ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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451話

 

 

ハイレインがずっと抱えていた悩みが解決したことで、ここから本格的にテスタとハイレインによる「首脳会談」が始まる。

テスタが武力に頼らない近界(ネイバーフッド)の統一を考えているという話を聞き、自分と同じ立場で同じ目的を持っているのに手段が真逆であることが気になったハイレインはなぜそういう考え方に至ったのかが知りたくなった。

自分の武力による統一とは何が違うのか、そしてどちらのやり方が正しいのかを判断するためには本人の口から聞くのが手っ取り早いということである。

 

「ずばり単刀直入に訊く。おまえが近界(ネイバーフッド)を統一したいという理由は俺のそれと同じものだということはわかる。だがなぜ武力を使わないのだ? ツグミの話を聞くとおまえはボーダーと同盟を組むことで玄界(ミデン)の技術を手に入れ、それを自国で利用するだけでなく傘下に入った国に無償で譲るという手段で勢力を拡大しようと考えているようではないか。そんな生ぬるいやり方で統一が可能だと考えているのか? 現在所有している軍備で制圧した方が早いだろうし、何よりも圧倒的な力を見せ付けることによって逆らおうとする意思を挫くことができる。いくら完全に支配したところで抗おうとする人間はゼロにはならない。しかしそういう人間ですら何をしても無駄だと思わせるだけの力があれば後の不安要素はなくなるというものだ」

 

ハイレインの問いにテスタは嫌味を込めて言った。

 

「それはガロプラという飼い犬に手を噛まれた経験から言っているのかい? あれだけ厳重に管理していた(マザー)トリガーをわずかな手勢で奪還されるなどと夢にも思っていなかったきみの反省から導き出した答えがもっと強い力で押さえ付けて相手の気持ちすら自分の意のままに操るということらしいね」

 

「いくら逆らおうとしても我がアフトやキオンの軍事力に敵う国はない。それにこの世界は分別に欠ける愚かな人間が多すぎる。ならば強者が正しく統治することで馬鹿どもを管理できるではないか。別に俺が統治するのではなくてもかまわない。俺は支配者になりたいのではなく、自分の理想とする世界を創るために絶対的な権力が必要だと考えているからだ」

 

「きみが理想とする世界とは?」

 

「それは…民衆が安心して暮らすことができる豊かな国が永遠に続く平和な世界だ」

 

「平和を望むのに武力で相手を押さえつけるというのは矛盾していると思うが」

 

「それは世界をひとつにまとめるための手段であり、戦う相手がいなくなれば兵器はすべて放棄してもかまわない。手段とは目的を達成するために必要なもので、目的が達成されたら不要となるのは当然のことだ」

 

テスタの問いにハイレインは自信満々で答えた。

するとテスタはなるほどという表情をして、ツグミの顔をチラリと見ると彼女は小さく頷いた。

 

「つまりきみと私の目指すものは同じだが手段が逆というだけ。そしてきみは私のやり方が理解できないから納得のいく説明をしてほしいということみたいだな。ならばそう難しいことではない。ツグミ、以前にきみから聞かされたオダ・ノブナガの話を彼にしてあげてもらえないか?」

 

「はい。たしかに彼の時代と今の近界(ネイバーフッド)には共通点が多いですからね」

 

ツグミはテスタにそう言ってからハイレインの方に向きを直した。

 

「織田信長とはわたしたちの国の英傑です。まずは彼のいた時代背景について説明しますね。…玄界(ミデン)とはひとつの大きな天体の上に200近い数の国があります。そのうちのひとつがわたしたちの住む『日本』で、今から500年くらい前は小さな国々が乱立し、それぞれに領主がいて自分にとって都合の良い統治をしていました。そして当時は天候不順などで食料の生産量は非常に低くて大勢の領民が苦しんでいたんです。そこに領主たちが勢力を拡大しようとするものですから、ますます領民は疲弊する。当時は農民が戦に駆り出されることが多く、そうなると農作業ができなくなります。さらに焦土作戦によってせっかくできた作物がすべて台無しになってしまうこともしばしばあったようです。現代に生きるわたしたちの目から見るととても愚かしいことを繰り返していたのだと思います。だって元々少ないものを奪い合って、それも単に奪い合うのではなく敵に奪われたくないからと焼き払ってしまうなんてことをするから争いが絶えない。これは自分さえ良ければ他の人間はどうなってもかまわないという身勝手なやり方であり、苦労するのは戦を起こす領主ではなく領民たちです。そんな時代にひとりの風雲児が登場しました。それが織田信長で、彼は志半ばで命潰えますがその意思は受け継がれていきます」

 

お茶をひと口飲んでから、ツグミは再び話を始めた。

 

「織田信長といえば日本人なら知らない人はいないほどの有名人です。彼は尾張国の領主・織田家の嫡男として生まれましたが、彼は一風変わったキャラクターで周囲の人間からは『大うつけ』と呼ばれていました。うつけとは間抜けとか暗愚という意味ですが、彼の場合は奇矯な振る舞いが多かったことで非常識な人間として周囲の目には映ったのでしょう。ですが彼が奇行を繰り返したのは理由がありました。彼は嫡男ですがそのせいで命を狙われる立場にあり、素行に問題があれば一族の長として相応しくない。家督を継いだとしても長くはないと思わせるために大うつけを演じていたのだと後世の研究者は考えています。そんなことをしなければ身内にすら殺されかねない事情を抱えた子供時代を過ごした彼は無事に成長して織田家の当主となりました。うつけ者だった彼ですが領主の嫡男ですから武術や教養を身に付け、政略結婚も当然のように受け入れました。そうして周囲の敵と次々と倒して勢力を拡大していきます。彼の偉業は前例にないことを恐れずに実行したことで、その一番の業績は商業の自由化とそれに伴う流通の発達です。商業上の特権を持っていた『座』を廃止して、座に属していない人でも商いを行うことができるようにしたことで織田家の領内において経済が活性化。さらに街道の要所にあった関所を廃止して、道を整備することで物が行き来しやすいようにします。そうすることで織田家の領内で物流がスムーズになり、経済力が増加していきます。他の人間が考えもしなかった奇抜な政策によって国を繁栄させていきますが、同時に敵もどんどん増えていってしまいました。ですから戦は続きます。その中で彼は『天下布武』を唱え、天下統一を目指しました。『天下布武』とは七徳の武を持つものが天下を持つに相応しいという意味を持ち、『七徳の武』とは暴力を禁じる、戦いを止める、天下を保つ、功績を正しく評価する、民衆を安心させる、周りの人と協力し合う、経済を豊かにするというもので、彼の『天下に七徳の武を布く』という考え方は天下泰平の世界を築くという強い意思の表れだったのではないかと言われています」

 

ツグミは再びお茶を飲み、ひと休みをしてから続きを話した。

 

「当時は武力によって奪う奪われるの世界でしたから、戦いを止めるために彼自身が武力によって他者を制圧していくという矛盾を孕んでいました。その点では今の近界(ネイバーフッド)の状況とハイレインさんの行動に似ていますね。そして信長はあと少しというところまで上り詰めましたが、家臣の裏切りによって志半ばでこの世を去ることになります。彼がここで歴史の表舞台から姿を消したのは彼の考え方が間違っていたからでしょうか? いえ、そんなことはないと思います。彼の理想は現代に生きるわたしたちにとって為政者として当然のものだと思いますが、あまりにも革新的で当時の世相にはそぐわないものだったようです。その点で言えばあなたの考え方や行動が間違っているとは断言できません。…ですが武力によって他者を制圧する以外の方法があればその方が良いのではないかとわたしは思います。そしてわたしはトリオンを奪い合う戦争を続ける近界民(ネイバー)たちにトリオンを使用しない技術があることを教えて、トリオンの使用を最低限に抑えることができるようになれば無駄な争いを止めるのではないかと考えました。玄界(ミデン)ではトリオンを一切使わずに近界(ネイバーフッド)よりも豊かな生活ができています。あなたもその一端を見て感じたのではありませんか?」

 

「たしかに玄界(ミデン)は豊かな国だ。庶民が日常の買い物を娯楽として楽しむことができる施設があることには驚いた。それに安価で美味い料理を食べること、遠く離れた場所へ行くにも快適な乗り物に乗って移動できる。これを近界(ネイバーフッド)で再現することは不可能ではないが、そのために今のトリオン依存の体制のままでは無理だ」

 

「だからキオンと玄界(ミデン)は同盟関係を結び、今すぐには無理でもそう遠くない未来に近界民(ネイバー)の留学生を受け入れて玄界(ミデン)の知識や技術を学んでもらうつもりでいます。正直言うとボーダーは20年以上前から存在していて、近界民(ネイバー)が人間であることを知っていました。ですがこの事実を公にすると大混乱を起こすということでずっと内緒にしていたんです。ですがいつまでも隠し通せるものではなく近界民(ネイバー)が異世界に住む人間であり、近界(ネイバーフッド)にはたくさんの国があり、5年半前に400人近くの市民がさらわれて近界(ネイバーフッド)で今も生きているかもしれないといくつかの情報を小出しにしています。そしてアフト遠征に成功してボーダー隊員を救出できたのは近界民(ネイバー)の協力者がいたからで、さらに拉致被害市民が近界民(ネイバー)の手を借りて帰還したという事実を公表しましたので、世論は『近界民(ネイバー)にも良い奴はいるのだから仲良くしよう』という流れに変わってきています。今回の三国同盟の件もすぐには発表せず、時期を見て公表する予定でいます。玄界(ミデン)の人間にとって近界民(ネイバー)は邪悪な存在でしかありませんでした。だって一方的に攻め込んで来てこちら側の世界の人間をさらったり殺したりしたんですもの。5年半前の大侵攻ではさらわれた400人の他に1200人の市民が死亡しています。その遺族にしてみれば近界民(ネイバー)は家族の仇です。絶対に許せないという人は大勢いて、ボーダー隊員の中には近界民(ネイバー)を殲滅するために入隊したという人もいるくらい深くて大きな傷が残っているんです。急いては事を仕損じるという言葉がありますが、ここは時間をかけてゆっくりと、そして確実に進めていかなければなりません。これがボーダーの方針で、テスタさんにはきちんと説明してあります。その上で彼はキオンが何をすべきなのかを考えてくれて、明日の三国同盟の調印式へ参加することで答えを示してくれたんです」

 

ツグミはそう言ってテスタに同意を求めると、彼は大きく頷いた。

 

「私は彼女がキオンへやって来るまでは玄界(ミデン)にここまで進んだ文明があるとはまったく知らなかった。私が知っていたのはトリオンとトリガーの知識や技術において近界(ネイバーフッド)の小国以下の後進国だということだけで、満足にトリオンを活かすことができない野蛮人という認識だった。ところがそれは私の誤りだった。逆に玄界(ミデン)はトリオンを使わずに優れた文明を築き上げ、さらにアフトのハイレイン隊を撤退させるだけの武器(トリガー)とトリガー使いを有している組織があると知って驚いたよ。たしかにボーダー(彼女たち)の持つ武器(トリガー)近界民(ネイバー)のものに比べたらまだまだだが基本は押さえてあり、複数の武器(トリガー)を組み合わせることによって個人の能力を最大限に活かすことができるようになっている。近界民(ネイバー)の使う個人専用の武器(トリガー)と同じ考え方で作られたものもあり、決して劣る存在ではなかった。彼女から玄界(ミデン)の話を聞かされ、私は総統などという面倒な役職さえなければすぐにでも行きたいと思っていたくらいで、ようやくその願いが叶った。実際にこの目で玄界(ミデン)の姿を見たが、想像以上に素晴らしい世界だ。そしてわかったのは人とは衣食住が満たされてこそ人間らしく生きられるということ。恥ずかしながら我がキオンは面積こそ近界(ネイバーフッド)最大の国だが、作物の生産量は国民すべてを十分に養っていくことはできない。だから私が総統になるまではずっと武力によって他国から無理やり奪うというやり方で食料を国民に分け与えることはできたが、それでもすべての国民にというわけにはいかない。そこで身分制度を設けて一等市民から順に行き渡るようにして、最下層の三等市民はギリギリ生存できるという程度。親の身分が子供にも適用するというのは子供にとって理不尽なことだが、努力すれば上の階級に入ることができ、罪を犯せば下の階級に落とされるとなれば国民は従うしかなかった。逆らえば即三等市民行きとなるからな」

 

「……」

 

「私は二等市民として生まれ、トリオン能力がそこそこあったからトリガー使いとなった。世の中はこんなものだと現状に甘んじていたら今頃は玄界(ミデン)でアフトの王と顔を突き合わせていることなどなかっただろう。一等市民なら現状維持を最優先とし、三等市民なら何をしても無駄だと考えてしまう国に生きていたら()()が国を変えようと動くまで数十年数百年と続くことになったはずだが、その誰かが自分になるとは想像もしていなかったよ。そしてここだけの話だが、私が総統に就任してから軍の任務に失敗して本人やその家族が三等市民に落とされた者などひとりもいない。規則は規則だが私は個人的にそんなことをしたくないからな、私の判断ですべて軽い処分で済ませている」

 

テスタの言葉を聞いてツグミはすぐに反応した。

 

「それって本当ですか!?」

 

「ああ。だからもしゼノン隊の3人が手ぶらで帰還したとしても責めるつもりはなかったさ。むしろ(ブラック)トリガーの強奪に失敗する()()のことで優秀な彼らを失うなんてバカバカしいじゃないか。任務に失敗すれば重い罰が待っていると思えば誰もが必死になる。だから過去の規則を撤廃はせずにいて、実際には軽い罰で済ませているんだ。もちろん当人には口止めをしておき、秘密がバレないようにはしているよ。たとえば表向きの処分が本人は強制収容所へ送られて終身労働刑でその家族は三等市民落ちとなっていても、実は首都から遠く離れた田舎の村でひっそりと暮らしてもらう『首都追放刑』だ。貧しい暮らしには耐えてもらわなければならないが、家族一緒にいることができるのだからそう悪いものではないと思う。たぶんゼノンたちは帰国した時のことを考えて悲愴感を漂わせていたものだから、きみはそんな彼らを放っておけなくなったんだろうな」

 

「……」

 

真実を知ったことでツグミは身震いした。

自分が何も行動をしなくてもゼノンたちは重い刑罰を受けることはなかった。

しかしそれを知っていたら彼女はキオンへ行くことはなかっただろうし、そうなればテスタが玄界(ミデン)に興味を持つことはなかった。

キオンの協力がなければアフトクラトル遠征は早期に行われず、行われたとしても成功していたかどうかわからない。

遠征の時期が大幅に遅れることになれば、さらわれたC級隊員の生命にも影響していた可能性もある。

そうなると結果的にテスタが「任務に失敗すれば重罪」だとゼノンたちを騙していたことが()()だったということになり、織羽が玄界(ミデン)へやって来たことから始まる一連の出来事もすべて近界(ネイバーフッド)を変革するために必要なことであったと思えてくる。

ツグミは自分の意思で行動してきたつもりであったが、それが絶対的な力を持つ何か ── いわゆる神とよばれる存在 ── によって動かされてきたのではないかと思えて身が竦み、世の中の動きにさほど影響のなさそうな人間の些細な行動であっても世界を大きく変えることになるきっかけ(トリガー)になりうるのだと悟ったのだ。

 

(何をすれば正解なのか不正解なのか…それは未来のある時点にならないとわからない。でもひとつだけ言えるのは何もしなかったことで結果が不正解となってしまった時に後悔するってこと。もしかしたらわたしがあの時に抗わなければ捕虜となってキオンに行く未来もあったかもしれない。でも捕虜という形でスカルキ総統と面会をして、そこで彼が玄界(ミデン)に興味を持って…という流れになれば結果は今とほぼ同じになった可能性もある。この場合は彼がボーダーに協力することになったとしても経過は良好なものではなく、たぶん城戸司令や忍田本部長の印象が最悪のものとなるだろうから、わたしは最善の道を選んでいたと言っていいわよね。あの時に危険な賭けだと諦めないで行動したことが()を導いたんだもの)

 

ツグミがそんなことを考えている間にもテスタの話は続いていた。

 

「私はトリガー使いだった兄を亡くしたが、その時に哀しむ両親の姿を見たし、兄嫁が絶望して自害しようとしたことを近所の人から聞かされている。一般兵はともかくトリガー使いは捕虜になったとしても人質交換で生還できることが多い。だが捕虜になった兄は敵国で病に倒れ、戻って来た時には物言わぬ姿になっていた。その時に次は自分かもしれないという恐怖に駆られ、もし自分が死ねば両親を路頭に迷わせることになる。いちおう戦死扱いになって遺族年金は支給されるが、そんなものは申し訳程度の()()()()だ。そもそも兄の遺骸を見た両親は数日間寝込んでしまったくらいで、残った息子にも死なれたらどうなるかは想像できる。だから私はキオンでの最高権力者になり、他国を侵略しない、他国から侵略されない国を目指すことを決めた。ハイレインと同じように権力を持たなければ自分の意思を通すことができないと考えたんだ。まあ、そのために少々後暗いことはしたが後悔はしていない。たったひとりの命を犠牲にして多くの人間を生かすことになるのなら、私のこの両手が血に染まろうともかまわないと考えて尻込みすることなく実行したよ」

 

「……」

 

「だからこそもうこれ以上誰も死なせたくはない。キオン国民はもちろんのこと他国の人間でもそれは同じだ。…ハイレイン、きみは私が武力を使わず近界(ネイバーフッド)を統一しようとする理由を知りたがっていたね。それは簡単だよ。私自身が戦争を憎んでいるからだ。戦争を必要悪と言う者がいて私もその考え方は間違ってはいないと思う。しかし間違っていないだけで正しいとも言い切れない。侵略戦争は悪だが防衛戦争はやらねば同胞が傷つくのだから仕方がない。ボーダーも玄界(ミデン)の防衛に徹した組織だから、ツグミにはこの理論は理解できるだろ?」

 

「はい」

 

「だから私はまず玄界(ミデン)の知識や技術を取り入れたい。そうすればキオン国民の生活を豊かにすることができる。するとそれを知った他国の連中はキオンから奪おうとするだろう。そうなると戦争だ。しかし彼らも我々と同じ人間で、好き好んで戦争を仕掛けてくるのではなく玄界(ミデン)の知識と技術がほしいから奪おうとするだけ。ならば彼らにも分け与えてやればいい。もちろん条件はある。自国防衛に必要な最低限の軍備を残してすべてを放棄させる。そうすれば新たな侵攻は不可能となり、さらに我がキオンに恩があるから牙をむくことはできない。ここでキオンの傘下に入れと言うこともできるが、それはしなくてもいいだろう。そしてボーダーが中心となって勧めている同盟に加わることによってもっと利益が得られると教えてやれば喜んでボーダーに接触しようとするのは目に見えている。人間とは欲深いから欲しいと思ったものが手に入るなら何でもするようになるものさ。そういうことで私は多くの近界民(ネイバー)玄界(ミデン)への興味を抱かせ、平和的な手段によって手に入れることができることを教えてやるだけ。中には玄界(ミデン)に攻め込んで根こそぎ奪おうとする愚か者が現れるかもしれないが、その時にはキオンが全軍を派遣して玄界(ミデン)に味方して戦うと宣言する。さすがに我が国と全面戦争をしようとするだけの武力と根性のある国はないだろうな。ここにアフトが加わってくれたなら何も恐れることはない。玄界(ミデン)ではこういう場合『鬼に金棒』と言うらしい。鬼というのは頭から角を生やした恐ろしい怪物なんだそうだ。知っていたかい、ハイレイン?」

 

テスタはちょっと意地の悪そうな顔でハイレインに言った。

 

「とにかく私はボーダーと手を組んで国力を高めると同時に近界(ネイバーフッド)の国々を統一するつもりでいる。武力は行使せず、だが使う覚悟もあると示せば大概の国はどうしたら自国にとって得になるのか考え、賢い選択をすることだろう。きみはそんな生ぬるいやり方で統一が可能だと考えているのかと訊いたが、中途半端な国では無理だろうがキオンとアフトが手を組めば恐れることは何もない。それこそ圧倒的な力を見せ付けることによって逆らおうとする意思を挫くことができる。国王であるきみが私と一緒に同じ目的に向かって進もうと言うのなら、私は大歓迎だよ。ただし私たちの同盟に加わってもらうのが条件になる。だって他の国にもその条件をのんでもらうのだから、アフトにも他の国に先んじて加盟してもらわないと話にならないだろ? もちろんすぐに答えを出せとは言わないよ。国の未来に大きく影響することだからね。ひとりで決めずに信頼できる家族と家臣に相談するといい。戦争によって大切な人を亡くす前に…ね」

 

「わかった」

 

「では今夜はこれくらいでおしまいにしておこう。明日は近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)にとって重要な日になるんだからね」

 

テスタが言うようにこの三国同盟の締結はふたつの世界を正しく()()ものとなるはずで、ツグミやテスタの計画が順調に進めばこれをきっかけに同盟に加わる国が次々と現れるだろう。

その第一歩であるから成功裏に終えなければならず、この日のために長い時間と労力を費やしてきたのだ。

 

ツグミが時計を見ると午後10時を過ぎていた。

さすがにこの時間ではいくら男性陣に下心がないとしても忍田や迅が許すはずもない。

使った茶碗や急須を片付けると、ツグミはハイレインと一緒に部屋を出た。

そして並んで廊下を歩いてハイレインの部屋の前に来た時、彼は何かを思い出したようでツグミに訊いた。

 

「そういえばテスタ…いや、スカルキ総統がおまえのことをエウクラートンのオリバの娘だと言っていたが、この話が真実ならおまえは少なくとも半分は近界民(ネイバー)の血を引いていることになる。おまえはそのことについて今まで一切口にはしていなかったが、それは知られたくはない話だからなのか?」

 

ツグミは「やっぱり気付かれてしまったか」といった顔で事情を話すことにした。

 

「…はい。ボーダー関係者の中には知っている人が数人いますが、公表できないことなので内緒にしてもらっています。ボーダーには近界民(ネイバー)に対して強い憎悪を抱いている人もいますから、たとえ半分であろうともわたしが近界民(ネイバー)の血を引くと知れば彼らに真実を告げなかっただけですが騙していたと言われることになります。わたしが非難を受けるだけなら我慢できますが、真実を知って黙っていた他の人までもが責められるとなれば我慢できません。いずれは知られることになるでしょうけど、今はまだ公表すべきではないことなので、あなたも黙っていてください」

 

「もちろんだ。今夜の会談で話し合われたことはすべて3人だけの秘密という約束だからな。それにしてもなぜエウクラートンのような小国がキオンと共に同盟に加わろうとしたのかわからなかったが、これでようやく納得がいった。おまえにエウクラートン人の血が流れているのなら同盟に加えたいだろうし、オリバという英雄の娘なら王家の人間もおまえの話に耳を傾けるというものだ」

 

「ええ、そうですね」

 

自分が近界民(ネイバー)との混血であることは近いうちに打ち明けるつもりでいたから知れらたことは特に問題はないが、さすがにリベラートの孫だということまではまだ話すことはできない。

彼女がエウクラートンの次期女王となることを他国の近界民(ネイバー)が知れば外交に利用される恐れがある。

小国とはいえ農業国のエウクラートンであるから、キオンのように食料自給率の低い国なら(マザー)トリガーと彼女をセットで押さえたいだろうし、彼女を人質にしてボーダーに対して圧力をかけることもできる。

だから最低限の人間にしか事情を知らせてはいないのだ。

 

「それではごゆっくりお休みください」

 

ツグミはハイレインに軽くお辞儀をすると自分の部屋へと向かって歩いて行ったのだった。

 

 

 

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