ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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444話

 

 

ホテルで朝食を済ませたツグミたちは二手に分かれることになる。

昨日と同じようにレイジの運転で視察を行うのはテスタ、リベラート、サーヴァ、リヌスで、ここに唐沢が加わった6人のグループは唐沢が手配してくれた場所へ行く。

そしてツグミと迅、そしてゼノンは本部基地でハイレインとヴィザが到着するのを待ち、その後は迅の運転する車で視察へと向かうことになる。

運転手を含めて10人まで乗ることのできる車を借りているのだからハイレインとヴィザも同乗は可能だが、別行動にしたのは打ち解ける前に狭い車内で同じ空気を吸わせるわけにはいかないという理由だ。

なにしろキオンとアフトクラトルという近界(ネイバーフッド)の二大軍事国家の元首が初めて顔を合わせるのだからそれなりの舞台とタイミングと()()が重要で、それを2日目の夕食時にしたのはツグミの采配である。

 

 

アフトクラトルからの艇が到着したのは午前11時少し前であった。

例によってゼノンが(ゲート)を開き、目的地の採石場跡地にツグミと迅が赴いてハイレインとヴィザを迎えた。

 

「ようこそ、玄界(ミデン)へ。ボーダーは心からおふたりのお越しを歓迎いたします」

 

ツグミは恭しくお辞儀をした。

いくら敵であった国の人間とはいえ、アフトクラトルの国王を出迎えるのだから当然の対応だ。

しかしルールは守らなければということで、彼女はハイレインとヴィザに向かってハッキリと言う。

 

「恐れ入りますが近界民(ネイバー)の方はどなたであろうとも武器(トリガー)をボーダーでお預かりさせていただきます。昨日いらしたキオンのスカルキ総統とコンプソス総司令の武器(トリガー)もわたしがお預かりして管理しております。納得いただけないのであれば ──」

 

「おまえたちが俺やヴィザのことを警戒しているのことはわかっている。だから卵の冠(アレクトール)星の杖(オルガノン)も持って来てはいない。嘘だと思うなら身体検査でも何でもすればいい」

 

ハイレインが「さあ、やれ」とばかりに両腕を広げる。

それを見たツグミは深く頭を下げた。

 

「失礼をいたしました。身体検査などとんでもないです。アフトクラトル国王ともあろう方が嘘などつくはずがございませんものね。ではもうひとつお願いがございます。ランバネインさんの時もそうでしたが、こちら側の世界では角を生やした鬼という妖怪…つまり怪物の存在が伝承として残っています。もしあなたのその姿を一般人が見たら近界民(ネイバー)だと知られて騒ぎになるよりもずっと規模の大きい騒動になるでしょう。そうなったらボーダーにとって非常に不都合なものとなります。このトリガーを使えば角のない姿のトリオン体となりますので、一般人の目につくところではこれを常に起動していてください。そうすれば衣装もわたしたち玄界(ミデン)の人間のものと同じになりますので市内の視察に出かけても問題はありません」

 

そう言ってハイレインとヴィザにそれぞれトリガーを手渡した。

トリガーを受け取ったハイレインはそれを物珍しそうに手の上で転がしながら言う。

 

「それはランバネインから話を聞いて承知している。せっかく玄界(ミデン)へ来たのだから俺もいろいろ見たり経験してみたい」

 

「はい。そうおっしゃると思って計画は立てております。もしご希望があればできる範囲でご案内いたしますが、まずは本部基地まで来ていただいてボーダーの総司令官にお会いくださいませ」

 

「わかった」

 

「では、こちらへどうぞ」

 

ツグミはハイレインとヴィザを(ゲート)へ招いた。

 

 

(ゲート)をくぐり抜けてボーダー本部基地の来賓用玄関の前に着くと、そこには城戸、忍田、根付、林藤の4人が並んで待っていた。

唐沢はテスタたちのグループの付き添いでこの場にいないのは当然なのだが、鬼怒田がいないのは千佳を執拗にさらおうとしたハイレインに腹を立てていて顔も見たくないという理由からだ。

キオンとエウクラートンは敵性近界民(ネイバー)ではないし、同盟を結んで今後の拉致被害者市民救出に協力してくれるとなれば大歓迎だろうが、アフトクラトルは大きな被害を与えた侵略者、明らかな敵なのだから絶対に許せないという気持ちはわからないでもない。

しかし過去の因縁をいつまでも引き摺っていてはいけないという気持ちもあり、鬼怒田は今朝までずっと悩んでいたようであった。

結局、今の状態で会えばお互いに居心地が悪いだろうということになり、晩餐会までには気持ちの整理をしておくと言って研究室(ラボ)に引きこもっている。

もちろん城戸たちも複雑な気持ちでいるが、関係を改善しようというハイレインの意思を無碍にはできない。

それにアフトクラトルが今後敵にならないという約束が得られたなら、拉致被害者市民救出計画における最大の不安 ── アフトクラトルによる再侵攻がなくなって遠征に専念できるというもの。

そしてそのためにお膳立てしてくれたツグミの努力を無にしたくはないという気持ちが大きい。

不可能だからという理由で誰も挑戦しなかった和平への道を自ら切り開いて歩いていく彼女の姿は城戸にとって眩しい存在であり、織羽と有吾が果たせなかった「夢」を自分の夢として叶えたいという気持ちが恩讐を越えたのだった。

城戸が代表として前に歩み出て挨拶をする。

 

「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私がボーダー最高司令官の城戸正宗です」

 

「アフトクラトル国王、ハイレイン・ベルティストンです」

 

ハイレインはそう言ってから「ボウ・アンド・スクレープ」をした。

ボウ・アンド・スクレープとは右足を引いて右手を身体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すようにする貴族のお辞儀の仕方だ。

城戸が差し伸べた手をすぐに握り返すのではなく、まずは謝罪をしなければと考えたのだろう。

 

「なによりもまず謹んでお詫びを申し上げます。我がアフトクラトル・ハイレイン隊による玄界(ミデン)侵攻では多大な被害を与え、部下のエネドラが非戦闘員を殺害するに及びました。先日は我が弟ランバネインが代理として正式に謝罪をし、それをボーダー側では受け入れてくださいました。ですがこうして責任者である私が直接お詫びをする機会を持ったのですから、ぜひともアフトクラトル国王、ハイレイン・ベルティストンとしての謝罪をさせていただきたい。話によると玄界(ミデン)での謝罪では土下座という方法があると言うことですが、必要であれば ──」

 

ハイレインがそこまで言ったところで城戸が彼を制止した。

 

「お待ちください。国王ともあろう方がそんなに簡単に頭を下げるなど…」

 

城戸はそこまで言って口をつぐんだ。

一国の元首が謝罪をするということは単にハイレイン個人の謝罪というわけにはいかない。

アフトクラトルという国が玄界(ミデン)という国に対して謝罪していることとなり、前回のランバネインの謝罪はハイレイン隊の責任者の代理という個人のレベルであったが、こうして国王ハイレインが頭を下げるということは先の大規模侵攻の戦争責任を「国」が認めてそれに伴う「補償」を覚悟しているという意味になる。

それだけの覚悟で来たとなれば城戸も慎重な対応を求められるというものだ。

 

「陛下の気持ちは良くわかりましたのでどうか顔をお上げください。先の侵攻の件につきましてはまた別の機会に話し合うということにして、今日は三国同盟締結式典の見届け人になっていただくためにいらしたのですから、我々ボーダーの()()を理解してくださればそれで十分です」

 

これは大規模侵攻の件をチャラにするという意味ではなく「それはそれ、これはこれ」と言いたいのであり、いずれ()()はつける覚悟でいる。

ボーダー最高司令官としてはそれが「最適解」で、今は三国同盟締結を無事に済ませることだけに専念していればいい。

 

ツグミはハイレインの想定外の低姿勢に驚いてしまった。

 

(王たる者は容易に頭を下げるべきではない。大規模侵攻の時にはベルティストン家当主だったから、アフトクラトルという国とは無関係の蛮行だ。だけど王になったハイレインが公式謝罪するとなれば、それは国に戦争責任があると自ら認めたようなもの。それがわからないようなバカではないから、本気なのは間違いない。生まれつきの貴族で王となった彼が庶民に膝を屈するなんてわたしたちが想像する以上に屈辱的なもののはずだけど、自分の行為を猛省して祖国のために生きる決心をしたのなら大歓迎よ。もちろんこれが彼の()()でないという確証はない。…でもわたしは信じたい。彼は本気で自分を変えよう…ううん、ランバネイン()が慕っていた当主になる前のハイレイン()に戻ろうとしているって)

 

ハイレインが玄界(ミデン)へ行こうという気持ちになったのは自分と同じく若くして一国の元首となったテスタと話がしたいと考えたからだった。

ツグミが彼を説得したと言うよりも自分の意思で考え方を改める機会を得ようとしたわけだが、その時に比べてずいぶんと人間が丸くなった感じがする。

今日までの間に何か心境の変化があったのだろう。

理由はどうであれボーダーにとって彼が敵対勢力にならないのであれば、それは同盟に加わらなくても十分意義があるというものだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ひと通り挨拶が済むとテスタたちの時とは違ってすぐに市内視察へと出発することになった。

本部基地内を見学させるにあたってはキオンとエウクラートンの2ヶ国は同盟を結ぶほどの信頼度が高いために何の問題もなかったが、敵のままになるか味方になるかわからないアフトクラトルの人間にはまだ見せられないという城戸の指示は妥当である。

ハイレインたちも「仮想戦闘訓練システム」には興味があったのだが、自分たちの立場を弁えているらしくそれが当然だとばかりに納得してくれた。

したがって長居は無用とばかりに本部基地を後にする。

 

「ぜひ行きたいところがあるのだが、いいだろうか?」

 

後部座席に座っているハイレインが助手席のツグミに声をかけた。

 

「場所はどちらですか?」

 

「まずは花を手に入れたい。そして次はエネドラが…いや、俺のせいで死なせてしまったボーダーの人間の墓へ詣でたい。可能だろうか?」

 

以前の彼であったら意外な申し出であったが、今の彼なら当然のことかもしれない。

ツグミは快諾した。

 

「ええ、もちろんです。では、花屋に寄って花束を買い、それからボーダー関係者の殉職者慰霊碑のある公園に行きましょう。犠牲者のお墓ではありませんが、この場合はこちらの方が適切だと思います」

 

「わかった。頼む」

 

ハイレインはそう言って視線を車窓の景色に移した。

ツグミは迅に花屋の場所を説明し、正面を向きながらハイレインの心境の変化について思いを巡らせる。

 

(彼の殊勝な姿を見てほとんどの人間はこの態度を()()だと思うでしょうね。わたしだってまだ100パーセント信用していないけど、芝居だとしたらあまりにも完璧すぎる。悪いことを企んでいる人間ならあんな哀しげな目をしてぼんやりと景色を見ているはずないもの)

 

常に王としての威厳を崩そうとはしないのだが、ふと気付くと哀しそうな目でそこにはない「何か」を見つめているハイレイン。

今も景色を見ているように思えるが、彼の瞳に三門市の風景は映っていなかった。

 

 

ツグミたちは花屋で白いユリやトルコキキョウ、カスミソウなどでアレンジしたひと抱えもある大きな花束を作ってもらい、三門山中腹にある公園へと向かった。

ここには旧ボーダー時代から現在に至るまでの殉職したボーダー隊員の慰霊碑があって、6年前の近界(ネイバーフッド)遠征で亡くなった最上をはじめとした10人の名前が刻まれた黒御影石の石碑が市内を見渡せるようになっている。

昨年の大規模侵攻で犠牲となった6人の職員の名前も追加され、慰霊祭で城戸が二度とこのような悲劇が起きないようにすると固く誓ったことはツグミと迅の脳裏に刻まれている。

 

 

ハイレインは花束を携えて慰霊碑の前に立ち、近界民(ネイバー)の習慣に従って両膝を地面について深く頭を下げてから花束を献花台に置いた。

国王たる彼が()()()()()とは信じがたい光景だが、それだけ死者へ対しての罪の償いをしたいという彼の気持ちが込められているのだとツグミは感じていた。

そしてハイレインが黙祷をしている間、ツグミ、迅、ヴィザも後方で立ったままの黙祷をする。

 

(ここに名前の刻まれている人たちは今どんな気分だろ? 最上さんたち旧ボーダーのメンバーとアフトとは無関係だけど、自分たちを殺した近界民(ネイバー)なんだから不快に思っているのかな? だけど最上さんたちならきっと6年を経てボーダー(わたしたち)近界民(ネイバー)と平和への道を歩み始めたことを喜んでいるはず。でもエネドラに殺されたオペの人たちはアフトのことを許せないだろうな…。こうしてハイレインが追悼の気持ちを示したとしても、にわかに信じがたい。…ううん、逆に()()()()ハイレインの本当の気持ちがわかるかもしれない。ああ、彼らの魂が安らかでありますように…)

 

ツグミは心から祈っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

続いて向かったのは「テラスモールMIKADO」である。

1階が食品、2階がファッション、3階がホビーと雑貨、4階が家電、5階がフードコートになっており、昼食を兼ねて視察することにしたのだ。

これまで何人もの近界民(ネイバー)を大型ショッピングセンターへ案内したが、まずは建物を見ただけで全員が呆然とし、中へ入ると照明の明るさと商品の品揃いに驚く。

さらに客が特別な人間ではなく、ごく普通の庶民であることを知ると言葉を失ってしまう。

貴族の屋敷よりも大きな建物に庶民がぞろぞろと入って行き、食品から日用品まですべて同じ場所で買い物ができる施設など近界(ネイバーフッド)のどこを探してもない。

館内は非常に明るくて、並んでいる商品はどれも魅力的なものばかり。

野菜や果物はすべて新鮮なだけでなく季節はずれのものであっても普通に並んでいるし、長期保存のできる食品が大量に販売されている。

近界(ネイバーフッド)では生の果物を購入して自分でドライフルーツを作ったり、魚を干物にするなどして日持ちさせるのが普通で、加工されたものを買おうとしても庶民の手に届く価格ではない。

そしてなによりもショッピングを楽しんでいる家族連れの姿を見ると衝撃を受けるのだった。

近界民(ネイバー)たちにとっての買い物は生活の上で必要なものを入手するための手段であり、それを娯楽としてファミリーで楽しむという感覚は彼らにはない。

おまけにギリギリで生きている庶民たちばかりの世界では彼らが余暇を楽しむという習慣もなく、生きていく上で直接関係のない趣味やスポーツなどの関連グッズを販売している光景を見て信じられないという顔をする。

こうして彼らは近界(ネイバーフッド)での生活水準があまりにも低いことを知り、トリオンを一切使わない文明を築いた玄界(ミデン)の豊かな暮らしに憧れるのだ。

トリオンがたくさんあれば国は栄えて国民は豊かな暮らしができ、トリオンがなければ国は衰退して国民は生きていくこともままならないという「トリオン至上主義」が近界民(ネイバー)たちの(ことわり)で、それが当たり前だと信じている人間ばかりであるからカルチャーショックが大きいのは無理もない。

そしてボーダーと手を結ぶことによって玄界(ミデン)の恩恵を受けられるとなれば、テスタのように積極的にボーダーに協力しようとするのは当然の流れである。

1年前にハイレインが玄界(ミデン)の実態を知っていたならば、ボーダーに対してお互いの知識や技術を交換し合う申し出をしたかもしれず、当時のボーダーならその申し出を受け入れたかもしれない。

そうなれば6人の職員は死なずに済み、C級隊員がさらわれることもなかっただろう。

また逆にテスタがハイレインと同じ「武力による近界(ネイバーフッド)統一」を目指していたら、キオンが侵攻をして別の被害が出ていた恐れもある。

アフトクラトルとキオンがほぼ同時期に近付いて来ていたのだから別々の勢力として侵攻してきたという最悪の事態もあったわけで、過去に思いを巡らせたところでどうすることもできないのだが、やはりハイレインが玄界(ミデン)に侵攻しない未来があったかもしれないと思うとツグミは胸が締め付けられた。

 

 

5階のフードコートで昼食を済ませたツグミたちはまだ午後の視察先を決めかねていた。

ハイレインとヴィザはどこでもかまわないということだが、ボーダー側には案内できない場所がいくつもあるからだ。

本部基地内をはじめとし、公共施設、ガス・水道、道路・線路、電話・電気等のインフラについてはまだハイレインを信用できないという上層部メンバーの決定で不可となっている。

他にいくらでも行く場所がありそうなものなのだが、ハイレインとヴィザが()()場所となると見当がつかない。

そこでひとまず目的地を決めずに市内を車で回ることにして一行はフードコートを後にした。

そしてエスカレーターを使って降りて行く途中、ツグミに名案が浮かぶ。

 

「陛下、ヴィザさん、どこでもかまわないとおっしゃるのなら、わたしのお気に入りの場所にご案内しますよ。たぶんおふたりにも気に入っていただけると思うんです」

 

ツグミがそう言うとヴィザが訊いた。

 

「お気に入りの場所ですか…。それはどんなところですかな?」

 

「それは行ってみてのお楽しみです。こんな施設は近界(ネイバーフッド)のどこにもないどころか、たぶん誰も考えもしないものですからきっと驚きますよ」

 

ツグミはもったいぶった言い方をしながら、3階フロアの一角にあるペットショップをチラ見する。

そのすぐ後ろにいるハイレインとヴィザも同じ方向を興味深げに見ていたのだった。

 

 

 

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