ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
那須と熊谷が合流し、お互いに安堵の表情を浮かべている様子がモニターに映し出されていた。
戦況が好転したわけではないが、心強いチームメイトの無事な姿を見れば安心するものだ。
しかし鈴鳴第一と玉狛第2という敵を1ヶ所に集めてしまうことになり、しかも那須隊は太一の居場所もわからないから警戒を緩めることはできない。
そして仮にこれが玉狛第2の作戦で敵を一掃するために各個撃破しなかった理由であったなら、それこそ玉狛第2の思う壷である。
「あえてトドメを刺さずに熊谷隊員を那須隊長と合流させたように思える麟児隊員の動きですが、これまでの動きを見ていると麟児隊員は単独で熊谷隊員倒すことができたと思えるほど余裕があり、三雲隊長の合流を待つ必要はなかったと思えます。ここで熊谷隊員を倒してしまえば残る那須隊長を鈴鳴第一よりも先に落とすだけでいい。それをしなかったのは三つ巴戦にしたい何らかの理由があったからだと思われますが、これは三雲隊長の意思ではなく麟児隊員の作戦を承認したものでしょう。なぜこんな戦い方をするのか? 今のところその理由に心当たりがありません。Round1では特に作戦といったものはなく、それぞれ自己判断で戦ったようでした。Round2では
ツグミの指摘で桜子は実況に戻った。
「さあ、これで三つ巴戦になりました! 那須隊は挟撃される位置にありますから何とかして片方だけでも先に潰してしまいたいところですが、この場合はどちらを先に倒すべきでしょうか?」
「玉狛第2」
「鈴鳴第一」
京介とツグミが同時に言う。
「おふたりとも意見が違うようですが、その理由をお聞かせください」
「俺なら厄介な玉狛第2を先に始末するな。というよりも鈴鳴第一と戦わせておき、背後から玉狛第2を強襲する。ま、鈴鳴第一だって玉狛第2みたいな厄介な敵は早く倒したいだろうから、那須隊が上手く動けばそれを利用しようとするだろう。だから那須隊にとっては玉狛第2を先に倒して鈴鳴第一を後回しにした方が楽になる。玉狛第2を利用しようとしてもそれはたぶんできないだろうからな」
「ふむ…たしかに一理ありますね。那須隊と鈴鳴第一が一時的に手を組めば擬似的に5対4と人数の上で有利な状況となります。しかし那須隊がそう考えたとしても鈴鳴第一がそれに乗ってくれるでしょうか?」
「それは鈴鳴第一の立場になって考えればわかります。鈴鳴第一は別役隊員がまだ本部基地から出ていませんから生存していても戦力にはカウントできません。ですが少しでも時間稼ぎをして彼が戦場に復帰できれば戦力は倍増…とまで言えなくとも今よりは戦いやすくなります。だから鈴鳴第一は今のところ何もしないか、那須隊の援護のために玉狛第2にプレッシャーを与えるくらいの動きしか見せないと考えるわけです」
「だから鈴鳴第一は後回しにしてもかまわないということですか…。なかなかに面白い意見ですね。…では霧科さんの鈴鳴第一を先に倒すべきだという根拠を教えてください」
京介の解説が終わって、次はツグミに番が回ってきた。
「わたしは単に人数が少ない方から倒していく方が楽だと思ったからです。それに鈴鳴第一・那須隊とも玉狛第2の手のひらの上で踊らされているのだとそろそろ気が付いているはずで、玉狛第2が漁夫の利を得ようとしているのだとすれば、那須隊と鈴鳴第一が戦っている間はまだ手は出さないと考えます。敵が固まっているところを雨取隊員のアイビスで一気に吹っ飛ばすということも考えられますが、彼女のアイビスでは近くにいるチームメイトも巻き添えになる可能性がありますから、この場合はやらないと思います。それと今まで一度も姿を現さない空閑隊員ですが、誰とも刃を交えないままに試合を終わらせてしまうようなことはないはずです」
「ではなぜ空閑隊員はまだ何もせずにじっと隠れているんでしょうか?」
「空閑隊員が戦闘に参加しないのは別役隊員が本部基地から出て来るのを待ち構えているからだと思うんです。鈴鳴第一と那須隊メンバーにはわかりませんが、空閑隊員がいる場所は北東側の出入り口のすぐ脇で、屋上からの狙撃が不可能な場所を移動されたら雨取隊員には対処できませんから空閑隊員が待機しているのだと考えます。以前の玉狛第2なら点を取りにいくためにこんなまどろっこしいことをせず積極的に戦闘に加わっていったことでしょう。ですが新生玉狛第2はそんなガツガツした戦いをせず、例えるなら以前の肉食系の戦いではなく草食系の戦いにシフトチェンジした印象を受けます。静かで淡々としていますが確実に点を挙げている…そんなカンジです」
「肉食系と草食系…言われてみればそんなカンジもしますね」
納得する桜子は何かを思い出したかのようにツグミに訊いた。
「さっきは話の途中で終わってしまいましたが、玉狛第2が三つ巴戦にしたい何らかの理由があったのではないかと言っていましたが、その理由をおわかりですか?」
「そうですね…ボーダーは三門市に攻めて来た
「それで玉狛第2が鈴鳴第一と那須隊を戦わせてお互いに疲弊したところを叩く…ですか?」
「はい。本来はそんなことをしなくても十分戦える
「完全試合なら別役隊員を空閑隊員が倒し、残る4人を1ヶ所におびき寄せて雨取隊員のアイビスで一気に片付けてしまえば簡単で誰も傷つきません」
「でもそんなつまらない試合を麟児隊員が考えているとは思いません。もちろん雨取隊員の狙撃の援護があることが前提になりますが、三雲隊長たちは何かやってくれるのではないかとわたしは期待しているんです」
ツグミは笑顔でそう答えた。
1年前、彼女は
ところが体調を崩してしまったことで残りの4試合をすべて不戦敗という不名誉な記録を残すことにもなってしまう。
しかしRound1から4までの4試合で彼女の見せた「戦う姿」に影響された者は多く、修もまた彼女の戦う目的やB級ランク戦に参戦した意味を知って憧れのような気持ちを抱いていたのだが、当時の修にはA級隊員になることがすべてであり、A級隊員になるために戦って勝つのではなく、勝ったその先にA級隊員という結果があると考える彼女のようになりたいと思っても、それは理想であり現実とはかけ離れていて「夢」のようなものだったのだ。
結果、玉狛第2は2位となったことでアフトクラトル遠征に参加する挑戦権を得て、実際に遠征に参加することはできたものの修は自分が無力であることを思い知らされただけとなり、その後のA級昇格試験も残念なものとなったことで一旦
これがきっかけとなり自分を見詰め直す時間を持つことができて、それが今の玉狛第2の戦い方に表れている。
ツグミはB級ランク戦で勝つことを目的としていながらも観客に楽しんでもらいたいというエンターテインメント性を持たせてC級隊員たちの興味を引くように仕向けたり、たったひとりでも複数の敵を相手にすることができる戦術の重要性を教え、さらに
そんな彼女の姿を一番近くで見ていた修はA級昇格や遠征という目的を失ったからこそ、ようやく「夢」を叶えようという気になれたのだった。
◆
本部基地の北東側の出入り口で待機していた遊真は太一が姿を現した次の瞬間にマンティスで彼の首を切断。
太一が
「これで鈴鳴第一・那須隊共に
この状況では遊真が修たちと合流すると誰もが思うが、遊真はバッグワームを起動したままで移動をしていて、奇襲を目的としていることは明らかだ。
「おっと…玉狛第2はまた全員がバッグワームを起動して姿を消したぞ。今さら姿を消したところで大体の居場所はバレているのだから意味はないように思えますが、烏丸隊員は玉狛第2の意図がおわかりですか?」
「単純に嫌がらせではないかと思います。いるとわかっていても姿が見えたり見えなかったりするだけでもストレスになりますから。それに鈴鳴第一と那須隊の両
「ですが鈴鳴第一と那須隊が戦っているところに空閑隊員が奇襲をかけるということもありえますが」
「もちろんそれを警戒しているはずです。しかし鈴鳴第一と那須隊には余裕がありません。それはここまでずっと玉狛第2に試合をコントロールされていて、そのことに気付いたとしても時すでに遅し。こうなったら玉狛第2の思いどおりにはさせたくないと考えて、最後の足掻きを見せてくれると思います」
「最後の足掻きですか…」
「鈴鳴第一と那須隊からそれぞれ
「そういえば鈴鳴第一・那須隊共に激しい攻撃は行っているのですがどちらも防御が完璧でほとんどダメージは受けていませんね。ダメージがないということはまだ戦闘は十分可能ですがトリオンが尽きてしまえばそこで戦闘体を維持できなくなって
「それはないと思います」
横からツグミが口を出した。
「たしかに敵が勝手に戦力を減らして戦えない状態になれば楽をして勝てますが、それで勝ったところで観客たちにとって面白くありません」
「では今まで手を出さずにいたのはなぜでしょうか?」
桜子だけでなく観客たちも同様に疑問に思っていることだろうと、ツグミは説明を続けた。
「トリオンを大量に失うということは追い詰められているということと同義です。特に
玉狛第2はずっと
那須隊は北西側にいる鈴鳴第一に追われるように南側に移動を開始。
それは北東側にいると思われる玉狛第2を意識しての動きである。
そして鈴鳴第一も玉狛第2のいると思われる北東を意識しながら那須隊を追った。
「このまま南側に逃げるとしても本部基地の屋上には雨取隊員がいます。那須隊の命運もここに尽きるか!?」
三つ巴の本格的な戦いが始まったことでテンションの上がる桜子。
その横で京介とツグミは淡々と解説を続ける。
「たしかに雨取隊員が待ち構えていますが、必ずしも那須隊のふたりを狙うとは限りません。那須隊の動きに乗せられて南側に移動している鈴鳴第一を狙うことも十分に考えられます」
「玉狛第2が那須隊のふたりを倒してしまえばせっかくの得点のチャンスを失うだけでなく次は自分たちが
鈴鳴第一は玉狛第2よりも先に倒さなければと考えて積極的に那須隊を追うことになった。
もちろん玉狛第2への警戒は疎かにはできないが、だからといって那須隊を追い詰めたのは自分たちなのだから玉狛第2に横取りされたくはないと鈴鳴第一が考えてしまうのは無理もない。
必死になって逃げる那須隊とそれを追う鈴鳴第一。
鈴鳴第一が防御を捨ててでも那須隊への攻撃に集中したくなるという心理を玉狛第2が利用しないはずがない。
本部基地北側の更地となっているエリアに那須と熊谷が進入して来るが、彼女たちも本部基地屋上に千佳の銃口が狙っていることを承知しているのでふたりがバラバラに動き、それも小刻みに向きを変えて照準を合わせにくくしている。
そして本部基地の外壁を背にして戦えば千佳の狙撃は真下にいる彼女たちには届かず、さらに背後からの攻撃がないので前面の敵にもに集中することができると判断したのだろう。
那須隊の判断は当然なのだが、必ずしも正しいとは言えない。
モニターには鈴鳴第一、那須隊、玉狛第2の順に隊員たちの現在の姿を映し出されていった。
背後の鈴鳴第一に警戒をしながらも、同時に本部基地屋上からの狙撃にも意識を割く那須と熊谷の那須隊。
玉狛第2はバッグワームを着けたままで並んで走る修と麟児と、物陰に隠れて狙撃のチャンスを静かに待っている千佳と、周囲が開けた眺めの良い場所で地上を見下ろしている遊真の姿が映し出される。
その様子を見て桜子と京介は「おや?」「何で?」という顔をし、ツグミは「なるほど」といったふうに微笑みながら頷いた。
(これは間違いなく麟児さんの指示だわ。誰もこんな作戦を考えつかないもの。あの人、わたし以上にランク戦を楽しんで
観客たちも不思議そうな顔をしてモニターを見つめている。
「おっと、残り時間が10分を切った! この時点でまだ玉狛第2の2得点のみというゆっくりとした展開ですが、ここからが本番だ!」
桜子の言うようにあと10分でタイムオーバーとなる。
まだ得点のない鈴鳴第一と那須隊は何とかして1点だけでも欲しいところだが、余裕たっぷりの玉狛第2よりも自分たちと同じように疲弊している相手から得点した方が楽だと考えていた。
しかしそれが玉狛第2の策略であるのは明らかで、鈴鳴第一と那須隊が共闘して玉狛第2を倒そうとするのならまだこの2
仮に共闘することになれば4対4で数の上では同じになっても戦力が同じになるかと言うとそうではない。
それに本部基地を背にしている那須隊は位置的に有利であり、彼女たちには秘策があった。
◆
本部基地の壁を背にして前方斜め右から近付いて来る玉狛第2と、逆に左斜めの方向から近付いて来る鈴鳴第一の2
彼女たちは追い詰められたような形に見えるものの、諦めている様子はない。
「くまちゃん、あとどれくらい
那須が熊谷に訊く。
「たぶん2回、かな」
「うん、それだけあれば十分よ。私が合図をしたら鈴鳴のふたりに向けて撃って」
「でもあたしの腕じゃ当たらないかも」
「当たらなくてもかまわないわ。彼らの手前の地面に落とす感じでいいの。地面を抉ればそこで土が巻き上がってほんの少しだけだけど視界が悪くなる。そこに私が
「そうね。玲が決めたならあたしは従う」
「くまちゃんならそう言ってくれると思った。じゃあ、このまま鈴鳴と玉狛が射程内に入るまで待つわよ」
◆
鈴鳴第一サイドでは自分たちが来馬と村上が那須たちと同じように追い詰められた状態であることを認識し、この状況をどう切り抜けようか相談しながらゆっくりと那須隊に近付いて行った。
「ふたり並んでいて都合がいいです。これなら一気に間合いを詰めて旋空を放てば一撃で倒せます」
「待て、鋼。その前に那須さんの攻撃をモロに食らっちまうぞ。レイガストだけじゃ
「わかっています。だからオレが攻撃を受けているその隙に来馬先輩が攻撃を仕掛けてください。オレが落ちても上手くいけば那須隊から2点もぎ取ることができます」
「他に手がなさそうだし、時間も迫ってるからやってみよう」
◆
玉狛第2は麟児の考えた作戦が順調に進んでいた。
しかしこのようなまどろっこしいことをしなくても十分勝つことのできる
彼らは一旦退いて那須隊と鈴鳴第一のいる場所が良く見える民家の陰に隠れながら最終調整をしていた。
本部基地を背にして那須隊がいて、彼女たちから見て北西約70メートルの位置に鈴鳴第一がいる。
それを彼らから100メートルほど東側に玉狛第2がいるという位置関係にあるのだが、鈴鳴第一と那須隊には玉狛第2の4人のいる正確な場所は掴めていない。
ただし自分たちを狙っていることだけは確信しているので、360度だけでなく頭上からの狙撃にも警戒していた。
その上で麟児は彼らの想定外の場所からの攻撃を用いた作戦を立てていたのだった。
「麟児さん、ぼくは何もしなくてもいいんでしょうか?」
不安そうな顔で訊く修に麟児が言う。
「俺たちは囮だ。囮といっても敵の
「はい、わかっています。でもこの試合でやっていることって麟児さんと合流してバッグワームのONとOFFを繰り返しているだけで攻撃は全然していないので…」
「おまえも何かやりたいのか?」
「そういうことではなく、麟児さんが入ってからほとんど作戦を考えるのをお任せしてしまって、ぼくは何もしていないから…」
「おまえは良くやってくれているよ。俺が知らない敵
麟児は内部通話で遊真と千佳と会話をする。
[遊真、千佳、定位置に着いたな?]
[ああ、ここからだと敵が良く見える]
[兄さんに言われたとおりの場所にいるよ。いつでも大丈夫]
[それなら敵が動いたら合図をする。それぞれ自分の仕事を完遂せよ]
[了解!]
[了解です!]
内部通信を切った麟児は建物の陰から鈴鳴第一と那須隊の様子をうかがう。
「どうやらどちらも捨て身の戦法に出るようだ。じゃあ、修、計画どおり行くぞ」
「了解!」