ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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454話

 

 

三国同盟締結の翌々日、近界民(ネイバー)たちはそれぞれ帰国するのだが、エウクラートンへは城戸と忍田とツグミ、そして艇の操縦とリベラートの護衛を兼ねてリヌスが同行することになっている。

さらにキオンへはテスタとサーヴァを送り届けるためにゼノンとテオが艇の操縦と護衛をし、それにレクスが一緒に付いて行くこととなった。

理由は祖国(アフトクラトル)以外の国を見てみたいというもので、テスタが快諾してくれたことでレクスの希望は叶った。

したがって帰りはゼノン隊の艇に7人乗ることになるため少々窮屈になりそうだが、約4日間であるからまあ我慢はできるだろう。

そういった理由から迅は同行を希望していながら却下され、不満げな顔をしながらツグミたちの艇を見送った。

 

 

 

 

そして三門市を発って4日、ツグミたちの乗った艇はエウクラートンに到着した。

現地の時間では午後8時を過ぎた頃であるために辺りは真っ暗である。

しかし艇を首都へと向かわせると少しずつだがぼんやりとした明かりが見えてきて、王宮の前に着くとすぐにミルコに出迎えられた。

夜間に女王に謁見というわけにはいかず、翌日の昼間にツグミと城戸と忍田の3人で神殿へ参じることとなる。

 

城戸と忍田がエウクラートンへ行くことになったのは女王に挨拶をするためで、ボーダーの総司令と本部長という肩書きを外してツグミの父親という立場で謁見することになっている。

これがボーダーの代表としての挨拶なら何ら問題はないのだが、ツグミの将来についての会談なのだからひと波乱あるだろうと容易に想像できる。

ツグミを自分の後継者として一刻も早くエウクラートンに呼び寄せたい女王及びリベラートと、玄界(ミデン)でいつまでも普通に暮らしてほしい城戸と忍田。

エウクラートンと玄界(ミデン)が接近している今でないと城戸と忍田が女王に会う機会は失われるため挨拶だけはしておいてもらおうとツグミは考えていたのだが、エウクラートンへ向かう艇の中は不穏な空気が漂っていたために非常に不安であった。

リベラートには自分の気持ちと女王後継問題についての持論を説いたのだが、ツグミを大事に思う以上にエウクラートン国民のことを思う彼にはなかなか理解してもらえない。

彼に限らず近界民(ネイバー)はすべて「(マザー)トリガーとそれを操作できる人間がいなければ国は滅びてしまう」と考えているものだから、ツグミが女王にならないと拒否すれば現在の(マザー)トリガーを破棄して新たな(マザー)トリガーを創造するという由々しき問題に発展してしまう。

そもそも「神」を選ぶにしても人選が並大抵のことではないというのに、(マザー)トリガーの元となる人間となれば誰でも良いというわけにはいかない。

そうなれば国中を探し回ってトリオン能力が高く、(マザー)トリガーとして相応しい人格者を()()にする必要が生じる。

この話を聞いたツグミは自分自身の幸福のために誰かが犠牲になることを望むことはできず、ボーダー本部基地の地下にある(マザー)トリガーのように一定の割合に調整して固定することによって必要なトリオンを抽出するやり方を提案した。

これはボーダーが三門市防衛にのみトリオンを使用しているからできることで、近界(ネイバーフッド)の国々は国土の維持から軍備、国民の生活のすべてがトリオンによって賄われているため、国の状況が変わればトリオンの配分も変わるというもの。

だから平時なら問題がなくても非常時、つまり戦争が起きた場合はトリオンを軍備に回さなければならなくなる。

そうなった時に女王 ── (マザー)トリガーを操作できる人間がいないと困る…と考えているのだ。

戦争が起きる要因をなくせばいいとツグミは訴えるのだが、現状ではそれが一番難しいことも承知しているのであまり強くは言えない。

また王家と女王に関する理不尽な制約 ── 婚姻のルールや人権を無視した行動の限定など ── については大幅に撤廃させたという経緯があるため、ツグミが女王になっても一生神殿に閉じ込められて外部の人間との接触を禁じられるようなことはなくなるが、それでも大幅に()()を奪われることになるだろう。

自分の幸福が第一だと考えながらも他人を犠牲にしてまで幸せになりたいとは思わない彼女であるからエウクラートン国民の未来を憂うのは当然であり、また自分にしかできないことを投げ出して逃げてしまうほど無責任でもないから悩んでしまうのだ。

この件の当事者たちの中には悪人はおらず、全員が自分のことと同じくらい他人も大切にしている善人たちだから誰もが満足する「答え」を出そうと必死になり迷ったりぶつかったりするわけで、ツグミは急いでも満足できる答えは得られないとして長期戦に臨む覚悟を決めていた。

しかしひとつの提案をリベラートに持ちかけ、彼がこの想定外の提案に戸惑いながらも考えてみると答えたことでツグミは少しだけ光が見えた気がしたのだった。

 

 

ツグミ、城戸、忍田の3人は翌日の女王との謁見に向けて様々な思いを抱えた状態で眠りに就く。

久しぶりに大きくて快適なベッドで眠ることができたため、悩みや不安はあるもののすぐに深い眠りの中に落ちていった。

 

 

◆◆◆

 

 

女王の朝のお勤めが終わった頃を見計らい、ツグミと城戸と忍田はリベラートに案内されて神殿へとやって来た。

大理石のような素材で建てられた神殿は見た目こそ荘厳で芸術的でもあるのだが、ここに一生縛られてしまう女王のことを考えると城戸と忍田には怒りを覚える。

もっともツグミはそれが嫌でルールを改めさせてはいるが、一度女王になれば玄界(ミデン)への里帰りどころか自由に外歩きすらできなくなってしまう。

だから彼女本人が女王後継問題について簡単にYESとは言えず、艇内での話し合いでも城戸と忍田(父親たち)は絶対に反対だと言ってリベラートとはずっと平行線をたどっていた。

ツグミにとってはどちらも敵ではないし身内であるから中立の立場を守りたいのだが、できることなら女王にはなりたくないので城戸・忍田寄りの立ち位置となる。

 

 

「遠路はるばるようこそお越しくださった。私がエウクラートンの女王、エレナ・オーラクルじゃ」

 

女王は非常にフレンドリーな態度で城戸と忍田を迎えた。

ふたりも想像していたよりずっと歓迎されていると感じて少々拍子抜けしたが、相手は同盟国の国家元首であるから失礼な態度も油断もできない。

 

「ボーダー最高司令官、城戸正宗です。このたびは女王陛下に謁見のお許しを賜り、誠にありがとうございます」

 

「ボーダー本部長、そしてツグミの養父の忍田真史です。お目にかかれて光栄です」

 

城戸と忍田が礼儀正しく頭を下げる。

すると女王はにっこりと笑って言った。

 

「ここから先はツグミの身内として話をしたいと思う。したがって私はツグミの大叔母で、そなたたちは養父となる。リベラートも彼女の祖父となって、互いに腹を割って話そうではないか」

 

「はい、私と忍田は(ツグミ)に対して育ての親としての責任があります。私たちは織羽と約束をしました。彼女を玄界(ミデン)の普通の娘として育て、()()()()()最も幸せな人生を送ることができるよう導くため。そしてあなたがエウクラートンの女王であっても玄界(ミデン)の少女の自由を奪うことは叶わないと理解していただくため参上したのですから」

 

言葉は丁寧だが、城戸の言っていることはあきらかに「ツグミは渡さない」であり、喧嘩腰の態度であるのは傍で見ているツグミにとって冷や汗ものである。

 

(城戸さん…できるだけ穏便に話を進めたいのにそんな挑発的なことを言っちゃダメでしょ…)

 

城戸はもちろんのこと忍田はそれ以上にエウクラートン側の「勝手な言い分」に腹を立てていて、相手が女王という立場でなければ何を言い出すかわからない状況だ。

ひとまず挨拶を済ませると、女王の座る安楽椅子の正面にある長椅子に城戸と忍田が腰掛け、女王の隣にリベラート、そして忍田のそばの椅子にツグミが座ることになった。

女王の健康の問題もあるため1回の面会時間は30分に限られているので双方とものんびりしているわけにはいかない。

さっそく本題にはいることになり、それぞれ自分たちにとって100%満足できる答えを出し合い、その上でお互いに絶対に譲れない条件とそうではない条件を並べて妥協点を見付けようということにして話し合いは始まった。

 

エウクラートン側はツグミが一日も早く女王を継いでくれることを希望しており、彼女が()()役目を果たしてもらえるように彼女の希望であったこれまでのくだらない慣習を廃止している。

したがってツグミが女王となることを拒否するという選択肢はないと断言した。

ただし女王の健康状態が改善しつつあるという現状を鑑み、今すぐにどうこうしろとまでは言わない。

そしてできることならエウクラートン人の男性と結婚をして女子を生んでもらいたいという条件まで出してきた。

一方、城戸はツグミが望まぬことを強いることだけは絶対に許せないと言うが、逆に言えば彼女が納得した上でなら女王になることはかまわないということになる。

すべては彼女の判断次第で、城戸と忍田は彼女の()()()()()ために全力を尽くすのだと宣言した。

最後に両者の条件を聞いたツグミが自分の意見を言う。

 

「わたしは自分の気持ちを最優先したいと思います。ですが父の故郷のエウクラートンの状況を傍観することはできません。したがってわたしは女王の座を継ぐ覚悟を決めております」

 

ツグミがそう言うと女王とリベラートの顔に笑みが浮かんだ。

 

「ですが今すぐに女王にならなければいけないという緊急性を要するものではなく、時間的余裕はあるということになりますからわたしはあと3年…20歳になるまでもうしばらく足掻いてみようと思うんです」

 

「足掻く…とはなんじゃ?」

 

女王が怪訝そうな顔で訊いた。

 

「女王陛下のようにそれが運命だから自分の意思とは関係なく受け入れてしまうのではなく、結果的に女王になるにしてもやれるだけのことをやってからでないと納得できないということです。自分の人生ですから、それが運命だと言って素直に受け入れることなんてできない性格なんです。もしエウクラートンに生まれて育っていたのなら(マザー)トリガーがなければ国を存続できないという事実に疑問を抱かずにいたことでしょう。ですがトリオンをまったく使用しない玄界(ミデン)に生きたわたしにとっては理解しがたいことが多く、近界(ネイバーフッド)(ことわり)に縛られてしまっている近界民(ネイバー)に対してなぜトリオン依存を脱却しないのかと大きな声で訴えたい。もちろん国土の維持に(マザー)トリガーから抽出したトリオンを使わなければなりませんからゼロにはできません。でも日常生活に使用するトリオンは減らすことは可能ですし、軍備にトリオンを大量に投入するから戦争が絶えないという愚かさに気が付けばトリオン依存の悪弊を断ち切ろうと努力する人が現れるはず。わたしはその引き金(トリガー)になりたい」

 

「……」

 

「3年あれば近界民(ネイバー)たちの意識改革も多少は進めることができるはず。だってどんな人でも戦争をしているよりも家族や友人と一緒に美味しいものを食べたり語らう方が楽しいって思うでしょうし、大切な人の命が理不尽な暴力によって奪われることなんて絶対に許せないはずですから。わたしがゼノン隊の3人と出会ってまだ1年も経っていません。それなのにボーダーはキオンと同盟を結ぶまでに友好関係を深めました。といってもわたしとスカルキ総統の考え方が似ていたことで意気投合し、彼が積極的にわたしの話を聞いてくれたおかげですけど。彼のように近界民(ネイバー)に影響力のある国の元首が味方になってくれたら心強いですね。まあ、それはともかくわたしはまだやりたいこととやるべきことが残っています。それを放り出して女王の座に就くことは絶対にありえず、またエウクラートンの状況を鑑みて必要とあらば期限を短縮するという選択肢も捨ててはいません。わたしはどちらか一方の100パーセント満足するような答えを出すことはできません。そしてひとつだけはっきりと言えるのはエウクラートン人の男性と結婚をすることは絶対にないということです。わたしには迅悠一という婚約者がいます。彼以外に伴侶となる男性はありえません。いくら女王とはいえわたしの伴侶を勝手に決めるというのなら、わたしは女王になるという選択肢を永遠に捨てます」

 

「……」

 

「1年前のわたしなら女王の後継問題なんてものとは無縁で、キオンへ行った帰りにエウクラートンへ立ち寄りさえしなければこのようなことにはならなかったんです。父の故郷だから見てみたいなどという好奇心から足を踏み入れなければわたしがオーラクル家の血筋であることなど永遠に知らなかったかもしれないことで、その点については自分の判断が甘かったと考えていますが後悔はしていません。エウクラートンに祖父と大叔母がいることを知り、おふたりが祖国の将来について不安を抱いているのなら力になりたいと思っています。だっておふたりもわたしの家族なんですから。でもおふたりがわたしの自由と未来を奪うのであれば無条件に承諾できるものではなく、わたしの玄界(ミデン)の家族を哀しませることになるのなら断固拒否します。わたしにとっての願いは自分が幸せになることですが、そのために家族や友人に犠牲を強いることはできません」

 

「……」

 

「わたしは当事者として自分の気持ちと妥協点をお話しました。ですからみなさんにも自分のことだけでなく相手の立場と気持ちを考えてもらいたいと思います。城戸さんと真史叔父さんはわたしの気持ちを最優先に考えてくださっていますからわたしの判断に賛成してくれるでしょう。あとは女王陛下とリベラート殿下が譲歩してくれたなら丸く収まるはずです」

 

本人が希望を述べ、それが理屈に合うものであれば大人たちがいつまでも自分の言い分を主張してばかりはいられない。

特に城戸と忍田はツグミの意思を尊重することが大前提であるから、彼女の「3年間の猶予」に理解を示し、たとえ3年後に彼女が自分の意思で女王となってエウクラートンに永住してしまうというのであれば認めざるをえない。

一方、女王とリベラートも彼女が女王になりたくはないと言っているのではなく就任を前提にしていてその前にやりたいことを済ませたいというだけであり、またそれが近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)のためになることであればダメだとは言い難いというもの。

もちろん女王の健康問題が解決されたわけではないので3年待てるかどうかわからないが、逆に3年間女王が存命であればその後の心配はなくなるということで、緊急を要するものでない以上はツグミの意思に任せた方がいいだろう。

ただ混血(ハーフ)の彼女が玄界(ミデン)人の迅と結婚すれば生まれた子供はエウクラートン人の血が4分の1ということになりオーラクル家の一族と認め難いのだが、迅との結婚を認めなければ彼女が女王にはならないと断言しているのだからどうしようもない。

 

「そなたの気持ちは良くわかった。しかし国家の一大事に関わることであるからすぐに答えを出すわけにはいかぬ。明日まで待ってくれ。それまでには回答をしよう」

 

タイムオーバーとなったため、ひとまず話し合いはここでおしまいとなった。

女王が明日回答すると約束した以上は()()エウクラートン側の公式回答ということになり、それが城戸と忍田にとって納得できないものであれば再検討となるだろう。

 

 

 

 

ツグミは城戸と忍田と一緒に神殿を退出し、リベラートは女王とふたりで内密に話をすることになった。

 

「陛下、先ほどは客人がいましたから話題にはしませんでしたが、実はツグミからひとつの提案を持ちかけられているのです」

 

リベラートが遠慮がちに言う。

 

「提案とはなんじゃ? エウクラートンにとって有益なことなのだろうな?」

 

「はい。まあ、有益と言えばそうなんですが…」

 

「ハッキリしない言い方じゃのう。早う言うてみい」

 

「実は…」

 

リベラートはエウクラートンへ向かう艇の中でツグミから言われたことをそのまま女王に話した。

 

「なるほど…。慣習に縛られていた我々では思いもつかぬことじゃのう。ツグミが3年という期限を要求したのはこれが理由なのか?」

 

「いいえ、違います。私も彼女がなぜ20歳になるまでは女王にもならないし結婚もしないと言う理由が気になりましたから本人に訊いてみました。そうしたら彼女は言ったんですよ。『わたしは世界で一番大切な人と約束したことは絶対に守る』のだと。彼女は養父であるシノダのことを世界で一番好きな人だと言い、成人する20歳まではツグミ・シノダのままでいたいと願っています。両親を亡くした彼女をあそこまで育て上げたのはシノダであることは間違いなく、彼はツグミのことを実の娘以上に可愛がっています。血のつながりよりも濃くて強い絆がふたりの間にはあり、それを他人どころか祖父である私にも断ち切ることはできません。それにシノダの気持ちもわかりますから、ツグミたちには残された3年を父娘として過ごさせてあげたいとも思うのです」

 

「血のつながりよりも濃くて強い絆か…」

 

「ですが我々オーラクル家の血筋であるからこそ彼女は女王としての素質があり、これまでは彼女に期待をするしかありませんでしたが、もうひとつ不確定ではありますが条件さえ整えば我々にとって最善の結果となるのですから、ここは考慮に入れてもらいたいと申し上げたのです」

 

「そうじゃな。これまでは不可能であったものの王家に関する不都合な制約を撤廃できたのじゃから試してみる価値はある。…だがそなたの意思はどうなのじゃ? そなたの健康状態であれば問題はなかろうが、今から探して間に合うものかのう…」

 

「いちおう心当たりはありますので打診してみたいと思っています」

 

「ならばその件はそなたに任せる」

 

「承知しました」

 

「しかし…ツグミが王家の人間が慣習によって縛られていることを理不尽だと言い、撤廃しないと女王にはならないとダダをこねていたように思っていたが、実のところ女王という立場に縛られた私を解放し、今後も続く女王後継問題の根本的な解決を考えてのことじゃったのかもしれぬ。女王を必要としない世界を創ろうとしているが、近界民(ネイバー)にとって(マザー)トリガーは欠かせぬものであり、その役目の重要さを理解しているからこそ簡単に女王になるとも絶対になりたくないとも言えぬというもの。そんな立場であったあの子の最大限の努力の結果がこれだと言うのなら、我々はあの子の気持ちに応えてあげるべきじゃな」

 

女王はそう言って静かに目を閉じた。

彼女にとって姪孫となるツグミの幸せを願っているのは間違いなく、彼女のために「3年間」に賭けてみようという気になったようである。

 

 

 

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