ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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446話

 

 

「RESORT HOTEL NANAO」に到着すると、ハイレインとヴィザのチェックイン手続きをツグミが行い、ホテルスタッフとは直接会話をさせずに部屋へと案内した。

 

「ハイレイン陛下はこちらのお部屋をお使いください」

 

ツグミが案内した部屋はホテルに3つしかないスイートルームで、テスタとリベラートが昨日から利用している部屋と同じタイプだ。

12畳の和室と約8畳のベッドルーム、ベランダには源泉かけ流しの露天風呂がある。

近界(ネイバーフッド)の貴族の屋敷の客間以上のレベルはあるから、国家元首が泊まる部屋としては十分なはずだ。

部屋の中にある照明や冷蔵庫等の備品の使い方や温泉の入り方などを簡単に説明すると、部屋にいる間は換装を解いてかまわないことを告げた。

 

「現在午後の4時50分で、会食の開始時間が7時ですから2時間ほどあります。6時50分にお迎えに来ますので、それまでごゆっくりとお寛ぎくださいませ。用事がありましたら先ほど使い方を説明した館内電話で201番をダイヤルしてください。わたしの部屋に繋がりますのですぐに駆けつけます」

 

そう言ってハイレインひとりを残し、続いてヴィザをデラックスツインルームへと連れて行く。

ここはスイートルームには適わないものの、ひとりで利用するには広すぎる部屋にベッドとソファーセットが置かれていて、内風呂ではあるがここも温泉を使用している。

 

「このお部屋も備品の使い方は先ほどの部屋と同じです。ヴィザさんは角がないので生身の状態でも館内を自由に歩いてかまいませんが、くれぐれもこのカードキーをお忘れにならないようにしてください。玄界(ミデン)の人間でも人生の中で数度はこの失敗をして部屋に入れなくなってしまうくらいですから。では、ごゆっくり」

 

 

ツグミはそう言うと自分の宿泊する201号室へと向かった。

 

(アフトのふたりを無事にホテルまで連れて来ることができたし、なんとなくご機嫌も良いってカンジ。やっぱ猫カフェに案内したことは正解だったみたいね。次は『世紀のご対面』だけど、スカルキ総統がフレンドリーな人だからそう心配はいらないだろうし、コンプソス総司令とヴィザさんは年齢が近くてトリガー使いとしても話が合いそう。懇親会の時には人が大勢いるし聞かれたくないプライベートな話もあるだろうから、その後にゆっくり話ができる場を設けなければいけないわね。城戸さんと真史叔父さんがリベラート殿下と話をする場も必要。明日になれば朝から夜までそんな暇はないから今夜のうちに3人で…って、わたしがセッティングしなくても真史叔父さんが黙って待っているはずない、か)

 

自分の部屋のドアを開けて中へ入るツグミ。

彼女の部屋はスタンダードツインルームで、窓を開けてベランダに出るとそこからホテルの敷地の入口から正面玄関へのアプローチを見下ろすことができ、その向こうに七尾市街の灯りが見える。

高台に立地しているホテルのために2階にある彼女の部屋からでも景色を堪能できるのだ。

だから最上階の5階にあるスイートルームなら露天風呂に入りながら夜景と日の出を楽しめるようになっていて、近界(ネイバーフッド)にはどこにもない最高の贅沢を経験できることだろう。

もちろん大浴場とそれに付随する露天風呂からも景色を楽しむことはできるのだが、他人と入浴する習慣のない近界民(ネイバー)にはハードルが高いことは承知しているので、時間を区切って貸し切り状態にすることも考えている。

 

(さて、そろそろキオン・エウクラートン組もホテルに戻って来る頃ね…。唐沢部長の話だと警察と消防、銀行、そして大学の見学をするってことだったけど()()はあったかな?)

 

この日の見学場所はどこも唐沢の()()がないと見学できない場所ばかりで、ここでも彼の前職の人脈が大いに役立っている。

どの施設も近界(ネイバーフッド)にはないものばかりで、そのシステムをそのままそっくり導入することは無理でもその役割を学び、国民の生活に必要なサービスであることを知るのは意義のあることだ。

これらは玄界(ミデン)から無理やり奪う「もの」ではなく学ぶ「技術」や「知識」であり、今までのように武力によって玄界(ミデン)から奪うことは不可能だと判断して武力侵攻をすることは絶対にない。

それを理解しているキオンやエウクラートンはそんな気は毛頭ないが、他の近界(ネイバーフッド)の国がこのことを知れば武力によって攻め込んでくる可能性はある。

そんな時に備えて軍事大国キオンが玄界(ミデン)の同盟国になってくれたらな安心できるし、さらにアフトクラトルまでもが仲間に加わることになれば近界(ネイバーフッド)(ことわり)すら変わるかもしれない。

トリオン至上主義で、欲しいものは力で相手を負かして奪えばいいというやり方が当然であった近界民(ネイバー)にしてみればトリオンを使用しない文明を発達させて近界民(ネイバー)よりも豊かな暮らしをしている玄界(ミデン)の人間を羨ましいと思うだろうし、戦争によってではなく対話や対等な取引という平和的な手段で手に入れられるのだとわかれば積極的にボーダーと接触しようとするだろう。

ボーダーもトリオンとトリガーの技術を平和利用したいと考えればいくらでもできることはある。

事故等によって四肢を欠損した人がトリオン製の義手や義足を使えば見た目も機能もほぼ健常者と同じ活動ができるようになることは織羽の例もあることで、城戸たちも医療面での導入を考えている。

トリオン体に換装すると身体能力が生身の状態よりも大幅に強化されるだけでなく、トリオンによる攻撃以外によって傷付けられることがほぼなくなるために危険な場所での作業 ── 火災現場での人命救助や紛争地における地雷撤去など ── に携わる人間の安全が確保される。

またトリオン体での酸素消費は生身に比べ極端に小さいため、長時間呼吸できなくても問題はないので海難救助にも役立てるだろう。

個人レベルでトリガーを持つことができるようになれば、子供が登下校の際にトリオン体に換装しておくことによって交通事故で死ぬことはなくなるし、川や海で遊んでいて溺れてもトリオン体ならすぐに死には至らずに誰かに発見されて救出される可能性が高くなるというものだ。

そんな便利なものがあれば悪用しようと考える者はいるだろうが、導入前に規定(ルール)を定めるのはもちろんのこと、取り締まる側が武器(トリガー)を適切に使用すれば恐れることはない。

デメリットよりもメリットの方がはるかに大きいとなれば日本国政府もボーダーに対して積極的に近界民(ネイバー)との融和政策を進めるよう指示をするはずである。

実際、城戸と唐沢はすでに政府へと働きかけていて、内閣総理大臣名での委任状をもらっていた。

今のところ近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を繋ぐルートは日本の三門市に限られていて、ここで日本がトリガー技術を独占できれば外交に役立つと唐沢が何度も「永田町」へ通って与党首脳にプレゼンをしたおかげである。

こうしておかなければ後でボーダーが勝手に外国人(ネイバー)と結んだ同盟など無効だと言われてしまい、これまでの努力が無駄になるどころか関係を拗らせてしまって取り返しのつかないことになるだろう。

これでボーダーは単なる私設軍事組織ではなく日本国政府の窓口となっている外交部門ということになるため、国対国として話が進められるということになるのだ。

 

 

ツグミがぼんやりと景色を眺めていると、見覚えのある車が坂道を登ってくるのが見えた。

彼女が目を凝らして見るとその車のナンバーで忍田と根付、林藤の車だとわかる。

さらにその後ろにはレイジの運転する車が後を追うように走っていた。

 

(城戸司令たちも来たみたい。あの人たちも会食の前にひとっ風呂浴びてリラックスしてからと考えて早めに来たのかもしれないわね。温泉に入って、美味しいものを食べて、いくらかのお酒があればそれで機嫌の悪くなる人なんてまずいないわよ。それにみんな大人なんだし、明日のことを考えたら羽目を外す人も出ないはず。重要なのはスカルキ総統とハイレイン陛下のそれぞれ相手に対する第一印象(ファーストインプレッション)で、武器(トリガー)は持っていないから大事には至らないだろうけど、場合によっては近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)にとって最悪の未来にもなりかねない。まあ、スカルキ総統がボーダーにとって不都合なことをするはずがないから、わたしは段取りだけして後は本人たちに任せよう。人事を尽くしたんだから後は天命を待つだけ、ってね)

 

 

4台の車が玄関前の車寄せに到着したのを確認すると、ツグミは部屋に戻ってタイムスケジュールを確認する。

 

(一九〇〇時にメインダイニングで会食開始。参加人員はキオンのふたりとエウクラートンがひとりで、アフトふたりとメノエイデスのふたりで合計7人の客と、ボーダー側からはわたしを含めて13人。昨日のウェスルさんからの連絡だと間に合わないかもしれないと言っていたけど、どうやらギリギリで間に合ったみたいね。ボーダー組は一八四〇時にそれぞれ席に着いて待っていてもらい、一八四五時にスカルキ総統、コンプソス総司令、リベラート殿下、フーガ外相、ウェルスさんの5人をメインダイニングまでご案内。そしてすぐに引き返して一八五〇時にハイレイン陛下とヴィザさんを案内して全員が揃って一九〇〇時から宴会が始まる。座席は丸テーブルが4つ。1卓に5人ずつで、上座にスカルキ総統、リベラート殿下、ハイレイン陛下、フーガ外相、城戸司令。次がコンプソス総司令とヴィザさん、ウェルスさん、忍田本部長、唐沢部長。鬼怒田室長、根付室長、林藤支部長、レイジさん、ジンさんのテーブルがあって、下座にゼノン隊長、リヌスさん、テオくん、レクスくん、そしてわたしのテーブル。この席次で問題はないと唐沢部長に言われているから変更はなしでいいわね)

 

ここにレクス・エリンの名があるのは一昨日急遽決まったことである。

アフトクラトルの貴族の子息であり年齢以上に聡明で賢い少年なので大人たちだけの場に出席させても十分通用すると判断し、それについては彼のことを良く知る唐沢や忍田の推薦もあって許可が得られたのだった。

エリン夫妻はレクスの非凡な才能を育てたいと考えていて本人の意思を尊重して玄界(ミデン)で学ばせることにしたのだが、近界(ネイバーフッド)のアフトクラトル以外の国のことも知る必要があるということで、ツグミはキオンなど他の国の人間とも交流できる機会を設けた。

視野の広い人間になるためには大勢の人間と交流し、それぞれが置かれた立場や守りたいものによって考え方が違ったり心の中で思っていることと実際の言動が違うことなど「大人には本音と建前が違う人が多い」ことを知ってもらおうとツグミは考えたのだ。

彼のサイドエフェクトは他人の感情が色でわかるというもので、相手が自分に向ける感情が視覚で知るという能力である。

遊真の嘘を見破る能力やテオのように相手の考えていることがわかる能力と同じように知りたくないことまで知ってしまう。

自分に笑顔で接近してくる相手の心の中が悪意で満ちていたら、幼い子供にしてみれば理解しがたい恐怖の対象でしかないのだから子供の彼にとっては()()()()力に違いない。

だからエリン夫妻は家族や使用人たち以外の人間にはできるだけ会わせないようにしていたのだが、いつまでも世間から隔離したままではいられないのは事実で、一家が玄界(ミデン)にやって来たことがきっかけとなってレクスは多くの人間と接触することになる。

初めのうちは彼に好意的な人間だけが近くにいたが、そのうちに「外の世界」が知りたいという彼は少しずつだが他人と触れ合うようになっていき、大人になると表と裏のふたつの顔を使い分けないと生きていくのが難しいのだと誰に教えられるのでもなく自分で気付いたのだった。

国の元首という人間がどのようなものなのか知るにはちょうどいい機会で、本人は緊張しているかと思うとそうではなく夜になるのが待ち遠しくてそわそわしていたということだ。

 

(わたしは一八三〇時までに身支度を整えておき、タイムスケジュール通りに自分の役目を果たすだけ。会食が始まれば後は唐沢部長がやってくれることになっているから、わたしは指示に従うだけでいいから気は楽よね。せっかくの料理だもの美味しく食べなきゃもったいない。明日の調印式さえ終わればわたしの役目の9割方は完了。…なんだけどキオンとアフトクラトルの関係ってわたしが想像している以上に拗れているだろうから、まずはこの会食を成功させなきゃ!)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミはハイレインとヴィザを連れてメインダイニングのドアの前に来た。

中には彼女たち以外の参加メンバーは全員揃っている。

ドアを開けることでキオンとアフトクラトルという近界(ネイバーフッド)における二大軍事大国の元首が初対面するという歴史的なイベントが始まるわけで、誰もが固唾を飲んで今か今かと待っているはずだ。

ここから先は彼女にも想像できない部分が多く、また彼女の意思でどうすることもできないことも多い。

しかし不安はなかった。

 

「どうぞ、お入りください」

 

静かにドアを開けたツグミがハイレインとヴィザに入るよう促すと、ふたりは彼女の言葉に返事をするように黙って頷き、堂々とした態度でダイニングルームの中へ入って行った。

ダイニングルームには4つの円卓が並んでいて、その一番上座のテーブルで待っていたテスタがすっと立ち上がり、まるで長い間会っていなかった幼馴染か友人に偶然出会ったかのような嬉しそうな表情でハイレインの元へ近寄って来た。

ツグミの頭の中のシナリオではテスタのテーブルまでハイレインが歩いて来てそこで挨拶と握手という流れであったのだが、テスタがハイレインを迎えるためにわざわざ歩いて来て出迎えるということになるとは考えていなかった。

 

「初めまして。私がキオン総統のテスタ・スカルキです。お目にかかれて光栄です」

 

「アフトクラトル国王、ハイレイン・ベルティストンです。こちらこそお会いするのを楽しみにしていました」

 

テスタとハイレインはそれぞれ自己紹介すると握手をした。

さらにテスタは驚くべき行動をする。

彼はハイレインの肩に手を置き、一緒にテーブルへ行こうと促したのだ。

 

「こちらですよ。さあ、行きましょう」

 

すいぶんと馴れ馴れしい態度のように思えるがハイレインも嫌がる様子はなく、むしろ喜んでいるのか笑顔を見せている。

その後ろをツグミがヴィザを案内するように付いて行き、上座のテーブルに着くとそこでリベラートとサーヴァが立ち上がってそれぞれ自己紹介と握手をした。

それが終わると全員が座り、ツグミは一番下座の自分の席へと向かう。

ここで何人かの近界民(ネイバー)と親しいという理由で司会者に選ばれた唐沢が舞台脇のスタンドマイクの前に立った。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。お待たせ致しました。これより近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の懇親会を行います。本日司会進行をさせていただきます唐沢と申します。よろしくお願いします。…はじめに、城戸本部司令より、ひとことご挨拶をいただきます。城戸司令、よろしくお願いします」

 

指名された城戸が唐沢からマイクを受け取って挨拶をする。

ここで冗長な挨拶はNGで、元々話上手ではないことを理解している城戸は簡単に挨拶を終え席に戻ると、続いて乾杯の挨拶に移る。

 

「それでは乾杯の音頭を鬼怒田室長にお願いしたいと思います。各自グラスのご用意をお願いします」

 

ツグミとテオとレクスの未成年3人はオレンジジュース、他の大人たちにはスパークリングワインが注がれたグラスが配られた。

役職の順番で選ばれたため鬼怒田は渋々といった表情をしていたが、彼もまた個人的な感情よりもボーダーと玄界(ミデン)の未来を優先すべきとすぐに判断して不自然だが笑顔になった。

 

「ご指名を賜りました、ボーダー開発室室長の鬼怒田でございます。本日はご多忙の中お集まりいただきありがとうございます。このように皆様が一堂を会して集まることは歴史上初めてのことであり、今後も頻繁にこのような会を開催することは難しいと思われますので、ぜひこの機会に親睦を深めていただければと存じます。では乾杯に移りたいと思います。…皆様ご唱和ください。乾杯!」

 

「乾杯!」

 

たぶん舌を噛まずに言えるように何度も練習をしたことだろう。

鬼怒田は無事に大役を勤め上げ、自分の席に戻ると力を抜いて残ったスパークリングワインを一気飲みした。

 

「では、ゆっくりとお食事とご歓談をお楽しみください」

 

司会の唐沢も自分の席に戻り、そのタイミングで料理が運ばれて来た。

前菜はホテルの料理長一押しの「パテ・ド・カンパーニュ」で、フランス語で「田舎風パテ」という意味の定番の前菜である。

近界民(ネイバー)たちにも馴染みのある料理なので気に入ってもらえたようだった。

 

 

 

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