ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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449話

 

 

ハイレインの「迷いの沼から救い出してくれ」という言葉から、ツグミが考えている以上に彼が深刻な悩みを抱えているのだと察した。

 

(この分だとランバネインさんにも話していないことよね。そんなディープな話をする気になったってことはわたしたちのことを信頼してくれているってことになる。ゼノン隊長たちと同じく出会いこそ敵同士だったけど、今はこうしてこたつで膝を突き合わせているんだもの、もう敵でも赤の他人でもない。だったら過去の因縁なんて捨ててちゃんと話を聞き、この人のためにできることがあるなら何でもしてあげよう)

 

自分とは縁のない人間のことについては無関心なツグミだが、こうしてきっかけがどんなものであれ縁を結んでしまうと仲間や友人として真剣に力になろうとする。

特に普段は強い姿しか見せない人間が弱っているのを見ると放っておけなくなり、得意の料理で癒してしまうのはヒュースやゼノン隊の例で明らかだ。

こうすると近界民(ネイバー)たちを懐柔していく作戦のように思われがちだが、単にそばにいる親しい人間が落ち込んでいるのを()()()()()()()()だけで他意はない。

 

どう切り出そうかと悩んでいるハイレインは湯呑茶碗のお茶を飲み干し、ツグミにおかわりを求めたタイミングでやっと話し始めた。

 

 

「俺は今まで自分の行動に迷いはなかった。すべてがベルティストン家の当主になるため、戦争に勝つため、敵対する貴族どもを排除するため、そして国王になるため…。それは俺がハイレイン・ベルティストンだからで、常に俺は強者として足を止めることはなかった。しかし国王になることが最終目的ではなく、国王というアフト最大の権力は目的を達するための()()でしかない。俺の最終目的は近界(ネイバーフッド)の武力統一。すべての近界民(ネイバー)が俺の意思に従えば戦争はなくなると考えたからだ。俺は別に最高権力者になって世界を支配したいというのではない。たったひとりの絶対的な支配者がいて誰も逆らえないと理解すれば戦うという気持ちが失せるだろう。そして俺が近界(ネイバーフッド)全体にひとつの号令をかけてすべての近界民(ネイバー)がそれに従えば秩序ある美しい世界となり、無駄な争いに費やしていたトリオンは人々の生きていく上で必要なもの、例えば耕地を増やして作物の生産増加を目指すなど有意義に使えるようになる。俺は俺自身だけではなくすべての近界民(ネイバー)が穏やかに生きていくことができるようにしたかったのだ」

 

「……」

 

「…と言うとおまえたちは滑稽に思うだろうな。しかし俺は今でも近界(ネイバーフッド)の最高権力者にならなければ願いは叶わないと信じている。なにしろ幼い頃から世の中には強者と弱者がいて、強者にならなければ自分の意思を通すことすらできないのだと子供心にそう思ったのだ。ツグミには話したが、子供の頃に猫を飼っていたが父上によって引き離されてしまった。あの家の中での最高権力者は父上で、俺を含めてすべての人間が父上には逆らえない。それに使用人や家庭教師が陰では俺が子供だからという理由で小馬鹿にしているのを俺は知っていた。だから俺は奴らよりも強者になるために必死になって勉強し、家庭教師にはもう教えることはないと降参させた。父上が亡くなって当主を継いですぐに俺のことを小馬鹿にしていた使用人は全員解雇してやったよ。こうして俺はベルティストン家という小さな世界だが最高権力者になったのだ」

 

子供の時にどのような環境で育ったかによってその後の人生は大きく変わる。

ツグミがボーダーとは一切無縁の場所で両親と一緒に暮らしていたら近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)などと関わることはなく、普通の高校生として毎日を友人と楽しく過ごしていたに違いない。

ハイレインも貴族の嫡男ではなく庶民の家に生まれていたら権力を欲することはなかっただろう。

小動物を可愛がる心優しい青年になっていた未来もありえたのだ。

近界民(ネイバー)たちのほとんどが「強者には奪う権利があり、弱者は奪われるのが当然」と考えているから子供の彼がそう信じるのは自然なことで、彼の考え方や行動を否定する資格のある者はどこにもいない。

 

ハイレインの話は続いた。

 

「当主となった俺は軍備を整え、使()()()()()国へと積極的に侵攻していった。アフトでは四大領主と呼ばれる4つの有力貴族が覇権を争い、『神選び』で『神』を探し出した家の当主が国王となる。だから俺はどうしても王にならなければいけなかった。アフトでの最高権力者にならなければ近界(ネイバーフッド)統一など夢物語で終わってしまうからな。しかし『神』になれるほどのトリオンの持ち主は滅多にいるものではない。いや、稀にとんでもない怪物のようなトリオン能力者が現れてトリガー使いとなるのだが、貴重な戦力を生贄にはできないと考えて()()()()()他国の人間をさらってくるのが一般的だ。俺もディルク・エリンのトリオン能力に目を付けてはいたが、あれほどの腕前のトリガー使いを()()()その後の計画に支障が出る。したがって俺は玄界(ミデン)侵攻を利用することに決めた。しばらく前からエネドラの暴言や独断専行に手を焼いていたからこの機会に()()することにし、同時にヒュースをエリン家から引き離すことにしたのだ。玄界(ミデン)侵攻の目的は新たなトリガー使いの大量確保。ディルクの穴を埋めるだけの戦力となれば数を増やすしかないからな。それに運良く生贄にできる人間が捕獲できればあの男を喪わずに済むというものだ。トリオン能力だけなら俺を凌駕するエネドラを使()()ことができれば苦労はなかったが、あれだけ人格が破綻してしまった人間を『神』にできるはずがなく、仕方がなくディルクを『神』候補とした。そして結果はおまえたちも承知のとおりだ。金の雛鳥は捕まえ損ね、ディルクを使()()しかなくなった。そうなるとエリン家に忠誠を誓うヒュースは邪魔な存在となり、玄界(ミデン)に置き去りにすることにした。アフトの中で過去最高の逸材とまで言われるほどのトリガー使いを失うのは惜しいと思ったが、それほど俺は王の座を手に入れたかったのだ」

 

ボーダー(わたしたち)も必死で戦いましたからね。…でもなぜアフトに帰還してすぐにディルクさんの自由を奪っておかなかったんですか?」

 

ツグミの問いにハイレインは答える。

 

「もちろんそれも考えたさ。しかし『神選び』までまだ時間はあり、他の国から別の候補者をさらってくる計画もあったからな。それにおまえたちが雛鳥を奪い返しにやって来る可能性もあったことから、ディルクを拘束するのはギリギリまで待つことにした。そのせいで貴重な『神候補』をおまえたちに連れ去られてしまうことになるとは想定外だった。…いや、玄界(ミデン)侵攻において当初の計画どおりに上手くいったと思い込んでいた俺はその時点からことごとく計画を狂わされていたことに気付かなかったのだ。おまえたちがアフトへ来られないようにとガロプラの連中に足止めをさせて成功したはずだったのに、俺の想像よりもはるかに早くやって来て雛鳥を奪い返した。俺の予想ではどんなに早くても『神選び』が終わってからのはずだったし、いくらキオンの協力があったとしても大勢の人員を乗せる大型遠征艇は簡単に用意できるものではない。艇を動かすトリオンも大量に必要で、それらの問題を解決できなければ遠征があったとしても少人数の精鋭による隠密行動しかできるわけがないのだ」

 

「それはあなたの勝手な思い込みでしたね。ボーダー(わたしたち)は隊員を32人もさらわれたんですから、一刻も早く救出に行かなければならないということで少々危険で無茶な計画を立てました。詳しいことはわたしの口からは言えませんが、結果はあなたがご存知のとおりボーダー側の完全勝利でした。あなたが『神選び』で必死なように、ボーダー(わたしたち)も必死だったんです」

 

「つまり勝敗は気持ちの強さでボーダーが優ったということか」

 

ハイレインの言葉にツグミは首を横に振る。

 

「いいえ。…わたしにはものすごく強いけど頭の悪い弟弟子がいます。彼が戦闘において勝負を決めるものは気持ちの強さではなく戦力・戦術、あとは運だと言い切ったことがあります。わたしも同意見です。たしかに戦力が拮抗していてどちらが勝ってもおかしくない戦いなら気持ちの強さは影響するでしょうけど、本拠地の有利があって戦力でもボーダー隊員を圧倒的に上回るハイレイン隊に正面からぶつかって気持ちの強さだけで勝てるはずがありません。ですがボーダーのアフト遠征はどんなことがあっても絶対に負けることができない勝負で、だからこそ念入りに事前調査をしてどんな状況にも対応できるように準備をする。あなたの玄界(ミデン)侵攻だってそうだったはず。玄界(ミデン)侵攻の敗因はヴィザさんが負けてしまうほどの(ブラック)トリガー使いと、自分がそうするべきだと思ったらどんなに危険でも己の安否を省みずに突っ走る良くも悪くも常軌を逸した精神性の持ち主の存在を知らなかったこと。ふたりともわたしの後輩ですけど、わたしだって知らなかったくらいですからあなたが知らなくても無理はありません。それだけ情報というものが重要なのか理解しているからこそ、遠征前に情報収集して水も漏らさない綿密な計画を立てて、ボーダーは完全勝利を得たんです。あなたは負けましたけど、あなたの絶対に勝たなければならない、アフト国王になりたいという気持ちはそんなに安っぽいものだったんですか?」

 

「そんなことはない! …俺が玄界(ミデン)のトリガー技術を舐めていたのは事実だし、実際に戦ってみてボーダーの武器(トリガー)はどれも脅威だとは感じられなかった。我が国の武器(トリガー)近界(ネイバーフッド)でも最先端の技術によって作られたもので、使用するトリガー使いも練度はアフトの方がはるかに上だ。それで負けたのだから地の利があったボーダーが勝つのは当然…と思いたかったが、アフトでも俺は負けた。勝負に負けたのではないが雛鳥を奪い返されたことで玄界(ミデン)侵攻の成果はゼロとなり、むしろ多くのトリオン兵を失い、敵勢力の貴族連中からは罵詈雑言を浴びせられたのだからマイナスしかない。だからこそ『神選び』では絶対に負けるわけにはいかなかったのだ」

 

「だからミラさんを『神』にしたんですね?」

 

ツグミは遠慮なく厳しいことを言う。

ハイレインの表情を見ていて、彼がずっと抱え込んでいるものの正体が「ミラを生贄にしたことに対する自責の念」であると考えたのだ。

そしてそれは正解で、ハイレインの表情が苦痛に歪んだ。

 

「おまえは何もかも見通しているのだな…。しかしなぜそう思ったのだ?」

 

「アフトの王城で会った時にランバネインさんからミラさんがすべてを承知の上で生贄になったという話を聞いて、あなたはショックを受けていたじゃありませんか。あなたは彼女に知られないようにずっと騙していたというのに、彼女はあなたの企みを知っても逃げなかった。あなたのためなら犠牲になってかまわないという献身的な態度にあなたは自分の罪の重さを思い知ったのだと感じました。誰かひとりの人間を犠牲にしなければならないとすれば自分からできるだけ関係性の薄い者、つまり赤の他人で心を痛めることがない人物にしたい。でもそれが中途半端なトリオン能力者ではあなたが王になれないから、()()できる人物の中で一番トリオン能力の高い人を選ぶしかないんですが、ヴィザさんは絶対に失いたくない最強の『駒』ですし年齢の関係もあってダメ。ランバネインさんを犠牲にするなんてとんでもないこと。そうなると残りはミラさんしかいません。ミラさんはあなたの婚約者だったそうですが、あなたにとってはエネドラやヒュースと同じ部下という認識しかなくて、窓の影(スピラスキア)を使用してのサポート面では欠かせない人材であっても他に適合者を探せばそれでいいと考えていたのでは?」

 

「……」

 

「図星、ですか? でも彼女のおかげであなたはアフト国王になれたのですから、彼女に感謝することはあっても悔やむことはないでしょう。それなのにあなたはなぜそんなに苦しんでいるんですか?」

 

ハイレインの心の傷を抉るようなことをするツグミ。

しかし彼女は無意味に他人を傷つけるようなことはしないので、これも意図があってのことである。

 

「…アフトを発つ前日のことだ、ランバネインが1通の手紙を俺に手渡した。それはベルティストン家の屋敷のミラが使っていた部屋の引き出しに入っていたもので、俺に宛てた遺言のようなものだった」

 

「遺言?」

 

「ああ。その手紙には自分が利用されているだけだと知りつつも俺のことを愛しているから最後まで寄り添うのだと書かれていた。俺はミラが当主夫人になりたいからランバネインではなく俺と結婚したがっているのだと思い込んでいた。そもそもミラはベルティストン家配下の田舎領主の娘で、いわゆる政略結婚というものだから俺にはあいつに対する愛情など欠片もなかった。それなのにそんなあいつの一途な想いが込められた手紙を読んでしまったら、俺は…いくら俺でも罪の意識に苛まれる。俺は何ということをしてしまったのだ。もしあいつの気持ちを知っていたら俺はあいつを生贄になどしなかった」

 

「本当ですか? 他に候補者がいないからこそ彼女を犠牲にした。どんなことをしてでも王になりたいからとやむを得ない、心の底ですまないと詫びながら彼女を騙して、その結果あなたは国王になった。今さら後悔したところで意味はありません」

 

「そんなことはわかっている。しかし俺のために身を捧げてくれた女の想いに触れて心が痛むのは当然だろ?」

 

「でもそうやっていつまでも悔やんでいることはできないでしょ?」

 

「…それはそうだが、俺だって人の心を持っている。それにこの先もっと多くの犠牲を強いることになるのだと覚悟はしているが、今はまだ無理だ。時間が経てば少しずつでもこの心の傷も癒えていくだろうが、俺が立ち止まることでもっと多くの犠牲が生じると思うと自分でもどうしたら良いのかわからない。おまえに俺の気持ちの何がわかると言うんだ!?」

 

ハイレインが振り上げた拳を思い切りテーブルの上に叩きつけた。

しかしツグミは平然としている。

 

「わたしにはあなたの気持ちよりもミラさんの気持ちの方が理解できます。女性として、そしてひとりの男性のことを本気で愛しているという点では立場が同じですから彼女がなぜこんな手紙を書き残したのかなんとなくわかるんです」

 

するとハイレインの表情は豹変し、縋り付くような目でツグミを見て言った。

 

「ならば教えてくれ! ミラはどうして自ら生贄になろうとしたんだ? 単に俺のことが好きだというだけであのような過酷な道を選ぶはずがない。それにいくら俺のことを愛していたとしても死んだも同然の身になって何の意味がある?」

 

「彼女があなたのことを愛していたのは間違いないです。でも愛の形というものは様々で、彼女の愛し方はわたしには納得できるものではありませんが、彼女にとってはこれこそが究極の愛なのだろうと思います」

 

「究極の愛?」

 

「はい。彼女があなたの婚約者となった理由は政略結婚というものだったとしても、彼女はあなたと出会って本気で好きになったのだと思います。もちろんベルティストン家当主夫人になれると思えば幸せな未来を描いてますますのぼせ上がってしまう。でもあなたは彼女に対して恋愛感情はなく、家臣の娘を娶らなければならない()()()を押し付けられたとしか感じていない。彼女は気の強い女性だということですからできることならランバネインさんに押し付けてしまい、自分はもっと慎ましやかな可愛らしい女性と結婚をしたいなどと考えていた」

 

「…否定はしない」

 

「たぶんミラさんはあなたのそんな気持ちを察し、仮にあなたの正妻になったとしても愛してはもらえず他の女性を愛人に迎えて寵愛するようになってしまったらと考えると恐ろしい。でも人の気持ちなんてそんなものです。誰も未来がどうなるかなんてわからないのに、勝手に悪いことになると想像してしまって無用な恐怖に怯えてしまう。それでも玄界(ミデン)侵攻の頃はまだあなたのことを信じていた。あなたがアフト王になれば自分は王妃になれる。あなたの隣にいる正当な権利を得られる。愛人では日陰の身ですから公の場には出られませんが、王妃なら誰もが彼女のことをハイレイン・ベルティストンの妻だと認めてくれるわけですから矜持は保てます。でも金の雛鳥の捕獲に失敗し、『神』候補だったディルクさんはボーダーに連れ去られて奪い返す手立てはない。多くのトリオン兵を失い、エネドラとヒュースというトリガー使いもいない状態では他国への侵攻も適わない。そうなるとあなたが『神選び』で勝てる見込みはないですが、この時彼女にはある打算的な考えが浮かんだのではないかとわたしは考えています」

 

「打算的な考えとはどういうものだ?」

 

「これはわたしがランバネインさんから聞いた話や直接戦った時の印象から推測するものですから真実かどうかはわかりません。ですがまったく根拠のないものではなく、わたしが彼女の立場だったとしたら…と考えて立てた()()ですので、話を聞いてからあなたが判断をしてください。あなたの方がずっと彼女のそばにいて良く見ていたはずですから」

 

そう前置きをしてからツグミは「ミラの策略(仮説)」を説明し始めた。

 

 

 

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