ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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443話

 

 

本部基地内の視察を終えた一行は応接室でデリバリーの料理の昼食を済ませると市内視察に出かけることになった。

来賓用玄関前へとやって来るとそこにはレイジがレンタカーを用意して待っており、ツグミ、テスタ、リベラート、サーヴァ、ゼノン、リヌス、迅が乗車する。

ワンボックスタイプ10人乗りのレンタカーであるから車内に余裕はあり、運転手のレイジ以外は親密度の高いメンバーなので慰安旅行のグループのような感じだ。

行き先はツグミに一任されていて、彼女は迷った挙句に日帰り温泉施設へと案内することにした。

 

 

三門市郊外にある「みかどの湯」はどこにでもあるごく一般的な日帰り温泉施設である。

大浴場、露天風呂、サウナ、ジャグジー等の入浴設備だけでなく、レストランやマッサージルーム、さらに宿泊設備も整っているために「健康ランド」的な面が強い。

平日であっても適度に混んでいて、玄界(ミデン)の人間の普通の娯楽施設として紹介するのにちょうどいいし、夕食の時間まで5時間以上もあるので長旅の疲れを癒すにはベストな選択である。

ただし女性であるツグミが案内をすることはできないため、そこは迅とレイジにお願いすることにした。

ホテルへのチェックインの時間があるため17時30分に駐車場で待ち合わせということにしてツグミは迅たちと別れて女性用のエリアへと向かった。

 

大浴場でたっぷりとお湯を楽しみ、その後はリラックスルームで仮眠を取ることにしたツグミ。

ここ数日の疲労が溜まっていたようで、すぐに深い眠りに落ちていく。

なにしろ三国同盟の締結だけでなくキオンとアフトクラトルの首脳会談が行われるという歴史の転換点において、その中心で歴史を動かそうとしているのが17歳の少女(ツグミ)なのである。

近界民(ネイバー)と戦うためにボーダーに入隊した彼女だが、その戦いの中で()()()戦うべきものは他にあると気付いた。

単純に三門市民の平和な日常を脅かす敵性近界民(ネイバー)()()戦っている方が楽だがそれは対症療法でしかないと考え、根本的な解決策は近界民(ネイバー)が三門市民を襲うことがない環境を作るしかないとして近界(ネイバーフッド)の国々に働きかけることにしたのだった。

それが生半可なことではないと誰もがわかっていて挑戦しようとはしなかったのだが、ツグミは「無理だから挑戦しない」ではなく「無理かもしれないが挑戦してみる価値はある」と考えて()()()()()()()()()やろうとする。

1年前にはほぼ100パーセント不可能であっただろう「近界民(ネイバー)との協調路線」は彼女がゼノンたちと出会ったことでわずかながら可能性が見えてきて、彼女が危険を承知でキオンまで行ったことでさらに可能性が生まれた。

そのキオンがボーダーに協力してくれたことでアフトクラトル遠征は成功してアフトクラトルとの関係はさらに悪化すると思われた。

ボーダーとキオンが同じ「トリオンを奪い合う戦争をなくそう」という方向で正式に同盟を結ぼうとしていることを知り、ハイレインは危機感を覚えたことによってボーダーとの関係改善を自ら申し出てきて、ボーダーもそれを拒絶せずに手を差し出した。

ここでアフトクラトルがボーダーの差し出した手を握るか振り払うかで近界(ネイバーフッド)のパワーバランスは大きく変わるだろう。

ツグミ本人が全力を尽くしたという自信はあり、結果を待つだけの状態になっているためずっと緊張しっぱなしだったことで、入浴してリラックスするとすぐに眠ってしまったのだ。

もし不安があるようであれば眠るなどできなかったはずだが、テスタやリベラートたちがボーダーに対して強い信頼を抱いていることを肌で感じたからこそ自分のやってきたことに自信を持つことができ、安心して気が緩んだに違いない。

念の為に携帯電話のアラームをセットしておいたために寝過ごすことはなく、約束の時間にはスッキリした顔でテスタたちの前に現れた。

 

 

ツグミがぐっすりと眠っていた頃、男性陣は温泉を堪能していた。

近界(ネイバーフッド)には温泉というものはなく、入浴は貴族階級の人間だけの特権のようなものであったから「玄界(ミデン)の庶民の手軽な娯楽の代表格」ともいえる日帰り温泉施設に驚愕してしまう。

地面から湧いてくるお湯を大きな湯船に溜めて大勢の人間が一度に入浴するというシステムに近界民(ネイバー)たちは必ず躊躇するのだが、一度経験してしまうとやみつきになってしまうらしく、ゼノンとリヌスはもう何度も来ているものだから慣れた感じで服を脱ぐと人目を気にせず大浴場へと向かった。

迅とレイジはロッカーの使い方や風呂に入る際には身体を洗ってからとか、タオルを湯船の中に入れないようにするなどの説明をし、「堂々としていれば周囲の目は気にならない」とアドバイスをして一緒に脱衣所を後にした。

そして大浴場、露天風呂(岩風呂&檜風呂)、ジャグジー、打たせ湯、サウナとすべての風呂を休憩を挟みながら堪能し、風呂上りは浴衣を着て大広間で生ビール ── レイジは運転手なのでフルーツ牛乳 ── を飲みながら集合時間まで男同士の会話をしていた。

最初はレイジも相手がキオンとエウクラートンのVIPだということで緊張しながら接していたのだが、「裸の付き合い」をしたことでだいぶ距離が縮まってきたようで、ツグミの前に現れた彼はサーヴァと談笑していた。

近界(ネイバーフッド)では庶民に「バスタブに浸かる」という習慣はない。

軍の施設や比較的裕福な家にはシャワーのようなものがあってそれを使用するだけで、さらに一般庶民以下の階級ではタライに入れたお湯にタオルを浸して身体を拭くくらいしかできないという。

それが玄界(ミデン)では庶民でも広い湯船に贅沢なほど溢れるお湯を()()()という「文化」があることに近界民(ネイバー)たちは驚くというよりも感動していたと迅はツグミに伝えた。

またビールと同じ飲み物はあっても冷やして飲むというものではなく、風呂上りの冷えたビールが最高だということを知ったテスタは帰国したらさっそく試してみようと張り切っている。

 

そして再び車に乗り、これから5日間滞在する「RESORT HOTEL NANAO」へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

ランバネインの来訪の際は別館を使ったが、今回は人数も多いということで本館を5日間ボーダーで貸し切ることとなっている。

ホテルの従業員には前回同様にボーダー関係者の知人の外国人を招いての極秘の会合と説明してあり、最小限の信頼できるスタッフのみでの接客とした。

さらにメインの晩餐となるのは2日目と3日目の夜になるため、1日目の今夜は簡単に()()だけで済ませることになっている。

ただし簡単にといっても近界(ネイバーフッド)の食文化レベルから見れば貴族でも特別な日にしか出てこない肉料理や珍しい果物などが提供されるため、近界民(ネイバー)たちにはご馳走であった。

テスタたちは「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)には豊かさの点で大きな格差がある」と身に染みて感じ、トリオンに頼らずにこれだけの文明を作り上げてきた玄界(ミデン)の人間から学ぶことは多いと思い知らされた。

以前からツグミが言っているようにトリオン以外のエネルギーに置き換えることができるのであれば(マザー)トリガーから抽出するトリオンの量を減らすことができ、その分を国土の維持に回すことによって国土の面積が増えることだけでなく気候が安定して単位面積当たりの収穫量の増加が見込まれ、食料が潤沢になれば人口増加も夢ではない。

これまでの近界(ネイバーフッド)における戦争の原因が「限られたトリオン」の奪い合いである。

「狭い国土」に住む「数少ない国民」からトリオンを抽出しようにも限界があり他国から奪うという短絡的な手段に及んでいたわけだが、トリオンに頼らずに済めば戦争の原因がなくなる。

もちろんトリオン以外にも欲しいものがあれば力ずくで奪おうとするだろうが、そこはキオンというどの国からも一目置かれる国が武力ではなく対話や交易等の平和的な手段によって解決しようと呼びかければ無視はできない。

さらにアフトクラトルがキオンと手を結ぶまでいかなくともボーダーを介して不戦を約束したならば「()()アフトクラトルですら玄界(ミデン)の進んだ文明に魅力を感じている」という噂が広まり、戦争を放棄すれば()()でその技術が手に入ると知れば各国の政府もこれまでの戦争ありきの方針を転換しようと考えるだろう。

今回のボーダー、キオン、エウクラートンによる三国同盟締結は3国だけで終わらせるものではなく、「国際連合」のような複数の国を巻き込む第一歩である。

この三国同盟にアフトクラトルやメノエイデス、またはガロプラなどボーダーと縁のある国が参加を申し出てくるのであれば「同盟の基本理念を遵守する」ことを条件に受け入れる準備はできているし、ボーダーの「味方」が増えればそれだけ第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民の救出にも大いに役立つはずだ。

これまでのボーダーは拉致被害者市民の救出が必須ではあると考えてはいたものの計画は進んでおらず、大規模侵攻後の記者会見で修が遠征のことを公言しなかったらまだまったく進んでいなかったことだろう。

修の爆弾発言のおかげでボーダー上層部のメンバーは尻に火がついたこととなり、慌てて市民救出を具体的に行う計画を立てなければならなくなった。

しかしこの時はまだ隊員の戦闘レベルを向上させて「戦って勝って市民を取り返す」ことしか考えていなかった。

アフトクラトルにいるC級隊員を取り返すための遠征に関してもツグミやゼノン隊の3人がいなかったらアフトクラトルの(ブラック)トリガーを含めたトリガー使いとの戦闘に耐えうる隊員を育成するのに長い時間をかけなければならないだろうし、敵地の情報を得るにもそういった諜報活動に慣れていない隊員を危険を承知で送り込むなどしてハイリスクな作戦を行うことになっただろう。

だがアフトクラトルという軍事大国の本拠地へ乗り込んで正面から戦って「勝つ」戦力をボーダーが持つことは非現実的で、近界民(ネイバー)の協力者と共に敵地に潜入し、敵側の関係者と内通して情報収集を行い、時には偽の情報を流して敵をかく乱するなど「水面下での工作」によって実際に戦う隊員たちの負担を減らす作戦を推し進めたツグミのやり方は正しかったと断言できる。

近界(ネイバーフッド)における戦争がなくならない理由のひとつが「敵国よりも強い戦力を持つためには膨大なトリオンが不可欠である」で、トリオンが欲しいための戦争にトリオンを大量に注ぎ込まなければならないというスパイラルに陥り、軍備に大部分のトリオンを注ぎ込むために国民の生活は向上せず、人口も増えないために「国」はどんどん疲弊していく。

ボーダーがそんな国々と正面から戦うとなれば近界民(ネイバー)以上の軍事力を持たなければならず、近界民(ネイバー)たちの愚かな負のスパイラルにボーダーも加わって泥沼へと沈んでいくことだろう。

そもそもボーダーとは界境()()機関であり、三門市に攻め込んでくる近界民(ネイバー)たちの脅威から市民を守るための組織である。

防衛に特化しているため、近界(ネイバーフッド)へ積極的に進出して戦うという状況を前提とした訓練は行っていないし、なによりも近界民(ネイバー)たちと「戦争」をする覚悟も持ってはいない。

近界民(ネイバー)の兵士はすべてがトリガー使いとは限らず、生身の身体に簡易トリオン銃などを持たされて戦う兵士もいる。

トリガー使いであれば致命傷を受けてもトリオン体が破壊されるだけで済んでおとなしく投降すれば殺されることはないが、生身の兵士に致命傷を与えれば死に至るという玄界(ミデン)で行われている戦争と同じ結果となる。

人を殺す覚悟のないボーダー隊員に近界民(ネイバー)たちと戦争をしろと命令したところで敵味方の誰かひとりでも死者が出ればビビって全員が戦意を失い、次に死ぬのが自分ではないかと臆病になってしまうのは目に見えている。

緊急脱出(ベイルアウト)システムが活きるのは三門市内での戦闘であり、本部基地内の()()()安全な場所に転送されるからで、敵地で緊急脱出(ベイルアウト)を行えば転送先となる遠征艇の場所を突き止められてしまって一巻の終わりとなってしまう。

そんな脆弱な組織がアフトクラトル遠征を行って正面からハイレイン軍と戦ったらどうなるのか…

それはツグミに言われるまで城戸や忍田ですら気付きもせず、その危険性を知ったからこそ近界民(ネイバー)の力を借りてでもC級隊員奪還を成功させる「安全策」を城戸は選んだのだった。

そしてC級隊員及び遠征参加隊員全員が無傷で帰還したという大成功に導いたツグミは信頼を得た。

ひとつの成功は次の成功への一歩となり、着実に結果を出してきた彼女はボーダーを代表して近界(ネイバーフッド)の国々の首脳陣との交渉にも携わるようになった。

それは彼女に信頼を寄せる大勢の大人たちの協力があってこそなのだが、その大人たちが彼女に協力するのは自分たちの果たせなかった願いや希望を彼女に託しているからで、彼女がここで新たな「成果」を出さなければ失望してしまい、彼女にとっての「次」はなくなってしまうだろう。

今のところはほぼ彼女の理想としている流れで進んでいるが、翌日のハイレインの来訪がどのような影響を与えるのかによって大きく変わる。

自分の部屋でひとりになったツグミはそんなことを考えてしまいなかなか寝付けずにいた。

 

(やれることはすべてやった自信はある。だから失敗しても後悔はしないだろうけど、キオンとアフトに決定的な亀裂が生じてしまったら取り返しのつかないことになる。それを想像すると怖いけど、今は成功させることだけを考えなきゃ。ハイレインとは直接会って話をしたことでだいぶあの男のキャラクターがわかってきた。元は家族思いの優しい人間だけどベルティストン家の当主になってからは家を盛り立てていかなければならないという義務感で自らにプレッシャーを与え、完璧主義者であった彼はより一層完璧な当主にならなければならないとしてその強大な軍事力を背景に他国へと侵略していき、四大領主の中でも頭ひとつ抜きん出た状態でいて、『神選び』やエネドラの()()などを前にしたタイミングで玄界(ミデン)侵攻を企んだ)

 

ツグミは頭の中でハイレインの行動原理を探っていた。

 

(ひと月以上前から入念な調査をして完璧な計画を立てた上で予備プランも考えていた。緊急脱出(ベイルアウト)のできないC級をさらうことで自軍の戦力増強を図り、チカちゃんの存在を知ると彼女を『神』にしようとしてしつこく彼女を捕まえようとした。エネドラの命令無視はイレギュラーだっただろうけど、ハイレインの計画の中には組み込まれていた可能性は高い。だからチカちゃんさえ捕まえることができれば彼の計画は100%成功だったはず。だけど世の中にはひとりの人間の想像力では計り知れないことがたくさんある。ユーマくんの存在、オサムくんの危険を顧みない行為、ボーダー隊員たちの個々の戦力と彼らのチームとしての力…そのどれも想定外のことだったでしょうね。そしてたぶんあれが彼の人生の中で初めての敗北で、自分の完璧な計画が失敗だと認めたくないからボーダーがアフトに来ることがないようにガロプラに圧力をかけて妨害しようとした。その妨害工作も失敗し、失敗していたことに気付かないうちにボーダーが遠征をしてC級を取り戻したことでさらなる敗北感を味わったはず。大きな犠牲を強いてアフトの王になったことで国を挙げてボーダーに()()()()()()()()をしようと考えたかもしれないけど、彼には味方となる人間が数える程しかいないからボーダーへの総攻撃は叶わなかった。逆にボーダーがキオンと協力関係になると知りって究極の二択を迫られてしまう。これはボーダー(わたしたち)にとって千載一遇のチャンスで、絶対に無駄にはできない)

 

ツグミはハイレインに対してどのように接するべきかを何度もシミュレーションしていて、様々な状況でどのような質問や要求があっても直ちに受け答えができるように準備しているのだが、そのためにずっと寝不足気味であった。

身体は疲れていても精神が高揚してしまっていてなかなか眠れない。

明日の()()()に向けて不安1割自信9割の状態で、()()()()たまらないでいるのだ。

 

(わたしには味方がいる。明日はジンさんがずっとそばにいてわたしを守ってくれるから怖くはない。…大丈夫、今回は本拠地(ホーム)での戦いだもの、いざとなればいくらでも援軍がある。それに例の最終兵器もあるんだから勝てる! だから今は眠ろう。眠ることが最善の道だもの…)

 

眠ろうとしても目が冴えてしまうのは本人の意思ではどうしようもなく、そのまま次の日を迎えてしまったツグミだった。

 

 

 

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