ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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448話

 

 

「ところでさっきの質問の答えだが、その前に俺がツグミと出会った時のことを話したい」

 

ハイレインはそう前置きをしてから昔を懐かしむような目で話を始めた。

 

「俺の前に現れたツグミは見た目こそタダの小娘だが、イルガーを1発の砲撃で墜とすほどのトリオン量とラービットの懐に飛び込んでゼロ距離攻撃をいとも容易く行う度胸と技術があった。大胆かつ精緻で隙のない攻撃を見せた彼女を部下としてアフトへ連れ帰りたいと考えて()()で戦った。単純な武器(トリガー)だけの勝負なら卵の冠(アレクトール)を持つ俺の方が圧倒的に有利だったが、俺たちが戦っている隙に自律型トリオン兵が遠征艇のシステムに介入して勝手に自動発進の操作をした。あれさえなければまだ十分に勝機はあったのだ」

 

「でもあの時点でヴィザさんは負けてしまいましたし、ランバネインさんはトリオン体を破壊されてしまって戦闘不可。エネドラは死亡していて、ヒュースは足止めされていたので援軍は望めなかったはずですよ。それに仮にわたしと戦って勝ったとしても金の雛鳥は手に入りませんでした。だってわたしが持っていたトリオンキューブは偽物だったんですから」

 

「どういうことだ? もうひとりの少年兵の持っていた方が偽物だったのではないのか?」

 

「いいえ。どちらも偽物だったんです。最初にあなたへ無駄に攻撃をしてたくさんのトリオンキューブが地面に転がった時に自律型トリオン兵が適当なものをふたつ拾っておいて、それをわたしと後輩の男の子がずっと抱えていただけ。あの状態では戦闘力とトリオン能力が彼よりも優れているわたしが持っている方を本物だと思うはずなので、その裏をかいてみました。本物は安全な場所に隠しておいて、後で無事に回収しました」

 

ツグミが種明かしをすると、ハイレインは渋い顔をした。

 

「俺は騙されていたのか…」

 

「だって玄界(ミデン)には『兵は詭道なり』という言葉があるんですよ。戦争で騙し討ちなんて普通じゃありませんか。こちらは可愛い後輩が連れ去られようとしているのを防ぐために必死だったんです」

 

「ああ、それはわかっている。今さらおまえに文句を言ったところで意味はない。しかしまんまと騙されたな。あの状態では芝居だと気付けなくとも仕方がない。こちらも必死だったからな」

 

「戦争なんですからどちらも命懸けですよ。お互いさまです」

 

そう言ってツグミは微笑んだ。

 

「俺は遠征艇が自動発進して(ゲート)に吸い込まれていく際、金の雛鳥を手に入れられなかったことは残念だと思ったが、それ以上におまえを捕獲できなかったことが悔やまれた。その歳では角を移植するのは無理だが、戦闘の才能に優れたおまえなら俺の失った部下の代わりになってくれると思ったのだ」

 

「褒めてもらえるのは嬉しいですけど、わたしは誰かのために戦うというのは嫌いなんです。これまで戦ってきたのはすべて自分自身のため。誰かに命じられたのではなく自分の意思で戦うので、わたしがアフトのために戦うなんてことは絶対にありえません。ただしあなたの命令に従って戦うことの延長線上にわたし自身の願いが叶うという確信があるのなら別ですけど」

 

「フン、そんなことを言っていられるのも無事だったからだぞ。実際に捕虜になってしまえば自分の意思など脆く崩れ去る。おまえみたいな小娘では俺たちの拷問に1日も耐えられなかっただろう」

 

ハイレインはわざと脅かすように言うが、ツグミには効果などない。

 

「だからアフトはボーダーに負けてしまったんですよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「拷問などという古臭い乱暴な手段では人の心は変わりません。特に強い信念の持ち主でしたらたとえ命を奪われるとしても自分の矜持は捨てませんから、結局どちらにとっても残念な結果にしかならないんです。わたしのことを小娘などと言いますが、自分の部下にしたいと思うほどわたしのことを評価していたことになります。でもそれは逆に言えば拷問程度で敵に寝返るような人間をあなたは部下にしたいと考えたということになるのではありませんか? 少なくともヒュースは頑としてアフトの情報どころか自分のことについてもなかなか口を割ろうとはしませんでした。早いうちに役に立たないとわかり、あなたに異常なほどの恨みを持つエネドラから情報を得ることにしたんです」

 

「……」

 

「キオンがボーダーに協力してくれたのは単にキオンがアフトと対立する国であり、アフトの弱体化を狙っていたという理由ではありません」

 

「その理由については私が話したい。いいだろ、ツグミ?」

 

それまで黙ってツグミたちの話を聞いていただけのテスタが口を挟んだ。

 

「はい、もちろんです」

 

ツグミからバトンを受け取ったテスタがハイレインの顔を見て言う。

 

「これはきみも耳にしていることかもしれないが、改めて話そう。…キオンは20年以上前にエウクラートンへ侵攻し、その時にミリアムの(ブラック)トリガーによって散々な目に遭わされた。翌年の再侵攻では適合者を喪ったらしく、使用されないままキオンに奪われることを恐れた女王はオリバという人物に渡して国外へ逃がしたんだ。当時のキオンの総統はオリバとミリアムの(ブラック)トリガーの行方を探させ、見付からないままに長い年月が過ぎ去った。そして1年ほど前にオリバが玄界(ミデン)にいるのではないかという情報を入手したゼノン隊の3人がアフトによる玄界(ミデン)侵攻のどさくさに紛れて入国し、いくつかの状況証拠からツグミがオリバの娘であり、ミリアムの(ブラック)トリガーを所持しているのではないかという答えに至った。これは正解であったのだが、強奪計画は…失敗した。彼女の知略がキオンの中でも特に優秀な諜報員の完璧だと思われる作戦を見事に打ち砕いたのだ。強奪計画に失敗しただけでなくゼノン隊の3人はボーダーの捕虜になってしまった。まったく想定していなかった事態だ」

 

「……」

 

「通常なら捕虜になった兵士は拷問によって自白を強要されるものだが、ゼノンたちは拷問を受けるどころか客人待遇を受けたそうだ。食事も食べたいものがあればツグミが可能な限り作ってくれたそうだし、なによりも彼女はゼノンたちのことを友人と呼んでくれたと言っていた。自分を乱暴な手段で捕えて近界(ネイバーフッド)へ連れ去ろうとした人間を友人とまで言ったのだよ、彼女は。まあ、これだけではゼノンたちを懐柔するために芝居をしていたのではないかと疑ってしまうが、本人が危険を承知で敵地に乗り込んで来て(ブラック)トリガーよりも価値のあるものを提供するからゼノンたちの処分を撤回するよう総統である私に直談判をした。まあ、ゼノンたちから事前に私の人となりについて聞いていたのだろうが、それにしても怖いもの知らずというか軍事大国の国家元首を前にして一歩も退かずに交渉をする姿に私は魅了されてしまった。そしてゼノンたちからボーダーの人間に一切の暴力的なことは受けず、彼女の友人を助けたいと思う必死な姿に感動したと聞かされて、彼女が芝居ではなく本気でゼノンたちを助けようと奔走し、ボーダーの幹部たちを説得してやっとキオンまで来たのだと理解できた」

 

「……」

 

「もしボーダーがゼノンたちを拷問して近界(ネイバーフッド)の情報を吐かせようとしたのであれば、誇り高いキオンの兵士なら自害していたことだろう。そして彼らは作戦行動中行方不明として死亡扱いとなる。経歴に大きな傷を残し彼らの肉体と魂は祖国の土に戻ることもできないという残念な結果となっていたかもしれない。そうならずに済んだのはツグミとボーダーが敵であろうとも関係なく自分たちと同じ人間として遇してくれたからだ。…そもそも拷問とは自分なら耐えられないという暴力や責め苦を相手に与えて身体と心の自由を奪う行為だ」

 

テスタはそう言ってからハイレインの顔をキッと睨みつけるような真剣な目つきをして続けた。

 

「きみは拷問を受けて身も心もボロボロになって、そんなことをした連中の言いなりになって戦うことができるかい? 私ならそんなことはできないし、たぶん誇り高いきみも同じはずだ。ならばツグミの言っていることが理解できると思う。暴力によって人の命を奪うことはできても、人の心は暴力で変えることはできない。人は人の気持ちで変わるんだよ。私は玄界(ミデン)のトリオンを使わない文明に非常に興味はあるが、それ以上に彼女の行動の先にある未来が見てみたい。我々近界民(ネイバー)の常識では計り知れない『何か』を彼女は持っていて、それこそが近界(ネイバーフッド)の『強者は奪い、弱者は奪われる』ことが当然だという原則を真理ではないと証明してくれるのではないかと期待しているんだ。それがキオン元首ではなくテスタ・スカルキとしてボーダーに味方する理由さ。もちろん私は私できみはきみだ。強制はしない。だが敵を作ることは簡単だが、心から信じられる味方を作るのは難しい。こうしてアフトクラトルが玄界(ミデン)との関係を修復し、さらに同盟を結ぶきっかけを得たのだから()()しない手はないと思う」

 

「…それはもっともな意見だ。玄界(ミデン)侵攻を終えて帰還した時、雛鳥を大量に捕まえることができたのだし、当初の目的は果たせたのだから遠征は大成功だと考えていた。しかしそれは戦いに負けたという屈辱から目を背けていただけだった。さらにその雛鳥を奪い返されたことで対抗勢力の貴族どもから冷笑された。俺はそれまで完璧な貴族の当主として、またトリガー使いとしてあらゆる戦闘に勝利してきた。しかしトリガー技術では後進国の玄界(ミデン)の兵士に負け、同胞から嘲りを受けるという屈辱に気が狂いそうだった。こうなれば王となって全軍を挙げて玄界(ミデン)への再侵攻を行い、徹底的に奪い尽くさなければと考えた結果、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだ」

 

ハイレインが苦しそうな顔で言うものだから、ツグミは気になって声をかけてしまった。

 

「ひとりで胸の中に抱え込んでいるといつか耐え切れなくなって身を滅ぼすことになりますよ。もちろん他人には言えない深刻なことなんででしょうけど、あなたにはあなたのことを大切に思う家族や仲間がいるということを忘れないでください。あなたに何かあれば哀しむ人がいて、単に新しい国王を立てれば良いという話ではないはずです。あなたは貴族の当主だから、国王だから強くなければいけないと思い込み、唯一の家族である弟にすら弱みを見せられない。それはたぶん弱みを見せたら負けた気になるからではないでしょうか?」

 

「…!」

 

ハイレインはツグミの顔を驚いたように見る。

 

「わたしはあなたが完璧主義者なのではないかと推測します。完璧主義者、すなわち万全を期すために努力を惜しまず、自ら高い目標を定めて達成することを良しとするために失敗は絶対に許せない。だから非常に優秀で立派な人間だと周囲の人々の目には映ります。そうなると他人からの評価を気にするようになり、うっかり弱みを見せてしまえばその評価が下がってしまうと考えて怯えて弱みを誰にも見せられなくなる。さっき弟にすら弱みを見せられないと言いましたが、むしろ完璧な兄である自分を慕う弟だからこそ無様な姿は見せたくない。弱い自分を見たランバネインさんが軽蔑するのではないかと思うと恐ろしい。たったひとりの家族をこんなことで失いたくはない。だから無理をする。自分ひとりで悩みや苦しみを抱え込んでしまう。でもそれってランバネインさんのことを信頼していないからではありませんか?」

 

「何を根拠にそんなことを言う?」

 

「家族というものは人間関係の中で一番厄介なものだとわたしは考えています。血のつながりがあるというだけで親子とかきょうだいとか絶対に変更できない関係性が生まれてしまい、ひと度問題が発生してしまうと他人同士のつながりよりも解決が難しいものとなります。特にきょうだい間では周囲の大人たちによって年長の子供は年少の子供よりも優れていないといけないと()をかけられてしまい、責任感が強くなるので失敗は絶対に許されないと考えて異常なほど慎重な性格になってしまうそうです。年少者はそんな年長者を尊敬し頼るものですから、ますます年長者は無様な姿を見られたくないと頑張りすぎてしまう。そして悩みを抱えてしまっても相談できる相手がおらず、ひとりで悶々としてしまって精神を病んでしまうことにもなりかねません。心当たりはありませんか?」

 

「……」

 

「あなたの場合は幼い頃に母親を亡くし、父親からは次期当主となるべく厳しい教育を与えられ、その期待に応えようと必死になってきたのだと思います。弟のランバネインさんは嫡男のあなたと違って自由奔放に育てられ、それをあなたは憎々しいと同時に羨ましいと感じていた。ランバネインさんは何か困ったことがあるとすぐにあなたを頼る。あなたは彼に頼られることが嬉しい反面、なぜ自分ばかりがこんなに苦しんでいるのに誰も助けてくれないのだとイライラすることもあるでしょう。もしあなたが自分の悩みを彼に相談したとしましょう。すると彼のあなたに対する尊敬や信頼が失われてしまうとあなたは恐れてのではないかとわたしは思います。完璧だった仮面が剥がれて素顔が見えてしまうことでランバネインさんはガッカリする。そうさせないためにも我慢して仮面を被り続けなければならない。わたしにはきょうだいがいませんし女なので兄と弟の関係を偉そうに言う資格はないですが、おふたりの話を聞いているうちにわかったことがあります。それはランバネインさんはあなたが弱くて頼りない兄であっても落胆したり嫌いになるようなことは絶対にありえない、ということです」

 

「どうしてそんなことがわかるんだ?」

 

「だってランバネインさんが玄界(ミデン)へ来た時、事あるごとに言っていたんですよ。『兄者に食べさせてやりたい』『兄者に見せたい』『兄者への土産に持って帰ろう』って頭の中には常にあなたの存在があって、あなたが喜ぶだろうと思うとつい口から出てしまったんでしょうね。その様子を見ていて彼があなたのことを大好きなのは良くわかりました。彼にとってあなたはアフト国王ではなく、自分の兄としての割合の方が大きいんです。でも立場上そんなことはできない。ベルティストン家当主のあなた、アフト国王のあなたのことを尊重しなければならないので家臣の立場を崩すことはできず、あなたが悩んだり苦しんでいる姿を黙って見ているしかない彼の気持ちはどのようなものだったでしょうか? ()()()()()()の悩みや苦しみに()()()()()()()に何かできることはないかといろいろ考えたはず。お互いが相手のことを愛していて大切に思う気持ちが強いからこそ、ふたりの間に『立場』という壁が立ち塞がってしまってふたりとも不幸な道を歩んでしまったんです」

 

「……」

 

「わたしがアフトの王城であなたとお会いした時、ランバネインさんは自分の正直な気持ちを吐き出してくれました。彼はあなたのことが大好きで子供の頃から憧れて尊敬もしていた。唯一の肉親だからすごく大切にしたい。でも今のあなたのことは好きではない。自分に都合が悪い人間がいればすぐに排除し、そんなことばかりしていたから信頼できる人間がいなくなってしまった。王になってからはいつも何かに怯えているようでカッコ悪い。自分はベルティストン当主だから家臣とその家族と領民たちの生活を守る義務はあるけど、王と王家のために捨てる命は持っていない…って、国王の前では絶対に言えないようなことでしたが、あなたのことを兄として信頼しているから言えたことだと思うんです。あの時、あなたが冷静さを失ってランバネインさんとの兄弟の縁を切ってしまったら取り返しのつかないことになっていたでしょうね。わたしはあの時のランバネインさんは勇気があってカッコイイと思いました。彼が心の底からあなたのことを愛していて、苦悩しているあなたのために役立つのなら自分が憎まれ役になってもかまわないというように見え、だからこそあなたも玄界(ミデン)との関係の見直しに対して本気になってくれたんだと判断したんです。それならあなたも自分の弱みをさらけ出して彼に甘えてみたらどうでしょう? これまで他人に弱みを見せないことがあなたの信念だったのでしょうが、この際もう我慢しないで全部吐き出してしまったら楽になれると思います。あなたが弱みを見せたからといってランバネインさんがあなたを軽蔑したり嫌いになると怯える理由なんてないですよ。だって赤の他人のわたしだってそんなことくらいであなたを嫌いにはなりません。あなたは必死になって自分の立場(居場所)を守ろうとしていたんだってわかっています。それに完璧な人間なんてつまらない。弱いとか情けないとか、そういった人間らしい姿は大事ですよ。わたしの大好きな人()()はトリガー使いで戦っている時の姿はとても凛々しくてカッコ良くて好きですが、それよりも普段の生活の中でだらしなくて情けない姿を見せる時の方がもっと愛おしくて抱きしめたくなります」

 

ツグミの言葉は「説教」で、ハイレインにとって最も嫌うものであった。

自分のやっていることが常に正しいと信じ他人の言葉に耳を傾けようとしなかった彼だが、ツグミの言葉を拒絶することはなく素直に聞き入れることができたのは、その言葉の中に相手の心情を理解して寄り添ってくれている優しさが感じられるからだ。

ハイレインは周囲の期待に応えるためには自分を甘やかしてはいけないと常に生き方を律して無理をしてきたことと、自分が誰よりも臆病で期待を裏切るようなことをすれば自分自身を全否定されて生きる資格さえ失うのではないかといつも怯えていることを子供の頃から認識していた。

だからその弱さを赤の他人であるツグミに見破られてしまい本来なら自我崩壊してしまう状況だが、彼女は弱いことは悪ではなくむしろ人間らしくて好ましいと肯定してくれたことで自分を偽らない「ありのまま」でいることが大事なのだと気付かされたのだった。

 

そんなハイレインの頬を伝って涙の雫がテーブルの上に落ちた。

強者でなければいけないという強迫観念に駆られていた彼にとって涙とは弱者の証とも言うべきもので、他人どころか家族にすら見せなかったものである。

それをツグミやテスタの前で見せてしまったのだから、それだけ彼の心は弱っていたということだろう。

ツグミはすっと立ち上がるとハイレインのそばにしゃがみ、自分のハンカチで彼の涙を拭ってやる。

 

「ここであったことは3人だけの秘密ということになっていますが、それでも差支えがあるというのであれば無理強いはしません。そしてあなたに話したいという気持ちがあるのなら何でも聞きます。そして夢だったということにして忘れることにしましょう。それなら安心して話せるんじゃありませんか? テスタさんもそうは思いませんか?」

 

ツグミがテスタに同意を求めると、彼は頷いて言った。

 

「ああ。人を信じるということはとても難しいし、裏切られた時のことを考えると怖くなる。でも端から裏切られることを恐れて誰も信じられなくなるよりも、信じて裏切られる方がまだマシだって思う。なにしろここにいる3人はトリガーを持たない生身の状態だ。そうなると体力的にツグミは一番弱い立場となり、私やきみが不埒な気持ちを抱いていかがわしいことをしようと思えば簡単なこと。それでも彼女がここにいるのは私たちがそんなことをするはずがないと信じてくれているからで、そうなればその信頼に応えなければいけないと身を律することができるというものだ。ゼノン隊の3人が彼女を拉致して遠征艇に連れ込んだ時、ツグミは彼らの懐に自ら飛び込んで安全を確保した。元々女性を敬い大切にする習慣があるキオンの人間だったこともあるが、彼女はこうすればゼノンたちが絶対に自分に危害を加えないと信じていたからだ。場合によっては危険な賭けになるが、自分から相手のことを信用すれば相手もやたらなことはできない。信頼には信頼で応えようという気にもなる。きみがどんなことを告白しようとも私も彼女同様に何でも聞こう。忘れてほしいというのなら忘れる。正体を失うほど酒を飲めば酔っ払って前夜の記憶なんて曖昧になるどころか一切覚えていないからな」

 

そんなテスタの言葉にツグミが言い返す。

 

「あんまり飲んじゃダメですよ、明日は大切な同盟締結の式典があるんですから」

 

「あ、ハハハ…それはそうだった。玄界(ミデン)での経験があまりに楽しくて刺激的なものだから、本来の目的をすっかり忘れていた」

 

「もう…」

 

頭を掻きながらヘラヘラ笑うテスタに対して、ツグミは頬を膨らませてムッとする。

そんなふたりの漫才のようなやり取りも場を和ますための芝居だと気付いたハイレインがその気遣いに応えるように口を開いた。

 

「おまえたちにとってはつまらない話だろうが、ぜひ聞いてほしい。私を迷いの沼から救い出してくれ」

 

 

 

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