ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
サーヴァと忍田が転送された先は周囲に何もない平坦な土地で、足元は粒の細かい砂の砂浜となっていて、十数メートル先には海が広がっている「島」であった。
海を見たことのないサーヴァにとっては不思議な場所だという感想を抱いたそのマップは日本人なら誰でも知っているであろう有名な剣豪の決闘の舞台だ。
「転送完了。MAP『巌流島』、天候『曇り』。時間無制限です。おふたりとも思う存分お好きなように戦ってください」
20メートルほど離れた位置で対峙したサーヴァと忍田にツグミは呼びかけた。
巌流島とは宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたとされることで有名な島である。
正式名称は「船島」と呼ばれる山口県下関市の沖に浮かぶ周囲が約1.6キロ、海抜が10メートルほどしかない平坦な島で、現在では島の相当部分は公園として整備され人工海浜や多目的広場が設けられているのだが、この仮想空間では決闘が行われた400年前当時の雰囲気を再現したものとなっている。
防衛隊員の訓練にはまったくといって向いていないマップだが、数年前に某
今回は凄腕の剣士同士の模擬戦だということで、ツグミがセレクトしたのである。
足元が砂地であることは双方にとって条件は同じで、忍田でも初めてのマップであるからサーヴァにとって特に不利ということはない。
仮想空間で互いに相手の出方を伺っているサーヴァと忍田。
どちらも剣で頂点を極めた者同士であるから相手の呼吸や視線などから次の行動が読めてしまう。
そしてどちらも誇り高い剣士であるから中途半端な真似はできないと、少しずつ間合いを詰めながら斬り込むタイミングを見計らっていた。
(ふたりともお互いの手の内はまったく知らない。知っているのは相手が剣の達人であることだけ。達人同士の勝負は一瞬で決まるというけど、その一瞬までが長い。モニター越しだけどふたりの息遣いが感じられるほどで、こっちも一瞬たりとも息が抜けない)
同じ映像をテスタとリベラートもロビーの大型ディスプレイで見ていた。
リベラートはトリガー使いではないものの、サーヴァと忍田両者の息遣いは感じられていた。
「スカルキ総統、コンプソス総司令のような年齢のトリガー使いが現役でいるなど信じがたいことでしたが、こうして実際に目にすると恐ろしいと感じます」
「どういうことですか、リベラート殿下?」
「あなたならその強大な武力を行使して我がエウクラートンを支配下に置くことができたというのにそれをしなかった。あなたが武力ではなくツグミのように対話によって我が国と協調路線を行こうと考えてくださったことを心から感謝しております」
リベラートがテスタに頭を下げた。
「当然じゃありませんか。たしかに軍事大国と呼ばれるキオンですからこれまでに蓄えた軍備を使用して他国を従えるのは簡単です。ですが簡単だといってもキオン国民の被害がゼロというわけにはいきません。私の兄は戦争で命を落としています。トリガー使いでしたが敵国の捕虜となり、捕虜の交換交渉の前に敵国で病にかかって死んでしまったのです。その時私は心から戦争を憎みました。それが私の戦争ではなく対話によって世界を変えようという原動力になっているんですよ。そして私がキオンの元首となり、これからどうしようかと考えている時に
「それがツグミだったということですね?」
「そうです。オリバが持つであろう
テスタは遠い目をしながら言う。
「彼女にとって重要なのは
「……」
「私は彼女のことが大好きです。好きだといっても恋愛感情ではなく、危険を承知ではるばる私に会いに来てくれて、そんな彼女が志を同じくする人間だとすれば好意を抱かずにはいられません。私がボーダーに協力するのはすべて彼女がいるからで、逆に言えば彼女に頼まれたのでなければはるばる
「はい。あの子が自分の孫でないとしてもあれだけ熱心に理想を語る姿を見ているとつい肩入れしたくなってしまいます。…本心を言いますと私は
「そうですね…もうしばらく彼女のやることをしばらく見守ってあげるだけでよろしいのではないでしょうか。幸い女王陛下のご病気も快方に向かっているとのことですから焦ることもありません。なにしろ私たち
「わかっています。…っと、モニターをご覧なさい。動きがあったようですよ」
リベラートは仮想空間にいるサーヴァと忍田に視線を向けて言った。
◆
サーヴァと忍田はまだ一度も剣を交えてはいないが、相手の一挙一動や息遣いによって達人であることを認識している。
だから容易には戦闘に及ばず「間合いの駆け引き」が繰り広げられていたのだが、いよいよ「一足一刀の間合い」の段階へと入っていた。
「一足一刀の間合い」とは一歩踏み込めば相手を打ち、一歩引けば逃れることができるギリギリの間合いを意味する剣道用語である。
キオンに剣道という武道はなくとも剣術一般はどの国にでもあるらしく、
だからキオンでもトリガー使いになるための訓練として
そこから本人の適性に応じて相応しいと思われる
ゼノン隊の3人はそういった点で非常に優秀な兵士であり、特に
そしてサーヴァの持つ
忍田は旋空なしの弧月であるから、純粋に当人同士の剣の腕の見せどころとなる。
サーヴァは「下段の構え」、忍田は柄に軽く手をかけていつでも抜刀できる状態で睨みを利かせていた。
そんなふたりの姿をツグミはモニター越しに見つめている。
(すごい…。試合開始からずっとこの緊迫した空気が途切れることがない。強靭な精神力の賜物ってカンジ? わたしだったらこの雰囲気に耐えられなくなって自分から仕掛けちゃう。さすがは歴戦の勇士の真剣勝負だわ。どっちも応援したいけど、やっぱ真史叔父さんに勝ってほしい。旋空があれば勝ちは間違いなしだけど、今回は封じられているからノーマル弧月でしか戦えない。わたしはサーヴァさんと剣の勝負はしていないけど、あの人の強さはわかる。だって真史叔父さんがあんな顔しているの久しぶりに見たもの。あー、やっぱりいつ見てもカッコイイ…)
ツグミの好きなものに「戦闘モードの忍田の姿」というものがある。
彼女にとって父親である忍田は
いくら迅のことを愛しているといっても忍田の戦う姿以上に心ときめくものはないと彼女は忍田本人に断言していて、その時の忍田は嬉しくて彼女の前でポロポロと涙をこぼしながら泣いたくらいだ。
(真史叔父さんの戦う姿がカッコイイと思えるのは、あの人が
改めて忍田に
(このままじゃ埒があかないってことで仕掛けることにしたのね。でも気を付けて。サーヴァさんは真史叔父さんが生まれるずっと前からトリガー使いとして戦ってきた強者なんだから)
「あっ!」
忍田の弧月とサーヴァの
時代劇のドラマなどの効果音として馴染みのある音だが、実際には「ガツン」とか「ガチッ」という音になる。
さらにトリオンでできている
目にも止まらぬ速さで抜刀した忍田の弧月をサーヴァはいとも簡単に弾き返し、忍田は瞬時に間合いを取ろうとして後ろに飛んだ。
刃を交えてますますサーヴァの手強さを知り、本能的に退いてしまったのだ。
しかし忍田はこれで怖気付くような男ではない。
再び間合いを取っての睨み合いとなった。
これでまたしばらく膠着状態が続くかと思われたが、その直後に想像もしていなかった決着がついたのだった。
忍田は弧月を鞘に納めたた状態で右手を離して直立すると、そのままの姿勢でサーヴァに頭を下げたのだ。
その様子は明らかに忍田がサーヴァに負けを認めたというもので、サーヴァも忍田の意を汲んで剣を鞘に納めた。
◆
テスタとリベラートの待つロビーへと戻って来たツグミ、忍田、そしてサーヴァ。
模擬戦の結末について納得がいかないという顔をしているツグミやリベラートに忍田本人が説明をすることになった。
「コンプソス総司令には一生かかっても勝てない気がした。その理由は単純に年季の差ではない。人を殺す覚悟がなく、そして殺される覚悟のない私では絶対に勝てないのだ」
サーヴァと二度目の対峙をした時に感じた彼の「殺気」が忍田に負けを促した。
トリオン体で戦うトリガー使いたちは生身ではないという安心感から無茶な戦い方を平気でする。
特にボーダー隊員は
旧ボーダー時代は
しかしサーヴァの場合は違う。
もちろんおとなしく従えば危害を加えられることはないだろうが、中には抵抗をする者もいて仕方がなく敵を殺害するケースは多い。
特に追い詰められてしまっている状況では
そして50年以上もトリガー使いとして戦っているサーヴァであるから、戦いの中で何人も人を殺している。
そんな実際に人を殺したことのある人間の殺気を感じたのだから、忍田が本能的に「ヤバイ」と感じて負けを認めたのは無理もない。
サーヴァが忍田を殺すはずはないのだが、忍田の刀を受けて本気で殺すつもりで戦わないと負けると感じるほど忍田の強さを感じたのだ。
ツグミとの模擬戦の時にはそんなことはなかったのだから、それだけ忍田のことを武人として認めているという意味でもある。
だからサーヴァは意気消沈している忍田に手を差し出した。
「シノダ本部長、貴公ほどの武人と対峙したのは十数年ぶりだ。この強敵を前にしての緊張感が心地良いということをすっかり忘れていたくらいで、貴公と刃を交えたことだけでも
「あ、ありがとうございます…」
忍田は恐縮しながらサーヴァの手を握った。
そんな彼女に気付いたテスタが小声で訊いた。
「どうしたんだい? 何か気に入らないことでもあったのかい?」
「だって…わたしの時には本気になってくれなかったってことですから。まあ、わたしみたいな小娘じゃ本気に相手をするまでもありませんが、でもやっぱり少し悔しい。わたしもコンプソス総司令を本気にさせられるくらいのトリガー使いになりたいです」
するとテスタが言う。
「きみが彼を本気にさせるほどのトリガー使いになったとしても、その頃には
テスタの言葉にツグミは息をのんだ。
しかし頭の回転の早いツグミはすぐに返答をした。
「おっしゃるとおりですけど、強くないと誰もわたしの言葉に耳を傾けてくれないじゃありませんか。だからこそキオンで模擬戦をしたんですよ」
「ああ、そうだったな。でもきみが強くならなくても大丈夫。キオンのテスタ・スカルキが認めた少女だということで、誰もがきみに一目置くようになるから。…それに残念だけどきみが強くなる頃には彼がもうトリガー使いとしてきみの相手ができるほどの力を発揮できなくなっている。現に15分、全力では5分が限界だと本人が言っているくらいだからね」
「…それなら全力5分でいいので勝負をしてもらい、それで勝てるようになります。そのためにわたしが強くなるまで長生きしてもらうつもりです。
「ハハハ、それなら私も早く引退して
「それはダメです。まだ
「10年か…。その頃には誰もが
「願うだけじゃダメです。実現させてこそ、です。あなたにはその力があるんですから。力を持つ者にはそれを正しく行使する義務があるのだということをお忘れなく」
「相変わらずきみは厳しいなあ。だけどそのとおりだ。私は自分の理想とする国をつくりたくて総統という地位を手に入れた。しかしまだ手段を手に入れただけでまだ何もしていない。私にはキオン国民の代表としてボーダーと同盟関係を結ぶことが祖国にとって有益だと判断したからここにいるのだし、そしてそれがいずれは
テスタはそう自分に言い聞かせて奮い立った。
サーヴァと忍田の模擬戦は意外な結末となったが、それを見ていたテスタにも意外な効果をもたらすとは誰も想像していなかった。