ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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442話

 

 

サーヴァと忍田が転送された先は周囲に何もない平坦な土地で、足元は粒の細かい砂の砂浜となっていて、十数メートル先には海が広がっている「島」であった。

海を見たことのないサーヴァにとっては不思議な場所だという感想を抱いたそのマップは日本人なら誰でも知っているであろう有名な剣豪の決闘の舞台だ。

 

「転送完了。MAP『巌流島』、天候『曇り』。時間無制限です。おふたりとも思う存分お好きなように戦ってください」

 

20メートルほど離れた位置で対峙したサーヴァと忍田にツグミは呼びかけた。

 

巌流島とは宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたとされることで有名な島である。

正式名称は「船島」と呼ばれる山口県下関市の沖に浮かぶ周囲が約1.6キロ、海抜が10メートルほどしかない平坦な島で、現在では島の相当部分は公園として整備され人工海浜や多目的広場が設けられているのだが、この仮想空間では決闘が行われた400年前当時の雰囲気を再現したものとなっている。

防衛隊員の訓練にはまったくといって向いていないマップだが、数年前に某技術者(エンジニア)が忙しすぎる現実から逃避するために趣味で作ったとされていて、太刀川や迅など一部の攻撃手(アタッカー)がたまに面白半分でこのマップを使ってランク戦をしているらしい。

今回は凄腕の剣士同士の模擬戦だということで、ツグミがセレクトしたのである。

足元が砂地であることは双方にとって条件は同じで、忍田でも初めてのマップであるからサーヴァにとって特に不利ということはない。

 

仮想空間で互いに相手の出方を伺っているサーヴァと忍田。

どちらも剣で頂点を極めた者同士であるから相手の呼吸や視線などから次の行動が読めてしまう。

そしてどちらも誇り高い剣士であるから中途半端な真似はできないと、少しずつ間合いを詰めながら斬り込むタイミングを見計らっていた。

 

(ふたりともお互いの手の内はまったく知らない。知っているのは相手が剣の達人であることだけ。達人同士の勝負は一瞬で決まるというけど、その一瞬までが長い。モニター越しだけどふたりの息遣いが感じられるほどで、こっちも一瞬たりとも息が抜けない)

 

 

同じ映像をテスタとリベラートもロビーの大型ディスプレイで見ていた。

リベラートはトリガー使いではないものの、サーヴァと忍田両者の息遣いは感じられていた。

 

「スカルキ総統、コンプソス総司令のような年齢のトリガー使いが現役でいるなど信じがたいことでしたが、こうして実際に目にすると恐ろしいと感じます」

 

「どういうことですか、リベラート殿下?」

 

「あなたならその強大な武力を行使して我がエウクラートンを支配下に置くことができたというのにそれをしなかった。あなたが武力ではなくツグミのように対話によって我が国と協調路線を行こうと考えてくださったことを心から感謝しております」

 

リベラートがテスタに頭を下げた。

 

「当然じゃありませんか。たしかに軍事大国と呼ばれるキオンですからこれまでに蓄えた軍備を使用して他国を従えるのは簡単です。ですが簡単だといってもキオン国民の被害がゼロというわけにはいきません。私の兄は戦争で命を落としています。トリガー使いでしたが敵国の捕虜となり、捕虜の交換交渉の前に敵国で病にかかって死んでしまったのです。その時私は心から戦争を憎みました。それが私の戦争ではなく対話によって世界を変えようという原動力になっているんですよ。そして私がキオンの元首となり、これからどうしようかと考えている時に玄界(ミデン)から同じ考えを持つ少女が現れたのです」

 

「それがツグミだったということですね?」

 

「そうです。オリバが持つであろう(ブラック)トリガーを探すために派遣したゼノン隊の3人は任務に失敗して捕虜となりましたが、彼女はそれを利用して私と接触を試みました。ひとつ間違えれば命を落とすかもしれないというのに彼女は自分のやっていることに迷いがなく、自分を襲った敵であるゼノンたちの助命嘆願のために取引を申し出ました。あの度胸と自分の信念を貫く強い魂に私は惹かれ、とうとう玄界(ミデン)までやって来てしまったというわけです」

 

テスタは遠い目をしながら言う。

 

「彼女にとって重要なのは玄界(ミデン)近界民(ネイバー)によって危害を加えられることがない未来になることであり、近界(ネイバーフッド)がどうなろうと関係はないはずです。ですが彼女は自分だけが幸せだと思えるだけでは不満のようで、自分の手の届く範囲の人間がすべて幸せにならなければ満足できない利己主義者(エゴイスト)なのだと公言していますが、それは照れ隠しとかではなく嘘ではなく本心なのだと私は知っています。私自身も顔も見たことのない他国に人間が苦しもうと哀しもうと関係はないと思う一方、自分の幸せが他者の犠牲の上に成り立っていると思うと素直に喜べない。だから自分が心から幸せだと思うために、すべての人間にも幸せになってもらわなければ…と考えてしまうんです。たとえばあなたが病気で苦しもうと他国の侵略でエウクラートン国民が酷い目に遭おうとも私には直接関係はありませんし、痛くも痒くも感じません。ですがツグミという友人の身内が苦しんでいるとなれば手を差し伸べたい。そして彼女が喜んでくれるのなら私も嬉しいと感じる」

 

「……」

 

「私は彼女のことが大好きです。好きだといっても恋愛感情ではなく、危険を承知ではるばる私に会いに来てくれて、そんな彼女が志を同じくする人間だとすれば好意を抱かずにはいられません。私がボーダーに協力するのはすべて彼女がいるからで、逆に言えば彼女に頼まれたのでなければはるばる玄界(ミデン)まで来たかどうかわかりません。その気持ち、殿下ならおわかりになるのでは?」

 

「はい。あの子が自分の孫でないとしてもあれだけ熱心に理想を語る姿を見ているとつい肩入れしたくなってしまいます。…本心を言いますと私は玄界(ミデン)のトリオンを使わない文明を導入するよりも、あの子がエウクラートンに来て女王を継いでくれたならそれで十分満足なんです。ですがあの子にも自分の描く未来があり、女王という重荷を背負わせるのは酷な気がしてとても胸が苦しい。皇太子という身分にありながら私は何もできずにいます。どうすればいいと思いますか?」

 

「そうですね…もうしばらく彼女のやることをしばらく見守ってあげるだけでよろしいのではないでしょうか。幸い女王陛下のご病気も快方に向かっているとのことですから焦ることもありません。なにしろ私たち近界民(ネイバー)でもやろうとしなかったことを玄界(ミデン)で生まれ育った彼女がやろうというのですから障害は多く、協力者がいなければできないことばかりです。私なら協力を求められたら全面的に彼女を信頼して何でもしますよ。もちろん彼女が私を利用しているんですから、私も彼女を利用させてもらいます。利用するという言い方は語弊がありますが、これはお互いに納得した上での協力関係ですから誤解なさらないでください」

 

「わかっています。…っと、モニターをご覧なさい。動きがあったようですよ」

 

リベラートは仮想空間にいるサーヴァと忍田に視線を向けて言った。

 

 

 

 

サーヴァと忍田はまだ一度も剣を交えてはいないが、相手の一挙一動や息遣いによって達人であることを認識している。

だから容易には戦闘に及ばず「間合いの駆け引き」が繰り広げられていたのだが、いよいよ「一足一刀の間合い」の段階へと入っていた。

「一足一刀の間合い」とは一歩踏み込めば相手を打ち、一歩引けば逃れることができるギリギリの間合いを意味する剣道用語である。

キオンに剣道という武道はなくとも剣術一般はどの国にでもあるらしく、近界民(ネイバー)たちの武器(トリガー)も弧月タイプの(ブレード)トリガーは珍しくない。

だからキオンでもトリガー使いになるための訓練として(ブレード)トリガーと弾トリガーの初歩を学ぶ。

そこから本人の適性に応じて相応しいと思われる武器(トリガー)を専門に切り替えるそうだが、ワンオフトリガーを与えられるほどのトリガー使いになれる兵士の数は限られている。

ゼノン隊の3人はそういった点で非常に優秀な兵士であり、特に(ブラック)トリガーを持つゼノンは超エリートだといえるのだ。

そしてサーヴァの持つ(ブレード)トリガーは基本のもので、ボーダー隊員の持つ弧月と同じレベルのものであった。

忍田は旋空なしの弧月であるから、純粋に当人同士の剣の腕の見せどころとなる。

サーヴァは「下段の構え」、忍田は柄に軽く手をかけていつでも抜刀できる状態で睨みを利かせていた。

そんなふたりの姿をツグミはモニター越しに見つめている。

 

(すごい…。試合開始からずっとこの緊迫した空気が途切れることがない。強靭な精神力の賜物ってカンジ? わたしだったらこの雰囲気に耐えられなくなって自分から仕掛けちゃう。さすがは歴戦の勇士の真剣勝負だわ。どっちも応援したいけど、やっぱ真史叔父さんに勝ってほしい。旋空があれば勝ちは間違いなしだけど、今回は封じられているからノーマル弧月でしか戦えない。わたしはサーヴァさんと剣の勝負はしていないけど、あの人の強さはわかる。だって真史叔父さんがあんな顔しているの久しぶりに見たもの。あー、やっぱりいつ見てもカッコイイ…)

 

ツグミの好きなものに「戦闘モードの忍田の姿」というものがある。

彼女にとって父親である忍田は()()()格好良くて大好きなのだが、特に戦う時の真摯な眼差しがしびれるほど好きである。

いくら迅のことを愛しているといっても忍田の戦う姿以上に心ときめくものはないと彼女は忍田本人に断言していて、その時の忍田は嬉しくて彼女の前でポロポロと涙をこぼしながら泣いたくらいだ。

 

(真史叔父さんの戦う姿がカッコイイと思えるのは、あの人が()()()()守るために命懸けで戦っているから。…昔、あの人はわたしにだけこっそりと教えてくれた。自分がボーダーで戦い続けるのはたったひとりの大事な娘を守るためだって。三門市民を守るためじゃないのかと訊いたら、それは娘を守る()()()()守っているだけだと言って苦笑いしていた。その時からわたしも自分と自分の手の届く範囲の大事な人を守る()()でかまわないんだって思うようになった。何万という大勢の市民全員を守るんだっていう上っ面の正義よりもずっと正直で聞いていて心地良かった。だからわたしもそうすることにしたんだった。わたしもボーダー隊員としてまずは自分を守ることから始めて、それから真史叔父さん、ジンさん、旧ボーダーの仲間たち。その先にいるのが顔も見たこともない三門市民で、自分と自分の周りの人を守るために行動すれば結果的に三門市民を守ることになる。わたしの原点はやっぱり真史叔父さん。実の父親ではないけど、わたしにとっては間違いなく父親だわ)

 

改めて忍田に()()()()()ツグミはモニターの向こう側にいる忍田の動きに変化が生じたのを確認した。

 

(このままじゃ埒があかないってことで仕掛けることにしたのね。でも気を付けて。サーヴァさんは真史叔父さんが生まれるずっと前からトリガー使いとして戦ってきた強者なんだから)

 

「あっ!」

 

忍田の弧月とサーヴァの(ブレード)がぶつかった瞬間、ツグミには「キーン」という音が聞こえたような気がした。

時代劇のドラマなどの効果音として馴染みのある音だが、実際には「ガツン」とか「ガチッ」という音になる。

さらにトリオンでできている武器(トリガー)同士がぶつかる音なのだからそんな澄んだ金属音などするはずがないのだが、そう聞こえてしまうほどその様子は時代劇のワンシーンのように完成された情景であったのだ。

目にも止まらぬ速さで抜刀した忍田の弧月をサーヴァはいとも簡単に弾き返し、忍田は瞬時に間合いを取ろうとして後ろに飛んだ。

刃を交えてますますサーヴァの手強さを知り、本能的に退いてしまったのだ。

しかし忍田はこれで怖気付くような男ではない。

再び間合いを取っての睨み合いとなった。

これでまたしばらく膠着状態が続くかと思われたが、その直後に想像もしていなかった決着がついたのだった。

忍田は弧月を鞘に納めたた状態で右手を離して直立すると、そのままの姿勢でサーヴァに頭を下げたのだ。

その様子は明らかに忍田がサーヴァに負けを認めたというもので、サーヴァも忍田の意を汲んで剣を鞘に納めた。

 

 

 

 

テスタとリベラートの待つロビーへと戻って来たツグミ、忍田、そしてサーヴァ。

模擬戦の結末について納得がいかないという顔をしているツグミやリベラートに忍田本人が説明をすることになった。

 

「コンプソス総司令には一生かかっても勝てない気がした。その理由は単純に年季の差ではない。人を殺す覚悟がなく、そして殺される覚悟のない私では絶対に勝てないのだ」

 

サーヴァと二度目の対峙をした時に感じた彼の「殺気」が忍田に負けを促した。

トリオン体で戦うトリガー使いたちは生身ではないという安心感から無茶な戦い方を平気でする。

特にボーダー隊員は緊急脱出(ベイルアウト)という安全を保証するシステムがあるから、トリオン体が破壊されてしまっても生身の状態で敵の前に姿を晒すという危険性もない。

旧ボーダー時代は緊急脱出(ベイルアウト)システムがなかったから慎重に戦ったが、その経験をしているメンバーですら今では緊急脱出(ベイルアウト)前提での戦い方をするようになってしまっていた。

しかしサーヴァの場合は違う。

近界民(ネイバー)たちの戦争ではトリオン体を破壊されてしまえばそこで戦うどころか身を守る手段をも失い、基本的には捕虜となって敵国に利用されることになる。

もちろんおとなしく従えば危害を加えられることはないだろうが、中には抵抗をする者もいて仕方がなく敵を殺害するケースは多い。

特に追い詰められてしまっている状況では(ブラック)トリガーになって一気に戦況をひっくり返そうとする者も出るため、その前に殺してしまおうとするのは当然のことだ。

そして50年以上もトリガー使いとして戦っているサーヴァであるから、戦いの中で何人も人を殺している。

そんな実際に人を殺したことのある人間の殺気を感じたのだから、忍田が本能的に「ヤバイ」と感じて負けを認めたのは無理もない。

サーヴァが忍田を殺すはずはないのだが、忍田の刀を受けて本気で殺すつもりで戦わないと負けると感じるほど忍田の強さを感じたのだ。

ツグミとの模擬戦の時にはそんなことはなかったのだから、それだけ忍田のことを武人として認めているという意味でもある。

だからサーヴァは意気消沈している忍田に手を差し出した。

 

「シノダ本部長、貴公ほどの武人と対峙したのは十数年ぶりだ。この強敵を前にしての緊張感が心地良いということをすっかり忘れていたくらいで、貴公と刃を交えたことだけでも玄界(ミデン)に来た甲斐があったというものだ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

忍田は恐縮しながらサーヴァの手を握った。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界それぞれの剣豪が剣を交えることで気心が通じるという()()()()()となったわけだが、ふたりの様子を見ていたツグミは少々ご機嫌斜めである。

そんな彼女に気付いたテスタが小声で訊いた。

 

「どうしたんだい? 何か気に入らないことでもあったのかい?」

 

「だって…わたしの時には本気になってくれなかったってことですから。まあ、わたしみたいな小娘じゃ本気に相手をするまでもありませんが、でもやっぱり少し悔しい。わたしもコンプソス総司令を本気にさせられるくらいのトリガー使いになりたいです」

 

するとテスタが言う。

 

「きみが彼を本気にさせるほどのトリガー使いになったとしても、その頃には近界(ネイバーフッド)から戦争がなくなっていると思うよ。きみは愚かな戦争を失くすために頑張っているんだろ? それなのに強いトリガー使いになりたいというのは矛盾しているように思えるけど」

 

テスタの言葉にツグミは息をのんだ。

武器(トリガー)を使わない戦いによって平和な世界を目指すと言っていながら強いトリガー使いになりたいと言うのはたしかに矛盾しているように思える。

しかし頭の回転の早いツグミはすぐに返答をした。

 

「おっしゃるとおりですけど、強くないと誰もわたしの言葉に耳を傾けてくれないじゃありませんか。だからこそキオンで模擬戦をしたんですよ」

 

「ああ、そうだったな。でもきみが強くならなくても大丈夫。キオンのテスタ・スカルキが認めた少女だということで、誰もがきみに一目置くようになるから。…それに残念だけどきみが強くなる頃には彼がもうトリガー使いとしてきみの相手ができるほどの力を発揮できなくなっている。現に15分、全力では5分が限界だと本人が言っているくらいだからね」

 

「…それなら全力5分でいいので勝負をしてもらい、それで勝てるようになります。そのためにわたしが強くなるまで長生きしてもらうつもりです。玄界(ミデン)には身体に良い温泉はありますし健康に良い食べ物もありますから、キオンの総司令官を引退したら玄界(ミデン)に長期滞在して寛いでもらいましょう。そうすればいつまでも元気でいてくれるでしょうから」

 

「ハハハ、それなら私も早く引退して玄界(ミデン)に移り住もうかな」

 

「それはダメです。まだ近界(ネイバーフッド)が平和になるための一歩を踏み出してさえいないんですから。少なくともあと10年は頑張ってもらいましょう」

 

「10年か…。その頃には誰もが玄界(ミデン)へ自由に行けるようになっているといいな」

 

「願うだけじゃダメです。実現させてこそ、です。あなたにはその力があるんですから。力を持つ者にはそれを正しく行使する義務があるのだということをお忘れなく」

 

「相変わらずきみは厳しいなあ。だけどそのとおりだ。私は自分の理想とする国をつくりたくて総統という地位を手に入れた。しかしまだ手段を手に入れただけでまだ何もしていない。私にはキオン国民の代表としてボーダーと同盟関係を結ぶことが祖国にとって有益だと判断したからここにいるのだし、そしてそれがいずれは近界(ネイバーフッド)にとっても有益なことになると信じている。未来を夢見るのは自由だが、そのために私は結果を出さなければならない。ただ待っているだけではダメな立場の人間になったのだからな」

 

テスタはそう自分に言い聞かせて奮い立った。

サーヴァと忍田の模擬戦は意外な結末となったが、それを見ていたテスタにも意外な効果をもたらすとは誰も想像していなかった。

 

 

 

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