ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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447話

 

 

人間というものは美味しいものを前にして機嫌が悪くなることはない。

むしろ機嫌の悪かった人間でもたったひと口の美味しい料理がその人を笑顔にし、周囲の人間に対して悪態をつくことはなくなる。

個人によって味覚や好みが違うので同じものを食べても一概に美味しいとか不味いとは言えないのだが、少なくとも住む世界が違ってもその点では共通するはずだ。

前菜を食べてそれが「口に合う」と知れば次の料理に期待をする。

どうやらこの会場にいる者はすべてパテ・ド・カンパーニュが気に入ったようで、そのたったひと皿の料理が場の雰囲気を和ませた。

続いてスープが運ばれて来る。

これもまた料理長の自信作の「野菜のペイザンヌとベーコンのスープ」で、ペイザンヌとは玉ねぎ、にんじん、じゃがいもなどの野菜を1辺約1センチの三角形や四角形に薄切りする切り方で、たっぷりの野菜の旨みをしっかりと引き出した具沢山スープだ。

スプーン1杯で9種類もの色とりどりの野菜の味が楽しむことができ、客たちも満足気な顔で堪能している。

 

ひとまず自分の役目を終えたということでツグミは客観的な視点で周りの人間の様子を見てみると意外なことに気が付いた。

 

(そうか…あれはスカルキ総統のアドリブだったんだ。アフトのふたりは去年の大規模侵攻のことがあって完全アウェイで、鬼怒田さんなんて朝の出迎えの時には渋っていたくらい。城戸司令や忍田本部長だってまだ信用できずにいるだろうし、スカルキ総統のようにボーダーに協力してくれる近界民(ネイバー)じゃないから正直言って歓迎できない。そんなアフトのふたりがすっと場に溶け込むことができたのはスカルキ総統のおかげだわ。これって転校生がクラスメイトに馴染めるかどうか不安な時、クラス委員かクラスの人気者が積極的に話しかけて親しくなることで他のクラスメイトとも打ち解けやすくするみたいなカンジ? スカルキ総統が最も上座となる席をハイレイン陛下に譲ったのはキオンをアフトよりも格下だと認めているからじゃなく、自分が優位にあることを認識しているから相手を立てようということなんだ。戦争やスポーツの勝負なんかでも勝者が敗者を褒め称えるってことが多いもの。一方、ハイレイン陛下は自分の玄界(ミデン)における立場をちゃんと認識しているし、周りが全部ボーダー側の勢力だってわかっているから無用なトラブルは起こしたくない。一念発起してわざわざ玄界(ミデン)まで来て敵を増やしてしまっては元も子もないんだから、ここはプライドなんか捨ててスカルキ総統のお手並みを拝見といった大人の対応がベストだと判断したんだろうな。そのおかげでこの会食を和やかな雰囲気で始めることができ、美味しい料理のおかげで会話が弾んでいる)

 

上座のテーブルと見るとテスタとハイレインが並んで座っており、料理を話題にして会話を楽しんでいるようである。

城戸はリベラートとフーガの間にいて、料理に使われている野菜をどのように取り寄せるのかなどの説明をしていた。

隣のテーブルではサーヴァとヴィザがお互いに自分と同じ()()()を感じたらしくふたりで盛り上がっていて、忍田と唐沢がウェルスと無難な会話をしている。

鬼怒田たちのテーブルはボーダー関係者だけの席となっているので普通に慰安会のようで、ツグミたちのテーブルは料理が豪勢なだけで普段の食事風景とあまり変わらない。

 

続く魚料理は「鯛のポワレのレモンバターソース掛け」、肉料理の「鴨肉のコンフィ」とメインの皿が運ばれて来る頃にはお酒も進んでいて、サーヴァとヴィザは明らかに酔っているという様子だ。

本来このふたりはテスタとハイレインをそれぞれ護衛する役割にあるのだが、これではいざという時に役に立ちそうにない。

しかしこれは自分たちが役目を果たさなければならないような事態にはならないと確信している証拠で、テスタとハイレインも良い雰囲気の中でワインを味わっている。

これはハイレインの登場の際にテスタが積極的に親しげな態度で輪の中に引っ張り込んだことが功を奏しているのだとツグミは確信した。

彼女は知らないことだが、テスタは握手をした時に自分の「触れた相手の()()()()を読み取る」というサイドエフェクトを使っていた。

ハイレインが玄界(ミデン)へやって来たのはボーダーとボーダーの味方になったキオン・エウクラートンに何らかの企みを巡らしているのではなく、自分と同じく若くして国家元首となった人間(テスタ)と話がしたいという単なる好奇心が理由であることを知ったことでテスタが警戒心を解き、周囲の人間も安心して純粋に料理と会話を楽しめるようになったということなのだ。

 

デザートの「オレンジのクレープシュゼット」はツグミがリクエストしたものであった。

近界(ネイバーフッド)にもオレンジなどの柑橘系の果物は存在するのだが自国で生産できる国は非常に少ない。

エウクラートンのような農業国でもリンゴやブドウ、サクランボなど生産しているのだが、気候や雨量及び土壌の関係などで柑橘系の栽培には適していないらしく他国から輸入しなければ手に入らないほどだ。

そういった点で上流階級の近界民(ネイバー)たちでも滅多に口にできないオレンジを使ったスイーツを推したのである。

ここまでの料理には近界(ネイバーフッド)でも比較的馴染みのあるものを出してきたが、その食材は厳選したもので味は最高のものに仕上がっている。

ところが最後に国家元首でも食べたことがないであろうスイーツを出して驚かせた。

このように近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)は共通する部分が多いものの、近界(ネイバーフッド)では高級品として扱われているものが当たり前のように流通している()()()()国であることをさり気なくアピールしたのだ。

そんなツグミの()()は成功したようだ。

小麦粉・卵・牛乳を使ったパンケーキの類は庶民階級の近界民(ネイバー)たちにも馴染みのある菓子なのだが、その材料を厳選したこととオレンジという非常に珍しい果物を使用したことである意味「究極」のデザートになったのである。

 

デザートの後にコーヒーが運ばれて来た。

このコーヒーという飲み物も庶民階級では滅多に口にできるものではないもので、近界(ネイバーフッド)では高級品である。

玄界(ミデン)でも産地は限られていて、栽培に適した降水量、日照量、温度、土壌の条件を満たす地域は赤道を挟んで北緯と南緯25度の範囲内とされている。

近界(ネイバーフッド)にもコーヒー栽培に適した国があって、そこから輸入をしているから高級品となってしまうのだということだ。

日本でも輸入に頼ってはいるが価格は抑えられているから庶民でも日常的に楽しむことができることを知ると、国同士がいがみ合うよりもお互いの不足部分を補い合うことで双方が利益を得られる方が()()と考えるのは自然な流れである。

近界(ネイバーフッド)では一方が得をすればもう一方が損をするのは当然だという考え方しかなく、強者が得をして弱者が損をするのは世の(ことわり)だと信じ込んでいる。

交易の際にも商品を売る側と買う側では売る側の人間の方が強者となって法外な値段で売りつけるのだが、買う側はどうしても欲しいものであれば言い値で買うしかない。

ここで取引が成立しないと売る側・買う側どちらも欲しいものが手に入らなくなるわけで、時には強引な手段を用いることになる。

こういう時のために商談の際にはどちらもトリガー使いを待機させていて、場合によってはトリガー使い同士の戦いで勝った方が()()()となる結果を迎えることも多々あるらしい。

この話を聞いた時、ツグミはここでも近界民(ネイバー)たちが「強者と弱者」に分かれて、強者が多くを得ることが当然だという彼らの(ことわり)に疑問を持った。

玄界(ミデン)で生まれ育った彼女には強者がすべてを得て、弱者は奪われるままでいるというルールが理解できない。

そもそも強者と弱者という区分けが絶対的なものでない以上、状況が変われば立場も変わるというもの。

近界(ネイバーフッド)では一般に「トリオン能力の高い者」が強者とされ、トリオン能力者が多ければトリガー使いが大勢いる軍を組織することができ、強力な軍隊があれば他国を侵略して支配下に置くことができる。

しかしその頂点に立つアフトクラトルは三門市侵攻でボーダーから痛い目に合わされ、さらにボーダーのアフトクラトル遠征では有利な本拠地での戦いで完敗を喫している。

ならばボーダーはアフトクラトルよりもトリオン能力の高い者( 強者 )が多かったと言うのだろうか?

否、それは違うと断言できる。

トリガー技術において圧倒的に不利な立場のボーダーでは()()()()()()勝ち目のない戦争であったが、戦争の勝敗は軍事力だけで決まるものではないことは事実である。

現にボーダー単独では不可能だったアフトクラトル遠征もキオンの協力があったおかげで現地における破壊工作や情報操作などを行うことができたのだし、ヒュースを寝返らせることでディルクという味方を得て滞在場所と重要な情報を得ることができた。

正面から戦えば勝てない戦争でも様々な()()()をすることでボーダーは勝利を得たのである。

そして現在、アフトクラトルの国王となったハイレインは近界(ネイバーフッド)における最高権力者であるがボーダーに対しては膝を屈することになり、明らかに強者と弱者の立場が入れ替わっていると言えよう。

屈辱的な敗北を認めざるをえなかったハイレインは自分が絶対的な強者ではないことを理解し、これまでの()()()を改めなければいけないという状況に追い込まれた。

彼が国王として今後どのような統治をすべきか考えるために立場が似ているが考え方が正反対のテスタと話をしてみようという気になったのだが、その「本番」はこれからである。

 

 

コーヒータイムが終わると会食はこれでおしまいとなる。

 

「締めの挨拶を忍田本部長にお願いしたいと思います。忍田本部長お願いします」

 

司会の唐沢に促され、忍田が席を立ってマイクを受け取った。

 

「本日はお忙しい中、お集りいただきまして誠にありがとうございました。それでは、この辺で懇親会をお開きにさせていただきたいと思います。なお、引き続き歓談できるよう別室をご用意してございますので、ぜひご参加ください」

 

さすがに近界民(ネイバー)相手に三本締めや一本締めをするわけにもいかず、そのまま会食は終了した。

二次会の会場はホテル内のカラオケルームで、2部屋用意してある。

林藤、鬼怒田、根付、唐沢、サーヴァ、ヴィザ、フーガのグループと、迅、レイジ、ゼノン、リヌス、テオ、レクス、ウェルスのグループがそれぞれ使用することになり、テスタとハイレインはテスタの部屋で、城戸と忍田とリベラートはリベラートの部屋で話をすることにした。

ツグミはというと…

 

「ツグミ、きみには私の部屋に来て私たちの話を聞いて()()になってもらいたい」

 

メインダイニングを出て行く時にテスタにそう言われては断る理由もなく、ツグミはハイレインと一緒にテスタの部屋へ行くことになった。

その様子を忍田は心配しながら見ていたが、彼も城戸と一緒にリベラートと重要な話があるのでどうすることもできない。

()を信じて成り行きを見守るしかないのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

テスタの部屋もハイレインの部屋と同じスイートルームで、3人は12畳の和室で話をすることになった。

その和室の中央には掘りごたつがセッティングされているため、210センチ×100センチの長テーブルを囲むことになる。

しかし近界(ネイバーフッド)における二大軍事国家の元首がこたつに入って顔を合わせているという光景はとてもシュールだ。

おまけにテスタは明らかに外国人顔で、ハイレインは換装を解いて生身の身体に戻っているため側頭部から角の生えている鬼の姿に見える。

そしてテーブルの上には日本茶とツグミのお手製カステラが置かれていて、これが非公式ながらも近界(ネイバーフッド)史上初のキオン・アフトクラトル首脳会談の会場であるから、自分がセッティングしたというのにツグミは苦笑してしまう。

 

(会談の前にお風呂に入ってもらって浴衣で…って考えたけど、そうしたらもっとすごい絵面になってたかも。ま、話の内容が殺伐としたものでもこたつに入ってお茶を飲みながらってことなら深刻なものにはならないわね)

 

テーブルの長辺にテスタとハイレインが、そして短辺で下座となる場所にツグミが座っている。

あえて上座には誰も座らないようにし、テスタとハイレインが対等な立場ということにしたのだ。

キオンとアフトクラトルでは事情が事情だから公式な場であればキオンの元首を上客とするが、プライベートな会談だから彼らに上も下もない。

 

さっそくテスタが口を開いた。

 

「まずはここ()()での決め事をしたいと思う。公式なものではないし、お互いに腹を割って話したいこともあるだろうから、ここでは相手に対して敬称は使わず、敬語もできるだけ使わない砕けたカンジで話したいと思うのだがどうだろうか?」

 

ツグミには異論はないし、むしろテスタの言い分はもっともだと思うから賛成である。

 

「わたしは賛成です」

 

するとハイレインも頷いて答えた。

 

「俺も異論はない」

 

テスタは満足げに笑むとお茶をひと口飲んだ。

 

「じゃあ、私のことはテスタと呼んでくれ。間違ってもスカルキ総統などと呼ばないでくれよ」

 

砕けた口調でツグミに言うテスタ。

 

「私はきみから総統って言われるたびにむず痒かったんだよね。私はきみと話をする時に立場こそ国家元首だが気持ちはテスタ・スカルキという個人の気持ちや考え方で話をしていたからね」

 

「わかりました、テスタさん」

 

ツグミがそう言うとテスタは満面の笑みとなる。

 

「うん、それでこそ友人だってカンジでイイね」

 

するとハイレインも負けじとばかりに言う。

 

「それなら俺のことも陛下とは呼ばないでくれ」

 

「わかりました、ハイレインさん」

 

続けてテスタが言う。

 

「それからここでの話は非公式なもので、内容はたぶん他人にあまり知られたくないようなものも含まれるだろう。だから3人だけの秘密ということで一切口外無用。いいな?」

 

「はい」

「もちろんだ」

 

ツグミとハイレインは同時に返事をした。

 

 

「それじゃ、まず私からハイレインに訊きたいことがあるんだ。もちろん答えられないことなら無理に答えてもらわなくてもかまわない。答えられる範囲でいいから教えてくれ。きみは…いや、きみ()ここにいるツグミのことが気に入って、彼女の言うことなら信じてみようという気になったんだと思うんだが、彼女のどこに惹かれたんだい?」

 

「はぁ!?」

 

テスタの質問にハイレインよりもツグミの方が驚いて変な声を上げてしまった。

 

「テスタさん、どうしてふたりの会談の最初の話題がわたしのことなんですか!?」

 

「そりゃあ、私と彼を玄界(ミデン)へと引きずり出したのがきみなんだから、最初に話題にするのはきみのことになるのが当然だと思うんだが。少なくとも私はボーダーの幹部連中よりもきみを信用しているし、きみがゼノンたちのために命懸けでキオンへ来てくれたことが嬉しかった。私の部下のことで必死になっているきみの姿を見ていたら、たとえそれが芝居であったとしてもひとまず話だけでも聞いてやろうという気になる。そして話を聞いているうちに玄界(ミデン)に興味が沸いてきた。その興味とはトリオンを使わずに発展した異世界の文明はもちろんのこと、きみの育った環境がどんなものか知りたくなった。私は子供の頃から好奇心が旺盛で、知りたいと思うとトコトン知りたいという癖がある。だからこうして玄界(ミデン)へやって来てきみの同胞がどんな暮らしをしているのかを見るのは楽しいし、同じ経験ができるというのは非常に貴重な機会だ。そしてこれまでもっとも警戒すべき国であるアフトクラトルの王に会えるのだから、どんな話をしようかとずっと考えていたんだよ。私たちは年齢も近く、これから大きく変わろうとしている近界(ネイバーフッド)の国々の中で影響力のある国の元首という立場も同じ。難しい話をしようと思えば話題はいくらでもある。だけどそれは今じゃなくてもいいだろ。私は彼の個人的なことが知りたい。さっきの会食で好きな食べ物や普段はどんなものを食べているのか、またどんな酒が好きなのかなどの話をした。それなら次は目の前にいる可愛い女の子のことを話題にしたところで不思議はないはずだ」

 

「うっ…」

 

ツグミがいなければ今頃ここにキオンの総統とアフトクラトル国王がいるはずがない。

ふたりが個人的な会話のできる機会をセッティングしたのも彼女だ。

ならば彼女のことが話題となってもダメとは言えるはずがない。

そんなツグミとテスタのやり取りを見ていたハイレインは笑いを堪えきれなくなってしまったようだ。

 

「クッ、クククッ…ああ、失敬。おまえたちの会話を聞いていて、歳も性別も立場も生まれ育った環境もまったく違うというのに良く似ていると思ったものだからな」

 

「ハイレインさん、わたしとテスタさんのどこが似ているんですか?」

 

「それは…俺の凝り固まった古臭い近界(ネイバーフッド)の価値観を破壊し、俺には想像もできない新しい世界を見せてくれそうな気がする。おまえたちが持っていて俺が持っていないものが何なのかが知りたい。そのために俺はここに来たんだ」

 

「それなら積極的に話をしましょう。ここでの話は3人が口を噤んでいれば誰にも知られずに済むことです。だったら遠慮なく言いたいことは言い、訊きたいことは訊きましょう。お酒が必要なら用意してありますし、おつまみも冷蔵庫に入っています。一晩中話をしたところで誰の邪魔にもなりません。わたしもお付き合いしますよ」

 

場の空気はテスタによって作り出された。

ハイレインが玄界(ミデン)へ来た理由が「テスタと話しがしたい」という単純なもので、アフトクラトル国王としてではなく個人的なものであり純粋な気持ちであることをテスタは知っていた。

だから話しやすい雰囲気作りをするためにわざとツグミをダシにしたのだ。

 

こうして歴史的な会見は()()()()と始まった。

 

 

 

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