一四〇〇時に玄界(ボーダー)・キオン・エウクラートンによる同盟締結式典が予定どおり始まった。
講堂の舞台中央には城戸、テスタ、リベラートの席が設けられており、上座にはハイレイン(変装してキオンのモレリ外相として参加)とサーヴァとフーガが座っている。
下座にはボーダー上層部のメンバーの忍田、林藤、鬼怒田、唐沢、そして根付が司会としてマイクの前に待機。
舞台下にはA級部隊の隊長がボーダー隊員を代表して同席している。
彼らの後ろにはテレビカメラが3台用意されていて、この歴史的イベントを記録として残すことになっていた。
本来ならプロに頼みたいところだがさすがにそれはできず、技術者や職員の中にこういった機材を扱うことのできる人間がいたものだから彼らに頼んでいる。
ツグミと迅、ゼノン、リヌス、テオ、ウェルスの6人は舞台袖で待機しており、何かあればすぐに動けるように準備も抜かりない。
もっとも何かあるということは考えられず、ただ一番近い場所で見物させてもらうだけになるだろう。
「お待たせしました。時間となりましたのでただ今から玄界、キオン及びエウクラートン間三国同盟締結式典を開始いたします」
根付の司会によて式典は開始された。
まずは城戸、テスタ、リベラートの登場で、3人が登場すると会場から拍手が沸いた。
と言っても観客はA級部隊の隊長と数人の職員、そして見届け人となるハイレインたちだけであるから今ひとつ盛り上がらないがこれも仕方がない。
城戸は今回の同盟締結についての意義を説明し、「国際連合憲章」を元にして作成した「玄界、キオン及びエウクラートン間三国条約」の全文を自ら読み上げた。
最終的に目指すものは現在の国際連合の理念であってもまだ近界民たちに理解してもらうには文化や物事の考え方が異なるために時間をかける必要があるということで、主要条項の「相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉の遵守」が明文化されているだけである。
3国のうちいずれか1ヶ国が現在戦争に関係していない国から攻撃を受けた場合に相互援助義務が生じるものの、原則として「第三国に対して武力を行使せず」となっている。
武力を用いずともキオンがこの条約を批准しているのであれば第三国が玄界やエウクラートンに対して無闇に手を出すことはないだろう。
今のところ簡単なものではあるが、いずれアフトクラトルやメノエイデスなどの国々が加盟するだろうから、その時に改めて条文を再考するということになっている。
簡単に言えば玄界とキオンとエウクラートンの3国が正式に同盟を結んだという根拠となるものが必要で、内容はともかく今は形が整っていればそれで十分だということだ。
そしてその根拠となるものが従来の近界には存在しない「国際法」で、玄界には争いを回避して平和裏に物事を解決する手段を持っていることを示すことが重要なのである。
玄界とはトリオンやトリガーの技術は劣るものの、それ以外の点では近界に比べて数百年先をいく先進国であると知らしめ、近界民たちに玄界への興味を持たせるための手段として利用する。
なにしろ近界の国々は国単位での交流はほとんどなく、国際間で協調して仲良くやっていこうなどという概念すらない。
自国にないものを手に入れるために他国と交易をすることはあるが、手っ取り早く相手国に侵攻して従属させてしまえばいいと短絡的な手段をとるために各地で大なり小なり衝突が起きているのが現状だ。
これでは日本の戦国時代と大差なく、織田信長のような英傑が出現する下地はできていたと言えるのだが、それがテスタになるかハイレインになるかは決まっていなかった。
そこにツグミという近界にとってイレギュラーな存在が現れ、彼女が考え方を同じくするテスタを選んだ。
しかしハイレインが彼女やテスタの考え方を理解して仲間に加わるのなら、近界の乱世は意外と早く終わるかもしれない。
城戸による条文の読み上げが終わると3者による批准書への署名、交換が行われた。
これによって玄界(ボーダー)・キオン・エウクラートンの3者は正式に同盟国となり、ボーダーはキオンという近界における軍事大国のひとつを味方にしたわけで、近界に限ってだがこれまでのように「噂話」ではなく公式に広めることができるようになる。
それは拉致被害者市民の救出計画を進めるに当たって大きな武器となるもので、交渉を有利に進めることによって無用な戦闘を避けることができるとなれば遠征に参加する隊員たちのためにもなり、来月のヒエムスへ遠征にも弾みがつくというものだ。
そしてヒエムスにいる三門市民の救出成功を報告できたなら、この同盟締結の事実も発表する時期を早めることになるだろう。
舞台袖で一部始終を見ていたツグミは感慨無量であったが、同時にこれがゴールではなく新たなステージのスタートだと自らに喝を入れた。
(ボーダーはこれからますます近界へ行って多くの近界民と交流することになる。すべての近界民が悪意を持っているとは限らないのと同じくみんなが好意的な対応をしてくれるとも限らない。特にお金で買った玄界の人間を返してくれと頼んでも絶対にNOと言うに決まっている。だからこそ交渉をしてどちらにとっても損にならない妥協点を見付けるのが大事なことになる。交渉事なら唐沢部長に任せておけば心配はいらないけど、あの人には三門市や日本政府との交渉があるから近界に行ってもらうのは無理。あとひとりかふたりくらいは同じレベルの交渉術を持つ人がいないと回っていかないわね。そうなるとやっぱりわたしが防衛隊員を辞めて外務担当になるのがいいような気がする。なにしろもう半年以上も防衛任務には就いていないし、黒トリガーを持っているからというだけでS級扱いされてるのは何だか気が引ける。やっぱ近界民専門の外務担当部署をつくって、そこの責任者にしてもらうのが手っ取り早いかも。後で城戸司令に相談してみよう)
調印式は1時間弱で無事に終了し、続いて懇親会に移行する。
場所は同じ講堂で、ツグミたちスタッフだけでなく本部待機のA級部隊の隊員たちを動員してテーブルをセットし、食堂で作ってもらった軽食や飲み物を並べて十数分で会場の設営が終わると、舞台上にいた城戸たちが下りて来て無礼講でのパーティーが行われた。
キオンやエウクラートン、メノエイデスといったボーダーに対して友好的な国の人間ならまだしもアフトクラトルのハイレインが同席しているとなれば嫌悪感を抱く者もいるだろうということでここからは自由参加でとなっている。
しかし意外なことにあの三輪ですら退席せずにいて、会場の隅で黙々とサンドウィッチをつまみながら険しい目つきで辺りをうかがっていた。
米屋たち三輪隊や二宮・加古ら旧東隊のメンバーが彼に声をかけるが、邪魔だと言いたげな顔をするものだからすぐに去って行く。
その様子が気になったものだから、ツグミは邪険にされるのを覚悟で声をかけた。
「三輪さん、楽しんでますか?」
「これが楽しんでいる顔に見えるのか、おまえは?」
「でもつまらないなら帰ってもかまわないんですよ。調印式はA級部隊の隊長として出席の義務はありましたが、懇親会は自由参加ですから無理にいてもらわなくてもいいんですから我慢せずに ──」
「黙れ。おまえが例の近界民と組んでコソコソと何かをやっていたことは知っていたが、まさか同盟を結ぶために暗躍していたとは想像もしていなかった。どうせ迅も一緒になって何か企んでるんだろ?」
普通の人間ならムカッとくる言い方だが、三輪とは旧東隊のチームメイトだった頃からの付き合いであるからツグミにはもう慣れっこである。
「企むなんてとんでもないですよ。わたしは玄界が近界民の脅威に怯えることなく、三門市民が平和で平穏な日々が過ごせるように滅私奉公しているだけです」
「フッ、おまえが私心を捨て去って公のために尽くすなんてことするはずがない。おまえは昔から自分のことを利己主義者だと公言していただろ」
「あら、良く覚えていましたね。たしかにそのとおりです。でもそんなことをおおっぴらにすると交渉の際に不利になるので本性を隠しています。わたしは自己犠牲とか慈善とかそういった綺麗事は苦手ですからね。もうしばらくは猫を被って近界民たちを上手く利用させてもらうつもりです」
「じゃあ、私もきみたちボーダーを利用させてもらってもかまわないね」
いつの間にかツグミの背後にはテスタがいて、三輪との会話に加わってきた。
「スカルキ総統、いきなり声をかけられたら驚くじゃありませんか!」
怒ったフリをしながらツグミはそう言うが、テスタは動じない。
「だってさっきからずっと私たち近界民に対して敵意丸出しの視線でいる青年ときみが親しげに話しているのを見たら興味を持つに決まっているじゃないか。ツグミ、彼を紹介してくれないか?」
「もちろんいいですよ。彼はA級7位三輪隊の隊長、三輪秀次。ボーダー隊員の中ではまあまあ古株で、5年くらい前には短い間でしたがチームメイトとして一緒に活動していました」
ツグミがテスタに三輪を紹介するが、三輪は不機嫌そうな顔で彼女に言う。
「勝手に俺を近界民に紹介するな」
「わたしが紹介しなくても調べればすぐにわかることですよ。それにこちらはキオンのテスタ・スカルキ総統閣下です。失礼があってはなりませんからね」
無礼講とはいっても目上の人間に対して無礼な態度は許されるものではなく、この懇親会が無礼講であるのはテスタやリベラートといった国家元首がボーダー隊員の若者と自由に話ができるようにと配慮されたからである。
本来ならボーダーの一隊員が口を利くことなど許されないくらいの「雲の上」の人であるテスタに対して今の三輪の態度は明らかに「不敬」だ。
無礼講でなければ賓客に対しての暴言によって一発退場となるはずだが、テスタ本人は三輪のことを不快に思うどころか気に入ったようにで気軽に声をかけてきた。
「ミワくん、私はきみが近界民を嫌う理由を知らない。だけど私にはきみや玄界の人間を嫌う理由はなく、むしろ仲良くしたいと考えているんだ。だから握手くらいは求めてかまわないだろ?」
そう言って手を差し伸べるテスタに対してさすがの三輪も拒否をすることはできないようで恐る恐る手を伸ばした。
三輪にとって仇敵近界民と握手をするなんて自分自身を裏切る行為に近いのだが、ここで問題を起こして城戸たちに迷惑をかけられないと考えたのだろう。
握手をしたテスタは満足そうな顔をしてから手を離した。
「私はきみが憎んでいる近界民と同じ世界に住む者だが、きみ同様に大切な家族を戦争で亡くしている」
「え?」
「だから私は近界民でありながら近界の戦争を否定し、どうにかして武力を伴わないで統一したいと考えていたところにツグミがやって来て一緒にふたつの世界の平和を目指すことにした。だから私のことを好戦的な、そしてきみの大切な人の命を奪った近界民とは同じ人間だと思わないでほしい」
「……」
「まあ、きみに嫌われていてもキオンはボーダーと手を結んでお互いの利益のために武器を使わない戦いをするつもりだ。そういうことでボーダーが近界民を利用することはかまわないし、私はボーダーを利用させてもらう。利用するという言い方に語弊はあるが、どちらにとっても得になるならそれでいいと私は考えている。だから彼女とは気が合うのかな?」
テスタはそう言ってツグミに微笑む。
「ええ、そうですね。お互いに信頼しているからこそ相手が自国の利益のみを考えて抜け駆けすることはないと安心していられるんですもの。…ところでわたしは以前に三輪さんのことを話しましたっけ?」
テスタが三輪に家族を亡くした哀しみがわかるようなことを言っていた。
たしかに彼の兄が戦争で捕虜になった時に病気にかかって亡くなったと教えられていたが、ツグミは彼に三輪の姉が近界民に殺されたことを話した記憶はないのだ。
「いいや。彼のことは今日初めて会ったのだし、きみから紹介されるまで名前すら知らなかったさ。だけど私のことを近界民というだけで毛嫌いするくらいだから、きっと大切な人…たぶん家族を近界民に殺されたんじゃないかと想像したまでさ。もしかして違っていたのかい?」
「いいえ、正解です。実は彼のお姉さんが ──」
「黙れ、霧科。俺の姉さんが近界民に殺されたのは事実で、こいつ…いや、スカルキ総統も家族を戦争で亡くしたとしても立場は同じじゃない。戦争は当事国にそれぞれ責任はあるし、犠牲者が出るのは仕方がない。だが姉さんは近界民どもの戦争とは無関係で、何の罪もないのに殺されたんだぞ。一方的な虐殺だ。だから俺はどの国の近界民であってもおまえたちみたいに馴れ合う気はない」
三輪はそう言ってツグミたちの前から去って行った。
「私は彼と普通に話がしたかっただけなのだが…」
残念そうなテスタにツグミは慰めるように言う。
「彼は家族を亡くした哀しみを近界民という敵にぶつけるしか癒す手段がないんです。頭の中ではこのままではダメだとわかっていてもどうすることもできず、ボーダーに入隊した理由も近界民に復讐をしたい、近界民を皆殺しにしたいというものでした。彼だって第一次近界民侵攻の加害国がエクトスという国で、キオンやエウクラートンとは一切関係ないとわかっていますからあなたのことを憎んでいたり嫌っているはずはないんです。ただ入隊時よりも近界民を憎む気持ちが和らいできて、それが自己存在の土台を揺るがすものになっている。ずっと近界民は敵で殲滅しなければならない存在だと自分に言い聞かせていたのに、この1年の間にいろいろなことが起きて彼自身戸惑っているんですよ。このまますべての近界民を敵だとみなして戦うことはできず、だからといって仲良くすることもできるはずがない。ボーダーという組織が近界民融和政策に大きく傾いていますから、ボーダーに所属する以上はその方針に従わなければならず、今日もA級部隊の隊長だから義務で出席したに過ぎないんですが、懇親会は自由出席ですから嫌ならさっさと帰れば良かったのに彼は残りました。たぶん彼はこの先どうしたらいいのかわからないので、今後の指針となるものを探そうとしているんだと思います」
ツグミが三輪をフォローしようと必死になっていることがテスタには良くわかっていた。
(ツグミ、きみは彼のことを良く理解しているようだね。私も彼と握手をした時にきみが言っていることの大部分を感じ取っていたんだよ。彼が最愛のお姉さんを殺された憎しみや哀しみを近界民にぶつけているのは確かだ。だがそれ以上に彼は何もできずにいた弱い自分を忌み嫌っている。当時の彼はまだ子供だったし近界民相手に武器なしでは手も足も出なかったのは仕方がないこと。ただ仕方がないといっても目の前で大事な人を亡くした喪失感はどうしようもない。だから彼がボーダーに入ったのは近界民を殺したいという気持ちだけでなく、同時に近界民を殺せるほどの力を得たという実感を得たかったんだよ)
テスタには「触れた相手の行動原理を読み取る」というサイドエフェクトがあり、三輪の心の中にある最も強い「姉さんを殺した近界民を殲滅するためにボーダーに入隊した」という意思を感じ取ったのだった。
「ツグミ、彼は近界民を倒す力を得たというのにボーダーが近界民と手を結ぼうとしていて、ボーダーの戦闘員として困惑しているんだ。自分が信じてきた道が正しかったという自信を失い迷っているから怖いんだろうね。誰だって確固たる正解というものがわかれば苦労はしない。民間人を守るために入隊したのならその手段が強硬なものでも融和政策でも目的が達成できたら問題はないけど、彼のように近界民を殺して数を減らすことで三門市を守るという考え方であったなら、ボーダーの方針変更は自分の存在意義を見失う」
「……」
「彼が悪い人間ではないことは良くわかるよ。優しくて家族思いの青年だ。でも私が近界民であることは変えようのない事実で、彼がすべての近界民を敵だと言い続けるのなら私たちは永遠にわかり合えない。私は彼と敵対する気はないのにね、残念だよ」
「はい。ボーダーが積極的に友好的な近界民と手を結ぼうとしているのは拉致されて近界のどこかの国で生きているはずの市民の救出を急ぐからで、遠征に参加する隊員たちの危険をできる限り取り除こうとするためです。でも彼のお姉さんは戻って来ることはない。彼にとっては複雑な心境なんですよね。ボーダー隊員の入隊動機のほとんどが大切な人や今の生活を守りたいというものですが、彼にとってはその大切な人がもう存在せず、今の生活にもあまり執着はしていませんから『守る』という意識が希薄なんです。そして近界民に対する憎しみが生きる原動力になっていましたから、時間の経過や周囲の環境の変化によって自分の気持ちに揺らぎが出てきているのを感じて不安なのかもしれません。これまでは近界民殲滅を目指す城戸司令の思想に賛同するグループのメンバーでしたが、その旗頭である城戸司令が近界民との融和に舵を切ってしまいましたから、拠り所となるものを失ってしまったことにもなりますし」
「やはり何かを守りたいという気持ちが必要なんだよな…。それが人でも財産でも今の生活でもかまわない。過去の思い出も大切だが今を生きる自分や友人などを大切に思わないといつまでも過去に引きずられてしまう。本人もそれはわかっていてもなかなか気持ちの整理ができずにいて、誰かからの救いの手を待っている…のかもしれないな」
「彼の周りには良き友人が大勢いますから、彼が心を開きさえすればそう難しいことじゃありません。心のドアを外からノックしても逆効果で部屋の奥に引きこもってしまいます。だから彼には外に待っている人がいつでもいるということだけを知らせておき、彼が自分から外に出ようとするのをじっと待つだけです。これでも5年前に比べるとずいぶん変わったんですよ。もっとも本人が自分の変化に納得できていないようですけどね。過去の自分に対して心変わりしてしまって申し訳ないとでも思っているのでしょうか…」
「かもしれないな。まあ、彼もまだ若く、いろいろな経験を積んで成長をしている時期だ。彼が必要としているのなら手を差し伸べ、不要だというのなら黙って見守ってやればいい。無力ゆえに何もできず大切なものを失った辛さや哀しさはきみも良くわかっているだろ? 誰もが多かれ少なかれ同様の心の傷を負っている。その傷が癒えるには時間がかかるし、一生消えない深くて大きなものもある。彼は近界民を憎むことで傷痕を埋めようとしているのかもしれないが、家族を失った傷はそんなものでは埋められない。特に彼は常に憎い近界民のことを意識しているのだから、いつまで経っても傷口が塞がるどころか化膿し続けるようなものだ。ならば別のもので埋めるしかない。もし彼にもお姉さん以上に愛する人が現れたなら、きっとその人を守ろうとして必死になり、少しずつでも傷口が塞がっていくんじゃないかな」
「彼がボーダー隊員を続けることは彼にとって良いことなんでしょうか? 悪いことなんでしょうか?」
「それは私にはわからない。進む道を決めるのは彼自身だ。その選んだ結果がどのようなものになろうと彼自身に責任があることで、第三者が案じたことろで意味はない。きみは彼のことよりも近界と玄界の未来のことを考えて、きみが正しいと思う道を行きたまえ。それが『正解』ならきみの歩いた道を大勢の人間が歩いてやって来るはずだからね。そして彼が同じ道を歩いて来るか、それとも別の道を見付けてそちらを行くかは彼が選ぶこと。きみは自分のやるべきことをやるだけでいい」
「はい、わかりました」
テスタは三輪の話をしているようで、実はツグミの悩みの相談にのってやっていた。
彼女は自分のやっていることに自信を持っているのと同時に他人にどのような影響を与えているのか気になっていて、彼女の気持ちに揺らぎが生じていたものだからテスタは優しく「喝」を入れたのだ。
「私は他の若者と話がしてみたい。ツグミ、きみから適当な人物を紹介してもらえないかな?」
「ええ、かまいませんよ。じゃあ、こちらへどうぞ」
ツグミはテスタを連れて会場の中央へと戻って行った。
◆◆◆
三国同盟締結式を無事に終わらせたことで、ツグミは肩の荷が半分くらい下ろせたことになる。
式典の様子を見物していたメノエイデスのフーガ外相は帰国して同盟に参加することを首相に打診したいと言っており、好印象が与えられたことは明らかだ。
ハイレインも限りあるトリオンを大量に注ぎ込むという無駄の多い戦争よりもキオンのように現在保有している武器と軍事大国という看板を利用して圧力をかける方が効果的であると理解できたようで、次に会う時には良い返事ができそうだと城戸に伝えていた。
キオンとアフトクラトルの2ヶ国がボーダーの同盟国となれば拉致被害者市民の救出計画は「外交交渉」を主たるものとし、相手国が平和的解決を望まないという態度を示した時のみ強硬手段に訴えるということになるだろう。
そうなるとこれまで遠征参加予定のA級隊員たちの中には訓練が無駄になると考える者もいそうだが、いくら背後にキオンとアフトクラトルがいるとしてもボーダーが舐められてしまったら意味はない。
したがって遠征に参加するなら「黒トリガーに対抗できる」という最低限のレベルはクリアしなければならないという条件は変わらず、これまでに収集したアフトクラトルやキオンなどの黒トリガーの情報を分析して「未知の黒トリガー」を仮想空間で再現できる訓練システムを立ち上げた。
これは技術者たちが「新しい武器の開発」から「既存の武器でも効率良く戦える隊員を育成するためのシステム構築」にシフト変換したことによる。
もちろん既存の武器のブラッシュアップは行われていて、本来の三門市防衛の役目にも力を入れているために主力となるB級隊員たちのモチベーションの維持にも役立っているようだ。
C級隊員にも正隊員になれるだけの実力があれば試験によって昇格できるチャンスがあり、努力もせずにボーダーに入隊したことだけで満足している怠惰な訓練生は排除されるシステムも正常に作動しているためボーダー全体のレベルはアップしている。
新体制になって以来ずっと抱えていた問題点のいくつかが解決され、さらに拉致被害市民の救出という具体的な目的が掲げられたことで隊員・職員ともに今までになく任務に対する意欲が高まっていた。
この同盟締結にも不満がある者もいるだろうが、それよりも自分が「今、何をなすべきか」を考えれば答えは簡単に導き出せるというもの。
三国同盟は手段であり目的ではないのだから。