ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
本部基地内の視察を終えた一行は応接室でデリバリーの料理の昼食を済ませると市内視察に出かけることになった。
来賓用玄関前へとやって来るとそこにはレイジがレンタカーを用意して待っており、ツグミ、テスタ、リベラート、サーヴァ、ゼノン、リヌス、迅が乗車する。
ワンボックスタイプ10人乗りのレンタカーであるから車内に余裕はあり、運転手のレイジ以外は親密度の高いメンバーなので慰安旅行のグループのような感じだ。
行き先はツグミに一任されていて、彼女は迷った挙句に日帰り温泉施設へと案内することにした。
三門市郊外にある「みかどの湯」はどこにでもあるごく一般的な日帰り温泉施設である。
大浴場、露天風呂、サウナ、ジャグジー等の入浴設備だけでなく、レストランやマッサージルーム、さらに宿泊設備も整っているために「健康ランド」的な面が強い。
平日であっても適度に混んでいて、
ただし女性であるツグミが案内をすることはできないため、そこは迅とレイジにお願いすることにした。
ホテルへのチェックインの時間があるため17時30分に駐車場で待ち合わせということにしてツグミは迅たちと別れて女性用のエリアへと向かった。
大浴場でたっぷりとお湯を楽しみ、その後はリラックスルームで仮眠を取ることにしたツグミ。
ここ数日の疲労が溜まっていたようで、すぐに深い眠りに落ちていく。
なにしろ三国同盟の締結だけでなくキオンとアフトクラトルの首脳会談が行われるという歴史の転換点において、その中心で歴史を動かそうとしているのが
単純に三門市民の平和な日常を脅かす敵性
それが生半可なことではないと誰もがわかっていて挑戦しようとはしなかったのだが、ツグミは「無理だから挑戦しない」ではなく「無理かもしれないが挑戦してみる価値はある」と考えて
1年前にはほぼ100パーセント不可能であっただろう「
そのキオンがボーダーに協力してくれたことでアフトクラトル遠征は成功してアフトクラトルとの関係はさらに悪化すると思われた。
ボーダーとキオンが同じ「トリオンを奪い合う戦争をなくそう」という方向で正式に同盟を結ぼうとしていることを知り、ハイレインは危機感を覚えたことによってボーダーとの関係改善を自ら申し出てきて、ボーダーもそれを拒絶せずに手を差し出した。
ここでアフトクラトルがボーダーの差し出した手を握るか振り払うかで
ツグミ本人が全力を尽くしたという自信はあり、結果を待つだけの状態になっているためずっと緊張しっぱなしだったことで、入浴してリラックスするとすぐに眠ってしまったのだ。
もし不安があるようであれば眠るなどできなかったはずだが、テスタやリベラートたちがボーダーに対して強い信頼を抱いていることを肌で感じたからこそ自分のやってきたことに自信を持つことができ、安心して気が緩んだに違いない。
念の為に携帯電話のアラームをセットしておいたために寝過ごすことはなく、約束の時間にはスッキリした顔でテスタたちの前に現れた。
ツグミがぐっすりと眠っていた頃、男性陣は温泉を堪能していた。
地面から湧いてくるお湯を大きな湯船に溜めて大勢の人間が一度に入浴するというシステムに
迅とレイジはロッカーの使い方や風呂に入る際には身体を洗ってからとか、タオルを湯船の中に入れないようにするなどの説明をし、「堂々としていれば周囲の目は気にならない」とアドバイスをして一緒に脱衣所を後にした。
そして大浴場、露天風呂(岩風呂&檜風呂)、ジャグジー、打たせ湯、サウナとすべての風呂を休憩を挟みながら堪能し、風呂上りは浴衣を着て大広間で生ビール ── レイジは運転手なのでフルーツ牛乳 ── を飲みながら集合時間まで男同士の会話をしていた。
最初はレイジも相手がキオンとエウクラートンのVIPだということで緊張しながら接していたのだが、「裸の付き合い」をしたことでだいぶ距離が縮まってきたようで、ツグミの前に現れた彼はサーヴァと談笑していた。
軍の施設や比較的裕福な家にはシャワーのようなものがあってそれを使用するだけで、さらに一般庶民以下の階級ではタライに入れたお湯にタオルを浸して身体を拭くくらいしかできないという。
それが
またビールと同じ飲み物はあっても冷やして飲むというものではなく、風呂上りの冷えたビールが最高だということを知ったテスタは帰国したらさっそく試してみようと張り切っている。
そして再び車に乗り、これから5日間滞在する「RESORT HOTEL NANAO」へと向かった。
◆◆◆
ランバネインの来訪の際は別館を使ったが、今回は人数も多いということで本館を5日間ボーダーで貸し切ることとなっている。
ホテルの従業員には前回同様にボーダー関係者の知人の外国人を招いての極秘の会合と説明してあり、最小限の信頼できるスタッフのみでの接客とした。
さらにメインの晩餐となるのは2日目と3日目の夜になるため、1日目の今夜は簡単に
ただし簡単にといっても
テスタたちは「
以前からツグミが言っているようにトリオン以外のエネルギーに置き換えることができるのであれば
これまでの
「狭い国土」に住む「数少ない国民」からトリオンを抽出しようにも限界があり他国から奪うという短絡的な手段に及んでいたわけだが、トリオンに頼らずに済めば戦争の原因がなくなる。
もちろんトリオン以外にも欲しいものがあれば力ずくで奪おうとするだろうが、そこはキオンというどの国からも一目置かれる国が武力ではなく対話や交易等の平和的な手段によって解決しようと呼びかければ無視はできない。
さらにアフトクラトルがキオンと手を結ぶまでいかなくともボーダーを介して不戦を約束したならば「
今回のボーダー、キオン、エウクラートンによる三国同盟締結は3国だけで終わらせるものではなく、「国際連合」のような複数の国を巻き込む第一歩である。
この三国同盟にアフトクラトルやメノエイデス、またはガロプラなどボーダーと縁のある国が参加を申し出てくるのであれば「同盟の基本理念を遵守する」ことを条件に受け入れる準備はできているし、ボーダーの「味方」が増えればそれだけ第一次
これまでのボーダーは拉致被害者市民の救出が必須ではあると考えてはいたものの計画は進んでおらず、大規模侵攻後の記者会見で修が遠征のことを公言しなかったらまだまったく進んでいなかったことだろう。
修の爆弾発言のおかげでボーダー上層部のメンバーは尻に火がついたこととなり、慌てて市民救出を具体的に行う計画を立てなければならなくなった。
しかしこの時はまだ隊員の戦闘レベルを向上させて「戦って勝って市民を取り返す」ことしか考えていなかった。
アフトクラトルにいるC級隊員を取り返すための遠征に関してもツグミやゼノン隊の3人がいなかったらアフトクラトルの
だがアフトクラトルという軍事大国の本拠地へ乗り込んで正面から戦って「勝つ」戦力をボーダーが持つことは非現実的で、
ボーダーがそんな国々と正面から戦うとなれば
そもそもボーダーとは界境
防衛に特化しているため、
トリガー使いであれば致命傷を受けてもトリオン体が破壊されるだけで済んでおとなしく投降すれば殺されることはないが、生身の兵士に致命傷を与えれば死に至るという
人を殺す覚悟のないボーダー隊員に
そんな脆弱な組織がアフトクラトル遠征を行って正面からハイレイン軍と戦ったらどうなるのか…
それはツグミに言われるまで城戸や忍田ですら気付きもせず、その危険性を知ったからこそ
そしてC級隊員及び遠征参加隊員全員が無傷で帰還したという大成功に導いたツグミは信頼を得た。
ひとつの成功は次の成功への一歩となり、着実に結果を出してきた彼女はボーダーを代表して
それは彼女に信頼を寄せる大勢の大人たちの協力があってこそなのだが、その大人たちが彼女に協力するのは自分たちの果たせなかった願いや希望を彼女に託しているからで、彼女がここで新たな「成果」を出さなければ失望してしまい、彼女にとっての「次」はなくなってしまうだろう。
今のところはほぼ彼女の理想としている流れで進んでいるが、翌日のハイレインの来訪がどのような影響を与えるのかによって大きく変わる。
自分の部屋でひとりになったツグミはそんなことを考えてしまいなかなか寝付けずにいた。
(やれることはすべてやった自信はある。だから失敗しても後悔はしないだろうけど、キオンとアフトに決定的な亀裂が生じてしまったら取り返しのつかないことになる。それを想像すると怖いけど、今は成功させることだけを考えなきゃ。ハイレインとは直接会って話をしたことでだいぶあの男のキャラクターがわかってきた。元は家族思いの優しい人間だけどベルティストン家の当主になってからは家を盛り立てていかなければならないという義務感で自らにプレッシャーを与え、完璧主義者であった彼はより一層完璧な当主にならなければならないとしてその強大な軍事力を背景に他国へと侵略していき、四大領主の中でも頭ひとつ抜きん出た状態でいて、『神選び』やエネドラの
ツグミは頭の中でハイレインの行動原理を探っていた。
(ひと月以上前から入念な調査をして完璧な計画を立てた上で予備プランも考えていた。
ツグミはハイレインに対してどのように接するべきかを何度もシミュレーションしていて、様々な状況でどのような質問や要求があっても直ちに受け答えができるように準備しているのだが、そのためにずっと寝不足気味であった。
身体は疲れていても精神が高揚してしまっていてなかなか眠れない。
明日の
(わたしには味方がいる。明日はジンさんがずっとそばにいてわたしを守ってくれるから怖くはない。…大丈夫、今回は
眠ろうとしても目が冴えてしまうのは本人の意思ではどうしようもなく、そのまま次の日を迎えてしまったツグミだった。