ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
人間というものは美味しいものを前にして機嫌が悪くなることはない。
むしろ機嫌の悪かった人間でもたったひと口の美味しい料理がその人を笑顔にし、周囲の人間に対して悪態をつくことはなくなる。
個人によって味覚や好みが違うので同じものを食べても一概に美味しいとか不味いとは言えないのだが、少なくとも住む世界が違ってもその点では共通するはずだ。
前菜を食べてそれが「口に合う」と知れば次の料理に期待をする。
どうやらこの会場にいる者はすべてパテ・ド・カンパーニュが気に入ったようで、そのたったひと皿の料理が場の雰囲気を和ませた。
続いてスープが運ばれて来る。
これもまた料理長の自信作の「野菜のペイザンヌとベーコンのスープ」で、ペイザンヌとは玉ねぎ、にんじん、じゃがいもなどの野菜を1辺約1センチの三角形や四角形に薄切りする切り方で、たっぷりの野菜の旨みをしっかりと引き出した具沢山スープだ。
スプーン1杯で9種類もの色とりどりの野菜の味が楽しむことができ、客たちも満足気な顔で堪能している。
ひとまず自分の役目を終えたということでツグミは客観的な視点で周りの人間の様子を見てみると意外なことに気が付いた。
(そうか…あれはスカルキ総統のアドリブだったんだ。アフトのふたりは去年の大規模侵攻のことがあって完全アウェイで、鬼怒田さんなんて朝の出迎えの時には渋っていたくらい。城戸司令や忍田本部長だってまだ信用できずにいるだろうし、スカルキ総統のようにボーダーに協力してくれる
上座のテーブルと見るとテスタとハイレインが並んで座っており、料理を話題にして会話を楽しんでいるようである。
城戸はリベラートとフーガの間にいて、料理に使われている野菜をどのように取り寄せるのかなどの説明をしていた。
隣のテーブルではサーヴァとヴィザがお互いに自分と同じ
鬼怒田たちのテーブルはボーダー関係者だけの席となっているので普通に慰安会のようで、ツグミたちのテーブルは料理が豪勢なだけで普段の食事風景とあまり変わらない。
続く魚料理は「鯛のポワレのレモンバターソース掛け」、肉料理の「鴨肉のコンフィ」とメインの皿が運ばれて来る頃にはお酒も進んでいて、サーヴァとヴィザは明らかに酔っているという様子だ。
本来このふたりはテスタとハイレインをそれぞれ護衛する役割にあるのだが、これではいざという時に役に立ちそうにない。
しかしこれは自分たちが役目を果たさなければならないような事態にはならないと確信している証拠で、テスタとハイレインも良い雰囲気の中でワインを味わっている。
これはハイレインの登場の際にテスタが積極的に親しげな態度で輪の中に引っ張り込んだことが功を奏しているのだとツグミは確信した。
彼女は知らないことだが、テスタは握手をした時に自分の「触れた相手の
ハイレインが
デザートの「オレンジのクレープシュゼット」はツグミがリクエストしたものであった。
エウクラートンのような農業国でもリンゴやブドウ、サクランボなど生産しているのだが、気候や雨量及び土壌の関係などで柑橘系の栽培には適していないらしく他国から輸入しなければ手に入らないほどだ。
そういった点で上流階級の
ここまでの料理には
ところが最後に国家元首でも食べたことがないであろうスイーツを出して驚かせた。
このように
そんなツグミの
小麦粉・卵・牛乳を使ったパンケーキの類は庶民階級の
デザートの後にコーヒーが運ばれて来た。
このコーヒーという飲み物も庶民階級では滅多に口にできるものではないもので、
日本でも輸入に頼ってはいるが価格は抑えられているから庶民でも日常的に楽しむことができることを知ると、国同士がいがみ合うよりもお互いの不足部分を補い合うことで双方が利益を得られる方が
交易の際にも商品を売る側と買う側では売る側の人間の方が強者となって法外な値段で売りつけるのだが、買う側はどうしても欲しいものであれば言い値で買うしかない。
ここで取引が成立しないと売る側・買う側どちらも欲しいものが手に入らなくなるわけで、時には強引な手段を用いることになる。
こういう時のために商談の際にはどちらもトリガー使いを待機させていて、場合によってはトリガー使い同士の戦いで勝った方が
この話を聞いた時、ツグミはここでも
そもそも強者と弱者という区分けが絶対的なものでない以上、状況が変われば立場も変わるというもの。
しかしその頂点に立つアフトクラトルは三門市侵攻でボーダーから痛い目に合わされ、さらにボーダーのアフトクラトル遠征では有利な本拠地での戦いで完敗を喫している。
ならばボーダーはアフトクラトルよりも
否、それは違うと断言できる。
トリガー技術において圧倒的に不利な立場のボーダーでは
現にボーダー単独では不可能だったアフトクラトル遠征もキオンの協力があったおかげで現地における破壊工作や情報操作などを行うことができたのだし、ヒュースを寝返らせることでディルクという味方を得て滞在場所と重要な情報を得ることができた。
正面から戦えば勝てない戦争でも様々な
そして現在、アフトクラトルの国王となったハイレインは
屈辱的な敗北を認めざるをえなかったハイレインは自分が絶対的な強者ではないことを理解し、これまでの
彼が国王として今後どのような統治をすべきか考えるために立場が似ているが考え方が正反対のテスタと話をしてみようという気になったのだが、その「本番」はこれからである。
コーヒータイムが終わると会食はこれでおしまいとなる。
「締めの挨拶を忍田本部長にお願いしたいと思います。忍田本部長お願いします」
司会の唐沢に促され、忍田が席を立ってマイクを受け取った。
「本日はお忙しい中、お集りいただきまして誠にありがとうございました。それでは、この辺で懇親会をお開きにさせていただきたいと思います。なお、引き続き歓談できるよう別室をご用意してございますので、ぜひご参加ください」
さすがに
二次会の会場はホテル内のカラオケルームで、2部屋用意してある。
林藤、鬼怒田、根付、唐沢、サーヴァ、ヴィザ、フーガのグループと、迅、レイジ、ゼノン、リヌス、テオ、レクス、ウェルスのグループがそれぞれ使用することになり、テスタとハイレインはテスタの部屋で、城戸と忍田とリベラートはリベラートの部屋で話をすることにした。
ツグミはというと…
「ツグミ、きみには私の部屋に来て私たちの話を聞いて
メインダイニングを出て行く時にテスタにそう言われては断る理由もなく、ツグミはハイレインと一緒にテスタの部屋へ行くことになった。
その様子を忍田は心配しながら見ていたが、彼も城戸と一緒にリベラートと重要な話があるのでどうすることもできない。
◆◆◆
テスタの部屋もハイレインの部屋と同じスイートルームで、3人は12畳の和室で話をすることになった。
その和室の中央には掘りごたつがセッティングされているため、210センチ×100センチの長テーブルを囲むことになる。
しかし
おまけにテスタは明らかに外国人顔で、ハイレインは換装を解いて生身の身体に戻っているため側頭部から角の生えている鬼の姿に見える。
そしてテーブルの上には日本茶とツグミのお手製カステラが置かれていて、これが非公式ながらも
(会談の前にお風呂に入ってもらって浴衣で…って考えたけど、そうしたらもっとすごい絵面になってたかも。ま、話の内容が殺伐としたものでもこたつに入ってお茶を飲みながらってことなら深刻なものにはならないわね)
テーブルの長辺にテスタとハイレインが、そして短辺で下座となる場所にツグミが座っている。
あえて上座には誰も座らないようにし、テスタとハイレインが対等な立場ということにしたのだ。
キオンとアフトクラトルでは事情が事情だから公式な場であればキオンの元首を上客とするが、プライベートな会談だから彼らに上も下もない。
さっそくテスタが口を開いた。
「まずはここ
ツグミには異論はないし、むしろテスタの言い分はもっともだと思うから賛成である。
「わたしは賛成です」
するとハイレインも頷いて答えた。
「俺も異論はない」
テスタは満足げに笑むとお茶をひと口飲んだ。
「じゃあ、私のことはテスタと呼んでくれ。間違ってもスカルキ総統などと呼ばないでくれよ」
砕けた口調でツグミに言うテスタ。
「私はきみから総統って言われるたびにむず痒かったんだよね。私はきみと話をする時に立場こそ国家元首だが気持ちはテスタ・スカルキという個人の気持ちや考え方で話をしていたからね」
「わかりました、テスタさん」
ツグミがそう言うとテスタは満面の笑みとなる。
「うん、それでこそ友人だってカンジでイイね」
するとハイレインも負けじとばかりに言う。
「それなら俺のことも陛下とは呼ばないでくれ」
「わかりました、ハイレインさん」
続けてテスタが言う。
「それからここでの話は非公式なもので、内容はたぶん他人にあまり知られたくないようなものも含まれるだろう。だから3人だけの秘密ということで一切口外無用。いいな?」
「はい」
「もちろんだ」
ツグミとハイレインは同時に返事をした。
「それじゃ、まず私からハイレインに訊きたいことがあるんだ。もちろん答えられないことなら無理に答えてもらわなくてもかまわない。答えられる範囲でいいから教えてくれ。きみは…いや、きみ
「はぁ!?」
テスタの質問にハイレインよりもツグミの方が驚いて変な声を上げてしまった。
「テスタさん、どうしてふたりの会談の最初の話題がわたしのことなんですか!?」
「そりゃあ、私と彼を
「うっ…」
ツグミがいなければ今頃ここにキオンの総統とアフトクラトル国王がいるはずがない。
ふたりが個人的な会話のできる機会をセッティングしたのも彼女だ。
ならば彼女のことが話題となってもダメとは言えるはずがない。
そんなツグミとテスタのやり取りを見ていたハイレインは笑いを堪えきれなくなってしまったようだ。
「クッ、クククッ…ああ、失敬。おまえたちの会話を聞いていて、歳も性別も立場も生まれ育った環境もまったく違うというのに良く似ていると思ったものだからな」
「ハイレインさん、わたしとテスタさんのどこが似ているんですか?」
「それは…俺の凝り固まった古臭い
「それなら積極的に話をしましょう。ここでの話は3人が口を噤んでいれば誰にも知られずに済むことです。だったら遠慮なく言いたいことは言い、訊きたいことは訊きましょう。お酒が必要なら用意してありますし、おつまみも冷蔵庫に入っています。一晩中話をしたところで誰の邪魔にもなりません。わたしもお付き合いしますよ」
場の空気はテスタによって作り出された。
ハイレインが
だから話しやすい雰囲気作りをするためにわざとツグミをダシにしたのだ。
こうして歴史的な会見は