ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミたちが
2月4日が初日で、7日にRound2とすでに2試合が行われている。
今回の参加
昨年の9月から始まった昇格試験で合格した新人B級隊員が
その中にヒュースの抜けた穴を麟児が埋めることになった
なにしろ
Round1は玉狛第2、吉里隊、今回初参加の山辺隊と松原隊の四つ巴戦。
玉狛第2はB級2位まで上り詰めた
したがって吉里隊と山辺隊と松原隊にとってはあまりにも運が悪いとしか言いようがなかったのだった。
Round2はRound1で大量点 ── 各
そこでも玉狛第2は目覚しい活躍を見せていた。
自らすすんで同レベルの仲間と
レプリカが帰還したことで元気を取り戻した遊真。
人を撃つことを恐れなくなり、自分で考えて適切なタイミングで狙撃ができるようになった千佳。
そして諜報員時代から優秀なトリガー使いであった麟児。
この4人が目指しているものはA級昇格でも遠征参加でもなく、各自が
B級隊員としてできることは多く、自分の与えられた役目をきちんと果たすことこそが重要なのだと考え、全力でB級ランク戦と防衛任務を全うしようと4人は約束をしたのだ。
青葉と麟児が戻って来たことで「遠征に参加するためにA級を目指す」という目的を失ったが、だからこそ「ランク戦で点を取れる戦い方」ではなく「実戦で未知の敵と戦っても勝つ
修のワイヤー陣に敵を呼び込んで千佳の狙撃の援護ありきで遊真と麟児が近・中距離攻撃をするという得意のパターンはランク戦でこそ通用するものの実戦では効果があるとは言い難い。
仮にアフトクラトルによる侵攻の際にこの布陣で戦おうとしたとしてもハイレインたちの目的が「ボーダー隊員の殲滅」ではなく「雛鳥の捕獲」であったからわざわざ罠だとわかっている場所に向かうはずはない。
それにボーダー側もハイレインたちを倒すことよりも千佳たちC級隊員を本部基地まで誘導することが最優先事項であったから、
そんな状況でワイヤー陣は意味がなく、足止めにもならないだろう。
これは一定時間内にできるだけ多くの敵を倒すことで点をゲットする「ゲーム」であるB級ランク戦だから効果がある作戦で、仮にルールが「陣取り」で互いの陣地・陣を奪うことであったなら役に立たないものとなる。
そこで新生玉狛第2が目指したのは嵐山隊や三輪隊のようなチームプレイであった。
ただしそのためには修の強化が必須で、生身の身体を鍛えてトリオン体の機動力をアップ、適度にトリオンを消費することでトリオン器官を鍛えてトリオン量を増やすといった訓練を行うこと約2ヶ月。
わずかではあったがパラメーターの上昇が見受けられたのだった。
そして特筆すべきは修が岡宮というレイガスト使いの後輩と一緒に訓練をするようになったことで、これまで以上にレイガストを上手く使用できることになったことだ。
彼の
また修が囮となって敵の攻撃を
人間というものは努力した結果が数値など目に見える形で表れるとなればモチベーションは上がるし、何よりも「千佳を守らなければならない」とか「最終戦までに上位2位までに入らなければならない」というプレッシャーがなくなったことで修はボーダーでの活動を
持たざる者がその努力によって結果を出している事実を周囲の人間も認めていた。
こうなると修もトリオン不足が原因で入隊試験に落ちたというのに迅という影響力のある人間に
遊真ほどではないがライバルたちと戦うことを楽しいと思えるようになり、ボーダーが自分の
千佳は青葉と麟児を自分の手で探したいという動機で入隊したのだからボーダー隊員を続ける理由はなくなった。
以前の彼女であればここで辞めると言い出せば「自分のことしか考えていない」とか「ここでボーダーと三門市を見捨てるなんてひどい」などと陰口をたたかれるのではないかと勝手に思い込んでしまっただろう。
周囲の人間の「評価」は誰でも気になるものだ。
他人の目を気にしすぎるために失敗することを恐れ自己主張や行動ができないでいて、自分で自分を責めて落ち込み、自分は価値のない人間だと思い込む負の連鎖に陥ってしまう。
千佳も同様であったが「自分もやればできる」という自信を持つことができたことによって自分で自分の価値を認めることができた。
負の連鎖というものはどこかひとつでも破壊できればそこで終わるもので、自分の意思で人を撃つことができた時にそれまでのモヤモヤとしたものが吹っ切れた。
こうして彼女は自分には膨大なトリオンがあり、仲間たちと一緒に戦うだけの技術と根性を身に付けたのだから、今度はみんなのために自分にできることを精一杯やりたいと考えて残留を決めたのだった。
◆◆◆
城戸と忍田は帰国早々身体を休める暇もなくボーダーの幹部としての生活に戻った。
2月中にヒエムスにいると思われる63人 ── 65人のうち青葉と涼花のふたりは帰還している ── の拉致被害市民の救出を行いたいと考えていて、穏便に事を進めるためにまずボーダーの総司令官の名で三門市民の解放と帰国を求める旨を記した親書を持った使者を派遣することにした。
ここで相手が話し合いに応じるのであればボーダーも「代価」となるものを用意して城戸もしくは忍田を責任者とした使節団を派遣する予定である。
もしどのような条件であっても絶対に引渡し要求には応じないとなれば、ボーダー側は別の手段を講じることとなると
特に言明せずとも多くの
ところが三国同盟の件がヒエムスにも伝わっているのであればボーダーはともかくキオンとの全面戦争は避けたいということになり、ボーダーに対して何らかの要求をしてくるだろう。
交渉の場に相手を引っ張り出すことができれば半分は成功したようなもので、相手が何を欲しているかわかればそう難しいことはないのだ。
もちろんトリオンが欲しいと言われてもそれは無理だが、ヒエムスが農業を主産業とした小国で農産物を輸出して生計を立てている国であるから、品質の良い作物の種苗や労働力となる人間の代わりに牛馬などの家畜を譲ることと引き換えに三門市民を引き渡してもらうなど「話し合い」によってお互いにwin-winとなる結果を模索することができるようになる。
ヒエムスは長い間レプトという国と戦争を続けていて両国とも疲弊しており、人口もなかなか増えずにいて主たる第一次産業の従事者が圧倒的に足りないためにエクトスから人間を
ヒエムスも人身売買を肯定しているわけではないが、戦争によって労働力となる若者が兵士となってしまっただけでなく出産可能な女性の数が圧倒的に少ないためにどうしても労働力を生む女性を他国から
また子供が生まれても医療の知識や技術が未発達なために死なせてしまうという
根本的な解決策が確立しなければ人間をさらう国とその人間を買う国がいつまで経ってもなくならない。
ならば医療面でのサポートを約束することによって人口増加が見込まれ、エクトスとの取引をやめることができるはずだ。
とにかくヒエムスとの交渉を成功させることによって「次」へのステップとなるのは明らかで、逆に言えばこの第1回拉致被害市民救出遠征が失敗してしまうえば
原則として「武力行使は不可」であるが、万が一の場合に備えてA級隊員には遠征 ── 敵本拠地における完全アウェイでの戦闘 ── のために特別訓練を行っている。
彼らには現地へ同行してもらうがそれが単なる「遠足」で済めばそれがベストな結果となるわけで、ボーダーはさらわれた仲間を取り戻したいだけで
したがってこの対ヒエムスの第1回拉致被害市民救出遠征を成功させるために時間をかけて慎重に計画を進めていた。
そして城戸と忍田が帰国した翌日に関係者を集めての遠征会議が行われた。
昨年11月に行われたヒエムスへでの潜入調査の結果を元に、この国の元首となる国王・フランコに宛てて親書を送ることになった。
今のところヒエムスとボーダーに接点はなく、まずは御機嫌伺いを兼ねて使者を派遣するわけだ。
その使者を誰にするのかとなればツグミ以外に適任者はいないと誰もが考えている。
ただしボーダーという組織の一般隊員
正式名称は「ボーダー総合外交政策局」で、ツグミの新しい肩書きは局長となる。
彼女は外務・営業部の一部署を想定していたのだが独立した部署となったため、唐沢の部下ではなく対等な役職を与えられた。
これで彼女は幹部として名を連ねることとなり、名実ともにボーダーの運営や対
そして彼女の部下としてゼノン、リヌス、テオが
この3人はキオンの軍人という立場はそのままだが、テスタの指示でボーダーに出向という形で「ボーダー側の都合のいいように使ってかまわない」となっているので問題はない。
ツグミはミリアムの
「力」とは行使せずとも持っているというだけで効果はあるのだ。
これまでならツグミに危険な任務をさせたくはないと反対する忍田だが、彼女の「覚悟」を知ってからというものは父親ではなくボーダー本部長としてボーダーの利益を優先することにした。
よって彼女がボーダー総合外交政策局局長になることも、交渉相手となる国に赴くことも賛成側に一票を投じている。
ボーダー総合外交政策局はたった4人の部署だが、今後のボーダーの運営を左右することとなる重要な仕事を任されるわけで、ツグミはやる気満々であった。
さっそく彼女が親書の原案を提出し、内容を審議することとなった。
これまで何人もの
相手を敬う気持ちは当然持ち合わせているが、だからといってボーダーの代表として話をするなら無闇に
だから親書の内容も合格点に達しており、ヒエムス政府との対応は彼女に一任するということでこの日の会議は終了したのだった。
即日、ボーダー総合外交政策局の発足が
ひとまず事務局は彼女が隊室として使用していた部屋を使うことにしたのだが、これで彼女の
3年というタイムリミットを自ら定めた彼女としては積極的に行動して
まだ誰も足を踏み入れたことのない領域に飛び込んでいくのだからマニュアルやガイドブックなど存在はせず、すべてが手探り状態である。
地図のない山を登るようなもので、登山道はなく自分で道を切り開いて行かねばならず、頂上がどれだけ高いのかもわからないのだからゴールはまだ見えない。
しかし彼女は自分の進む道を遮る困難を「壁」とは考えず「山」と称し、高いほど頂上を極めた時に遠くまで見えると言ってやる気を出すタイプだ。
だからこれまでにない大きくて高いであろう山を登ることを楽しみにしていた。
◆◆◆
2月11日は水曜日だがスケジュール調整のためB級ランク戦がない日で、おまけに中高生は期末テストの時期であるため本部基地はひっそりと静まり返っていた。
しかしB級ランク戦や定期考査とは無縁の「No.1
「ツグミ、おまえマジかよ!? 何でそんなことになってんだ!? それでこれからどうなるんだよ!?」
トリガー使いとしては優秀だが日常面ではいろいろと
「まあ、落ち着いてください。お茶くらい出しますから、そこに座って待っていてくださいな」
ツグミは手早く緑茶を淹れると太刀川に勧めた。
「どうぞ、召し上がれ。昨日までちょっと出かけていたのでお茶受けのお菓子はありませんが勘弁してください」
「ちょっとって…どうせまた
太刀川は「俺は知っているんだぞ」と言いたげな顔だ。
(口外できないことは多いけど、何も教えなければ帰ってはもらえなさそうな様子ね。ま、ボーダー隊員であれば知る権利があるわけだし、概要だけは教えてもいいかな)
ツグミはお茶をひと口飲んでから話を始めた。
「なぜわたしが局長なんていう肩書きを持つ幹部に出世したかということを知りたいんですよね? …う~ん、話せば長くなるんですけど、どうせ途中で飽きちゃうでしょうからポイントをかい摘んで話ます。まずはわたしがどうやって
ゼノンたちの存在はボーダー内に限っては周知されているので、彼らのことは話してもかまわないことになっている。
しかし彼らがミリアムの
そこでゼノン隊がアフトクラトルの侵攻のどさくさに紛れて三門市に潜入していたところを発見したことが知り合ったきっかけで、敵対する意思がないことから玉狛支部預かりとなっていて、その時にツグミが世話役を引き受けていたためにキオン本国との接点ができたということにしてあった。
「キオンのテスタ・スカルキ総統はトリオンやトリガーとは無関係でありながら高度な文明を築いた
そして城戸の許可を得てキオンへ赴き、テスタに礼を言うと同時に
「ふ~ん…そんなことがあったのか。それでどうやってアフトの連中を引っ張り込んだんだ? ランバネインって野郎が詫びを入れに来たのもおまえが何かやったからじゃねえのか?」
「それはわたしが直接働きかけたんじゃなくて、ボーダーがキオンと同盟を結ぼうとしていると噂を流してハイレインを慌てさせたからだと思います。キオンとアフトは軍事大国の双璧ですから、キオンがこれ以上力を持つと面倒なことになる。そこでボーダーとの関係を修復してキオンとボーダーの接近を阻止しようとしたんじゃないでしょうか。でも同盟を結ぶことが本決まりになったものだから、ハイレインは様子を見に来たというわけです。これはわたしの印象ですけど、アフト…ハイレインも武力によって他国を押さえつけるだけではダメで、恐怖政治のようなことをしていればいずれ自分に跳ね返ってくるとわかったみたいです。少なくともボーダーとキオン・エウクラートンの敵になることはありません。それだけでもボーダーにとってはこれからの拉致被害市民救出計画の障害となるものが減るわけで、ボーダーがキオンとアフトから一目置かれる存在となれば相手国との交渉もスムーズになるかもしれません」
「なんか俺の知らないところでいろいろ動いてんだな…。それでおまえが何とかっていう局長になったのはどんな事情があってのことだ?」
「ボーダー総合外交政策局」という名称すらも覚えられないのかと苦笑しながらツグミは説明した。
「ボーダー総合外交政策局、ですよ。
「ああ、わかってるって。そんでなんで城戸さんと忍田さんが
「エウクラートンは女王が元首で、リベラート殿下は代理としていらっしゃったですからボーダーの責任者として城戸司令が女王陛下にご挨拶にうかがったんです。忍田本部長は視察ですね。エウクラートンへはわたしが何度か訪問していて報告はしていましたが実際にその目で見たいということでしたので、1年の中で最も接近している今の時期を逃したくなかったんです」
「それで土産は?」
「そんなものありませんよ。観光旅行じゃないんですから」
「なんだ~、ないのか」
残念そうに言うが、ツグミは言い返す。
「太刀川さんだって遠征に行ってもわたしにお土産を持って帰ってくれたことないじゃないですか。それにあなたも拉致被害市民救出計画のメンバーなんですから、近いうちに
「ってことは結構進んでるってことだな。そんじゃ遠征に向けての訓練にも力を入れねぇと」
やる気満々という顔の太刀川にツグミは水を差すようなことを言う。
「わたしは太刀川さんたちがトリガーを起動せずに済むようなシナリオを書いていますから、あまり楽しみにしているとガッカリするようなことになるかもしれませんよ。…まあ、お話できるのはこれくらいですね」
「もっといろいろ聞けるかと思ったがしかたねぇな。あ、幹部になったってことはもうトリガーは手放すのか? それとも忍田さんみたいにいざという時には戦うとか?」
「
そう言って微笑むツグミを見て太刀川は複雑な気持ちになり、少し残念そうな顔で笑ったのだった。
(こいつに全部任せたら、アフトの連中みたいな人型とはもう二度と戦えないかもしれないな…)
そんな太刀川の心の中など知りもせず、ツグミは美味しそうにお茶を飲み干した。