日で、テスタとリベラートが三門市に到着するのが26日ということで、準備期間はわずか10日間。
その間にツグミを中心とした「同盟締結準備委員会」のメンバーは休日返上で走り回っていた。
賓客の宿泊場所であるホテル側との打ち合わせにはツグミと唐沢が何度も足を運んだことで、滞在期間5日間の食事等ボーダー側のリクエストをホテル側は完璧に応えてくれそうである。
現場での準備は滞りないのだが上層部メンバーの間ではこれまで内密に進めていた三国同盟の件をボーダー関係者に説明しなければならなくなり、どこまでの人間に情報公開するかで揉めていた。
昨年の5月にツグミと迅のふたりが
もちろんボーダー隊員・職員とごく一部の協力者はその前からこの事実を知っているが、関係省庁やスポンサーなどには一般人と同じくここで初めて知らされた。
それから8ヶ月経った現在、ボーダーはどの範囲にまで知らせるかで何度も会議が開かれている。
三国同盟については隊員・職員には知らされることは当然だが、その先どこまで知らせるべきか意見が複数上がっているのだ。
友好的な
そしてボーダー運営に大きく影響することをスポンサーに内緒で進めてきたのだから、バレた時に誰がどのような責任を取るのかなどで頭を悩ませている。
ここまですべてが事後報告であり、事の成り行き等詳細はすべて極秘扱いされているものばかり。
もしボーダーが20年以上も前から
9月に城戸が記者会見をしてボーダー創設のきっかけや
これから先どうなるかはわからないが、ボーダーが三門市民にとって必要な組織であり、市民が納得する「結果」を出すことができていれば万が一のことがあってもなんとかなるはずだ。
だからこそまずは第一次
ここで嘘をついていたことがバレて市民がボーダーを糾弾してしまえば組織がなくなり、さらわれた市民がもう二度と戻って来ないとなれば多少のことは目をつぶるだろう。
彼らにとって拉致被害者が戻って来るのであればボーダーが嘘つきであってもかまわないのだ。
もちろんボーダーに対して悪意ある人間はいるから、彼らは反ボーダーのマスコミ連中と組んでここぞとばかりにボーダーを悪の組織に祭り上げるだろうが、そんなことをすれば希望を失った拉致被害者の家族や友人から非難されるのは間違いない。
仮に第一次
そうすれば市民に嘘をつくことにはならなかっただろうが、ボーダーは今ほどの大きな組織にはなっていなかったはずである。
街を破壊するバムスターやモールモッドのような
そうなると優秀な人材が集まらず、その後の新体制になったボーダーはアフトクラトルの侵攻に耐えられたかどうかわからない。
結果論でしかないが、
こうして市民に情報公開できないことがたくさんあって、それを隠しながらではあるがボーダーという組織は拡大してきたという経緯があるから、
そして今回の三国同盟締結に関しては隊員・職員のみに伝えることとなった。
来月にはヒエムスへ向けて第1回の市民救出遠征が行われることから、それが成功して第2回目の遠征計画を発表する段階で一般に情報公開するという段取りで進めることになる。
同盟の調印式にはボーダー側から上層部メンバーとA級
同盟締結に関してメインで動いているのはツグミだが、あくまでも彼女は裏方の人間であるため、ツグミと迅、ゼノン、リヌス、テオの5人は当日の司会進行やその他雑務を引き受けることになっている。
そして26日の朝、三門市北部の山間部に
◆◆◆
50年ほど前までは三門市北部の山中には三門軟石の採石場があった。
現在では廃坑となっており、採石場と市街地を繋ぐ専用道路は十数年前の地震によって山崩れが起きていて、道路は塞がれてしまっている。
したがって採石場跡地へ行くには登山道から分岐する獣道のような細い道を3時間もかけて歩いていくしかないために、今では誰も立ち入ることはない場所となっていた。
そこに適度な広さと艇を隠すことのできる坑道があるために、ボーダーは
それもゼノンの持つ
しかし今後のことを考えると採石場跡地を
そして道路を整備し、一部のボーダー関係者のみ通行可となっている。
この採石場の上空に
通常、
無用なトラブルを避けるために事前にキオン、エウクラートン、アフトクラトル、メノエイデスといった来訪予定の国には予めビーコンを渡して艇に設置してもらっている。
だからキオンの艇が到着したことは本部基地のレーダーですぐにわかるようになっていて、前日夜から本部基地で待機していたツグミとゼノンとテオは直ちに採石場跡地へと向かった。
キオンの政府専用艇からテスタ、リベラート、サーヴァ、リヌスの順で降りて来た。
公式な訪問ということで4人全員が礼服を着ていて、そのことを承知しているツグミたちも礼服を着て迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。本部基地では城戸司令たちがお待ちです。どうぞ、こちらへ」
ゼノンが開いた
すると城戸と忍田が代表として前に歩み出て挨拶をした。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私はボーダー最高司令官の城戸正宗と申します。こちらは本部長の忍田真史です」
「忍田真史です。みなさまのお越しを心から歓迎いたします」
そして城戸がテスタと、忍田がリベラートと握手をする。
それぞれが自己紹介を済ませると、全員で応接室へと向かう。
これから5日間の行程の打ち合わせをし、その後に本部基地内の施設見学を行うことになっているのだ。
ツグミはホテルに案内して休んでもらおうと考えていたのだが、時間が限られているということもあってテスタとリベラートの希望で着いてすぐに休むまもなく公務に臨むことになった。
テスタは若いからいいのだが、リベラートとサーヴァは
そんな彼女の心の中が顔に表れたのか、隣を歩いていたリヌスが小声で言った。
「大丈夫ですよ。艇のトリオンは満タンで出発し、トリオンが切れるほど長い航海ではありませんでしたからトリオン抽出はなしで済みました。それに航海中のみなさんは体力温存のためか客室でおとなしくしていました。だからそれほど疲れてはいないはずです」
「それならいいんですが、無理をしないように見張っていないと不安です。午後からの市内視察は簡単に済ませて明るいうちにホテルへ入ってもらう予定です」
「たしかに。ですがあなたに迷惑をかけないという3人の意見は共通していますから無茶なことはしませんよ。具体的にどこに行って何を見たいという希望はなく、あなたに案内される場所ならどこでもかまわないという様子ですから、あなたが彼らにとって無理のない行動をすればいいんです」
「はい、わかりました。ひとまず今日はこのメンバーだけなので気は楽ですね。予定では明日の午前中にアフトクラトルの艇が着くということですから、今日くらいは気を張らないでのんびりしたいです」
ツグミはヤレヤレといった顔で答えた。
市内視察にはジャンボタクシーに用いられるワンボックスタイプ10人乗りのレンタカーを使用することになっていて、運転手はレイジに頼み、ツグミ、テスタ、リベラート、サーヴァ、リヌス、ゼノン、迅が乗車する。
このメンバーならトラブルは起きそうにないが、明日到着するアフトクラトルのふたりが加わるとどうなるかわからない。
そこで翌日はキオン・エウクラートングループには唐沢に加わってもらい、アフトクラトルグループにツグミと迅が同伴して迅の運転する車での視察となる計画だ。
そして両グループの顔合わせは明日の夜の食事会となる。
軍事大国の双璧となるキオンとアフトクラトルの元首が顔を合わせるのは
ここで両者が手を取り合うことができればベストなのだが、お互いに相手の目指すものや考え方などを知るだけでも意味のあるものになるはずで、その結果ボーダーの防衛機関としての仕事が減るのであれば
しかしテスタとハイレインの会談が成功するか失敗となるかは五分五分で、失敗した場合は二度とこのような機会は訪れないと思われる。
なにしろキオンとアフトクラトル両国に声を掛けられる国など
もっともツグミは一度の失敗くらいで諦めるような人間ではないから別の手段を考えて再チャレンジをするだろうが、今度はボーダーという組織が彼女の味方ではなくなってしまう可能性がある。
キオンとアフトクラトルが手を取り合ったとしてもそれが
だからツグミはずっと神経を張り詰めている。
後悔をしたくないからと常に起こりうるいくつもの可能性を考え、その可能性ひとつひとつに対策を考えているのだから精神的な負担は相当なものになっているはずで、それに耐えうる強靭な精神力は数々の戦いの中で培われてきたものだ。
ただし周囲に心配をかけたくはないと考えて平然とした態度でいる。
◆◆◆
5日間の簡単な流れを確認した後、テスタたちが楽しみにしていたボーダー本部基地内の視察が行われた。
ランバネインの視察の時もそうだったが、
ツグミの説明で話は聞いていたものの実際に見るのは初めてであり、トリガー使いであるサーヴァにとっては見るだけでは済みそうもない勢いだ。
本部基地内の案内人はツグミと忍田のふたりで、対
そしてとうとう我慢できなくなったのかサーヴァは忍田に尋ねた。
「シノダ殿、貴公はツグミ殿の剣の師なのではありませんか?」
「あ、はい…。しかしなぜそのようなことを?」
「実はツグミ殿が…」
サーヴァはツグミがキオンで自分と模擬戦をしたことを話した。
その時に彼女の戦いぶりに感服し、
ツグミはその意味がわかっているものだから、決まりが悪そうに苦笑いをする。
報告書にはキオンの議会で上手く演説して賛成意見多数で同盟締結が決まったとだけ書かれていて、サーヴァとの模擬戦の結果が大きく影響したとはひと言も書かれていなかったから忍田としては初耳のこととなる。
ツグミとしては後ろめたい気持ちがあって隠していたのではなく、手段や経過を省いて結果だけを報告書に記入しただけで、バレたとしても特に問題はないと考えていた。
ところが話を聞いた忍田の顔が芳しいものではないので、彼女は言い訳もせずに力なく笑ったのだった。
そしてサーヴァは最後に言った。
「もしよろしければ儂とひと勝負願えないだろうか? 貴公の実力をとくと拝見したい」
「私と…ですか? それはかまいませんが…」
「ならばさっそく今から。実はこうなることを期待して本国から若い頃に使っていた
サーヴァが嬉しそうな顔でツグミの顔を見た。
実はテスタとサーヴァの
もちろん彼らが
預ける条件はツグミに管理を一任するというもので、したがってサーヴァの
「忍田本部長、いかがなさいますか?」
ツグミが忍田にお伺いを立てる。
過去にランバネインの事例があるからダメということはなく、すべては忍田の気持ちひとつだ。
「よかろう。ツグミ、コンプソス総司令をブースに案内してくれ」
「了解しました」
平日の午前中のため
なにしろ
現役を退いたとはいえ常に自分の
「コンプソス総司令、わたしたちは隣のブースに入りましょう」
ツグミはそう言ってサーヴァを「102」のブースへと連れて行った。
ブース内にの机と椅子そして
さらに机の上にはコンソールパネルが設置してあり、ツグミは手馴れた手つきで操作した。
「では、仮想空間における戦闘訓練について説明いたします」
ツグミはサーヴァに簡単に説明をしてから預かっていた彼の
「
「ああ。きみの師匠と戦うにあたって弾トリガーでは無粋というもの。儂も
「それは興味深いですね。それで防御手段はありますか?」
「いいや、儂の
「それは
「それとは少し違うが…。まあ、見ていればそのうちにわかるだろ。使うことになればだがな」
ツグミはサーヴァの言い方が少し気になったが、防御手段さえあれば特に不利な点はなさそうだと考えて忍田のブースに通信を入れる。
「忍田本部長、こちらの準備はできました。コンプソス総司令は弧月タイプの
[了解した。マップはそちらに任せる]
「それなら
[いいだろう。こんな時でもなければ滅多に使うことのないマップだからな]
「では、1分前からカウントダウンを始めます。60秒前、59、58、57………5、4、3、2、1…転送します!」
サーヴァと忍田は同時に仮想空間へと飛ばされた。